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1: 日本@名無史さん 2011/04/04(月) 17:40:27.60
万石に少し足りない大身直参から三十俵二人扶持の極貧御家人まで、徳川幕府直属の臣下について語り合いましょう。







164: 日本@名無史さん 2012/01/07(土) 05:05:32.14
ぶっちゃけ身なり整えて2本差してりゃ身分詐称なんて余裕だよな。
遠くの土地に行っちまえば浪人の出来上がり

167: 日本@名無史さん 2012/01/07(土) 21:27:38.60
そういえば、そもそも浪人って身分的には士分?
それとも人別に載ってないから無宿人?

168: 日本@名無史さん 2012/01/08(日) 02:47:38.05
浪人は浪人。
本来浮浪者となるが、苗字帯刀が黙認されていただけ。
管轄も庶民と同じ町奉行。
次第になんとなく浪人も受け入れられ平賀源内のような浪人のまま有名人となり、田沼意次や他の大名から重要な仕事を依頼されたりしてフリーの武士のような恰好になってる。
近松門左衛門や松尾芭蕉(郷士)も浪人。

170: 日本@名無史さん 2012/01/08(日) 07:50:41.62
由井正雪の事件があったりしたから牢人の地位を曖昧にして黙認したんだろうね

173: 日本@名無史さん 2012/01/09(月) 10:14:04.60
増封があれば家臣を増やさなければならない。その場合、仕官の経験者のほうが望ましい。
牢人のかっこうをしているのは召抱えてくださいというシグナル。
だから、牢人を全部一挙に百姓町人にしてしまうことは合理的でない。

176: 日本@名無史さん 2012/01/22(日) 19:23:55.93
同心は武士?

178: 日本@名無史さん 2012/01/29(日) 06:03:14.46
同心は幕府の最下級武士。

180: 日本@名無史さん 2012/01/30(月) 02:07:46.16
同心は士分じゃなくて足軽なんだが

181: 日本@名無史さん 2012/01/30(月) 08:18:19.70
>>180
三田村鳶魚は考証事典ではっきりと、同心は足軽ではないと書いてある。

182: 日本@名無史さん 2012/01/30(月) 11:02:32.92
あれは同心を「足軽」と呼ぶ(書く)のはおかしいと言ってるだけだぞ
同心は足軽と同じで卒分

183: 日本@名無史さん 2012/01/30(月) 11:09:32.75
成り立ちとしては足軽には違いないだろう。
職務内容も諸藩の足軽と大差はないし。
待遇が違うくらい?

184: 日本@名無史さん 2012/01/30(月) 11:33:23.32
呼称が異なるだけでしょう
同心と呼んでる藩もあるし
待遇と言っても諸藩によって異なるのは当たり前だし

直参か陪臣かという違いはあるだろうが

188: 日本@名無史さん 2012/01/31(火) 17:18:09.42
秩禄処分の前提として士族身分の設定が行われたので、江戸時代の制度や社会観念における士分、武士とは必ずしも合致しない。
事実上の世襲の録を奪われた者には保障がなされたが、士分を奪われただけの者には補償はなかった。

189: 日本@名無史さん 2012/01/31(火) 17:23:15.19
このスレで「武士」というのはどういう共通認識のもとで語られているのか。
二本差しが武士なら同心も余裕で武士だろう。騎乗の士が武士なら、御家人でも騎乗の与力は武士に違いない。苗字を公式に名乗れれば武士なら、中間でも武士になる。

190: 日本@名無史さん 2012/01/31(火) 18:35:38.24
「武士」なんていう厳密な定義を欠いた曖昧な言葉で論じようとすること自体が無意味。
ただ足軽同心を「士」と呼ぶのは明らかに馬鹿げている。
それと与力は身分による騎乗資格ではなく職務による騎乗資格。
これは重要な区別だから弁えないと。

191: 日本@名無史さん 2012/01/31(火) 19:33:02.22
このスレで「士」というのはどういう共通認識のもとで語られているのか。
家格と家禄と職務。「身分」とはどれによって決定されるものか。

192: 日本@名無史さん 2012/01/31(火) 19:54:21.02
それが割り切れるものなら苦労はない。
中間的存在とか、ぬえみたいなのが居るのが現実の難しいところ。
線引きできたらすっきりするんだけど、できない、しようがない。

207: 日本@名無史さん 2012/02/09(木) 07:29:34.34
時代劇では同心が「足軽」と呼ばれることはないが、実際はどうだったんですか。
同心を足軽と呼んだ文書文献があればそれで決まりでしょ?

208: 日本@名無史さん 2012/02/11(土) 17:35:13.15
大小二本差しは武士の特権。
名字・帯刀の許可は庶民に与えられる名誉格式だが、二本差しは認められない。
髪形も武士と庶民ではちがう。
武士が庶民の格好を真似たりするのは恥ずかしい事だが、罪とはされないため、御家人などは庶民のなりをして、賭場や吉原などに通った。
反対に庶民が勝手に武士のなりをする事は大罪で、下手するとその騙った家中の者に斬られたりする。
足軽は平時には庶民だから、庶民のなりをしている。
例えば、町奉行所の与力・同心であれば、出勤時には必ず奉公人が共をする。
与力であれば4~5人、同心であれば2人程度だが、もし出陣ともなれば、これらの者が足軽となり、主人である与力は馬上、同心は徒歩の士という事である。
無論、これら奉公人は武士ではないから、二本差しではない。
武士で似通った役割の者は用人と呼ばれ、二本差しをしている。
時代劇や歴史ドラマなら、例えば秀吉の場合、まだ草履取りなどの織田家奉公人の時は庶民のなりをしている。織田家の武士となって初めて二本差しの格好となる。
真田太平記の向井佐平次も、平時は真田家の奉公人だから庶民の格好で、戦時でも、昌幸・幸村の側近くで仕えてはいるが、足軽である。

209: 日本@名無史さん 2012/02/11(土) 20:03:59.31
与力が格式どおり4-5人も引き連れるのは初出仕の時くらいだよ。一人二人は若党を連れていないと様にならないけど。
用人は旗本家では家老に次ぐほど家中では高い身分なのに、それと分かる書き方をしてないし。

210: 日本@名無史さん 2012/02/11(土) 21:49:20.29
>>209
人数そのものが問題点ではなく、主従の身分が問題。
与力の場合、初出仕ではなく、騎乗の出仕ではなくても、道具箱持ちと着替え持ちは必ず帯同するので、少なくとも2人の奉公人を帯同するし、同心も道具持ち1人は必ず帯同する。
用人というのは奉公人への指示や雑務等、家政を仕切る役で200石・300石取り程度の旗本家にも必ず用人はいるし、三千石とりの大身旗本にもなれば数人は存在する。
用人の中でも小身者もいれば、高禄の者もいる。
また、旗本の家に家老なる役があるとするならば、それは用人である。
千石とり程度の旗本家なら、用人も合わせて侍が5~10名、中間・侍女・女中・奉公人合わせて20~30人程度が屋敷にいた。
侍といっても屋敷内の長屋に住んでいた。
出陣ともなれば、当主及び嫡子が馬上、侍が徒歩の士となり、奉公人及び知行地から徴用された者が足軽となる。

213: 日本@名無史さん 2012/02/12(日) 08:41:37.13
>用人の中でも小身者もいれば、高禄の者もいる。

主家の知行に応じて用人の禄高も決まるのは事実だけど、まるで一家の中に高禄微禄の者が混在してるようにも読める書き方はちょっとどうだろう。

>また、旗本の家に家老なる役があるとするならば、それは用人である。

家老を置かない旗本も少なくないけど、用人と家老とは別物だよ。
大坂の武鑑の類の『御役録』のコピーが手元にあるけど、大坂町奉行や大坂船手奉行の欄には家老と公用人の欄があって、顔ぶれが変わるたびに必ず両欄にそれぞれ家臣の名が載る。
寄合や小普請なら出費を減らすために家臣団を絞っているだろうけどね。

214: 日本@名無史さん 2012/02/12(日) 09:43:05.63
通常陪臣の職名には規定がないんだから、家老と用人が同時に置かれることも有れば、用心だけのこともあるんだろう。
用人しかいない場合用人が家老の役目も果たしているのは当然。
奉行の場合は対外的に必要だからその時だけ分けているのかもしれないし、単に対外的な肩書きに過ぎないのかもしれない。
相当小身で抜擢されかなりの足高をもらっているような場合だと、就任に際して抱えたとか、場合によっては臨時雇いさえあり得る。
小身の場合や小普請あたりは用人は必要なときだけ雇ったともいわれる。
雇われる方もその時だけのいわばパートタイム侍も居たとか。
まあ初期はそんなのは居ないだろうけど。
とにかく、綺麗すっきり割り切れるようなものじゃない。
家により時代により実態は様々。

215: 日本@名無史さん 2012/02/12(日) 21:55:53.18
規定はないが他家との連絡やつきあいがあるから。
いまの会社でいえば専務とか部長、課長のように商法規定はないがこうした慣習的な名称を使えば、その組織のなかでどういう位置づけ、身分のものかは他者にもわかるようになるからたいていは踏襲する。

あと知行地を実際に治める大身、交代寄り合いなどををのぞき、旗本は家老職というのはおかない。
用人で十分だから。

216: 日本@名無史さん 2012/02/12(日) 22:22:10.89
>あと知行地を実際に治める大身、交代寄り合いなどををのぞき、旗本は家老職というのはおかない。

関東以外に知行があれば、2-300石程度でも知行は自ら治めるケースが少なくないし、地方支配は旗本でも郡奉行以下の組織で対応する。知行地を実際に治めるか否かは家老の有無にはあまり関係なさそうだ。

つーか、なぜ役付き旗本に言及しないかなあ。

220: 日本@名無史さん 2012/02/19(日) 08:53:34.32
交代寄合座光寺氏(1100石)の家老は禄高7石だってさ。
読んだ資料に詳しい記述はなかったけど、現米7石だと思う。
職制は大名なみに細分化されていて、数少ない家臣を兼任させまくっていたらしい。

221: 日本@名無史さん 2012/02/19(日) 08:59:31.77
>禄高7石
訂正。元資料に禄高とは書いてない。だから現米7石とは推定。

224: 日本@名無史さん 2012/02/19(日) 10:27:46.17
岩松でさえ家老が居たらしい、結構な数の家臣が。
ここなんかはせいぜい禄が有るのは家老くらいか。
領地は小十人か徒並で、猫の絵とか書いて稼いでいたらしいけど、それでも家老に禄を出すくらいが関の山では?
それもサンピン程度か?

225: 日本@名無史さん 2012/02/19(日) 15:39:12.70
>>224
士分の名誉を与える代わりに上納金出させまくってたパターンじゃね。
ねずみ講みたいに、新たな上納者がでないと各数両程度の給金すら出せなくなるような。

226: 日本@名無史さん 2012/02/19(日) 16:57:28.46
武家じゃないけど、幕末頃の摂家の二条家、家臣から紹介されて、勤務無しの名目上の家臣とか、単にお出入りの名目だけ与えられたとかがかなりの人数。
当然寄付しての話で、紹介した家臣もなにがしかもらってるんだろう。

275: 日本@名無史さん 2014/11/30(日) 23:06:02.66
細川家筆頭家老の松井家は、陪臣であるが将軍にお目見えできたらしい。
松井家自体は名門だと思う

277: 日本@名無史さん 2014/12/02(火) 21:37:18.15
>>275
細川家から長岡苗字を貰っているから正しくは長岡佐渡家という。
秀吉から直々に160石ほどを貰い、それが江戸幕府でも安堵されたので、いわばその分だけ直臣の扱い。
つまり160石の旗本待遇。

284: 日本@名無史さん 2014/12/03(水) 19:11:09.09
>>275
喜連川藩の家老も将軍にお目見え出来たよ。二階堂氏が200石、黒駒氏に至っては僅か25石の微禄ながら。

285: 日本@名無史さん 2014/12/03(水) 19:12:24.17
陪臣かつ直臣は御三家附家老はわかる。加賀の本多はどうだろう。上記松井家の類型は形式的には直臣といって良いのではないか。
この類型は他にあるのかな?

289: 日本@名無史さん 2014/12/03(水) 22:55:07.79
直参か陪臣かは参勤交代の有無で決まる
有り(直参)…岩国領主吉川家、福井藩本多家
無し(陪臣)…御三家付家老
例外…熊本藩松井家(参勤交代はしないが、代替わり時にお目見え)

290: 日本@名無史さん 2014/12/04(木) 00:57:49.74
>>289
附家老の禄って幕府から支給じゃなかったっけ。

292: 日本@名無史さん 2014/12/04(木) 01:57:50.18
>>290
一部幕府から支給はあるんじゃない。そのことを持って直臣なのかどうか。広義の直臣にあたりうるが。参勤交代の有無は、むしろ諸侯かどうかの区別に用いられるべきでは。
狭義の直臣かどうかは、そもそものその定義へのコンセンサスはなされていない。
参勤交代があれば、詰め間がある、参勤交代に際して将軍に拝謁できる。この拝謁と旗本の家督相続の際のお目見えはなんか違う気がする。

310: 日本@名無史さん 2015/03/15(日) 16:48:05.83
京都町奉行所や大坂町奉行所の与力・同心は鳥羽・伏見の戦いのあと、どうなったの?
斬首?

315: 日本@名無史さん 2015/03/16(月) 21:52:55.94
>>310
大坂町奉行所の与力・同心は大阪府の吏員に横滑りしたようだよ。
京都も多分同じだろう。

因みに、敵とはいえ主君に忠義を尽くした者を粗末に扱うようでは、味方から不信感を抱かれると思う。

311: 日本@名無史さん 2015/03/15(日) 17:25:02.57
何で斬首されないといけないんだよ

312: 日本@名無史さん 2015/03/15(日) 18:56:11.75
朝敵徳川の手先だったから

313: 日本@名無史さん 2015/03/15(日) 19:14:36.95
厳密に言えば鳥羽・伏見の戦いからは朝敵になるけど、この戦いで幕府側で参戦して罰せられた大名はいない。
まして将軍家直属の幕臣が罰せられるわけがない。
罰せられるのは鳥羽・伏見の戦いの後も幕府側について戦った連中だけ。

314: 日本@名無史さん 2015/03/16(月) 10:29:05.59
町奉行の下っ端クラスは新政府に再就職してなかったっけ?

316: 日本@名無史さん 2015/03/25(水) 20:19:04.69
与力はもちろん、同心が幕府瓦解後も役人に採用されたのは当然として、岡っ引きも採用されたという話を聞いたが。
そっちはガセなのかな???

318: 日本@名無史さん 2015/03/26(木) 23:13:06.50
>>316
勤務成績良好にして人格円満な番太郎たちを警視庁の巡査に採用してる。
士族の警察官は非常に嫌がったらしいがね。

引用元: ・【旗本】江戸時代の幕臣について【御家人】七




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