1: 名無しさん@お腹いっぱい。 2011/04/04(月) 16:07:25.28 ID:414fLF8V0
明治維新も目前となった1865年,北陸の港町敦賀で,はるばる水戸からやってきた武士や農民ら350人余りの大量処刑が行われた。「天狗党」とよばれた彼らは,なぜ敦賀に来たのか。そして,なぜ処刑されなければならなかったのか







141: 名無しさん@お腹いっぱい。 2012/10/29(月) 09:20:48.36 ID:m4ea+Ccr0
山川菊栄の本を読むと、一部だけとはいえ壮絶ぶりが伝わった。
あと、市町村史も天狗関係だと北関東の人達は口をつぐんでしまう。
水戸内戦後の明治維新でさえ、恨みで殺したなど逸話があるぐらい。
隣近所が諸生・天狗系の郷士だったから壮絶ぶりが伝わるけど口伝としか残らないよな。
それが現在の選挙運動などの地方利権にストレートに絡むから益々言えなくなる。

142: 名無しさん@お腹いっぱい。 2012/10/29(月) 09:35:14.53 ID:XCLPOGlWO
一応うちの先祖も佐竹旧臣系の庄屋ながら名字帯刀だったらしいが、【郷士】になるのかな?

143: 名無しさん@お腹いっぱい。 2012/10/29(月) 19:35:15.60 ID:xEz/jG1B0
諸生系はあらかた逃亡し残った者も殺害されたり家財を略奪されたりして壊滅的な打撃を受け盛り返すことは出来なかった。
今現在は梶山にしろ高野にしろ天狗系。

144: 名無しさん@お腹いっぱい。 2012/10/29(月) 22:13:31.95 ID:XCLPOGlWO
>>143
はて、じゃあうちはなんだったんだろうか?
今も本家はでかい構えで続いてる様子だよ
中立とかできたんだろうか?
調べたら同じ名字が天狗の敦賀組や諸生党名簿に 複数名あるんだが

145: 名無しさん@お腹いっぱい。 2012/10/29(月) 23:03:57.48 ID:xEz/jG1B0
天狗だったら水戸城下から離れていて市川の手が届かない位置にいたので助かったのだろうし(どうもうちの先祖はそんな感じ)、諸生だったとしたら維新前は立場が低く財も無かったので目をつけられず、維新後になんらかの事業で成功をして大きくなったとか。

148: 名無しさん@お腹いっぱい。 2012/10/29(月) 23:31:11.21 ID:xEz/jG1B0
諸生派の士分は士籍が剥奪されて、士族の受けられる公債秩禄の支給が認められなかった。
維新後の身分の扱いである程度は憶測できる。

161: 名無しさん@お腹いっぱい。 2013/02/27(水) 22:55:13.95 ID:ItLBDvizO
田中の最後の晩餐は伝兵衛の出した干し魚と稗飯だ。
田中 愿蔵(たなか げんぞう、天保15年(1844年) - 元治元年10月16日(1864年11月15日))は水戸藩天狗党の幹部。天狗党の乱における田中隊の隊長として北関東の人々を恐怖に陥れた。

166: 名無しさん@お腹いっぱい。 2013/06/04(火) 01:42:49.17 ID:YPNVI8z00
田中隊は天狗党の中で比較的身分の低い者が多く鼻つまみ者扱いされていた。
本隊から離れて行軍するよう指示されたり差別待遇への鬱憤が沿道の住民へ捌け口が向いて乱暴を働いたのかもしれない。

168: 名無しさん@お腹いっぱい。 2013/07/24(水) NY:AN:NY.AN ID:rbG5sdRuO
天狗残党が水戸で非戦闘員の大量虐殺をやっているちょうどその頃
諸生党も越後あたりで会津軍や幕府軍残党と一緒に掠奪、殺人、やり放題。

176: 名無しさん@お腹いっぱい。 2013/12/11(水) 19:36:45.67 ID:al4QTkjZO
金次郎がマンデラみたいな人なら報復の連鎖は止んだ
武田 金次郎(嘉永元年8月10日(1848年9月7日) - 明治28年(1895年)3月28日)は、幕末期の志士。水戸藩藩士・武田耕雲斎の孫。

1864年の天狗党の乱には、祖父や父と共に参加する。のちに乱が鎮圧されて祖父など376人が死罪に処せられたが、若年を理由に遠島処分となる。1866年、金次郎ら110名は小浜藩に預けられ、佐柿(福井県美浜町)の屋敷に収容されて謹慎したものの、准藩士格として厚遇される。

1868年、王政復古によって朝廷から罪を許され、水戸への帰藩を命ぜられた。
帰藩した金次郎らは、朝廷の威光により藩の実権を掌握。通称「さいみ党」と呼ばれた金次郎らは、仇敵であった諸生党残党に復讐をすべく、白昼堂々に襲撃・暗殺し、藩内を極度の混乱状態に陥れた。



206: 名無しさん@お腹いっぱい。 2014/07/20(日) 10:29:09.77 ID:AulgEM010
田中愿蔵は、若き日の森鴎外を凶暴にしたような人物では。
知性、行動力、積極性では群を抜いている。
筑波山で挙兵の際に幹部となる素材である。

207: 名無しさん@お腹いっぱい。 2014/07/20(日) 16:57:37.41 ID:AexoCfJS0
岩谷の田中評「気宇は壮大なれども、その謀は疎」
倒幕を熱く語る田中を岩谷は若造の思いつきだと一蹴。
憤慨した田中は「貴殿は謀事を知らぬ!」と席を立って去っていった。
田中の倒幕論は水戸藩の者達には気が触れたようにしか見えなかった。

209: 名無しさん@お腹いっぱい。 2014/09/24(水) 12:34:41.64 ID:3rwqdRAr0
あと4年で維新だったのに優秀な人の多い水戸藩も内部抗争で悲劇続きこれはなんなんでしょうね。
でも田中は良くない、彼のような者がおおいから悲惨な結末を迎えることになったのではないか。
228: 名無しさん@お腹いっぱい。 2014/10/07(火) 13:20:05.73 ID:0ftjdhrL0
武田耕雲斎の親族の末路見てドン引き
そら金次郎も暗黒面に落ちますわ

242: 名無しさん@お腹いっぱい。 2015/01/26(月) 23:58:40.98 ID:rhLXyHBE0
武田金次郎ってとんでもないテロリストだな

252: 名無しさん@お腹いっぱい。 2015/02/15(日) 12:33:50.17 ID:H/FKzDcEO
>>242
吉村が「その後」の金次郎を書かなかった理由が分かる

243: 名無しさん@お腹いっぱい。 2015/02/06(金) 20:18:52.54 ID:cYheB+ve0
武田金次郎は、明治元年から官軍。内戦とテロは違うぞ

246: 名無しさん@お腹いっぱい。 2015/02/06(金) 22:39:17.56 ID:KezRmBLiO
栃木宿での焼き討ちは本体の意志では無いとしても、やってる事はISISやボコハラムと同じだな。
当時の位置付けは過激派テロ集団だった。

249: 名無しさん@お腹いっぱい。 2015/02/07(土) 14:55:50.99 ID:VeuGn05Q0
ウィキペディアに武田金次郎「晩年は温泉で下足番やってた」とか書いてあるけど、マジかよ。

210: 名無しさん@お腹いっぱい。 2014/09/26(金) 01:38:40.61 ID:MmbWbN6T0
水戸藩は薩摩長州に比べ絶望的に金が無かった。

217: 名無しさん@お腹いっぱい。 2014/09/27(土) 09:47:55.44 ID:nhCFoiks0
薩摩のように密貿易も出来ないし長州のような銀山も無いが、江戸という大消費地がすぐ傍にある利点を生かして特産品に力を入れていれば水戸藩の財政も結構潤っただろうに。

235: 名無しさん@お腹いっぱい。 2015/01/12(月) 13:53:56.24 ID:dLsCCgaT0
幕末の水戸と薩摩って政治的に影響力があり、藩士の過激度や幕府との距離感や思想など似た所が多いんだが、なぜこんなに差がついてしまったのか・・・
やはり待ちきれなかったからなのか?

237: 名無しさん@お腹いっぱい。 2015/01/23(金) 07:15:25.53 ID:V8DmAzQw0
>>235
薩摩は寺田屋事件後に大きな内ゲバがほとんど起こらず明治を迎えたってのが大きいと思う。

まーでも結局、水戸は朝敵にならなかったし、本圀寺勢も官軍入り出来たのが多いみたいだから、勝ち組だと思うよ。

211: 名無しさん@お腹いっぱい。 2014/09/26(金) 09:41:40.56 ID:DQv/rXR90
徳川斉昭に興味が湧き色々な本を読みましたが、幕末の水戸藩がこれほど内部抗争が激しく悲惨な結果になっていたとは知らなかった。
これからは幕末の水戸藩にもスポットライトがあたってもいいのではないか、いやあてるべきだた思うがどうでしょうか皆さん!

212: 名無しさん@お腹いっぱい。 2014/09/26(金) 09:59:02.25 ID:OmERZMka0
>>211
同意。
もう薩長土肥はお腹一杯だし、歴史学も広く浸透してきてるから、もうそろそろ水戸藩の歴史にもスポットを当てるべき。
ドラマ的にも相当なインパクトを与えられると思う。

270: 名無しさん@お腹いっぱい。 2016/07/31(日) 19:25:32.47 ID:p/X0//Lh0
>>212
大河ドラマは水戸、越前、宇和島辺りは見てみたいな

271: 名無しさん@お腹いっぱい。 2016/08/18(木) 23:07:44.75 ID:DTtdjUETO
>>270
市川三左衛門を思い切り悪役にしたドラマが見たい。最後に逆磔になるのがカタルシスになるような。

213: 名無しさん@お腹いっぱい。 2014/09/26(金) 12:55:08.42 ID:6o9UGWrL0
大型新春時代劇 水戸の天狗党!
この後すぐ!


絶対見てしまうわw

215: 名無しさん@お腹いっぱい。 2014/09/26(金) 23:49:44.55 ID:AMPtdu6D0
千葉周作や千葉栄次郎は、水戸ではどんなスタンスだったんだろう

激派よりなんか諸生党よりなんか

216: 名無しさん@お腹いっぱい。 2014/09/27(土) 08:41:00.80 ID:U4OA1J0R0
>>215
千葉周作と千葉栄次郎はかなり有名人なのに、ほとんど水戸藩士だと認識されてないよな

222: 名無しさん@お腹いっぱい。 2014/09/28(日) 19:04:21.62 ID:7JLOt4e10
>>216
尊皇攘夷がよその藩に広まったのは、千葉道場の存在が大きいと思う

227: 名無しさん@お腹いっぱい。 2014/10/02(木) 08:53:53.46 ID:01i0LFSg0
結局、斉昭公の藩制改革派は保守派の抵抗でそのほとんどが実を結すぶことができず、その後も兄弟喧嘩はエスカレートし藩は壊滅状態となった。
ドラマ化はきついかな?

229: 名無しさん@お腹いっぱい。 2014/11/08(土) 11:09:54.19 ID:0SstMTic0
>>227
斉昭も書簡とかでは開国容認と吐露したり裏表の多い人物だけどね。
慶喜の一橋送り込みのように幕政介入意欲が強すぎて各所で無用の摩擦を繰り返した人物という印象が強すぎる。


233: 名無しさん@お腹いっぱい。 2015/01/11(日) 19:40:53.67 ID:BdknRO9O0
大河なんて完全に史実通りじゃなくていいんだから充分ドラマ化できる

234: 名無しさん@お腹いっぱい。 2015/01/12(月) 13:24:20.63 ID:tbCRP/PDO
ドラマ化するなら吉村の天狗争乱を原作にすべき。
倒幕後の金次郎は描けまい

257: 名無しさん@お腹いっぱい。 2016/01/11(月) 20:54:01.70 ID:wug9kH1O0
この事件って幕末を舞台にした大河ドラマとか時代劇とかでも徹底的にスルーされてるよな。

258: 名無しさん@お腹いっぱい。 2016/01/11(月) 21:28:20.05 ID:pMBnuoNw0
>>257
陰惨過ぎるししゃーない
武士階級だけじゃなくて民衆村同士で殺し殺されやし

260: 名無しさん@お腹いっぱい。 2016/01/23(土) 21:21:47.16 ID:Rfnszul50
武田金次郎が暴れまくってたときの水戸では広場にクビがゴロゴロころがされてたそうだからな。
どこの国の話だよ。

261: 名無しさん@お腹いっぱい。 2016/04/01(金) 01:04:19.91 ID:XswEuv/YO
吉村の小説は金次郎の水戸帰還後を書かなくて良かったな。

264: 名無しさん@お腹いっぱい。 2016/04/26(火) 13:21:05.55 ID:3D98uEFV0
大河ドラマの「徳川慶喜」で天狗党の乱を詳しくやった

藤田小四郎・武田耕雲斎が筑波山で乱を起し、信州を通る最中に(和田峠だったかな?)天狗党に加わった慶喜の側近の藤木直人と、藤木直人に兄を殺され妾を奪われた旗本の弟と壮絶な決闘になり相打ちになったシーンが印象敵だった。

結局、天狗党は敦賀で頼りにしていた慶喜に捕らえられて、極寒の漁師小屋に繋がれて、全員斬首されるというかなり悲惨なストーリー。藤田小四郎は田辺誠一だったかな。

武田耕雲斎は、慶喜の側近だったので慶喜の命を受けて筑波山に説得に逝って、逆に説得されて首魁になり「ミイラ取りがミイラになる」パターンだった

265: 名無しさん@お腹いっぱい。 2016/04/29(金) 01:01:26.14 ID:82b7Esl/0
武田耕雲斎は筑波山の時点では参加してないから史実と違うだろ

266: 名無しさん@お腹いっぱい。 2016/05/02(月) 04:19:49.04 ID:4MbPkmX10
>>265
もちろん史実と違うが、武田が元々藤田小四郎らの挙兵を止めさせるように説得するために筑波山へ行き、藤田から逆に頭目になるように懇願されて頭目になったのが事実

274: 名無しさん@お腹いっぱい。 2017/03/13(月) 04:27:06.01 ID:wayUOqq90
天狗争乱読んできたけども、松平頼徳は尊攘派でもなく、むしろ天狗遠ざけてたらしいけど、描き方のせいもあってか何だか特に不憫に感じた

275: 名無しさん@お腹いっぱい。 2017/03/29(水) 07:21:12.88 ID:qoSMNA8i0
関鉄之介を匿った商家は内ゲバに巻き込まれずに現在も続いているようでよかったよかった

305: 名無しさん@お腹いっぱい。 2019/04/05(金) 10:02:27.10 ID:+0lPht+/O
諸生党って子孫まだ生きてるの?

308: 名無しさん@お腹いっぱい。 2019/04/23(火) 10:57:00.58 ID:UdaNTzYDO
>>305
たしか去年の夏頃に、新潟県で諸生党の墓前祭があったんだが、子孫の方々も参加したと新聞に書いてあった。

306: 名無しさん@お腹いっぱい。 2019/04/13(土) 22:27:58.47 ID:XtdO2vMJO
諸生党の生き残りの子孫がまだ沢山いるんだから、武田金次郎もまだ手緩すぎるわ。諸生党根絶やしに出来なかった上に悲惨な末路が切ないよ。

312: 名無しさん@お腹いっぱい。 2019/05/01(水) 07:21:21.17 ID:px+iGotZ0
>>306
金次郎は諸生党の家族には手を付けなかったし、周囲も「さすがにそれは……」という空気だったからね
一族皆殺しを平然とやる市川が異常なんよ

311: 名無しさん@お腹いっぱい。 2019/04/28(日) 16:13:25.65 ID:OKvBNo5yO
市川三左衛門の残虐さについていけずに袂を別った結果、生き延びた諸生党の人って誰だったっけ?

なんか時代劇だかだと序盤なんだかんだ云いながら身内同士それなり仲良くやっていてそれなりに平和だった諸生党天狗党同士の日常が描かれるんだろうと思う。やがて悲惨なことになる前触れみたく。

313: 名無しさん@お腹いっぱい。 2019/05/01(水) 22:01:12.78 ID:gEJRDXKKO
市川も門閥の中でも過激な方なんだろうね。
天狗党でも激派だ鎮派だで分裂してたみたいに。
諸生党主流派でもない過激派な市川が主導権握ってしまい、藤田東湖死亡で斉昭暴走、斉昭死んで無能慶篤藩主就任でガタガタになり、市川暴走で最悪なことに成り果てたね。

314: 名無しさん@お腹いっぱい。 2019/05/10(金) 20:41:30.86 ID:FNSAtB6aO
優秀な人材…どれだけいたんだか…。
天狗にせよ諸生にせよ…。

引用元: ・【幕末の】水戸藩・天狗党の乱【悲劇】3