1: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/07/27(木) 20:42:38 ID:i3UjEwY0
織田との縁を切り、朝倉義景の救援に駆けつけるも、朝倉からも軽く見られ、信長包囲網を断られ、孤立無援となってしなった名将・浅井長政を語りましょう!!
長政以外の浅井家、妻・お市、長政の関連した事象、何でもおkです!
長政以外の浅井家、妻・お市、長政の関連した事象、何でもおkです!
6: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/07/27(木) 21:05:19 ID:oSrODyyE
長政は久政に押し切られて裏切った?
7: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/07/27(木) 21:07:39 ID:zBqcbzmV
朝倉と浅井の関わりは織田と松平と同様で、同盟ではなく従属のような関係だったとも言われているな
亮政時代(創業期)からのものだから累代のものと神格されたのか、後の佐々木(六角)氏や織田氏のものより重く見られたとか。
亮政時代(創業期)からのものだから累代のものと神格されたのか、後の佐々木(六角)氏や織田氏のものより重く見られたとか。
14: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/07/27(木) 21:20:45 ID:EWYIfQdd
長政は古くからの盟友朝倉を見捨てることが出来ずに仕方なく信長を裏切ったというのは創作だろうな
長政も所詮というか生粋の戦国大名だったんだよ。そこには野心もあり気骨もあった
長政も所詮というか生粋の戦国大名だったんだよ。そこには野心もあり気骨もあった
16: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/07/27(木) 21:26:43 ID:EWYIfQdd
あと隠居させたはずの久政が、信長を裏切るときに出てきてる
これは家中が朝倉派・尾だ派で分裂していたことを暗示させる
これは家中が朝倉派・尾だ派で分裂していたことを暗示させる
23: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/07/28(金) 18:09:55 ID:tknJuVQl
>>16
死に体の久政が発言権を維持できたのは、やはり浅井は国人の連合体だったのだろう。
京極討伐の時には亮政が担がれ、六角が脅威になると久政が担がれ、朝倉や織田とのコネが出来ると長政が担がれ、やがて織田が邪魔になると再び久政が担がれる。
淀も豊臣に担がれたし最終的に徳川史観は浅井家そのものを担いだ
滅亡してなお、これほどまでに利用されまくった家も珍しい
死に体の久政が発言権を維持できたのは、やはり浅井は国人の連合体だったのだろう。
京極討伐の時には亮政が担がれ、六角が脅威になると久政が担がれ、朝倉や織田とのコネが出来ると長政が担がれ、やがて織田が邪魔になると再び久政が担がれる。
淀も豊臣に担がれたし最終的に徳川史観は浅井家そのものを担いだ
滅亡してなお、これほどまでに利用されまくった家も珍しい
204: 人間七七四年 2008/03/14(金) 00:05:31 ID:Sv93PZDN
織田領に囲まれて近江半国の主で終わるのを善しとしなかったんだろうな
あの時点で朝倉が壊滅したら浅井は存在意義が薄くなる…と先を読んだのじゃないか?
織田、徳川を一挙にたたけるチャンスが目の前に転がってたわけだし
そう言う意味では明智の本能寺と同じなのかも
あの時点で朝倉が壊滅したら浅井は存在意義が薄くなる…と先を読んだのじゃないか?
織田、徳川を一挙にたたけるチャンスが目の前に転がってたわけだし
そう言う意味では明智の本能寺と同じなのかも
205: 人間七七四年 2008/03/14(金) 00:17:19 ID:469t3a8C
金ヶ崎に長政がどこまで関わってたかはいまいちわからんが、あそこで信長と家康を討ち取っていればなぁ
206: 人間七七四年 2008/03/14(金) 13:29:27 ID:tLllHQF7
>>205
金ヶ崎の信長は護衛役の佐々を途中で朝倉追撃隊への備えとして残す程余裕がある
討ち取れた可能性あったのは秀吉だけかな
しかし当の長政はどこにいたのか
討ち取れた可能性あったのは秀吉だけかな
しかし当の長政はどこにいたのか
221: 人間七七四年 2008/07/31(木) 15:15:02 ID:6VIxe0jv
念願の小谷城に行って来た。
山麓の駐車場に誤って駐車した為に長距離歩く羽目に・・・。
とても暑かった。
山城は夏に行くもんじゃないな。
冬に行けば熊が出るそうだけど・・・。
赤尾屋敷跡で長政は自害したらしいが、草むらになっていて近づけなかった。
スズメバチも飛んでいたし。
役場のガイドから聞いたけど、小谷城から焼跡は発見されていないそうだ。
ガイドの話では、「個人的意見だが小谷城は戦わずに降伏したと考えられる」と言っていた。
長政は一番好きな武将だが、腰抜けだったのか?
山麓の駐車場に誤って駐車した為に長距離歩く羽目に・・・。
とても暑かった。
山城は夏に行くもんじゃないな。
冬に行けば熊が出るそうだけど・・・。
赤尾屋敷跡で長政は自害したらしいが、草むらになっていて近づけなかった。
スズメバチも飛んでいたし。
役場のガイドから聞いたけど、小谷城から焼跡は発見されていないそうだ。
ガイドの話では、「個人的意見だが小谷城は戦わずに降伏したと考えられる」と言っていた。
長政は一番好きな武将だが、腰抜けだったのか?
224: 人間七七四年 2008/08/23(土) 23:58:50 ID:vGaqLXRZ
>>221
自分も登ったよー。
番所後から山王丸までだけど。赤穂屋敷後も行ったけど、何処よりもうっそうとして怖かった。拝んで早々に立ち去った
自分も登ったよー。
番所後から山王丸までだけど。赤穂屋敷後も行ったけど、何処よりもうっそうとして怖かった。拝んで早々に立ち去った
225: 人間七七四年 2008/08/24(日) 15:56:02 ID:EJy4FxMa
赤尾屋敷て草ボーボーになってるのか。自分が何回か行ったときにはきちんと整備されてたけど。なぜか賽銭箱もあったよーな
自分が登城したことのあるルートとして、金吾丸付近の駐車場から山王丸、清水谷から大獄砦、麓の神社の鳥居潜って山崎丸から大嶽があるけど、地図には大手の反対側、山の裏手からも獣道程度の山道があるんだよね。途中に月所丸がある道なんだけど。
一回探してみたけど見つからなかった。
暇が出来たらまた一回探しに行ってみよう。ついでに秀吉軍が登ったとされる京極丸下の堀切群も残ってたら探してみようか。
自分が登城したことのあるルートとして、金吾丸付近の駐車場から山王丸、清水谷から大獄砦、麓の神社の鳥居潜って山崎丸から大嶽があるけど、地図には大手の反対側、山の裏手からも獣道程度の山道があるんだよね。途中に月所丸がある道なんだけど。
一回探してみたけど見つからなかった。
暇が出来たらまた一回探しに行ってみよう。ついでに秀吉軍が登ったとされる京極丸下の堀切群も残ってたら探してみようか。
300: 人間七七四年 2008/10/31(金) 15:09:44 ID:uUsUYAza
小谷城が築城される前に湖北町あたりにはどんな城があったの?
302: 人間七七四年 2008/11/18(火) 19:40:01 ID:RNsInKXy
虎御前山、山脇、上・下山田、雲雀山、大獄、山本山とか、あの辺には山城や砦がたくさんあったそうだ
湖北町小谷にある伊部・郡上などの城下町には武家屋敷や商人長屋が建ち並び、最盛期には人口2万人が集中した湖北の一大拠点だった
このため田畑を掘り返すと、銭・鎧・兜・錆びた刀や壺などがいまでも発掘される
浅井氏が滅びて、次に支配した羽柴秀吉は今浜(長浜)へ拠点を移し、長浜の城下町整備に従って、伊部町の人々は長浜市の京極あたりに移り住んだ
さらには秀吉の出世に従って、大阪城や大阪市中央区あたりへ移り住み、いわゆる近江商人となった
このため祖先を辿ると同じ家系図の人が多かったりする
もともとは古墳時代の集落から発展した町で、周辺の山々は古墳だったりする(雲雀山など)
中世には畿内中央から移り住んだ武士や商人が土着化して集落化したため、周辺集落のような結束がない町だったことが今浜や大阪への転居を容易にしたそうだ
と今は亡き郷土史家の人に聞いた
湖北町小谷にある伊部・郡上などの城下町には武家屋敷や商人長屋が建ち並び、最盛期には人口2万人が集中した湖北の一大拠点だった
このため田畑を掘り返すと、銭・鎧・兜・錆びた刀や壺などがいまでも発掘される
浅井氏が滅びて、次に支配した羽柴秀吉は今浜(長浜)へ拠点を移し、長浜の城下町整備に従って、伊部町の人々は長浜市の京極あたりに移り住んだ
さらには秀吉の出世に従って、大阪城や大阪市中央区あたりへ移り住み、いわゆる近江商人となった
このため祖先を辿ると同じ家系図の人が多かったりする
もともとは古墳時代の集落から発展した町で、周辺の山々は古墳だったりする(雲雀山など)
中世には畿内中央から移り住んだ武士や商人が土着化して集落化したため、周辺集落のような結束がない町だったことが今浜や大阪への転居を容易にしたそうだ
と今は亡き郷土史家の人に聞いた
237: 人間七七四年 2008/09/27(土) 16:30:25 ID:tBhMKYm/
どうせ歴史話なんて仮定の話になるが、長政があそこで裏切らなかったら近畿の軍団長が明智じゃなくて長政になってた可能性も0とはいえない
そうしたらその時点でも裏切ったかどうか、みたいな話にもなる
ならなかったら織田幕府か
そうしたらその時点でも裏切ったかどうか、みたいな話にもなる
ならなかったら織田幕府か
262: 人間七七四年 2008/10/09(木) 19:42:22 ID:fn1AKibj
自刃する直前、浅井長政はまさか自分の子孫から摂政と将軍さらには天皇まで輩出するとは思わなかっただろうね
浅井家は戦国時代一番の勝ち組なのかもしれない
浅井家は戦国時代一番の勝ち組なのかもしれない
266: 人間七七四年 2008/10/10(金) 12:35:36 ID:ZSVapj5e
>>262
天皇ってだれですか?
天皇ってだれですか?
267: 人間七七四年 2008/10/10(金) 13:15:30 ID:J/qRxDti
市ー江ー和子(将軍家光の同母妹)ー明正天皇(女帝)
まさに戦国時代のミトコンドリア・イブ
まさに戦国時代のミトコンドリア・イブ
276: 人間七七四年 2008/10/13(月) 23:51:00 ID:EBtAFFlF
浅井家はかつての主君である守護、さらには摂政、将軍、天皇に至るまで子孫を輩出したんだから、あの石高の土豪としては最強
279: 人間七七四年 2008/10/16(木) 00:21:50 ID:xDi6hezl
>>276
信長を裏切らずに我慢していれば天下を取る可能性だってゼロではなかったのだからそんなことは自慢にも何にもならない
ただ長政程度の力量では天下どころか大大名も難しかっただろうし、力量を考えたらさっさと散っておいて良かったのかもね
信長を裏切らずに我慢していれば天下を取る可能性だってゼロではなかったのだからそんなことは自慢にも何にもならない
ただ長政程度の力量では天下どころか大大名も難しかっただろうし、力量を考えたらさっさと散っておいて良かったのかもね
280: 人間七七四年 2008/10/16(木) 12:44:45 ID:KKIwDPjM
>>279
そんなの分からんよ。
家康だって信長時代はそんなにパッとしなかったが最後は天下を取った
そんなの分からんよ。
家康だって信長時代はそんなにパッとしなかったが最後は天下を取った
281: 人間七七四年 2008/10/16(木) 21:41:03 ID:XycpekJr
あの時代に生きてて全国の情勢をみれてたとしたら、あの時点で徳川が天下を取るなんて絶対に誰も思ってなかったね
家康本人も考えてなかったはず
家康本人も考えてなかったはず
282: 人間七七四年 2008/10/16(木) 21:50:36 ID:rdDMY5wc
それでも家康はあの時点で、自力で三河と遠江もぎとって、日本有数の大名の一人になっているわけだが。
283: 人間七七四年 2008/10/17(金) 04:36:00 ID:eTFSRzv2
家康が日本有数の大名なら長政もそうじゃね
284: 人間七七四年 2008/10/17(金) 10:35:51 ID:nTNjyVAR
近江半国をどう評価するかによるな
285: 人間七七四年 2008/10/17(金) 11:14:29 ID:v1168yGy
六角領と寺領がでかすぎるよなぁ。
20万石が精々じゃないか?
20万石が精々じゃないか?
286: 人間七七四年 2008/10/17(金) 12:25:54 ID:nTNjyVAR
官位で見れば、家康は1556年の時点で正式に三河守を叙任し、左京太夫にも任官している。
対して浅井長政は受領名の備前守のみ。
少なくとも世間的な認識には、それなりに差があったと考えていいだろうね。
対して浅井長政は受領名の備前守のみ。
少なくとも世間的な認識には、それなりに差があったと考えていいだろうね。
328: 人間七七四年 2009/04/29(水) 18:05:09 ID:MnG+G+jk
浅井長政は、1560年に1万の軍勢で六角破ってる。
この時点では非常に有望な大名だけど、以後全然領土が増えてないような。
信長の存在は、長政に不幸だったような・・・
この時点では非常に有望な大名だけど、以後全然領土が増えてないような。
信長の存在は、長政に不幸だったような・・・
360: 人間七七四年 2009/08/15(土) 20:59:56 ID:h8Gd16A9
>>328
増えてるよ。当時は江北3郡15万石程度だったのが、長政が後をついでから江北6郡39万石まで勢力拡大したのだから。
増えてるよ。当時は江北3郡15万石程度だったのが、長政が後をついでから江北6郡39万石まで勢力拡大したのだから。
330: 人間七七四年 2009/05/16(土) 16:07:56 ID:DUn5t0nA
1560年って、桶狭間合戦があった年じゃねえか。
浅井長政が、「長」という字をつけた名前に改名した年でもあるらしい(ただし疑問)。
美濃国を攻略するのに、桶狭間合戦以後で7年くらいかかっているので、隣国の敵のさらに向こう側は、味方、という図式なら、浅井長政にとって信長と同盟することはメリットがある。
○ ● ○ ●
六 - 浅 - 斉 - 織
角 井 藤 田
○同士は同盟
●同士は同盟
東海道?沿いに、敵と味方がサンドイッチ状態
浅井長政が、「長」という字をつけた名前に改名した年でもあるらしい(ただし疑問)。
美濃国を攻略するのに、桶狭間合戦以後で7年くらいかかっているので、隣国の敵のさらに向こう側は、味方、という図式なら、浅井長政にとって信長と同盟することはメリットがある。
○ ● ○ ●
六 - 浅 - 斉 - 織
角 井 藤 田
○同士は同盟
●同士は同盟
東海道?沿いに、敵と味方がサンドイッチ状態
337: 人間七七四年 2009/05/29(金) 21:20:27 ID:ggFWYIBx
信長が京都と往復するとき、湖北の浅井は邪魔。
いずれ、国替えされて領地は取り上げられていただろう。
だったら、チャンスを見て信長を討ち滅ぼしてしまえばいい。
いずれ、国替えされて領地は取り上げられていただろう。
だったら、チャンスを見て信長を討ち滅ぼしてしまえばいい。
341: 人間七七四年 2009/07/04(土) 18:29:06 ID:7klS+D+A
最近の浅井長政=義将、という流れが気持ち悪くて仕方ない。
信長に敵対した件でそうなっているらしいが、ありゃ単純に家中の親朝倉派に押し切られただけじゃないか。
信長に敵対した件でそうなっているらしいが、ありゃ単純に家中の親朝倉派に押し切られただけじゃないか。
345: 人間七七四年 2009/07/05(日) 09:40:31 ID:4NkX+FvJ
フロイスの信長に対する記述とか見てると、誰でも裏切りたくなると思う
俺が同盟者でもチャンスあればやっちゃってたかもな
俺が同盟者でもチャンスあればやっちゃってたかもな
348: 人間七七四年 2009/07/06(月) 00:53:19 ID:BWf4nDar
>>345
フロイスの信長評は宗教的な立場の違いが反映されたものだろ。
フロイスの評価を信じるなら秀吉なんかボロカスだし。
フロイスの信長評は宗教的な立場の違いが反映されたものだろ。
フロイスの評価を信じるなら秀吉なんかボロカスだし。
363: 人間七七四年 2009/08/22(土) 23:37:51 ID:N8VrAydg
>>345
フロイスの評価を信じると齋藤龍興や竜造寺隆信は名将になるぞ
フロイスの評価を信じると齋藤龍興や竜造寺隆信は名将になるぞ
365: 人間七七四年 2009/09/03(木) 22:25:54 ID:cTLUrOap
>>363
キリスト教信者の和田惟政なんか智勇兼備の名将で、出陣していないはずの戦(姉川の合戦など)にまで大活躍だもんなw>フロイス本では
キリスト教信者の和田惟政なんか智勇兼備の名将で、出陣していないはずの戦(姉川の合戦など)にまで大活躍だもんなw>フロイス本では
377: 人間七七四年 2009/09/10(木) 08:57:30 ID:oXZj+A2l
浅井って北近江をやっとこ統治して、朝倉に頭上がらず、久政が政に口出ししてくるお家柄だから、何もできず滅んだ印象
378: 人間七七四年 2009/09/10(木) 19:38:31 ID:Na3hCY99
南近江の六角を圧迫してたんだから、豪族レベルとしては優秀
小大名レベルとしては微妙
群雄レベルでは論外
小大名レベルとしては微妙
群雄レベルでは論外
380: 奇矯屋onぷらっと ◆SRGKIKYOUM 2009/09/18(金) 01:50:10 ID:GGIINAfL
市という女性が結果的に豊臣秀頼や徳川家光の祖母になり皇室にも血を遺してしまったために
後世に尾鰭を付けまくられてしまっただけじゃないかと。
後世に尾鰭を付けまくられてしまっただけじゃないかと。
384: 人間七七四年 2009/11/05(木) 15:25:16 ID:kf5rmYb8
近江一国押さえてないよね。
385: 人間七七四年 2009/11/05(木) 22:43:21 ID:T4o0Qk3i
>>384
最大瞬間で、江北六郡39万石といわれる>浅井家
その直後に、一旦投降に成功した朽木氏に離反されたりしてるが
最大瞬間で、江北六郡39万石といわれる>浅井家
その直後に、一旦投降に成功した朽木氏に離反されたりしてるが
386: 人間七七四年 2009/11/09(月) 22:48:40 ID:1pVTKGWC
39万石っていえば立派な大大名じゃん。
そんなにスケールでかかったのか?
そんなにスケールでかかったのか?
388: 人間七七四年 2009/11/10(火) 12:32:35 ID:+0vqGejK
六角氏を押さえてたんだから確かに大大名だろ。
389: 人間七七四年 2009/11/14(土) 21:45:41 ID:K3Qr3Cfa
>>388
抑えてたといっても、佐和山を切り取ったくらいでしょ
抑えてたといっても、佐和山を切り取ったくらいでしょ
390: 人間七七四年 2009/11/17(火) 16:19:56 ID:3yPh9Zjb
近江一国なんて完全に押さえたら80万石で
1時間以内に京洛中に兵を展開出来る
しかし現実は寺社や公家、幕府領、自治村が入り乱れて統一が困難
1時間以内に京洛中に兵を展開出来る
しかし現実は寺社や公家、幕府領、自治村が入り乱れて統一が困難
391: 人間七七四年 2009/11/17(火) 23:22:11 ID:6prrcUzj
>>390
それに近江はその地勢自体をみてわかるように、諸国につながりすぎてる訳で・・・
攻めるに易く、守り難い。
それに近江はその地勢自体をみてわかるように、諸国につながりすぎてる訳で・・・
攻めるに易く、守り難い。
392: 人間七七四年 2009/12/13(日) 08:49:00 ID:eG/aGvjZ
交易には向いてるけどね。
397: 人間七七四年 2010/02/24(水) 06:13:06 ID:ya8IZbMY
琵琶湖があと半分の大きさなら近江一国で120万石くらいになってたと思うと凄まじい
376: 人間七七四年 2009/09/09(水) 15:55:19 ID:HIjoqfJV
今「死して残せよ虎の皮」って本読んでるけど、そこに出てくる浅井長政は(見た目はデブだが)人としてかなりかっこよく描かれてて、そんで絶倫設定だったわ。絶倫・・・
でも信長とかも子ども多くない?
信長が浅井方に結納を準備したってのは、やっぱり後世の創作なのかねえ。
信長って身内には優しい印象があるから、浅井が裏切らなかったら、歴史はまた違ったのかもなと思う反面、徳川に娘が嫁いでたからか現代では長政とかがいいイメージ先行してるってのもあるしなぁ
でも信長とかも子ども多くない?
信長が浅井方に結納を準備したってのは、やっぱり後世の創作なのかねえ。
信長って身内には優しい印象があるから、浅井が裏切らなかったら、歴史はまた違ったのかもなと思う反面、徳川に娘が嫁いでたからか現代では長政とかがいいイメージ先行してるってのもあるしなぁ
398: 月孔雀 2010/02/24(水) 06:30:56 ID:650utbqV
浅井長政は、美男子。
402: 人間七七四年 2010/02/25(木) 21:34:59 ID:TNkOeHD2
マジレスすると、実際、本人を見て書いた肖像画なんて一枚もないから分からん。
本当に太っていたかどうかも分からないし、美男子ではなかったかもしれない。
逆に、太っていた可能性もあるし、今の人が見て不細工、または美男子だった可能性もある。
「戦国」を冠するゲームのせいっていわれているが、昔から浅井=美男子説はあるし、はっきりとは知らないんだが史料に(誰か知っていたら教えてくれ) 美男子を思わせる長政の記述があるらしい。だから、今はともかく昔は美男子だったかもしれない。
でも、太っていても脂肪じゃなくて筋肉の可能性のほうが高いとは思う。
本当に太っていたかどうかも分からないし、美男子ではなかったかもしれない。
逆に、太っていた可能性もあるし、今の人が見て不細工、または美男子だった可能性もある。
「戦国」を冠するゲームのせいっていわれているが、昔から浅井=美男子説はあるし、はっきりとは知らないんだが史料に(誰か知っていたら教えてくれ) 美男子を思わせる長政の記述があるらしい。だから、今はともかく昔は美男子だったかもしれない。
でも、太っていても脂肪じゃなくて筋肉の可能性のほうが高いとは思う。
404: 人間七七四年 2010/02/26(金) 13:47:25 ID:3Dr9KA/B
>>402
マジレスするとよく出てくる長政の肖像は娘の淀が菩提を弔うために納めたもの。
寿像ではなくても実の娘が描かせてるわけだから美化してることはあっても、似てないなんてことはない。
浅井長政=美男子説も小説ならいざ知らず、文献、研究その他で聞いたことない。(そんな研究やる人間なんてまずいないし)
浅井氏を顕彰する浅井三代記ですら、美男子なんて書いてないはず。
マジレスするとよく出てくる長政の肖像は娘の淀が菩提を弔うために納めたもの。
寿像ではなくても実の娘が描かせてるわけだから美化してることはあっても、似てないなんてことはない。
浅井長政=美男子説も小説ならいざ知らず、文献、研究その他で聞いたことない。(そんな研究やる人間なんてまずいないし)
浅井氏を顕彰する浅井三代記ですら、美男子なんて書いてないはず。
406: 人間七七四年 2010/02/27(土) 19:48:52 ID:n7HJmAbt
秀頼が大男でしかも太ってたらしいから、浅井長政は体が大柄というのは、可能性が多いにある。
409: 人間七七四年 2010/02/28(日) 03:12:16 ID:WtFyDSAe
長政の一周忌に描かれた肖像画(京都の絵師が描かせ、徳勝寺の四世源秀が賛を書いている)は、割合端正な顔立ちという印象を受けたが、それでもやはり、かなり恰幅がよく描かれているんだよね。
肖像などを見る限りだとやはり、長政はかなり体格(恰幅)のよい人だったんじゃないかなと思う
肖像などを見る限りだとやはり、長政はかなり体格(恰幅)のよい人だったんじゃないかなと思う

418: 人間七七四年 2010/03/04(木) 23:24:00 ID:DrOY+KWx
>>409で挙げた長政一周忌に描かれた肖像は、徳勝寺に伝来していたもので、長政は徳勝寺の三世と親交があったようだし、賛を入れているのが同寺の四世で、(おそらく長政の容貌をよく知っていたであろう人間が関与しているものなので、)比較的信用していいんじゃないかなあとは思う。
淀殿が描かせたもののほうが髭も生やしており、印象としては猛々しい感をうけるけどね。
淀殿が描かせたもののほうが髭も生やしており、印象としては猛々しい感をうけるけどね。
413: 人間七七四年 2010/02/28(日) 12:06:19 ID:uFUVn6Ty
29歳で死んで、美人妻。ってとこから、源義経と一緒で、美男子を連想させるんだと思う。
実際、義経も美男子では無いようだし、長政も美男子ではないだろうな。
周りについている設定が良いから、そう思われる。
実際、義経も美男子では無いようだし、長政も美男子ではないだろうな。
周りについている設定が良いから、そう思われる。
426: 人間七七四年 2010/04/13(火) 17:56:11 ID:9txLWL7q
浅井が織田を裏切ったのは、単純に戦国大名として独立を守りたかっただけだと思う。
美濃・南近江・山城に続き、若狭・越前まで織田に獲られると、北近江の浅井はほぼ包囲される形となり、自由な領土拡大ができなくなる。
「おいおいちょっと待ってくれよ。同盟相手を包囲するか普通?」
そんな浅井勢の声が聞こえてきそうだ。
当然、浅井は織田を「勢力差はあれど、あくまで同盟相手」とみていただろう。
しかし、織田は違った。
織田は浅井を「婿が支配する属国」程度に考えていた。
そんな織田の思惑が明らかになった時、とるべき道は二つだけだ。
裏切るか、従うか。
長政個人がどう考えていたかは知らないが、当時の状況は、
・織田と足利義昭の関係がギクシャクしだしていた
・包囲網は形成されていないものの織田は周囲に敵だらけ
・美濃攻略や六角家駆逐に少なからず貢献したのに大した見返りもなく浅井家中に不満
裏切るなというほうが無理だ。
これが金ヶ崎の一件の真相ではなかろうか?
朝倉家との関係はさほど濃密ではなかったので考えなくていいと思う。
むしろ織田が侵攻しなければ、浅井こそが朝倉を滅ぼしていたのかもしれない。
美濃・南近江・山城に続き、若狭・越前まで織田に獲られると、北近江の浅井はほぼ包囲される形となり、自由な領土拡大ができなくなる。
「おいおいちょっと待ってくれよ。同盟相手を包囲するか普通?」
そんな浅井勢の声が聞こえてきそうだ。
当然、浅井は織田を「勢力差はあれど、あくまで同盟相手」とみていただろう。
しかし、織田は違った。
織田は浅井を「婿が支配する属国」程度に考えていた。
そんな織田の思惑が明らかになった時、とるべき道は二つだけだ。
裏切るか、従うか。
長政個人がどう考えていたかは知らないが、当時の状況は、
・織田と足利義昭の関係がギクシャクしだしていた
・包囲網は形成されていないものの織田は周囲に敵だらけ
・美濃攻略や六角家駆逐に少なからず貢献したのに大した見返りもなく浅井家中に不満
裏切るなというほうが無理だ。
これが金ヶ崎の一件の真相ではなかろうか?
朝倉家との関係はさほど濃密ではなかったので考えなくていいと思う。
むしろ織田が侵攻しなければ、浅井こそが朝倉を滅ぼしていたのかもしれない。
427: 人間七七四年 2010/04/13(火) 19:46:01 ID:opeMZbiD
領土広げたいなら織田の支援受けて朝倉攻めすれば北陸方面切り取り放題になるんじゃね
428: 人間七七四年 2010/04/13(火) 21:12:13 ID:2wYbHv7B
>>427
あの時の情勢の中で、信長が生き残っていく予想が(常人である長政に)つくか?
信玄でさえも、ついていない予想なのに、まだ若い長政は無理だろう。
あの時の情勢の中で、信長が生き残っていく予想が(常人である長政に)つくか?
信玄でさえも、ついていない予想なのに、まだ若い長政は無理だろう。
429: 人間七七四年 2010/04/15(木) 04:47:08 ID:iaQQTubi
織田が朝倉を攻める時は必ず浅井に一声かけてくれよなって話は有名だけどここじゃ一度も挙がってないね
やはり俗説だったのか
まあいかにも浅井側を正当化したいがために取って付けたって感じだもんな
やはり俗説だったのか
まあいかにも浅井側を正当化したいがために取って付けたって感じだもんな
431: 人間七七四年 2010/04/18(日) 09:42:39 ID:kQ+hQORQ
>>429
たとえそういう約束があったとしても土台無理なのは浅井も分かっていただろう。
となると、約束していたとしてもしていなかったとしても浅井の言い分には無理がある。
たとえそういう約束があったとしても土台無理なのは浅井も分かっていただろう。
となると、約束していたとしてもしていなかったとしても浅井の言い分には無理がある。
432: 人間七七四年 2010/05/01(土) 21:42:40 ID:X69LFZYO
つーか事前に相談したからどうなんだって話だよな。
織田方からすれば浅井から朝倉に知らされる可能性があるし。
織田方からすれば浅井から朝倉に知らされる可能性があるし。
436: 人間七七四年 2010/07/07(水) 01:49:35 ID:GFq30RQU
結果だけみると長政wwだけど、元亀元年から翌年までの動きをみれば、元亀三年に羽柴にすら押し込まれて、元亀四年に髑髏の置物になってるとは思わんだろ。
勝算はあったはず。
当時の情勢から考えりゃ織田が巻き返すなんて思えない。
勝算はあったはず。
当時の情勢から考えりゃ織田が巻き返すなんて思えない。
437: 人間七七四年 2010/07/07(水) 15:59:49 ID:dMCfqcky
>>436
というか、長政の考え方は普通だと思う
馬鹿でも賢くもない
突飛でもないが、ちょっと潔癖と言うか一本気な感じがする
というか、長政の考え方は普通だと思う
馬鹿でも賢くもない
突飛でもないが、ちょっと潔癖と言うか一本気な感じがする
438: 人間七七四年 2010/07/09(金) 20:01:42 ID:Bx1E3jAw
手紙とか見て、当時にしては字がきれいな人って印象>長政
戦国武将で字の汚い人の多いこと多いこと。
戦国武将で字の汚い人の多いこと多いこと。
439: 人間七七四年 2010/07/09(金) 20:31:49 ID:Fg+PN2kr
一説によると字が汚い人はいい加減、もしくは一本気な人が多いとか
逆に字が綺麗な人は神経質、又は臆病らしい
何だかんだで長政も織田と手切る時はかなり悩んだんじゃないかね
逆に字が綺麗な人は神経質、又は臆病らしい
何だかんだで長政も織田と手切る時はかなり悩んだんじゃないかね
引用元: ・浅井長政総合スレ

