51J8Q9HAKAL._SL500_



1: 世界@名無史さん 2011/12/17(土) 02:21:58.28 0
ブルターニュ、ウェールズ、スコットランド、アイルランド、ガリシアなどの歴史について語るスレです







8: 世界@名無史さん 2011/12/18(日) 16:17:20.03 0
ケルトが来る前のアイルランドには誰が住んでいたのか

9: 世界@名無史さん 2011/12/18(日) 17:07:31.66 0
>>8
ブリテン島の、ビーカー文化を担ったのと同じ連中


12: 世界@名無史さん 2011/12/18(日) 21:12:22.32 0
人数では少ないはずのゲルマン人なのに、なぜ言葉がゲルマン化されたのか

27: 世界@名無史さん 2011/12/20(火) 09:10:24.25 0
カエサルが侵入してきたとき、ブリテン島の大部分ではブリトン語が、アイルランドではゲール語が話されていた
両者は友印欧語族のケルト語に属するが、ゲール語のほうが古い形をとどめている

ブリトン語は、言語学上「Pケルト語」と呼ばれ、後のウェールズ語、コーンウォール語、ブルトン語がこれから派生した

ゲール語は「Qケルト語」と呼ばれ、アイルランドやマン島のほかブリタニアの周辺部で語られていたが、紀元五世紀ごろスコット人によりスコットランドにもたらされた

38: 世界@名無史さん 2012/01/20(金) 11:08:07.65 0
ケルト語はスラブ、ゲルマン、ロマンス語とかどれに一番近い?

41: 世界@名無史さん 2012/01/21(土) 13:36:18.42 0
>>38
ケルト語派はロマンス語(イタリック語派)に最も近いと言われている
北イタリア・ガリアのラテン化が早かったのもそのため

43: 世界@名無史さん 2012/01/22(日) 22:59:27.90 0
ブリテン・アイルランドのケルト人は大陸からのケルト人遺伝子はあまりないらしい。
言語と文化だけ巨石文明の先住民に伝わってケルト人移住者の人数は少なかったらしい。ソースは

44: 世界@名無史さん 2012/01/24(火) 20:39:07.44 O
巨石に魂が宿るという考え方は日本人にもあったよ

45: 世界@名無史さん 2012/01/24(火) 21:06:26.02 0
石は、土の中で徐々に大きく成長していくと考えていた人が多かったらしいね

46: 世界@名無史さん 2012/01/25(水) 17:06:34.25 0
巨石信仰巨石文化はどこにでもあるな

47: 世界@名無史さん 2012/01/29(日) 09:49:53.03 O
巨石文化はオーストラリアのアボリジニにもあるじゃまいか
落ちそうで落ちない石がオーストラリアにはあるね
そういう意味ではオーストラリアにジャガイモ飢饉で移住したケルツ(笑)がオーストラリアの石を崇拝しても不思議ではあるまい

48: 世界@名無史さん 2012/03/05(月) 17:21:55.60 i
というか、人種的にケルトもゲルマンも一緒の気がする
どちらも牧畜民的文化を持ってるし、さほどの違いはないように思う
スペイン人とポルトガル人くらいしか違わないんじゃないのか?

49: 世界@名無史さん 2012/03/09(金) 06:02:50.53 0
言語を完璧に無視するとこんな解釈になるのか

50: 世界@名無史さん 2012/03/09(金) 11:40:15.03 0
ケルト語は印欧語
ゴート人は東方の遊牧民系だろうが、フランクとかは違うだろう
どちらにせよ、ケルトと極端な違いはないよ

51: 世界@名無史さん 2012/03/09(金) 15:57:35.62 0
人種が同じで言語的に近親関係にあっても、文化習俗は様々に異なってる
日本と朝鮮と中国は同じ東アジアで、人種も同じで、言語的にも系統的に近似する部分があるが、全然違う民族だろう?

54: 世界@名無史さん 2012/03/10(土) 01:58:23.19 0
>>51
そう言われると弱いが、いわゆるケルト人はヨーロッパ大陸のかなりの範囲に及んでいる
そんな大量の同一血族集団が存在するわけはない
つまりケルト人てのは文化上の区別だ
ゲルマンはこれの進化?版みたいなもんか
実際比較するとケルトとゲルマンは文化的に公約数が多い

57: 世界@名無史さん 2012/03/10(土) 10:11:24.48 0
印欧語というだけでゲルマン語派とケルト語派を同一視するのってかなり痛いよ
ケルトを文化概念とみなすのも言語の実情を見ていない
あちこちに分散していたのはゲルマン語派も同じだが、じゃあどうやってケルトとゲルマンを区別したのさ

58: 世界@名無史さん 2012/03/11(日) 01:07:44.46 0
住んでる場所の違いだと思うよ
これ、案外重要
実際ほとんど外見上の区別はないし、使ってる道具も生活形態もよく似てる
結局ドイツ地域のケルトをゲルマンと呼んでるだけじゃないのかと思わせる

ヨーロッパの学者もあんまよくわかってなさそうよ

64: 世界@名無史さん 2012/03/12(月) 02:37:02.56 0
つ ドルイド

68: 世界@名無史さん 2012/03/27(火) 13:57:40.76 0
ドルイド教がケルト文化の共通事項だったの?
言語ではなく、共通の神話体系=「文化圏」
ケルトが征服して拡散した地域では、被支配層には非ケルト語集団が共生していただろう。

70: 世界@名無史さん 2012/03/28(水) 18:56:57.34 0
ドルイドは古ペルシャの賢者が源流でそれにギリシャの誰だったかな哲学者の思想体系が加味されて形成された知的体系らしいし
ということは地域によってその存在の濃度や有無も違ってきそうだし、普遍的なのかな?
そのドルイドも次第に変質して現在そのドルイドの主流イメージである、森の巫女的な形となっていったらしいが

74: 世界@名無史さん 2012/04/04(水) 13:30:36.43 0
>>70
もともと印欧語族が欧州中央部以西に本格的に侵入したのは紀元前4-3千年紀の球状アンフォーラ文化からで、この人たちはステップ遊牧民と共通した習慣と身体的特徴があるというから。
欧州のステップと言えばウクライナで、そこはイラン系遊牧民族が続々と入ってきたところ。
イランと言えばペルシャで、彼らのサテム語の源流がカスピ海とアラル海の間の紀元前3千年紀のアンドロノヴォ文化のあたりだな。
言語と文化は別だから、ステップ文化はサテム語発生よりもはるか前からあって、まあそういうこった。
地図見るとウクライナのステップからはカルパティア山脈の北側が開けていて、ポーランドからドイツ北部へ楽に入れる。
球状アンフォーラ文化はこのルートで栄えている。
ケルトはこの辺から西欧に拡散した連中だろ。

71: 世界@名無史さん 2012/03/29(木) 12:51:20.14 0
ドルイドはある意味「元老院制」だ
複数の賢者が合議で物事を決める
これがプロテスタントの時代に「長老派」として復活するのだから面白い
信仰内容はキリスト教に変わってはいるが、こういう形式が至上だと考える素地が残っていたんだね

ジェダイの騎士もドルイドからインスピレートされたらしいよね

77: 世界@名無史さん 2012/04/04(水) 13:42:07.74 0
>>70
いまのドルイドのイメージは1980年代に始まった、英米圏のアイルランド系によるファンタジーのブームで、だいぶ捏造と誇張が混じっているからな。

96: 世界@名無史さん 2012/06/09(土) 23:57:15.29 0
今、興亡の世界史シリーズでケルトの水脈てのよんでるけど、ブリテン島やアイルランドはケルト語圏だけど考古学的?物証がないとかなんとか。
え、結局ケルトって大陸ケルトだけで島ケルトはケルト語話す、違う人達だったてこと?
なんか訳わからんくなってきた…

97: 世界@名無史さん 2012/06/24(日) 21:14:55.71 I
文化や言語で分ければ、祖先が違うとしても、島のケルトも大陸のケルトも同じケルトでいいと思うんだが。

98: 世界@名無史さん 2012/06/24(日) 21:34:56.60 0
現代のアイルランドもブリテンの遺伝子も先ケルトの先住民族の遺伝子が大半。
言語と文化だけケルトとかアングロ・サクソンとかノルマンとか入ったが少数。、

100: 世界@名無史さん 2012/06/24(日) 22:24:22.15 O
民族の分け方が千差万別なのは仕方ないとして、人種や遺伝子を民族分類の指標にもってくる考え方には全く賛同できない。

135: 世界@名無史さん 2013/04/28(日) 15:51:10.38 0
「海のかなたのローマ帝国」読んで
http://www.hmn.bun.kyoto-u.ac.jp/report/2-pdf/1_rekishi/1_14.pdf読んだけど
大陸のギリシア人やローマ人がガリア、ケルトと呼んでいた人々は特定の民族であった根拠はなく、ブリテン島の住人はガリア人扱いされておらず、アイルランドやスコットランドやブルターニュが大陸の「ガリア」「ケルト」と同系の民族と思われたのは近世ヨーロッパの産物
考古学的にハルシュタット文化がブリテンに流入したとされるのも根拠が極めて薄弱
遺伝的にも別

で、「ケルト」っていう概念自体が崩壊寸前って状態なわけ?

言語系統の話はほとんど出てこないけど、大陸ケルト(ブルターニュは別として)も碑文からケルト系言語ということになってるみたいだけど、そこら辺がどうなってるのかわからない。
碑文史料も再検討されてるんだろうか?

あとドルイドは、大陸ガリアの宗教をローマ人が記述したときに出てくる&現UK地域で原住民の祭司をローマ人がドルイドと呼んだことがあるみたいな扱いで、UK地域の祭司を原住民がドルイドと読んだ話は、これらの本には出てこないけどアイルランド神話とかで、ローマの視点が混入してないことが確実な資料でドルイドって言葉は出てきてないんだろうか?

137: 世界@名無史さん 2013/04/29(月) 14:46:29.20 0
ケルト語はP方言とQ方言の違いはあるけどゲルマン語やラテン・ロマンス・イタリック諸語とは別
言語系統上いちばん近いのはラテン語だが(イリュリアは資料不足)ゲルマンやスラブは違う
興味があったら語形の対照表を英語版wikipediaで見てほしい

だからガリアやイベリアなどローマ時代にケルト人が居住しローマ軍が重点的に駐屯したた地域は概ねロマンス語化が早かった
ゲルマンとケルトが同系なら今のブリテン諸島での対立はなんなのって話

ブルトン語は俗ラテン語がさらにローカライズされた仏語の祖形ができてから
これまた非大陸的な特徴を増した島嶼ケルト語が逆流してきたものだから混じり合わず、例外的

117: 世界@名無史さん 2013/03/10(日) 21:24:06.09 0
捏造の歴史といえば、アイルランドを中心としたケルト民族史、この捏造美化も酷い

ケルト系キリスト教はなかったというのが正しく、あったというのは商業主義や民族主義の類で、いわゆるファンタジーのひとつ
ケルト系キリスト教は、ケルト系共同体によって受容され、実践されたキリスト教である。ケルト教会とも言う。
中世前期のアイルランドからスコットランド、イングランド北部に広がり、その修道院制度は西ヨーロッパにも伝えられた。西欧の歴史から一度は消滅したこの流れが近年再びケルト教会として蘇っている。



118: 世界@名無史さん 2013/03/11(月) 22:09:28.22 O
ケルト系キリスト教がなかったのなら、ウィットビー教会会議はなんで開かれたのか教えてよ?
ウィットビー教会会議は、664年にイングランドで開かれたキリスト教の教会会議。

イングランドのキリスト教は、当初アイルランドから伝わったケルト系キリスト教の影響が大きかった。アイルランドのキリスト教は、ローマのベネディクトゥス会則とは大きく離れていたほか、修道制を基礎としておりカトリックのような司教の管轄下におかれる教区が設けられていなかった。こうした様々な差異が、キリスト教の浸透とともに顕在化していき、両勢力の対立が強まっていた。こうした状況を収拾するため、664年、ノーサンブリア王のオズウィによってウィットビー教会会議が召集された。



119: 世界@名無史さん 2013/03/11(月) 22:34:08.21 0
>>118
イースターの計算メソッドの改定以外のなにものでもない
それは大小ブリテン島と大陸との違いのひとつではあるが、いわゆる「ケルト系キリスト教」と呼ばれ
現代においていかにも低俗な下らないフィーチャリングがされて宣伝されているような類の違いというほどの本質的なものではない

120: 世界@名無史さん 2013/03/11(月) 23:33:08.19 O
単にイースター算定のためだけではないよ
ノーサンブリア王国におけるキリスト教の勢力図が二分されてたからだよ
分かりやすい例としては当時のノーサンブリア王オズヴィーはケルト教会によって洗礼されていたたが、息子のデアラ王アルクフリスはローマ教会派だったとされることかな
リポン修道院長の任命人事やらコルマーンの出奔など対立は明らかだったんだよ

121: 世界@名無史さん 2013/03/13(水) 22:34:45.92 0
それは当時の組織管理上の揉め事であって、宗教哲学の意味での本質的な対立ではないよ。
そもそも5-7世紀という段階ではローマ教会そのものも権威が確立していない。
ローマ教会の権威が至高のものとして確立するのは10世紀も終わりになってから。
教皇という言葉が最高指導者を指す正式役職名となったのも11世紀より。
そのように、欧州各地でキリスト教会は組織管理上のいざこざはあった。
ケルト・キリスト教というものが何か特別な哲学的価値を持っていたと言ったら、それは嘘。

122: 世界@名無史さん 2013/03/14(木) 08:02:41.25 0
「ケルト系キリスト教はなかった」
「ケルト・キリスト教というものが何か特別な哲学的価値を持っていたと言ったら、それは嘘」
言ってることが変わってないかね?

123: 世界@名無史さん 2013/03/17(日) 19:50:12.97 0
そういえばアイルランド出の聖人はパトリックだけっていうけど
「ケルト系」という範囲ならもっとたくさんいるのかな?

136: 世界@名無史さん 2013/04/28(日) 16:57:00.18 0
>>123
聖ブレンダンのことをお忘れか?

557: 世界@名無史さん 2018/04/07(土) 21:15:29.00 O
>>123
聖エイダンがアイルランド出身。

124: 世界@名無史さん 2013/03/17(日) 20:57:08.27 O
パトリックあるいはパラディウスの弟子とされるセクンディヌスは聖人だよ
パトリック以外の有名な聖人だとキルデアのブリギット、アイオナのコルンバがいるね

127: 世界@名無史さん 2013/04/13(土) 22:24:27.87 0
>>124
ブリギットとパトリックは後に英語話者の間にも人名として取り入れられたけど、コルンバはついぞポピュラーにならなかったな

128: 世界@名無史さん 2013/04/14(日) 08:43:04.94 0
コロンブス、コロンボ、クーロンなどなど

129: 世界@名無史さん 2013/04/14(日) 08:54:31.91 0
人名としてはポピュラーにならなかったけど、女性系はハリークィンの恋人のコロンビーナとして
、ひろく膾炙した名前とも言えるような>コルンバ

引用元: ・ケルトの歴史