51QQEhh49+L._SL500_



1: 日本@名無史さん 2017/06/03(土) 22:56:20.34
3人とも同タイプの武将








3: 日本@名無史さん 2017/06/03(土) 23:02:58.68
三人を評するなら直情径行

4: 日本@名無史さん 2017/06/03(土) 23:27:14.16
猪突猛進

5: 日本@名無史さん 2017/06/03(土) 23:27:47.58
3人とも悲劇の武将や

6: 日本@名無史さん 2017/06/04(日) 14:08:55.96
義経義仲は自業自得やろ

334: 日本@名無史さん 2018/01/18(木) 08:16:48.40
日本史で源義経が神人の如く扱われてる理由は?

336: 日本@名無史さん 2018/01/18(木) 11:02:35.56
義経は判官贔屓で人気が出たんだよね
義経記が誕生したのは室町時代のことだが、すでに源平盛衰記あたりから義経の物語が出来はじめてる。
江戸時代には腰越状が習字のテキストに使われたり、芝居でも義経が意味もなく出てきてお客さん大喝采とかだった。

337: 日本@名無史さん 2018/01/18(木) 11:04:25.81
そう考えると源義経は日本の象徴みたいになってしまってる。
ただ俺が依怙贔屓してるのは木曽義仲だが

338: 日本@名無史さん 2018/01/18(木) 12:25:34.51
義経も義仲同様に野心家で後白河を後ろ盾にして天下取りを狙っていたという
頼朝が警戒するのも無理はない

342: 日本@名無史さん 2018/01/18(木) 17:39:14.95
織田信長の平清盛愛は異常
徳川家康の源頼朝愛は異常
松尾芭蕉の木曽義仲愛は異常
出口王仁三郎の源義経愛は異常

344: 日本@名無史さん 2018/01/19(金) 09:08:59.77
>松尾芭蕉の木曽義仲愛は異常

新井白石とか芥川龍之介とか何故か文豪に木曽義仲好きは多い。

346: 日本@名無史さん 2018/01/19(金) 17:10:33.73
>>344
芥川は芭蕉好きだから何かしらの影響はあるだろうな

347: 日本@名無史さん 2018/01/19(金) 18:53:17.18
>>344
自分に無いものを持ってるから

372: 日本@名無史さん 2018/01/25(木) 11:41:25.41
>>347
>自分に無いものを持っているから

これが事実である。
そして確信は無いが芭蕉も芥川も実際に木曽義仲に出会えば大嫌いになるかもしれないぞ。
なにしろ同じ文筆家で占められる京の貴族連中が解放者と迎え入れた木曽義仲と実際に面談したとたんに手のひら返しで毛嫌いしはじめた。

348: 日本@名無史さん 2018/01/21(日) 07:49:53.01
木曽義仲は董卓だと考える人が多いな
最初はいい人だが暴君に変貌したあたりは平清盛が董卓だと思っていたが

357: 日本@名無史さん 2018/01/23(火) 08:15:06.79
義仲の戦術が猪突猛進

確かに性格はそうかもしれないが兵法には謀を多用してるだろ
火牛の計に赤旗で平氏に近づいてから白旗に変えて奇襲する欺瞞作戦など

359: 日本@名無史さん 2018/01/23(火) 08:25:33.20
>>357
楠正成いわく兵法の謀りにおいて木曽義仲の右に出るものはいないと。

360: 日本@名無史さん 2018/01/23(火) 18:29:58.96
>>357
火牛は虚構

368: 日本@名無史さん 2018/01/24(水) 21:31:17.67
火牛の計の真実を知りたい。
500頭の牛を完全にコントロールすることができたなら恐ろしいことだ

369: 日本@名無史さん 2018/01/24(水) 22:04:16.82
『平家物語』にすら書いてないんだから嘘に決まってる。
火牛が書かれたのはずっと後代に脚色された『源平盛衰記』から。

370: 日本@名無史さん 2018/01/24(水) 22:14:09.79
一次史料に火牛のことが書かれているものを見たことがない
あるんだったら教えてほしい

371: 日本@名無史さん 2018/01/25(木) 09:28:09.25
そしたら誰がいいだしたのか?

こないだ富山の埴生と倶梨伽羅に行ってきたが火牛の計は完全に歴史の事実として町おこしの材料にされてるぞ。
まあ木曽義仲ファンの俺としては事実認定されたほうが有り難いんだがw

373: 日本@名無史さん 2018/01/25(木) 11:42:20.62
道の駅にも火牛の像があるけどあれを事実だと信じてる人はいないでしょ

418: 日本@名無史さん 2018/02/12(月) 22:34:55.58
疫病神の行家と組んだのが運の尽き

420: 日本@名無史さん 2018/02/14(水) 18:07:02.18
覚明がいる間は連戦連勝だったのに覚明が消えたとたんに滅びた
そんな覚明は何者?

421: 日本@名無史さん 2018/02/14(水) 21:50:26.80
政治力を発揮する参謀ってのは組織をまとめるのに必要なんだよね。
頼朝でいうと大江広元がこれに当たる。戦闘に参加しない行政官。
義経には参謀がいなかったから義仲のような一大勢力を築くことが出来なかった。

429: 日本@名無史さん 2018/02/24(土) 22:59:19.77
源義経といえば八艘跳び

430: 日本@名無史さん 2018/02/24(土) 23:19:01.03
『平家物語』どころか『源平盛衰記』にも八艘飛びの話が出ていない。

431: 日本@名無史さん 2018/02/25(日) 00:33:24.12
八艘跳びって何処が出典元なんだ

432: 日本@名無史さん 2018/02/25(日) 08:55:46.95
盛衰記だと一艘だけは飛んでいるんだよな

436: 日本@名無史さん 2018/02/25(日) 17:45:10.58
義経の八艘跳び自体よりもその後能登守が襲い掛かってきた源氏の武者2人を道連れに飛び込むのが好き
敵役として最高に格好いい最後だった
そしてそれらを全て見届だ知盛の「見るべきものは見つ」がいいんだよねえ

437: 日本@名無史さん 2018/02/25(日) 21:33:31.24
義経と教経の対決は屋島・壇ノ浦における名勝負だね。
なお、このライバル同士は太平記で仲良く怨霊になって登場している。

439: 日本@名無史さん 2018/02/25(日) 22:15:36.99
平家物語や源平盛衰記の平家の最期がその後の日本の武者の美学を決めたよね
というか当時確立した武者の美学を表現したのがこれらの作品だったのだろう

440: 日本@名無史さん 2018/02/25(日) 22:47:16.12
同情と憧れが混在しているんだと思う
散る桜や欠落するものに美を見出すのは日本人特有の感性だと思う

442: 日本@名無史さん 2018/02/26(月) 02:05:13.63
平重盛が長生きしていたらだいぶ状況は変わったのかも知れない

447: 日本@名無史さん 2018/02/26(月) 23:25:39.57
>>442
重盛って、いわれてるほどの人格者でもなかったって説もあるな・・

450: 日本@名無史さん 2018/02/28(水) 23:42:08.27
>>447
自分の無力感に苛まれていたらしいね
調停役として清盛の暴走を止めていたらしいけど

443: 畠山重忠 2018/02/26(月) 17:40:55.58
盛っていると言えば、畠山重忠の鵯越の逆落しでのエピだよなぁ。
馬背負って崖下るとか、どんなファンタジーかと。

445: 日本@名無史さん 2018/02/26(月) 19:33:09.44
>>443
ところがそれはややこしい論争があって
「馬で急坂を降りられるわけないだろ」派が「馬の前足を担いで降りるほうがまだ現実性がある」と主張。
「物理的には降りられますが何か?」派が「馬をいたわってそのような行動に出たのだろう」と主張。
「降りられるけど実際はあんな急坂じゃないよ」派は「つまり馬をいたわることも可能だった」と主張。

つまり畠山さんのしたことは嘘じゃないかもと言われている。

446: 日本@名無史さん 2018/02/26(月) 21:30:17.16
そもそも一の谷の崖を駆け降りたこと自体がなかったとされているから、馬を担ぐこともなかったというのが結論だと思うけどね。

470: 日本@名無史さん 2018/03/14(水) 02:03:42.86
吾妻鏡読んでると、範頼も義経と似たような性格っぽい

義経のほうが早く挙兵に参加しただけ
頼朝との関係は最初は良好だったかも

471: 日本@名無史さん 2018/03/14(水) 09:19:07.79
>>470
範頼の方が政治感覚が研ぎ澄まされていて慎重さがある様に感じるけど、性格的には別の面があったのか?

476: 日本@名無史さん 2018/03/14(水) 17:21:58.03
>>471
乱暴者だった模様

吾妻鏡 寿永3年2月1日条
蒲の冠者範頼主御気色を蒙る。これ去年冬、木曽を征せんが為上洛するの時、尾張の国墨俣の渡に於いて、先陣を相争うに依って、御家人等と闘乱するが故なり。
その事、今日すでに聞こし食すの間、朝敵追討の以前、私の合戦を好み、太だ穏便ならざるの由仰せらると。

480: 日本@名無史さん 2018/03/14(水) 23:43:45.59
>>476
正体とかキャラクター性が掴みにくい人だけど、立場的にかなり危険人物として見られいたのは確か
鉈切丸って言う舞台では範頼が主役にして悪役だったな

473: 日本@名無史さん 2018/03/14(水) 10:16:48.80
範頼は軍事でも政でもバランス良く有能だったと思うけど、頼朝や義経に比べると器用貧乏だと思う

482: 日本@名無史さん 2018/03/14(水) 23:59:04.64
範頼って建久4年に何かやらかしてるよね
建久4年て8月に範頼自害、岡崎大庭出家、12月に安田粛清でしょ

503: 日本@名無史さん 2018/03/20(火) 16:08:34.51
>>482
富士の巻き狩りで曽我兄弟の仇討ちがあった年だろ
工藤祐経が討ち取られて頼朝が襲われた

頼朝暗殺も含めた御家人どうしの内紛があったんだろ
それに絡んで範頼、岡崎、大庭は粛清されたんだろ

504: 日本@名無史さん 2018/03/20(火) 17:59:32.51
曽我兄弟の黒幕を時政だと主張する人もいるみたいだが、この時点で北条が頼朝の命を狙うのは早すぎる気はする。

505: 日本@名無史さん 2018/03/20(火) 20:42:36.00
曽我兄弟の面倒みてたのが時政で、曽我十郎を討ち取ったのが時政の腹心の仁田忠常だからな
きな臭いわな

509: 日本@名無史さん 2018/03/21(水) 00:08:51.97
北条黒幕説は「頼朝が死んで一番損するのは北条でしょ?」って反論されてしまうからな
菱沼本では常陸の鎮定に手間取ったことが頼朝の疑念を買った説

510: 日本@名無史さん 2018/03/21(水) 01:57:27.93
遠江を基盤として、御家人の信望を集めていた範頼が死んで北条が動きやすくなったのは確かだと思う
範頼誅殺に関しては当時から無理があると言われていたようだ

511: 日本@名無史さん 2018/03/21(水) 05:41:53.73
当時の時政は駿河に力持っていたよな
祐経が死んで伊豆、範頼が誅殺されて遠江に時政の勢力が伸びたことになるわな

512: 日本@名無史さん 2018/03/21(水) 06:12:08.75
時政が頼朝まで殺そうとしたかは疑問だが、工藤祐経と範頼の排除をはかったのは間違いないんじゃなかろうか
岡崎や大庭も時政からしたら邪魔な存在だったんだろうな

513: 日本@名無史さん 2018/03/21(水) 12:53:33.94
宿老の範頼が死んで、源氏門葉も鎌倉の中枢には関与しなかったから、鎌倉武士団、特に北条が力を伸ばしやすかったんだと思う

516: 日本@名無史さん 2018/03/24(土) 19:24:43.53
北条が遠江に勢力を伸ばしたのは結果論じゃないの?
弱小でしかも身内だから頼朝の準直轄みたいな意味合いなんでしょ
北条ってまだまだ弱小な存在だしね

517: 日本@名無史さん 2018/03/24(土) 19:28:29.79
時政は相当強かな親父だよ
当時既に駿河を支配していたし、曽我兄弟の仇討ちの結果、両翼の伊豆と遠江に支配を伸ばしたのは結果論ではなかろうよ

518: 日本@名無史さん 2018/03/24(土) 21:23:06.56
阿野全成は北条家と共生する道を歩んだけど、この人は北条と反目する源頼家に殺されて可哀想だよな

519: 日本@名無史さん 2018/03/24(土) 22:00:40.27
阿波局の夫で頼朝の実弟が殺されちゃうんだからな
この頃は北条は相当追い詰められてるよね
政子がいるから辛うじて生き延びてる状態
北条家はここから必死の反撃をして比企を打ち倒したんだろうな
結果だけみているとこの時の北条家の必死さはわからないよね

520: 日本@名無史さん 2018/03/24(土) 22:34:44.01
後ろ盾になってくれていた頼朝は既に他界し、頼家の乳父である比企能員が将軍を手玉に取ってたからな
時政は自分の孫と反目することになる

521: 日本@名無史さん 2018/03/25(日) 00:07:59.92
追い詰められたものほど恐ろしいとはこのことだな

引用元: ・木曽義仲と源義経と畠山重忠