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490: 世界@名無史さん 2007/08/26(日) 16:13:45 0
フランス革命の前と後で、フランス社会の体質はどう変化したの?

491: 世界@名無史さん 2007/08/26(日) 16:34:18 0
実は大して変化していない。

492: 世界@名無史さん 2007/08/26(日) 19:42:15 0
フランスは革命後、封建制下での貴族による売官、縁故登用の反省から中国の科挙制度を模倣した試験任用制度を創設した。啓蒙思想家たちが誇張した中国像を信奉していたことや中国で布教したマテオ・リッチの科挙制度を詳細に分析した報告書が西洋に伝わっていたことなど理由はさまざま。
その後、日本もフランス経由で明治時代に同制度を採用した。
ちなみに中国は日清戦争での敗北後、敗戦原因は時代遅れの科挙制度にあるとして同制度を廃止してしまったのだから歴史は皮肉なもんだね。

494: 世界@名無史さん 2007/08/27(月) 00:38:06 0
>縁故登用の反省から

現在のグランゼコールでは縁故登用がはびこっているそうでつ。

495: 世界@名無史さん 2007/08/27(月) 01:53:58 0
自由・平等・友愛
人権宣言
ナポレオン法典
メートル法
国民国家

496: 世界@名無史さん 2007/08/27(月) 02:00:05 0
>>495
メートル法以外後々大きな戦争の火種になったものばかりだな。

512: 世界@名無史さん 2007/08/28(火) 14:35:00 0
フランス革命の成果というのは、結局それ以前よりも中央集権が進んだことなのでは。

515: 世界@名無史さん 2007/08/28(火) 18:35:48 0
フランス革命で、最終的にジャコバン派が政権を掌握したのはなぜなんだろう。
フイヤン派やジロンド派あたりで「軟着陸」できなかったんだろうか?

516: 世界@名無史さん 2007/08/28(火) 18:47:00 0
>>515
革命なんてどこの世界でも、一端は超原理主義化するものだからな。特に暴力で打ち立てた革命は。
正当な手段で政権をとったわけではない、と言う後ろめたさを「正義」で打ち消そうとする。
それに軟着陸をしようとする勢力には「反革命的」と言う非常に簡単なレッテルを貼って攻撃できるからな。
過激で急進的であればあるほど正義。革命なんてそんなものだ。

524: 世界@名無史さん 2007/08/29(水) 12:39:55 0
>>515>>516
つーか、安定した制度の歯止めが効かなくなって暴走するんだろ。
より上位の権限が抑止しなけば下克上か群雄割拠状態になり、弱肉強食化してより強く過激で狡猾、容赦無い勢力が権力闘争には勝ちやすいと思う。

521: 世界@名無史さん 2007/08/29(水) 12:00:30 0
フランス革命の意義は国王のいない政治体制に変革させようとしたからだろうな。
清教徒革命は動機が宗教。
アメリカ独立も国王からの離脱で同じ流れ。

524: 世界@名無史さん 2007/08/29(水) 12:39:55 0
>>521
しかし皇帝ナポレオンを歓迎し、その子孫まで人気があったわけだから王制への敵意は特定の歴史観の作意があると思う。
国王個人への反感はあったかもな。

522: 世界@名無史さん 2007/08/29(水) 12:13:38 0
そういえばフランス革命で反キリスト教志向が強かったのは、当時王権とキリスト教はセットだと考えられてたから、らしいな。神とカエサルの共謀。
フランス革命は(アメリカ独立も)キリスト教以前の共和制ローマへの回帰を志向した、という面も強いね。

524: 世界@名無史さん 2007/08/29(水) 12:39:55 0
>>522
それシーザー以来国教化まで300年の違いがあるから解釈に無理があるだろ。
信仰よりも制度としての共和制回帰ならまだわかるけどな。
ナポレオンの戴冠は法皇がやっているだろ。

526: 世界@名無史さん 2007/08/29(水) 12:48:20 0
>>524
「カエサル」ってのは王権って意味だよ。国教化とかそう言うのは関係ない。
王権とキリスト教が完全に癒着していたのは事実だし。
当時の西欧にとって「非王政」のモデルは共和制ローマだけだった。

534: 521 2007/08/29(水) 18:35:40 0
国王というのは神と一体化したものだったから、それを否定したことに意義がある。
ところがそれがいなくなってみると、国家というものの単位の意味とか、自分のアイデンティティーとか共和制というのはそれを維持する意識が難しい。
専制者に支配されるのは愚かな国民にとって楽な体制。
それがナポレオンの出現であり、現在のソ連もそうだ。
アメリカやフランスやイギリスが先進国なのは、そういう市民社会を自分で作り出したこと。

545: 世界@名無史さん 2007/08/30(木) 01:16:53 0
フランス革命時のマスコミ(そんなものあればだけど)はどうだったんですか?

549: 世界@名無史さん 2007/08/30(木) 01:25:02 0
>>545
フランス革命は大量の政治パンフレットが成立させた革命だぞ。

720: 世界@名無史さん 2007/09/13(木) 15:15:45 0
18世紀のフランスでは、大型本だけでなく、小型で価格の安い本が売られるようになり、あまり豊かでない人々にも本が買いやすくなった。
また、青本(ページ数の少ない、粗末な紙に刷られ、青色の表紙のついた超廉価本)が大量に流布する。
さらに書物を購入しなくても、借りて読むことができる施設や商売が増加したのも18世紀フランスの特徴で、国王図書館・修道院の蔵書・主要都市のアカデミー・書店の閲覧室などで読むことができた。
また年会費を取って書物や新聞を読ませたり、会員が自分たちで書物を共同購入し、回して読んだりするシステムもできた。

こういう活字文化があったからこそ、革命でジャーナリズムが影響力を発揮することができたのだと思われ。

582: 世界@名無史さん 2007/08/30(木) 07:09:17 0
20世紀の全体主義の起源を啓蒙思想に求める説もあるよな。

583: 世界@名無史さん 2007/08/30(木) 08:14:08 0
>>582
フランス革命自体が、理想を実現する為の、専制・独裁政治の先便を付けたしな。ただ、それを以て啓蒙思想を元凶と見做すのはどうか。
西側のブルジョア・デモクラシーの思想的根拠にもなっているからね

590: 世界@名無史さん 2007/08/31(金) 13:55:47 0
>>582
タルモン「フランス革命と左翼全体主義の源流」ですね

591: 世界@名無史さん 2007/08/31(金) 17:20:38 0
要はオルテガのあの言葉だろ

18世紀の知識人たちはこともあろうに「全人類に向かって語りかける」というとてつもない思い上がりを演じた。

ってはっきり憶えてないからこんなもんだったかな・・・

592: 世界@名無史さん 2007/08/31(金) 17:27:15 0
フランス革命の真に偉大のところは王権を打倒したことではなく教会を楔に縛り付けたこと、間違ってはならない。

593: 世界@名無史さん 2007/08/31(金) 18:03:37 0
フランス革命の後、二つの教育プランが作られた。
一つはコンドルセのプラン。知育中心主義で、教育の権力からの独立=イデオロギー教育の拒否、教育の機会均等、無償教育を提唱。
もう一つが、ミシェル・ルペルチエのプラン。徹底した徳育中心主義で、国民学寮案(5~12歳までのすべての子どもは国民学寮に収容し、「共和国の鋳型に投げ込む」ことが必要との観点から、同一の服、同一の食事、体育、徳育、労働実習を中心とした共和主義的国民教育を提唱。
スパルタか、プラトンが『国家』の中で描いた理想国みたい。

595: 世界@名無史さん 2007/08/31(金) 19:12:51 0
科学者のラヴォアジェを処刑したのは失敗だったと思うけどなあ。

601: 世界@名無史さん 2007/09/01(土) 00:03:21 0
ヴァンデ内戦で最終的には何十万人虐殺されたんだろう?

602: 世界@名無史さん 2007/09/01(土) 00:14:01 0
>>601
30~40万と推定されている。

608: 世界@名無史さん 2007/09/01(土) 01:42:12 0
まあ革命って虐殺や処刑は付き物だけど、フランス革命に「中世への回帰」と言われるくらい残忍なエピソドが多いのはやっぱり最初の革命だったから「実験」という意味合いがあったんだろうな
(厳密に言うとこの革命のための実験の小さな都市革命もスイスであったが)

617: 世界@名無史さん 2007/09/02(日) 13:10:55 0
◎フランス革命の神話化

1789年7月14日はフランスでバスティーユが攻撃された日として知られ、民衆の勝利の記念日となっている。このときの攻撃によって囚人7名が解放されたが、内訳は贋金づくり4人と狂人3人であったという。
(このときの囚人が政治犯だったと勘違いしている人は多いね)

618: 世界@名無史さん 2007/09/02(日) 13:23:30 0
狂人って一人がサドだっけ?

619: 世界@名無史さん 2007/09/02(日) 13:26:05 0
>>618
Yes.

620: 世界@名無史さん 2007/09/02(日) 13:46:33 0
1791年9月20日、ヴァルミーの戦いにプロイセン軍の一員として参戦していたゲーテが、『滞仏陣中記』に、
「ここから、世界史の新しい時代が始まる」
と感動を持って書いたというエピソードは有名だが、実際にはこの発言の文脈も、予期せぬ後退に沈みがちな陣中で、意見を求められたので「受け」をねらって即妙の答えをしたというふうに読める。
しかもこの後にゲーテは、「朝のパンを返してくれといった」とじつに瑣末なことを記している。
文脈からセリフだけが切り離されて一人歩きしているんだよな。

621: 世界@名無史さん 2007/09/02(日) 16:03:27 0
>>620
日本史で言うと安国寺恵瓊の「羽柴筑前さりとてはのものにて候」みたいなものか。

623: 世界@名無史さん 2007/09/02(日) 17:04:40 0
>>620
ヴァルミーの戦いはそもそもあの異常な退却から
総司令官ブラウンシュヴァイク公の革命への愛が感じられるわけで

624: 世界@名無史さん 2007/09/02(日) 18:21:17 0
当時プロイセンの陣中には疫病が蔓延していたとか。

625: 世界@名無史さん 2007/09/02(日) 18:52:59 0
ヴァルミー会戦は、仏軍が「国民万歳!」と絶叫するのに恐怖した連合軍がボロ負けして退却したというのは後から出来た神話、それとも事実?

627: 世界@名無史さん 2007/09/02(日) 19:19:26 0
>>625
神話でそ。
あの戦いは砲撃戦であって、白兵戦ではなかったのだから。

633: 世界@名無史さん 2007/09/02(日) 21:30:56 0
>>625
ポール・ケネディ『大国の興亡』(上)に、

フランス陸軍では―組織、人員の配置、武器、戦術などの―重要な改革が1789年に先だつ2,30年のあいだに進行していた。革命によって新しい考え方を妨害していた貴族がいなくなり、改革派は自分たちの考えを実行に移す機会をつかみ(数の上でも優勢を占めて)、戦争に突入した。

とある。

636: 世界@名無史さん 2007/09/02(日) 23:15:49 0
フランス革命を起こしたやつらは共和制ローマに憧れていたが、現実のフランス共和国の政治的不安定を見ると、ローマよりもむしろアテネに似ているような…

637: 世界@名無史さん 2007/09/03(月) 00:13:07 0
>>636
実際の共和制ローマはちょっと政治的混乱が起こるたびに暴力デモに粛清、さらには内乱がつきものだった。
しまいにゃローマ人自体が「いつまでたっても暴力がなくならないから共和制廃止しようぜ」って考えて帝政ローマになったようなものだし。

641: 世界@名無史さん 2007/09/03(月) 01:43:04 0
中世末期~近世のイギリスも、薔薇戦争やらピューリタン革命とその後の内乱やらで政治的に不安定だったな。
安定するのは名誉革命~ハノーヴァー朝以降かね。あのころから妥協によって政治問題を解決するようになった。

643: 世界@名無史さん 2007/09/03(月) 11:47:28 0
質問なんだがバスチーユ陥落の際に国王はなんで逃げなかったんだ?
また、正規兵で反乱軍をパリで撃退できなかったのかな?

645: 世界@名無史さん 2007/09/03(月) 14:36:17 0
>>643
前段の件は状況判断の誤りだな。フェルゼンによる逃避行にしても、以前にミラボーが忠告していたように、白昼堂々と軍隊を引き連れて国外に脱出すべし、という事が可能なら逃げ果せたかもな

665: 世界@名無史さん 2007/09/07(金) 21:43:56 0
ミラボーやラファイエットのように、貴族でありながら革命に参加した連中は、まさか恐怖政治までいきつくとは思っていなかったんだろうか?

666: 世界@名無史さん 2007/09/07(金) 21:55:42 0
>>665
だって最初は貴族連中が主導してた革命だしなあ。
それこそ古代ローマ風の、もしくは清教徒革命のイギリスのような貴族共和制で落ち着くとしか考えていなかったかと。

680: 世界@名無史さん 2007/09/09(日) 00:27:26 0
>>666
俺も昔そう思ってたけど、詳しくみていくとけっこー一貫性あったりするんだよ
この革命の場合

683: 世界@名無史さん 2007/09/09(日) 15:54:20 0
>>680
>一貫性

詳しく。

684: 世界@名無史さん 2007/09/09(日) 17:02:40 0
>>683
革命初期に主導権をとっていたのはミラボー、ラファイエット、シエース、タレイランなど。
それがパルナーブ、デュポール、ラメットのトリオに移る。
次に彼らが失脚して、ブリッソー、ヴェルニオに主導権が。
次にロベスピエール、マラー、ダントンの時代に。

最後のあたりになると革命の過激化って言われるんだけど、メディアの煽りや残忍性というトーンはバスチーユから一貫してる。量的に多くの死者が出る以前からもノリはほとんど変わんない。

通常の革命叙述は、世論の決定要因をコミューンに帰しながら、コミューン自体やその活動家の叙述はあまり行わず、国民議会の動きを追ったものが大半。不思議なのは最初期の連中だけが死刑にならず、後はみんなギロチン行き。
(ミラボーは墓暴かれたが)

686: 世界@名無史さん 2007/09/09(日) 17:39:28 0
>>684
> 不思議なのは最初期の連中だけが死刑にならず、後はみんなギロチン行き。

それは結局、第二世代は第一世代に対してまだ穏健的だったが、第三世代は既に第二世代に対して容赦なかった、って言う
革命の過激化を裏付けてるだけじゃ無いのか?

687: 世界@名無史さん 2007/09/09(日) 18:42:14 0
>>686
第一世代の登場人物でも彼ら以外はかなり処刑されてる

688: 世界@名無史さん 2007/09/09(日) 21:28:13 0
>>687
やはり最強はタレーランなのか。

701: 世界@名無史さん 2007/09/11(火) 21:27:33 0
>>688
タレーランはジャコバン派支配の時代、米国に亡命していたが、スタール夫人にあてた手紙で、
「ここに一年もいると私は死んでしまう」
と書いている。
18世紀のフランス人の目にはアメリカは簡略で味気ない、退屈な国と映っていたらすぃ。

702: 世界@名無史さん 2007/09/11(火) 21:42:30 0
>>701
そりゃそうでしょ。その当時のアメリカなんて清教徒ばかりの変に生真面目で殆ど娯楽の無い農本主義の国。

704: 世界@名無史さん 2007/09/11(火) 23:14:01 0
19世紀になってもフランス人のアメリカ観はネガティブなものが多い。

「私は腐敗した宮廷の雰囲気のほうが百倍も気に入っている。ワシントンは死ぬほど退屈だ」
「ごくまっとうな人間だって、頭の中で夢想しているのはドルのことばっかり」
「宗教は32もあるのに、ソースはたったの1種類しかないなんて!」
「アメリカ人の倫理観は吐き気がするほど俗悪に私には見える。米国上流の人々の書いたものを読んだが、欲望しか見出せない」
「全般にアメリカほど精神的自立と真の自由がない国を私は知らない。 (中略) 米国では多数派が観念を中心に大きな輪を描いて、その範囲の中でものを書くことは自由である。しかし、あえてその境界の外に出ようとするならその人には不幸が待っている」

705: 世界@名無史さん 2007/09/11(火) 23:18:48 0
>>704
21世紀の今でも言っていることは変わらないな、フランス人は。

713: 世界@名無史さん 2007/09/12(水) 15:04:06 0
アレクシス・ド・トクヴィルが彼の友人と二人でアメリカを旅行したとき、ほとんどどこに行っても、“アメリカをどう思うか”と聞かれた。
当時アメリカは後進国であり、フランスは先進国だったことを考えるとよくわかる。
アメリカ人も日本人と同じようなことをやっていたんだなw

722: 世界@名無史さん 2007/09/13(木) 23:43:41 0
フランス革命→恐怖政治→青年将校ナポレオン登場→英雄ナポレオンが皇帝へ
ここまでの流れは当時の人たちは熱狂しただろうな
劇的すぎるだろこれ

引用元: ・フランス革命はなぜ過大評価されるのか