1: 日本@名無史さん 2008/12/29(月) 20:09:52
朝鮮出兵も終盤の今日、太閤・秀吉は大坂城におまいを呼んだ。
重臣の中で日本に帰ってきているのはおまえだけであった。
病の床にふしている秀吉はもはや虫の息であり、石田三成と同等ほどの家臣であるおまえに秀頼を頼むとすがりついた。
おまえは、哀願する秀吉にコクリとうなづいた。。。。
そして数日後に秀吉はお隠れになった

さてどうするか








3: 日本@名無史さん 2008/12/30(火) 02:45:48
内府に早速擦り寄る

5: 日本@名無史さん 2008/12/31(水) 11:23:42
自分が加藤清正や福島正則に石田ほどは恨まれてないなら、直ちに石田を暗殺して豊臣家を一枚岩にする。
自分が加藤清正や福島正則に石田並みに恨まれているなら、直ちに石田を捕らえて彼らに引き渡し豊臣家を一枚岩にする。

10: 日本@名無史さん 2009/01/02(金) 00:12:53
>>5
淀が居る限り、一枚岩は無理なんじゃねえの?

12: 日本@名無史さん 2009/01/02(金) 03:00:41
関ヶ原までは石田三成と同様

ただし、関ヶ原では、金吾秀秋より先に裏切るぞー!

15: 日本@名無史さん 2009/01/02(金) 10:47:53
小早川秀秋を暗殺しとく

16: 日本@名無史さん 2009/01/02(金) 10:53:11
むしろ金吾の養子になっておく

19: 日本@名無史さん 2009/01/02(金) 18:16:47
石田三成と同等じゃどーしょーもない
せめて五大老と同等くらいじゃないと

22: 日本@名無史さん 2009/01/03(土) 01:57:54
自領が100万石以上でなおかつ秀吉子飼いの家臣より格上じゃない限りどうあがいても家康にやられるだろうな

23: 日本@名無史さん 2009/01/03(土) 10:39:10
>>22
両方の条件を満たす大和大納言が太閤より先に死んじゃったのは痛かったね。

30: 日本@名無史さん 2009/01/05(月) 18:34:16
>>1を前提なら、家康に靡くしかないかなあ
ずっと前なら、朝鮮出兵を止めさせるべく奔走するとか、天下統一の時点で徳川を攻め滅ばす様に秀吉を説き伏せるとか、淀殿を秀吉が寵愛する前に秘密裡に始末するとか…

36: 日本@名無史さん 2009/01/07(水) 18:12:06
いやもう内府に擦り寄るだろ、普通に考えて。
大老筆頭で270万石だっけ、まともにやりあおうなんて考えもしない。石田や直江は大したもんだよ。
で、関ケ原では、自分の領国近くの大大名の動向に左右まくり。
西国なら、毛利の動向を伺い、まともに戦わず。戦後は領国に逃げ帰り蟄居。
難癖つけられて改易→夏の陣で城方として討ち死。
なんとか関ケ原後を乗り切ったとしても、大幅石高減。いずれは幕府の外様大名取り潰し政策で、子の代で改易だっただろう。
その意味で島津や毛利、上杉は大したもんだ。

37: 日本@名無史さん 2009/01/09(金) 00:08:54
秀頼を淀ではなく北の政所に育てさせる
これだけでかなり歴史が変わりそうな気がする

45: 日本@名無史さん 2009/01/14(水) 13:36:19
秀頼が北の政所の元で育ち成人していれば豊臣家は分裂しなかったんじゃないの
そうなれば家康も付け込むチャンスが出来なかったろうな

48: 日本@名無史さん 2009/01/18(日) 11:40:22
>>45
北政所がどこまで秀頼を後見したかにもよるね
加賀百万石を守り北政所との友情も伝わる芳春院も、実子が前田家の当主のときには家康の人質となり前田家を守ることに必死になったが、続く当主は2代目の養子で芳春院と血のつながりがなかったために芳春院は江戸から返され当主の実母が人質に取られている。
つまり嫡母の芳春院より利家の側室だった実母のほうが当主に対して影響力が強いとみなされたわけだ。
ねねがなさぬ仲の秀頼を引き取っても成長した秀頼をなんとしても守りたいと考えるのは嫡母にすぎないねねではなく実母の淀殿だったろうし、ねねも言われるほどできた人間ではなく秀頼を見限る可能性もあったということ。
秀頼がねねの実子ならばねねは命を差し出してでも秀頼を守ろうとしただろうが、そこはねねと家康の知恵比べ。
家康は本気で豊臣を滅ぼすために今度はねねを欺き、騙そうと必死になっただろうし、ねねが家康よりも知恵があったのでなければ同じ結果。
秀吉が没したとき成人した男子が幾人もあったならともかく、幼児しか残せなかった豊臣政権は、どの女性が後ろ盾に就こうが危ういものだった。

54: 日本@名無史さん 2009/01/18(日) 19:52:22
>>48
まるで芳春院が実子の為には必死になったが養子の為には必死にならないような書き方だがそうではないだろう。人質を取る側からすれば実母の方が確実というだけの事。

64: 日本@名無史さん 2009/01/21(水) 23:29:21
>>54
芳春院は前田利常を養子としたことはないよ、念のため。
芳春院が利常のためにわが子同様に必死になったかどうかは史料にないため確認できない。
わかることは側室腹の当主利常のためには芳春院は人質になることすらできなかったということ。
そして徳川幕府は秀頼とねねの関係も利常と芳春院のように見ていた可能性があるということだよ。
側室の寿福院と正室の芳春院の仲はよくなかったらしいし。

57: 日本@名無史さん 2009/01/21(水) 02:12:34
ごちゃごちゃ考えても仕方ない
やはり家康を暗殺するのが最もシンプルで効果的だな

63: 日本@名無史さん 2009/01/21(水) 22:29:37
徳川を無理やりにでも朝鮮に出兵させて力を削ぐ。
で、罪は石田に全部かぶせて秀頼を傀儡にする。

73: 日本@名無史さん 2009/02/07(土) 22:51:58
まず内府に擦り寄り信認を得る
淀を自分のコントロール化に置く
>>1の秀吉の右腕なのに石田三成クラスってのがどの位なのか判らん
50万石以上なら家康の死後、徳川征伐ってなるけど、秀吉の右腕なのに石高も石田三成と同じ約20万石なら豊臣家を徳川幕府の一藩となるべく奔走する

まあ現実的には淀をコントロール出来ずに片桐且元の様になりそうだが・・・・・・

76: 日本@名無史さん 2009/02/08(日) 08:22:27
まあ現実の俺じゃあなにもできんから内府にすり寄るだろうけど、秀吉の右腕になるほどの能力があったなら・・・

やっぱり内府にすり寄って藤堂くらいの地位になりたいなw

77: 日本@名無史さん 2009/02/08(日) 08:36:33
反徳川派の中心に祭り上げられて、したくもない戦いに巻き込まれて、自害・討死・処刑。

…に怯えてみたい

91: 日本@名無史さん 2009/02/13(金) 13:59:34
即時、三成と謀議。

まずは家康より早く、秀頼の名で朝鮮より全軍撤退。
その後、三成との不和を演出し、家康に接近。
黒田長政や藤堂高虎に負けないくらい媚を売る。
反三成派であることをアピール。
三成には史実通り動いてもらい、自分は、反三成派と行動を共にする。

上杉討伐に徳川が出征する際は随時西軍の動きを監視、報告するからと大阪に残る。もちろん、その任を果たす。
三成、行動開始。
反家康軍(西軍)を率いて出陣。
後詰のみとなった大阪城内で、秀頼、毛利輝元と謀議。
もちろん、吉川広家は出陣済みである。

その後、家康の動きを把握しつつ家康の関が原到着のタイミングを計った上で、大阪城内でクーデター。淀君勢力を駆逐。
秀頼を担ぎ、毛利勢と共に関が原へ出陣。
西軍との合流を急ぐ。

「秀頼様、ご出陣」の激を全国に飛ばす。

そして、いよいよ、徳川との天下分け目の合戦へ・・・

94: 日本@名無史さん 2009/04/29(水) 22:45:40
>>1
まず三成と組んで何が何でも前田利家を担ぎ出す
淀を説得し豊臣家から金を出させる
そして家康と対峙する前に、難癖つけて福島、加藤、池田、細川、黒田を潰す
最後に秀頼を担ぎ出して家康と雌雄を決する戦をする

95: 日本@名無史さん 2009/04/30(木) 09:41:45
>>94
福島加藤ら潰そうとしても家康が黙っていない。
戦になるどころか三成が切腹命じられておしまい。
というか、子飼いの武将大量粛正すれば誰も豊臣に忠誠など尽くそうとしなくなる。

97: 日本@名無史さん 2009/05/04(月) 05:37:51
俺ことなかれ主義とみんなに言われているから家康につくよ

98: 日本@名無史さん 2009/05/04(月) 13:02:42
家康は陰険だから西軍につく
豊臣恩顧の加藤や福島などに一泡吹かせてやる

99: 日本@名無史さん 2009/05/08(金) 20:53:42
まず唐入りを「撤退」じゃなく「縮小」して釜山付近の領土経営に専念する。
(大義名分は「任那の復興」あたりで)
それで大陸進出の足場を残しておいて女真族のヌルハチと手を結ぶ
そうすりゃ朝鮮半島及び東シナ海沿岸は領土として確保出来るハズ

101: 日本@名無史さん 2009/05/08(金) 23:43:32
朝鮮ではなく琉球と台湾への出兵をうながす
そして台湾への植民政策を推進する
中国は基本的に大陸志向なので海を渡ってまで攻めては来ないだろうし

112: 日本@名無史さん 2009/07/05(日) 22:00:04
・結城秀康を豊臣家の一員として呼び戻し、豊臣完子をその嫁とする。
・加藤清正、福島正則の両名を豊臣一門として厚遇し、畿内に所領を与え、官位も大納言を与える。
→徳川・前田・宇喜多・毛利・上杉に加えて、秀康、清正、正則の8大老体制にする。
・石田三成を転封し、佐渡一国を与える。
・秀吉・淀殿に可愛がられた身近な女性をお江付の上臈として江戸に遣わす。

120: 日本@名無史さん 2009/07/26(日) 20:44:14
右腕って事は5大老ぐらいの力があるから前田利家、上杉景勝、宇喜多秀家と相談して強引に朝鮮から撤退
朝鮮の易の恩賞を大義名分として大名の国代えを行う
家康を東国に追いやるのではなく旧領に戻す(強引だけど)、関東には石田三成と大谷吉継をとりあえず100万石以上に加増して配置する
家康を挟み撃ち。あと武断派の福島などと三成派の関係修復につとめる。


123: 日本@名無史さん 2009/07/27(月) 01:53:07
もし秀吉の右腕だったら、秀吉の死後、真っ先に家康に寝返ります。
そりゃもう、土下座してでも妻娘を人質に差し出してでも何でもしまっせ。

あの当時、どう見たって純軍事的には家康が最強だ。
秀吉は所詮、一代限りの男だよ。

136: 日本@名無史さん 2009/07/31(金) 02:50:03
晩年の秀吉は猜疑心の塊だから、身を引くのが無難だろう

138: 日本@名無史さん 2009/11/17(火) 16:04:24
身を引いたら引いたで
「まだ働けるのに辞めるなんて…俺に異心を持ってるな」
と疑われる予感が

139: 日本@名無史さん 2009/12/28(月) 00:17:17
わしが天下を取る

引用元: ・おまえがもし豊臣秀吉の右腕の家臣だったら