1: 世界@名無史さん 2012/09/24(月) 20:28:03.77 0
とりあえずイギリスは

ハロルド2世(ヘイスティングスの戦いで目に矢を受けて戦死)
リチャード1世(シャールース城を責めている最中に首にクロスボウを受けて負傷→傷が元で死亡)
リチャード3世(ボズワースの戦いで戦死)
こんだけ?








2: 世界@名無史さん 2012/09/24(月) 21:32:26.95 0
スウェーデン王
グスタフ・アドルフ(三十年戦争で戦死)

4: オツガイ ◆EAbyJft1LY 2012/09/24(月) 23:52:04.00 0
>>2
スウェーデン王ならカール12世も戦死してる。
スウェーデン・バルト帝国の最初と最後を飾った国王がどっちも戦死してるのがある意味スウェーデンらしいというか・・・・。

ハンガリー王のウラースロー1世とラヨシュ2世は、どっちもオスマン帝国との戦いで死んでる。
結構似たような運命をたどってるね。

他には、最後のローマ皇帝コンスタンティノス11世も一応戦死した例と言えるかな。
また、ムラト1世みたいに戦争には勝ったけど、そのまま戦場で殺されてしまった例もあるね。

3: 山野野衾 ◆m6VSXsNcBYte 2012/09/24(月) 23:31:07.13 0
セバスティアン1世(ポルトガル王)
アブドゥルマリク(モロッコ王)
勝者も敗者も揃って戦死。

マクベス、ジェームズ4世、マルカム3世(スコットランド王)

シャルル突進公は、王じゃありませんが一応。

114: 世界@名無史さん 2014/08/04(月) 14:01:38.02 0
>>3
これですね

アルカセル・キビールの戦い
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%AB%E3%82%AB%E3%82%BB%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%82%AD%E3%83%93%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%81%AE%E6%88%A6%E3%81%84

今日8月4日がその日
敗北したポルトガル王セバスティアン戦死
モロッコ王位を追われていた先王ムタワッキルも戦死
勝ったモロッコ王ムレイ・アブデルマルクも戦死
すごい壮絶

116: 世界@名無史さん 2014/08/05(火) 18:44:59.71 0
>>114
ボヴィルって人の本によるとアブデルマリク王は戦死じゃなく「戦場で老衰死」だったらしい

アブデルマリクは高齢ですでにベッドの中で臨終を待つような状態だったがポルトガルの十字軍侵攻の急報を聞いて無理やり馬に乗って出陣
戦に勝利して国が救われたのを見届けるとその場で後継者を指名して息を引き取ったそうだ

5: 山野野衾 ◆m6VSXsNcBYte 2012/09/24(月) 23:54:56.08 0
トティラ(東ゴート王)
セケンエンラー2世(エジプト第17王朝)

亡国の時期は割と例が増えますが、個人的に勢いよくぶつかって散った話が燃えますね。

6: オツガイ ◆EAbyJft1LY 2012/09/25(火) 00:12:52.55 0
>>5
そういう意味では、グスタフ2世やカール12世はまさにぴったりかな。
自分から戦場に出かけて戦死したというのは、なかなか熱い展開ではある。

ところで、ノルウェー王のオーラヴ1世みたいに戦場で自殺した君主も戦死に含むのかな?

76: 世界@名無史さん 2013/01/31(木) 20:55:20.40 0
>>5
トティラの次、テヤも戦死ですね。
それも、全身に13本のピルムを受けつつ、それでもなお力尽きるまで戦い続けるという
壮絶な最期。

81: 山野野衾 ◆m6VSXsNcBYte 2013/02/01(金) 22:10:27.35 0
>>76
一応、「亡国の王」なのでまあいいかと思って挙げませんでした。
ただ死に様は燃えます。

「全アイルランドの王」ブライアン・ボルーも一説に戦死。

86: 世界@名無史さん 2013/02/05(火) 17:27:54.49 0
>>81
同じ亡国の同じ蛮族の王でもヴァンダルのゲリメルとは覚悟の程が違いますね>テヤ

89: 山野野衾 ◆m6VSXsNcBYte 2013/02/07(木) 00:49:44.86 0
>>86
ゲリメルほど訳が分からない君主も珍しいでしょう。
テオダハドも大概ですが、まだ何をしようとしていたかは分かります。
……しかし、勝ち目を逃したという点では後者の方が酷いでしょうか。

93: 世界@名無史さん 2013/02/08(金) 17:54:05.81 0
>>89
無能で惰弱なゲリメルが人生を全うしたのに、有能で勇敢なトティラやテヤが非業の死を遂げるというのは何とも皮肉というかなんというか…

95: 山野野衾 ◆m6VSXsNcBYte 2013/02/09(土) 21:41:30.86 0
>>93
有用の木ほど早く切り倒されると言いますが。
意地を張らず、粛清される程強くなく、かつ悪運が強い方が長生きするのでしょう。

スヴャトスラフ1世(キエフ・ルーシの大公)
ハザールを征服し、飛ぶ鳥を落す勢いで南下。
ブルガリア帝国に痛撃を与えるが、東ローマに敗北。
ペチェネグ人によって髑髏を杯にされてしまった。

匈奴に敗れた月氏の王、サファヴィー朝に敗れたシャイバーニー・ハーンも髑髏杯に。

7: 世界@名無史さん 2012/09/25(火) 01:05:43.79 0
南宋最期の皇帝衛王も戦死と言っていいかも

9: 世界@名無史さん 2012/09/25(火) 07:30:28.84 O
>>7
だったら安徳天皇も、って王じゃないか。

13: 山野野衾 ◆m6VSXsNcBYte 2012/09/25(火) 20:52:19.91 0
>>9
中世は天皇が王と呼ばれることが多かったので、間違いではありませんね。
出征中に崩御した皇極天皇や暗殺された天皇(×2)はいても、戦の庭で崩御されたのは、安徳天皇ぐらいのはず。
「弘文天皇」は自害。
敗走して捕えられて処刑とか、敗走中殺害されたとか、自害したとか、こう言ってはなんですが、「惜しい」のが多い。

テオドリック(西ゴート王)は混戦中に死亡。
即位出来ませんでしたが、そういえば小の方のキュロスも戦死しましたね。
イベリア半島と言えば、カスティーリヤの方のペドロ残酷王も戦死説あり。

8: 世界@名無史さん 2012/09/25(火) 01:30:32.71 0
ドリュッソス、レオニダス1世、クレオンブロトス1世、アレウス1世、アクロタトス、アルキダモス3世、アギス3世、エウクレイダス、マカニダス

スパルタは戦死した王様だらけ。さすがスパルタ


124: 世界@名無史さん 2014/10/16(木) 18:32:35.34 0
>>8
でもスパルタがスパルタらしかったのは、それらの王のうち三人目ぐらいまでだよ。
弱小国に転落してから、戦死率がグンと上がった感じ。

11: 世界@名無史さん 2012/09/25(火) 08:15:51.18 0
グスタフ2世は近眼のせいで敵前に飛び出してしまったらしいな
まあその前にも何度も負傷してるから必然だったのかもしれんが

ヘイスティングズ直前のスタンフォードブリッジの戦いでも当時のノルウェー王ハーラル3世が戦死してるな
個人的にイベリア半島で戦死した君主は少ない気がするな

12: 世界@名無史さん 2012/09/25(火) 09:12:51.09 0
西洋の「王」に相当する立場は、日本の「大名」だと考えると、今川義元とか織田信長とかも、このスレの対象にはなるか。

西洋で言う「神聖ローマ皇帝」が、日本の「征夷大将軍」かな。

14: 世界@名無史さん 2012/09/25(火) 23:04:50.78 0
後金のヌルハチも戦死説あり
アンティゴノス1世はイブソスの戦いで投槍を受け戦死

どっちも王朝の開祖が戦死

15: 世界@名無史さん 2012/09/25(火) 23:24:03.68 0
一国の(世襲の)最高指導者が前線で討ち死にするのをどう評価すべきなの?
デメリットしか感じないんだが・・・
連続体であるべき国王の政治的身体をぶったぎる愚かな行為では?
もちろんカリスマ的君主ならば尚更、死ねば国家や王権の求心力が下がるし

17: 世界@名無史さん 2012/09/25(火) 23:44:14.35 0
古代ならそれで説明つくけど、17世紀・18世紀のスウェーデン王2人がむざむざ死ぬことにプラスな要素はあるんか?
と思ってるわけです
しかも男の世継ぎも作ってないのに無計画に死ぬ辺りが・・・

そういえば王じゃないけどブルゴーニュのシャルル突進公も戦死してたね

19: 世界@名無史さん 2012/09/25(火) 23:51:11.52 0
王様じゃなくて大統領だけどパラグアイのロペスとかもいるよね
フランシスコ・ソラーノ・ロペス・カリージョ(1826年7月24日 - 1870年3月1日)は、パラグアイの政治家。

父の残した強力な軍隊を使って1864年からパラグアイと似たような立場にあったウルグアイの中立を巡って三国同盟戦争を引き起こしたが、事前に約束していたアルゼンチン連邦派の指導者フスト・ホセ・デ・ウルキーサの支援が得られず、また、ウルグアイでコロラド党がブラジル軍の支援を受けてブランコ党との内戦に勝利し、親ブラジル派政府が成立したため、当初のアルゼンチン、ウルグアイの協力の下でブラジル帝国と戦うという構想は崩れ、ブラジル、アルゼンチン、ウルグアイの三国同盟を敵に回して戦うことになってしまった。

アルゼンチンのバルトロメ・ミトレ大統領が3か月で終わると豪語した戦争は5年以上続き、ソラーノ・ロペスは国民を率いて最後まで勇敢に戦ったが、ブラジル軍の追撃を受け、1870年にセロ・コラーの戦いで戦死した。三国同盟戦争で国土を破壊しつくされ、人口の半分以上が戦死したパラグアイは酸鼻を極めたが、1926年にパラグアイ議会で祖国を防衛した英雄として最初にロペスの名誉回復がなされた。


21: 世界@名無史さん 2012/09/26(水) 00:16:49.02 0
>>19
これは壮絶
最期は女性や7、8才の少年兵を含む二千~三千の兵と長男とともに玉砕して戦死


31: 世界@名無史さん 2012/09/29(土) 20:02:07.25 0
南米史には無知そのものなんだけどパラグアイの大統領、そこまでの極限状態になるまでになんとかできんかったのかね。
33: 世界@名無史さん 2012/09/29(土) 20:32:00.20 0
>>31
外交をしくじって周囲の国全部を敵に回した挙句、最後の最後まで国民を道連れにあがいていたらしいね。
今はどうなっているのかわからんけど、激減した人口の中でも、特に男性の人口が極端に少ない状態がかなりの期間続いたんじゃなかったかな。

41: 世界@名無史さん 2012/10/14(日) 11:38:58.42 0
>>33
外交に失敗したというより、パラグアイ以外の南米諸国はイギリスが借款によって経済支配し、実質属国化していたが、パラグアイだけは経済的に独立して発展していた。
このままパラグアイが発展していくと、イギリスの南米の経済支配を脅かしかねないので、イギリスが背後から周辺国を操ってパラグアイに敵対させた。
戦前はパラグアイは農地のほとんどが共有地で、南米には珍しく貧富の格差が少ない社会だったのだが、戦争後はアルゼンチンの資本に土地の大半を買い占められて、ほかの南米諸国と同じく大土地所有制になってしまった。

20: 世界@名無史さん 2012/09/25(火) 23:59:07.46 0
戦死したローマ皇帝

ゴルディアヌス2世、ピリップス・アラブス、デキウス(初めて外敵に殺された皇帝)、コンスタンティヌス2世、ユリアヌス、

戦死したわけではないが武人皇帝ウェスパシアヌス帝は「最高司令官は立って死なねばならぬ」と病床から立ち上がり漢立ちで死んだとか…

43: 世界@名無史さん 2012/12/21(金) 11:38:40.93 0
デキウス(251年アブリットゥスの戦い、対ゴート族)
ユリアヌス(363年対ペルシア戦)
ウァレンス(378年ハドリアノポリスの戦い、対ゴート族)
ニケフォロス1世(811年対ブルガリア戦)
コンスタンティノス11世(1453年コンスタンティノポリス攻囲戦、対トルコ)

東を含めた全ローマ史の王や皇帝の中でも、外敵相手に戦死したのはこの5人だけ。
反乱、暗殺、自殺大杉
執政官は割と死んでるけどね。

23: 世界@名無史さん 2012/09/26(水) 01:11:33.06 0
ボヘミアの失明王ことジャン・ド・リュクサンブールもクレシーの戦いでひっそりと殺されてるな
目が見えないのに突撃するとかマジ男前

あと王じゃないけど君主っていう意味ではワラキア公国のヴラド・ツェペシュも確か戦死だったはず

24: 世界@名無史さん 2012/09/26(水) 05:45:09.11 0
百済の聖明王(日本に仏教を伝えた王様、新羅との戦いで戦死)

26: 世界@名無史さん 2012/09/27(木) 00:56:15.01 0
蒙古族の世界的破壊活動で命を落とした君侯とか多いね
ルーシ人の諸侯はもちろん、ポーランドのヘンリク敬虔公もレグニツァで戦死
意味無く死体が山積みになった13世紀のユーラシア

30: 世界@名無史さん 2012/09/29(土) 19:30:59.38 0
大順皇帝

37: 世界@名無史さん 2012/10/06(土) 19:52:42.96 0
>>30
中国の泡沫王朝を全部数に入れたら大半が戦死や処刑になるでしょ。

40: 世界@名無史さん 2012/10/11(木) 08:20:51.54 O
>>37
明朝に止めを刺して、曲がりなりにも紫禁城で推戴されてるから辺境の泡沫王朝よりは上かと。
まぁ数日で清軍に追い出された揚句山賊同然にまで落ちぶれて最期は農民自警団がなぶり殺しだから戦死した王(君主)かどうかは微妙だが。

38: 世界@名無史さん 2012/10/09(火) 22:29:17.75 0
バヤジット
ヨーロッパキリスト教勢力が結集した十字軍を蹴散らしコンスタンティノープルを包囲していた。
どうして?なぜ?

42: 世界@名無史さん 2012/11/04(日) 20:07:46.56 0
>>38
バヤジットは捕虜になってから死んだはず。

56: 世界@名無しさん 2012/12/26(水) 21:21:11.99 0
項籍羽

59: 世界@名無史さん 2013/01/22(火) 20:42:48.56 0
項籍は義帝を殺した逆賊。
まあ簒奪者だが君主は君主だな。

劉邦も義帝の弔い合戦を大義名分にしていたくせに項籍の葬式なんかやって自ら哭礼までやってる。
変なもんだ。

98: 世界@名無史さん 2013/02/14(木) 21:34:02.23 0
ノルウェー王のオーラヴ2世
スティクレスタズの戦いで腹に槍を受けて戦死

北欧の王様は歩兵に混じって突撃する脳筋ばかりなイメージがあるわ

102: 世界@名無史さん 2013/07/07(日) NY:AN:NY.AN 0
>>98
逆に歩兵に混じって突撃する脳筋でなければ軟弱者呼ばわりされて直ちに王位から引き摺り下ろされたのだろう

99: 山野野衾 ◆m6VSXsNcBYte 2013/03/15(金) 23:32:44.20 0
ペーローズ1世
ササン朝ペルシャの王。エフタルの援助を受けて即位する代わりに、国境を侵さないことを約束。
後年約定を反故にしてエフタル王アフシュワルに破られ、講和。
だが再びアフシュワルと戦いを始め、今度は討ち取られた。

105: 世界@名無史さん 2013/11/12(火) 23:12:12.76 0
漢王朝を簒奪した王莽も戦死した皇帝じゃないかな。

113: 世界@名無史さん 2014/07/01(火) 09:45:48.61 0
>>105
簒奪じゃないよ、禅譲

107: 世界@名無史さん 2014/06/28(土) 03:47:39.92 0
王莽って時代錯誤な理想に燃えたバカという意味で後醍醐天皇と被るな

109: 世界@名無史さん 2014/06/29(日) 11:23:23.54 0
>>107
中国では、王莽サマって社会主義者のはしりじゃね?
けっこう科学指向の君主だったよな、みたいな感じで近年評価されている。

110: 世界@名無史さん 2014/06/29(日) 19:43:58.13 0
馬を! 馬をくれ!
馬をくれた者には我が王国をやるぞ!

……他に何か有名な王の最期の台詞ってあるかな?

111: 世界@名無史さん 2014/06/29(日) 20:21:54.66 0
>>110
「誰か余の首を刎ねるキリスト教徒はいないのか!」

112: 世界@名無史さん 2014/06/29(日) 23:15:51.22 O
>>110
その台詞ってシェイクスピアの創作じゃないの?

119: 世界@名無史さん 2014/08/07(木) 04:00:27.86 0
>>110
皇帝ナポレオン3世がセダン要塞でプロイセン軍に包囲されたとき皇帝が先頭に立っての全軍突撃を、すすめる将軍達に対して

「わたしに兵を殺す権利はない」

と言い降伏し退位した。
最晩年、臨終のとき傍らにいた医師に問いかけた

「きみはセダンにいたか?」
「はい、陛下いました」
「ならばわかるだろう。わたしは無能であったかもしれない。だが、卑怯者ではなかった」

これが最期の言葉になったとか。

以上ある意味、このスレの意義を台無しにするちょっといい話でした

130: 世界@名無史さん 2015/01/15(木) 09:21:49.37 0
ナポレオン3世の息子ルイ・ボナパルトは、英国に亡命後、ズールー戦争に従軍して南アフリカで戦死した

60: 世界@名無史さん 2013/01/23(水) 20:45:30.68 0
アッティラはベッドの上での戦いで戦死したと思う。

引用元: ・戦死した王様