81Ds+nnemTL._SY466_


1: 世界@名無史さん 転載ダメ©2ch.net 2016/08/28(日) 01:03:03.04 0
1871年1月18日から1918年11月9日まで存在した
3代のドイツ皇帝によって統治された国、ドイツ帝国
(Deutsches Reich、第二帝国)について語ろう!









11: 世界@名無史さん 2016/11/10(木) 12:42:03.46 0
ウィルヘルム2世はビスマルクの遺産を悉く食い潰した

12: 世界@名無史さん 2016/11/10(木) 15:05:10.98 0
>>11
晩年には帝政復活をヒトラーに期待してたくらいだから真性の阿呆だ
どんな勘違いすればヒトラーにそんなこと期待できるんだか

13: 世界@名無史さん 2016/11/21(月) 10:02:56.82 0
ヒトラーが参考にしたイタリアのファシストは、国王をそのまま在位させていたから期待する根拠にはなった

そんな事情も見逃すような奴からかくも罵られなきゃいけないなんて気の毒なこった

14: 世界@名無史さん 2016/12/15(木) 02:49:34.03 0
カイザーはアホのくせに自分を有能だと考え違いしてたからな
アホならアホでいいから自分の無能を認識して有能な臣下に任せればよかった
まあそれができる人はアホではないんだが

15: 世界@名無史さん 2016/12/16(金) 10:51:46.87 0
ヴィルヘルム2世については側近どもの責任の方が大きいと思うね。

いくら後で激しく戦ったとはいえ、皇帝にとっては英王室ともロシア帝室とも親戚同士で、相互に色々な式典に出席し合うような親密な付き合いがあった。
それにドイツのみならずヨーロッパのどこの為政者だって、そもそも第一次世界大戦があんな大戦争になるなんて考えてなかったし。

18: 世界@名無史さん 2017/06/24(土) 19:31:49.91 O
ドイツ国民自体がビスマルク的な自己抑制に飽きたらなくなっていたのも大きい

19: 世界@名無史さん 2017/12/23(土) 21:27:17.27 0
そして海軍拡張でイギリスとも対立

21: 世界@名無史さん 2018/02/01(木) 22:40:23.05 0
1914年までドイツには世界最大級の海運会社が複数あった。
その背景には、1840~50年代からの工業化へのキャッチアップに伴い工業製品輸出が伸びたことや、1871年に創建されたドイツ帝国が、アフリカ・アジア・オセアニアに植民地を獲得していったことがあった。

22: 世界@名無史さん 2018/02/01(木) 22:49:57.29 0
1914年の時点で194隻の蒸気船を所有していたハバック社は、世界最大の海運会社であった。
これに次ぐ規模の北ドイツ・ロイド社は135隻を擁した。なかでもハバック社は移民のためのインフラを完成の域に引き上げた。
1905年、合衆国とイギリスでは移民の受け入れ制限が強められ、第一次世界大戦中および戦後になるとさらに厳しいものになった。
こうして大西洋横断移民とドイツ海運の黄金時代は幕を閉じたのである。

23: 世界@名無史さん 2018/03/31(土) 18:51:54.35 0
プロイセンによるドイツ統一は、現在のEU統合と同様に、あまりにも無理があったんじゃなかろうか
いわばヨーロッパ統合のミニチュア版
歴史も文化も宗教も異なる国々(領邦)を人工的に一つにしたため歪みが出てきた

ビスマルク引退後のドイツ帝国が迷走を繰り返したあげく、二つの世界大戦を引き起こした歴史を見るとそう思う

24: 世界@名無史さん 2018/04/07(土) 13:34:30.72 0
正確には「ドイツ国の皇帝」でなく「ドイツの皇帝」だったんだよな
他の諸邦を刺激しすぎないためのビスマルクの処置でもあったわけで

25: 世界@名無史さん 2018/04/07(土) 18:58:31.65 0
ドイツは1890年から1918年にかけてヨーロッパにおける覇権を目指した。この企てを挫いたのは、何よりもドイツの政治的要素であった。
重要なのは、ドイツの政治システムは国内のロビーをコントロールし、対外的な現実と他国の反応を考慮するようなやり方で外交政策の各目標の優先順位を決定することができなかったことである。

26: 世界@名無史さん 2018/05/03(木) 01:16:56.12 0
それでもオーストリアが史実よりもう少し使い物になって、イタリアがサラエボ事件直後から同盟国として参戦してくれてればフランスに勝ててたんじゃないの

28: 世界@名無史さん 2018/05/03(木) 04:30:17.02 0
>>26
そもそもその2国を当てにするより二正面作戦なんぞしなければもう少し戦いようはあったし、勝利の目もあった。
もしもの話をするならビスマルク路線の継承のほうが現実的かな。

32: 世界@名無史さん 2018/06/21(木) 20:55:37.23 0
>>28
開戦直後に、戦勝後はオーストリアにロシア領ポーランドを譲る代わりに、トリエステはイタリアにあげろよというトレードをオーストリアに飲ませて、未回収のイタリアを対価にイタリアを参戦させられたら勝機はあった
弱兵のイタリアとはいえフランスの戦力を対仏と対伊に分断できるぐらいの役には立つ

29: 世界@名無史さん 2018/05/27(日) 12:51:06.52 0
ロシアだけでなくイギリスまでわざわざ敵に回したからな
だからまさに三正面

30: 世界@名無史さん 2018/05/27(日) 23:10:01.83 0
イギリス国内に対してはアイルランドの独立派を援助してたみたいだけど、フランス国内の勢力にはなんかやってなかったの?
戦後フランスを弱体化させる必要もあるだろうし。

33: 世界@名無史さん 2018/06/21(木) 22:08:54.72 0
まだ農業用トラクターなんか普及していない時代、役畜が主流で今の基準で言えば生産性が高いとは言えないのに徴兵で大量の農民を引き抜き、農産物が不足し国民を飢餓に追いやった国だろ

もっとも日本は第一次大戦のドイツを全く学ばず同じ過ちを犯したけどな

34: 世界@名無史さん 2018/06/23(土) 22:54:33.19 0
ドイツの場合2正面作戦だったのが問題なのに大動員の方が問題になるのか。
一次大戦で大動員かけて民生がボロボロになったのは参戦国のほぼ全てであってドイツだけじゃないだろ。

35: 世界@名無史さん 2018/06/30(土) 23:28:44.05 0
イギリスもフランスの餓死者を出すほどじゃない

37: 世界@名無史さん 2018/07/05(木) 22:21:24.11 0
>>35
「カブラの冬」は読んだか?
ドイツが餓死者を出したのは大動員のせいじゃなくて保存するアテもないのに豚を大量殺戮して肉が不足とか
そういう食料政策のヘタ打ちからだぞ。
カブラの冬とは、第一次世界大戦下の1916年から1917年にかけてのドイツで発生した飢饉状態のこと。飼料用として主に用いられてきたルタバガ(カブラ)を食して飢えをしのいだという逸話に由来する。ただし、ドイツにおける食糧不足は第一次世界大戦開戦直後から続いていた。

36: 世界@名無史さん 2018/07/02(月) 18:49:27.13 0
Rationing - Wikipedia
https://en.wikipedia.org/wiki/Rationing
上のWikipediaの記述だけど、
Rationing(配給)は第一次世界大戦でイギリスもやってたようだね。

40: 世界@名無史さん 2018/08/19(日) 11:09:43.36 0
中公新書のヴィルヘルム二世読み終わった。
意外と皇帝に実権はなかったとか、第一次大戦では皇帝本人は挟み撃ちを恐れて弱腰だったのは
八月の砲声で知ってたけど、大戦中は大本営で木こりみたいな暮らしをしていたんだな。

46: 世界@名無史さん 2018/12/24(月) 13:36:54.28 0
史実とは異なるが、ヴィルヘルム2世が反対すれば第一次世界大戦は回避できたのだろうか。
それとも参謀本部に逆らうことは皇帝と言えど出来ない相談だったのだろうか。

47: 世界@名無史さん 2019/01/20(日) 13:08:56.72 0
参謀本部でも皇帝を交代させるような能力はなかった(亡命も止められなかった)ので回避はできたと思うけど、同盟破りしたらその後の欧州情勢の中で孤立するんじゃないかな。

55: 世界@名無史さん 2020/04/21(火) 20:38:44.78 0
第二次世界大戦のドイツの戦争の動機がナチズムから来てるから分かりやすいが、第一次世界大戦のドイツの戦争の動機ってなに?
単純な領土欲?

56: 世界@名無史さん 2020/04/21(火) 20:51:38.59 0
ウィリーが威信を見せつけたいのと、協商側の連携強化・軍備やインフラの近代化が完了するまでに一度叩いておくっていう予防戦争の意味合いじゃないかな

57: 世界@名無史さん 2020/04/24(金) 11:44:35.36 0
外交的な危機感もあったんかな包囲網みたいなもんだもんな

引用元: ・【プロイセン】ドイツ帝国について☆4【第二帝国】

81Ds+nnemTL._SY466_