1: 世界@名無史さん 2019/11/02(土) 03:20:25.26 0
アイヌの歴史について語りましょう








10: 世界@名無史さん 2019/11/03(日) 16:02:23.29 0
戦後急速に日本経済に組み込まれて民族消滅したのはなぜ?
思うに近代以降唯一?の民族浄化だと思うが

12: 世界@名無史さん 2019/11/03(日) 16:04:15.97 0
消滅してねーよ
民族固有の生活していないとダメってのなら、日本人だって瑞穂の国の生活をしてねーだろ

13: 世界@名無史さん 2019/11/03(日) 16:07:11.64 0
>>12
言語も宗教も文化もアイデンティティを保ってないなら消滅したといってもいいでしょ
それなら満州人も消滅したといってもいいかな

15: 世界@名無史さん 2019/11/03(日) 16:10:42.17 0
民族の定義は所属意識だからな。
宗教は関係ないのでは?昔から千島アイヌなんかロシア正教に入っていたぞ。

14: 世界@名無史さん 2019/11/03(日) 16:09:30.48 0
なぜ独自の国家を持つことなく日本とロシアに分割されることを望んだのか

17: 世界@名無史さん 2019/11/03(日) 16:33:46.47 0
アイヌがそれを望んだとは初耳やけど
一つの国を持つ気がない、過去に持ったこともない民族なんか珍しくないやろ
国なんていう概念ができる前から民族はあった

18: 世界@名無史さん 2019/11/03(日) 16:44:37.19 0
アイヌは国という概念を持ち得なかったかもね。
シャクシャインの乱の時に、倭人と対抗する形で広範囲な地区のアイヌが同盟したけど、この乱の抑える方法がこれまた酷い方法だからなあ。
シャクシャインの戦い(シャクシャインのたたかい)は、1669年6月にアイヌでシブチャリの首長シャクシャインを中心として起きた蜂起。アイヌ2部族の抗争、報復の最中に松前藩に対する武器貸与要請の使者に関する誤報から、松前藩への大規模な蜂起に発展した。

22: 世界@名無史さん 2019/11/03(日) 20:55:09.38 0
アイヌって凶暴な民族だったのですか?

23: 世界@名無史さん 2019/11/03(日) 21:20:25.76 0
それなりに抗争はあったぞ。
阿倍比羅夫の記録だと、ギリヤークの方が問答無用で攻撃するからそっちの方が危険だと思うが。
ニヴフ/ニブフ、ロシア語の複数形ではニヴヒ/ニブヒは、主としてロシアに住む少数民族である。その多くは樺太(サハリン州)、アムール川(黒竜江)下流域に住んでいる。1979年の人口は約4,400人。かつては、ギリヤーク、複数形ギリヤーキと呼ばれた。

アイヌとも、ツングース・満洲系諸族やモンゴル系民族とも系統の異なる民族であり、古シベリア諸語(旧アジア諸語)の一つである固有の言語ニヴフ語を話す。



阿倍 比羅夫(あべ の ひらふ、生没年不詳)は、7世紀中期(飛鳥時代)の日本の将軍。氏姓は阿倍引田臣。冠位は大錦上。越国守・後将軍・大宰帥を歴任した。斉明天皇4年(658年)から3年間をかけて日本海側を北へ航海して蝦夷を服属させ、東北以北にて粛慎と交戦した。

26: 世界@名無史さん 2019/11/03(日) 22:49:31.81 0
>>23
阿倍比羅夫が戦った相手がギリヤークって証拠はあるの?

28: 世界@名無史さん 2019/11/03(日) 23:03:51.36 0
>>26
戦った場所が日本海側の大きな島(=奥尻島)、奥尻島でギリヤークの遺跡が発掘されていること、蝦夷語(=アイヌ語)が通用しない民族との交戦。その民族の交易態度が沈黙交易であること(千島アイヌも沈黙交易だったけどさ)などからの推理。

154: 世界@名無史さん 2019/11/19(火) 17:05:13.30 0
>>23
そもそも阿倍比羅夫の蝦夷討伐が本当にあったのかも怪しい

155: 世界@名無史さん 2019/11/19(火) 17:19:05.93 0
>>154
記録によると、蝦夷とは仲良く饗応した。
戦闘は多分ギリヤーク。

ウソかも知れん。地名が北に行くほど現在の地名と合わず不明だからね。
だが、全く信用しない理由もない。死者の名前も明記されているしな。

156: 世界@名無史さん 2019/11/19(火) 17:28:35.86 0
>>155
元々の目的は蝦夷征討だぞ
粛慎討伐はついで

158: 世界@名無史さん 2019/11/19(火) 17:51:35.01 0
そもそも阿倍比羅夫みたいな大物がわざわざそんな辺境の地まで来るか?普通は下っ端を派遣するだろ

159: 世界@名無史さん 2019/11/19(火) 20:33:20.71 0
つーか、その2~3年後に、阿倍比羅夫は朝鮮半島まで遠征しているんだけど。
東へ西へ大変だねw

で、大敗北と。

168: 世界@名無史さん 2019/11/20(水) 13:15:09.93 0
>>159
この阿倍ちゃんだけやたら活動範囲広いな
粛慎征伐も白村江の戦いもこいつが勝手にやった海賊行為を私掠船みたいに追認しただけかもな

169: 世界@名無史さん 2019/11/20(水) 21:25:23.73 0
>>168
私掠たって、アイヌが当時もっている宝はせいぜいがクマの皮だぞ。
ぶんどるつもりなら、皮もって山野に逃げるだろ。
饗応したから手に入ったんだろ。

181: 世界@名無史さん 2019/11/21(木) 23:34:37.32 0
阿倍比羅夫が北海道まで遠征したのはほぼ確実だろう
記紀によると後方羊蹄(しりべし)に政庁を置いたとあるが江別古墳群がその政庁跡に当たる可能性が高い

恐らく北海道統治は全く金にならず大和朝廷の持ち出しにしかならず撤退したのだろう
平安初期に秋田の蝦夷の反乱で東北を放棄した時に一緒に撤退したのかもしれない

183: 世界@名無史さん 2019/11/21(木) 23:47:11.97 0
>>181
878年の元慶の乱だな。915年の十和田湖火山で、一度支配したはずの地区が大被害を受けているはずなのに
火山の記録が一切文書で残っていないから、多分撤退したのだろう。

187: 世界@名無史さん 2019/11/22(金) 00:13:43.14 0
>>181
文献には「出羽ならび渡嶋の蝦夷八七人がやってきて馬1000匹を献納したので位と録を授けた」とあるが北海道で古代の馬の骨は発見されていないので渡島が現在の北海道にあたるかどうかは分からない

188: 世界@名無史さん 2019/11/22(金) 00:34:12.15 0
>>187
それは出羽の馬だろ。

189: 世界@名無史さん 2019/11/22(金) 02:19:32.88 0
>>188
出羽だけならわざわざ渡嶋なんて書く必要ないから渡嶋からも馬が送られてきたんだろ
よって渡嶋≠北海道説が有力である
渡嶋はおそらく沿海州から中国東北部のどこかの地域だろう

191: 世界@名無史さん 2019/11/22(金) 14:01:16.53 0
>>189
渡島からも来たというだけで
貢がれたブツ自体は出羽だろう

だいたい出羽の北の本土は津軽なので渡嶋が北海道でなく本州というのなら津軽と言わなければいけない

193: 世界@名無史さん 2019/11/22(金) 16:02:41.26 0
>>191
斉明天皇の時代の文献では畿内から最も遠い蝦夷の居住地は津軽らしいから渡嶋は津軽よりも畿内から近いところにあるだろうから渡嶋=北海道説は自然に否定される

33: 世界@名無史さん 2019/11/03(日) 23:59:36.41 0
もともとアイヌには純度の高い鉄を製造する技術が無かったので、マキリの製造もを和人の鍛冶屋に頼り切っていた

34: 世界@名無史さん 2019/11/04(月) 00:14:44.01 0
アイヌは昔から生活必需品を和人との交易に依存してたので、モノを作るという風習や文化が驚くほど欠如していた

35: 世界@名無史さん 2019/11/04(月) 01:14:22.94 0
擦文時代にはあった土器製造の技術が、アイヌ文化期に絶えた
擦文時代にはあった簡単な鉄器鍛造の技術が、アイヌ文化期に絶えた

「毛皮や干し鮭持っていけば鉄鍋や刃物や漆器と変えてくれるからいいや」
で話が止まってしまい、

製造法を学ぼうとはしなかった。

36: 世界@名無史さん 2019/11/04(月) 01:47:27.61 0
貞観地震があって三陸海岸沿いにいた製鉄集団がのきなみ北部に移動した。
鍛冶集団が蝦夷と組んだりしているから、本州アイヌなら鍛冶もできたんだよ。

そういう力をつけた蝦夷が、安東氏だったり蠣崎氏だったり清原氏だったり、奥州藤原氏だったりする。
奥州藤原氏は骨格は日本人だが、葬送の文化はアイヌそのものだから、母系で繋がって居るアイヌと父系の武士集団の良いとこどりだったに違いない。

まあ、北海道アイヌの道具は日本人に頼っていたのは事実だが、代わりに中国の絹織物や鷹の羽(矢の必需品だったりする)などの交易があるから気にしなかったのだろう。

37: 世界@名無史さん 2019/11/04(月) 01:48:42.43 0
ちなみに漆器は三内丸山にもあるから、アイヌ人も当然知っていたんじゃないの?
アスファルトに次ぐ接着剤が漆だしな。

38: 世界@名無史さん 2019/11/04(月) 02:09:53.97 0
北海道の縄文遺跡からは北海道の縄文人自製の漆器が出土しているが、やはりアイヌ文化期にはアイヌ自身の技術が絶えているんだよね

42: 世界@名無史さん 2019/11/04(月) 12:15:30.67 0
確かにアイヌ文化が成立した結果土器も製鉄も農業もしなくなったけど、別にそれは退化でも衰退でもない
むしろ文化が発達するほど専業化していって専門外の物は交易で調達するようになるのが普通やん
日本も今や食糧品は輸入ばっかりやけど、これを以って日本民族は食糧生産を放棄したなんて言わない

85: 世界@名無史さん 2019/11/10(日) 00:25:18.38 0
>>42
農業は擦文時代よりシャクシャインの頃の方が盛んだったんじゃないのか?

51: 世界@名無史さん 2019/11/05(火) 00:32:55.65 0
アイヌ人は農耕はあまりしない。
狩猟採取生活が多いから、移動しての生活が多いんだよね。

だから攻められれば逃げたりもする。土地に執着はしないが漁業権とかは主張する。


232: 世界@名無史さん 2019/12/15(日) 15:04:53.58 0
少なくとも、アイヌは自分で鉄製品を作り出すことができなかった

233: 世界@名無史さん 2019/12/15(日) 15:55:40.32 0
鉄の発明はヒッタイトだろ。それ以前は隕鉄から作ったようだが。
日本人の発明じゃないな。

貞観地震の発生で、三陸の製鉄技術者が被災して、その後技術者が蝦夷居住区に移住している。
アイヌは彼らから物々交換で得れば良いと判断した。

234: 世界@名無史さん 2019/12/15(日) 16:06:29.87 0
何故にアイヌは鉄の製造技術を習得しなかったのだね。

235: 世界@名無史さん 2019/12/15(日) 16:17:44.52 0
少なくとも擦文期に鉄の精錬技術を学ぶ機会はあったはずだ
でも「鮭や毛皮持っていけば鉄と変えてくれるからいいや」で話が止まってしまい、自身で製造する道を選ばなかった。
鉄鍋や漆器が交易で手に入るからと言う理由で、土器製造の技術を自身で無くしたのは痛い

挙句、文字を習い覚える機会はいつでもあったはずなのに、自身から文字を習うことはしなかった

おかげで場所請負人にさんざん足元見られて…

240: 世界@名無史さん 2019/12/15(日) 17:47:46.80 0
>>235
製鉄や字を学んだのが蝦夷系大名。
だから見分けがつかない。
三春藩の大名は蝦夷系の出自を誇った

244: 世界@名無史さん 2019/12/15(日) 19:59:25.33 0
三春藩の大名って秋田氏か?
安倍貞任の子孫を名乗る

245: 世界@名無史さん 2019/12/15(日) 20:12:52.73 0
秋田氏は先祖がアイヌ系なだけで本人は日本人だろ

246: 世界@名無史さん 2019/12/15(日) 20:23:46.00 0
秋田氏は日本人だろうが自らの蝦夷の出自を誇ったからな。
天皇家に繋がる家系図も一応はもっているが明治期に提出したのは蝦夷に繋がる家系図。

259: 世界@名無史さん 2019/12/16(月) 04:14:28.48 0
仙台平野以南からアイヌ語地名が急に少なくなる
これは大和時代のアイヌ人南下(考古学的には確実)を大和政権の多賀城の軍団が防いだ痕跡だろう
ヤマトタケルが征服したという日高味国(=北上国つまり岩手県)は4~5世紀の頃は寒冷化がひどく倭人が全滅していた
東北蝦夷は先住民ではない
明治時代に金田一長介先生が既に指摘している通りだ

388: 世界@名無史さん 2019/12/18(水) 21:36:28.70 0
漆器は三内丸山からも出ているから、アイヌも作っていたのでは?
日本人だって、アイヌから蝦夷錦を買って、ハレの日に出ていたぞ。

389: 世界@名無史さん 2019/12/18(水) 21:43:12.70 0
いや、確かに北海道の縄文遺跡、たとえば恵庭だか千歳のカリンパ遺跡からは漆塗りの櫛が出土している。
だがアイヌ文化期までに技術が絶えてしまっている。

あるいは北海道の縄文遺跡からは土偶が出土しているが、その子孫であるはずのアイヌは人形を極端に嫌がり、作るなんてとんでもないことだった。魂が入るからといって。

390: 世界@名無史さん 2019/12/18(水) 22:04:44.15 0
ニポポ人形って捏造された伝統なのか?
ニポポとは、北海道網走市の郷土玩具・民芸品。エンジュ材の木目を生かした八角形の胴をもつ一刀彫り無彩色の素朴な人形で、こけしのような形状をしている。「アイヌこけし」あるいは「網走こけし」とでも呼べるもので、7センチくらいのものから50センチくらいの大型まで10種類ほどが販売されている。

394: 世界@名無史さん 2019/12/19(木) 03:06:32.00 0
>>390
どんな伝統だって歴史のある時点で創造され継承されたものなんだから、それを捏造と呼ぶのはおかしいんだよ

391: 世界@名無史さん 2019/12/18(水) 22:53:34.50 0
ニポポは樺太アイヌの人形。
北海道アイヌは人形にアレルギー反応を示したが、樺太アイヌには人形を作る文化があった

408: 世界@名無史さん 2019/12/21(土) 14:45:50.99 0
ニポポ人形の起こりは、北海道の地主だったか村長だったかが、地元のアイヌに何か産業があったほうがいいと思い考案した民芸品

木彫りの人形を作って売ることを提案したわけだが、小刀を使い慣れていて器用なアイヌは、すぐ作り方を習得したものの、彼らはこれはどう見ても人でも動物でもなく「木」だよなあと思っていたから「木」であることから1歩も離れずに、いわば納得のいかないままに愛称をつけた
すなわち「ni (木)-popo(ちゃん)」と。

もともとニポポとは、人形作りに文化的に慣れた人たちがつけるような名前ではないのだ。

399: 世界@名無史さん 2019/12/19(木) 20:23:40.88 0
アイヌって、もめごとは話し合いで解決する、平和を愛する民族じゃなかったの!

400: 世界@名無史さん 2019/12/19(木) 20:36:46.27 0
んなわけない
元とも戦った戦闘民族

401: 世界@名無史さん 2019/12/19(木) 21:47:37.67 0
元が大船団を組んで樺太攻略し、アイヌを追い出して最南端に監視のための城をつくったしな。
それでも、ちょくちょく樺太に侵入される…と。

403: 世界@名無史さん 2019/12/19(木) 23:10:12.21 0
アイヌと言うか、当時の擦文人はどうやってモンゴルと戦ったんだ?
鉄製の武器もろくに無かったろうに

404: 世界@名無史さん 2019/12/19(木) 23:24:49.18 0
>>403
鉄は和人から手に入れた。
つーか、製鉄技術を手に入れた有力アイヌが、蝦夷系大名だろ。

406: 世界@名無史さん 2019/12/20(金) 00:03:51.65 0
樺太征服の為に大量の船が必要となり、第三次元寇は中止になったとも言える訳で…

407: 世界@名無史さん 2019/12/20(金) 22:04:21.57 0
モンゴルの第3次日本遠征が中止になったのは、ベトナム遠征が大失敗したからじゃないか?

409: 世界@名無史さん 2019/12/21(土) 16:54:46.30 0
>>407
それもあるが、アイヌの件も重要な要因

410: 世界@名無史さん 2019/12/21(土) 20:18:00.88 0
たった3千しか動員されてない骨嵬征伐にそこまでの影響力はないだろ
しかもじゃん負けに負けて樺太南端の白主に城塞まで作られてるし

411: 世界@名無史さん 2019/12/21(土) 21:23:40.46 0
とはいえ、船が根こそぎ動員されているからな。

438: 世界@名無史さん 2019/12/24(火) 20:18:20.56 0
>>411
いやされてないから
「元文類」だと骨嵬征討に向かったのは刑部の警吏たちで「捕盗」に分類されてるのに対して、日本や安南は「征討」に分類され動員されたの軍戸といったガチモンの軍隊で管轄や武装レベルからして全然違う
そもそも元は骨嵬を夜盗の集団と考え国家や民族として見なしてすらいないから列伝自体がたてられていない

引用元: ・アイヌの歴史