忠臣蔵

【忠臣蔵】赤穂浪士討ち入り成功の新説披露。新発田市の歴史研究家

1: 記憶たどり。 ★ 2018/12/09(日) 14:20:46.69 ID:CAP_USER9
https://www3.nhk.or.jp/lnews/niigata/20181209/1030006043.html

忠臣蔵で知られる赤穂浪士が主君の敵の吉良上野介の屋敷に討ち入りをした今月14日を前に、新発田市の歴史研究家が、討ち入りが成功した背景に迫る新しい説を披露しました。

新潟大学の名誉教授で新発田市に住む冨澤信明さんは、赤穂浪士や新発田市出身の赤穂浪士堀部安兵衛の研究を7年にわたって進めてきました。

冨澤さんが8日、新潟市で発表した研究成果によりますと、吉良上野介は討ち入りの前の年に、幕府から命じられて屋敷を移るいわゆる屋敷替えを行いましたが、屋敷の周辺には、赤穂浪士の主君、浅野内匠頭にかかわりがある親類や縁者の屋敷が30軒以上あったことが確認されたということです。

冨澤さんは、吉良がこうした場所に屋敷替えとなったことで赤穂浪士が襲撃しやすい環境が整ったとしています。
その上で浅野家と親類で、新発田藩とゆかりがある溝口摂津守が当時、幕府で、大名や重要人物を監視する重要な役職に就いていたことが屋敷替えの背景にあると考えています。

冨澤さんは「親類などの関係を明らかにすることで、こうした縁で赤穂浪士に協力したのではないかと推測できる」と話しています。

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【忠臣蔵】大石りくの書状発見

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1: 孤高の旅人 ★ 2017/12/08(金) 08:56:09.52 ID:CAP_USER9
大石りくの書状発見
2017年12月08日
http://sp.yomiuri.co.jp/local/hyogo/news/20171207-OYTNT50216.html

◇三男も 親戚に次女結婚報告

忠臣蔵で知られる大石内蔵助の妻・りくと三男の代三郎(大三郎)の書状各1通が、豊岡市城崎町で見つかった。吉良邸討ち入りの後、主家・浅野宗家が治めた広島藩から弘前(青森県)の親戚に宛てた手紙で、2通とも次女・るりの結婚などについて記している。りくの書状は全国で10点前後しか残っておらず、貴重という。
 
書状は、城崎温泉街で土産物店を経営する森貞淳一さん(73)が所有。約10年前に購入した古文書の処分を考えていた際に見つけ、市立歴史博物館職員の石原由美子さんに今夏、画像を送って解読を依頼した。石原さんや赤穂大石神社(赤穂市)の学芸員が調べたところ、差出人は「大いし代三郎母」、「大石代三郎」と記されており、字体の特徴などからともに直筆と判断した。

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「吉良邸は四面楚歌の状況に」

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1: レッドインク(兵庫県)@\(^o^)/ [FR] 2016/12/14(水) 21:18:46.39 ID:NDGWDn6p0 BE:592048191-PLT(13345) ポイント特典
14日は、忠臣蔵で知られる赤穂浪士が討ち入りをした日に当たります。
この討ち入りの際、吉良上野介の屋敷の周囲にあった武家屋敷には、すべて赤穂浪士に協力的な武家が入居し、吉良は「四面楚歌」と言える状況に追い込まれていたとする説を新潟
大学の名誉教授がまとめました。
この説をまとめたのは、新発田藩にゆかりのある赤穂浪士、堀部安兵衛の研究者で、新潟大学の冨澤信明名誉教授です。
教授によりますと討ち入りのあいだ、吉良邸の周囲にある武家が吉良を助けなかった理由は分かっていません。
教授が周囲の武家の婚姻関係などを調べたところ、4つあるすべての武家が新発田藩にゆかりのある溝口摂津守の親類や縁者だったことがわかったということです。


全文は
http://www3.nhk.or.jp/lnews/niigata/1035175001.html

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【兵庫】赤穂で「忠臣蔵ウイーク」スタート 65基照明でライトアップ、14日には「赤穂義士祭」

1: のっぺらー ★ \(^o^)/ 2016/12/09(金) 12:37:32.71 ID:CAP_USER
赤穂義士が討ち入りを果たした14日の「赤穂義士祭」を前に、
兵庫県赤穂市の赤穂城跡本丸庭園と二之丸庭園で8日夜、「幻燈庭園」の点灯式が行われた。
発光ダイオード(LED)によるイルミネーションのほか、65基の照明でライトアップされており、幻想的な雰囲気を演出している。

同日スタートしたイベント「忠臣蔵ウイーク」の一環。
会場のライトアップは30分に一度、7色に変化する。
市内の子供らが忠臣蔵にちなんだ言葉を書いた「義士燈(とう)籠(ろう)」100個もつるされ、雰囲気を盛り上げている。

ライトアップは14日まで。
午後5時半~9時。

写真:赤穂城で「幻燈庭園」がスタート。本丸庭園がライトアップされた
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http://www.sankei.com/images/news/161209/wst1612090027-p3.jpg

以下ソース:産経west 2016.12.9 09:47
http://www.sankei.com/west/news/161209/wst1612090027-n1.html

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【歴史】「松の廊下」直後の吉良上野介、様子を記す文書発見 京都の西本願寺で


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1: ここん ★ 2016/12/03(土) 21:32:28.54 ID:CAP_USER9
赤穂浪士の討ち入りの発端となった江戸城「松の廊下」の刃傷(にんじょう)事件直後の吉良上野介の様子を記した文書が京都の西本願寺で見つかり、
当時の様子をうかがうことのできる貴重な史料として注目を集めています。

見つかったのは、吉良上野介と関わりが深かった京都の西本願寺から江戸の築地御坊、現在の築地本願寺に宛てて書かれた書状の控えです。
京都市下京区の本願寺史料研究所が西本願寺が保存している資料の中から見つけました。

書状は、江戸城「松の廊下」で上野介が浅野内匠頭に斬りつけられた刃傷事件からおよそ3週間後の日付で、
「吉良殿の傷が比較的浅く、ふだんどおりに食事をとっていると聞いたので、お見舞いにうかがうように」という内容が記されています。
そのうえで、浅野内匠頭が斬りつけた理由について、「乱心した」という情報しかないのでさらに調べるよう、築地本願寺に求めています。

本願寺史料研究所の大喜直彦上級研究員は「西本願寺の情報収集でも、刃傷事件の詳しい理由がわからなかったということから、
当時、理由が明らかにされていなかったことがうかがえる。これまで事件直後の史料はほとんど見つかっていないので大変貴重だ」と話しています。

NHK NEWS WEB(12月3日 6時35分)
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20161203/k10010793581000.html?utm_int=all_side_ranking-access_003

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