1: 人間七七四年 2012/03/27(火) 10:36:18.95 ID:eUq7/raX
山崎の戦いについて語ろう
個人的に秀吉の一番凄い戦だと思うんだけど。








4: 人間七七四年 2012/03/29(木) 11:13:17.60 ID:l3Ed8fbt
2.5倍~3倍もの兵力差で光秀のが山崎守る形での不利な布陣強いられていたにもかかわらず
秀吉軍のが損害多かった

5: 人間七七四年 2012/03/30(金) 08:19:43.72 ID:CTUBlwW0
侵害が多かろうと、その後を考えるとどうなのだろう。

10: 人間七七四年 2012/03/30(金) 12:42:25.42 ID:hAl8gyR1
日本の合戦には珍しく、午後から開戦した

11: 人間七七四年 2012/03/30(金) 13:34:59.19 ID:wrsEztZq
光秀ももう少し運があったら天下とってたんだよな

14: 人間七七四年 2012/03/30(金) 15:33:09.34 ID:BC4BkoNH
秀吉がこなくても周り中敵だらけだから絶対無理
自分から逆賊の汚名負うアホはそうそういまい

15: 人間七七四年 2012/03/31(土) 14:59:28.00 ID:gxtj/V21
光秀ほどの男が正常な状態ならあのタイミングで本能寺襲撃は起こさないよな。
やはり精神的にかなり病んでたか、部下の先走りとしか考えられん。
そんな状態で秀吉と戦ったら負けて当然だわな。

16: 人間七七四年 2012/03/31(土) 21:29:19.81 ID:EJLU6R0Q
光秀は目の前にめったにないチャンスがあってそれに飛びついた印象。
元々彼の持ち味は詰め将棋のようなやり方で事前に用意周到に準備してそうならざるおえないように持っていく感じ。
それなのに本来の持ち味とは違う見切り発車のような謀反なのだからそりゃ負けるわ。

20: 人間七七四年 2012/04/08(日) 10:41:36.25 ID:kv0M6RG0
筒井順慶、長岡藤孝との合体を果たす必要があった。少なくとも筒井、長岡が与力すれば、光秀側にも名分が立った筈だ。
しかしそれが果たせず、また、池田恒興、中川清秀、高山右近ら摂津衆の動きもおかしい以上、思いきって近江に撤兵して形勢を伺うのが上策であった。

しかしどうしても天王山で決戦するなら、やはり占領地警守のために兵を分散していたのが悔やまれる。すべて兵を山崎に集めるべきであった。秀吉の勢力参集が整う前だから、勝てるチャンスもあった。

じじつ、惟任軍死傷者3000に対し、羽柴軍死傷者3300。惟任軍はよく戦ったのだ

37: 人間七七四年 2012/04/11(水) 15:03:38.35 ID:6MJUgBFO
今までの光秀の足跡辿ると本能寺はほんと謎だよなあ
やはりストレスが溜り発狂してどうでもよくなったとしか思えん

51: 人間七七四年 2012/05/17(木) 22:51:52.92 ID:jghmDy82
地形が悪いわ田んぼに水が入っている時期にあんなところで戦うと、当然攻撃側に大勢の犠牲がでる。
同じ季節だと、桶狭間みたいに山の上に攻め上がる形でも足場の悪い平地を避けるべきやった。

53: 人間七七四年 2012/05/23(水) 12:41:44.38 ID:wTb/UxoI
光秀は後方の城にかなりの兵力を残しているんだよね。
天下分け目の一戦にする気はなくて、持久戦考えてたんだろうか。
そうだとしても、秀吉の猛攻であっさりとぶち壊されたけどさ。

55: 人間七七四年 2012/05/31(木) 12:12:45.20 ID:+QWdPAcB
むしろ明智軍は兵を集中させていた方だろう。
上の一万六千という数字は正確かはともかく京突入とほぼ同じ軍勢。
ただ短期決戦を想定はしていなかった。
柴田軍が南下してくるのは二か月先と想定して近江を占領した。
結果論だが、秀吉の信長への対毛利報告を信じたのが光秀の蹉跌。

56: 人間七七四年 2012/05/31(木) 20:11:31.15 ID:tZ41xuu0
山崎合戦の際の他将は
勝家が近江国境付近まで、家康が鳴海まで(先遣の酒井が伊勢まで)進出してた事からすれば光秀の兵力分散はあながち間違いではない。
しかし、仮に長岡・筒井が光秀に味方しても山崎で食い止めるのが精一杯。
三方向からジリジリ押されていって結局は破滅だったろう。

見通しが甘かったとしか言い様がない。
全部自分の都合の良い方向に進む事を前提にしてた感じ。
やっぱ普通の精神状態じゃなかったのかもな。

57: 人間七七四年 2012/05/31(木) 22:54:39.94 ID:JV0hgwnB
本能寺後の軍勢の動かし方、守備の構築の仕方から察するに、光秀が最も警戒していたの勝家の可能性が高いね
逆に最も無警戒だったのが秀吉という

58: 人間七七四年 2012/05/31(木) 22:58:05.50 ID:q73r3mCb
>>55さんの捉え方に同意できるところが多い。
勝家が、編から2週間以上も経った18日に近江に出てきたときも、佐久間盛政、前田、佐々の有力大名を現地に残して(釘づけにされて)の出陣にすぎない。しかも、山崎合戦さえ知らなかったというのだから、完全に情報封鎖されていたようだ。
こんな状況での出陣なので、威力偵察に少し毛の生えたくらいのものではないか(この時の兵力は調べた範囲で分からない。分かる人がいれば有難い)。
佐々は上杉に、佐久間、前田は月末まで畠山旧臣にくぎ付けにされていたので、勝家勢が、すぐに有力な力になったとは思えない。
家康の鳴海進出は、光秀を討つためと単純には言えない。そもそも、家康は、甲斐方面に力を投入したし、「空白」になった尾張を、あわよくば、少しでも獲得することに多大な利益を持っている。他方、光秀を倒したところで、織田渦中ではない家康がどれほど利益を得られるか不明でばくちの様なものだ。
こうした状況を見れば、秀吉、勝家、家康の「仇討レース」などというものは後世の作りものだと思う。
(しかも、秀吉は、いわゆる「仇討レース」の勝利によって勝家を倒し天下を取ったわけではない。両者の間にほとんど関係はない)
光秀は、秀吉も勝家同様くぎ付けになっていると捉えたのだろうと思う。
>>55さんがいうように、秀吉報告を信じたことが、その要因なのかもしれない。
やはり、秀吉に対する捉え違いから、畿内方面への工作を後回しにしたことが大きい敗因になっている。これをやった場合に勝てたのかどうかは分からないが。

59: 人間七七四年 2012/06/01(金) 20:43:32.61 ID:sH8TZkmJ
>威力偵察に少し毛の生えたくらいのものではないか

普通、威力偵察って大将は行かないんですけど。
威力偵察なら、それこそ前田か佐々を先に行かせる訳で。
前田佐々なら光秀に負けても「仕方ないよね。本隊じゃないんだから」で済むけど、大将が負けたら洒落にならんだろ。

>「空白」になった尾張を、あわよくば、 少しでも獲得することに多大な利益を持っている。

これは無理だろ。
甲斐上野信濃は中央から遠隔地だし、織田家が統治してから日が浅く、武田旧臣の蠢動、上杉・北条との対決が必至な土地柄だから、鬼武蔵は領土放棄、滝川は惨敗して遁走、河尻は戦死して織田家家臣は全て撤退した。

しかし、尾張は織田家の本貫地。
簡単に当時の家康が併呑できた所ではない。
(将来的な)甲斐の併呑を織田旧臣に黙認してもらう為に、一応信長への義理を立てたって所だろ。

60: 人間七七四年 2012/06/01(金) 20:58:36.25 ID:sH8TZkmJ
まあ俺も>>55には賛成だがな。

毛利が信長の死を知った後に再戦を選択したとしても、宇喜多が独力で毛利を抑えた時期があったし
その時よりも戦線はかなり西に押し込まれてる訳だから
北条が滝川にしたような大攻勢を毛利が出来たとは思えない。

結局、光秀は京に兵を集中させても年内に滅んでいただろう。

74: 人間七七四年 2012/06/11(月) 03:47:31.17 ID:fvxs281x
兵力差がなー

77: 人間七七四年 2012/08/25(土) 11:07:47.37 ID:Fr/OiIux
>>74
強行軍で羽柴軍は弱ってるよね?

78: 人間七七四年 2012/08/25(土) 11:11:18.19 ID:M8PWV1s6
>>77
羽柴軍の主力は姫路の留守兵だったらしい。

79: 人間七七四年 2012/08/25(土) 11:43:37.82 ID:Fr/OiIux
>>78
なるほどね。
池田や中川とかの途中合流組も元気だろうし、明智君は詰んでたわけだな。

97: 人間七七四年 2013/09/26(木) 09:56:49.78 ID:RhFVH56w
摂津の諸将が味方に付いてればなあ

98: 忍法帖【Lv=5,xxxP】(1+0:8) 2013/12/12(木) 06:18:24.12 ID:nG3IVono
毛利と挟み打ち出来てれば光秀の天下だったかもね

99: 人間七七四年 2014/01/25(土) 13:56:58.30 ID:yeYwaWZt
決定的な戦局の変化があったわけではなくて徐々に消耗して撤退を余儀無くされた感じ?
それとも伊勢、並河、斎藤ら先陣が敗走した時点で万に一つも勝ち目は無かったのか
近江にいた明智秀満、武田元明、京極高次とかが参戦出来てれば結果も変わったのだろうか
あとは撤退した兵を収容できる防衛拠点が近辺に無かったことも光秀敗死に大きく関わってるよね

122: 人間七七四年 2020/08/25(火) 07:15:12.74 ID:4CiyGmvf
>>99
> 決定的な戦局の変化があったわけではなくて

兵力の差が大きかったから、どう戦っても苦しかったと思う。

102: 人間七七四年 2015/09/20(日) 14:38:19.53 ID:zuyXANXp
羽柴公が、右府様は生きておられるとか喧伝して回ったから、逆にみんな戦意喪失したんじゃないの?
やっと信長の野郎がくたばりやがったとか、皆内心では思ってたんじゃないか?

130: 人間七七四年 2020/12/29(火) 08:12:37.14 ID:2Dzww50B
亀山に籠もって丹波路の両側封鎖すればいいのに

131: 人間七七四年 2020/12/29(火) 21:11:01.70 ID:MCxMKI2m
>>130
山崎でもし勝ったとしても、柴田勝家が南下してくるからな。やっぱり苦しい。

134: 人間七七四年 2021/01/11(月) 11:14:38.79 ID:YZV+eQPH
光秀は戦力分散の愚を犯した

135: 人間七七四年 2021/01/11(月) 13:19:47.45 ID:IEj7B1B9
>>134
秀吉の進軍が光秀の想定外に早すぎたからね。本能寺の変の10日後には2万を越える軍勢を摂津に集結って普通ならあり得ん。しかも変のその日は毛利と備中で対峙してて、だし。

山崎の戦いの前に既に負けてる。

139: 人間七七四年 2021/01/12(火) 21:40:00.31 ID:B9gsdBpH
既に中川清秀に占領された山になぜわざわざ攻め込んだのかである

142: 人間七七四年 2021/04/03(土) 17:37:18.09 ID:JTHtYad4
結局、あまりにも光秀の行動がgdgd過ぎるのが、逆に謎なんだよな、
天下を取る意思も見られないし、そもそも、そんな器量も無いのは本人も自覚していたはずだし、それまでの業績を見る限り、何も考えずに乱心起こして闇雲に進んだだけとも思えないし、

じゃ、なんで信長を討とうとしたのか?…っていう原点に戻って話が堂々巡りしてしまうんだよな
一時の感情で吉良を切りつけた浅野みたいなもんなのかね…(あれはあれで、いろんな説があるが…)

143: 人間七七四年 2021/04/03(土) 18:37:41.21 ID:ynJZOuih
過労で判断力が落ちてた時に誰かに唆されたんだろ
ただ光秀の配下も優秀なやつらが揃ってたのに誰も止めなかったのが疑問だが

145: 人間七七四年 2021/07/28(水) 00:32:20.47 ID:gc9Ow9J6
光秀が山崎で勝つのと
勝家が賤ヶ岳で勝つのと
どっちが難しい?

146: 人間七七四年 2021/07/28(水) 09:24:16.54 ID:xWcLavmJ
>>145
山崎だな
賤ヶ岳は前田が裏切らなければ楽勝

引用元: ・『山崎の戦い』を語ろう