1: 日本@名無史さん 2022/10/01(土) 00:46:48.01
鎌倉時代に始まり室町、戦国、江戸、明治と各時代を生き抜いた名門の長州毛利家について語るスレです。

時代を問わず毛利家に関する話題であれば何でもOK。








4: 日本@名無史さん 2022/10/01(土) 10:02:49.89
島津スレに続いて毛利スレか
幕末の雄藩だが島津家に比べると毛利家自体は存在感が薄い気がするな。
島津斉彬や島津久光とか有名だが当時の毛利の殿様の名前がスッと出てこない。

7: 日本@名無史さん 2022/10/01(土) 13:43:47.87
大名の存在感は薄いが藩士達が日本を支配することになるとは

9: 日本@名無史さん 2022/10/01(土) 22:30:25.46
>>7
藩主は君臨せれど統治せずを地で行ったのが人材育成で大成功した

2: 日本@名無史さん 2022/10/01(土) 08:37:35.66
西園寺家の男系は毛利家になってる

11: 日本@名無史さん 2022/10/02(日) 10:16:15.94
>>2
近衛家の細川家もそうだが、武家が公家を継ぐのは違和感がある

12: 日本@名無史さん 2022/10/02(日) 10:29:44.10
乃木伯爵家も毛利の養子を入れてたな
毛利は一族男子が多いからあちこち突っ込めたんだろう

13: 日本@名無史さん 2022/10/02(日) 11:17:25.13
>>12
でもあそこは最終的に爵位を返上して毛利家に戻ってる
乃木家も断絶

16: 日本@名無史さん 2022/10/02(日) 20:08:54.73
近衛家と西園寺家が武家に乗っ取られたとか言われるけど、地味に鷹司家もしれっと男系が鍋島家の血統になっている。

22: 日本@名無史さん 2022/10/04(火) 13:32:04.34
島津、毛利は日本史上最強コンビじゃないか

26: 日本@名無史さん 2022/10/04(火) 19:39:32.18
>>22
『歴史を遺し日本文化を継承し美を伝えて行く』400号記念スペシャル記念懇談会
https://userdisk.webry.biglobe.ne.jp/015/977/62/N000/000/000/125974242538016106595_zadankai.jpg

左奥  第34代島津宗家時期当主 島津忠裕氏
右奥  第19代徳川宗家時期当主 徳川家広氏
左前  第33代毛利宗家時期当主 毛利元栄氏
右前  島津重豪公期の薩摩藩家老 第7代調所家 調所一郎氏(司会進行役)

なお島津忠裕氏と徳川家広氏は親族関係
島津忠裕氏と毛利元栄氏、調所一郎氏は
慶應義塾大学の先輩後輩の間柄で
家族も含め親密な交流する懇親の仲

73: 日本@名無史さん 2022/10/08(土) 21:43:21.97
毛利敬親候こそが神

77: 日本@名無史さん 2022/10/09(日) 22:37:40.28
宮武外骨『地獄耳』
毛利元昭公は本当の馬鹿殿様で、そのため東京に置かれず多病の名で三田尻に若隠居させられている。
前夫人は名古屋の徳川家から輿入れしたが、あまり夫の馬鹿なのに愛想を尽かして逃げ出し、その後添いに三条公の御姫様が行っているが、このお姫様は似た者御夫婦の低能なので、めでたく家は治まっている。

78: 日本@名無史さん 2022/10/10(月) 17:59:38.32
大名華族ともなれば家臣団がしっかりしてるから殿様は多少おバカな方がいい
有馬家や蜂須賀のように殿様が中途半端に賢いと変な散財で家が傾く

83: 日本@名無史さん 2022/10/13(木) 00:01:55.61
>>78
今の毛利家にも家臣団の子孫で作る集まりとかあるんだろうか?
徳川宗家や島津家はあるらしいが

84: 日本@名無史さん 2022/10/13(木) 13:52:35.46
戦前は旧主を囲む会は沢山あったらしいが敗戦で華族制度廃止
財産税で没落と旧主も旧臣もそれどころじゃなくなった旧大名家が大半だろう

戦前だと南部侯など東條英機、米内光政、板垣征四郎に金田一京介とか来てたそうだ

海軍少将の高木惣吉が自伝で書いてたが相良氏人吉藩なんてちっこい藩でも旧主を囲むイベントがあってそこで中央で顔見知りの陸軍軍人と会ってあんた同郷かよとかサプライズな事もあったらしい

86: 日本@名無史さん 2022/10/14(金) 23:00:50.19
今の毛利家も裕福なんやろか

87: 日本@名無史さん 2022/10/14(金) 23:58:12.82
>>86
島津家当主夫婦が揃って山口県の毛利家本宅へ訪問している
文化雑誌の記事を見たことあるけど、広々とした和風邸宅で、広々とした和室には大きな雛人形がデンと置いてあって、雛壇の前で島津家当主夫婦と毛利元栄氏夫婦が笑顔で写真に収まってたのを見たことあるよ

92: 日本@名無史さん 2022/10/15(土) 23:39:07.42
写真で見れば分かるが毛利敬親の重量感が半端ねえよ
極道の大親分でも通用してしまう
長州藩士を鶴の一声で動かしたんだから、とんでもないカリスマオーラがある人物じゃなかったのか
Mouri_Takachika


94: 日本@名無史さん 2022/10/16(日) 02:38:13.16
>>92
花神の金田龍之介は風格あるそうせい候だったな

96: 日本@名無史さん 2022/10/16(日) 21:45:37.60
>>92
毛利敬親の貫禄やばすぎる

100: 日本@名無史さん 2022/10/17(月) 14:59:58.93
毛利家も分家が女子だけだったり養子だったりしてるな
本家はまだ大丈夫そうだが

114: 日本@名無史さん 2022/10/24(月) 23:41:10.75
毛利家は子沢山家系だったはずなのに幕末から現代にかけて先細りしてるな

117: 日本@名無史さん 2022/10/26(水) 22:42:00.27
毛利忠敦氏はどこの系統なんだろう?
忠の字が付いてるから本家筋かしら?

119: 日本@名無史さん 2022/10/29(土) 03:32:46.67
本家なら殆ど「元」の字じゃね?というか分家筋もほぼ同じ
吉敷毛利家の近代の名に忠は付いている模様だが先代に男子多いからその系統(の子供)かも?

120: 日本@名無史さん 2022/10/29(土) 12:44:30.91
ネットでも大名家の系譜が結構見れて子孫まで追跡できるようになってるけど、それに載ってない子孫も結構いるんだろうな
分家筋なんかは特に

123: 日本@名無史さん 2022/11/02(水) 00:33:50.32
自動的に大江広元の子孫にもなるのもスゴい。

134: 日本@名無史さん 2022/11/17(木) 23:25:27.25
八田知家の一門である宍戸隆家が毛利家の家老になったらしいけど、幕末は何をやっていたのか分かりますか?
ウチは常陸国の宍戸氏の自称元家来なので気になります

135: 日本@名無史さん 2022/11/17(木) 23:54:32.01
その隆家に元就娘が嫁いで故に重臣・一門筆頭の家で代々家老職かと思います
六家に永代家老家2つで一門八家と言われています、因みに加賀も重臣家は八家だったり

ちなみにその枠には入っていない一族扱いなのが吉川家だったり

136: 日本@名無史さん 2022/11/19(土) 23:48:30.91
なにかと批判されることが多い吉川広家がいなければ長州藩も毛利家も関ケ原後に絶滅していたよ

138: 日本@名無史さん 2022/11/20(日) 11:16:13.45
>>136
吉川広家がいなければ南宮山の毛利、長曾我部が参戦しているから関ヶ原の敗北はなかった、とかいう想いが藩士にあるので恨まれてたのでは

関ヶ原という天下分け目の合戦は江戸時代の軍学でも散々取り上げるし武士の間で話題にもなる
当家はこのように戦ってとか我が家は西軍の手のものでしたが奮迅働きをとか御先祖の働きに花が咲いてる時とか毛利家中はビミョーな空気にもなったり

139: 日本@名無史さん 2022/11/20(日) 11:48:32.58
それはどっちともいえるだろうが
毛利家の取り潰しを免れたのは吉川広家の大功績よ

141: 日本@名無史さん 2022/11/20(日) 12:15:55.35
まず参戦していて負けてたなら確実に毛利家はその後も存在していない。
それで参戦しても6:4で負ける可能性が高いと見たんだろ。
吉川は誤解されすぎている。

142: 日本@名無史さん 2022/11/20(日) 12:22:24.97
とは言え広家もあれだけ減封されるとは大誤差だっただろう

関ヶ原前に非参戦なら防長2国は残してあげると言われていたら流石の広家も一戦やむなしとなったんじゃないだろうか

144: 日本@名無史さん 2022/11/20(日) 12:38:34.82
色々計って主家が大減封という立場的には直江兼続と似ているが兼続と広家の違いはホウレンソウの有無だったな 

関ヶ原後の主家と吉川家のビミョーな感じは上杉と直江にはない

146: 日本@名無史さん 2022/11/20(日) 15:01:26.59
>>144
主家との関係はそうだが他の家臣連中からは疎まれていたのは確か
故に属していた与板衆は直江が居なくなった後ぞんざいに扱われた等々

147: 日本@名無史さん 2022/11/20(日) 15:02:33.41
天下泰平の一助にはなったな
関ヶ原で勝ったとして家康が撤退出来れば東軍総崩れとはならず黒田如水が予想したように戦乱が長引いた可能性は大きい

天下に旗を立てたい連中はまだまだわんさといるし

154: 日本@名無史さん 2022/11/21(月) 18:52:19.72
毛利家には三度天下を左右する機会があった

1度目は秀吉中国大返し 毛利が全力で秀吉軍を追撃していれば山崎の合戦はどう転んだか だが毛利は静観した
2度目は関ヶ原の空弁当 2度目も毛利は消極的であった
3度目は言わずと知れた倒幕である 3度目にして天下を制する気概を見せた

158: 日本@名無史さん 2022/11/22(火) 19:15:06.21
岩国には孫の吉川広嘉公の銅像はドーンと立っているが、偉大なる広家公の銅像は何故かない

165: 日本@名無史さん 2022/11/23(水) 16:06:45.02
吉川、小早川、毛利の両川が関ヶ原で活躍し戦乱の世を終わらせ天下泰平の道に貢献したのだ

172: 日本@名無史さん 2022/11/25(金) 21:37:54.54
何故か神奈川県厚木市で毛利氏プロジェクトが発祥しています

厚木こそ毛利氏が生まれた地であると

174: 日本@名無史さん 2022/11/26(土) 10:27:11.05
>>172
鎌倉時代のころ、厚木は毛利という名の土地であり、そこに所領を持っていた大江広元の四男が地名である毛利を名乗った。
ちなみに、次男の時広は山形の長井に所領があったので長井姓を名乗った。
鎌倉あたりには長井の地名がまだ残っている。

引用元: ・長州毛利家を語るスレ