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1: 日本@名無史さん 2011/12/08(木) 23:09:29.01
どげえしたら島津を倒せるかのう?

よだきい~








6: 日本@名無史さん 2011/12/10(土) 21:10:45.25
家族仲良くすべき

14: 日本@名無史さん 2012/01/30(月) 11:23:23.11
まず棄教しろ

18: 日本@名無史さん 2012/02/08(水) 23:04:42.32
家来の嫁は制覇したから満足だろ

19: 日本@名無史さん 2012/03/10(土) 21:17:46.86
嫁を奪えたという事は大名権力が強かったという事
中央集権に成功していたんだな

26: 日本@名無史さん 2012/03/11(日) 21:52:41.74
とりあえず大友家を維持したまま死ねたので勝ち組じゃないか

28: 日本@名無史さん 2012/03/22(木) 20:15:19.53
本当にキリスト教王国は建設可能だったんだろうか
日本人の事だからカトリックともプロテスタントとも違うキリスト教造って、教皇領から異端認定くらいそうなんだけど

40: 日本@名無史さん 2012/04/19(木) 09:15:25.49
名目上は隠居している人だし
耳川の十数年後に死んじゃうし
キリスト国は無理だね
無理に建ててもアリウス派のように異端認定されるようなキリスト教になるだろう

69: 日本@名無史さん 2012/08/22(水) 14:13:27.20
>>40
真面目に信仰していたらしいのは、最晩年だけらしい。
臼杵に移ったときも、主だった宣教師たちは府内に残したままだったしな。

41: 日本@名無史さん 2012/04/21(土) 07:48:09.31
大友家の家臣と大友家に従っていた国人領主の違いがよくわからない

50: 日本@名無史さん 2012/07/07(土) 21:04:20.56
>>41
国人=城持ち土地持ち
家臣=自分の土地と城を持っていない
てイメージある

51: 日本@名無史さん 2012/07/07(土) 22:05:37.36
同紋衆だろうが国人だろうが皆家臣でしょ
国人は外様みたいなもの

52: 日本@名無史さん 2012/07/08(日) 04:48:16.80
大友家臣=大友氏の直轄領に住んでいる人たち、いわゆる旗本
国人=自分の土地持ってて大友氏に従っている人たち
だと思ってた

53: 日本@名無史さん 2012/07/08(日) 14:16:35.55
ってことは家臣とは領地も持ってない扶持米取りの小身者で、その他は国人であって家臣ではないと思ってたということかw

58: 日本@名無史さん 2012/07/13(金) 04:23:05.13
家臣=豊後を本国とする直臣
大友城下町に屋敷を構えて出仕している人たち
国人=諸国で従っている大友幕下の領主
豊後に参府して八朔之儀をおこなった人たち

59: 日本@名無史さん 2012/07/16(月) 13:06:31.97
家臣とは豊後内外を問わず、仕えてる臣下の総称だ。
豊後国内だって臼杵やら戸次のような大友一族の有力領主がいれば、佐伯や小原のような国人領主もいる。
他国にも立花のような大友一族がいれば、蒲池のような国人領主もいる。

63: 日本@名無史さん 2012/07/19(木) 07:16:32.46
家臣と思われている所がよそと勝手に交渉してたり、一族同士でも裏切ったりすることがあるのがこの時代

70: 日本@名無史さん 2012/08/22(水) 16:22:03.73
>>1
立花さんに家督を譲れ。それで大友は安泰だ

86: 日本@名無史さん 2014/01/13(月) 19:20:03.44
>>70
立花家って大友家の庶流だっけ
大友の家督を譲ることって実際出来るの?

87: 日本@名無史さん 2014/01/13(月) 23:57:34.70
>>86
立花家は大友庶流。
一度断絶するけど、その跡を継いだ道雪、宗茂も大友庶流の生まれ

71: 日本@名無史さん 2012/08/28(火) 20:41:11.58
陰謀・暗殺・一方的な断罪と討伐の中で幼年期を送り当主となり、壮年期まで大勢力に物を言わせてやりたい(簒奪・寝取り)放題
島津に負けると一気に萎縮

一番勢力の伸張した時期が、生涯で一番見苦しい人。
だから、人格を改めるか、勢力伸張なんてしないか、どちらかで生きてほしい。

72: 日本@名無史さん 2012/08/29(水) 08:54:26.82
むしろ早々に生きるのやめた方が大友家のためだった

79: 日本@名無史さん 2012/09/07(金) 22:57:13.40
>>77
大友宗麟って、キリシタン大名というわくを外してみると、なかなか現代でも通用する広い視野を持っている人物なんだけどなあ。
つまらん偏見がまとわりついていて哀しい。

81: 日本@名無史さん 2012/10/06(土) 09:27:07.80
>>79
大内、今川、細川、大友
戦国を生き残れなかった大名への評価が辛いのはしょうがない

91: 日本@名無史さん 2014/01/22(水) 18:08:52.12
毛利との戦いにリソース取られ過ぎた
九州から毛利の影響力を削ぎ落とすのが肝要

92: 日本@名無史さん 2014/01/22(水) 18:36:30.29
ていうか単純に周辺に敵国が多いのがきつい

99: 日本@名無史さん 2014/02/06(木) 09:25:22.09
神社仏閣を焼き払いながら教会を建てながら島津討伐に向かったのが運の尽きでしょうな。
宗麟の理想なりがあったのか知らんが、戦の前に不和を生んでどうする。
将兵の中には神仏に信心のある者も多かろうに。
耳川で名のある将がどんだけ死んだことやら。

115: 日本@名無史さん 2014/08/17(日) 21:55:04.63
>>99
アレ資料や行動を見ると主導は息子で、本人は好みに作った村で老後を過ごそうとしただけって感じだけど
ここに限らず資料と一般認識がズレてるぽい部分がやたら多いんだよねこの人…

116: 日本@名無史さん 2014/08/17(日) 22:58:29.82
>>115
フロイスの日本史読むと確かに日向侵攻での神社仏閣破壊は宗麟じゃなく義統の指示になってるね。
近年の宗麟のキャラづけはひどくなってる。とくに漫画でのあつかいがひどい。

某島津マンガで改宗を拒否する庶民を虐殺してるけど、実際の宗麟は強制による改宗はよくない。
自発的にキリスト教を信仰しないと意味がないという考え方の人だったんだけどな。

119: 日本@名無史さん 2015/04/18(土) 12:17:23.25
>>116
むしろ庶民人気は凄かったぽい、日本発の病院を含めてこの時代に福祉関連色々やってる上、最後がアレだし
江戸前に消えてるのに太平の江戸~激動明治が過ぎても地元人気続いてるのは凄い

113: 日本@名無史さん 2014/07/11(金) 02:35:34.15
そもそも、人望…

114: 日本@名無史さん 2014/07/16(水) 14:38:56.88
人身売買は島津の方なんだがな。

大友は銀や硫黄で南蛮商人と取引していたと記録が残っているが、明治の学者の徳富蘇峰が宗麟は人身売買をしていたのではないかと推測したのが、現代に間違って「人身売買をしていた」と断定の内容で流布してしまった。

115: 日本@名無史さん 2014/08/17(日) 21:55:04.63
>>113>>114
江戸以降ガンガン評判が下がっていったんじゃってイメージがあるなぁ
江戸時代開始まで大名家が残らず、江戸時代ずっと残った上明治以降は権力中心で大活躍な島津さんの敵役
元が強大な上扱い酷くてもエライ人に睨まれないと、悪役として使いやすかっただろうなーって思う
近年ではキャラ付け優先で宗教キチイメージばっか押されてるし、評判的に色々不遇なのは間違い気がする

118: 日本@名無史さん 2015/04/03(金) 23:38:11.44
義統に家督譲ったのがまずかったな
現代基準なら、おそらくは障害者手帳貰えてしまう子だというのに

119: 日本@名無史さん 2015/04/18(土) 12:17:23.25
>>118
知識量や手腕を見る限り、流石にヤバイって気付いてはいたと思うけど…
おそらく二階崩れの後継ぎ騒動が相当深刻なトラウマになってたんじゃないかね
精神的に多感な時期に、当時の環境含め人生左右する出来事としては強烈すぎる

120: 日本@名無史さん 2015/10/26(月) 20:40:04.46
結局のところ戦国大名になりきれなかったんだと思う
守護大名の延長で国人連中の首領ってイメージ

124: 日本@名無史さん 2016/01/02(土) 23:54:11.47
>>120
どこも戦国大名もそんなもんだぞ

121: 日本@名無史さん 2015/12/27(日) 07:36:59.57
家来の女房は寝とるわ、若い美女はどんな手を使っても自分のものにするわ、男の本能そのままに生きた人。そういう風に思ってた時期が私にもあったのですが、実はそれは戦乱に明け暮れる現実から逃げていただけのこと。
内面は弱い人間だったのだと思います。
島津から責められてキリスト教に逃げ、秀吉に頼り、難を逃れたものの、結局はお家取り潰し。
でも現代人に通じる人柄であり、私は嫌いじゃない武将の一人。

125: 日本@名無史さん 2016/05/20(金) 14:23:31.91
家臣の妻を寝取ったとうるさいが、あれ原本では家臣が謀反→謀反を鎮圧→謀反人の妻を屋敷に預かる。

という流れでまったく寝取ったという逸話ではないんだが。
みんな、家臣の妻を奪う→家臣が激怒し挙兵→家臣を斬首。

という逸話だと勘違いしてないか?
ちなみに原文でも屋敷に預かったという感じの表現で、宗麟が家臣の妻に横恋慕していたという情報はなかったとのこと。
これらは現代の研究家がそういうふうに思いこんで論文に書いたという間違いをおこしたようだ。

131: 日本@名無史さん 2016/06/04(土) 21:30:11.26
基本的にはイエズス会の日本侵略の先兵だし

132: 日本@名無史さん 2016/06/05(日) 07:05:19.77
宗麟はすべての宗教に興味があるという発言が残っているし、実際宣教師の強引な布教に苦言を呈して注意しているし、宣教師が国主権限で家臣達に受洗を厳命してほしいと迫ると、強制はよくないと拒否している。
あなたが思っているような人物では宗麟はない。

133: 日本@名無史さん 2016/06/06(月) 10:40:50.82
>>132
何を寝ぼけたことを言ってるんだ。近隣諸国の寺社仏閣を焼き払ったんだぞ。
おかげでうちの祖先の神社も焼き払われ古文書が消滅してしまった。
筑後の国に有ったんだが。(今は再建されてるが)

134: 日本@名無史さん 2016/06/06(月) 12:43:34.60
>>133
宗麟にまったくないわけでないが焼き討ちは大半は息子の義統統治時代の事件だぞ。

それに寝ぼけたというが、どこが間違っているのか教えてくれよ。
あの書き込みの宗麟の行動は宣教師の記録に残っている逸話だ。
宗麟はそんな事は言わないはずだ。とかの感情論はダメだぞ。

138: 日本@名無史さん 2016/12/15(木) 14:05:39.92
>>134
筑後国にあったうちの神社が焼き討ちにあったのは1579年の事で宗麟に攻め込まれて焼かれた。

136: 日本@名無史さん 2016/11/13(日) 23:53:33.11
焼き討ちは二重支配や寺社腐敗解消のためという説がしっくりくるかも
代わりに教会建てまくったというわけでもないし、奥さん(筋金入神道)とも仲良かったみたいだし

調べるほど印象が変わる、実は酷い戦国の南蛮シリーズに巻き込まれた人という印象
あと薩摩の敵役なのが相当逆風っぽいかな

137: 日本@名無史さん 2016/12/14(水) 14:47:04.50
>>136
>焼き討ちは二重支配や寺社腐敗解消のためという説がしっくりくるかも

どこからそんな妄想が湧き出て来るんだ?数千もの寺社仏閣を焼き払ったんだぞ。
当時の神社や寺は地元密着で庶民の信仰は厚かった。キリスト教なんて豊後以外は殆ど布教されていなかっただろ。

単にキリスト教を布教するために邪魔なものを焼き払っただけの暴力行為の何物でもない。
自分の領地内だけならまだしも近隣諸国にまで攻め入ったんだぞ。

139: 日本@名無史さん 2016/12/17(土) 19:26:49.33
1579年か、やっぱり宗麟が隠居してからの息子の統治時代の事件じゃん
数千もの焼き討ちとはどこの情報だよって話。
焼き討ちの理由に関しては息子の大友義統が書状に「大きくなった寺社の財産を没収して家臣に分配するため」とハッキリ書いている
豊後以外は布教されていなって、肥前に宣教師の西日本管区の布教の本部があったんだが

あと、宗麟が寺を建立した経歴があることをどう説明するんだ?

144: 日本@名無史さん 2017/09/24(日) 10:46:38.92
宗麟は財産も義統に渡して完全に隠居していたし、息子の政治にも口出ししていなかったぽい。
よく言われている宗麟が大御所として義統の政治に口出しした2頭政治を始めたのは耳川の敗北以後。

152: 日本@名無史さん 2017/09/24(日) 18:53:49.15
失敗のない人間なんているわけない
嫡男の教育失敗を追求するしかないというわけか

153: 日本@名無史さん 2017/09/24(日) 19:12:10.68
為政者としては致命的な失敗だろ

引用元: ・大友宗麟です。九州を統一したいのですが