江戸時代

【J】江戸時代の庶民は幸せだったのか

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1: 名無しさん@おーぷん 20/06/13(土)20:55:03 ID:RLm
田舎はあれとして
江戸とか大阪の庶民はそれなりの暮らししとったんか?

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江戸時代の旗本、御家人について

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1: 日本@名無史さん 2008/08/28(木) 23:37:13
いわゆる幕臣について語り合おう

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江戸時代の大名

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1: 日本@名無史さん 2010/10/10(日) 16:25:09
色々と語って下さい

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【昔から】江戸時代から3組に1組が離婚…日本はもともと「離婚大国」だった

1: 首都圏の虎 ★ 2019/12/31(火) 11:42:32.57 ID:IK9esy3c9
いまや社会問題となっている日本人の「未婚化」。20年後には、なんと人口の約半分が独身者になるそう。著書『結婚滅亡』で知られる「独身生活者研究」の第一人者、荒川和久氏によれば、離婚率もまた高い状態を推移しているという。「3組に1組が離婚する」と言われる昨今、いったい何が離婚の原因になっているのか? 豊富なデータとともに解説する。

(略)

「男女対等」だった江戸社会

皆さんは誤解していますが、日本は元々離婚大国でした。明治以降の長期の離婚率の推移を見ればわかる通り、江戸時代から明治の初期にかけては、特殊離婚率は4割近く、普通離婚率も1883年時点で3.4もありました。江戸時代には4.8を記録した村もあり、現代の感覚で見れば日本は離婚大国だったといえるでしょう。

江戸時代、離婚が多かったことは、享保15(1730)年の史料に「世上に再縁は多く御座候」という記述があったり、土佐藩には「7回以上離婚することは許さない」という禁止令があったことからも想像できます。

 禁止令が出るということは、実際にはそれ以上の離婚があったという何よりの証拠です。

 当時、世界トップレベルの離婚を減少させたのが、「国家的な結婚保護政策」だったといえる明治民法です。

 そもそも江戸時代から明治初期まで庶民に離婚が多かったのは、日本人が浮気性だったからではなく、夫婦が経済的にも精神的にも互いに自立していたパートナー関係だったからです。「江戸時代なんて男尊女卑社会で、女たちは苦しめられたはず」という誤解をしている人も多いですが、そんなことはありません。

 離縁状の俗称で、「三行半(みくだりはん)」という言葉があります。

 この「三行半」は、夫が妻に対して勝手に突き付けるものではありません。江戸時代でも、離婚は双方の承諾がなければできませんでした。夫だけにその権利があったわけではないのです。

 また、三行半は「離縁証明書」でもあるとともに、「再婚許可証」でもありました。江戸時代とて、重婚や不倫は罪に問われます。だからこそ、離縁したのであれば、その証拠がないと再婚ができません。

 夫から妻に出すのが離縁状たる「三行半」で、それを受けて「離縁状返り一札」なるものを妻から提出します。これにてめでたく(? )2人の離婚が成立となり、その後は互いに自由に再婚することができます。

 金を稼がない旦那に愛想をつかして、妻から旦那に「三行半」を要請する話や、旦那の親の介護に嫌気がさしてという例もあり、妻からの離婚申し立てや役所への訴えた事例などたくさんあります。現代とまるで変わっていないのです

12/31(火) 11:01配信  全文はソース元で
現代ビジネス
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20191231-00069239-gendaibiz-life

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江戸時代の武家のボーナス支給明細も 古文書2300点余発見 愛知

1: みつを ★ 2019/12/24(火) 03:48:12.75 ID:5kyZTWeA9


愛知県豊田市にある寺のふすま絵の下張りから、江戸時代前期の武家の帳簿や証文など大量の古文書が見つかりました。今でいう“ボーナスの支給明細”のような文書もあり、当時の武家の財政事情や暮らしぶりがうかがえる貴重な資料として注目されます。

古文書が見つかったのは徳川家康の重臣、渡邉守綱の菩提寺で、豊田市にある守綱寺です。

本堂にある狩野派の絵師が描いたとされる「松に禽鳥図」という8枚のふすま絵の修復作業を行っていたところ、下張りから2300点余りにのぼる古文書が見つかりました。

これらの古文書を近世の歴史を研究している愛知県立大学の大塚英二教授らが調べたところ、最も古いものは江戸時代初期の1636年のもので、売り掛けの帳簿や証文など使い終わった紙を、ふすまの下張りとして再利用していたとみられるということです。

中には「仕着代・鼻紙代」として、12月に今でいう“ボーナス”を支給した明細のような文書もあり、台所方の家来にひとり当たり3両余り、今の価値にすると7、80万円ほどが支給されていたことがうかがえます。

大塚教授は「当時の武家の暮らしぶりが具体的にうかがえる貴重な資料だ」と話しています。

「江戸時代の武家の暮らしが見える」
(リンク先に続きあり)

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20191223/k10012225411000.html
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20191223/K10012225411_1912231349_1912231352_01_03.jpg

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