1: 日本@名無史さん 2012/10/07(日) 00:57:24.11
宮家、公方、御所、御一家、御門葉、御三家、御三卿、御家門…
天皇家や公家、将軍家の一門としての本質や家格、そこからの目線に迫ろう








153: 日本@名無史さん 2013/10/14(月) 08:29:17.80
天皇家や将軍家はスペアがいたが、摂家にはスペアを置こうという発想はなかったのだろうか。
近衛家は一度皇子を迎えただけで、戦後まで直系が続いたからすごい。

154: 日本@名無史さん 2013/10/14(月) 12:25:28.30
>>153
近衛以外の摂家は摂家同士で養子のやりとりやってるから、お互いがスペアみたいなもの。
確かに近衛家はすごいが、皇子を迎えた時点で藤原鎌足の血筋じゃなくなってる。

155: 日本@名無史さん 2013/10/14(月) 14:46:28.62
その皇子の生母は近衛家出身。
女系も可とすれば、近衛家は今日まで鎌足の血が残っている。

159: 日本@名無史さん 2013/10/14(月) 16:48:02.27
摂家の場合、足利将軍家と同じで跡取り以外は出家させてたから、連枝にあたるような家がない。
まあ、公卿には藤原北家の道長の子孫がうじゃうじゃいるけどね。

164: 日本@名無史さん 2013/10/14(月) 19:49:58.23
>>159
公家にはスペアという意味での分家や連枝って無いんじゃない?
武家でいう惣領制みたいのも発達しなかったし同族間で嫡流争いばっかしてるイメージ

170: 日本@名無史さん 2013/10/16(水) 13:09:02.88
>>164
藤氏長者や源氏長者みたいなものがあるから大きな同族意識はあったでしょ
だいたい家格が定まっているのに例えば近衛から公卿が何人も出たらあぶれる人が出てくるし得することは何もない
基本的に嫡男だけ残して後は出家

167: 日本@名無史さん 2013/10/15(火) 08:10:50.09
庶子は出家させる → 跡取りがいないから還俗させる
節操がないと思うんだ
部屋住みにでもしておけ

169: 日本@名無史さん 2013/10/15(火) 18:16:35.78
スペアを飼う財力がないから
寺に入れる方が安い

171: 日本@名無史さん 2013/10/16(水) 13:27:23.37
分家、門流に養子に出したりしないの?

173: 日本@名無史さん 2013/10/19(土) 21:50:05.18
>>171
跡継ぎのない家に養子を出すことはあるだろうが、食い扶持のために他家へ押し付けることもないのではないか。

食い扶持なら、家族が増える心配のない門跡の方が合理的だろうし

174: 日本@名無史さん 2013/10/19(土) 22:22:34.44
>>173
寺に子供を入れるにも金がかかる

175: 日本@名無史さん 2013/10/21(月) 19:31:15.95
>>174
出家すれば生涯未婚なので確実に一代限り
その程度の扶持はたかがして入れている
しかし分家や門流を作るとなれば子孫(養子にしろ)が続いていくことが限定なので、子々孫々まで食べて行けるだけの恒久的な扶持が必要
江戸幕府からギリギリ生活押し付けられていた公家にそんな財力ないよね

176: 日本@名無史さん 2013/10/25(金) 08:08:02.10
寺に寄進>養子に出す

181: 日本@名無史さん 2013/10/30(水) 20:45:56.17
>>176
寺は別途、寺領を持ってただろ

182: 日本@名無史さん 2013/10/30(水) 21:17:42.82
>>181
寺に入れるなら、それ相応の寄進名目で持参金を積むだろう
ましてや檀那寺ともなれば並大抵の額では済むまい
そんな出費よりも、門流に養子に出す方が遥かに安上がり

183: 日本@名無史さん 2013/10/30(水) 22:17:23.73
>>182
門流への養子入りも支度金要るだろ
檀那寺へは別に息子をやらなくても寄付は必要

184: 日本@名無史さん 2013/10/31(木) 06:47:03.15
京都、奈良の門跡寺院は天皇家や摂関家の子息の指定席みたいなもの。

185: 日本@名無史さん 2013/11/17(日) 21:31:22.79
徳川の支流スレで附家老の話が出たけど
諸藩でも分家にそういう家臣を附けたりはしたのかい?
御附家老(おつけがろう)は、江戸幕府初期、将軍家の連枝を大名として取り立てた際に、特に将軍から直接の命令を受けてその者の家老に附属された家臣のことをいう。江戸時代には、将軍から附けられたことから「御附家老」と呼ばれたが、現在では単に附家老(つけがろう)ということが多い。多い場合は十数人付けられたらしいが、通常はそのうちの筆頭家老を指す。

186: 日本@名無史さん 2013/11/17(日) 22:40:02.43
>>185
藩にもよるし支藩の形態にもよるけど、附家老という役はないと思う。
○○新田藩とかはそもそも形式的に独立した藩でも実質的には藩邸もなければ家臣も本藩から出向してるだけとか。
ちゃんと独立した支藩でも本藩の影響力は非常に大きいんで、わざわざ附家老とか置く必要がない。

187: 日本@名無史さん 2013/11/17(日) 23:28:10.06
>>186
新田藩は、自前の行政機構を持たず、本藩の収納のなかから支給されてた
つまり家臣と言えば用人以下の家政系の役人が主流。

188: 日本@名無史さん 2013/11/18(月) 00:16:29.03
>○○新田藩
たとえるなら子会社ではなく支店みたいなもん?

189: 日本@名無史さん 2013/11/18(月) 04:53:09.35
>>188
御三卿と一緒で部屋住み枠だから、社内分社してるが実態は単なる一事業部みたいなもの

190: 日本@名無史さん 2013/11/18(月) 12:41:28.42
新田藩主も参勤交代したの?
江戸の屋敷は本藩を利用ですか?

191: 日本@名無史さん 2013/11/18(月) 17:35:24.44
>>190
ほとんどが江戸定府

192: 日本@名無史さん 2014/01/23(木) 03:12:29.80
斯波と吉良は席次争ってたらしいけど実際はどちらが偉かったの?

195: 日本@名無史さん 2014/01/23(木) 14:17:19.40
>>192
元々斯波は足利一門筆頭だったけど、臣下がなる執事職、守護になることによって権力勢力を得た反面、一門筆頭の名声を失った。

吉良は臣下に落ちなかったことによって名声だけは保持できたが管領や守護など臣下が就くべき幕府の要職に就けなくなり家は衰亡した。

194: 日本@名無史さん 2014/01/23(木) 10:21:25.41
吉良なんて初代は義氏の庶長子で母は家女房なのによく足利直冬のように寺に入れられて父親や嫡子である弟康氏から粛清されなかったなあ
同じ家督を継げなかった兄でも北条氏(名越氏)の母を持つ斯波初代のほうがよほど血統はいいものね

196: 日本@名無史さん 2014/01/23(木) 16:36:11.81
>>194
足利一門における斯波氏と北条一門における名越氏はそっくりだね。
嫡流になるべき血統だったはずなのに誰も将軍、執権になれなかったという意味で。

197: 日本@名無史さん 2014/01/23(木) 17:25:58.63
>>196
宗家から名声は虐待されたイメージ強いけど斯波はそれなりに優遇されていない?

200: 日本@名無史さん 2014/01/24(金) 01:20:25.92
江戸幕府で言えば、斯波の管領が50万石の大老家、御一家が御三家連枝の3万石家といった程度の認識でオケ?
ところで鎌倉公方って宗家継承権あったの?

204: 日本@名無史さん 2014/01/24(金) 18:00:18.10
>>200
鎌倉公方には継承権があったからこそ永享の乱なんてのが起こってる

205: 日本@名無史さん 2014/01/24(金) 21:58:06.70
「ある」と鎌倉側は主張していたようだね。
実際にあったかどうかとか公方から相手にされていたかどうかはともかくとして。

206: 日本@名無史さん 2014/01/25(土) 10:14:32.90
将軍の方と鎌倉公方の方と合わせて足利将軍家だからか。
そりゃとうぜん継承権もあるよね。

207: 日本@名無史さん 2014/01/25(土) 14:21:15.51
吉良ですら、あまり存在感がないが、それ以上に渋川と石橋は存在感がない。
本当に「御一家」として尊重されていたのだろうか?

208: 日本@名無史さん 2014/01/25(土) 14:41:13.93
御一家って官位も五位中心で高くないよね?
確実に四位にはなれる管領家に勝っているのは席次の様なものだけ>?

211: 日本@名無史さん 2014/01/25(土) 22:37:51.49
管領と御一家でも吉良≧斯波>畠山>細川=石橋=渋川
こんな感じだろう。その下に御相伴衆と今川が来るのかね

214: 日本@名無史さん 2014/01/26(日) 03:17:23.05
斯波が管領家筆頭と言われるけど、室町末期は細川が管領をほぼ独占してるんだよな。

215: 日本@名無史さん 2014/01/26(日) 05:39:54.84
斯波は高経の本家(と言うか高氏)への対抗意識が強かっただけに感じる

217: 日本@名無史さん 2014/01/26(日) 18:35:32.79
>>215
斯波は足利宗家と同格と言ってたしな。
一方、大崎も武衛家と同格と言って、さらには高水寺斯波も大崎と同格と言ってたらしいし、斯波一族は名門意識が高いんだろうな

221: 日本@名無史さん 2014/01/27(月) 13:52:41.02
斯波一族の有料大名として江戸時代まで生き残った最上家も名門意識強かったのかな?

222: 日本@名無史さん 2014/01/27(月) 18:27:22.65
>>221
当然、そうだろうね。
綱吉のときには、交代寄合から一代限りで高家に任用されてるし。

223: 日本@名無史さん 2014/01/27(月) 23:20:18.17
東北は鎌倉以来の名門が多すぎなんだよな

224: 日本@名無史さん 2014/01/29(水) 23:22:38.53
>>223
政宗が暴れるまで大名家の存亡自体を賭けた大合戦というものが無かったからね。
取り潰された名門大名は秀吉~徳川の天下人による一方的な改易ばかりだしね。

225: 日本@名無史さん 2014/02/01(土) 02:09:07.07
渋川と石橋なんて斯波初代の同母弟と庶長子の家系だろ
斯波への当てつけ凄まじいな

226: 日本@名無史さん 2014/02/01(土) 07:58:52.10
結局、御一家というのは斯波に対する牽制というか、
「お前のとこには将軍継承権ないぞ」ってだめ押し的なものだったのか。

227: 日本@名無史さん 2014/02/01(土) 16:39:00.68
斯波も管領にならなかったら御一家筆頭じゃね?
就任した斯波が悪いw

242: 日本@名無史さん 2014/02/04(火) 00:11:52.00
> 就任した斯波が悪いw
格下げのために管領を受けさせたのでは?

244: 日本@名無史さん 2014/02/04(火) 12:39:30.59
>>242
絵に書いただけの家格、継承権にしがみついて御一家のまま先細りして自然消滅するより管領になって多大な権勢を得たほうが結果的には良くないか?

246: 日本@名無史さん 2014/02/04(火) 19:38:52.46
>>244
だが、実際に消滅したのは斯波で、生き残ったのは御一家の吉良。
吉良家自体が忠臣蔵騒動で没落しても、男系の血統は米沢藩主上杉家として存続したし。

249: 日本@名無史さん 2014/02/05(水) 06:12:07.01
>>246
上杉での吉良の血統はすぐに途絶えてる。
むしろ東条家やら蒔田家やらに言及すべきだろ。吉良に復してる家もあるし。

253: 日本@名無史さん 2014/02/05(水) 23:44:32.06
吉良ってそんなに実力あったのか?

256: 日本@名無史さん 2014/02/06(木) 04:57:47.31
>>253
斯波と同じで南北朝の頃まで足利姓だったし他の足利庶家よりは上だろうね

257: 日本@名無史さん 2014/02/06(木) 07:52:11.80
実力は比べられないよね。斯波も吉良も南北朝初期だけすごくてそれ以降は力も糞もないだろ。
家柄だけがすごくて。

258: 日本@名無史さん 2014/02/06(木) 16:07:36.50
>>257
斯波 畠山は応仁の乱までは最有力大名でしょ?
戦国時代になって傀儡化したけど。

261: 日本@名無史さん 2014/02/06(木) 23:44:10.19
>>258
戦国期まで斯波は特別扱いの家だよ。

259: 日本@名無史さん 2014/02/06(木) 19:19:07.28
吉良は三河に土着して松平氏と縁組みして、家康に保護してもらったからよかったが、石橋や渋川は本家がどうなったのか判然としない。

263: 日本@名無史さん 2014/02/07(金) 06:33:48.38
>>259
松平清康、廣忠に偏諱を与えてる

264: 日本@名無史さん 2014/02/07(金) 06:55:23.56
言われてみて、やっと気づいた。
清康、広忠って吉良持清、持広からもらった偏諱だったのか。

引用元: ・【一門】御連枝【分家】