1: 世界@名無史さん 2018/08/04(土) 06:56:45.19 0
インド亜大陸のほぼ全域を統一した最初の帝国







2: 世界@名無史さん 2018/08/04(土) 10:16:54.96 0
マウリヤ朝(マウリヤちょう、梵: Maurya-sāmrājya、紀元前317年頃 - 紀元前180年頃)は、古代インドで栄えたマガダ国に興った王朝である。

紀元前317年頃、チャンドラグプタによって建国された。
アショーカ王の時に全盛期を迎え、南端部分を除くインド亜大陸全域を統一した。

しかしアショーカ王の死後国家は分裂し、紀元前2世紀初頭、シュンガ朝の勃興により滅亡した。

12: 世界@名無史さん 2018/08/07(火) 02:03:53.85 0
>>2
>南端部分を除くインド亜大陸全域を統一した。
 
つまり統一できなかった

42: 世界@名無史さん 2019/04/29(月) 19:54:43.39 0
Maurya_empire_in_265_BCE


最南端の部分に色が塗られてないけどここの部分にはどんな勢力がいたの?

43: 世界@名無史さん 2019/04/29(月) 20:50:57.13 0
>>42
アショーカ王の時代の南インドにはパーンディア朝があったらしい。
「パーンディヤ朝に関する最古の記録のひとつに紀元前3世紀のマウリヤ朝のアショーカ王による
紀元前273年から同232年の間に刻まれた 磨崖詔勅の銘文が挙げられる。」

13: 世界@名無史さん 2018/08/07(火) 05:53:32.93 0
インド南端はそんなに魔境なのか

14: 世界@名無史さん 2018/08/07(火) 21:11:41.13 0
>>13
昼でも暗い濃密なジャングル

支配できるようなところではない

116: 世界@名無史さん 2019/09/09(月) 18:25:40.66 0
>>13
south indian forest

https://www.youtube.com/watch?v=pGGqrRBU2xk


攻めにくそう

15: 世界@名無史さん 2018/08/07(火) 21:21:54.33 0
とくに騎馬軍団には不向き

21: 世界@名無史さん 2018/08/14(火) 19:24:57.65 0
>>15
古代インドに騎兵なんていたの?当時は戦車だったんじゃないの

27: 山野野衾 ◆qDubHAi3S/a/ 2018/08/15(水) 05:42:36.60 0
>>21
仏典にはよく四兵(象・馬・車・歩の四軍団)が登場しており、これは阿含経からすでに見られます。
また、王の七宝と言えば車・象・馬・玉・美女・宰相・将軍の七種のこと。
『実理論』にも四種の軍団のことは見えており、チャトランガの駒にもなっていますね。

16: 世界@名無史さん 2018/08/07(火) 21:33:22.24 0
でも交易で豊かではあったんでしょ
至極攻めにくそう

17: 世界@名無史さん 2018/08/08(水) 07:07:42.99 0
古代から栄えていた

18: 世界@名無史さん 2018/08/08(水) 07:08:46.87 0
インドとアラビア半島は、地図で見ると意外なほど近い

古代から交易が盛んだったのは当然

30: 世界@名無史さん 2018/08/17(金) 23:10:53.97 0
征服しようとするとベトナム戦争みたいになるわけか

38: 世界@名無史さん 2019/04/27(土) 08:28:02.64 0
マウリヤ朝の都パータリプトラはアショカ王の時代に世界最大の人口を擁する都市だったとか。

39: 世界@名無史さん 2019/04/29(月) 04:38:35.57 0
その時代なら中華は戦国末期
ローマはポエニ戦争前でやだとイタリア統一した程度
ライバル都市としてはアレクサンドリアくらいか

41: 世界@名無史さん 2019/04/29(月) 18:34:00.80 0
ペルシャ帝国よりは遅いが、秦漢帝国よりは早かった大統一

242: 世界@名無史さん 2020/03/06(金) 13:51:09.55 0
>>41
ペルシャがマケドニアに滅ぼされたので、危機感を強めたインダス地帯とガンジス地帯が統一しマウリヤ朝が拡大していった

243: 世界@名無史さん 2020/03/12(木) 19:44:37.20 0
>>242
すごいな

そんな大昔なのに、グローバルな視野を持ってたとは

247: 世界@名無史さん 2020/05/08(金) 23:26:11.28 0
>>243
グローバルな視野というより、脅威が間近になったことへの危機感だろう

4: 世界@名無史さん 2018/08/04(土) 20:07:11.32 0
詳しいことは分からないのが古代インドの歴史だが、マウリヤ朝の初代皇帝チャンドラグプタは例外的に知られている
チャンドラグプタ(紀元前340年頃 - 紀元前298年頃)は、古代インドのマガダ国に栄えたマウリヤ朝の初代ラージャ(在位:紀元前317年頃 - 紀元前298年頃)。

紀元前4世紀末に北西インド地方で、ナンダ朝に反旗を翻して挙兵した。ナンダ朝の王ダナナンダはバッサダーラ(Bhadrasala)を派遣して鎮圧に向かわせたが、チャンドラグプタはこれを撃破し、首都パータリプトラを占領するとダナナンダを殺害してナンダ朝を滅ぼし、新たにマウリヤ朝を創建した。この挙兵には、権謀術数で知られたカウティリヤが深く関与したといわれている。

紀元前317年から316年頃、アレクサンドロス大王がシンド(インド北西部)の太守に任命した北部太守代行エウダモス・タクシレスと南部太守ペイトンの軍勢をインド北西部から放逐した。

紀元前305年頃、アレクサンドロスの遺将(ディアドコイ)の一人でセレウコス朝の創始者セレウコス1世がインダス川を越えて北西インドに侵入したが、チャンドラグプタは60万とも言われた軍事力を背景にセレウコス1世を圧倒し、優位な協定を結ぶことになった。
チャンドラグプタはセレウコス1世との協定において、インダス川の向こう側にあるアリア、アラコシア、ゲドロシア、パロパミソスの4州を新たに獲得し、セレウコス1世の娘を息子ビンドゥサーラの妃に迎えた。引き換えとしてセレウコス1世に戦象500頭を与え、西方でディアドコイ戦争を戦っていた彼の戦力充実を援助した。

こうしてチャンドラグプタは、ガンジス川流域とインダス川流域、更に中央インドの一部を含む、インド史上空前の巨大帝国を形成した。


5: 世界@名無史さん 2018/08/04(土) 20:08:00.63 0
アレクサンドロス帝国の後継将軍たちと戦ったおかげで、ギリシャ側の記録に残った

8: 世界@名無史さん 2018/08/05(日) 07:39:40.84 0
カウティリヤは紀元前324年頃のインド北西部におけるチャンドラグプタの挙兵に大きく関わったとされており、彼の補佐のもとチャンドラグプタはガンジス川中流域へと侵攻してナンダ朝の首都パータリプトラを占領し、国王ダナナンダを殺害してナンダ朝を滅ぼし、マウリヤ朝を建国した。

カウティリヤは建国されたマウリヤ朝において引き続き政治顧問の役割を果たし、事実上の宰相となっていた。
また、タキシラにあった大学の教官でもあった。
チャンドラグプタの死後も、彼の息子であるビンドゥサーラ王のもとで引き続き補佐を行っていたとされる。

カウティリヤの残したとされる「実利論」はサンスクリット語で書かれた冷徹な政治論であり、しばしばマキアヴェッリの『君主論』と比較される。
この「実利論」は同時に、当時のマウリヤ朝やインド社会を知るための貴重な資料ともなっている。

9: 世界@名無史さん 2018/08/05(日) 07:41:05.27 0
カウティリヤの「実利論」は、かなり有名な古典

日本での知名度はゼロに近いが

10: 世界@名無史さん 2018/08/05(日) 15:06:00.35 0
カウティリヤといえば必殺毒殺人。
マキアヴェッリとよく比較されるカウティリヤだが、そういやマキアヴェッリのころのイタリアも毒による暗殺が盛んだったね。

46: 世界@名無史さん 2019/05/05(日) 02:27:52.72 0
インド史の君主ベスト10に名前が挙がるような名君が三代続いた稀有な時代

51: 世界@名無史さん 2019/05/05(日) 21:05:04.42 0
マウリヤ朝が有名なのは、建国者のチャンドラグプタが、セレウコス1世のインド遠征軍と戦ったおかげ

歴史を記録することに興味がなかったインド人だが、チャンドラグプタはギリシャ側の記録に残って有名になった

52: 世界@名無史さん 2019/05/05(日) 21:06:51.39 0
それから、アショーカ王は仏教の歴史で有名な人物なので、そこでおおいに名を残した

インド人は、歴史には興味ないけど、宗教や哲学には異常なほど興味あるから
アショーカ(在位:紀元前268年頃 - 紀元前232年頃)は、マウリヤ朝の第3代のラージャである。釈尊滅後およそ100年(または200年)に現れたという伝説もあるアショーカは、古代インドにあって仏教を守護したことで知られる。

53: 世界@名無史さん 2019/05/05(日) 21:08:23.51 0
あと、日本ではあんまり知られてないけど、チャンドラグプタ大王の軍師・カウティーリヤが、西洋にも名を知られる有名人ってのもある

54: 世界@名無史さん 2019/05/05(日) 21:21:40.03 0
現代インド人にとっては、アショーカは国旗・国章のモチーフになった獅子柱頭を作った帝王にして、はじめてインド統一を成し遂げた人物だと誰でも習うのでかなり特別な存在になってる

19: 世界@名無史さん 2018/08/11(土) 14:03:10.77 0
アショーカ王 獅子柱頭

no title

61: 世界@名無史さん 2019/05/05(日) 23:06:39.84 0
マウリヤ朝は、初代から三代目までそれぞれ異なる新興宗派に入信したことで知られる
・初代 チャンドラグプタ: ジャイナ教
・二代 ビンドゥサーラ: アージーヴィカ教(運命決定論による諦観主義)
・三代 アショーカ : 仏教
仏教経典で六師外道とdisられるジャイナ教とアージーヴィカ教だが、この時期拮抗していたことが伺える
またマウリヤ朝が、バラモン教以外の新思想を柔軟に取り込む基本姿勢を有していたことを示唆している

64: 世界@名無史さん 2019/05/14(火) 05:12:19.88 0
>>61
新宗教でバラモン教に対抗するという点では一貫しているようにも見えますな。

65: 世界@名無史さん 2019/08/16(金) 17:06:17.62 0
信長がキリスト教に好意的だったようなもの。
宗教の最大勢力を抑え込むのに目新しい宗教を使う。

67: 世界@名無史さん 2019/08/25(日) 21:06:28.35 0
史上最高の軍師はカウティーリヤ
カウティリヤ(紀元前350年 - 紀元前283年)は、古代インドの宰相、経済学者、政治家。『実利論』の中でも代表的な「カウティリヤ実利論」を著したとされる。チャンドラグプタを援けてナンダ朝を倒した権謀術数家として知られ、近現代には「インドのマキャヴェリ」と評されている。

カウティリヤの残したと伝わる「実利論」はサンスクリット語で書かれた冷徹な政治論であり、マックス・ヴェーバーは「マキアヴェッリの『君主論』などたわいのないものである」と評している。建国と統治を行った彼の思想が反映された「実利論」は同時に、当時のマウリヤ朝やインド社会を知るための貴重かつ非常に重要な資料である。

68: 世界@名無史さん 2019/08/26(月) 12:47:46.20 0
カウティリヤってインド版マキァヴェリみたいに言われること多いけど、彼の補佐を受けたチャンドラグプタの統治も実際そんな感じだったのだろうか?

71: 世界@名無史さん 2019/08/26(月) 21:06:02.64 0
カウティリヤの「実利論」って「周礼」や「君主論」と一緒で、現実に施行されたわけでも何でもないでしょ
同時代のアレクサンドロスの東征軍の将校らが残した見聞録とは大きくかけ離れるし

73: 世界@名無史さん 2019/08/26(月) 23:36:00.23 0
>>71
やっぱりそんなものなんやな
チャンドラグプタ時代のマウリヤ朝の統治制度っていまいち良く分からないんだよな
単純に資料が少ないんかね?

74: 世界@名無史さん 2019/08/27(火) 00:18:20.67 0
アショカは、カウティリヤの政策を継承しなかったの?

75: 世界@名無史さん 2019/08/27(火) 08:49:39.94 0
>>74
アショーカの統治って仏教的なダルマの統治がメインだったんじゃないの?

76: 世界@名無史さん 2019/08/27(火) 15:41:20.87 0
だるまさんがころんだ
だるまさんがころんだ
だるまさんがころんだ

77: 世界@名無史さん 2019/08/27(火) 16:01:31.04 0
>>76
そのだるまも語源同じやで
達磨人形のダルマってインドの言葉由来や

82: 世界@名無史さん 2019/08/28(水) 07:06:18.34 0
カウティリヤの実利論は、諜報活動の話が多い

古代インド人はスパイを送り込むのが大好きで、お互いに諜報合戦を繰り広げていた

80: 世界@名無史さん 2019/08/27(火) 23:40:19.50 0
アショーカが人殺し大好きだったのはショック

81: 世界@名無史さん 2019/08/27(火) 23:59:38.35 0
>>80
まあ後に仏教に目覚めて改心するから……

84: 世界@名無史さん 2019/08/28(水) 18:19:15.80 0
そりゃ、史上最大の帝国を築いた征服者なんだから、秦の始皇帝より強烈だろ

85: 世界@名無史さん 2019/08/28(水) 18:36:59.81 0
始皇帝やネロは暴君の代表みたいな扱いされてるけど、これは弾圧された儒者やキリスト教徒が誇大に暴君宣伝してるからで、実際にはそこまで暴君ではなかったと言われてる

アショーカは特にネガキャンされてるとは思えんからほんまに暴君やったんやろな

86: 世界@名無史さん 2019/08/28(水) 19:27:23.85 0
99人兄弟殺し、500人大臣殺し、8万4千の塔に分納


話盛りすぎだろ

87: 世界@名無史さん 2019/08/28(水) 19:45:12.11 0
盛ってるとしたら誰が盛ったんや?
始皇帝やネロと違うて特に恨みのある勢力は無いと思うけど

89: 世界@名無史さん 2019/08/28(水) 20:40:17.07 0
>>87
まあ、仏典は「極悪人が解脱して聖者になった」とか、「ボーッとしたバカが覚醒して知恵者になった」とか、そういう転回話が好きだけどな

でも、火の無いところに煙は立たない
伝説の暴君になったからには、相当に苛烈だったはず

93: 世界@名無史さん 2019/08/29(木) 12:04:31.63 0
>>87
恨みがあるから盛ったんじゃなくて、「かつては苛烈な暴君が仏教で改心した」ってなると仏教の良い宣伝エピソードになるから仏教サイドが盛った可能性はあるんやない?

90: 世界@名無史さん 2019/08/29(木) 00:07:15.75 0
仏法へのコンバージョン後はほんとうに善政を敷いたのだろうか…?
苛政で溜まった恨みと怒りが一気に爆発しそうなもんだが

91: 世界@名無史さん 2019/08/29(木) 00:43:09.42 0
偉大な征服者は何をしても恨みを買わない

94: 世界@名無史さん 2019/08/30(金) 07:11:39.30 0
いまでいうパキスタンやアフガニスタンあたりまで版図におさめているからな

シナにたとえれば、中華皇帝がモンゴルまで征服するようなものだ

96: 世界@名無史さん 2019/08/31(土) 08:07:13.70 0
インドへの侵略者は、常にアフガニスタンからパキスタンを通ってやってくる

97: 世界@名無史さん 2019/08/31(土) 08:22:52.05 0
マウリヤ朝時代にもアレクサンドロスやその部下たちが、アフガニスタン方面からインドに侵入しようとしてたな
一説によると、チャンドラグプタがセレウコスと戦った可能性もあるんだとか

98: 世界@名無史さん 2019/08/31(土) 10:15:25.28 0
中国への侵略者もたいてい雁門関を通ってやってくるが、中国の場合は他にも侵入口がいくつかある

その点、インドはカイバル峠しか侵入口がない

102: 世界@名無史さん 2019/09/01(日) 19:41:18.47 0
>>98
そこしかないなら守りやすいように思えるが・・・それこそ長城つくって
インド人にはそういう発想はなかったのだろうか

103: 世界@名無史さん 2019/09/01(日) 20:32:57.73 0
地図を見る限り、例えばラージャスターンは、だだっ広い乾燥した平原、しかも酷暑が続く土地のようだ
長城を築くのは無理だったのではなかろうか

106: 世界@名無史さん 2019/09/05(木) 08:14:06.81 0
数千年のインドの歴史を見ると、西北方面からの侵略を何度も受けてるので、攻めやすいのかと思ってしまうが

実際には、ヒンドゥークシュ山脈は峻険な「世界の屋根」
なんとか山を越えても、その先には支流が多い暴れ川のインダス越え、広大なラージャスターンの砂漠越えが待っている地獄の行軍

107: 世界@名無史さん 2019/09/05(木) 19:34:10.41 0
それでも攻め込みたくなるほど、インドの豊かさは魅力

108: 世界@名無史さん 2019/09/05(木) 20:40:44.78 0
呉子が言ってるように
防衛は土地の峻嶮かどうかよりも人にかかってる

109: 世界@名無史さん 2019/09/05(木) 20:45:36.37 0
アフガンからのインド侵略ならバーブル・ナーマ読むと分かりやすい

111: 世界@名無史さん 2019/09/09(月) 08:51:01.20 0
バーブルは、インドで皇帝になってからも、故郷の中央アジアに帰りたがっていた

高温多湿もさることながら、「美味しい果物がない」というのが最大の不満だったらしい

113: 世界@名無史さん 2019/09/09(月) 08:56:25.65 0
バーブルの死後、フマーユーンが亡命先のペルシャから多数の料理人を連れ帰ってきたため、インド料理は劇的に進化することになる

その次のアクバルで、インド的なものとペルシャ的なものを併せ持つ、満漢全席みたいなムガール宮廷料理が完成した

引用元: ・マウリヤ朝