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1: 日本@名無史さん 2009/04/16(木) 19:01:37
徳川将軍より実権を握った大老とかいるの?








4: 日本@名無史さん 2009/04/16(木) 20:15:25
大老なんかより御側御用取次なんかが実権にぎってたんじゃない?

7: 日本@名無史さん 2009/04/17(金) 17:37:53
土井利勝
これ最強の大老

9: 日本@名無史さん 2009/04/17(金) 19:15:37
まず酒井忠清でしょうね。
家綱時代後半は彼が実質的な最高権力者
それから井伊直弼は非常時大権を発動した感じですね。

あと実力があった大老は堀田正俊ぐらい
他の井伊家の大老は単なる名誉職

11: 日本@名無史さん 2009/04/17(金) 20:52:53
基本的に家臣は将軍を超えられない。
将軍が政務を放棄して、完全に誰かに政務を委任したときだけ最高権力者になる。
4代、6代、10代~14代あたりの時期だけど、6代はあまりにも短いので無視。
4代の頃に酒井忠清、10代の頃に田沼意次、11代以降は乱立の時代で絶対権力が確立せず
大奥やら、他の老中との関係で老中首座もころころ変わった。
最後に次期将軍擁立に成功して強権を行使した井伊直弼が出た。

この中で大老は酒井忠清と井伊直弼のみだね。

13: 日本@名無史さん 2009/04/18(土) 01:58:55
制度がゆるゆるで未確定の時代だけれど、土井も捨て難い。
あと、制度外になるけど保科。

14: 日本@名無史さん 2009/04/18(土) 11:34:25
名前忘れたけど宮様将軍を画策した人いたよな

15: 日本@名無史さん 2009/04/18(土) 11:38:07
>>14
酒井忠清。
綱吉に憎まれて失脚した。

18: 日本@名無史さん 2009/04/18(土) 13:01:31
>>15
何度か宮さんを婿養子にでも迎えてりゃ後に討幕派もやりにくかったぜ

19: 日本@名無史さん 2009/04/18(土) 18:41:30
どうみても土井利勝こそ最強の大老です

21: 日本@名無史さん 2009/04/18(土) 19:11:27
土井利勝を連呼する人がいるみたいだけど、ほんとに将軍を超えるような実権を握って独断的に幕政を掌握してたとは思えないんだけど。
秀忠、家光ともに政務に関わった将軍だし、土井がいた時代って実力を持った宿老が常にいて、土井の立場は幕閣の中心人物ではあっても、専断できる権力を持っていたとは思えない。

秀忠の頃は酒井忠世がいたし、秀忠が死んで家光の時代だと酒井忠勝がいて、立場としては下でも松平信綱や堀田正盛や阿部忠秋が家光側近として実力を持ってた。

26: 日本@名無史さん 2009/04/18(土) 22:08:39
>>21
土井利勝は家康落胤説がある。
実際家康に風貌が似ていたそうだ。

権威と組織の調整役がうまく相俟って家光の頃の幕府組織確立に寄与した。
ひとりでやった訳ではなく、松平信綱(伊豆守)などと協働で行ったもの。
落胤かどうかは謎だが、果たした役割は大きいと思う。

27: 日本@名無史さん 2009/04/18(土) 23:22:49
>>26
いや、果たした功績が大きいのは分かってるんだけど

28: 日本@名無史さん 2009/04/19(日) 00:08:53
徳川時代というのは将軍の権力に対するスタンスが常に一定していないから、時代によって実質的な宰相に当たるポジションも一定しない。
秀忠の時代の老中はアドバイザーのような物
家光時代から家綱の治世の前半は将軍に代わって合議体制だった。
家綱時代後半から綱吉時代前半までは将軍の代行者である大老の専制時代

綱吉時代に将軍が専制君主になって、将軍の補佐官である側用人が事実上の宰相になる。
これは古代中国で本来の宰相職であった三公が名誉職化して皇帝の詔勅を作成する尚書や中書が事実上の宰相職に変わっていた事に似ている。
側用人の時代は完全な将軍親政の吉宗を除いて十代家治まで続く。

十一代の家斉から実力派の老中首座が国政を委ねられる。
松平定信や水野忠邦や阿部政弘だな。
幕末の混乱期に井伊が実力派の最後の大老として登場

以後、幕府は有力な宰相を持たないまま時勢に翻弄されて役割を終える。

29: 日本@名無史さん 2009/04/19(日) 11:12:23
教科書的には、大老は臨時に置かれる最高の職ってことになっている。
だから井伊直弼が大老職に着けたのは、黒船来航という大事件があったからだと思っていた。

基本的に老中は譜代大名から選ばれるが、大老は、井伊、土井、堀田、酒井の四家しかなれなかった。
だから柳沢吉保の場合は、「大老格」と区別されている。

41: 日本@名無史さん 2009/04/19(日) 19:09:12
大老が置かれる基準は何だろう。
幼将軍の後見だったり病弱な将軍の補佐などが一番多いパターンかな…

47: 日本@名無史さん 2009/04/19(日) 20:46:26
大老は非常の役だろ

48: 日本@名無史さん 2009/04/19(日) 21:19:37
>>1
所詮、徳川家系の使い駒だよ。大老と言ったって・・

49: 日本@名無史さん 2009/04/19(日) 22:31:09
将軍はオーナーだな。
老中首座は代表取締役社長
大老は代表権を持たない会長

酒井忠清と井伊直弼だけが代表取締役会長

55: 日本@名無史さん 2009/04/20(月) 15:36:15
将軍=終身皇帝  天皇=最高神官

大老=首相

老中=国務大臣

57: 日本@名無史さん 2009/04/20(月) 15:39:04
>>55
大名=半終身都道府県知事

50: 日本@名無史さん 2009/04/19(日) 22:40:40
役職にばかり目が行くからみんなトンデモ解釈になる。

役職と権限、実際の位置づけは時期にも当時の勢力にもよるから十把一絡げには出来ない。
江戸時代でも最高権力者の役職や家格はみんな違う。

どちらかといえば実力者ありきで、役職は後付けでついてきた。
役職について、現代のように細かい権限や権利義務、任期や懲罰などについて細かく規定されていた訳ではないからな。

ましてや現代の役職に当てはめようなんて、無意味

53: 【^▽^】酔鯨ジョーカー土佐守ジーモン ◆.5DV4fMpf6 2009/04/20(月) 01:45:59
あまり現代の組織や役職に当てはめない方が良い
外国のそれと強引に比較するのも混乱や誤解のもと

56: 日本@名無史さん 2009/04/20(月) 15:37:41
でも江戸幕府の制度って完璧にできてるよな

これを作った土井利勝こそ最強の大老

61: 日本@名無史さん 2009/04/20(月) 20:51:00
大老職に就任すれば、官位も近衛少将に昇進するんだが、初期の大老、酒井忠勝や土井利勝も大老就任時に少将に昇進したんかな?

官位や石高で言えば、井伊直孝あたりの方が大老職に相応しいと思うが…。

62: 日本@名無史さん 2009/04/20(月) 21:26:07
土井も酒井も少将になっている。
しかし土井と酒井の大老就任は家光が松平伊豆のような若手老中たちに実権を持たせる為に用意された名誉職
井伊直孝が本格的に幕政に関与するのは家綱時代から
本来、井伊家に期待された役割は幕閣に名を委ねる事より軍事な物だろう。
だから重要拠点の近江に大大名として配置された。
直孝の幕政関与は幕府最初の幼将軍という事態に対して保科正之が強力な挙党一致内閣を作ろうとしたからだろうね。

63: 日本@名無史さん 2009/04/20(月) 22:16:08
>>62
なるほどねえ…。
じゃあ、幕閣の後見人的存在だった井伊直孝・保科正之と、大老だった酒井忠勝・土井利勝との幕府内部の地位の位置付けは、どのような位置付けになるんですか?

やはり、井伊直孝や保科正之の方が、酒井忠勝や土井利勝よりも上位になるんですかねぇ?

64: 日本@名無史さん 2009/04/20(月) 22:25:32
そういえば、江戸初期の大老の位置付けも、結構微妙な感じだったな…。
四代将軍家綱の時の大老だった酒井忠勝よりも、当時は、老中首座に過ぎなかった酒井忠清の方が席次では上位の扱いをされていたりしたようだが…。

65: 日本@名無史さん 2009/04/20(月) 23:01:37
そうでしょうな。
ただ保科も井伊直孝もどんな立場で幕閣に身を置いたのかはいまいち不明
単なる宿老たちの合議体制って感じですな。
幕府が今の我々が思い描く官僚制度に入ったのは、おそらく綱吉からでしょう。
家綱初期までは三河の少領主時代の延長線な政治体制だったのでしょうな。

68: 日本@名無史さん 2009/04/20(月) 23:28:06
井伊直弼がすべてだな

69: 日本@名無史さん 2009/04/20(月) 23:43:26
まあ井伊が最強大老なのは間違いないね。
御三家や摂関家まで処罰したわけだからな。
例えが悪いかも知れないが戦時中の東条に全ての権力が集中した事態に似ている。
体制の末期症状によくある現象なのだろう。
不安定な権力ほど独裁者が現れやすいんだな。

70: 日本@名無史さん 2009/04/21(火) 00:35:52
>>69
政治状況が混迷しているだけに非常大権(?)を行使する必要があったんだろうな。
本来なら,将軍自身がその権力を行使し,強健を発動すれば済む話しなのだが。

しかし,何で幕府は幕末期には朝廷に屈するような態度を取ったのだろう。
幕初期の朝廷との対決からすれば隔世の感があるが・・・

75: 日本@名無史さん 2009/04/21(火) 08:31:24
大老は、三つのタイプに大別出来るな。

・お飾り型大老…日常の業務から遠ざけ、体よく棚上げされたタイプ。

土井利勝・酒井忠勝。

・実権掌握型大老…文字通り、幕府最高職として絶大な権力を振るったタイプ。(ただ、このタイプの大老の殆どは、余り良い末路を迎えていない…。)

酒井忠清・堀田正俊・柳沢吉保(大老格)・井伊直弼。

・クッション型大老…世の中が不安定になっていくなかで、諸大名や旗本等の間に鬱積してきた幕府への不満や不安を和らげる役割を担っていたタイプ。

井伊直興・井伊直幸・井伊直亮・酒井忠績。

…この観点からすると、江戸幕府の最強大老は、下馬将軍酒井忠清か、幕末の独裁者井伊直弼が該当するのでは?

80: 日本@名無史さん 2009/04/21(火) 15:56:58
何で「政治の天才」とまで評された土井利勝の評価が低いんだよ

82: 日本@名無史さん 2009/04/21(火) 18:36:38
土井利勝は同時代に有名人が多いので損してる。
松平信綱の方が有名だし、土井利勝ってのは何か陰険なイメージがあるんだよ。
宇都宮吊天井事件の黒幕って印象が強い。

84: 日本@名無史さん 2009/04/21(火) 20:00:56
土井の場合は名老中だな。

95: 日本@名無史さん 2009/04/22(水) 01:08:21
土井利勝にしても、柳生や天海や崇伝にしても、徳川の初期は有能な人物がたくさんいて、その結果あの稀に見る安定した政権が確立されてる。
要はこいつらを重用した家康の見識なんだよね。
で、(柳生はともかくとして)大抵は、業績が隠れてしまってあまり評判はよくない。

100: 日本@名無史さん 2009/04/22(水) 01:29:59
まあ「最強の大老」っていったら井伊直弼だろうな

執権、管領合せたら他にもいろいろいるだろうが

102: 日本@名無史さん 2009/04/22(水) 01:41:02
井伊直弼のやることって個人的な恨みとか長野の怨恨とかがほとんどだよね
寺にも養子入りを断られた生涯冷飯食いの捨て扶持暮らしのはずだった井伊鉄三郎がにわかに大名になったから

106: 日本@名無史さん 2009/04/23(木) 18:00:12
最強の大老どころか井伊直弼こそ江戸時代の象徴的存在
家康と張れる唯一の人物

108: 日本@名無史さん 2009/04/23(木) 19:39:02
>>106
いや、流石に徳川家康は別格の存在でしょう。
何しろ、徳川幕府の開祖で、東照神君(或いは、権現様)と崇められていた存在なんだから…。

107: 日本@名無史さん 2009/04/23(木) 18:16:18
井伊直弼の場合は大老の枠を完全に超えたよね。
他の大老は最高顧問みたいな物で実権はそれほどでもなかっただろう。
酒井や土井が多少目立った程度でさ

109: 日本@名無史さん 2009/04/23(木) 20:12:21
長野と出会わなければ井伊直弼も違ってただろうな

110: 日本@名無史さん 2009/04/23(木) 23:57:55
最強のわりにはあっけなく殺されてるのな

111: 日本@名無史さん 2009/04/24(金) 00:25:09
護衛もいたのに,たった18名の襲撃者に暗殺されたんだよな。

112: 日本@名無史さん 2009/04/24(金) 01:14:51
雪の日だったから刀も袋に入れていたらしい
大名行列が襲撃される事など想定していなかったのだろう。
かつて徳川最強の軍団だった井伊の赤備えも天下泰平が長く続くとお飾りの侍になるわけだ。

114: 日本@名無史さん 2009/04/24(金) 03:22:06
善悪は別にして最大限に大老という地位を利用して歴史を回天させたのは井伊掃部頭直弼唯一人じゃないかな

引用元: ・江戸幕府最強の大老は誰だ?