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1: 1 2007/01/23(火) 05:28:34 ID:W+MURWYl
なぜか異説・俗説も多いこの分野ですが、まったりといきましょう。









6: 名無し@アガリドゾー(゚∀゚)ノ旦 2007/01/27(土) 12:18:30 ID:34llG6CS
なれ鮨は東南アジアが起源らしいけど

8: 1 2007/01/28(日) 03:03:31 ID:nK29a00m
なれずしは東南アジア起源 というのはよくいわれますね。稲作文化と一緒に中国経由で日本に伝わったとも言われます。
東南アジア山岳民族 篠田統氏(すしの本 など)
タイやミャンマーあたりの平野部 石毛直道氏(魚醤とナレズシの研究 など)

あたりが有名なとこのようです。

123: 名無し@アガリドゾー(゚∀゚)ノ旦 2015/11/01(日) 12:23:34.42 ID:D//MlWnT
歴史上、寿司は今のような酢飯を握り固めた上に魚などのネタを乗っける握り寿司の形で生まれてきたわけではありません。
寿司の原点となるのは今で言う「熟れ鮨(なれずし)」であったと考えられています。
熟れ鮨は米や麦などの穀物を炊き上げて、その中に魚などを詰め込乳酸菌の力で乳酸発酵させた発酵食品の一種です。
発酵食品は、発酵に関わった微生物の力で原材料となった食品には無かった栄養が含まれています。
熟れ鮨は一種の健康食品として、発祥の地であったとされる東南アジアから中国、そして日本へと伝播していったのです。

11: 名無し@アガリドゾー(゚∀゚)ノ旦 2007/03/08(木) 10:10:28 ID:WYAFtb9y
鮨と寿司って何が違うんですか?

12: 1 2007/03/09(金) 01:27:19 ID:Cyq5V2PZ
>>11
現代の日本語としては、意味の違いは無いよ。

「鮨」は中国に古くからある文字で、「鮓」の字も同様に古い中国の字。「鮨」と「鮓」の違いは字典によってあったりなかったりと曖昧で、いずれにしろ日本に入ってきた時点では特に違いは無かっただろうと考えられている。「寿司」は江戸後期ごろ登場した「すし」という音に字を当てたた当て字。

一般には「寿司」がよく使われるけど、たまに「鮨」の字が本来だとか、「鮓」の方が本格だとか言う人がでてきたりして、結果、時代や地区で好まれる字があり、今じゃ関東で「鮨」、関西では「鮓」が好まれているようだね。

15: 1 2007/03/24(土) 22:15:29 ID:BBGUA+H8

【おすし】寿司なんでも質問スレッド
http://food8.2ch.net/test/read.cgi/sushi/1113082607/584

>携帯からなので全部みていません。
>凄く基本的な事なのですが寿司は何故二個一組でだされるのでしょうか?
>また「1カン」とはお寿司2個さすのでしょうか?回転寿司だと大抵「一皿」とかでてちますが
>よろしくお願いします。



この『「1カン」とはお寿司2個』ってのはいったいどこからきたものだろう?

16: 名無し@アガリドゾー(゚∀゚)ノ旦 2007/03/24(土) 23:35:10 ID:xO5xv7Hy
>>15
江戸時代の屋台寿司は握りひとつで1カン。
でも、その1カンがでかく、半分に切った。
なので2個で1カン。
これ、ホント。

17: 1 2007/03/25(日) 00:12:51 ID:srAvQAnI
>>16
それって聞いたことのある説なんだけど、そんな記録は全く知らないし、根拠がいったいどこにあるんだろうか?ってところが気になる。

44: 1 2009/02/19(木) 00:59:19 ID:EFqrwfw5

> なんで寿司って基本的に二カンで一セットなの?
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/sushi/1232168979/


昔1つのすしを2つに切って出していた習慣から、2カンづけがはじまったなどという人がいるが、全くの間違い。四谷大木戸、蛇の目鮨のように戦前2つに切って出していた店の記録はあるが、これはごくまれなケース。

2つつけて出すことに最初の言及をした本は、宮尾しげを「すし物語」(昭和35年)だと思う。
この本によると「二丁づけの始まり」と章をたてて、明治・大正のころ、日本橋の魚河岸にあった「宇の丸」というアナゴずし専門店が、大振りのすしを一皿に2つのせて出していたのが始まりとしている。
しかし、内田正(弁天山美家古 主人)「寿司屋さんが書いた寿司の本」などでいうように、時代とともにだんだんすしが小さくなって、1回の注文で1カンづつ出していたら効率が悪いから、1回の注文で2カン出すようになった、というのが正しいと思われる。

21: 1 2007/04/04(水) 02:32:27 ID:AL0NbgiT

【寿司は値段が高すぎる】
http://food8.2ch.net/test/read.cgi/sushi/1103301832/154
>いつ誰が、高い値段の取れる食い物にしたんだろうな。
>立ち食いのファーストフードからの出世物語を知りたい。

結論から言うと、握りずしは江戸時代末期、成立した直後から高級品でもあり、ファストフードでもありました。今の高級店から安価な回転すし屋が共存している構図と似たようなもの。

握りずしを創案したのは「与兵衛鮨」という説と「松が鮓」だという説が有名だが、この2店ともが高級店。「松が鮓」が超高級店としてオープンして、「与兵衛鮨」が追従して高級化したと思われる。
「松が鮓」を詠んだ川柳に

松ケ鮓 一分ぺろりと 猫がくひ

猫とは吉原の遊女のことだろうが、一分もするすしをペロリと平らげられてしまったと。
また、五寸の二段重で3両もしたともある。【甲子夜話/松浦静山】

江戸末期の風俗誌【守貞謾稿】から江戸市中の握りずしの値段を拾ってみると、1つ4文~60文。贅沢を禁じた天保の改革では多数のすし屋が処罰され、その後しばらくの間は1つ4文、8文とある。
当時はかけ蕎麦が二八の16文。すしは今の倍くらいの大きさで、5、6個程度で1人前。
安いすしを5つ6つつまむと、かけ蕎麦の倍くらいになる。

貨幣価値は換算方法によるけど、1両=4分≒8万円 1文≒15円くらいでどうだろう。

33: 名無し@アガリドゾー(゚∀゚)ノ旦 2007/08/27(月) 21:18:30 ID:lDRJOjRd
北海道寿司情報「寿司職人」には、江戸時代の寿司を再現したものが作り方と一緒に載ってるよ。たしかに、かなり大きい握りのようだ。

「寿司職人」
http://www.g-linknet.co.jp/~sushi/menu.htm

34: 名無し@アガリドゾー(゚∀゚)ノ旦 2007/08/27(月) 21:20:56 ID:lDRJOjRd
上記より「寿司の豆知識」→「北海道の寿司の歴史」ね。

引用

シャリ自体の味が重要で、すし飯には甘辛く煮た椎茸や干瓢を刻んだものや、海苔を加えたりしていました。またすし酢には、臭いのきつい柏酢が多く使われていました。
当時のお寿司は、一口では食べきれないほど大きな寿司でした。4個も食べれば満腹になるくらいで、普通は2、3個をつまむ程度だったと言います。
この時代には冷凍・冷蔵といった保存の技術がまだなかったため生のまま使うネタはなく、酢や醤油に漬けたり、塩を利かせたりと必ずネタに手をかけていました。
当時のネタの数はだいたい10種類以内だったようです。

52: 名無し@アガリドゾー(゚∀゚)ノ旦 2010/04/03(土) 05:36:00 ID:5WdxbfKn
飾り寿司って、歴史の面から語るとどうなるのでしょうか。
飾り巻きといえば、遡っても巻き寿司より古いって事は、無いでしょうが、バラ寿司、起こし寿司、あるいは蕪寿司、ヒネ寿司、いずしなどから遡って見ると少し面白い話にならないかな?等と思っています。
ご存知の方にご教示願いたいと存じます。

53: 1 2010/04/03(土) 21:04:42 ID:rykFpjzp
>>52
えーと、飾り巻きずしのことですよね?
こういう細工はいかにも主婦好み、なぜか野菜をハート型などに抜きたがったり、キャラ弁が流行ったりしてますよね。そんな感じのものですが・・・。

一応、巻きずしをつくる慣習のある地域から出てきたものなので、そのあたりを少し。
地域的には千葉県の中部。この地では江戸時代末期あたりからお葬式に家庭で巻きずしを作って出すようになり、芯にはずいきを煮含めたものを巻いた素朴なものだった。明治末にはカンピョウにとってかわり、それもずいきを模して赤く染めたという。
昭和半ばくらいからいろいろな図柄を巻くことが流行り、地域料理として根付いた。

精緻な図柄を巻くこと自体は、明治の末あたりから東京の握りずし屋で流行った。主に出前用の高級品で、図柄は文銭、四海、梅、桜などのほか、上り藤のような複雑な家紋まで巻いた。こちらはいかにも職人的。

54: 名無し@アガリドゾー(゚∀゚)ノ旦 2010/04/23(金) 19:15:42 ID:8aGJK0QG
>>53
飾り巻きは、寿司の華がありますからねぇ。
東京に限らず、東海地方にもかなり凝った物がある様ですから。

ただ、私が興味が有るのは巻きにこだわらずに、重ね、起こし等のなれ鮨からの系譜を継ぐものです。
今でこそおっしゃる通り、主婦のお弁当の飾り的な身近な例もありますが、祭の時に作られるこけら寿司や、ばら寿司には、ハレの日のご馳走にふさわしい飾りがなされた事かと。
ここで、ただ、押す事で発酵を促した押し寿司から、早馴れの手法を取り込み、酢を合わせた(土地によっては酒を合わせた)米と、具材を重ねあわせた寿司への変貌。
ここに、握り、巻きに職人の技の粋を求める寿司と対局の技、歴史があると思うのです。
崩す為に重ねる、バラす為に押す。
何だか、日本的な美学を感じます。

61: 名無し@アガリドゾー(゚∀゚)ノ旦 2012/02/12(日) 23:41:24.51 ID:0ytgW9wf
はいはいはいはい質問!

江戸前寿司とは
①東京湾で獲れた魚を用いる寿司
②江戸で考案されたいわゆる握り寿司や細巻

さあどっち?
理由の添えてくださるかた歓迎です。

64: 1 2012/02/14(火) 00:24:32.74 ID:7Io+1yiS
>>61
結論から言うと(2)。

最初にすし屋が「江戸前」とうたったものは、『江戸町中喰物重宝記』1787年(天明7年)に「江戸前 地引すし」とあるのが、初出らしい。
握りずしは文化・文政(1804-1829年)の頃発案されたものだから、もっと前、おそらく押しずしであろうな。もちろんこいつは、高級品であった江戸城前の海で獲れた「江戸前ブランドの魚介」を使ったすしだという意味。

ところがだ、「江戸前寿司」とワンワードで呼ぶ言い方となると、古い記録には見当たらず、どうやら比較的最近のものっぽい。
「江戸前寿司」という言い方をされはじめたかというと、一つは、地方で東京風の握りずしを売り出すときのキャッチコピー。もう一つは東京でも関西ずし店などが台頭してきて、それらと区別をする目的。
いずれも「東京(江戸)風」の意味だから、(2)の「東京(江戸)風」。

ただし、"の"が入って「江戸前のすし」となると話が変わる。少なくとも戦前あたりまでは、すしの話で単に「江戸前」といえば、東京前の海で獲れた魚介のこと。

65: 1 2012/02/14(火) 00:37:15.13 ID:7Io+1yiS
おまけ。

おせっかいなことに、お役所が「江戸前」の定義がなんちゃらとか言い出したのがあるよ。

2005年、水産庁の「豊かな東京湾再生検討委員会食文化分科会」というのが東京湾全体が現代の江戸前。さらに「職人により芸術の域に高められた粋な理」も江戸前で、江戸前の海域以外のネタで握ったすしなどを「江戸前」として出すのは問題ないのだと。

ちょっとなぁ。

69: 名無し@アガリドゾー(゚∀゚)ノ旦 2012/02/25(土) 19:42:26.97 ID:fEALVudf
>>65
なるほど。
江戸前の海域以外のネタで握ったすしなどを「江戸前」として出すのは問題ないのだと。と。
つまり世界中のどこの海で獲れた魚でも、江戸流の寿司であれば「江戸前寿司」ということですね。
ありがとうございました。

72: 名無し@アガリドゾー(゚∀゚)ノ旦 2012/02/27(月) 22:33:12.85 ID:nY7fDOsb
>>69
さすがに、その解釈は違うだろ。

74: 1 2012/02/28(火) 00:39:02.17 ID:3OdFx1pD
「江戸前」というのはもともと地域を表す言葉。地域名が転じて、その地域「風」とかその地域「気質」とかに使われるのは、詐称だとかでなくて、ごく自然なことだと思うけど? 
江戸前ずしは江戸(東京)風すし、でいいんじゃないですかね。

それより >>65 水産庁のそれは、「東京湾全体が現代の江戸前」というが、これはどうしたもんかと思うんですよ。内房なら内房、金沢八景なら金沢八景にあった独自の歴史・文化が、江戸前という名で塗りつぶされるのは、いかがなものかと。

66: 名無し@アガリドゾー(゚∀゚)ノ旦 2012/02/14(火) 04:46:56.64 ID:KYHBlZJZ
何十年も江戸前を名乗ってきた多くの店に、今更「江戸前の文字を外せ」とは言えんわなあ。

68: 名無し@アガリドゾー(゚∀゚)ノ旦 2012/02/24(金) 17:20:55.51 ID:oDn90KxC
どうして細巻は四角に巻くんだろう?

73: 1 2012/02/28(火) 00:32:26.81 ID:3OdFx1pD
>>68
細巻きはネタによって、鉄火巻きは四角、かんぴょう巻きは丸くと、変える店もあるね。
四角いネタ(鉄火など)のときは四角に巻くんだと、昭和のちょっと古い本に出てました。
明治あたりの古い絵や本の挿絵などをみると、丸く巻いてありますから、もともとは丸く巻いたものなんでしょうね。いつごろから四角く巻くようになったかはわかりません。

なぜ四角くかというと、玉子焼きも四角くするくらいですから、単に「東京人好み」じゃないかと思いますが、どうでしょうか。折に詰めやすいというのもあるでしょうけどね。

76: 名無し@アガリドゾー(゚∀゚)ノ旦 2012/02/28(火) 17:25:07.52 ID:3ibO0YcC
>>73
巻物は折り詰めでお土産や弁当にすることが多いからでしょうね。
かっぱ巻きや鉄火巻きなどは断面を上に向けて収めたので四角に。
かんぴょう巻きは断面を上にすると汁が漏れるから横に収めたので丸くとか。
かんぴょう巻きは4等分、他は6等分というのもこの辺に理由がありそうです。

86: 名無し@アガリドゾー(゚∀゚)ノ旦 2012/11/06(火) 09:47:42.70 ID:a225mmP+
鉄火巻きは一口で食べられる長さ、干瓢巻きは干瓢の歯ごたえが味わえるように噛みきれる長さになっているって何かの本で読んだ。

102: 名無し@アガリドゾー(゚∀゚)ノ旦 2014/04/27(日) 04:54:29.56 ID:4Qr50vO7
鉄火巻きの語源は鉄火場(賭博場)で食い易いよう巻物にしたからとか
炎のように赤いからとも言われている

106: 名無し@アガリドゾー(゚∀゚)ノ旦 2014/04/29(火) 15:05:58.13 ID:2OGDpKFl
>>102
サンドイッチも博打しながらでも食えるようにできたものだとか。

飯を食う間もおしんで博打にのめりこむのは古今東西を問わず、なんですなw

94: 名無し@アガリドゾー(゚∀゚)ノ旦 2014/04/03(木) 23:14:00.00 ID:xOckaK6J
播州の秋祭りでは鯖丸ごと鰭も頭もついたまま姿寿司にする
何十匹も作って近所に配ったりもする
飾磨や家島、高砂あたりが本場だと思うんだけど、山間部の福崎や香寺、北条でも作られてる
調べてもルーツが良くわからないんだわ

95: 1 2014/04/04(金) 17:50:36.85 ID:GcPsycyB
>>94
手元の資料には、兵庫県多紀郡、佐々婆神社の秋祭りに、サバの姿ずしや棒ずしを親戚じゅうに配るとありました。これのことかと思います。

写真や作り方を見る限り、全国的によくある形の姿ずし、特に関西近辺では一般性の高い形です。酢飯を使うことから、いわゆる「早ずし」で、江戸時代・後期以降の形態ということがわかります。
しかし、それ以前にナレずしであった風習が、早ずしに替わった可能性もありますので、もっと古い風習かもしれません。

すしは古くから『ご馳走』であり、冠婚葬祭など特別な日の行事食としても多く定着しています。
祭りの日にすしをつくるなり出前などでとることは、現代でも全国で行われていることですので、特にいわれがあるわけでないのではないかと思いますが。

101: 名無し@アガリドゾー(゚∀゚)ノ旦 2014/04/27(日) 04:44:55.25 ID:3JB+IEHV
>>95さんがおっしゃる通り、”鮓”は魚の保存食と言う一面を持つので、その地方に限った話ではない様な気がします。

ただ、その時に大量に取れた鯖やツナシなど、脚の早そうな魚や地元から外に出にくい下魚が姿寿司にされるのも、冷蔵庫が普及するまでであれば当時の方々にとっては普通の事かもしれませんね。
なにせ、豊漁であれば、あれこれ細かい調理を加えるより、基本的には開いて飯(または酢飯)を酸素の少ない状態に詰めるのが精一杯とも思われます。

そう言えば大阪でバッテラと呼ばれる様になった経緯もツナシの豊漁が元とも言われてますよね。
なんにせよ、大漁なのに腐らせてしまうより、その港の人達が集って豊漁を祝う鮓を作る、なんて考えると、楽しくなって来ますよね。

引用元: ・鮨・鮓・寿司の歴史と文化