3: 世界@名無史さん 2024/01/31(水) 05:13:21.42 0
インカ征服のピサロ
アステカ滅ぼしたコルテスと覚えるが、コルテスはエルナン・コルテス・デ・モンロイ・イ・ピサロで、この人もピサロ

しかし学校ではアステカ滅ぼした人をピサロと答えると×

6: 世界@名無史さん 2024/02/05(月) 16:09:32.87 0
イギリスの植民地になって全部公用語が英語だったら史実よりも経済発展してたんだろうか

26: 世界@名無史さん 2024/03/21(木) 22:23:59.23 0
>>6
1806年にイギリス軍がブエノス・アイレスに侵入したが、結局現地人に撃退された。
このときイギリスの植民地になっていたら多少は歴史が変わっていたんだろうか?

7: 世界@名無史さん 2024/02/05(月) 20:41:15.82 0
チリ南部の面積がもっと広かったら英国・ドイツ系移民がもっと多かっただろうな

32: 世界@名無史さん 2024/03/29(金) 08:24:54.92 0
ジャマイカ見るに必ずしも英語圏に入ることが繁栄することにはつながらない気もする

33: 世界@名無史さん 2024/03/29(金) 08:41:45.70 0
アルゼンチン人は3割くらい先住民の遺伝子で、わずかにアフリカ系の遺伝子も見つかる


no title

34: 世界@名無史さん 2024/03/29(金) 08:51:24.28 0
俺もアルゼンチン最大の民族は、スペイン系ではなくイタリア系って信じてたけど、実際は「少しでも」イタリア系の血を引くのが半数いるというだけで、最大の先祖集団はスペイン系のようだ
>>33の遺伝子調査でも、イタリア系よりスペイン・ポルトガル系が圧倒的に多い

37: 世界@名無史さん 2024/03/29(金) 20:11:37.68 0
結局初期はスペインからの単身者の移民だからね。
彼らが現地のインディオ若しくはアフリカ系(当時はそれなりに居た)と結婚し混血が生まれる。
で、その混血がスペイン若しくは他の欧州移民と結婚し白人化する。
だから見た目は白人でも実はインディオ若しくはアフリカ系の血が入ってましたというパターンが多い。

スペインの場合大陸から出る前からアフリカ系と混血してるけども

38: 世界@名無史さん 2024/03/29(金) 20:12:55.96 0
あ、アフリカ系と混血と言ってもごく少数だね。
ローマ帝国や中世の奴隷貿易の影響だけど

78: 世界@名無史さん 2024/04/25(木) 23:44:54.84 0
アルゼンチン人は、自国を南米のヨーロッパだと言っている

79: 世界@名無史さん 2024/04/26(金) 09:08:06.61 0
>>78
チリはどうなんだろ

80: 世界@名無史さん 2024/04/26(金) 09:17:27.28 0
>>79
チリについてはそういう話は聞かないなあ

あるブラジル人が、アルゼンチン人は態度のデカさでは南米一とかいっていたけど

81: 世界@名無史さん 2024/04/27(土) 00:03:34.16 0
ブラジルではドラマ「ザ・ガードマン」でもおなじみなオペル・レコルトCがシボレー・オパラの名で長年現地生産されてたんたな。
むろんマイナーチェンジを行い続けながらだったけど

83: 世界@名無史さん 2024/04/27(土) 08:12:52.13 0
シボレー・オパラ:67年デビューから25年間
センチュリー:67年デビューから30年間

何気に日本のセンチュリーのほうが長かった
のが意外

84: 世界@名無史さん 2024/04/27(土) 10:11:56.30 0
キューバへ行くと、今でも古いアメリカ車が走っている

86: 世界@名無史さん 2024/04/27(土) 19:26:35.23 0
>>84
キューバ革命がなければ新型のアメ車も走ってたんだろうな

85: 世界@名無史さん 2024/04/27(土) 19:24:14.21 0
アルゼンチンは60年代初頭型のフォード・ファルコンが30年間現地生産されてたが、80年代前半にビッグマイナーチェンジがおこなわれ、インパネが同時期のフォードグラナダ(イギリス、ドイツ向けの欧州モデル)  っぽくなってたな

89: 世界@名無史さん 2024/04/27(土) 21:29:00.10 0
ベネズエラのウゴ・チャベスはグアテマラのアルベンス(チャベス同様左派軍人上がり)をどう思ってたんだろう。

アルベンスはスターリンを尊敬しており、彼の死に際し追悼コメントを出したり議会で黙祷を捧げてたりしたそうだけど
Retrato_de_Presidente_Jacobo_Árbenz


ハコボ・アルベンス・グスマン
(Jacobo Árbenz Guzmán、1913年9月14日 - 1971年1月27日)は、グアテマラの軍人(大佐)、政治家。国防大臣(1944年 - 1951年)及び大統領(1951年 - 1954年)を務めた。

大統領在任中の1954年、アメリカ合衆国及び中央情報局(CIA)が策したクーデター、「PBSUCCESS作戦」により失脚。カルロス・カスティージョ・アルマス大佐を首班とする軍事政権・独裁政権が成った。

クーデター発生後に亡命し、1971年メキシコにて客死。


90: 世界@名無史さん 2024/04/27(土) 23:18:43.62 0
チャベスはシモン・ボリバルに自分を重ね合わせていたとか
シモン・ボリバル(1783年7月24日 - 1830年12月17日)は、南米大陸のアンデス5か国をスペインから独立に導き、統一したコロンビア共和国を打ちたてようとした革命家、軍人、政治家、思想家である。

ベネズエラのカラカスに南米大陸屈指の名家の男子として生まれたが、早いうちに妻を亡くしたことがきっかけとなって、その後の生涯をラテンアメリカの人々の解放と統一に捧げた。

92: 世界@名無史さん 2024/04/28(日) 10:03:18.41 0
チャベスは原油価格の高騰という追い風を受けて、バラマキ政策を行い、貧困を改善することができた

95: 世界@名無史さん 2024/04/28(日) 15:51:58.12 0
ベネズエラの間違いは、原油高にあぐらをかいて、他の産業の育成を怠ったことだよな。
大黒柱でありほぼ唯一の外貨獲得源だった原油価格が3分の1になったことで、ベネズエラ経済は大混乱に陥った。

98: 世界@名無史さん 2024/04/28(日) 19:45:41.14 0
資源があると技術が伸びにくくなる
まあ、人件費削減だけで乗り切ろうとして技術が発展しなくなった国もあるけど

100: 世界@名無史さん 2024/04/28(日) 21:46:29.16 0
アルゼンチンのペロンは、分配策の強化とともに、産業の国有化や保護主義に傾倒したが、これもうまくいかなかったんだよな

101: 世界@名無史さん 2024/04/28(日) 21:53:49.22 0
撃墜王ルーデルはペロン政権下のアルゼンチンへ渡り、同国の空軍で教官を務めてたな

102: 世界@名無史さん 2024/04/28(日) 22:21:55.67 0
第二次大戦後、バチカンの支援でナチ戦犯がアルゼンチンをはじめとした南米諸国へ逃れてたな

103: 世界@名無史さん 2024/04/29(月) 10:25:37.78 0
アルゼンチンは、輸入代替工業化を行おうとしたけど、当時のアルゼンチンの人件費は高かったうえ、工業化に必要な人材や産業も集積していなかった。

93: 世界@名無史さん 2024/04/28(日) 10:26:14.54 0
アメリカも冷戦崩壊後は(息のかかった現地の右派軍人による)軍事政権を擁立・支援できなくなったな。

96: 世界@名無史さん 2024/04/28(日) 19:20:46.45 0
中南米の左派ゲリラの中にはマオイズムを信奉するセンデロルミノソもあったな

104: 世界@名無史さん 2024/04/29(月) 12:54:27.18 0
ボリバルがガイアナ解放を目指さなかったのは非スペイン領だからか?

105: 世界@名無史さん 2024/04/29(月) 19:09:27.53 0
>>104
大英帝国の力を恐れてのことじゃね?

107: 世界@名無史さん 2024/04/29(月) 21:18:27.06 0
ラテンアメリカはスペインから独立した後、イギリスの非公式帝国(自由貿易の帝国)に組み入れられた
イギリスとしてもそのほうがコストが安くついたのだ

108: 世界@名無史さん 2024/04/29(月) 22:34:17.12 0
個人的にはサン・マルティン好きなんだが、ボリーバルと比べて評価低いよね。
晩年 故国を捨てたというのが大きいのかもしれんが、もう少し評価してほしい。
ホセ・フランシスコ・デ・サン・マルティン・イ・マトーラス( 1778年2月25日 - 1850年8月17日[1])は、アルゼンチン出身の軍人で政治家。南アメリカ各国をスペインから独立させるために活躍した。

南アメリカをスペインから独立させるために果たした業績はシモン・ボリーバルと比較すると、同等とまで言うことは難しいが、現在でも南米南部の独立の英雄として広く尊敬を集めており、特にアルゼンチンでは彼の命日を国民の祝日として定め、現行の1000アルゼンチン・ペソ紙幣など、複数の紙幣の肖像画にも採用している。

111: 世界@名無史さん 2024/04/30(火) 05:24:37.79 0
サンマルティンのアンデス越えとか、面白いエピソードだと思うけどな。
アンデスを越えてチリに攻め込み、チリを策源地として海上からペルーを攻めるというアイディアを思いついた。

117: 世界@名無史さん 2024/05/18(土) 06:36:20.17 0
チリはクロアチア系とイギリス系が多いみたいだね。
南米の国々によってスペイン、ポルトガル系移民以外の欧州系の割合に違いが見れるのは興味深い。

ベネズエラはイタリア系が意外と多かった。

120: 世界@名無史さん 2024/05/22(水) 03:38:58.21 0
>>117
チリとベネズエラには欧州系移民が多いようですね。でも、南米全体で見ると、スペイン系やポルトガル系移民の方が圧倒的に多いんですよ。それに、欧州系移民と言っても、クロアチア系、イギリス系、イタリア系など、様々なグループがいるんです。それぞれのグループには異なる文化や歴史があるので、一概に「欧州系」と言っても、南米社会への影響は様々なんですよ。

118: 世界@名無史さん 2024/05/19(日) 23:36:01.03 0
チリ(に限らず南米諸国)のイギリス系って宗教的にはプロテスタント信仰を維持してるのかな

119: 世界@名無史さん 2024/05/21(火) 22:58:50.99 0
アルゼンチンにおける名門校は、イギリスのパブリック・スクールをモデルにしてつくられたもの

また、アルゼンチンの鉄道網を建設したのはイギリス人

122: 世界@名無史さん 2024/05/22(水) 16:00:33.53 0
アルゼンチン国民の中には、イギリスに対する対抗意識とともに、憧れや敬意があった
アングロ・アルゼンチン人やイギリス人は勤勉であったし、大体において富裕であって尊敬されていた
イギリス風の学校に通い、クラブでポロをすることは憧れの対象であった

125: 世界@名無史さん 2024/05/22(水) 20:26:47.28 0
>>122
アルゼンチンでのラグビーもイギリスの影響?

127: 世界@名無史さん 2024/05/23(木) 11:52:17.30 0
>>125
アルゼンチンでのラグビーは、確かにイギリスの影響が大きいと言えますね。歴史を紐解くと、19世紀後半にイギリス人移民がアルゼンチンにラグビーを持ち込み、それが徐々に現地の人々に根付いていったんです。

132: 世界@名無史さん 2024/06/09(日) 18:17:34.86 0
南米の中じゃ競馬もアルゼンチン、ブラジルがレベル高いみたいだな

133: 世界@名無史さん 2024/06/10(月) 20:49:48.25 0
19世紀半ばから発展したアルゼンチン競馬は、欧州の影響を受けながら独自の文化を築き上げ、サラブレッドの血統管理や競馬場の運営において世界トップレベルの評価を得ています。
20世紀に入って本格化したブラジル競馬は、近年賞金水準の向上や国際交流の活性化により注目を集め、ダート競馬は世界最高峰と言われています。
近年急速に発展しているペルー競馬は、2016年に南米最大の賞金レースであるサンペドロ大賞を開催。チリ競馬も着実に成長し、南米競馬の勢力図に変化をもたらす可能性を秘めています。
各国の競馬はそれぞれ特色があり、南米競馬は今まさに熱気を帯びています。

134: 世界@名無史さん 2024/06/11(火) 09:22:13.08 0
19世紀英国の影響だな

引用元: ・ラテンアメリカ・メソアメリカ・中南米の歴史