1: 人間七七四年 2022/02/01(火) 23:16:18.75 ID:KutLE6op
既に下級農民出というのは破綻しているのはこの板の皆が周知では、なんだったのか?
そこをトコトン議論する。









4: 人間七七四年 2022/02/12(土) 09:29:18.70 ID:wdM0w31B
貧農説 豊鏡という半兵衛の子供が記したもの、秀吉にも仕えたものなのである程度史料的根拠はある。ただ貧農にしては秀吉の出世が早すぎるという意見があるが、秀吉本人の書状でも若いころは貧しかったのは確か。

足軽説 太閤素性記という江戸初期の書物による。鉄砲足軽の子供というもの、針売りや寺にいたりするのもこれ、鉄砲伝来前(鳥銃はあった)だったり疑問もある
奉公人説とかもこれに入るのかね?

豪農説 村長の息子というもの、武功夜話という前田家の子孫の蔵から戦後「発見」された史料にある、真偽が分かれる、少なくとも原文そのまま写したものではなく、後世の加筆修正は確実にあるので信ぴょう性が下がっている。

天皇の落胤 秀吉が書かせた天正記によるもの、まあないなあ。

9: 人間七七四年 2022/02/12(土) 10:44:47.11 ID:qjRtx8EJ
>>4
豊鑑には「里のあやしの民の子」とあるのみ
身分が低いとは解釈できるが貧農とは限らない
というか豊鑑は職業、階層についてはただそれだけ
何であるとも明言してないというのが正しい

武功夜話は基本根拠にしないほうが良い

武家奉公人説は他に甫庵太閤記等
比較的成立の古い史料で竹阿弥(実父・同朋)
とされているなど

15: 人間七七四年 2022/02/12(土) 18:03:13.37 ID:ta6+REjF
>>9
正確にはそうだったね。
農村でそういう立場だから貧農と解釈されたんだっけ?

武功夜話は俺はそこまで否定はせんな。今と違って文書そのまま転写して保存するようなルールはない、役職とかを後世の加筆で書き加えたり、地名が変わったら書き換えたりすることはさほど珍しい事ではないし

まあ俺は貧農どころか農民ですらない奉公人説を推すので、名主が豪農説である武功夜話には否定的だがね

6: 人間七七四年 2022/02/12(土) 09:43:36.11 ID:wdM0w31B
織田家の庶流の木下氏説 秀吉が最初なのっていた木下氏が実は織田家庶流の木下氏であったという説
織田家の奉行をして小牧長久手で戦死した木下兄弟とかもここ?
今川家の記録にも木下藤次郎とか似たような名前があったりする。
秀吉の出世の裏付けや一族には甘い信長から信頼された理由にはなるが、羽柴姓を名乗ったりする理由がわからなくなる。
織田氏を名乗って乗っ取ったほうがよかったのではとか、隠す理由がない

私生児説 江戸中期の小説などにもある、島津氏は由来なきものとか書状に記しているから当時からそういわれていた可能性は高い
父親は実際竹阿弥が養父説が強く、父親不明と思われる。父方の親族は不明(福島?)
俺は村祭りでできてしまった子供ではないかと思っているが、自称秀吉の兄妹が大勢いて、それが後に処刑されたのもそれが理由では?

非農民説 針売りだったり、連雀商人つまり行商人だったというもの。寧々のこっち系ではないかという説もある
秀吉が商業重視だったりするしな。

サンカ説 よーしらんが異説

50: 人間七七四年 2022/04/27(水) 18:14:43.70 ID:BF4qsmGj
>>6
例の木下祐久が主筋だったので、それより上になったのを期に氏を変更したとか

8: 人間七七四年 2022/02/12(土) 09:50:17.30 ID:wdM0w31B
信長公記に名前が出てくるのは30歳ごろだが、すでにこの時は重臣である
数千の兵を率いる立場で六角の城を攻めている。
京都奉行をして毛利氏や将軍、皇族との取次もやっており、山名に二万の兵を率いて坂井とともに攻め込んでいる
金ヶ崎で武功建てて出世したのではなくて、重臣だから殿を任されたとみるべきかな
池田殿の与力説は俺はねーなと思ってる。

織田家に仕えたのが17か18、遅くとも二十歳くらいだろうから、10年あまりでこの地位なのでそれなりの身分では?
という説が近年でている。美濃でも信長の領地安堵の添え書きしているし

11: 人間七七四年 2022/02/12(土) 10:58:33.87 ID:tqBM51zD
貧乏や卑賎は放浪時代を指しているかもしれなくて、出自に直結しているとは限らないのが面倒なところ

12: 人間七七四年 2022/02/12(土) 15:27:25.22 ID:Y8iwhzTP
・大政所の姉妹は少なくとも地侍クラスに嫁いでる
・中村の家にも織田家に仕えた竹阿弥が婿入りした
ことを考えると木下家?が全くただの貧農とは考えられない
もちろん生活が苦しいのは別問題だが

14: 人間七七四年 2022/02/12(土) 17:43:32.90 ID:ta6+REjF
>>12
貧農なのか鍛冶屋なのか桶屋なのか奉公人なのかはわからんが、いずれの場合でもそこまで裕福ではないとは思うんだがな

地侍なのか、実はそもそも青木や小出も奉公人の可能性はないのかというのもある
そして地侍だとして、農民と武士の間にいる程度なら、さほどおかしくはないような気もするし
妾の一人だったのが、秀吉が出世したことで引き揚げられたとかね。

18: 人間七七四年 2022/02/12(土) 23:32:20.52 ID:iztd5wV1
久しぶりに惟任退治記読んだら、元貴に非ずってのは信長の葬儀を出す口実の下りで出てくるんだな
貴じゃないのに信長が異例の出世をさせてくれただけでなく、秀勝まで猶子にくれた
葬儀出さないといけないのに年寄り衆や、たくさんいる御連枝に遠慮してたら一向に誰もやらないじゃねーかと

自身主催の葬儀と秀勝の地位向上を狙ったプロパガンダと思うが、取り立てられたり織田家の子供もらい受けることが異例の立場だったのは確かなんでしょう
もとが貧しかろうと武士階級ならこんなこと言わないと思うけどな

40: 人間七七四年 2022/04/10(日) 10:22:48.52 ID:SjlHuhKu
秀吉の母・大政所の妹たちは秀吉がまだ子供の頃に武士階級に嫁いでいる
妹栄松院:同郷・愛知郡中村の織田家家臣の小出正重に嫁ぎ、1540年に小出秀政を産む(秀吉は1537生れ)
妹大恩院:美濃の豪族青木氏の青木重矩に嫁ぎ、青木一矩を生む
重矩の父・重任は元・今川・徳川家臣で七手組の青木一重の祖父重藤と兄弟

同じく妹が嫁いだ福島正則の父で桶屋の福島正信、加藤清正の父で元・斎藤道三家臣の刀鍛冶加藤清忠はともかく、母系は単なる平民じゃなかったことは確か

41: 人間七七四年 2022/04/11(月) 22:03:32.08 ID:mKXw+n59
そもそも青木が豪族かあ?
さらにいえば江戸時代に家系捏造してる臭いのだが
秀吉が出世したことで一族も出世したので、武士だったことにしたんじゃねーの?

47: 人間七七四年 2022/04/15(金) 19:20:55.02 ID:SNCYSM9Z
秀吉の母親は貧農なのにどこで字を習ったの?そこからおかしいでしょ

49: 人間七七四年 2022/04/16(土) 10:00:35.00 ID:GIf19ayL
刀鍛冶は有名になれば将軍や大名にも御目見得できる立場
大政所は刀鍛冶の娘で、姉妹は郷士・武士階級に嫁いでいる
貧富と地位は別物
大政所と秀吉の家が貧しいことと、出自が底辺階層に所属していたかどうかとは分けて考える必要がある

53: 人間七七四年 2022/05/01(日) 16:48:33.77 ID:e6lmfyFD
織田家の同輩とかいたはずなのに「あいつ若い頃はあんなこと言ってたのに晩年は日輪の子だってよw」みたいな話まったくないのがすごい
家康ですら願人坊主に買われただの今川の人質だのの話残ってるのに

59: 人間七七四年 2022/08/14(日) 02:04:11.41 ID:p3FvXXrV
父方の親族が全く登場しないのが寒気がする

66: 人間七七四年 2022/08/16(火) 22:11:58.49 ID:AHz/861G BE:851936521-2BP(1000)
大政所姉妹が桶屋や鍛冶屋と結婚してるから、大政所の夫も職人の家の物だったんだろうか

67: 人間七七四年 2022/08/17(水) 08:35:08.66 ID:Mo+i32BX
>>66
下級武士の下の方の妹だからじゃないかと
上の妹は小出・青木といった同じ下級武士に嫁いでいるようだし

60: 人間七七四年 2022/08/14(日) 12:48:12.87 ID:Lz3HP7Ay
松下嘉兵衛に仕えてたのは史実でいいんだよね?
どういうプロセスでそうなったんだろ

61: 人間七七四年 2022/08/14(日) 16:22:22.82 ID:hncESQ+m
遠江国に木下氏がいてその繋がりを指摘されている

64: 人間七七四年 2022/08/15(月) 17:09:22.14 ID:TkANRVdU
>>61
親戚がいるから遠江にいく←わかる
遠江いったら武家に仕えることになった←これがわからんのよ
松下と仲良いレベルの身分の木下氏がいるなら後年の親族不足の時に取り込んでもおかしくないのにね
松下への恩返しは美談だけど、じゃあなんで遠州木下氏は取り立てなかったんだろう

65: 人間七七四年 2022/08/15(月) 17:21:02.82 ID:usZav71c
>>64
遠州木下氏はその後の記録が無いから、桶狭間の戦い以降の遠州惣劇か徳川・武田戦の最中に滅亡してそう
なお尾張の木下氏は木下祐久らが実は秀吉の木下氏本流だったのではと自分は考えている

70: 人間七七四年 2022/08/28(日) 05:20:28.14 ID:uUStRRa5
>>60
子供の頃に口減らしで出家させられ寺で学問を習ったとの伝承があるが、読み書きが出来れば親の身分が低くとも小者として武家に雇ってもらうのはそう難しくなかったんじゃないか?

71: 人間七七四年 2022/08/28(日) 09:00:18.20 ID:Xn1YBd7D
親(家)がお寺にお布施してるから学問を習えるんだよ
貧乏な家の子供は何も学べず一生下働きだよ

72: 人間七七四年 2022/08/28(日) 09:39:30.83 ID:zOkKUTbe
長男出すのは労働力>口減らしになると思うからそういう理由では無い気がする。
普通に庄屋的立場で読み書き算盤必要な家だから学ばされたんじゃないか。弟もたぶん学んでるし。

73: 人間七七四年 2022/08/28(日) 10:49:00.77 ID:zoTZqhFi
竹阿弥が同朋衆説に従えば、長男を寺で学ばせるのは口減らしでもなんともなく、家業を継がせるための至極当然の準備になる

75: 人間七七四年 2022/08/28(日) 13:38:26.81 ID:o7MdiFVO
>>70
口減らしの参照元はなに?

寺に入った話は太閤記にあるけどその理由は家の困窮ではないよ

76: 人間七七四年 2022/08/28(日) 15:48:03.22 ID:zOkKUTbe
そのあたりを書いた門外不出の「松下家文書」みたいなのがぽろっと出てこないかなぁ。まあまず偽書を疑われるだろうけど。

77: 人間七七四年 2022/08/28(日) 20:56:39.69 ID:4bcxazZz
松下家に仕える前に寺を出奔しているとなると乞食やら下働きは放浪中のことであって、生家の経済状況とは直接関係はないことになる

まあ身一つで出奔してるから常に誰かが着いてるほどの身分や経済状況でないとは言える

84: 人間七七四年 2022/09/19(月) 17:24:00.68 ID:ikx1AIHc
皇族説もあったよね

85: 人間七七四年 2022/09/19(月) 21:35:35.09 ID:6csKPJ67
それは説と言うより大義名分でっち上げただけじゃね?

86: 人間七七四年 2022/09/26(月) 20:20:26.00 ID:ArDvO6FJ
どゆこと?

87: 人間七七四年 2022/09/26(月) 21:33:33.46 ID:fE2iIoGA
秀吉自身が命じて作成させた『天正記』が出典だから、皇族落胤説

96: 人間七七四年 2022/12/27(火) 15:11:47.54 ID:fGXgXQbt
農民が土地を簡単に離れられる事は無理だからヒニンかサンカだったんじゃねーの?

97: 人間七七四年 2022/12/27(火) 16:00:30.54 ID:9NDnxI/m
この時期なら一家まるごととかでない限りそれほど厳しくはない

102: 人間七七四年 2023/01/02(月) 04:18:30.60 ID:x1aTHcV1
藤堂高虎も足軽から出世したけど高虎は武勇に優れてて徳川の武将の首取って長政から感状貰ってそれ履歴書にしてあちこち仕官してのし上がれたからな

個人戦闘力雑魚の秀吉がいきなり偉くなり奉行になれるものなのかという疑問はあるね

103: 人間七七四年 2023/01/03(火) 21:33:16.18 ID:c/jFkGmu
あれだけ各地の戦場で生き残れるやつが本当に雑魚なのだろうか

106: 人間七七四年 2023/01/04(水) 09:37:42.33 ID:i8aptwho
蜂須賀や前野とか武張った連中が早いうちに配下になったのって想像以上に大きかった

107: 人間七七四年 2023/01/05(木) 20:59:04.40 ID:HP2gPvek
自前の譜代一族すらいない裸一貫から命かけてくれる部下作る時点でかなりおかしい
実際の秀吉は史実劉備みたいなやつだった可能性ある?

113: 人間七七四年 2023/02/12(日) 00:50:45.25 ID:bWt6nCrZ
確かに短期間で奉行はないよな

115: 人間七七四年 2023/03/05(日) 08:54:23.15 ID:XeHJXz/M
加藤清正と福島正則
秀吉の親戚コネあって子飼武将欲しくてしょうがなくて経験と実績あげさせようと積極的に起用。毛利戦、明智戦に参加。それぞれ一番槍、城攻め一番乗りする。170~200石から500石に昇格
少年時代の身の回りの世話から本能寺までの8年戦働きでこの程度

二人ともブレークしたのは賤ヶ岳で一番槍、名のある武将首取って加藤3000石、拝郷家嘉討ち取った福島は5000石に。まだ一万石は超えない
小牧・長久手の戦いでは加藤150人、福島300人を指揮

なんのコネもなく身分も低く名のある武将討ち取ったわけでも一番槍何度もしたでもないのにいきなり奉行
さらに軍も任され上洛軍にも参加したのは信長公記にも載ってて明智、丹羽と京都に残され政務を行う

1569年には山名尼子、浦上大友に包囲網食らって泣きついてきた毛利への援軍2万の副将任され、その後も金ケ崎、横山城城代で活躍し小谷城攻略に抜群の働きをし功績認められ大名

銀英伝の若手提督なみの昇進速度だった秀吉

119: 人間七七四年 2023/04/26(水) 17:55:13.20 ID:somN6Ph/
信長がなぜ秀吉を重用したか?
秀吉は忍びの者で諸国の事情に精通し謀略に長けている

オーソドックスだけど真相ではないかな

121: 人間七七四年 2023/05/03(水) 09:45:00.77 ID:0p5SwBRb
百姓ではなくて行商人だろうね
農作業に従事してたタイプではなさそう
どちらかというと斎藤道三タイプ

126: 人間七七四年 2023/05/30(火) 05:47:45.19 ID:wHeggloj
斎藤道三も本人が油売りで~って話今は否定されてるんでしょ?

128: 人間七七四年 2023/06/06(火) 00:46:11.66 ID:rtfGdL/e
道三の父が油売りから身を起こして土岐氏に仕える
武士になって出世して、やがて道三が父の跡を継いで更に力を蓄えてやがて美濃を乗っ取るという親子二代による出世劇という説が有力視されてる。

134: 人間七七四年 2023/10/15(日) 00:39:31.07 ID:4lTQ0y8r
>>128
最新の話やと三代じゃなかったか?
1480年代に祖父が美濃入りしてどうのこうのっていう

129: 人間七七四年 2023/09/25(月) 12:36:56.06 ID:Wo0zSudg
貧しい農民の出だという説だと秀吉秀長が兄弟揃って調略の添状書けるくらい学があるのがおかしいんだよな

130: 人間七七四年 2023/09/26(火) 07:27:21.56 ID:R/+pwEOZ
だよな
貧しいってのは嘘だと思う

136: 人間七七四年 2023/11/01(水) 03:14:06.29 ID:zQnU8xNh
秀吉の生家が貧しいかどうかはわからないが他人に誇れるような立派な家業(武士含めて)ではなかったんじゃないかな
それなりに立派な家なら自分自身でそのことを言ったり書き残したりすると思う
金があったとしても蔑まれるような仕事で得ていたんじゃないか?

138: 人間七七四年 2023/11/19(日) 00:52:56.30 ID:c6dQMYUB
秀吉と秀長に学があったから裕福な家の出自とは限らん
学問は後からでも学習することは可能

139: 人間七七四年 2023/11/19(日) 14:22:15.68 ID:DLdO0Ix6
幼少期にある程度の教養身につけてないと無理だぞ

142: 人間七七四年 2023/11/25(土) 08:28:38.09 ID:6sn9jhOU
秀吉の直筆書状読めば、いわゆる「教養」がないのは分かるだろ
そのかわりに愛嬌はある

150: 人間七七四年 2023/11/28(火) 12:52:31.88 ID:wiL8x0Cw
>>142
この場合には読み書きができるかどうかだけじゃ?
それだけでもある程度裕福じゃないと
この頃の識字率なんて10%無いでしょ

141: 人間七七四年 2023/11/25(土) 02:20:44.06 ID:wcEGDfYt
秀吉って父親のこと本気で嫌っていたんかいな
菩提寺もないし
それとも誰が父親なのか特定できなかったんだろうか

143: 人間七七四年 2023/11/25(土) 15:51:48.73 ID:OTwz1yOm
>>141
確か大政所などは位牌所はあるけど、父親とされる人物の位牌が、殆どの豊臣家関係者の位牌が現存するにも関わらず管見する限りで無いんよな。
少なくとも秀吉存命中に「父親の追善法要」を執行した記録が無い。
もちろん自分がご落胤を称した実在していない某天皇・萩中納言や継父の竹阿弥を含めて。
充分に異常ではある。
同時代の貴種や大名、それなりの武士は功なり名を挙げたなら、何等かの形で祖先の菩提を弔う行為をしているが位人臣を極めた筈の秀吉がしなかったのは異例でしかない。

146: 人間七七四年 2023/11/26(日) 10:42:20.88 ID:8pryoMQ2
当時の人達はその点を疑問に思ったりしていないのかな

147: 人間七七四年 2023/11/26(日) 12:44:29.85 ID:YF2b+e2d
秀吉の父とされる木下弥右衛門の位牌は山科本国寺に一応ある。
但し大政所や秀保らと合祀の体裁だそうで、今は殆ど現存しないが秀吉関係者の多くが没後それぞれに寺院を建て菩提を弔われたのと比較すると、随分と扱いが低い。
大政所墓所だった大徳寺天瑞院が廃寺になってなければ、秀吉の父の位牌も合わせて供養されてたかもしれないが、天瑞院は消滅し、大政所墓所の覆堂も明治以降人手に渡り大政所の肖像画や五輪塔位しか大徳寺に現存してないのでは、父の位牌が大徳寺内に現存してるかは怪しいかも。

155: 人間七七四年 2023/12/05(火) 02:58:49.50 ID:PJSJgudW
>>147
それって秀吉が作らせたんだよね?
なら秀吉の実の父親って木下弥右衛門で間違いないのかな

148: 人間七七四年 2023/11/26(日) 12:53:40.44 ID:YF2b+e2d
✕天瑞院
○天瑞寺
現在墓所を護持している龍翔寺が非公開寺院なんで、五輪塔の写真すらねーな

156: 人間七七四年 2023/12/05(火) 18:55:33.86 ID:PTOI/DkE
それが本国寺に存在するのは知ってるんだが、これが何時奉納され回向の対象にされたかは知らんのよ。
ただ合祀されている面子からして秀吉没以前(秀次が無いのは秀吉存命中は罪人扱いなので許さない)なのは間違いない。
でも秀吉没後であっても、秀吉は別格で単独の位牌を作る事はあるが他と合祀はあり得んので実の所秀頼が作らせてても可笑しくない。
また本国寺が大政所所縁の寺院だと、本国寺独自で回向の為作ったのも充分ある。
少なくとも本国寺の解釈では「秀吉の父の名は木下弥右衛門」というのが明確なだけ。

157: 人間七七四年 2023/12/06(水) 12:48:35.65 ID:7p3QyheM
寺側が気を利かせたか、大政所が生前お願いしていたって方が可能性高そうね

158: 人間七七四年 2023/12/06(水) 21:41:17.21 ID:LS80wSmK
本圀寺(本国寺)は秀吉の姉瑞龍院日秀尼所縁の寺院だから位牌造らせたのは日秀尼だろう。大政所や秀吉でなく。
となると秀吉と同父姉弟である日秀尼は自分と秀吉の父は木下弥右衛門だと認識してたという事。

161: 人間七七四年 2023/12/10(日) 01:39:17.30 ID:od9gE0AD
>>158
ひょっとしたら生前、秀吉に父の墓を作ってくれとお願いしたけど拒否されたりしたのかも
なので位牌だけでも自分で用意したとか
もしくは父親が違うので秀吉に頼むのは筋違いだと思って最初から頼んでいなかったりして

160: 人間七七四年 2023/12/09(土) 20:35:46.06 ID:aKSexErm
位牌自体の作成時期がはっきりして俗名が併記されてる訳でないなら
「日秀の父」=木下弥右衛門という解釈自体が後世史料を参照したものという可能性はふつうにあるか

162: 人間七七四年 2023/12/10(日) 06:25:48.43 ID:sBlfjgDX
本圀寺に伝わる「木下弥右衛門」が日秀自身が自分の父として名指しした結果とすると太閤素性記より古い有力な論拠になる

ただ江戸時代に本圀寺の僧が件の位牌を整理するとして「日秀尼の父」をどう表現するかと言われるとそれこそ太閤記や太閤素性記をあたって「木下弥右衛門」とする だろうしな

163: 人間七七四年 2023/12/10(日) 17:03:17.42 ID:U7lqezcu
位牌が何時作成・誰が奉納かで秀吉の実父が誰なのか分かるかもしれないってのは楽しいな。
何せ秀吉自身が生前出生を捏造したプロパガンダやらかしてる程で、後の関係史料は大体が第一級とは言えない文献かはっきりしないかばかりだからな。
ただ秀吉は父に特別菩提寺建立をした記録がなく、「太閤様御先祖」なる存在に大政所没後供養はしてるらしい。
戎光祥の本で大政所と北政所とかいう本にあるそうだから読んでみるか。

でも木下弥右衛門が確定であっても、それだけでは身分がはっきりしないのは余り変わらんから貧農とかは無くともやっぱり当時の世間的に軽輩に近い存在なのかもな。

164: 人間七七四年 2023/12/11(月) 09:30:30.72 ID:CJlINNvX
プロパガンダって父親が天皇であるってやつかな
さすがにあれは冗談みたいなもんでは
もし本気で捏造するならもうちょい現実的なこと言うだろう

引用元: ・秀吉の出自を徹底議論 Part.2