考古学

【豪族】万呂(まろ)と名前が刻まれた土器、古代に鋳造された12種類の貨幣の1つ「長年大宝」 共に愛媛県内初出土

1: 水星虫 ★ 2019/05/21(火) 13:39:43.25 ID:3U8YxeFW9

http://www3.nhk.or.jp/lnews/matsuyama/20190521/8000003680.html
※NHKローカルニュースは元記事が消えるのが早いので御注意を

今治市内の遺跡から県内で初めて古代の豪族の名前が刻まれた土器の一部が出土し、愛媛の古代の豪族の関係を知る上で注目されています。

今治市の「新谷古新谷遺跡」でことし3月、壺の形をした土器の一部が出土しました。
直径7センチほどの円い底の中央には人物の名前が刻まれていて、最初の2文字が「凡直」、その下の1文字が、万葉集の「万」と風呂の「呂」を合わせた字で、「まろ」と読むと考えられます。
豪族の名前が刻まれた土器が見つかるのは県内では初めてです。

形の特徴から8世紀後半ごろの奈良時代から平安時代のものと見られ、出土の状況などから土器はこの場所で祭しなどに使われていたと考えられます。「凡直」氏は、瀬戸内地域で活動していた古代豪族ですが、別の豪族が影響力を持っていたいまの今治市の一帯で史料が見つかったことはなく、古代の愛媛の豪族の関係を知る手がかりになると注目されています。

また、土器が出土した場所の近くでは古代に鋳造された12種類の貨幣の1つ、「長年大宝」も県内で初めて見つかりました。

調査をした愛媛県埋蔵文化財センターの首藤久士主任調査員は「これまで越智郡にはいないとされてきた凡直氏の活動の痕跡を捉えた貴重な発見だ」
と話しています。

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【台湾】基隆の離島で貝塚、縄文土器など発見 3000年前から人類居住か

1: 樽悶 ★ 2019/05/13(月) 19:42:55.21 ID:eIWMXNs59
和平島の駐車場予定地から見つかった清代の青花磁器=基隆市政府提供
http://img5.cna.com.tw/Japan/Photos/JpnNews/201905/20190511202443.jpg

(基隆 11日 中央社)北部・基隆市の離島、和平島で10日、石器時代の貝塚や清代の青花磁器など、さまざまな時代の文物が相次いで見つかった。3000年ほど前から同地で人類が活動していたことを裏付ける証拠になるという。林右昌市長は基隆の歴史上で「最も光栄な瞬間」と喜んだ。

(略)

同局によると、台湾の鉄器時代を代表する十三行遺跡(新北市八里、約1800~500年前)と同時代とされる縄文土器のほか、新石器時代後期(約3500~2000年前)の陶器のかけらなども発見された。臧氏は、史料によれば同地には3000年前から人が暮らしており、今回の発見で異なる文化層が重なっていることが分かったと話している。 (沈如峰/編集:塚越西穂)

全文は 
http://japan.cna.com.tw/news/asoc/201905110005.aspx

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【考古学】25トンの大岩は人力で運べる 研究者たちが古代建築の秘密を解明

1: しじみ ★ 2019/05/07(火) 07:13:56.81 ID:CAP_USER
米国マサチューセッツ工科大学の研究者らは、英国のストーンヘンジやイースター島のモアイ像など、古代の大型の建造物がの建築用の機器のない時代にどのよう作られたのかを明らかにした。研究者らは、古代の技術者たちが釣り合いと梃を利用することで、1人の人間が数十トンの巨礫を動かすことができたという。

実験のために研究者らは、形の異なる25トンのコンクリートの塊をいくつか作り、それぞれが正確に計算された重心を持つようにした。25トンのコンリートの塊は人間の力では持ち上げることはできないものの、重心が正確に計算されたものでは、1人でも揺する、ひっくり返す、傾ける、押すという動作を行うことができ、さらに、驚くほど楽に、かつ正確にある場所から別の場所まで転がすことができた。

(以下略)

全文は
https://sptnkne.ws/mvxa

■動画
MIT researchers discover way to move 25 ton stones with only their hands
https://youtu.be/qEmAt5BqGuk




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【考古学】インカ以前、ワリ帝国「ビール外交」の謎を解明

1: しじみ ★ 2019/04/24(水) 21:11:45.46 ID:CAP_USER
■なぜ彼らは滅亡寸前まで大宴会を開けたのか、古代アンデス文明

現在のペルーに位置するセロ・バウルは、古代アンデスで最初の帝国と言われる「ワリ」の最南端に作られた、辺境の入植地だった。急峻な山の上に位置し、天然の水源はなく、実用性に乏しい場所だったが、紀元1050年ごろまでのおよそ4世紀にわたり、ぜいたくな饗宴が催されていた。(参考記事:「古代ペルー 深紅の王墓」)

 宴会を開いたのはワリ帝国の有力者たちだ。招かれた客は、隣国ティワナクのライバルや、ワリとティワナクという2大帝国に脅かされていた小さな村々の長たちだった。彼らはモケグア渓谷の景色を楽しみながら、テンジクネズミ、ラマ、魚料理を味わい、古代アンデス発祥のビールであるチチャを酌み交わした。トウモロコシとコショウボクの実を発酵させて作る酒である。

 だが、ワリ帝国が崩壊しつつあった950年余り前に、酒盛りを楽しんだ者たちは、自らお祭り騒ぎに終止符を打つ。

(略)

 研究者たちはこのほど、セロ・バウルでの最後の宴で使われた土器を分析。研究結果が4月18日付けで学術誌「サステイナビリティ」に掲載された。それによると、この国境付近の入植地で、帝国が滅ぶ寸前までそれほどの宴会を続けていられたのは、醸造も酒器作りも地元の材料を使っていたおかげだという。

■一度に1500~2000リットルを生産

(略)

「ワリ帝国は、セロ・バウルに来るさまざまな集団をまとめようとしていたことが分かります。その方法の1つと思われるのが、地元産のビールを振る舞った大きな宴会です」。論文の筆頭著者で、米シカゴのフィールド自然史博物館で人類学部門を率いているライアン・ウィリアムズ氏はこう話す。

 ウィリアムズ氏らは、セロ・バウルの醸造所で一度に生産できたチチャを1500~2000リットル以上と推定している。工業化以前の社会の醸造所としては、かなりの量だ。チチャは傷むのが早く5日程度しかもたないことを考えると、山上の宴会には、数百人を超す指導者たちが招待されていた可能性がある。

 今回、研究者たちは、こうした宴会用の物資がどのように生産されたか解明しようとした。醸造や飲用に使われ、ワリ文化の神々の姿に似せた土器は、遠く離れた都のワリで見つかった物に似ていた。だが、粉々に砕けた土器の化学分析から、セロ・バウルの杯は現地で作られ、粘土も地元産であることが分かった。

「このような質の良い酒器は、よそから持ち込まれたものだろうと予想していました。しかし実際には、彼らはこの辺境の地で、ワリの生活様式を丸ごと保っていました」とウィリアムズ氏は話した。「実に興味深いです。このように遠く離れた地方が、中央集権的な資源に依存せず、長期にわたって活力を保っていたことを物語っているからです」

続きはソースで

https://cdn-natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/19/042200245/ph_thumb.jpg
https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/19/042200245/

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【歴史】弥生時代後期に鉱山開発か 最古の坑道跡 徳島県阿南市の若杉山遺跡

1: みつを ★ 2019/03/24(日) 09:26:21.21 ID:Ib3VDyUK9

弥生後期に鉱山開発か
03/24 09:15

弥生後期に鉱山開発?最古の坑道跡

徳島県阿南市の若杉山遺跡で鉱石を採掘するための道から弥生時代後期の土器が見つかりました。

日本最古の鉱山となる可能性があり注目されています。

阿南市の若杉山遺跡は古代、赤色の顔料としていた鉱石「辰砂」の国内唯一の採掘遺跡とされています。

阿南市などはおととしから調査を行い、辰砂を採掘するための道が掘られた時期を精査していました。

今回、道の入口から約3メートルの場所で弥生時代後期の土器の破片5点が見つかり、日本最古の採掘遺跡となる可能性があるということです。

(以下略)

全文は
https://www.ktv.jp/news/articles/fbddd398364d499390e3a16039506aca.html

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