1: 人間七七四年 2016/11/12(土) 21:14:34.87 ID:F2oYAzgO
1575年6月29日(天正3年5月21日)三河国長篠(愛知県新城(しんしろ)市)において行われた、織田信長・徳川家康連合軍3万8千と武田勝頼軍1万5千との合戦。
武田方の戦死者は山県昌景、土屋昌次、馬場信房などの信玄以来の宿将をはじめとして1万人に上ったといわれる。
これ以後武田氏の勢力は急速に衰え、1582年(天正10年)滅亡を招いた。
この戦いにおいて、織田・徳川連合軍が新兵器の鉄炮を組織的に使用し、騎馬戦を得意とする武田軍に圧勝した点が注目され、従来の騎馬中心の個人戦から足軽の鉄炮隊を中心とする集団戦法へ移行する画期的戦闘と評価されている。
武田方の戦死者は山県昌景、土屋昌次、馬場信房などの信玄以来の宿将をはじめとして1万人に上ったといわれる。
これ以後武田氏の勢力は急速に衰え、1582年(天正10年)滅亡を招いた。
この戦いにおいて、織田・徳川連合軍が新兵器の鉄炮を組織的に使用し、騎馬戦を得意とする武田軍に圧勝した点が注目され、従来の騎馬中心の個人戦から足軽の鉄炮隊を中心とする集団戦法へ移行する画期的戦闘と評価されている。
84: 人間七七四年 2017/05/02(火) 11:50:43.86 ID:pqNClP0p
結局この時の勝頼の取るべき方法って
1 退却する
2 長篠城を一刻も早く落とす
の二択だよね?
後詰めにきた武田の倍の大軍が何も出来ずに丘に柵作って出てこず、長篠城は落ちましたなんてことになったら戦で負けるのと同じくらい徳川はダメージ被る
1 退却する
2 長篠城を一刻も早く落とす
の二択だよね?
後詰めにきた武田の倍の大軍が何も出来ずに丘に柵作って出てこず、長篠城は落ちましたなんてことになったら戦で負けるのと同じくらい徳川はダメージ被る
85: 人間七七四年 2017/05/02(火) 18:01:10.77 ID:Q0ERLPPV
2は無理と思われる。
まず、援軍が到着した時点で長篠城を落とす事は不可能に近い。
犠牲を省みない総攻撃を行えば落とせるかもしれんが、それじゃ今度は援軍の織田と戦えない。
長篠城落としても、それに見合うメリットが殆どない。
収容不能な小城・敵中孤立・戦略的に有利にならない等。
とにかく落とせなかった時点で直ぐに退くしかないよ。
武田の威信も地位も名誉も吹っ飛ぶかもしれんけど。
まず、援軍が到着した時点で長篠城を落とす事は不可能に近い。
犠牲を省みない総攻撃を行えば落とせるかもしれんが、それじゃ今度は援軍の織田と戦えない。
長篠城落としても、それに見合うメリットが殆どない。
収容不能な小城・敵中孤立・戦略的に有利にならない等。
とにかく落とせなかった時点で直ぐに退くしかないよ。
武田の威信も地位も名誉も吹っ飛ぶかもしれんけど。
86: 人間七七四年 2017/05/02(火) 19:11:08.36 ID:xn1ykq4U
徳川は遠江や駿河で城攻めしてる時、武田の後詰めが来るとすぐに逃げてたよね?
別に徳川の維新用いも名誉も吹っ飛ばなかったけど
別に徳川の維新用いも名誉も吹っ飛ばなかったけど
90: 人間七七四年 2017/05/02(火) 20:37:14.63 ID:Q0ERLPPV
>>86
徳川は別に戦略的な背景がないから、敗走しても別に問題ないやろ。
武田は反織田勢力として活動してるのに、中央の戦いに全く寄与してない。
寄与してないばかりか、信玄の中央圧迫は完全に失敗した。
その上、戦わず逃げたらそりゃ織田軍は中央で宣伝工作するやろうなぁ。
ここで戦わないで逃げるのは長島に続き、越前一向一揆も見捨てたと言われかねないし。
まぁ、それを覚悟しても逃げなんけど。
徳川は別に戦略的な背景がないから、敗走しても別に問題ないやろ。
武田は反織田勢力として活動してるのに、中央の戦いに全く寄与してない。
寄与してないばかりか、信玄の中央圧迫は完全に失敗した。
その上、戦わず逃げたらそりゃ織田軍は中央で宣伝工作するやろうなぁ。
ここで戦わないで逃げるのは長島に続き、越前一向一揆も見捨てたと言われかねないし。
まぁ、それを覚悟しても逃げなんけど。
87: 人間七七四年 2017/05/02(火) 19:15:38.14 ID:xn1ykq4U
そもそも1万5000しか動員しなかった時点で武田は織田の来援を想定していない
徳川相手ならこれで十分という判断
織田が来た時点で退却だよなぁ
徳川相手ならこれで十分という判断
織田が来た時点で退却だよなぁ
88: 人間七七四年 2017/05/02(火) 19:24:06.74 ID:L92wBa7H
信長公記の後知恵論の鳶ヶ巣山に本陣を置いて睨み合いしながら長篠落とすが正解だろうな
89: 人間七七四年 2017/05/02(火) 19:55:01.49 ID:661kNDKG
「長篠城攻囲に攻め手を七首残して、別途1万5千であるみ原に向かった」って書いてあるから、少なくとももっと多く動員してただろう。「七首」がいくらかが問題なんだが、「七首」は別働隊酒井軍4千+長篠城の兵士に挟まれてあっさり敗走したようだから、4000よりは少ないと見ていいんかな
ちなみに研究者の谷口克広は2000ほどとしてる。どっからきた数字なんだろう
ちなみに研究者の谷口克広は2000ほどとしてる。どっからきた数字なんだろう
106: 人間七七四年 2017/07/14(金) 18:37:04.03 ID:NtW2F3Pv
長篠古戦場をゆっくり散歩したが古いお地蔵さんや石の卒塔婆が乱立してるな特に柳田や竹広辺りに
やはりあの当時のものなのかね?地形も細い道沿いに田んぼや段差があったりあの場所はかなり戦国当時のままなんだろうな
やはりあの当時のものなのかね?地形も細い道沿いに田んぼや段差があったりあの場所はかなり戦国当時のままなんだろうな
107: 人間七七四年 2017/07/14(金) 18:41:27.46 ID:A2DHwSoJ
なんか今でも鉄砲玉が出るらしいからなー
すげー話だわ
すげー話だわ
108: 人間七七四年 2017/07/14(金) 18:47:48.50 ID:AM1nweTB
>>107
マジで?ちょっと行ってくるわ
マジで?ちょっと行ってくるわ
109: 人間七七四年 2017/07/24(月) 17:33:09.96 ID:sovFu3g2
これまで長篠城址と設楽原合わせて60個程度しか見つかってないから鉄砲の大量使用の事実に疑問もついてるくらいだけどね
それ以上のまとまった量が出たら大発見だよ
それ以上のまとまった量が出たら大発見だよ
112: 人間七七四年 2017/07/24(月) 21:25:02.26 ID:mLm1FfSA
見つかってないのは拾ってたからだら
鉛は溶かせばまた使えるんでーよ侍さんの体に埋まっとる鉛もえぐりだしたぐらいだにゃ
鉛は溶かせばまた使えるんでーよ侍さんの体に埋まっとる鉛もえぐりだしたぐらいだにゃ
113: 人間七七四年 2017/07/24(月) 21:46:46.38 ID:oN9vPKIC
西南戦争の田原坂でも薩摩軍が弾丸拾って溶かして再利用してた話は有名だな
114: 人間七七四年 2017/07/24(月) 22:35:15.29 ID:E3zvDDzg
柔らかい鉛玉は使用されると基本形残らないからな。その上錆びて白い石のようになるからまず気が付かない
長篠じゃなくても合戦場じゃそう出土するもんじゃない
長篠じゃなくても合戦場じゃそう出土するもんじゃない
115: 人間七七四年 2017/10/04(水) 01:36:58.86 ID:G5cHTRRu
武田の幹部級死にすぎだろ
なんであんなに討ち死にしたんだ
なんであんなに討ち死にしたんだ
116: 人間七七四年 2017/10/04(水) 05:42:47.92 ID:nCg/p3dQ
退却路が険しく橋はあるわ長篠城の横を通らにゃならんわでがっつり追撃受けたから
117: 人間七七四年 2017/10/13(金) 14:40:02.69 ID:G5C2PbSd
武田は裏切った奥平の征伐が目的だったのだから、織田徳川連合軍が7キロも離れた設楽原で陣地構築してる時にさっさと長篠城落として奥平の首取って意気揚々と引き上げれば、大軍動員して長篠城救援を果たせなかった織田徳川の面目は丸潰れで、武田の面子は立ったのにね。
織田徳川連合軍が寄せてきたら、寒狭川を防衛ラインに対峙すれば渡河する危険を冒すのは織田徳川連合軍で十分防衛出来たと思うのに何でわざわざ長篠城残して寒狭川渡って陣地構築した設楽原に行っちゃったんだろうね?
織田徳川連合軍が寄せてきたら、寒狭川を防衛ラインに対峙すれば渡河する危険を冒すのは織田徳川連合軍で十分防衛出来たと思うのに何でわざわざ長篠城残して寒狭川渡って陣地構築した設楽原に行っちゃったんだろうね?
120: 名無しさん@そうだ選挙に行こう! Go to vote! 2017/10/22(日) 11:41:59.19 ID:3ekJSNrF
>>117
城を落とすまで黙って織田徳川が見ているとは思えない(後詰に来てるんだし相手の方が兵多いんだし)
力攻めで落としたら落としたでそれなりに被害は出るわけで、その後追撃されたり奪還しに来られた場合不利
だったら兵がいるうちに決戦
持久戦やるほど兵站や兵糧に余裕がない
こんな感じ
城を落とすまで黙って織田徳川が見ているとは思えない(後詰に来てるんだし相手の方が兵多いんだし)
力攻めで落としたら落としたでそれなりに被害は出るわけで、その後追撃されたり奪還しに来られた場合不利
だったら兵がいるうちに決戦
持久戦やるほど兵站や兵糧に余裕がない
こんな感じ
119: 人間七七四年 2017/10/13(金) 23:10:06.35 ID:hxaav+8k
引き上げる→奪いかえされ逃げ出した扱い
対峙→おそらく補給に不安
戦う→敵のが大軍
詰んでるな
対峙→おそらく補給に不安
戦う→敵のが大軍
詰んでるな
122: 人間七七四年 2018/01/16(火) 02:18:59.80 ID:iV2cRMTq
何で4万の織田徳川に1万2千程度の兵力で攻撃したんだ?
奇襲が失敗したとかそういうことじゃないの?
奇襲が失敗したとかそういうことじゃないの?
124: 人間七七四年 2018/01/19(金) 20:31:59.40 ID:N/qqGj7d
>>122
ようわからんが退路ふさがれたから一か八かで突撃するしか選択肢なかったみたな説はある
あと戦国時代に敵の実数なんて分かりようがないからねえ
現代みたいにどこそこに敵がどんだけいるとかリアルタイムで分かるわけじゃないから
ようわからんが退路ふさがれたから一か八かで突撃するしか選択肢なかったみたな説はある
あと戦国時代に敵の実数なんて分かりようがないからねえ
現代みたいにどこそこに敵がどんだけいるとかリアルタイムで分かるわけじゃないから
125: 人間七七四年 2018/01/23(火) 10:33:09.49 ID:YWO76GUI
>>124
岐阜から行軍してくる信長軍の行動は異常に遅く、勝頼陣営は十分その部隊を把握できる余裕があったはず
実際信玄時代から乱波を多く使用していた武田軍であるから、信長軍の兵力を把握できなかった説は信憑性が薄いな
岐阜から行軍してくる信長軍の行動は異常に遅く、勝頼陣営は十分その部隊を把握できる余裕があったはず
実際信玄時代から乱波を多く使用していた武田軍であるから、信長軍の兵力を把握できなかった説は信憑性が薄いな
126: 人間七七四年 2018/01/28(日) 23:22:56.18 ID:+tMNt9St
確か小勢の羽柴・丹羽隊とかが挑発して引き寄せたとか
主力を織田が潜めていたので前面に出ていた一部を全軍と勘違いして兵力を読み違えたとか
逃走路の砦を奇襲で落とされ決戦せざるを得なかったとか
ほぼ全軍を率いてきているのに一戦も交えず引き返しては指揮が保てなかったとか
いろいろ武田側の都合説がある
主力を織田が潜めていたので前面に出ていた一部を全軍と勘違いして兵力を読み違えたとか
逃走路の砦を奇襲で落とされ決戦せざるを得なかったとか
ほぼ全軍を率いてきているのに一戦も交えず引き返しては指揮が保てなかったとか
いろいろ武田側の都合説がある
127: 人間七七四年 2018/01/30(火) 21:44:58.89 ID:SnBK1QdZ
勝頼の最大のミスは、信長の全軍集中を許したことだろう。
信玄が三方ヶ原で勝った時は、複数の反信長勢力を煽り、信長の兵力を分散させ、自軍への集中を巧みに避けた。
石山本願寺、越前本願寺勢力を暴れまわらせることが出来ないなら、信長と戦うべきではなかった。
信玄が三方ヶ原で勝った時は、複数の反信長勢力を煽り、信長の兵力を分散させ、自軍への集中を巧みに避けた。
石山本願寺、越前本願寺勢力を暴れまわらせることが出来ないなら、信長と戦うべきではなかった。
129: 人間七七四年 2018/02/02(金) 21:48:46.97 ID:Z8EhlW2J
まあ長篠から滅亡までは7年は間あるし
その間、北条相手には勝ったりしてたしそこまで死に体でもなかったけどね
致命的だったのは御館の後に組んだ景勝がクソの役にも立たんかったこと
その間、北条相手には勝ったりしてたしそこまで死に体でもなかったけどね
致命的だったのは御館の後に組んだ景勝がクソの役にも立たんかったこと
131: 人間七七四年 2018/02/03(土) 01:47:21.74 ID:aZU+Ne86
>>129
7年ある理由は、織田と徳川に生かされたから。
武田は両者の力をもってすれば瞬殺可能だったが、武田滅亡後旧武田領に列強が雪崩れ込み騒乱状態になることを織田も徳川も恐れた。特に、織田は当時石山本願寺と全面戦争をしており、生産力が低い上に列強に囲まれて守りに向かない武田領を構っている余裕はどこにもなかった。
実際に、信長死後この地域は騒乱状態になっている。
(平山優「天正壬午の乱」に詳しい。)
それならば武田勝頼をゾンビ大名のまま生かした方がマシだと戦略的判断が織田と徳川によりなされた。
7年ある理由は、織田と徳川に生かされたから。
武田は両者の力をもってすれば瞬殺可能だったが、武田滅亡後旧武田領に列強が雪崩れ込み騒乱状態になることを織田も徳川も恐れた。特に、織田は当時石山本願寺と全面戦争をしており、生産力が低い上に列強に囲まれて守りに向かない武田領を構っている余裕はどこにもなかった。
実際に、信長死後この地域は騒乱状態になっている。
(平山優「天正壬午の乱」に詳しい。)
それならば武田勝頼をゾンビ大名のまま生かした方がマシだと戦略的判断が織田と徳川によりなされた。
132: 人間七七四年 2018/02/03(土) 05:11:16.18 ID:o0YsX5z2
当時の織田・徳川には甲信を治めるだけの実力が無かったってことか
133: 人間七七四年 2018/02/03(土) 09:10:18.97 ID:aZU+Ne86
>>132
一面だけ見ればね。
とは言え、近畿を攻略中に、生産性の低く、かつ周囲に北条、上杉という列強がいる甲信にマンパワーを裂くことは、賢明ではなかっただろう。
逆に言えば、近畿を平定すると、すぐさま電撃的に武田を滅ぼしている。
そのころまでには、北条とは一定の関係が築けたし、上杉は滅亡寸前に追いやっていたし、加賀本願寺は滅亡したし。
ついでに忘れていた。
一面だけ見ればね。
とは言え、近畿を攻略中に、生産性の低く、かつ周囲に北条、上杉という列強がいる甲信にマンパワーを裂くことは、賢明ではなかっただろう。
逆に言えば、近畿を平定すると、すぐさま電撃的に武田を滅ぼしている。
そのころまでには、北条とは一定の関係が築けたし、上杉は滅亡寸前に追いやっていたし、加賀本願寺は滅亡したし。
ついでに忘れていた。
135: 人間七七四年 2018/02/06(火) 22:19:21.77 ID:Fq8CqWd5
単に信長に余裕がなかっただけって話でしょ
毛利・本願寺・上杉に囲まれた77年あたりはわりときつかったし離反も相次いだしねえ
天王寺のときに信長が流れ矢で逝ってたら勝頼もワンチャンあったかもね
毛利・本願寺・上杉に囲まれた77年あたりはわりときつかったし離反も相次いだしねえ
天王寺のときに信長が流れ矢で逝ってたら勝頼もワンチャンあったかもね
136: 人間七七四年 2018/02/08(木) 23:00:43.07 ID:niyyrO/F
>>135
畿内に比べて、生産性が低いくせに交通の要地である(=周囲から狙われる)甲信をわざわざ取る必要がどこにあるのか。優先順位からして信長は当然のことをしたまで。
あと、1577年なんて、1570-73年に比べれば大したことないよ。
あの頃の信長はマジでヤバかったからな。
毛利、本願寺は確かに抵抗したが、常にあちら側の方が守勢だった。
上杉謙信を過大評価する人も絶えないが、あれは上杉謙信が豪雨で襲撃するという、鉄砲隊が強力な信長に対し「この方法でしか勝てない」方法で勝ったまで。もちろん、それ自体は謙信の軍神の名を辱めない業績だが、言い換えれば劣勢なのは謙信の方だった。
確かに天王寺は信長は勝負に賭けたが、信長とはそういう人物で、果断な点が魅力だしね。(逆を言うと、隙は多い。多くの暗殺者にそれを突かれているし、明智光秀にも隙を見せてやられた。)
畿内に比べて、生産性が低いくせに交通の要地である(=周囲から狙われる)甲信をわざわざ取る必要がどこにあるのか。優先順位からして信長は当然のことをしたまで。
あと、1577年なんて、1570-73年に比べれば大したことないよ。
あの頃の信長はマジでヤバかったからな。
毛利、本願寺は確かに抵抗したが、常にあちら側の方が守勢だった。
上杉謙信を過大評価する人も絶えないが、あれは上杉謙信が豪雨で襲撃するという、鉄砲隊が強力な信長に対し「この方法でしか勝てない」方法で勝ったまで。もちろん、それ自体は謙信の軍神の名を辱めない業績だが、言い換えれば劣勢なのは謙信の方だった。
確かに天王寺は信長は勝負に賭けたが、信長とはそういう人物で、果断な点が魅力だしね。(逆を言うと、隙は多い。多くの暗殺者にそれを突かれているし、明智光秀にも隙を見せてやられた。)
137: 人間七七四年 2018/02/14(水) 10:19:23.18 ID:5XmhZdWY
織田はともかく徳川は長篠後でも単体で武田を滅ぼせる程、兵力差なかったろ
織田が多方面戦略やってて、かつ北条らも絡めた同時侵攻を画策していたからこそ7年あったわけで。
徳川の意向がどうこうとか関係なく織田-武田の事情だろ
織田が多方面戦略やってて、かつ北条らも絡めた同時侵攻を画策していたからこそ7年あったわけで。
徳川の意向がどうこうとか関係なく織田-武田の事情だろ
141: 人間七七四年 2018/03/20(火) 23:27:32.02 ID:G36ajVa1
長篠行ってみた
感想は・・・
ここは死地だということ
山に囲まれ起伏の間に強固な柵と鉄砲
狭い盆地に小さい川
ここで戦って命があるとはとても思えなかった・・・
なぜ武田勝頼は戦い挑んだのか?
感想は・・・
ここは死地だということ
山に囲まれ起伏の間に強固な柵と鉄砲
狭い盆地に小さい川
ここで戦って命があるとはとても思えなかった・・・
なぜ武田勝頼は戦い挑んだのか?
150: 人間七七四年 2018/05/25(金) 19:11:39.10 ID:6/K4K2tE
行って見て分かった、
設楽原は野原のイメージあるけど、実際は全然違う。
崖ばかりの山と谷しかない。
200メール先の相手陣地奥なんて、全く見えない。
とてもとても、騎馬武者が縦横無尽に走れる場所ではない。
織田、徳川は、長城という城を築き長期戦に備え、武田は短期決着の合戦をしようとしたが、実は城攻めをさせられてしまったようなもの。
鉄砲とか騎馬とか無関係に、戦いに対する認識が武田軍は時代遅れ。
あと武田の武将の戦死場所をみると、攻撃中に戦死したより退却中、しんがり中に死んだ武将ばかりだ。
あの山県昌景も退却中だろみたいな崖の登り坂にある。
実際の戦闘時間は短かったんじゃなかろうか?
すぐに退却戦に移って、予想外にそこから損害が大きくなっている。
つまり、山と谷ばかりで、退却中にも道に迷うような地形の影響が大きいと思われる。
設楽原は野原のイメージあるけど、実際は全然違う。
崖ばかりの山と谷しかない。
200メール先の相手陣地奥なんて、全く見えない。
とてもとても、騎馬武者が縦横無尽に走れる場所ではない。
織田、徳川は、長城という城を築き長期戦に備え、武田は短期決着の合戦をしようとしたが、実は城攻めをさせられてしまったようなもの。
鉄砲とか騎馬とか無関係に、戦いに対する認識が武田軍は時代遅れ。
あと武田の武将の戦死場所をみると、攻撃中に戦死したより退却中、しんがり中に死んだ武将ばかりだ。
あの山県昌景も退却中だろみたいな崖の登り坂にある。
実際の戦闘時間は短かったんじゃなかろうか?
すぐに退却戦に移って、予想外にそこから損害が大きくなっている。
つまり、山と谷ばかりで、退却中にも道に迷うような地形の影響が大きいと思われる。
165: 人間七七四年 2018/05/29(火) 10:36:49.90 ID:FJ5sD2jo
>>150
設楽原はそこそこ拓けてたでしょ
今行くと第二東名やらで様変わりしているけど
長篠城周辺は崖と林と山口で本当に狭いけど
設楽原はそこそこ拓けてたでしょ
今行くと第二東名やらで様変わりしているけど
長篠城周辺は崖と林と山口で本当に狭いけど
156: 人間七七四年 2018/05/28(月) 11:51:08.73 ID:zUX6KUPo
地形からすると、確かに3方向からの包囲戦が展開された可能性がある。
さらに、現在でも分かりにくい地形は、昔はもっと森林だらけで、東西南北さえ迷うはず。
攻撃される方向から逃げるしかなく、ただただ田峯城、武節城の難所へ逃げるしかなかったのではないか?
田峯城の謀反で入城拒否にあい、それがまた損害を大きくした可能性もある。
では、なぜ豊川を渡り、設楽原にノコノコ出てきたのか?それが一番の問題。
もっと後方の豊川の崖を防衛ラインに出来なかったのだろうか、という疑問だけが残る。
①挑発されて出てきた?
②信玄の命日の関係で、虚勢を張った?
③織田、徳川軍の実数を見誤った?
④鳶ヶ巣山砦が落ち、一発勝負に出た?(でも落城前に豊川を渡っている)
配陣し突撃を順番に繰り返している時点で、それなりの戦術を有していたと思うが、後世の人間からすると、豊川を渡るという、その戦法、戦術がまったく理解できない。
さらに、現在でも分かりにくい地形は、昔はもっと森林だらけで、東西南北さえ迷うはず。
攻撃される方向から逃げるしかなく、ただただ田峯城、武節城の難所へ逃げるしかなかったのではないか?
田峯城の謀反で入城拒否にあい、それがまた損害を大きくした可能性もある。
では、なぜ豊川を渡り、設楽原にノコノコ出てきたのか?それが一番の問題。
もっと後方の豊川の崖を防衛ラインに出来なかったのだろうか、という疑問だけが残る。
①挑発されて出てきた?
②信玄の命日の関係で、虚勢を張った?
③織田、徳川軍の実数を見誤った?
④鳶ヶ巣山砦が落ち、一発勝負に出た?(でも落城前に豊川を渡っている)
配陣し突撃を順番に繰り返している時点で、それなりの戦術を有していたと思うが、後世の人間からすると、豊川を渡るという、その戦法、戦術がまったく理解できない。
157: 人間七七四年 2018/05/28(月) 12:42:16.20 ID:aVuayXd8
>>156
素直に考えれば、織田・徳川方の実数を見誤った可能性が高いだろう。
例え猪武者の愚将でも、倍以上の相手に正面攻撃はしない。
複数の内通予定者や、地元民からガセ情報をつかまされたのと、伊勢・長島の後で、中核部隊は消耗していると思い込みがあったのか。
どちらにせよ、長篠に出陣した重臣の過半数は、彼我の戦力比を誤認したと思う。
そうでなければ、長篠後に、勝頼体制が揺らぐ罵倒合戦と粛清の嵐があったはず。
それが無かったということは、死んだ宿将も逃げた一門も、自分の失態を自覚していたということかな。
素直に考えれば、織田・徳川方の実数を見誤った可能性が高いだろう。
例え猪武者の愚将でも、倍以上の相手に正面攻撃はしない。
複数の内通予定者や、地元民からガセ情報をつかまされたのと、伊勢・長島の後で、中核部隊は消耗していると思い込みがあったのか。
どちらにせよ、長篠に出陣した重臣の過半数は、彼我の戦力比を誤認したと思う。
そうでなければ、長篠後に、勝頼体制が揺らぐ罵倒合戦と粛清の嵐があったはず。
それが無かったということは、死んだ宿将も逃げた一門も、自分の失態を自覚していたということかな。
158: 人間七七四年 2018/05/28(月) 14:33:47.67 ID:zUX6KUPo
>>157
確かに武田軍は、物見斥候の能力が弱い印象がある。
武田は、過去信玄の時代から、コツコツ地道に勝ちを拾って積み重ねては、ドカーンと大負けする戦をたまにする。
そういう軍の組織でもあるが、もう少し敵軍の情報を正確に得ていれば、大敗、また大損害を出さずに済んだのではないか?と思える戦がある。
例えば、川中島、上田原、設楽原も含めて、負けるときは、大物武将が戦死するほど、なぜか大損害。
確かに武田軍は、物見斥候の能力が弱い印象がある。
武田は、過去信玄の時代から、コツコツ地道に勝ちを拾って積み重ねては、ドカーンと大負けする戦をたまにする。
そういう軍の組織でもあるが、もう少し敵軍の情報を正確に得ていれば、大敗、また大損害を出さずに済んだのではないか?と思える戦がある。
例えば、川中島、上田原、設楽原も含めて、負けるときは、大物武将が戦死するほど、なぜか大損害。
160: 人間七七四年 2018/05/28(月) 19:39:35.92 ID:CjO8kngX
>>158
検証長篠合戦だかで平山優先生が言及してたと思うんだけど、武田家は軍功の評価点の3番目だかに大きいポイントとして劣勢でもその場に留まり戦うこと、があったはず
多少押し込まれてもこの軍功のおかげで諸将が粘ってくれるってメリットもあるんだろうけど、デメリットとして粘りすぎて死にやすいってのがあったのかもしれない
検証長篠合戦だかで平山優先生が言及してたと思うんだけど、武田家は軍功の評価点の3番目だかに大きいポイントとして劣勢でもその場に留まり戦うこと、があったはず
多少押し込まれてもこの軍功のおかげで諸将が粘ってくれるってメリットもあるんだろうけど、デメリットとして粘りすぎて死にやすいってのがあったのかもしれない
171: 人間七七四年 2018/05/29(火) 22:23:10.35 ID:FJ5sD2jo
172: 人間七七四年 2018/05/30(水) 09:28:42.23 ID:+Ao99Frv
>>171
絵じゃ分らんだろが
実際に行けば分かる、行きもしないで講釈ばかり垂れられても、何の意味もないんだよ。
先の見通しの悪い場所だし、たとえ君の言う通り拓けていたとしても、武田軍がノコノコ豊川を渡る意味をさがしているんだよ。
絵じゃ分らんだろが
実際に行けば分かる、行きもしないで講釈ばかり垂れられても、何の意味もないんだよ。
先の見通しの悪い場所だし、たとえ君の言う通り拓けていたとしても、武田軍がノコノコ豊川を渡る意味をさがしているんだよ。
174: 人間七七四年 2018/05/30(水) 11:10:36.91 ID:pMV6a0YX
>>172
俺は行ったぞ
第二東名が出来る前と出来た後に二回ね
設楽原は拓けていた
設楽原と有海原の間の小高い丘から見通せるはずなんだよな
俺は行ったぞ
第二東名が出来る前と出来た後に二回ね
設楽原は拓けていた
設楽原と有海原の間の小高い丘から見通せるはずなんだよな
175: 人間七七四年 2018/05/30(水) 12:59:32.66 ID:klr8VM7g
>>174
年季が入っているな。
しかし地形が分かっても、武田勢が渡河した理由は解らん、というか解せん。
年季が入っているな。
しかし地形が分かっても、武田勢が渡河した理由は解らん、というか解せん。
176: 人間七七四年 2018/05/30(水) 13:31:24.48 ID:pMV6a0YX
>>175
佐久間内通云々を信じてしまったか、織田徳川連合がこちらに攻めて来ずに野戦築城してるの見て、精強な部隊では無く雑兵などで水増ししてる烏合の衆だと勘違いしたか
佐久間内通云々を信じてしまったか、織田徳川連合がこちらに攻めて来ずに野戦築城してるの見て、精強な部隊では無く雑兵などで水増ししてる烏合の衆だと勘違いしたか
177: 人間七七四年 2018/05/30(水) 18:26:50.82 ID:d5HGaS1R
一万五千で防衛側三万を相手にするって無謀だよな
178: 人間七七四年 2018/05/31(木) 00:13:00.43 ID:esSn8yr8
長篠城で狭所による鉄砲隊の鉄壁さを味わってるから、長篠城周辺の狭い場所より騎馬を上手く使いこなせて回り込める設楽原での戦のが有利と見たんじゃない?
179: 人間七七四年 2018/05/31(木) 12:48:11.55 ID:QsLz+sKe
>>178
それな。
東美濃の明知城他攻略の際に、山県が五千くらいの手勢で五倍以上の織田勢を、追い散らした経験があった。
自領の城の後詰めでさえその様なら、三河の山城の後詰めも、やる気無しという思い込みもあったかもな。
あと、本願寺が焚きつけた可能性も。
長島では信長の庶兄他、一門に死人が出るほど打撃を受けた。信長を討つのは今だ、とかね。
実際は織田勢が本願寺に向かないようにするのが、顕如の狙いだろうが、時間が経てば織田勢は今より大きくなるのは確実だから、勝頼がこれに乗ったかもしれない。
それな。
東美濃の明知城他攻略の際に、山県が五千くらいの手勢で五倍以上の織田勢を、追い散らした経験があった。
自領の城の後詰めでさえその様なら、三河の山城の後詰めも、やる気無しという思い込みもあったかもな。
あと、本願寺が焚きつけた可能性も。
長島では信長の庶兄他、一門に死人が出るほど打撃を受けた。信長を討つのは今だ、とかね。
実際は織田勢が本願寺に向かないようにするのが、顕如の狙いだろうが、時間が経てば織田勢は今より大きくなるのは確実だから、勝頼がこれに乗ったかもしれない。
180: 人間七七四年 2018/05/31(木) 13:16:15.06 ID:esSn8yr8
>>179
それは信長公記では存在してなかったんじゃなかったっけ
ただ単に城が落ちたから引き返しただけで、高天神城も落ちたから織田の援軍は引き返した
それは信長公記では存在してなかったんじゃなかったっけ
ただ単に城が落ちたから引き返しただけで、高天神城も落ちたから織田の援軍は引き返した
183: 人間七七四年 2018/06/02(土) 21:51:13.50 ID:dzYA0M8v
武田が長篠城落として、山岳戦に持ち込んでも、関ケ原時の本戦の山中の戦いで短時間で東軍が圧勝したように、武田勢は大敗し、一気に古府中まで攻められる可能性もある。
187: 人間七七四年 2018/06/03(日) 19:52:31.10 ID:y+siCsvQ
>>183
長篠城が落ちてれば織田は明知城や高天神城みたいに引き返すだけでしょ
長篠城が落ちたらという仮定より、長篠城が落ちなかったら退却すべきだった
長篠城が落ちてれば織田は明知城や高天神城みたいに引き返すだけでしょ
長篠城が落ちたらという仮定より、長篠城が落ちなかったら退却すべきだった
189: 人間七七四年 2018/06/03(日) 23:24:29.21 ID:twRggm2t
>>187
3万以上の大群を擁して、城が落ちたからといって引き返すかなぁ~
3万以上の大群を擁して、城が落ちたからといって引き返すかなぁ~
191: 人間七七四年 2018/06/03(日) 23:47:00.09 ID:y+siCsvQ
>>189
明知城も高天神城も2~3万の軍で援軍に行ったが、城が落ちたから引き返したのも知らないのか
手取川の戦いも援軍に行く城が落ちたのを知って柴田軍4万は撤退したんやで
明知城も高天神城も2~3万の軍で援軍に行ったが、城が落ちたから引き返したのも知らないのか
手取川の戦いも援軍に行く城が落ちたのを知って柴田軍4万は撤退したんやで
194: 人間七七四年 2018/06/04(月) 17:00:50.54 ID:QkC2EVz1
>>191
確かにそうなんだけど、高天神に続き、今回も間に合わなかったら徳川はキレる可能性がある。
信長自らも来てるし、城が落ち引き返す時の撤退戦になったら徳川が殿を受け持つことになるだろうから、織田・徳川の信頼関係は悪化すると思う。
それを回避するために、長篠城が落ちても武田攻めを続行したと思う。
確かにそうなんだけど、高天神に続き、今回も間に合わなかったら徳川はキレる可能性がある。
信長自らも来てるし、城が落ち引き返す時の撤退戦になったら徳川が殿を受け持つことになるだろうから、織田・徳川の信頼関係は悪化すると思う。
それを回避するために、長篠城が落ちても武田攻めを続行したと思う。
195: 人間七七四年 2018/06/04(月) 18:19:04.31 ID:Jb9LjW+2
>>194
援軍に来て貰う立場の徳川がキレるのか
大体援軍に来る場合は遠征軍みたいに装備や兵糧などを十分に持ち合わせてない
援軍に間に合わずに城を落とされると士気が落ちるし、作戦的に不利で長期戦ができないから帰るんだよ
長篠で武田をフルボッコにした後の信長は敗走した勝頼を追い武田領まで追わずに帰っている
それに撤退戦が起きるってことは信長は設楽原に到着してるってことか?
野戦築城してるそこに殿軍すれば余裕で退却できるでしょ
信長は長篠城が落ちる気配が無かったから悠々と野戦築城しだしたんだろうけどね
援軍に来て貰う立場の徳川がキレるのか
大体援軍に来る場合は遠征軍みたいに装備や兵糧などを十分に持ち合わせてない
援軍に間に合わずに城を落とされると士気が落ちるし、作戦的に不利で長期戦ができないから帰るんだよ
長篠で武田をフルボッコにした後の信長は敗走した勝頼を追い武田領まで追わずに帰っている
それに撤退戦が起きるってことは信長は設楽原に到着してるってことか?
野戦築城してるそこに殿軍すれば余裕で退却できるでしょ
信長は長篠城が落ちる気配が無かったから悠々と野戦築城しだしたんだろうけどね
184: 人間七七四年 2018/06/02(土) 23:46:38.91 ID:05yp2WFJ
1万5千で3万以上相手にしたから仕方がないじゃなくて、こういう状況にされた時点で武田の完敗なわけよ
父信玄は常に相手より有利な状況で戦おうとした
戦争ってのは実際に戦う前から始まっている
いかに相手より有利な状況を作りだせるか?
出来なかった時点で武田の大敗北なわけで、この状況でこうしたら勝てたってのは無意味
父信玄は常に相手より有利な状況で戦おうとした
戦争ってのは実際に戦う前から始まっている
いかに相手より有利な状況を作りだせるか?
出来なかった時点で武田の大敗北なわけで、この状況でこうしたら勝てたってのは無意味
186: 人間七七四年 2018/06/03(日) 18:08:52.47 ID:3mbJqYrr
>>184
じゃあ指くわえて滅ぶのを座して待つしかないな
圧倒的な兵力差・物量差はどうにもならんもの
じゃあ指くわえて滅ぶのを座して待つしかないな
圧倒的な兵力差・物量差はどうにもならんもの
190: 人間七七四年 2018/06/03(日) 23:39:40.03 ID:GLiF5dFj
>>186
信長は勢力がまだ弱小のころ武田相手には徹底して下手に出て献上品を送りまくって武田のご機嫌を取っていた
そして立場が逆転すると徹底して武田に圧力をかけ続けたと
じっさいに戦うだけが戦争じゃないんだよ
そもそも戦争とは外交の延長といわれる
まず経済戦争をして他国と外交交渉をしてここで相手が従わなかったら最終手段として戦争で
色黒をつけると
つまり、長篠はこういう状況な時点で戦う前から武田の敗北は決していた
信長は勢力がまだ弱小のころ武田相手には徹底して下手に出て献上品を送りまくって武田のご機嫌を取っていた
そして立場が逆転すると徹底して武田に圧力をかけ続けたと
じっさいに戦うだけが戦争じゃないんだよ
そもそも戦争とは外交の延長といわれる
まず経済戦争をして他国と外交交渉をしてここで相手が従わなかったら最終手段として戦争で
色黒をつけると
つまり、長篠はこういう状況な時点で戦う前から武田の敗北は決していた
引用元: ・長篠・設楽原合戦の真実




