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1: 名無しさん@おーぷん 22/07/18(月) 18:55:52 ID:FCeI
今知ったわ








3: 名無しさん@おーぷん 22/07/18(月) 18:56:58 ID:FCeI
しかもその後教皇と皇帝の抗争が再燃して結局教皇がローマから追い出されて逃げた先で死ぬ模様

7: 名無しさん@おーぷん 22/07/18(月) 18:58:43 ID:S1O5
>>3
そうだったのか
何年後くらいに亡くなったんか?

13: 名無しさん@おーぷん 22/07/18(月) 18:59:32 ID:FCeI
>>7
Wikipediaによるとカノッサの屈辱は1077年
教皇が逃げた先で死ぬのが1085年や

8: 名無しさん@おーぷん 22/07/18(月) 18:58:52 ID:GgMD
カノッサ~グレゴリウス死亡あたりはどちらかというと教皇との抗争よりドイツ貴族の内部争いの方が強い
結局エルスターでルドルフが死んだ途端に瓦解したし

4: 名無しさん@おーぷん 22/07/18(月) 18:57:40 ID:ZdB5
皇帝が雪の中門前で破門といてもらえるよう何日も懇願してました、みたいなのやっけ

6: 名無しさん@おーぷん 22/07/18(月) 18:58:38 ID:FCeI
カノッサの屈辱の流れ

皇帝はどうしても破門を解いてほしいので謝罪しに行く
→武装して現れたので教皇はビビり倒し門を通さない
→許してもらえてないと思った皇帝が武装を解除して修道士の服に着替える
→教皇、根負けして皇帝を許す

教皇だいぶ情けないやん

10: 名無しさん@おーぷん 22/07/18(月) 18:58:59 ID:pQEX
1077年1月、突然現れたハインリヒ4世に教皇は戸惑い、捕縛を恐れて城から出ようとしなかった。
ハインリヒ4世は武器をすべて置き、修道士の服装に身をつつんで城の前で教皇に赦しを求めた。
教皇は破門を解く旨を伝え、ローマへ戻った。

剣はペンより強くて草

17: 名無しさん@おーぷん 22/07/18(月) 19:01:13 ID:FCeI
後世に民族主義や反カトリックの高まりから「カノッサの屈辱」と呼ばれて教皇の暴虐の一例と言われるようになったけど、これ実際のところ「カノッサ電撃謝罪事件」とか呼んだほうがいい気がするわ

20: 名無しさん@おーぷん 22/07/18(月) 19:01:59 ID:GgMD
結果も考えれば教科書に載せるような事件でもないしな
名前がおもろいだけで

21: 名無しさん@おーぷん 22/07/18(月) 19:02:59 ID:FCeI
>>20
後世にプロパガンダとして利用されたという意味ではむしろ近代史に載せるべき事件かもしれん

32: 名無しさん@おーぷん 22/07/18(月) 19:04:56 ID:FCeI
それはそうと、教会に文化が抑え込まれてた影響かカノッサの屈辱関連の絵画はどれもヘッタクソなんだよな

no title

38: 名無しさん@おーぷん 22/07/18(月) 19:06:15 ID:S1O5
>>32
中世の絵って人体比とか正確やないけど
そぼくですこなんだ

39: 名無しさん@おーぷん 22/07/18(月) 19:06:58 ID:FCeI
そういやこの左下に写ってる謎の動物なんだよ
馬?犬?下手すぎてわからん

45: 名無しさん@おーぷん 22/07/18(月) 19:08:15 ID:SeTC
当時は宗教のメッセージさえ伝えられたら絵画の上手い下手なんてどうでも良かった時代やし

48: 名無しさん@おーぷん 22/07/18(月) 19:08:49 ID:RJvX
武装して軍隊引き連れて「許せやコラァ!」って言ってたら屈辱じゃなかったってこと?

55: 名無しさん@おーぷん 22/07/18(月) 19:09:35 ID:L1Gl
>>48
皇帝が司祭任命権を結局得ることができなかった時点では屈辱なんやろな

49: 名無しさん@おーぷん 22/07/18(月) 19:09:00 ID:L1Gl
微妙な話なのよなこれ
司祭任命権を皇帝に渡さなかったという意味では教皇勝利
一方宗教権威が武力の前に通じない意味では皇帝勝利

57: 名無しさん@おーぷん 22/07/18(月) 19:10:03 ID:S1O5
>>49
なーるほど

64: 名無しさん@おーぷん 22/07/18(月) 19:10:52 ID:L1Gl
>>57
だからこそハリボテローマ帝国(笑)から脱却するために、司祭任命権を掌握し徴税権と戸籍を一元管理したかったんや

69: 名無しさん@おーぷん 22/07/18(月) 19:11:52 ID:KmL2
>>64
神聖ローマ帝国がまとまった国家になれなかった大戦犯はフリードリヒ2世やな

76: 名無しさん@おーぷん 22/07/18(月) 19:14:18 ID:im5l
>>69
強引にまとめたとこで支配が末端まで及ばずに元の二の舞なっただけやろ

51: 名無しさん@おーぷん 22/07/18(月) 19:09:08 ID:GgMD
マジでハインリヒ4世運良すぎなんだよな
ルドルフ3回戦って3回ともボロ負けしてんのに最後ルドルフだけ運良く死んでくれて勝ってる

58: 名無しさん@おーぷん 22/07/18(月) 19:10:18 ID:GgMD
なんやっけ吹雪吹いたルドルフとの二回目の戦い
レヒフェルトの戦いといいほんま天候に恵まれとるな

82: 名無しさん@おーぷん 22/07/18(月) 19:15:21 ID:Tec8
オットー一世(大帝)はカール大帝を真似て皇帝たろうとした
国内も国外も武力でなんとかしようとしてたけど、結局教会の力が強くて思うように権力伸ばせなかった
だから目の上のたんこぶやった司教が死んでから、自分の身内で教会関係者を固めて帝国教会政策と呼ばれる政策をすすめてたんや
しばらくこの体制は続くんやけど、政権が弱まって教皇が神聖ローマ帝国に介入するようになってしばらくして起きたのがカノッサの屈辱や
先のニキ達の説明通り、屈辱って言葉のインパクトが強いが、実際最終的に軍配があがったのは帝国側や

120: 名無しさん@おーぷん 22/07/18(月) 19:32:54 ID:YRVq
ただ当時の破門て領地財産全没収の上村八分どころから完全アウトの村十部で、ぶっ殺されても葬式禁止でそこらの鳥とかに食われて骨になるの待つ必要があるっていう超絶ハード刑罰だからしゃーない

122: 名無しさん@おーぷん 22/07/18(月) 19:33:33 ID:FmZe
>>120
今で言うと人権剥奪って言ってるもんよな

127: 名無しさん@おーぷん 22/07/18(月) 19:35:20 ID:YRVq
>>122
言ってるっていうか実際そう
要は教皇というか宗教の力がこんなとんでも刑罰行使する権力持っちゃったから今まで頑張って衰退脱却するように西洋世界は頑張ってきてた

125: 名無しさん@おーぷん 22/07/18(月) 19:34:03 ID:ufNK
>>120
それ帝国アハト刑ちゃうか
帝国アハト刑とは、神聖ローマ帝国内で行われた法益剥奪刑。

帝国平和喪失刑とも称され、神聖ローマ帝国皇帝や帝国議会などがこれを決定した。帝国アハト刑に処せられた者は、帝国内における全ての法的権利や財産を剥奪される。受刑者は基本的に死人とみなされ、誰との交流もできず、援助もされない。恩赦によってのみ救済され得る過酷な刑罰であった。

128: 名無しさん@おーぷん 22/07/18(月) 19:35:32 ID:GgMD
アハト食らった法外の奴らは獣らしく狼の皮被せるww
↑蛮族幼稚すぎやろ…

132: 名無しさん@おーぷん 22/07/18(月) 19:36:21 ID:YRVq
>>128
北欧人「かっこいいので自分から狼の皮かぶります あとベルセルクっていうかっこいい名前名乗ります」なぜなのか

136: 名無しさん@おーぷん 22/07/18(月) 19:37:16 ID:GgMD
>>132
オドアケルとかあれ絵画だと獣皮被ってるけど嘘やぞ
画家が蛮族の象徴としてわかりやすく被せてるだけで

151: 名無しさん@おーぷん 22/07/18(月) 19:42:51 ID:YRVq
>>136
ローマ建国神話で狼に育てられた云々出てくるからてっきりそれと寄せてんのかなって思ってた

195: 名無しさん@おーぷん 22/07/18(月) 20:48:28 ID:HbX1
ネットで検索したら同名のフジの番組出てきたわ

引用元: ・「カノッサの屈辱」の時、教皇は実際にはビビり倒していた事実