1: 世界@名無史さん 2020/07/11(土) 18:19:32.37 0
ヨーロッパには数多くの国がありますが、その中で近代化に成功したのは英仏、ベネルクス三国、北欧諸国ぐらいで、南欧・中東欧は近代化に失敗してしまった
その原因について考察するスレです








3: 世界@名無史さん 2020/07/11(土) 19:06:35.69 0
ベルギーの産業革命は、中世からの経済先進地域だったことに加え、ワロン地域で石炭が産出したことも大きいのかな

4: 世界@名無史さん 2020/07/11(土) 19:10:58.03 0
米ソの宇宙開発競争みたいに英仏がいい意味で競い会えたからではないの?

6: 世界@名無史さん 2020/07/11(土) 19:24:43.12 0
17世紀まで、イギリスはヨーロッパの外れにある小さな島国だった
国土が狭いのは地図を見ればわかるが、人口も少なかった
やがて“世界の工場”といわれるようになる片鱗はまるでなく、後進的存在でしかなかった

ヨーロッパの人々は17世紀半ばの清教徒革命に始まる内乱を見て、野蛮な国だと思っていたことだろう
スペインとハプスブルクが疑いなき大国であり、フランスがそれに迫り、追い越そうとしていた

そのイギリスが1713年にスペイン継承戦争が終わったときには欧州の大国のひとつになっていたのである

10: 世界@名無史さん 2020/07/11(土) 21:46:44.58 0
>>6
イングランドは国土が狭いといっても、国土の大半が平坦な平原で、日本やニュージーランド・インドネシアのような他の島国とは異なる大陸的な地形

広大な牧場に羊を放牧し、羊毛の大生産国

111: 世界@名無史さん 2020/07/27(月) 21:48:19.39 0
ある程度の人口の集積ができて自由な思考と科学技術に投資する真摯な姿勢がその国家にありえたかどうかだな
権力を握った人間がどれだけ利己的にならずに国家の繁栄を目指すことができたか否かではないかね
英仏にはその土壌が他国より早く芽生えた
それは、社会的にそれを必要としていたそれぞれの事情があったからだろう

112: 世界@名無史さん 2020/07/27(月) 22:02:07.86 0
英仏の政治家の話を聞いていると議論をしているよね
そういった話し合いをして正しい答えを出そうとする態度があるからではないかね
それができないと国家が滅ぶという危機感があるから、真摯に議論していい答えをだそうとする姿勢が出来上がってきたからではないかと思う

113: 世界@名無史さん 2020/07/28(火) 01:09:43.85 0
ヨーロッパ諸国が世界をリードしたのは19世紀以降の僅かな間だけ
それまではアジアがヨーロッパを優越していたのだよ

114: 世界@名無史さん 2020/07/28(火) 06:51:53.93 0
例えば生産効率を上げるための工夫はオスマン帝国や清朝やムガル帝国ではそんなに重視されてなかっただろう
小さな工夫を科学へと積み上げていくことに関してヨーロッパには少なくとも数百年の蓄積があると思う

116: 世界@名無史さん 2020/07/28(火) 09:16:32.22 0
17世紀のヨーロッパは、伝統的な思弁的自然哲学を、魔術的・数学的・職人的伝統の中ではぐくまれた実用主義と融合させた結果、近代科学を生みだした

これが西欧文明の最大の業績だろう

124: 世界@名無史さん 2020/07/28(火) 12:44:06.58 0
一見、凄く簡単そうな合理主義が、なぜ西欧で発展したかを考えると、凄く難しそう

125: 世界@名無史さん 2020/07/28(火) 13:14:08.55 0
合理主義を生んだのはユダヤ人だよ
どの地域でも私有財産を子孫に継承させようとするから、最も豊かな地主ひいては王を頂点とする封建的な組織が生まれ、それが国家を形成する

封建的な社会組織・人間関係から最も自由なのは、地域を越えて広域的に活躍する商人たちだ
放っておくと大商人がすべての富を独占するから、政治的に優位に立つ領主や王は政治力を利用して、法の力で大商人が育ちにくくする

都市を基盤にしたユダヤ人は、言論の力で封建領主の力に対抗しようとする
こうしてサロンと新聞と啓蒙主義思想をユダヤ商人がパトロンとなって育てた

133: 世界@名無史さん 2020/07/28(火) 14:38:17.94 0
しかしヨーロッパの時代も第一次世界大戦とともに終わるんだよな
その後はアメリカ合衆国に覇権が移っていく

153: 世界@名無史さん 2020/07/28(火) 22:21:44.70 0
英仏においては、啓蒙思想が文字通り市民意識の啓蒙に連なり、具体的に現実に社会が直面する問題を一つ一つ解決していくための「実利的思想」として働いたのに対して、市民意識を担うべき市民層が未形成であり、したがってまた、現実の具体的な問題を組織的に解決していく必要性にも直面することの少なかったドイツでは、啓蒙主義の衝撃は、少数の知的エリートに向かい、実際的というよりは、観念的な合理主義の世界へと進む特徴を示した

155: 世界@名無史さん 2020/07/29(水) 09:21:23.84 0
フランスではオック語・プロヴァンス語・ブルトン語などの地方言語をフランス標準語に対する方言とし、方言を話した生徒に方言札を掛けさせて、見せしめにするということが行われた

フランスの方言札制度は日本にも取り入れられ、特に日本本土との言語差が大きい沖縄県の教育現場で熱心に行われた

でもフランスや日本のようなやり方は、ハプスブルク帝国では無理だっただろうな
ドイツ語を標準語として押し付けようとしても、他の民族から反発が起こっただろう

156: 世界@名無史さん 2020/07/29(水) 09:35:00.15 0
>>155
そもそもハンガリーは二重帝国成立以前から特別の地位(神聖ローマ帝国外の王国でハプスブルク世襲領の軍事力の供給源)だったわけで、その時点でドイツとマジャールという二つの民族がいること前提になるわけだよ

で、帝国内の先進地域ながら別言語を持つボヘミアも抱えてるわけで強権発動とかあの国では無理

157: 世界@名無史さん 2020/07/29(水) 09:59:37.72 0
産業社会以前には、平均的な人間の生活はほぼ自然村に限られていた
しかし産業社会では人々の生活は自然村を超えて、広範囲に関連しあうようになる
それを中央政府の下に強力にまとめあげるのが近代国家

そして政治との関連で最も重要なのは教育
人々の密接な結びつきは国民相互と、国民と国家の間のコミュニケーションの必要を高める
それがなければ組織の中での緊密な協力はありえないからである
そのため、話し言葉を標準化したものとしての国語が生まれ、それが教育の中心的機能となった

国民国家は国民の間の強い凝集性を必要とするようになった近代の産物であり、時間をかけて円滑にその過程が進んだ所もあったが、そうでない所も多かったのである

158: 世界@名無史さん 2020/07/29(水) 10:03:27.98 0
>>157
都市化の始まりは古代だし、流通による地域社会の有機的つながりの拡大は近世(つまり産業革命以前)にはすでに顕著だしで、いくらなんでも事実誤認がありすぎて突っ込みどころしかない

168: 世界@名無史さん 2020/08/02(日) 06:39:45.06 0
>>1
19世紀の英仏は学問を重視したからな。
それまでは植民地を持っても、奴隷のようにこき使って、めぼしい財産を巻き上げるような感覚だけど、あの時代の英仏は植民地の社会構造を分析してその上で社会システムに組み込んでいたからな。

169: 世界@名無史さん 2020/08/07(金) 09:45:43.11 0
ヨーロッパでは、長い間アムステルダムが金融の中心地の役割を果たしていたが、1772年にアムステルダム金融市場でパニックが起こり、これを契機として、世界の金融センターとしての地位も、ロンドン(シティ)に奪われることになった

170: 世界@名無史さん 2020/08/07(金) 12:59:54.75 0
1773年
茶法、イギリス東インド会社が植民地に茶を独占的に販売
→同年、ボストン茶会事件

1775-83年
アメリカ独立戦争

1789年
フランス革命

1795年
フランス革命軍によるオランダ占領

1799年
イギリスがオランダ東インド会社を接収、解散させる

>>169
上のような流れと関係ありそうだな
72年のアムステルダム経済危機で資金不足になったイギリスが、東部植民地を生産拠点ではなく市場としてまた徴税対象として見はじめたことが独立のきっかけになっている

171: 世界@名無史さん 2020/08/07(金) 16:46:01.84 0
>>170
いろいろ連鎖反応はあるだろうね

172: 世界@名無史さん 2020/08/07(金) 17:02:06.36 0
ウィレム3世は、大計画の持ち主だが経済的・財政的洞察に乏しい人だったといわれる
彼はイングランドは海軍、オランダは陸軍という役割分担を行うことで、オランダの資力を蕩尽させた

173: 世界@名無史さん 2020/08/09(日) 04:45:30.75 0
ヨーロッパを二分した七年戦争ではオランダはイギリスとの同盟関係を維持したまま中立を守った
1778年2月、フランスがアメリカの独立を承認して、英仏間に戦端が開かれると、オランダはイギリスから援軍を求められるが、これを断り中立を守り続ける
しかしイギリスはアムステルダムが密貿易によりアメリカを助けていることを知り、オランダの西インド貿易に圧力を加える
その間にアムステルダムの代表がアーヘンでアメリカ代表と密かに接触し、通商条約を準備していることが知れると、イギリスは直ちに1780年12月、オランダに宣戦布告した(第4次イギリス戦争)。

306: 世界@名無史さん 2020/08/21(金) 19:47:09.46 0
「この国の連中ときたら愚かしいまでに自分たちのことばかりに夢中になって、外国で何が起こっているのかについてはほとんど関心を寄せていない。まるで地球上にはこの島しか存在しないかのごとくにだ」

17世紀末に、ときのイングランド国王ウィリアム3世がオランダの高官にあてた書簡の一節である

307: 世界@名無史さん 2020/08/21(金) 20:35:32.24 0
>>306
まあ、当時のオランダと比較したら世界中そうだろうな、とも思うが

311: 世界@名無史さん 2020/08/22(土) 16:56:55.77 0
イギリス外交のいちばんの失敗は、やっぱりアメリカ独立戦争かな
ヨーロッパの国をすべて敵に回して敗北し、時の神聖ローマ皇帝からは、
「イギリスはいまや二流国に落ちた」
と嘲笑された

312: 世界@名無史さん 2020/08/22(土) 17:55:16.64 0
>>311
あそこから超大国に成長するとかだれが想像したであろうか

313: 世界@名無史さん 2020/08/22(土) 18:34:10.62 0
>>312
> あそこから超大国に成長するとかだれが想像したであろうか

それは19世紀のイギリスか、それとも20世紀のアメリカか、どちらを指しているのか?

314: 世界@名無史さん 2020/08/22(土) 18:45:33.71 0
>>313
前者のつもりで言ったが、後者でも可

315: 世界@名無史さん 2020/08/22(土) 18:57:12.69 0
イギリスは戦争に敗れ、アメリカを失ったけれど、アメリカとの貿易はその後、減るどころか着実に増え続けた
植民地でなくても、貿易を行う経済的理由があれば、貿易は増え、イギリスは豊かになれることが証明されたのである

そしてアメリカを失ってから40年後に、イギリスは自由貿易に向かって動き始めた
さらに、自由貿易にもとづく指導力によって、19世紀の安定と繁栄を築くことができた

317: 世界@名無史さん 2020/08/23(日) 06:58:46.35 0
>>315
しかしイギリスはアメリカ独立後もインドへの侵略を着々と進め、植民地化したアフリカ諸地域も一切独立させず、同じヨーロッパキリスト教文化圏の白人の建てた独立国も取引の対象にするどころか、ボーア戦争で併合して塗りつぶしたよね
オーストラリア・ニュージーランドもずっと押さえつけていた所を見てもむしろアメリカ独立が例外だったように見える

318: 世界@名無史さん 2020/08/23(日) 07:26:26.77 0
>>317
イギリスは、ラテンアメリカ諸国は植民地化せず、「自由貿易帝国主義」を貫いた

319: 世界@名無史さん 2020/08/23(日) 13:53:34.04 0
>>318
それは反例にならないよ
イギリスが中南米を取らなかったのは大した価値がないと思ったから
欲しかったらとっくにスペインを完全降伏に追い込んで総取りしている
(しかも南アやインドを手放さなかった理由を説明できていない)
逆に価値があると判断したテキサスやカリフォルニアはイギリスではなくアメリカが早期にスペインやメキシコから取っている

320: 世界@名無史さん 2020/08/23(日) 14:25:52.14 0
>>319
ブラジルとの自由貿易確保できれば十分という英国の事情ぎあったのでは

英国の交易網的に、南米で交易に適してるのはブラジルのみで、ブラジルは長年の同盟国ポルトガル領

323: 世界@名無史さん 2020/08/23(日) 16:52:14.70 0
イギリスはラテンアメリカ諸国を直接支配はしなかったけれど、ウルグアイの独立に見られるように、自国の国益が関わる場合は介入している

324: 世界@名無史さん 2020/08/23(日) 17:54:46.91 0
イギリスがラテンアメリカに手を出せばアメリカが介入してくるだろう。
イギリスは実利を取りアメリカとの摩擦を避けたということではないか。

325: 世界@名無史さん 2020/08/23(日) 18:22:02.27 0
>>324
当時のアメリカに、まだそれだけの国力はない
モンロー主義なんてただの強がり
1833年、イギリスがフォークランド諸島を占領したが、特に措置を講じてはいない

331: 世界@名無史さん 2020/08/23(日) 22:20:41.22 0
国家形成期の中南米諸国があれほど内部でごたごたしていながら外敵の侵入を受けなかったのは、パクス・ブリタニカの傘が、ヨーロッパ諸国による再植民地化から中南米諸国を守っていたからである
自由貿易が維持されている限り最先進国イギリスに競争上の絶対優位があるから、イギリス自身が中南米を植民地化する動機はない

333: 世界@名無史さん 2020/08/23(日) 22:44:47.08 0
>>331
中米のイギリス植民地 (英領西インド諸島)

アンギラ?(英国海外領)
アンティグア・バーブーダ?(1981年独立)
バハマ?(1973年独立)
バルバドス?(1966年独立)
ベリーズ?(旧英領ホンジュラス、1981年独立)
バミューダ諸島?(英国海外領)
イギリス領ヴァージン諸島?(英国海外領)
ケイマン諸島?(英国海外領)
ドミニカ国?(1978年独立)
グレナダ?(1974年独立)
ガイアナ?(旧英領ギアナ、1966年独立)
ジャマイカ?(1962年独立)
モントセラト?(英国海外領)
セントクリストファー・ネイビス?(1983年独立)
セントルシア?(1979年独立)
セントビンセント・グレナディーン?(1979年独立)
トリニダード・トバゴ?(1962年独立)
タークス・カイコス諸島?(英国海外領)

334: 世界@名無史さん 2020/08/24(月) 02:30:07.33 0
>>333
横レスだが
それらを見ると気づくこと

独立が比較的遅い国が目立つ

もう一つ、アメリカ東海岸やオーストラリア・ニュージーランドとは違って本国の農民が入植して畑を作ったり牧場を作ったりするような植民地が1つもない

341: 世界@名無史さん 2020/08/26(水) 07:11:18.53 0
>>340
イギリスは、中南米でもまったく遠慮などしていない

他の欧州列強に取られてどうにもならないところを除き、取れるところは全部、取りに行った。
どんな小さな島でも、密林の奥の未開地でも貪欲にかき集めた

342: 世界@名無史さん 2020/08/26(水) 07:46:56.89 0
>>341
英国はその国力の許す最善と思われる場所取りに行ったけど、国力に余る所には手を出してないぞ
例えば東南アジアでは海峡植民地確保した時点で他のインドシナ地域はまだ手付かずだったが、海峡植民地の安定化を優先した

343: 世界@名無史さん 2020/08/26(水) 12:37:43.94 0
>>342
インドシナについては、ベトナムはフランス、ビルマはイギリスと分割して住み分けた

真ん中のタイは手付かずだったわけではなく、緩衝地帯としただけ

345: 世界@名無史さん 2020/08/26(水) 15:09:58.75 0
>>343
最終的にはそう住み分けただけの話で、フランスが進出したのは英国よりもかなり後なんだが?

346: 世界@名無史さん 2020/08/26(水) 15:35:11.85 0
> 最終的にはそう住み分けただけの話で、フランスが進出したのは英国よりもかなり後なんだが?

それ以前のベトナムの宗主国は清。
まだ清と対決する時期ではなかった

347: 世界@名無史さん 2020/08/26(水) 23:54:37.00 0
フランスは、とりあえず手を付けてみて放棄するということが多い。
インド、北米、ブラジル、エジプトスーダン。
イギリスと比べると、無計画であるというか、ヨーロッパ事情の影響が強く植民地政策に一貫性がない。

349: 世界@名無史さん 2020/08/27(木) 05:25:07.67 0
>>347
インドやエジプト、スーダンは英国に叩き出されたというのが正しいような

377: 世界@名無史さん 2020/09/02(水) 19:37:24.87 0
バラモン出身のインド人、非バラモンのインド人同僚にはやたらキツい一方で、英国人には好意的を通り越して従属してる感じ、やはり旧植民地では英国への憧れが強いんだな

378: 世界@名無史さん 2020/09/03(木) 09:11:31.93 0
英語をしゃべるインド人に「なぜ植民地の言語を使うのか?」と言っても、反応ゼロ

彼らは何も違和感を感じていない

379: 世界@名無史さん 2020/09/03(木) 09:34:13.52 0
イギリスは今でもジブラルタルとか、ディエゴガルシア島とか、世界各地に戦略的要衝を持っているよな

381: 世界@名無史さん 2020/09/03(木) 16:49:23.41 0
大英帝国の最盛期には、スエズ運河とか、シンガポールとか、他にも戦略的要衝をたくさん抑えていた

引用元: ・なぜ英仏は近代をリードする存在になれたのか