5: 人間七七四年 2012/12/04(火) 23:18:39.66 ID:6xcZ1hYO
食物は味噌が利いて腹にたまればよいものを

6: 人間七七四年 2012/12/11(火) 21:03:53.45 ID:axi1VdeX
三河武士乙

7: 人間七七四年 2012/12/14(金) 02:55:39.05 ID:mNKtJlQW
昔の食事を見ても中世の武士の食事は焼き魚とか野菜入りの味噌汁とかあって、素朴ながらもうまそうだな

9: 人間七七四年 2012/12/15(土) 03:15:09.72 ID:8dz2mBbL
化調の味に慣れた現代人からしたらまずいだろな。
なんか全てが凄い固そうなイメージ。麦飯とかめっちゃ固そう。みんな顎強かったんだろね

11: 人間七七四年 2012/12/15(土) 16:39:07.09 ID:RLXxoO1j
麦飯はよく噛むかかなり柔らかく炊かないとうんこがつぶつぶしちゃうな

12: 人間七七四年 2012/12/16(日) 21:11:42.93 ID:Ptvty6px
>>11
当時は米でも玄米飯ばかり食べてたわけから麦飯になってもさほど変わらない。

14: 人間七七四年 2012/12/18(火) 23:28:42.98 ID:LnPr4QZ7
この間、熊本に出張して朝鮮飴を食べてきた。
朝鮮出兵がらみで有名になった食い物だと伊達政宗の仙台味噌とかあるけど、みんなの住んでる地域でその手のいわくつきの食い物ってありますか?
あと日本史の中でも最大級の対外戦争なんだから、半島なり大陸由来の食文化(焼き物とか食器でなくて食材や調理法)が入ってきてもおかしくない気がしますが寡聞にして聞いたことがないのが、どうにも解せない。

15: 人間七七四年 2012/12/19(水) 13:06:07.13 ID:a9EEOCn4
朝鮮に何を期待してるのですかとしか言いようがないです。
高知の豆腐が朝鮮風だと聞いた事はあります、固めのところが似てるとか。
ただ昔の豆腐はみな固かったはずですので噂の域をでないかと。

28: 14 2013/03/04(月) 22:06:27.81 ID:O7PGrICi
>>15 
高知の豆腐ってそうなんだ。
「唐人豆腐」ってやつかな?
食ったことないけど何年か前高知にいったとき町の看板で良く見かけた気がする。

18: 人間七七四年 2012/12/19(水) 16:03:50.76 ID:52/mes1M
「長生飴」が朝鮮出兵で役に立ったから「朝鮮飴」になったんだっけ

20: 人間七七四年 2012/12/22(土) 02:41:30.67 ID:DUmeynEV
熊本人は本当にせいしょこさん大好きなんだろうね

30: 人間七七四年 2013/03/19(火) 11:58:47.20 ID:l82Y1JLq
昔は川の水呑んだりくんでたりしたでしょう。
あれでお腹こわさなかったのかな。
上流でケモノなんかが死んでたら腐ったような水もいっぱい流れてたと思うけど、分量で薄められて大丈夫で、それに胃腸も強かったとかなのかな。

31: 人間七七四年 2013/03/19(火) 20:33:59.54 ID:Ob4sEDK4
毎日飲むものだし、生まれた時から飲んでれば胃腸が慣れるんじゃないのかな。

45: 人間七七四年 2013/04/23(火) 11:06:25.03 ID:RwPwHukr
>>31
旅先で生水を飲むなというのも、他所の土地の細菌に抵抗力を持たないせいだろうな
まぁ、白湯か湯冷まし飲めって感じだ

38: 人間七七四年 2013/04/01(月) 17:08:32.07 ID:d6i2bgSm
この料理を出したら、大殿様に殴られたでござる。

1の膳
①金高立入 蛸(湯引たこ) ②鯛の焼き物 ③菜汁 ④膾(なます) ⑤高立入 香の物(大根の味噌漬) ⑥鮒の寿司  ⑦御飯

2の膳
①絵を書いた金の桶入 うるか(鮎の内臓の塩辛、今回はこのわた使用) ②高立入 宇治丸(鰻の丸蒲焼き) ③ほや冷や汁 ④太煮(干ナマコに由芋を入れて味噌煮にしたもの)  ⑤絵を描いた金色の輪に乗せた貝鮑  ⑥高立入 はも(照焼き) ⑦鯉の汁

3の膳
①焼き鳥(鶉・うずらの姿焼き、当時は雲雀・ひばり) ②山の芋鶴汁(鶴とろ汁味噌仕立て、鶴はフランス産使用)③がざみ(ワタリガニの一種) ④辛螺・にし(にしがいの壷煎、巻貝の一種) ⑤鱸・すずき汁

4の膳
①高立入 巻するめ  ②鮒汁  ③高立入 椎茸 ④色絵皿入 鴫・しぎ壷(鴫の壷焼き、なすの田楽)

5の膳
①まな鰹さしみ  ②生姜酢  ③鴨・かも汁(鴨の味噌汁)④けずり昆布  ⑤土器入りのごぼう

足付の縁高御菓子
①から花(造花)  ②みの柿(干し柿)  ③豆飴  ④くるみ  ⑤花昆布  ⑥求肥餅(羽二重餅)

68: 人間七七四年 2014/07/02(水) 21:04:29.81 ID:CqJSoT31
>>38
戦国時代には、現在と違い未だジャガイモもサツマイモもなく、サトイモ・ヤマイモだけだったようだね。

766 :日曜8時の名無しさん:2014/05/05(月) 01:47:24.87 ID:BoXZ+n9K
・・・・・・・加古川評定で別所のおっさんが芋がどーのこーの言ってたが、あれが三木が2年も保つ伏線になるとはw
しょうもないとこに伏線仕込むなwちょっと好きだけど

784 :日曜8時の名無しさん:2014/05/05(月) 02:31:30.32 ID:y2LczFGw
芋って里芋だよね
いわゆる救荒作物である男爵芋、薩摩芋は1597~1600年に入ってきたものだし

792 :日曜8時の名無しさん:2014/05/05(月) 02:57:48.07 ID:1leoAxXr
>>784山芋類もあったよ。長いもとか。海老芋もあるし。
蒟蒻芋だって日本古来種はあった。収穫量からすると一般的なのは里芋だろうね。


【2014年大河ドラマ】軍師官兵衛Part36
http://nozomi.2ch.net/test/read.cgi/nhkdrama/1398869412/766-792

39: 人間七七四年 2013/04/08(月) 13:22:31.73 ID:I5VuPmCh
1の膳だけで十分じゃないのか?
三河のタヌキなら毎日飯に納豆とみそ汁だけでも文句言わないと思う

41: 人間七七四年 2013/04/09(火) 21:51:19.90 ID:kR5qCBjX
>>39
こういうのは宴会料理だから数時間かけて食うんだよ
普段の食事じゃない
余り物は裏方の人間が家に持って帰って食うんだろう

40: 人間七七四年 2013/04/09(火) 12:57:00.93 ID:OJFlXIDl
ただこういう献立は、出した人間の権勢をあらわす意味もあるからなあ。
美味いだけじゃなく、品数が多い、高級食材が多いというのも大切なポイントだよ。

43: 人間七七四年 2013/04/23(火) 00:13:34.98 ID:SeZaYfLe
「人をもてなす際に一番重要なのは料理であり、そのメニューを管理するのは主人の仕事。ごちそうとは、たくさんの種類の料理を振る舞うことではなく、自ら料理したこだわりの品を一、二品だすことだ」

伊達政宗

44: 人間七七四年 2013/04/23(火) 02:47:38.68 ID:V9QMkOjs
・・・料理以外にもその気遣いがあれば手下があれほど出奔しなかったであろう

49: 人間七七四年 2014/03/24(月) 01:22:54.87 ID:sGxCpWBa
甘いものなぁに?
干し柿、みりん、甘酒
65: 人間七七四年 2014/04/19(土) 11:12:52.08 ID:OIv3Sp25
>>49
輸入物だけど砂糖

大友宗麟が幕府に献上してた

50: 人間七七四年 2014/03/24(月) 15:12:14.40 ID:2TSf/xla
甘葛

53: 人間七七四年 2014/04/01(火) 00:48:06.57 ID:Qf0DnlQs
金平糖。砂糖も少しはあっただろ

54: 人間七七四年 2014/04/03(木) 23:34:11.26 ID:GyN0wJkJ
舶来物好きな日本に中華料理が入ってこなかったのは謎だな。

58: 人間七七四年 2014/04/07(月) 06:11:42.66 ID:koYRP92t
調理環境も違ってくるんだから一概には言えないけど「点心」の類がいろいろ入ってきてるじゃないか

59: 人間七七四年 2014/04/07(月) 14:51:00.14 ID:HXhP27dr
室町時代の日記(コレだと都の公家や知識人の話になっちゃうけどI)見ると、お客さんが来たとき出した物は、塩おにぎりとかソーメンとか焼餅とかある

どれも炭水化物ばかりですか?( ^ω^)

60: 人間七七四年 2014/04/08(火) 11:04:12.39 ID:uKlj9ng8
何時来るかわからないような人には保存系のものしか出しようがないわな。
しかも貧乏だし。

61: 人間七七四年 2014/04/08(火) 11:35:35.09 ID:hZlWz3X6
なるほどね~
戦国大名の饗応なんかとも違うんだろうしね

62: 人間七七四年 2014/04/08(火) 22:36:29.75 ID:uKlj9ng8
>>61
全然違うよね。
秀吉の饗応は本も出てるし、家康が前田にだしたごちそうも有名だけど、あんなのは特別中の特別だもんね。
公家さんでも来訪がわかってれば平安でも酒やら焼き魚やら出してはいたみたいだね。
大河の清盛では実写でよく写してた。

69: 人間七七四年 2014/07/02(水) 21:44:43.11 ID:+JIWfifC
そういや昔、戦国時代の大河見るたびに出てくる濁り酒がカルピスみたいで美味しそうだと思ってた

71: 人間七七四年 2014/09/02(火) 01:18:12.20 ID:55DGxQnh
どぶろくみたいなものときいたが、発酵してるし乳酸菌はいそう

72: 人間七七四年 2014/09/02(火) 10:19:10.70 ID:lzZ/VWSA
まず乳酸発酵させないとアルコール発酵する前に腐るからね
いまの酒でも最初に乳酸入れて腐敗を防いでる

73: 人間七七四年 2014/09/04(木) 10:25:07.37 ID:/IvtprRM
平安時代の酒は、保存と製法の問題で粘度と糖度がが高かった。
そのまま飲んだり、水で薄めて、漉して飲んだりしていたのさ。

ちなみに農村では、明治ごろまで酒は自家製が普通。
酒は買うものじゃなくて作るものだった。
それを明治政府が税を課すようになったが、なかなか長年の慣行は変わらず、密造があちこちで行われていたそうだ。
ただ、取締りのかいもあって、酒は買うものという意識が定着した。

74: 人間七七四年 2014/09/04(木) 14:24:04.83 ID:g4oKwOy4
江戸時代に、幕府を上げて酒造りを奨励したものな
コメ余りの解消のために

コメの値段が下がると、侍が貧乏になるので幕府も必死

75: 人間七七四年 2014/12/05(金) 07:50:29.49 ID:DZgLdCHV
戦国時代の足軽は配給の兵糧を発酵させて酒を作ったらしい

76: 人間七七四年 2014/12/05(金) 12:25:26.09 ID:eEFRpbZ2
米と水と酒粕混ぜて放置しとくだけで酒はできるからな

77: 人間七七四年 2014/12/24(水) 00:35:52.91 ID:0AcT/TJC
1日5合ってのは酒込らしいからな
現代人よりも体格が小さいのに現代人よりも食べるわけがない

80: 人間七七四年 2014/12/24(水) 14:37:45.61 ID:flBDn2pE
>>77
昔のひとは、運動量が現代人と比べてけた違い

81: 人間七七四年 2014/12/24(水) 20:50:13.20 ID:Z8Pqg9SA
単なる栄養だけじゃく、カロリー消費がハンパないだろ、当時の人間は。
運動量もそうだけど、今みたいにエアコン完備な環境じゃないし、自然の暑さ寒さをもろに受ける生活だ。
恒常性維持するだけでも相当のカロリーつかったと思うよ。

79: 人間七七四年 2014/12/24(水) 02:39:02.68 ID:ht5JFmLz
栄養のほとんどをご飯とかで賄っていたとこがあるから、ご飯だけをめちゃくちゃ食べたみたいだな

宮沢賢治は明治の人だが、それでも1日玄米4合(+わずかな味噌と野菜)って書いてたし

84: 人間七七四年 2014/12/27(土) 19:38:15.13 ID:gU9v33zp
大河の戦国時代や日本昔話で餅食ってるシーンがあるんだけど、ああいう白くて丸い餅は中身に何かしらの餡は入ってんのかな?
それとも求肥やすあま的な甘みがある素の餅みたいなもんなの?

85: 人間七七四年 2014/12/27(土) 21:43:42.04 ID:j2xos84b
キビとか雑穀を混ぜりしたろうが、基本あんこなしだろ。
それでも当時の人間にはごちそうだろうし。

86: 人間七七四年 2014/12/27(土) 22:06:31.44 ID:JeoVL17M
白米が甘いみたいに、餅そのものが甘く感じたんじゃない?

と思ったけど、餅だけたべると少し苦いよな
苦いというか渋いというか、甘さとはちょっと違う味がまじってるよね?

87: 人間七七四年 2014/12/28(日) 00:23:48.92 ID:VxtzwFQX
市販の餅でも甘み感じるけどな
米でも甘みあるし
昔は米とか食い慣れてないから余計敏感だったんじゃね

88: 人間七七四年 2014/12/28(日) 21:58:50.65 ID:fZ3yuYXm
餅が大好物だったのって毛利元就だっけ?

90: 人間七七四年 2015/01/02(金) 11:01:47.73 ID:Xkf8AsAV
へうげものでは家康は質素大好き、米もわざわざ糠取ったりせず、玄米のまんま山盛りでモリモリ喰っていたと描写
歴史物で戦国武将の食事紹介でも家康のは地味でパッとしないものが多かった

91: 人間七七四年 2015/01/02(金) 15:22:03.27 ID:27d92y21
戦国の勝者、徳川家康から学ぶ肉食の滋養
http://diamond.jp/articles/-/52635
家康は案外肉好き、主食は生涯麦飯

豊臣秀吉大出世の一助を担い、徳川家康の最後の晩餐に供された「蒜《にんにく》」
http://diamond.jp/articles/-/54540?page=5
例の鯛の天ぷらはおろしにんにくで食べてた。
生のにんにくは胃を傷めるから、それが死の遠因になったのかもね

92: 人間七七四年 2015/01/02(金) 23:54:19.37 ID:Xkf8AsAV
>>91
歴史物の書物ってけっこういい加減だねぇ
俺が読んだ本では白米じゃなく玄米を食べていたから、咀嚼を多くして健康に貢献できたと書いてあるのに、そっちでは麦飯か

引用元: ・戦国時代の食事6膳目