1: 名無しさん@おーぷん 22/01/22(土)23:37:55 ID:Ez0X
織田信長だけは多少調べたけどあとはからっきしや
オススメ武将教えて








3: 名無しさん@おーぷん 22/01/22(土)23:40:49 ID:WqBY
大谷吉継
病弱やけど義に熱くて侠気溢れる武将や

4: 名無しさん@おーぷん 22/01/22(土)23:41:44 ID:O3bj
角隈石宗 
気を見ることができた。
事実なら現代でも軍師として活躍できる。

6: 名無しさん@おーぷん 22/01/22(土)23:43:26 ID:DAfo
藤堂高虎
転職の天才や

11: 名無しさん@おーぷん 22/01/22(土)23:46:30 ID:3eRG
朝比奈泰朝
知勇兼備の猛将にして忠義の男や

19: 名無しさん@おーぷん 22/01/22(土)23:49:13 ID:Ez0X
>>11
はぇー

31: 名無しさん@おーぷん 22/01/22(土)23:55:11 ID:3eRG
>>19
織田に奇襲されて終わったも同然の今川家を江戸時代に存続させた名臣よ

34: 名無しさん@おーぷん 22/01/22(土)23:56:18 ID:EWbN
>>31
言うほど終わってるか?
逆に時勢読めずに無為に領地減らしたように思う

20: 名無しさん@おーぷん 22/01/22(土)23:50:54 ID:3pAt
山中鹿介
「願わくば我に七難八苦を与えたまえ」と三日月に祈ったドM

35: 名無しさん@おーぷん 22/01/22(土)23:57:05 ID:Ez0X
>>20
なんでそんなこと願ってしまったんや

37: 名無しさん@おーぷん 22/01/22(土)23:58:05 ID:EWbN
>>35
滅んだ主家を再び大名に返り咲かせるためには、どんな努力も惜しまないって決意の表明

24: 名無しさん@おーぷん 22/01/22(土)23:53:12 ID:IdG0
岡部元信とかおすすめやで

51: 名無しさん@おーぷん 22/01/23(日)00:02:10 ID:ZDUH
>>24
オススメポイント語ってって

67: 名無しさん@おーぷん 22/01/23(日)00:07:50 ID:3fPR
>>51
忠義にとても厚い武士の鑑のような人物や
桶狭間で主君の今川が死んだ後も信長に徹底抗戦して最終的に主君の首を取り返しとるほどや
のちに武田に降伏した後も徳川家康を何度も苦しめとる

27: 名無しさん@おーぷん 22/01/22(土)23:54:15 ID:B7IH
佐久間なら信盛に送られた折檻状や
有名な書やけどこれ事実なら現代の無能社員に結構当てはまってワイみたいのに刺さるんよな…

30: 名無しさん@おーぷん 22/01/22(土)23:55:01 ID:Ez0X
>>27
それは読んだことあるで
あんなん送り付けられて追放とかほんま草生えない

39: 名無しさん@おーぷん 22/01/22(土)23:58:43 ID:xnEd
>>30
段々字が小さくなっていく書状がすこ

36: 名無しさん@おーぷん 22/01/22(土)23:57:41 ID:xnEd
直江兼続やろ
死んだ息子返してくれと言ってきた夫婦にじゃあこれ持って閻魔大王に頼んで来いと言って書状渡して斬首した

43: 名無しさん@おーぷん 22/01/22(土)23:59:15 ID:EWbN
>>36
一応、見舞金で示談にしようやと説得してるのに死んだ息子を行き返らせないと納得しないっていう親だから残当

40: 名無しさん@おーぷん 22/01/22(土)23:58:57 ID:FTcT
佐竹義重
連合作って北条(関東の大勢力)に対抗した常陸の武将
剣もかなり使える

50: 名無しさん@おーぷん 22/01/23(日)00:01:53 ID:EGX5
森長可
残ってる逸話が尽く鬼畜
小牧長久手の戦いで討死した結果、敵味方が酒宴で祝ったというダメ押し

57: 名無しさん@おーぷん 22/01/23(日)00:04:20 ID:lRHR
龍造寺隆信
北九州で急速に勢力を拡大させた武将
迅速な判断と勇敢さを併せ持つ

58: 名無しさん@おーぷん 22/01/23(日)00:04:36 ID:qxnv
>>57
なお人望

65: 名無しさん@おーぷん 22/01/23(日)00:06:54 ID:FmrM
波多親
平安時代初期嵯峨天皇から続く嵯峨源氏の末裔で先祖に源融や鬼退治で有名な頼光四天王の一人渡辺綱を持つ名門の出
九州北東の海に栄えた松浦氏の内、現在の佐賀県に勢力を持った上松浦党の棟梁
後継者争いを制し大村氏や下松浦党、龍造寺氏などとの戦を続けつつ秀吉の時代まで生き延びた
なんやけど①秀吉の島津攻めに協力しない②秀吉の建城に反対③九州に来た秀吉への謁見に遅刻④朝鮮の役で言う事を聞かない⑤しかも戦場で卑怯な行いをする
と秀吉の怒りを買いまくって所領を没収された

68: 名無しさん@おーぷん 22/01/23(日)00:07:50 ID:ZDUH
>>65
そんだけやらかして所領没収だけで済むんやな

71: 名無しさん@おーぷん 22/01/23(日)00:08:41 ID:FmrM
>>68
九州の朝鮮半島に近い立地に勢力持ってるからかこの件だけやたら秀吉甘いねん

81: 名無しさん@おーぷん 22/01/23(日)00:10:47 ID:EGX5
高橋紹運と立花宗茂親子

親父の散り方は武士の鑑
息子は関ヶ原で西軍についてたが唯一所領没収後に旧領回復した

83: 名無しさん@おーぷん 22/01/23(日)00:11:36 ID:ZDUH
>>81
立花宗茂て佐賀藩の人やっけか

93: 名無しさん@おーぷん 22/01/23(日)00:14:29 ID:EGX5
>>83
筑後柳川藩10万石やな

84: 名無しさん@おーぷん 22/01/23(日)00:12:06 ID:oFoC
立花宗茂はとっつきやすいと思う
10代で島津軍と戦って朝鮮の役・関ケ原・大阪の陣を超えて島原の乱でも活躍してるから、関わる人も見どころも多い

85: 名無しさん@おーぷん 22/01/23(日)00:12:39 ID:ZDUH
>>84
なるほど
活躍が多いのはええな

97: 名無しさん@おーぷん 22/01/23(日)00:15:43 ID:EGX5
>>84
大河ドラマにうってつけなのになあ…

87: 名無しさん@おーぷん 22/01/23(日)00:13:07 ID:FmrM
内ヶ島氏理

侵略しても特に旨味の無い飛騨国に所領を持ち戦国乱世をほぼ戦をせずに過ごす
織田信長とも和睦し安泰路線に入ったかと思いきや記念に一族皆で宴をしてる時に城の近くで山崩れが起きて一族郎党城下町の住民が全滅した
ある意味戦国一不幸な人

92: 名無しさん@おーぷん 22/01/23(日)00:14:04 ID:ZDUH
>>87
普通にかわいそう

96: 名無しさん@おーぷん 22/01/23(日)00:15:34 ID:qxnv
>>92
ゲリラ化してたり敵に捕まったから宴会に参加してなかったり運のよかった奴は少しは残っていたけど
中でも出家して寺にいて難を逃れた弟がいなかったらこれすら伝わってなかった可能性が高い

98: 名無しさん@おーぷん 22/01/23(日)00:15:47 ID:JzAy
鳥居強右衛門勝商
足軽やけど

108: 名無しさん@おーぷん 22/01/23(日)00:20:35 ID:EGX5
>>98
勝頼「許さない…許さない…」

111: 名無しさん@おーぷん 22/01/23(日)00:21:33 ID:rf5G
>>108
包囲網崩したおまえが悪い

103: 名無しさん@おーぷん 22/01/23(日)00:18:56 ID:pLfG
戦国のヘラクレスこと延沢満延
逸話が頭おかしなるで
延沢 満延(のべさわ みつのぶ) は、戦国時代から安土桃山時代にかけての武将。最上氏の家臣。出羽国野辺沢城主。

義光は満延が剛力であることを知ってその力を試そうとし、家中の力自慢の者7・8人を庭に集めて待ち伏せさせたが、満延は飛びかかった男どもを即座に振り払った。
驚いた義光は逃げようとして太さ2尺ほどの桜の木にしがみついたが、満延はなおも義光を引っ張ったため、両者がもみ合ううちに桜の木は根から引き抜かれて、義光ごと倒れてしまったという。

113: 名無しさん@おーぷん 22/01/23(日)00:21:56 ID:ZDUH
>>103
ウィキペディア読んできた
確かにヘラクレスや

105: 名無しさん@おーぷん 22/01/23(日)00:20:00 ID:obgl
お金の上で全裸で寝転がりおじさんは出た?

106: 名無しさん@おーぷん 22/01/23(日)00:20:26 ID:VApN
>>105
岡左内のことやね
岡 定俊(おか さだとし、永禄10年(1567年)-元和8年(1622年))は、戦国時代から江戸時代にかけての武将。左内(さない)の通称で知られ、蒲生氏、上杉氏それぞれに重臣として仕えた。

いくつかの逸話が知られているが、利殖に巧みであり、部屋中に金銭を敷き詰めて、その上で裸になって昼寝するのを楽しみとしたという。この話はよく知られ、『雨月物語』中の一篇「貧福論」にも採用されている。

単なる守銭奴ではなく、慶長5年(1600年)の会津征伐では上杉家諸将が急な戦費調達に苦しむ中、こういう時にこそ惜しみなく使わねばならないと、財貨を主君の景勝に献上し、同僚に貸し与えた。上杉氏の転封に当たっては、借財の証文を全て焼き払って退散し、直江兼続からもその人物を惜しまれたという。


109: 名無しさん@おーぷん 22/01/23(日)00:21:02 ID:obgl
>>106
せやせや
使い所を心得てる守銭奴ってええよな

116: 名無しさん@おーぷん 22/01/23(日)00:22:46 ID:VApN
>>109
恩ある主家のため貸した金チャラにした男

122: 名無しさん@おーぷん 22/01/23(日)00:24:41 ID:FmrM
ワイは不憫な弱小大名推しや
他には二本松義継とか
室町幕府の有力氏族畠山氏の嫡流で東北に派遣されるも勢力争いに敗れ義継の時代には小領主にまで落ちぶれる
当時の東北地方は中規模大名の乱立状態で各家が政略結婚で関係を保ちつつ時に戦、時に和睦のなあなあな関係を構築してた
そこで義継も奥さんの実家に協力して特に本気ではない戦をするも相手が当時イケイケでしかも奥州制覇を目指す伊達政宗で戦に負けた結果戦後賠償に所領をあらかた没収される
おいつめられてどうにもならなくなった義継は政宗の父親を人質に取るも政宗の決断で諸共銃撃され死亡
これが有名な人取橋の戦い
ある意味古い時代の体制とそれを打破する政宗の時代の狭間の被害者とも言える

146: 名無しさん@おーぷん 22/01/23(日)00:30:08 ID:FmrM
あ、すまん
間違えた
二本松義継が撃たれたのは粟之巣の変事や
そのお礼参りに二本松家臣と周辺の諸大名が襲撃したのが人取橋やったわ

147: 名無しさん@おーぷん 22/01/23(日)00:30:27 ID:EGX5
>>138
親父を討ったのが切っ掛けで初七日明けに出陣したけど連合軍に負けたのが人取橋の戦いやな

129: 名無しさん@おーぷん 22/01/23(日)00:26:07 ID:ZDUH
政宗鬼やん

131: 名無しさん@おーぷん 22/01/23(日)00:26:31 ID:FmrM
>>129
基本政宗はぐう畜や

132: 名無しさん@おーぷん 22/01/23(日)00:26:55 ID:WN4j
>>131
直江兼続「戦場で逃げ回る後ろ姿しか見た事無かったので政宗さんだとは気付きませんでした」

133: 名無しさん@おーぷん 22/01/23(日)00:27:11 ID:FmrM
>>132
う~んこの

134: 名無しさん@おーぷん 22/01/23(日)00:27:14 ID:EGX5
鬼庭良直と鬼庭綱元親子
伊達家臣
親父は鬼庭左月斎とも言う
73で出陣し人取橋の戦いで敗戦の中で殿をつとめて討死

息子は家康に「うちは長寿の家系で親父が73で死んだのが若死です」と言った
なお本人は享年92

138: 名無しさん@おーぷん 22/01/23(日)00:28:15 ID:ZDUH
>>134
そら長生きやな

165: 名無しさん@おーぷん 22/01/23(日)00:36:01 ID:FmrM
戦国時代の変わり種やと
土佐一条氏、伊予西園寺氏、姉小路氏(旧)北畠氏あたりの公家大名すこ
今川とは違ってガチの公家や

193: 名無しさん@おーぷん 22/01/23(日)00:42:59 ID:sfNX
真柄直隆
馬2頭で出陣するし直隆斬った刀を真柄斬りって名前にするし扱いがモンスターなんよ

234: 名無しさん@おーぷん 22/01/23(日)00:48:28 ID:UMa0
四国の英雄長曾我部元親

245: 名無しさん@おーぷん 22/01/23(日)00:50:23 ID:IlT0
真田昌幸
何かと有名人な息子の幸村よりずっと万能な強者や

254: 名無しさん@おーぷん 22/01/23(日)00:51:22 ID:nY2K
>>245
お兄ちゃんも忘れないであけで!
実績だけならすんごいから

265: 名無しさん@おーぷん 22/01/23(日)00:53:12 ID:EGX5
>>245
幸村(信繁)は大阪の冬と夏の陣だけやけど親父はマジで色々すげえ
兄貴も有能だしね
そして親父が騙して沼田城獲るつもりだったのに守り切った小松の方(本多忠勝娘)

309: 名無しさん@おーぷん 22/01/23(日)00:58:58 ID:fXtL
ワイ土屋昌恒すこ
片手千人斬りなんて異名かっこよすぎや
土屋 昌恒(つちや まさつね)は、戦国時代から安土桃山時代の武将。「片手千人斬り」の伝説と異名を持つ。武田氏の家臣で譜代家老衆。武田二十四将の一人土屋昌続の実弟。

『信長公記』『甲乱記』『甲陽軍鑑』によれば、天目山の戦いにて勝頼が自害を覚悟したとき、昌恒は勝頼が自害するまでの時間を稼ぐため、織田勢を相手に奮戦した。その際、狭い崖道で織田勢を迎え撃つため、片手で藤蔓をつかんで崖下へ転落しないようにし、片手で戦い続けたことから、後に「片手千人斬り」の異名をとった。享年27。

昌恒のために日川に突き落とされた千人もの兵が流した血は、川の水を赤く染めて、それは3日間も色を失わなかったという。人々はのちにこの川を「三日血川」と呼ぶようになり、後世まで片手千人斬りの伝説を語り伝えた。


318: 名無しさん@おーぷん 22/01/23(日)01:00:36 ID:lRHR
>>309
初めてしった かっこええな

引用元: ・戦国時代に興味出てきたからオススメの武将おしえろ