1: 人間七七四年 2007/02/12(月) 15:23:26 ID:wDDN5A75
知恵と力がぶつかり合った戦国乱世
だが、それ以上に勝敗を決する物があるとすればそれは、運。

この武将は運が良かっただけで実力は・・
あの武将は運が悪かったが本当は有能だったのに・・

武将たちの運、不運の評価を皆で下そう!!








2: 人間七七四年 2007/02/12(月) 15:24:38 ID:PjVvgFj0
長野業盛

あの状況で親父に死なれたら・・・・

4: 人間七七四年 2007/02/12(月) 15:28:17 ID:rXlZqRRh
高坂昌信(春日虎綱):武田四名臣中唯一畳の上で死ねた男。長篠の合戦に参加せず、その前後も負け戦には従軍していないし、名だたる武功もないにも関わらず、甲陽軍鑑のおかげで知名度は高い。強運の持ち主である。

3: 人間七七四年 2007/02/12(月) 15:26:34 ID:wDDN5A75
因みに、運が良かった武将ランキング

1、秀吉
2、信長
3、家康

運が悪かった武将ランキング

1、義元
2、勝頼
3、三成

7: 人間七七四年 2007/02/12(月) 16:23:48 ID:vpYzVW07
義元にせよ勝頼にせよ本来家督を継げるような立場じゃなかったんだから、最期が悲惨でも格別不運だというわけじゃないと思う

13: 人間七七四年 2007/02/12(月) 19:13:31 ID:1DjkGsCV
あと、武田信玄、上杉謙信、織田信長も運が良かったな

中途半端な所で死んだから「もし、生きていたら」という妄想の対象になる

14: 人間七七四年 2007/02/12(月) 21:20:21 ID:wRxscYQo
名前忘れたけど地震のせいで城が埋まって滅んだやつ
うちがしま とかいったっけな

15: 人間七七四年 2007/02/12(月) 21:37:33 ID:ox98upDL
>>14
内ヶ島氏理な。優勝だろ

40: 人間七七四年 2007/03/24(土) 02:39:43 ID:JHAksXPf
>>14
何が不運って一番不運なのは城を乗っ取られてやっとの思いで取り返した直後に大地震
乗っ取った奴は城から出てたので生き延びてその後出世
理不尽にも程があるなw

52: 人間七七四年 2007/03/24(土) 20:34:31 ID:M69H2O84
>>40
知らなかったのでぐぐって見たんだが、城奪還のお祝いの直後だったのか…。
不運No1は間違いなさそう。

22: 人間七七四年 2007/02/14(水) 14:01:15 ID:sVMq20hg
上杉景勝
御館の乱で当初は北条と武田と上杉家の家臣6割以上を敵に回しながらも勝利を収める
織田軍侵攻で万事休すというところで本能寺の変が起こる
家康に反旗を翻し、関ヶ原の戦後の処理で流罪が確定していた状況から一転、減封に持ち込む

運が良いんだか悪いんだか・・・

27: 人間七七四年 2007/02/16(金) 17:32:34 ID:4cda+cE0
武将じゃないけど小山田信茂の息子。
見当違いの親父の厄災に巻き込まれて首チョンパ。

30: 人間七七四年 2007/02/16(金) 19:32:42 ID:Uj6suinR
結城秀康と松平忠直がかわいそうでならない。

31: 人間七七四年 2007/02/16(金) 19:55:27 ID:1b6LLjaX
運が悪かった駒姫

十五歳で処刑なんてなぁ…

32: 人間七七四年 2007/02/16(金) 20:47:31 ID:vjN6cf+w
今川義元がありならば龍造寺隆信もだろ

33: 人間七七四年 2007/02/16(金) 20:54:37 ID:EDazHrKu
義元と隆信では自業自得ぶりという点で全然違う。

42: 人間七七四年 2007/03/24(土) 02:46:35 ID:frZHv8Sa
>>33
同意、鍋島直茂の活躍に勝手に脅威を覚えて、止めるのも聞かず功を焦って突っ込んで死んだのは運が悪いだけでは済まない。

46: 人間七七四年 2007/03/24(土) 07:41:19 ID:jDDW/fEs
>>42
隆信って直茂と同じ一部将じゃないでしょ
功を焦る必要はまったくない
沖田畷で負けたのは数で押し切ろうとして主軍が突出し本陣を伏兵に襲われただけ

49: 人間七七四年 2007/03/24(土) 10:13:17 ID:frZHv8Sa
>>46
直茂は義弟なんで、ただの重臣じゃない。
(隆信の母親が直茂の実力を見込んで、無理矢理直茂の父の後家に入った)
しかも最初から竜造寺再建の同盟者と言う意味でも大きな貢献をしてきた上に、今山の合戦における寡兵での奇跡的な勝利による武勲。
しかも隆信は実力はあっても暴君としても知られてて、家臣領民の心はやや離れつつあっただけに、実力だけでなく温和で人望のある義弟に脅威を抱いても不思議ではない。
実際に合戦以前からもう直茂の讒言を無視していたり、明らかに遠ざけるような配置をするようになっていったり、直茂との溝ははっきり表れている、
その後の直茂があっさり竜造寺をまとめて行った辺りを見ても、家臣の多くは既に直茂の方に心服していたこともうかがえる、そして結局竜造寺は没落、鍋島は後世にまで残る事になる訳で隆信の読みは当たっていたと言う訳だ。

37: 人間七七四年 2007/03/24(土) 00:35:19 ID:nVgz19qu
二階堂盛義は運が良いのか、悪いのか

43: 人間七七四年 2007/03/24(土) 03:09:59 ID:u8XX5p20
伊達輝宗さん
拉致られて死んじゃったから

44: 人間七七四年 2007/03/24(土) 04:09:00 ID:OblP6bYI
真田信繁(幸村)は、運が良かったとも悪かったともいえないな。

本人はどう思っていたのかね?

45: 人間七七四年 2007/03/24(土) 07:08:06 ID:RhhBjHBJ
>>44
実力もあるけど、最後に家康と戦えたのは、運がよかったと思う。家康を敗走させたから日本一のつわものと呼ばれ名をのこすことができた。
実力があっても家康と関係ない所で戦っていたら誰もしらなかったかも。

54: 人間七七四年 2007/03/25(日) 05:42:39 ID:QB8Rdw+W
>>45
いや、それまでほとんどの時間を人質や幽閉されて無為に過ごし戦将としての能力を存分に発揮できなかったわけだし、晴れ舞台となる大阪の陣でも当然だが自由気ままに戦える状況じゃなかった。
幸村は後世に名を残せたものの、人生の大部分は不幸だったと思うよ。
まあ不幸か幸運かなんて他人が勝手に決めることじゃなく、結局本人が死ぬときどう思っていたかだと思うけどね。

47: 人間七七四年 2007/03/24(土) 09:15:48 ID:j0ZDLcb+
>>44
本人が名乗った憶えのない芸名みたいなほうが有名になってる事が不運じゃないか?
子供のころ読んだ「まんが日本の歴史」にも幸村の名だったw

50: 人間七七四年 2007/03/24(土) 16:58:00 ID:LTZm+OQK
長宗我部も不運だな
九州征伐のとき仙石なんぞが大将でなきゃ、その後の家運も違ったろうに

63: 人間七七四年 2007/04/13(金) 00:14:32 ID:J9W5NUbc
>>50
十河もね

57: 人間七七四年 2007/03/25(日) 08:05:29 ID:BApwTAp2
長年の戦乱で衰退した畿内弱小大名ばかりのエリアに隣接した豊かな濃尾平野に生まれた信長は最強に運がいい。

59: 人間七七四年 2007/03/25(日) 11:30:33 ID:rxnzpT0s
武田信玄や上杉謙信も途中で死んだしな

60: 人間七七四年 2007/03/25(日) 11:52:44 ID:0+Z/JLmu
信玄謙信は50前後まで生きてるし普通に寿命だけどな
でも義龍病死は文句なしのスーパーラッキー

64: 人間七七四年 2007/04/29(日) 00:06:44 ID:fl2acLlB
最近氏真は意外と不運な部類に入るんじゃないかと思えてきた
あの状況だと動こうにも動けないと思う

65: 人間七七四年 2007/05/08(火) 01:51:39 ID:TDxPNsZ9
とは言え、朝比奈泰朝やその他の家臣は掛川城落城まで戦ってくれたし同時代の戦国武将より長生きして家は残った。

全般的には不運とは言えまい。

75: 人間七七四年 2007/05/22(火) 13:13:51 ID:Yj/d5co6
もっとも幸運な戦国武将
北条幻庵

...おまえら、今後の人生、全くの医者抜きで97まで生き延びる自信はあるか?

76: 人間七七四年 2007/05/22(火) 16:51:07 ID:habLOl8W
全くの医者抜きではないと思うがな
現代医学には及ばない水準だとしても

77: 人間七七四年 2007/05/22(火) 20:56:47 ID:Xhsv16xs
幻庵は長生きしたうえに、北条家滅亡を見ずに死ねたのも幸運

78: 人間七七四年 2007/05/22(火) 21:21:10 ID:MWbcoFn6
その理論でいうなら80過ぎてから家族を皆殺しにされてそれでも戦って家を復興させて94で大往生した竜造寺家兼のほうがすごいな

79: 人間七七四年 2007/05/23(水) 00:50:56 ID:OnFhMBcp
>その理論でいうなら80過ぎてから家族を皆殺しにされて
これは不運

上で行ってんのは(幻庵は)幸運
不運と幸運比べてどっちが凄いなんて無意味

80: 人間七七四年 2007/05/23(水) 00:59:29 ID:bo7Sa4uc
幻庵は息子らみんな戦で死んでるんで、失意の晩年だった可能性はあるけどね。

81: 人間七七四年 2007/05/23(水) 03:03:54 ID:eukiLhOG
一時期養子だった景虎まで死んでるしね
子供運は無いよな >幻庵

94: 人間七七四年 2007/08/07(火) 00:46:06 ID:UsTv86Gv
まぁ北条は可哀想って言えば可哀想だけど、不運ってことじゃないよな。
ラスボスに選ばれちゃったおかげで「小田原評定」とかの馬鹿な人達のイメージがついたのは不運だけど
でも、早雲の幸運と引き比べてといといぐらいだわな。
早雲の幸運ってのは、ああいう人があの場所にいることができたってこと。
あとはだいたい実力だと思うけど。

111: 人間七七四年 2007/10/12(金) 10:55:13 ID:lE8utDSq
>>94
確か河内に小大名として名を江戸時代末まで残してるよな。
そう考えれば後北条氏は運が無くてそれを切り抜ける力も最後はなかったけど、最後の悪運だけはあったような気がする。
早々と秀吉に付き従ってもどんな目に遭うかわからんし。

98: 人間七七四年 2007/09/17(月) 22:30:03 ID:Pb57BWJR
今川氏真
30歳で不向きな武将稼業を離れてからはけっこう幸せな人生だと思う。
趣味に打ち込めて、妻と仲がよく子供にも恵まれ、当時としてはかなりの長寿。
個人としては才能豊かだし、家も存続。
不幸は息子に先立たれたことくらいか。

120: 人間七七四年 2008/03/03(月) 18:05:47 ID:fmaH5a4L
織田有楽も幸運だな。
あの本能寺の変に巻き込まれても二条城から脱出し、趣味の茶の湯に没頭しながらもちゃっかり大名として家名も残してるしな。
しかも長生き

121: 人間七七四年 2008/03/03(月) 20:58:33 ID:syDMOYaG
長宗我部元親

この人の人生は徒労だ
四国切り取れそうだったのに秀吉が来て土佐に戻される
可愛がってた息子あぼん
朝鮮出兵時に若い武将に笑われる
関が原直前に寿命が尽き何の支持も残せず他界。結果家が滅びる

失意の晩年だっただろう

132: 人間七七四年 2008/08/29(金) 15:30:35 ID:XJx5UR5S
主君が殺害される → 次の主君は追放される → 更に上司かつ縁戚が主君に謀反
色々と不運ながら、全て切り抜けた細川藤孝は流石

146: 人間七七四年 2009/12/23(水) 17:46:38 ID:YPfKv5eo
ていうか、戦国時代のほとんどの人物は多かれ少なかれ運だろう。

ただし、その運をどれだけ生かせるというにもかかってる。
朝倉義景とかせっかく回ってきた運を自ら放棄して、のちのち破滅してるし。

147: 人間七七四年 2009/12/25(金) 11:54:27 ID:yV6EENhY
そんなんいまだって変わらん
運が向いてきたことに気づくかどうか
そしてその時にそれを活かせるだけの人間になっているかどうか
日々研鑽とはよう言ったもの

引用元: ・運の良かった武将。悪かった武将