1: 世界@名無史さん 2019/08/04(日) 18:50:18.54 0
江戸時代以前の日本ってぶっちゃけ後進国じゃね?
馬車はないわ、石造りの建物はないわ、高層建築はないわ、投石機はないわ、クロスボウ(弩)はないわ・・・・

下手したら、十世紀時点の中世ヨーロッパにすら文明レベル及ばないんじゃね?








5: 世界@名無史さん 2019/08/04(日) 18:54:54.84 0
山が多かったって言うけど、せめて東海道だけは、馬車用の道路整備してやれよ
あと、中世すら城塞都市の中は石畳で舗装されてたのに、舗装された道が皆無の江戸以前日本

7: 世界@名無史さん 2019/08/04(日) 19:32:44.68 0
>>5
>せめて東海道だけは、馬車用の道路整備してやれよ

俺が急ぎなら馬車でなく、直接馬に乗って走るね。
あと、東海道でも、箱根八里は馬でも越すが、馬車では越せない。
軍事的理由で橋が作られなかった大井川は言わずもがな。

14: 世界@名無史さん 2019/08/04(日) 21:22:40.60 0
日本の後進性というと、石造アーチの導入が遅いのがよく取りざたされるな。
まあ、無ければ無いで済ますのが江戸っ子よ。

24: 世界@名無史さん 2019/08/05(月) 06:09:45.87 0
平安時代に牛車、それ以前から楯や木製フルアーマー(埴輪で確認)もあったのだが。

26: 世界@名無史さん 2019/08/05(月) 11:27:12.81 0
移動は船だから馬車などいらなかった
昔の日本は至る所に水路が引かれ、移動はすべて船

27: 世界@名無史さん 2019/08/05(月) 11:57:22.77 0
それは言い訳としては説得力が弱いな。
イギリスやフランスも国中に運河が張り巡らされたが、馬車も沢山走っていた。

38: 世界@名無史さん 2019/08/06(火) 14:21:07.20 0
籠屋が強かったってこと
馬車にすると籠屋の仕事がなくなるから

40: 世界@名無史さん 2019/08/07(水) 14:58:39.61 0
>>38
判子文化なくしたら判子屋が失業するみたいな話

41: 世界@名無史さん 2019/08/07(水) 21:41:39.61 0
馬車反対運動は明治時代にもあったからな。
いわんや江戸時代においておや。

44: 山野野衾 ◆qDubHAi3S/a/ 2019/08/08(木) 19:25:46.15 0
中井竹山が、松平定信に馬車採用を提言していますね。
失業者が出ること、舗装と維持の費用がかかること、不穏な勢力の利用が懸念されることを理由に、許可されませんでした。
新規の技術・制度による失業問題は明治初期に大量に起きていますから、徳川幕府は痛みに耐える改革よりも、穏当な現状維持を望んだということでしょう。

馬車は中世欧州でもほとんど使用されず、旅では馬か人ないしは牛が運ぶ輿によものがほとんどで、15世紀にハンガリーで現代のブランド名にもなっているコーチが発明されて揺れの問題がやや解消されますが、馬車による移動が民間にも普及したのは17世紀にサスペンションが発明されて以後。
少なくとも、10世紀時点では欧州でも馬車は普及していません。

45: 山野野衾 ◆qDubHAi3S/a/ 2019/08/08(木) 19:29:52.67 0
盾に関しては、武士が元々馬上で弓を使うもので、片手が塞がれる盾に大金を投じなかったものです。
地上で使う盾、歩兵が使う手盾ならありましたが、木製の簡素なものでした。
場合によっては、大鎧の袖が盾のように遣われた物です。
仙石秀久は、袖だけ大型化したものを盾のように使用していましたね。

弩は9世紀まではありましたが、廃れました。
国家の工房で弩を製作するより、各地で使い慣れた大型の弓を持ち寄らせた方が、安定して多くの兵力を募れるようになったものです。

46: 世界@名無史さん 2019/08/09(金) 06:59:44.95 0
初めて馬車に乗った日本人って天正遣欧使節かな?

47: 山野野衾 ◆qDubHAi3S/a/ 2019/08/09(金) 07:17:35.00 0
鹿児島のベルナルドの方が欧州行きは早いですが、馬車の普及していなかった時代ですからね。
天正少年使節は「ラテラノ教会行幸図」では馬に乗った姿で描かれています。
他の面々も馬か輿(前後で馬が支える)のようで。

中国では孔子が火事の際に馬を問わなかった(あるいは問うのを後回しにした)、顔回のために馬車を棺槨にするのを断ったという話、「後塵を拝する」や後塵を拝した潘岳の車に女性が果物を投げ込んだ故事がある様に馬車も使われていましたが、師升以降の日本人が乗る機会がどこまであったものか。
インドにも戦車に使われたような馬車がありましたし、ミリンダ王もナーガセーナに会いに行くのに使っていますが、玄奘の伝記を読むと専ら象や乗馬、輿が使われています。

懸車の故事も有名ですが、身分表示はさておき、日用には使いにくかったのでは。

216: 世界@名無史さん 2019/11/15(金) 21:23:46.77 0
馬車だけでなく船でも昔の日本は立ち遅れていた。
竜骨を発明できなかったのは日本ぐらいのものであろう。

221: 世界@名無史さん 2019/11/25(月) 04:32:58.22 0
>>216
和船は嵐が来ると帆柱を切り倒してしまうので、あとは風任せの漂流になってしまう。
縮帆という概念もなかったのかな?

222: 世界@名無史さん 2019/11/25(月) 09:25:27.27 0
>>221
和船も帆を下ろすことは出来た。(さもないと風の日は港に停泊できない。)
嵐が来ると帆柱を切って漂流したのは、重心を下げて転覆を避けるため。

223: 世界@名無史さん 2019/11/25(月) 13:54:42.80 0
>>221
帆柱でさえ抵抗になるので切り倒した、って事では?
和船は基本的に横帆船だけど、その帆を完全に下ろす事ぐらいは出来る
筈。

225: 世界@名無史さん 2019/11/25(月) 14:57:47.47 0
和船はアホみたいに物資積み込めるからな
沿岸航法で国内に商品運ぶだけなら、ジャンク船よりずっと効率がいい
世界で一番長期間漂流して生還したのも、食料品を積みまくってた和船乗組員だったはず

228: 世界@名無史さん 2019/11/25(月) 20:36:08.79 0
>>225
和船はすごい小型だけど千石船で150トン程度だし
ジャンクやガレオンは500~600トンがあたりまえなので比較級にならない
おまけに竜骨も持たないから構造的に脆いし隔壁構造もないので一か所穴が開いただけでもおしまい

232: 世界@名無史さん 2019/11/27(水) 19:41:30.32 0
>>228
”竜骨”の概念が、和船と海外の帆船とではどうやら違うらしい。
って、ウィキペディアに書いてあった。

238: 232 2019/11/28(木) 18:06:20.52 0
>>233-234
海外の大型帆船は、中央に竜骨を置いてそこから骨組みを作って板をはるんだけど、和船は板を組み合わせて船体を作って行くから”竜骨”に相当する部材が無いんだそうだ。

異論は多分あるでしょうが、それは認めます。

236: 世界@名無史さん 2019/11/28(木) 05:28:19.68 0
まず勝手に海外に出られて密輸と奴隷貿易をされたら困る幕府が船の大きさを制限したということ
それと風土病やら伝染病持ち込まれてパンデミックになっても困るわけ
台湾には蟷螂病っちゅー身体が溶ける(と信じられていた)性病もあった
あと伴天連や回教や極彩色仏教なんかを広められれば反社会勢力の温床になるだけなんで甚だ迷惑なだけと、割と真面目な回答

240: 世界@名無史さん 2019/11/28(木) 19:27:53.93 0
>>236
日宋貿易や朱印船貿易って知ってる?
鎖国政策まで頻繁に大陸と往来してたけど外洋船を作る技術はないので中国から船を丸ごと買ってそのまま使っていた
パクるだけの技術力がなかっただけの話

243: 世界@名無史さん 2019/12/04(水) 18:56:11.06 0
>>240
朱印船でググれ国内製造されてるから

244: 世界@名無史さん 2019/12/05(木) 07:32:56.62 0
>朱印船
中国やシャムで作ったジャンクを輸入してたんだよ

246: 世界@名無史さん 2019/12/05(木) 19:56:53.94 0
>>244
船どころか航海士まで外国から雇ってきた明人や南蛮人任せだったからな
島国なのに造船技術や航海技法が未熟だったのはおかしな話だが

249: 世界@名無史さん 2019/12/10(火) 05:51:11.24 0
>>246
船である以上、難破して不可抗力で外国に着いてしまう可能性があるから外国人の方が都合がいい

250: 世界@名無史さん 2019/12/10(火) 15:05:01.76 0
太平洋を横断したサン・フアン・バウティスタ号は日本で作られたんだぞ

251: 世界@名無史さん 2019/12/10(火) 19:30:07.11 0
江戸時代でも室町時代や安土桃山時代と比べたら進歩してるんだけどな
朝鮮出兵時の記録である「宣祖実録」だと倭は三風のうち一風を用いることしか知らない
つまり順風帆走しか出来ないことを明・朝鮮側に指摘されていたが僅か数年後の1600年初頭には横風帆走や間切り走りまで出来るようになっている
多数の明や朝鮮人捕虜を得たのでその影響も否定できないし依然として沿岸航法レベルだったが
それでも驚くべき進歩であることには間違いない

254: 世界@名無史さん 2019/12/11(水) 19:54:00.83 0
恒福曰: 使船, 吾用三風, 彼用一風, 不用橫風。(宣祖祖実録121巻 宣祖33年1月29日)

311: 世界@名無史さん 2020/02/24(月) 04:58:47.26 0
戦国・安土桃山時代はなんで投石機とか弩が使われなかったのだろうか?
中国では普通に実戦で使われていたのに。

349: 世界@名無史さん 2020/03/28(土) 00:06:02.54 0
投石機って室町時代か戦国時代にはあったぞ

314: 世界@名無史さん 2020/02/24(月) 07:09:01.57 0
>>311
確かに日本で古代に使用され中世に使用されなくなった弩を復活させる動きが戦国時代にないのは謎
ただ、その頃には南蛮から大砲も伝来したからな

316: 世界@名無史さん 2020/02/24(月) 07:35:27.06 0
弩はコストと技術と整備がかかるし弩より強い弓を撃てる戦士階級である武士が多かったから…と聞いたことがある
遊牧民で皆が弓を使えるモンゴルも弩は使って無いしね

320: 世界@名無史さん 2020/02/25(火) 05:56:44.86 0
弩は平安時代初期くらいまでは日本でも使われていたらしい
弩が日本で使われていたなくなった理由は分からんが

321: 世界@名無史さん 2020/02/25(火) 11:05:36.82 0
武士の存在意義がなくなるからじゃない?

323: 世界@名無史さん 2020/02/26(水) 09:51:33.17 0
律令制では「軍防令私家鼓鉦条」によって
「凡そ私家には鼓鉦、弩、牟(二丈の矛)、矛肖(ショウ、一丈二尺の矛)、具装(馬甲)、大角・小角(角笛)及び軍幡(軍団の指揮具)有ること得じ」
と定められ
上記は「賊盗律禁兵条」によって「禁兵器」と規定され、盗んだものには徒(強制労働)一年半~二年の罰則があり、擅興律の逸文によれば上記を私有した者に対しても徒、一年の罰則が規定されているように矛や弩の私有は禁止されていた。

いっぽう「軍防令簡閲戎具条」には国司は毎年十月に民間の「戎具」を検閲することとなっており(戎具とは『義解』によれば「国内の百姓随身する弓箭・刀剣等の類也」)

これらは「賊盗律禁兵条」に「禁兵器」に対する「余兵器」として「是官の兵器と雖も私家に有り合ふ者」として私有が認められていた。


つまり弓矢や刀剣の私有はOKだけど矛や弩の私有はアウト。
初期の武士が弓矢と太刀で戦ってたのもこれが理由。

325: 世界@名無史さん 2020/03/18(水) 23:28:06.23 0
平安時代から牛車があった

悪路では馬車は揺れて乗り心地悪いだろうから無理

327: 世界@名無史さん 2020/03/25(水) 16:39:20.12 0
源氏物語では牛車の渋滞による車争いがあったのにな。

330: 世界@名無史さん 2020/03/26(木) 19:33:25.78 0
牛車が使えるのは整地された都限定だな。
車軸が木製でサスペンションなんて無いから貴族が近隣の屋敷に移動するくらいしか使い道ない

357: 世界@名無史さん 2020/10/23(金) 21:35:19.12 0
明治時代まで日本人は蹄鉄というものを知らなかった。
紀元前から使っていた民族もあるというのに。
日本の歴史と騎馬民族の関りを説く説があるがとんだお笑い草だと思う。
日本人ほど馬の活用が下手な民族は珍しい。

359: 世界@名無史さん 2020/10/23(金) 22:51:18.10 0
代わりに馬に草鞋を履かせていましたよ
蹄鉄は何故か普及しなかったとか
荷運びがメインだったからか?

360: 世界@名無史さん 2020/10/23(金) 23:21:56.42 0
石畳が無かったから必然性に乏しい

361: 世界@名無史さん 2020/10/24(土) 07:52:31.50 0
問題ない
無敵モンゴル軍も馬に蹄鉄は打っていない

362: 世界@名無史さん 2020/10/25(日) 05:20:04.53 0
蹄鉄は地面ではなく餌の影響らしい
干し草ばかり与えると栄養不足になり蹄が弱るから蹄鉄を装着したのだとか
(Wikipedia参照)

引用元: ・馬車すらない江戸以前の日本は後進国