1: 日本@名無史さん 2022/12/08(木) 23:35:36.70
便宜上「大名家」にしたけど江戸時代に限定せず
鎌倉時代の御家人から室町時代の守護大名
戦国時代の戦国大名、江戸時代の近世大名
明治維新後の大名華族の話題まで何でも結構







211: 日本@名無史さん 2023/01/02(月) 23:22:24.73
大名繋がりで、戦前の貴族院の議席ってどんな基準で決まってるんだろうか
最初は皇族議員でそのあと公侯伯子男の順に割り振られてるのは分かるが、同じ爵位の者同士の場合が不明
例えば1930年代は元老の西園寺公望や徳川家達が皇族以外ではトップの扱いだったのが、2人が亡くなった1940年代は島津忠重と徳川圀順の席次が上になってる

212: 日本@名無史さん 2023/01/02(月) 23:31:50.62
あと最晩年の元老松方正義が孫ほど歳の離れた島津忠重より下の議席になってるのは、旧主君筋に対する配慮なのか

213: 日本@名無史さん 2023/01/03(火) 04:37:49.20
どこだったかは不明だが某元勲が外では基本的に自分らのが上なんだが旧主と絡むとなると元サヤに戻ってしまうとか
なんとか言っていたような気がする

214: 日本@名無史さん 2023/01/03(火) 07:45:27.51
爵位なら旧主を上回る爵位の家臣筋は希だと思う

島津毛利は公爵で絶対越えられず、山内、鍋島は侯爵だが家臣も侯爵止まり
位階、宮中席次では逆転もあるが、爵位が超えてなければ然程の差は感じないのでは 位階、宮中席次は変動も大きいし

その希な例が小村寿太郎 小村は飫肥藩藩士の家系で飫肥藩藩主の伊東家は子爵だが、小村は功績大により侯爵で旧主より2ランクも上 ここまで差がついてのは他にはないのでは

215: 日本@名無史さん 2023/01/03(火) 08:03:00.37
ちなみに小村はポーツマス条約締結の功績で伯爵位を貰ったが、相手のセルゲイ・ウイッテもやはり条約締結の功で伯爵になった

小村は帰国後めちゃくちゃ叩かれたが、ウィッテも半サハリン伯とか皮肉を言われた
ビンボーくじを引いたもの同士通じ合い何かがあったらしい

216: 日本@名無史さん 2023/01/03(火) 08:43:54.84
松方正義や牧野伸顕、山本権兵衛らは島津家の顧問をやってたりしてたし。
江戸時代を知ってるから余計に旧主家に対する配慮があったのだと思う。

217: 日本@名無史さん 2023/01/03(火) 09:45:49.62
爵位が同じであれば位階や勲章が上
また爵位を継承したのが古い方が上とか基準は色々あるんじゃないかね

221: 日本@名無史さん 2023/01/03(火) 13:13:25.33
>>211
水戸家の徳川圀順の方が宗家の家正より高いのか?

222: 日本@名無史さん 2023/01/03(火) 17:09:23.82
家正は1940年に公爵になったばかり
一方の圀順は1898年に公爵を襲爵していて位階も正三位の家正に対して従二位と上位
本家分家はあまり関係ないと思われる

223: 日本@名無史さん 2023/01/04(水) 00:31:49.97
貴族院議長って島津家(毛利家も)からは出てないな。
ほぼ近衛家、徳川家、松平家による寡占状態。

224: 日本@名無史さん 2023/01/04(水) 09:20:49.57
>>223
一度だけだが島津家は貴族院「仮」議長を務めている
島津 忠重(しまづ ただしげ、1886年〈明治19年〉10月20日 - 1968年〈昭和43年〉4月9日)は、日本の海軍軍人、貴族院議員。海軍軍人以外には、貴族院議員(明治44年10月-昭和21年5月)、貴族院仮議長(1回)、麝香間祗候、学習院評議会議長、華族会館館長なども務めた経歴がある。


227: 日本@名無史さん 2023/01/04(水) 11:42:22.92
極官が同じ或いは下であっても就任時期が後になると下と見ていたの家に逆転される時期が生じる事がある

これが確執のある家同士だと大問題になる
それが津軽と南部で南部で津軽は家臣筋の裏切り者と信じ込んでいる南部にとってそんなことは我慢ならない
南部利敬は家督を継いだ時2歳の幼児だった為10年以上無位無官だった
一方下であるはずの津軽寧親は継いですぐ従五位下出羽守となる

主君が無位無官、仇の津軽は出羽守で家臣一同憤死しそうになり任官運動に血道を上げる
なんとかひっくり返したものの利敬が死んでしまうと寧親は北辺警備の功で幕閣に取り入り事もあろうに従四位下侍従にまでなっている
再び津軽の後塵を拝することになった南部藩は憤激
このような事が一因となり相馬大作事件が起きたという

維新後も分家筋と本家の爵位が逆転してみたり宮中席次が逆転してみたりと家柄家格を絶対視するものたちには憤まんやるかたない

ベルサイユのようだが華族貴族は真に愚かしいのだが、実のところ庶民にしたところで出身校がどうのとかマウントの取り合いはよくあるわけで、そのような事を超えた悟りの境地に至れるものは幸いである

229: 日本@名無史さん 2023/01/04(水) 12:56:38.35
伊達家のとある藩主なんかは島津家と官位を張り合って幕閣に多額の献金をしたりしてたし、やはり国持大名たるものメンツは大事らしい。

230: 日本@名無史さん 2023/01/04(水) 13:19:47.16
仙台伊達家は維新後の陞爵運動も知られている
有名な国学者の大槻文彦が関わっていたのでも有名だろう

仙台伊達は本来なら侯爵だという意識が強く、賊軍と言われるのも納得いかず、分家とも言える宇和島の伊達が上の侯爵というの気に触るのもあっただろう

他にも陞爵運動した家はいくつかあったという
はたから見るとどうでも良い事に、必死に血道を上げる様はコメディにピッタリでいずれドラマにすると良いのにと思う

231: 日本@名無史さん 2023/01/04(水) 17:29:00.36
伊達は伯爵の方が侯爵よりいいと思うけどな
伯爵は議員に当選出来れば歳費が支給される
一方で侯爵は終身の代わりに生涯無給
華族は爵位が上がればそれだけ体面を保つのに何かと出費を強いられるし
伊達伯爵家は戦前の時点でかなり家計が苦しかったらしいから
経済的にもメリットないどころかデメリットの方が大きい

240: 日本@名無史さん 2023/01/04(水) 23:52:30.44
>>231
それでも伊達家は自前の財団?みたいなのは持っててあまり没落してる印象はない。
歴代の墓所もちゃんと管理してる。

なんだかんだで旧大藩の大名家でひどく没落したところはあまりないような気がする(紀州徳川家くらいか?)

243: 日本@名無史さん 2023/01/05(木) 11:36:20.63
>>240
蜂須賀家も大没落
富豪だったが紀州家と同様当主の散財で自滅した

232: 日本@名無史さん 2023/01/04(水) 17:44:29.65
江戸時代に家格を上げたい一心で見栄を張り表高をあげた例がいくつかあった
島原の松倉とか、互いに負けられない南部と津軽とか、当然石高相当の役務が生じて民百姓が大いに苦しむ事になる 
結果島原の乱を起こして松倉は大名にして斬首、南部も津軽も領地は寒冷地にして飢饉常襲地帯なのにこの愚劣で一揆続発

その点華族は自分の家の事だけなので影響は小さい

234: 日本@名無史さん 2023/01/04(水) 18:37:25.28
>>232
一部の大名華族の見栄を張りたいと陞爵運動するのはある意味江戸時代からの伝統か

233: 日本@名無史さん 2023/01/04(水) 18:24:21.20
土地は増えないのに高直しって、そこまで見栄を張る気が知れない。沼田の真田も3万石だったのに14万石とか申告したし、新発田の溝口は5万石を10万石と申告した。

235: 日本@名無史さん 2023/01/04(水) 18:46:56.53
逆のパターンで例えば公式で10万石なのに、新田開発とかで実際は50万石になってた!みたいな藩は豊かだったのかな
それともその差があまりにもデカいと幕府から睨まれるのかな

236: 日本@名無史さん 2023/01/04(水) 18:55:44.89
土佐藩が公称24万石で実高48万石、仙台藩は公称62万石で実高100万石ということで、仙台は米の価格次第で赤字がすぐに償還しうる博打藩政を展開していた。

237: 日本@名無史さん 2023/01/04(水) 19:32:33.22
旗本御家人や藩士たちが石高を上げたいと望むのは当然でそれは収入そのもの 実修なら低いより高い方がいいに決まっている

大名の場合名目の事だから収入は増えず却って支出が増大する 単に序列が上がるだけのことでそれも極々僅かに過ぎない 

故に真っ当な家臣は反対するがそれを押し切ってでも殿様は偉くなりたい 領国では一番偉くとも、殿中では周りも殿様 官位石高で序列が決まり藩祖が凄い名将だとか拠り所でもないと己が保てない 

239: 日本@名無史さん 2023/01/04(水) 20:39:54.94
薩摩77万石も実高は半分程度しかなく琉球の密貿易で何とかやりくりしていたのが実情なのは有名
日向国丸々薩摩藩だったらまだ余裕が出たかもしれん

247: 日本@名無史さん 2023/01/05(木) 16:05:32.35
関ヶ原後の黒田長政は中津18万石から筑前一円に加封移転したが、直前の小早川の石高からすると、せいぜい40万石が分限だと思われる。ところが、隣国の豊前39万石細川に張り合う意図があったようで、52万石と申告している。

248: 日本@名無史さん 2023/01/05(木) 16:23:00.52
熊本藩は金欠で有名だったのに維新後の細川家は華族屈指の富豪になってる
昔から立ち回りが上手い家系

249: 日本@名無史さん 2023/01/05(木) 16:37:50.31
そもそも肥後細川家自体が傍系な上に護熙の家系はその中でも宇土藩流れ
つまり傍系の傍系なのに巷の名門扱いには疑問符がつく

251: 日本@名無史さん 2023/01/05(木) 17:06:46.59
>>249
傍系とはいえ血統を現代まで伝えてるだけ立派なもん。

傍系なんて言い出したら徳川家なんてとっくに傍系だし、島津も戦国期に分家が宗家を乗っ取って現代に至ってる。

250: 日本@名無史さん 2023/01/05(木) 16:55:53.28
世間での名門は有名人がいてなんぼ
その点細川は逐次有名人が出てリブートしてる

出雲の千家とか足利の吉良とか名門と言ったところで有名人がいなきゃ世間は認知しない 

254: 日本@名無史さん 2023/01/05(木) 20:16:45.27
室町の足利の末裔を称する人間出ないですね。阿波にそれらしいのがいるんでしょ?

258: 日本@名無史さん 2023/01/05(木) 21:06:50.72
>>254
喜連川が明治以降足利に復姓しててそこが本流
まあここも水戸徳川家の血統に入れ替わってるが
水戸烈公の血は凄い…

263: 日本@名無史さん 2023/01/06(金) 13:30:39.90
>>258
足利さんは戦前の学習院で朝敵の子孫といじめられてたらしいな。
平泉澄の南朝正統論が猛威を奮っていた時代だから尚更。

265: 日本@名無史さん 2023/01/06(金) 16:00:33.81
>>263
土佐は海援隊の中島信行男爵と陸奥宗光の娘との間に生まれた、海援隊の申し子というべき中島久万吉男爵は、清見寺で足利尊氏像を見た感想として足利尊氏も再評価したらどうかとい雑文を俳句の同人誌に寄稿した
それから10年以上も経った頃、その文章が別の雑誌に転載され、商工大臣になっていた久万吉は貴族院の右派議員から逆賊を評価するとは何事だと猛攻撃されとうとう大臣を辞める羽目になった

維新の功労者の子息にして現役の大臣がちょっと尊氏にも良いところあったと書いただけでこの有り様

当の足利一族は肩身が狭いなんてものじゃなかっただろう

266: 日本@名無史さん 2023/01/06(金) 16:04:11.42
足利市は戦前からあるがそんな環境でよく改名運動が起きなかったと思う

261: 日本@名無史さん 2023/01/05(木) 22:42:32.46
徳川記念財団の所蔵品確認しようと思ったら目録すらない!
尚古集成館も所蔵品に何があるか分からない
今どきネットでリスト確認できないなんてあり得ない

272: 日本@名無史さん 2023/01/06(金) 20:23:15.70
>>261
徳川宗家はともかく、島津家はそんなリスト化するほど所蔵品なんてないんじゃないの?
戦前に家宝売りまくってたらしいし。

275: 日本@名無史さん 2023/01/07(土) 09:03:55.26
>>272
家宝うっぱらうほどだった割に今でも仙巌園や山林を所有管理しててなんかよく分からないな

276: 日本@名無史さん 2023/01/07(土) 09:30:35.41
そこは島津家の個人所有ではなく島津興業の所有だから事情が違う。
島津興業は戦前でもかなり早く1920年代に設立されて島津家の資産をそのまま移行した形だから、戦後の財産税や農地改革の影響を抑えることが出来た。
そのまま個人で持ってた家宝などが売りに出されたり散逸した。

277: 日本@名無史さん 2023/01/07(土) 23:13:04.57
その時一緒に家宝も社有にすりれば良かったのにな
もったいない

278: 日本@名無史さん 2023/01/08(日) 09:20:22.09
島津家は没落華族の中でもかなりマシな方。
尾張家とかの方が少数派。

279: 日本@名無史さん 2023/01/08(日) 17:54:02.20
1927年(昭和2年)4月21日 - 昭和金融恐慌により、取り付け騒ぎが発生して休業。経営破綻し、事実上倒産する。
武家華族は旧家臣たちの情報網を使って倒産前に財産を他へ移したが、公家華族は倒産するまで何も知らず、大損害を受けた。
代表者であった松方巌公爵(元首相松方正義の長男)は責任を取り私財の大半を放出の上、爵位を返上。

ウィキペディアの十五銀行の記事には上記のことが書かれてるけど、「武家華族は旧家臣たちの情報網を使って倒産前に財産を他へ移した」なら何故島津家が損害を被ったのだろう?

284: 日本@名無史さん 2023/01/09(月) 00:09:25.47
>>279
『横から見た華族物語』
十五銀行の騒ぎでは旧大小名華族のほとんど全部が大なり小なり手傷を負うたが、中でも最もひどくやられたのは島津公爵家であった。
当時島津家では十五銀行へ150万円の預金があった。
そのうえに2万近い新株を持っていてその払い込みがざっと145万円、もし島津家がこの新株を払い込まないようだったら、十五銀行の整理案が成り立たぬというのっぴきならぬ辛い立場に置かれた。
何と言っても九州の島津だ、動産不動産合わせて8000万円は下るまいと言われている金持華族だからそれぐらいの金は右から左へ出すだろうと思われたが、有るようで無いのは金、無いようで有るのは借金というやつ、こればかりはどうにもならぬ。
そこで袖ヶ崎のあの屋敷、明治大帝がしばしば行幸あらせられたという由緒の深い3万坪の屋敷のうち、6千坪だけを残し後を全部売りに出して、そこから浮かんだ240万円の金で銀行の方のカタをつけたものだ。

280: 日本@名無史さん 2023/01/08(日) 19:19:27.00
推測だが島津は第15銀行の大株主であり、経営トップは薩閥の大物松方正義の子の巌公爵
島津公はいわば経営者サイドにあり経営がまずいからと言って逃げるわけにいかない
ただのクライアントが逃げるのとは訳が違う
経営者側が逃げたらその時点で即詰む、朝鮮でも関ヶ原でも敵に背は見せぬ、ましてや15銀行の総大将みたいなもの

それに今まで散々儲けさせてもらってもいる 
なにしろ華族銀行、渡辺銀行なんかとは格が違う。人脈は天下一、政治力でなんとかなる、あまりにインサイドにいるからそのように目が曇り希望的観測もあったのかなと

まあそんな感じなのでは 

281: 日本@名無史さん 2023/01/08(日) 19:37:05.72
渡辺銀行
なんとか持ちこたえてたのに大臣の失言のせいで結局破産して気の毒すぎる…

293: 日本@名無史さん 2023/01/09(月) 11:09:17.48
昭和金融恐慌は銀行がバタバタ潰れたというものの潰れた銀行は中小の弱小であって財閥の安田三井三菱住友などは小ゆるぎもしなかった
その中で規模の大きな十五銀行が潰れたのは不良債権を抱えて財務が傷んでいた事による 同じく特殊銀行で潰れた台湾銀行と同様の特殊事情と考えられる

バブル崩壊時に四大證券のうち問題を抱えていた山一證券だけが潰れたように恐慌はトドメだっただろうが実態は既に重病状態だったと思われる

松方巌の責任は重いがそもそもおぼっちゃまの2代目公爵閣下が経営トップというのがあまりにもリスキー 他の財閥は財閥家は飾りとして海千山千の大番頭が仕切ってるんだから経営が違いすぎる

296: 日本@名無史さん 2023/01/09(月) 14:21:30.20
島津家って庭園の他に博物館、林業、建設業、コンビニ経営、ゴルフ場経営、エネルギー事業
等々本当に色々手広くやってるのね
ここまでやってるのは大名家でもレアケースだと思う

301: 日本@名無史さん 2023/01/09(月) 20:34:31.29
伊達家当主の泰宗公も伊達家伯記念會株式会社を経営されておられる。
奥州の覇者の裔はやはり格が違う。

303: 日本@名無史さん 2023/01/10(火) 07:04:41.43
>>301
伊達家の家紋を商標登録してるらしいけど、島津家は島津製作所とかも社章に使ってたりするしフリーなんだろうな

305: 日本@名無史さん 2023/01/10(火) 23:15:45.79
伊達家の家紋って商標登録するほどのもの?
徳川家の家紋レベルなら分かるけど

308: 日本@名無史さん 2023/01/11(水) 09:14:50.39
>>305
数年前に茨城のどっかのイベント会社が葵の紋の商標登録を申請してなんと通ってしまった
しかし水戸家の当主が異議申して立てを特許庁に行って結局却下されたということがあった

309: 日本@名無史さん 2023/01/11(水) 20:53:20.58
島津興業と島津製作所、どちらも丸に十字だけど、島津本家の方が線が太い

310: 日本@名無史さん 2023/01/12(木) 00:53:50.70
徳川もそうだし伊達も家で微妙に違うようだね、確か笹の数だったか

引用元: ・大名家 総合スレ