
1: 名無しさん@一本勝ち 2005/08/23(火) 11:40:22 ID:o/Rm6SS00
昔の人ってどんな喧嘩してたの?
2: 名無しさん@一本勝ち 2005/08/23(火) 11:46:52 ID:fkmuWndC0
職人の江戸っ子なんて身体が資本。
怪我したらその間収入が全くないのだから、喧嘩といっても本当に怪我するような喧嘩は
してないかもな。
せいぜい、胸倉をつかみ合って押したり引いたり投げ飛ばしたりじゃね?
怪我したらその間収入が全くないのだから、喧嘩といっても本当に怪我するような喧嘩は
してないかもな。
せいぜい、胸倉をつかみ合って押したり引いたり投げ飛ばしたりじゃね?
4: 名無しさん@一本勝ち 2005/08/23(火) 13:41:42 ID:Ex4k6Soj0
江戸時代の道場には既に私闘を禁ずるという文言はあったようです。
7: 名無しさん@一本勝ち 2005/08/24(水) 01:08:41 ID:XjP8noa40
おそらく相撲みたいな取っ組み合いじゃないかな。
やわらの心得の無い町人なら当身なんて使えないだろうし、男なら取っ組み合い、殴るのは卑怯な手って感じじゃないか?
やわらの心得の無い町人なら当身なんて使えないだろうし、男なら取っ組み合い、殴るのは卑怯な手って感じじゃないか?
8: 名無しさん@一本勝ち 2005/08/24(水) 01:13:48 ID:AILTCWuI0
他人の喧嘩を見て楽しむという上級技。
26: 名無しさん@一本勝ち 2005/09/03(土) 17:14:56 ID:5EzFiJRL0
他界した江戸に詳しい杉浦ひなこ氏の著作やら何やらによると・・
江戸っ子の遊びは、歌舞伎、吉原、相撲。
で、硬派で血の気の多い連中は、相撲に行く。
相撲場で、適当な相手の隣に座り、そいつが応援する力士と反対の力士を応援し、ケンカスタート。
相撲に行って、五体満足で帰ってくるヤツァ意気地のない奴よ、と怪我だらけの体を誇っていたという。
力士も力士で、ケンカ上等、場合によっては土俵の4隅の柱にくくりつけてある刀を抜いて
振りまわしたという。
相撲観戦に女が安心して見にゆけるようになったのは、明治になってから。
・・・・らしい。
相撲興行はワイルドかつ体育会系な場所だったみたい。
職人と武家がやたらと多いから、どうしたって体育会のノリになっていたのではないかな。
夏の興行は、暑さ凌ぎに水を観客にぶん撒いたり、
江戸っ子の遊びは、歌舞伎、吉原、相撲。
で、硬派で血の気の多い連中は、相撲に行く。
相撲場で、適当な相手の隣に座り、そいつが応援する力士と反対の力士を応援し、ケンカスタート。
相撲に行って、五体満足で帰ってくるヤツァ意気地のない奴よ、と怪我だらけの体を誇っていたという。
力士も力士で、ケンカ上等、場合によっては土俵の4隅の柱にくくりつけてある刀を抜いて
振りまわしたという。
相撲観戦に女が安心して見にゆけるようになったのは、明治になってから。
・・・・らしい。
相撲興行はワイルドかつ体育会系な場所だったみたい。
職人と武家がやたらと多いから、どうしたって体育会のノリになっていたのではないかな。
夏の興行は、暑さ凌ぎに水を観客にぶん撒いたり、
63: 名無しさん@一本勝ち 2005/11/01(火) 12:50:21 ID:qg1DkQf30
>>26
杉浦ひなこさんのその記述は俺も読んだ。
江戸ってのはTPOを弁えた人達の町だったようだ。
無法をしたい時はちゃんとそういう場所があるが、それ以外の場所はいたって安全
もちろん場所柄を弁えない輩はいるが、そういう連中は「野暮」と呼ばれる。
杉浦ひなこさんのその記述は俺も読んだ。
江戸ってのはTPOを弁えた人達の町だったようだ。
無法をしたい時はちゃんとそういう場所があるが、それ以外の場所はいたって安全
もちろん場所柄を弁えない輩はいるが、そういう連中は「野暮」と呼ばれる。
27: 名無しさん@一本勝ち 2005/09/03(土) 17:19:33 ID:ol0SMU9n0
江戸時代は庶民でも、剣術や柔術は習えました。
あと、子供の遊びでも相撲ばかりとってたから、かなり強かったと思う。
ジョン万次郎は、荒くれ者の捕鯨船の中でも副船長にまでなったし。
アメリカ人は、大きく、荒くれで力も強いが、鈍くて一度も負けたことが無いと語っていたんだよ。
でも江戸時代は町民でもみんな、何らかの刃物は携帯してたので、江戸時代の喧嘩は多分、殺し合いに近いと思うよ。
あと、子供の遊びでも相撲ばかりとってたから、かなり強かったと思う。
ジョン万次郎は、荒くれ者の捕鯨船の中でも副船長にまでなったし。
アメリカ人は、大きく、荒くれで力も強いが、鈍くて一度も負けたことが無いと語っていたんだよ。
でも江戸時代は町民でもみんな、何らかの刃物は携帯してたので、江戸時代の喧嘩は多分、殺し合いに近いと思うよ。
28: 名無しさん@一本勝ち 2005/09/03(土) 17:33:51 ID:5EzFiJRL0
>>27
本格的なケンカとになれば、刃傷沙汰も珍しくはないのは間違いない。
鳶の連中は、使い慣れた鳶口を振り回したというし
本格的なケンカとになれば、刃傷沙汰も珍しくはないのは間違いない。
鳶の連中は、使い慣れた鳶口を振り回したというし
32: 名無しさん@一本勝ち 2005/09/13(火) 11:51:24 ID:9DVJ9JlN0
皆、全手動社会で生活してたろうからそりゃ足腰と腕力は凄かっただろうな。
47: 名無しさん@一本勝ち 2005/09/27(火) 01:45:20 ID:pmCtyieP0
昔の花見では、酒の席のケンカが刃傷沙汰になることが、しょっちゅうだったそうな。
「銃砲刀剣法」なんか無いし、刀なんかどこにでもあったから、いざケンカとなるとすぐにチャンバラになってしまう。
あと、魚屋さんたちが花見というと、桜の名所に出張して、露天営業で刺身を売ったりするんだけど、この連中も酒が入ると、包丁を振り回して暴れるんだと。
その他にも、川沿いの花見だと川に落ちておぼれる奴がいたりして、花見というと必ず何人かの死人が出たらしいよ。
「銃砲刀剣法」なんか無いし、刀なんかどこにでもあったから、いざケンカとなるとすぐにチャンバラになってしまう。
あと、魚屋さんたちが花見というと、桜の名所に出張して、露天営業で刺身を売ったりするんだけど、この連中も酒が入ると、包丁を振り回して暴れるんだと。
その他にも、川沿いの花見だと川に落ちておぼれる奴がいたりして、花見というと必ず何人かの死人が出たらしいよ。
48: 名無しさん@一本勝ち 2005/09/27(火) 01:53:48 ID:nSYycarQ0
>川沿いの花見だと川に落ちておぼれる奴がいたりして、
それ、俺のご先祖様。酔っ払って川に落ちて死んだと語り草になってる。。
それ、俺のご先祖様。酔っ払って川に落ちて死んだと語り草になってる。。
49: 名無しさん@一本勝ち 2005/09/27(火) 02:01:47 ID:pmCtyieP0
>>48
いや、スマン。
まさか、御子孫がおられたとは・・・
花見の時には、思い思いに仮装をしてくる人が多くて、町人がサムライの格好をしたりするらしいんだよね。
で、仮装なんだけど腰の刀は本物を差してきちゃう。
あと、魚屋さんもコワイんだけど、床屋さんたちも花見の時期は、桜の下で露天営業をして、で、やっぱり酒が入ると、ハサミやらカミソリやらをかざして暴れ出すんだと。
そんなわけで、魚屋と床屋が花見に来るというと、地元の人は怖がったという。
いや、スマン。
まさか、御子孫がおられたとは・・・
花見の時には、思い思いに仮装をしてくる人が多くて、町人がサムライの格好をしたりするらしいんだよね。
で、仮装なんだけど腰の刀は本物を差してきちゃう。
あと、魚屋さんもコワイんだけど、床屋さんたちも花見の時期は、桜の下で露天営業をして、で、やっぱり酒が入ると、ハサミやらカミソリやらをかざして暴れ出すんだと。
そんなわけで、魚屋と床屋が花見に来るというと、地元の人は怖がったという。
50: 名無しさん@一本勝ち 2005/09/27(火) 03:40:30 ID:9naJyBB/0
たしか、武士は挑発にのって喧嘩をふっかけたほうも、それに応じたほうも喧嘩両成敗で切腹だったそうな。
応じなかったらそれは武士の恥だから切腹だったそうだ。
喧嘩せずに穏便におさめる方法、それも切腹だったそうな。
自ら切腹して身の潔白を晴らす。笑
現代人の俺にはどうしようもなく理不尽な社会制度に思えるんだが、とにかく私闘を禁じる精度は出来ていて、いつでもどこでも喧嘩なんてわけにはいかなかったはず。
祭りの会場だとか興行場だとかみたいなところでのみ合法的に喧嘩が出来たのではないだろうか。
憂さ晴らしとして政府が認めていたのでは?
吉原や相撲の興行場でならとにかく、武家が集まる茶会の席で喧嘩したらそれこそ切腹、下手したら打ち首だったと思うよ。
合法的な喧嘩なんだとしたら節度はあったと思うよ。
いきがってみせるのも、それにのって喧嘩をするのも、それを見物するのも娯楽。
そんなもんだったと思う。
応じなかったらそれは武士の恥だから切腹だったそうだ。
喧嘩せずに穏便におさめる方法、それも切腹だったそうな。
自ら切腹して身の潔白を晴らす。笑
現代人の俺にはどうしようもなく理不尽な社会制度に思えるんだが、とにかく私闘を禁じる精度は出来ていて、いつでもどこでも喧嘩なんてわけにはいかなかったはず。
祭りの会場だとか興行場だとかみたいなところでのみ合法的に喧嘩が出来たのではないだろうか。
憂さ晴らしとして政府が認めていたのでは?
吉原や相撲の興行場でならとにかく、武家が集まる茶会の席で喧嘩したらそれこそ切腹、下手したら打ち首だったと思うよ。
合法的な喧嘩なんだとしたら節度はあったと思うよ。
いきがってみせるのも、それにのって喧嘩をするのも、それを見物するのも娯楽。
そんなもんだったと思う。
53: 名無しさん@一本勝ち 2005/10/09(日) 15:03:22 ID:Jpes/qKz0
百姓・町人がどう喧嘩したのか、まあ一番よくあったのは投石(印字打ち)です。
子供がグループ間で喧嘩するときは、必ず石を投げ合ったし、室町時代の京の市民同士が、いつも印字打ちで争っていたことが歴史記録に残されています。
これは現在のお祭りにも名残がありますね。
子供がグループ間で喧嘩するときは、必ず石を投げ合ったし、室町時代の京の市民同士が、いつも印字打ちで争っていたことが歴史記録に残されています。
これは現在のお祭りにも名残がありますね。
54: 名無しさん@一本勝ち 2005/10/09(日) 15:04:26 ID:Jpes/qKz0
(以下のソースは歴史小説ですw)
ヤクザ者であっても江戸っ子の美学上では喧嘩における刃物の使用は「江戸っ子の風上にもおけない」ことだったらしいです。
(無論、現実に刃傷沙汰があったことの裏返しかもしれません)
ただし、これは必ずしもステゴロを意味しません。
江戸喧嘩文化は鈍器の使用には寛大だったようです。
桶でぶん殴り、棒を振り回すのは当たり前でした。
特に武州の百姓の間には剣術が普及しており、毎年棒で武装して、隣村と水争いに奔走したらしい。
ヤクザ者であっても江戸っ子の美学上では喧嘩における刃物の使用は「江戸っ子の風上にもおけない」ことだったらしいです。
(無論、現実に刃傷沙汰があったことの裏返しかもしれません)
ただし、これは必ずしもステゴロを意味しません。
江戸喧嘩文化は鈍器の使用には寛大だったようです。
桶でぶん殴り、棒を振り回すのは当たり前でした。
特に武州の百姓の間には剣術が普及しており、毎年棒で武装して、隣村と水争いに奔走したらしい。
55: 名無しさん@一本勝ち 2005/10/09(日) 15:05:34 ID:Jpes/qKz0
最後に、私の生まれた茨城県水戸市の農村には今でも棒術が伝承されています。
帯刀が禁じられた百姓が編み出した護身術です。
江戸期の庶民にとって、棒はとても身近な道具であり、ケンカで使うことはごく一般的だったのではないでしょうか。
帯刀が禁じられた百姓が編み出した護身術です。
江戸期の庶民にとって、棒はとても身近な道具であり、ケンカで使うことはごく一般的だったのではないでしょうか。
64: 名無しさん@一本勝ち 2005/11/07(月) 13:22:54 ID:9n8eZOiV0
おかっ引って何か武術を習得していたんですか?
70: 名無しさん@一本勝ち 2005/12/06(火) 00:05:30 ID:Llw3n3l6O
>>64
岡っ引きは十手術や捕物道具術、柔術の固め技など逮捕につながる技術を習得していた。
79: 名無しさん@一本勝ち 2005/12/27(火) 11:43:11 ID:Y06MzndT0
しかし、与力・同心って凄いよな。
70cm前後ある刀に20cmくらいの十手で向かってくんだろ?
俺にゃ怖くてできん。
70cm前後ある刀に20cmくらいの十手で向かってくんだろ?
俺にゃ怖くてできん。
80: 名無しさん@一本勝ち 2005/12/28(水) 07:52:44 ID:xMDQZu/q0
実際に十手なんか役に立たないだろ。
十手で刀や短刀、または他の凶漢武器を制した史実なんか無いだろ。
十手で刀や短刀、または他の凶漢武器を制した史実なんか無いだろ。
81: 名無しさん@一本勝ち 2005/12/28(水) 09:43:21 ID:YKbk3QR/0
>>80
時代考証のヒトが書いた本によると、江戸時代の十手は警棒というよりも警察手帳に近いものだったらしい。
江戸時代より前は十手のサイズも形状も違ってたかもね。
時代考証のヒトが書いた本によると、江戸時代の十手は警棒というよりも警察手帳に近いものだったらしい。
江戸時代より前は十手のサイズも形状も違ってたかもね。
83: 名無しさん@一本勝ち 2005/12/28(水) 23:17:05 ID:Ov/Ov7EI0
刀持った狼藉者は、はしごで取り囲んで、さす股と目潰しで押さえつけたんだよね。
88: 名無しさん@一本勝ち 2005/12/30(金) 03:49:04 ID:d7hINkjyO
十手は高度な操作方法があるのだがね。難しいが遣えれば刀を折ることもできるし、先端は銀で毒殺を調べることもできる。警察手帖かわりにしていたのも事実だろうな。
89: 名無しさん@一本勝ち 2005/12/31(土) 18:32:55 ID:BgXwVlkV0
銀に反応する毒は初歩的な化学薬品とか鉱毒とかだけだろ。
十手は司法の紋章、みたいなもんだったのが真相だろうな。
葵の印籠とかじゃややこしいし手帳は頑丈じゃないし(咄嗟に凶刃とかを防げない)、刀や大八車は不要かもしれないけど手帳や印籠じゃ危険が残る、そんな時に丁度良いのは紋章型の警棒。
警棒そのものがある種の紋章。
江戸時代以前の十手ならまだどうかわかんないけど、いわゆる十手とは全く違う棍類だったろうと思う。
それで、江戸時代以前の十手のことが知りたい。
十手は司法の紋章、みたいなもんだったのが真相だろうな。
葵の印籠とかじゃややこしいし手帳は頑丈じゃないし(咄嗟に凶刃とかを防げない)、刀や大八車は不要かもしれないけど手帳や印籠じゃ危険が残る、そんな時に丁度良いのは紋章型の警棒。
警棒そのものがある種の紋章。
江戸時代以前の十手ならまだどうかわかんないけど、いわゆる十手とは全く違う棍類だったろうと思う。
それで、江戸時代以前の十手のことが知りたい。
91: 名無しさん@一本勝ち 2005/12/31(土) 18:43:36 ID:NOT6g+O80
>>89
十手は兜割りから生まれたものじゃなかった?
十手は兜割りから生まれたものじゃなかった?

兜割(かぶとわり)は、日本で用いられた十手に類似した武器および捕具(捕物用具)である。
主に室町時代から捕縛吏(捕方)などに使用された武器および捕具で、日本刀の攻撃を防げて尚且つ攻撃をする際に、相手に必要以上の負傷をさせることのないよう、刃がつけられていない。
92: 名無しさん@一本勝ち 2005/12/31(土) 18:50:10 ID:BgXwVlkV0
>>91
そうかも・・・。
でも、この兜割だと鉤の部分は何の意味があるのかわかんないよね。
何かを引掛けて止めるとか、折るには小さすぎる。
つばぜり合いの白兵戦にでもならないと必要ないだろうから、謎。
つばぜり合い以外にも想定すべきケースはいくらでもあるだろうに・・・。
そうかも・・・。
でも、この兜割だと鉤の部分は何の意味があるのかわかんないよね。
何かを引掛けて止めるとか、折るには小さすぎる。
つばぜり合いの白兵戦にでもならないと必要ないだろうから、謎。
つばぜり合い以外にも想定すべきケースはいくらでもあるだろうに・・・。
106: 名無しさん@一本勝ち 2006/01/15(日) 12:47:55 ID:bLDy+W450
>>92
兜割りの鉤は、兜に引っ掛けて捻って首の骨を折るためのモノだそうです。
たしか6年くらい前の月刊秘伝で、そう書いてありましたよ。
ホントにできるかどうかは知りませんが。
兜割りの鉤は、兜に引っ掛けて捻って首の骨を折るためのモノだそうです。
たしか6年くらい前の月刊秘伝で、そう書いてありましたよ。
ホントにできるかどうかは知りませんが。
107: 名無しさん@一本勝ち 2006/01/15(日) 12:52:32 ID:QlH3I6Fa0
兜の重みは首に負担をかけるし、兜の突起を使えば器械みたいに力をかけることができるから組技としては必殺かも。でも、どうやって引掛けるかだろうな。
戦場で組み技なんかしてたら、それこそ他の敵足軽とかにやられる。
Tフォ術については同意。でもやはり、あの小ぶりな十手で刀相手はきついのでは。
戦場で組み技なんかしてたら、それこそ他の敵足軽とかにやられる。
Tフォ術については同意。でもやはり、あの小ぶりな十手で刀相手はきついのでは。
108: 名無しさん@一本勝ち 2006/01/15(日) 12:57:33 ID:2HxTrYxc0
>>107
時代にもよるけど、基本的に甲冑組討は一対一の取っ組み合いだったはず。
時代にもよるけど、基本的に甲冑組討は一対一の取っ組み合いだったはず。
109: 名無しさん@一本勝ち 2006/01/15(日) 13:00:37 ID:bLDy+W450
組技は戦国時代に発達したんですよ。相撲も柔術も。
敵と対峙してる時に背後から他の敵に狙われたら、組んでる時でなくても、やられます。
敵と対峙してる時に背後から他の敵に狙われたら、組んでる時でなくても、やられます。
131: 名無しさん@一本勝ち 2006/03/24(金) 01:21:23 ID:ZJJt3OKa0
十手は戦などで折れた十文字槍の穂先を拾い、手に持って戦ったのが始まりとする説があるよ。
138: 初心者 2006/04/18(火) 21:15:25 ID:w4ut5cyXO
確か十手は、階級によってサイズや素材、房紐の色などに違いがあったそうです。内外に対する身分証の役割が強かったんでしょうね。
もちろん、護身用の武器としても使われ、最盛期には十を超える流派が存在したそうです。
もちろん、護身用の武器としても使われ、最盛期には十を超える流派が存在したそうです。
139: 名無しさん@一本勝ち 2006/04/19(水) 03:44:24 ID:rDQhkEdm0
振武館の黒田錣山先生の剣術流派では中伝から十手術がかなりの量を占めます。
刀を受け止めるというよりは小刀のように盾代わりにして捌いたり投げたり押さえたりしたみたいです。
刀を受け止めるというよりは小刀のように盾代わりにして捌いたり投げたり押さえたりしたみたいです。
146: 名無しさん@一本勝ち 2006/05/28(日) 23:31:38 ID:v/chEfGO0
十手って実用性あったの?
147: 名無しさん@一本勝ち 2006/05/28(日) 23:43:18 ID:Y1rMyUEv0
>>146
時代劇などで見かける腰に挿すようなものは、どちらかと言うと身分証のようなもので、実用性を求めた長いタイプのもあった。
時代劇などで見かける腰に挿すようなものは、どちらかと言うと身分証のようなもので、実用性を求めた長いタイプのもあった。
112: 名無しさん@一本勝ち 2006/01/15(日) 14:07:33 ID:D/BP2UEu0
十手で思い出したんだが、空手のサイって発祥は何なんだろう。
棒やトンファーは何となく予想がつくんだが。
棒やトンファーは何となく予想がつくんだが。

釵(さい)は、琉球古武術で使用される武器の1つである。釵という漢字は本来「かんざし」の意味で、形がかんざしに似ているので釵と表記されるようになったと言われている。
釵の起源は明らかではないが、中国に筆架叉(ひっかさ)と呼ばれる似た武器があるので、これが琉球に伝えられ釵になったと推測する説もある。中国の筆架叉は、南方の農民の護身用具として用いられた。
113: 名無しさん@一本勝ち 2006/01/15(日) 14:30:44 ID:WuP1dTQY0
空手の武器の元はほとんどが農機具だからねえ。
サイはなんだろうね。鋤かなんかかな?
サイはなんだろうね。鋤かなんかかな?
116: アミソ 2006/01/21(土) 18:48:33 ID:4hh26intO
サイは農具から発達した武具ではなく、琉球の侍階級が使用する純粋なる武具である、と何かで読んだ気がする。
121: 名無しさん@一本勝ち 2006/02/10(金) 23:31:15 ID:1mbEOge00
火消しの当時の記録とかみると6尺(180cm)のやつらを集めてたとか書いてる。
いまでいったら190台から200のやつら集めてるようなもんだな。
いまでいったら190台から200のやつら集めてるようなもんだな。
122: 名無しさん@一本勝ち 2006/02/11(土) 00:37:24 ID:tN4dHxk90
>>121
そんな奴らが軽々屋根や棟に登れるのかね?
火消しったって、家屋を解体して潰し、延焼を防ぐだけなんでしょ。
そんな奴らが軽々屋根や棟に登れるのかね?
火消しったって、家屋を解体して潰し、延焼を防ぐだけなんでしょ。
161: 名無しさん@一本勝ち 2006/08/21(月) 01:51:20 ID:b5/nGs3X0
火消しって消火活動いっさいしないよねw
162: 名無しさん@一本勝ち 2006/08/21(月) 03:19:38 ID:zaqp29qA0
江戸時代の火消しは延焼防止のための家屋破壊が主な仕事だからな。
元々はとび職が火消しを務めてたけど大岡越前によって組織化された。
元々はとび職が火消しを務めてたけど大岡越前によって組織化された。
124: 名無しさん@一本勝ち 2006/02/22(水) 11:36:35 ID:pKxhogf70
同心ってどういう身分の人達で構成されてたの?
125: 名無しさん@一本勝ち 2006/02/23(木) 00:00:44 ID:H69LA1cw0
三十表二人扶持の貧乏侍。
172: 名無しさん@一本勝ち 2006/10/11(水) 22:20:25 ID:QoIxaai60
江戸のケンカは、火消しは鳶口振り回すし、大工は角材振り回すし、魚屋は出刃包丁持ち出し、相撲興行では4隅の柱に脇差がくくりつけられていたし、渡世人は長脇差で暴れるし、
お前らが想像しているような競技試合があるから現代人強い、などという理屈はありえないんだよ!
分かったか、こんちくしょうめ
お前らが想像しているような競技試合があるから現代人強い、などという理屈はありえないんだよ!
分かったか、こんちくしょうめ
176: 622 2006/10/12(木) 09:46:36 ID:LWI9+xzA0
ただ、現代の競技場や試合場に引きずり出したら、確実に現代人のが強い。
柔道初段でも、柔術のエッセンスを一通り沁み込ませた未来戦士なんだからな、江戸っ子から見たら。
それと、健康でも現代人のが上だよ。脚気の原因も知らないヤツらが、マルチビタミンを
ガリガリやってるSEにだって勝てるわけ無い。
柔道初段でも、柔術のエッセンスを一通り沁み込ませた未来戦士なんだからな、江戸っ子から見たら。
それと、健康でも現代人のが上だよ。脚気の原因も知らないヤツらが、マルチビタミンを
ガリガリやってるSEにだって勝てるわけ無い。