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1: じゅんけい 2006/06/24(土) 17:04:44 ID:amc1GIu/
ほ、洞ヶ峠には行ってないんだから・・・っ!!








5: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/06/24(土) 20:46:17 ID:RRkh3DAO
早死にだよねえ。

7: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/06/25(日) 00:59:38 ID:UmF2v2nR
あの若さで松永に押されながらも滅亡しなかったのは家臣の力も勿論、ちゃんと順慶が当主として頑張ってたんだろうなー。光秀に対する日和見行為も立場上しょうがなかったんじゃない?
個人的に苦労性じゃないかって思ってる。死因も胃潰瘍って説もあるくらいだしw

ところで父親も14歳で当主だっけ?
他の大名とはちょっと立場違うけど、滅亡しなかったのが不思議だわ。
10: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/06/27(火) 22:01:40 ID:x92WINRF
胃潰瘍て死ぬ病気か?

15: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/07/03(月) 23:39:57 ID:qGVa/i1b
>>10
胃潰瘍は進行すると胃に穴が開いて死に至る。
また吐血が多量になると失血性ショック死を招く。
もちろん胃癌末期の症状と胃潰瘍の区別も困難だが。

18: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/07/07(金) 22:09:53 ID:/NdF4JOb
胃に穴が空いてしまうほどためこんでたんかつД`)・゚・。・゜゜・*:.。

11: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/06/28(水) 07:03:11 ID:DTSdoVrv
順慶が元服するまで先代の影武者を務めとったんが「元の木阿彌」で有名なジーさんやな。

12: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/06/29(木) 15:37:44 ID:WwJaSxGY
もくあみって盲目だったんだよね

13: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/06/29(木) 15:52:54 ID:c8YDLsMo
成語林では
顔や声が良く似た木阿弥という盲人を薄暗い寝所に伏せさせて替え玉とした
となっている


22: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/07/11(火) 21:54:58 ID:M0xZX1O3
宮部も筒井も滅亡

23: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/07/12(水) 01:14:16 ID:LeEeT9+6
1615年、定次は大坂冬の陣で内通したということから、幕命により息子の筒井順定とともに自害を命じられた。
その後筒井定慶が跡を継いだが、大坂夏の陣で定慶が戦死したため、大名としての筒井氏は滅亡した。
だが定慶の子孫は旗本として幕末まで続いた。
幕末に日露和親条約の交渉を行った筒井政憲は定慶の末裔である。


うぃきペディアより

24: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/07/12(水) 17:22:51 ID:a5Aq0V+9
大名として没落したが
その後、旗本になった家はいっぱいあるな

25: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/07/13(木) 13:31:48 ID:AHjEoA4W
いつも徳川の名門好きと自分で書いてるが、ちょっと考えると・・・

旗本八万旗(実数は幕末で五千ぐらいらしいが)を揃えるため、名のある家を中心に取り立てたんじゃ
三河→(中略)→三河・遠江・駿河・甲斐・信濃の半分→関東六カ国240万石→天下
身代は大きくなっくから、人手が必要かと

と筒井氏とは直接関係なく、脱線申し訳ない

27: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/07/14(金) 17:36:11 ID:lvlsuvHb
筒井って松永の信貴山城に本願寺の援軍と偽って侵入したのって本当なの?どっかのサイトで松倉が献策したっていう話があるって聞いたんだけど…
松倉 重信(まつくら しげのぶ)は、戦国時代から安土桃山時代にかけての武将。筒井氏の家臣。重信は、島清興(左近)と並ぶ筒井氏の両翼と目され、「右近左近」と称された。また森好之を加え、「筒井家三老臣」ともいわれる。


28: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/07/14(金) 17:53:31 ID:Xqk9+qIM
小説とかによく使われている話だね。
松倉は、日和見することも献策したと言われているが…

29: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/07/14(金) 18:15:28 ID:lvlsuvHb
一応、史実で信貴山城攻略の先陣にはいたんだよね?

本能寺あとも信憑性はともかく皆が明智に付こうという中一人だけ反対した説もあるし筒井では嶋左近ばっかりが有名だけど松倉も実は結構有能だったのかもね。
この人に限らず筒井周辺に関してはあんまり資料が無いみたいで残念だ
多聞院日記でも読むか…

31: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/07/18(火) 21:16:30 ID:dV5W9zHa
>>29
松倉重信は島とセットで右近左近と呼ばれるほどだったから、かなり優秀だったんだな。
子の重政はせっかく独立した大名に取り立てられたのに改易されちゃったね

32: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/07/20(木) 14:30:28 ID:9OYjOJEo
重信は筒井家臣で伊賀名張八千三百石を領してるけど、松倉重政は筒井の家臣じゃないのかな?
ってよく見たら関ヶ原前に筒井家離れてるんだ
理由はなんでかな?

33: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/07/20(木) 15:52:52 ID:UiANe9ZK
定次が嫌になったからじゃないか?と個人的には思うけどわからないよね…ネットで調べたから、信憑性はわからないけど、順慶死後定次になって伊賀に転封されたときも帰農したり、秀吉直臣になったり、秀長に仕えたりした家臣もいたと書いてあったのをみたので定次と昔からの家臣はあんまり相性良くなかったのかもしれないと思ったんだけど

順慶死後の筒井家家臣の待遇は結構複雑だったのかもしれない

34: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/07/20(木) 15:58:36 ID:kuepHj17
定次ってよく凡庸扱いされるイメージがある。

もし順慶に実子がいたらどうなってたんだろ…

35: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/07/20(木) 16:24:20 ID:9OYjOJEo
島左近は、中坊秀祐との領民同士の争いの裁定に不服で、去ったとあるね
定次が酒色に溺れていたともあるね

36: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/07/20(木) 16:55:42 ID:UiANe9ZK
そうそう、左近の退去話ひとつにしても色々な逸話があるけどどれも定次のイメージは良くないよね
跡継ぎについては、実は初め定次じゃなったんだけど、指名者は全然その気がなくて定次になったと本で見た。
本当ならちょっと可哀想かともおもうけど定次に関しては凡庸というより性格が拙かった気がする。
凡庸であるだけなら代々仕えてた国人衆があんな形でいなくなってないとおもうんだ

39: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/07/20(木) 23:55:19 ID:TykKlnJp
>>36です
順慶の跡継ぎに関して書いた本の元ネタは多聞院日記の天正12年8月13日で
本のほうには簡単に、相続と筒井家の名跡として番条五郎を順慶は望んでいて秀吉も承知していたが、本人はその気が無かったと説明されていた。
名跡=跡継ぎだと思ったんだけど違ってたらごめん…

40: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/07/21(金) 01:14:51 ID:l6rNUvvC
>>39
ここの下の方参照
ttp://www.m-network.com/sengoku/sakon/sakon0105d.html

原文は

筒井名字ハ番原(条カ)五郎へ順慶ヨリモ被申遣、筑州モ同心ニテ雖被申遣全無同心云々

38: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/07/20(木) 22:33:40 ID:/cN/Fcrc
定次って家督継いでこれからって時に伊賀に転封になったり、関ヶ原の時に留守居役が居城を開城しちゃったりで可哀想な感じがする。

42: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/07/24(月) 01:45:34 ID:0Atcg3Qh
筒井家記っていうのはナンなんだろう

43: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/07/24(月) 10:52:58 ID:YQpzjK1Z
>>42
「増補筒井家記」なら見たことあるけど、軍記物だね。
内容は嘘が多いけど貴重な記述もある。
全体的に見て「和州諸将軍傳」と重なる部分が多く(同一ではない)文体も似通ってるので取り扱いが難しい史料だと思う。

44: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/08/02(水) 02:27:47 ID:gyQRIHZR
なるほど。
とりあえず筒井氏の1次的な史料は多聞院日記なのだね

45: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/08/02(水) 15:44:00 ID:CYl+4rJu
あと多聞院日記より遅れての伝聞だけど、言継卿記かな

57: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/08/31(木) 10:30:38 ID:Jf/aN3C8
小説ネタですまんが以前読んだ筒井順慶って言う小説で、信長が天下統一したら中国に飛ばされるだろうなー、みたいなことを順慶が言ってたんだけど、実際本能寺が起こらず天下が統一されたらやっぱり国替えさせられてたのかな?
順慶だったら隠居するかなとか家臣はついていくのかとかちょっと興味がある

59: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/08/31(木) 15:25:20 ID:pmw1+E84
隠居かあ…
天下統一される時期にもよるけど、信長が許さないだろうなぁ…まだ若いし家臣はついていきそうな気がする。

60: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/09/01(金) 14:21:54 ID:PmqO7y/o
順慶と信長の関係はどうだったのかな?
イメージでは、遠国に飛ばされず、大和にずっといそうだけど

61: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/09/02(土) 10:09:51 ID:qa+1MHns
>>60
その小説には順慶と寺社勢力の結びつきが強いから
そういうのは信長が好まないだろうみたいな感じだった
信長との関係は定次が信長の親族を嫁にもらってなかった?

62: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/09/02(土) 16:46:29 ID:QcbJaWQP
実際、順慶死後伊賀に飛ばされたわけだしね、
ありえそう<信長が好まない
定次が嫁にもらったのは信長の養女ですね。

67: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/11/08(水) 13:58:54 ID:tcqbQSC2
明智君から養子貰ってたって本当?

68: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/11/09(木) 20:16:55 ID:G7GdVfNa
明智タンの次男を養子に。
ノブ様の命令らしい

69: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/11/11(土) 14:35:25 ID:rK7cnoWk
十次郎定頼って人物かな
四男、六男とも
大和を得たときのいきさつと、この養子の件で当然順慶は味方のはず・・・と光秀は思ったんだろね

70: 奇矯屋onぷらっと ◆O.K.H.I.T. 2006/11/13(月) 23:43:37 ID:gVrlBz6/
光秀の娘が筒井定次に嫁して生まれた順定なら聴いたことある。

織田 秀子(おだ ひでこ、? - 寛永9年4月12日(1632年5月30日))または藤(ふじ)は、織田信長の三女(『寛政重修諸家譜』)、または14子(『系図纂要』織田氏系図、『筒井諸記』)。実父は明智光秀であり、信長の養女としてから嫁いだとする説もある。筒井定次の正室。子に筒井順定。


71: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/11/14(火) 15:00:51 ID:fOHmFOcu
>>70
一応、信長の養女ってことになっていますね。
光秀の五女、秀子。

87: 人間七七四年 2007/04/02(月) 11:40:35 ID:f8OBIK9k
松永が信長に謀反を起こさなかったら、筒井は大和に戻れないままだった?

90: 人間七七四年 2007/04/07(土) 23:45:12 ID:aKX+de45
信長も熊野本宮周辺、十津川、川上村とか、あんな山深い場所まで軍勢を送り込んでも得られる物
が少ないから順慶が押さえれるなら使ってやろう って感覚じゃない?
石山、長島、比叡山ほど重要な地域でもないし、でも攻めると損害は大きいだろうし
旧道なんて今でも車が通るのすら大変だよ あの辺は

92: 人間七七四年 2007/04/27(金) 12:04:26 ID:peIHCS8N
>>90
久秀よりは順慶の方が信用出来たんだろうね

110: 人間七七四年 2007/12/05(水) 16:33:31 ID:KcEr+NkU
定次の転封の理由は?順慶も関連してるのかな?

111: 人間七七四年 2007/12/21(金) 13:29:16 ID:zYMHvnjE
寺社勢力と筒井の関係を嫌ったと言われるね。

112: 人間七七四年 2008/01/12(土) 15:46:05 ID:/FF6k8+C
定次がもう少ししっかりしていればなあ。

113: 人間七七四年 2008/01/31(木) 15:27:20 ID:PgdAOVCe
定次は人物的に問題ありだね
99: 人間七七四年 2007/06/08(金) 23:17:57 ID:rIcadHJ+
島左近って筒井家にいたときに何か活躍はあったの?

102: 人間七七四年 2007/08/11(土) 16:18:34 ID:Fu646P8L
>>99
根来攻めで活躍してるね

100: 人間七七四年 2007/07/03(火) 01:40:38 ID:PhjXpFi5
幼い順慶を守り立てて松永の猛攻から筒井家を守った。

120: 2008/04/03(木) 13:09:49 ID:8q4eWoX0
筒井家の家臣団って、

島左近、木阿弥、柳生も?槍の宝蔵院?

121: 人間七七四年 2008/04/04(金) 08:17:35 ID:iLZfmxPX
>>120
柳生とは天敵だったようなw

123: 人間七七四年 2008/04/19(土) 15:40:03 ID:CSaIQSu8
柳生家巌は木沢長政に組して 筒井と戦ったんだよね。
破れて筒井に従った。

125: 人間七七四年 2008/05/03(土) 22:58:43 ID:krlzmW0/
うちのすごく近所(数十メートル)に筒井城?跡があることを聞いて行ってみたら立て札以外見事に何にもなかった
お堀とかもあったみたいだけど残ってないんだね

127: 人間七七四年 2008/05/27(火) 21:41:46 ID:OeWbcPMJ
>>125
やはり秀長治世の時に破却されたのかな?

128: 人間七七四年 2008/06/15(日) 06:43:45 ID:FwiV5XiI
いや順慶自身が破却してるんだよ、筒井城

129: 人間七七四年 2008/06/16(月) 01:26:14 ID:WU7oxAL9
筒井城の残骸を大和郡山に持ってったりしたんだっけ?

130: 人間七七四年 2008/06/30(月) 15:44:36 ID://ru9Y10
確かそうだよね

131: 人間七七四年 2008/07/07(月) 21:04:27 ID:/zVfOGDP
明智君とはどんな切っ掛けで懇意になったんだろ?

132: 人間七七四年 2008/07/07(月) 21:58:22 ID:PCYBEvPh
順慶が織田に降ったとき、窓口になってたのが光秀じゃなかったかな。

133: 人間七七四年 2008/07/14(月) 15:14:04 ID:5cLLlhZQ
>>132
誰が明智を紹介したか気になるな。
明智の前半生は分からないことだらけだが、放浪時代とか筒井家と何か縁でもあったんだろうか?

134: 人間七七四年 2008/07/18(金) 04:52:21 ID:ccqVse7e
そういう意味では明智に恩はあるけど、一番恩があるのは信長だよな。
信長殺した明智と簡単に手を結ぶわけにも行くまい。

引用元: ・僕は、筒井順慶ちゃん!