日本刀

【大刀から】日本刀の起源【太刀へ】


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1: 日本@名無史さん 2016/04/10(日) 14:59:48.72
古来より武士の魂と言われて来た日本刀
実利の武器であると同時に精巧で優美な造りから辟邪信仰の対象ともされた
北宋の当代随一の碩学・欧陽脩(1007~1072)が「日本刀歌」を詠んでいる
(※焚書坑儒で失われてしまった中華文明を日本刀に見出そうとする意味合いがあるが・・・)

また、その起源を蕨手刀に求める説に従えば最古のものは信濃国から出土しているし
日本刀への過渡期とされる毛抜型太刀の最古のものも信濃国から出土している

鎬作りで反りのある太刀(刃長二尺以上の日本刀)はいつ?誰(どのような集団)によって生み出されたのか?
大いに語ってください

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【J】日本刀の手入れ【実況】

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1: 名無しさん@おーぷん 20/09/05(土)17:27:56 ID:FsR
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【文化】奈良・春日大社が保有する太刀、最古級の日本刀 平安後期の「安綱」か

1: ハンバーグタイカレー ★ 2018/01/22(月) 19:01:17.07 ID:CAP_USER9

奈良・春日大社が所蔵する太刀(たち)について、12世紀の平安時代後期につくられた「古伯耆(こほうき)」と呼ばれる最古級の日本刀だったことが分かった。春日大社が22日発表した。平安時代から武家に伝わる「伝家の宝刀」が、南北朝~室町時代初め(14~15世紀)に大社に奉納されたとみられ、日本刀の歴史を考える上で重要な資料として注目される。

日本の刀剣は、古代遺跡での出土品や正倉院宝物などにみられる反りのない「直刀」から、平安後期に反りなどの付いた現在の日本刀の形が成立。伯耆国(現鳥取県中西部)で作られた「古伯耆」などが最初期のものとされる。

刀は無銘で、刃の長さが82・4センチ。鞘(さや)などの外装は南北朝~室町時代に作られた黒漆山金作太刀拵(くろうるしやまがねづくりたちこしらえ)とされる。大社によると、刃文の特徴などから古伯耆の中でも最古とみられる「安綱(やすつな)」の作の可能性がある。


(略)


 刀は30日から、春日大社国宝殿で展示される。3月26日まで。問い合わせは大社へ

全文は
http://www.asahi.com/articles/ASL1H6S9SL1HPOMB009.html 


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【天下五剣】名刀を語るスレ【武士の魂】

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1: 名無しさん@お腹いっぱい。 2006/06/11(日) 21:01:08 ID:QFjT5duy
童子切安綱
●国宝● 太刀、刃長79.9cm、反り2.7cm、銘『安綱』、作者安綱.。

鬼丸国綱
●御物● 太刀、刃長78.2cm、反り3.2cm、銘『國綱』、作者國綱。

三日月宗近
●国宝● 太刀、刃長80cm、反り2.7cm、銘『三条』、作者宗近。

大典太光世
●国宝● 太刀、刃長65.75cm、反り2.7cm、銘『光世』、作者光世。

数珠丸恒次
●重要文化財● 太刀、刃長81.1cm、反り3.0cm、銘『恒次』、作者恒次。


戦国時代を問わず武士の命たる刀。近世まで行方不明だった数珠丸を抜かせば
足利家の宝物として集められ、信長、秀吉、家康の手にも回った大名物。
このスレは天下五剣をはじめとする戦国の象徴たる名刀を語るスレです。

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【歴史/軍事】日本刀が戦場で「主要な武器」になったことは一度もない  殺傷率は「投石」以下 知られざる意外な真実

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1: 的井 圭一 ★ 【特別重大報道】\(^o^)/2016/07/24(日) 17:14:19.28 ID:CAP_USER9

■佐々木小次郎「物干竿」のウソ
天下泰平の世上は、日本刀のブームだという。とりわけ女子中高生が、ゲームの影響をうけて刀剣美術館に列をなしているとか。

筆者はこれこそが、日本刀の正常な姿だ、と思う。日本刀はつまるところ、鑑賞のためにしか存在しないのだから。

刀剣女子(? のみならず、日本刀愛好家の方々に尋ねたい。

侍が腰に差した刀を、どうすれば抜けるか。これはかんたん、鞘走らせれば誰でも抜ける(腕の長さ、腰などチェックポイントはあるが)。

では、どうやって鞘の中に本身(俗にいう真剣のこと)を納刀するのか。
鋒(刃物の先端)は切れる。鞘口(その形状から鯉口ともいう)をおそるおそるのぞき込みながら、右腕を前につき出すようにして、刀を納める時代劇などみたことがない。

剣には残心というものがあり、敵を倒したとしても、注意力は前方にむけられていなければならなかった。鞘口をのぞき込んでいては、ふいに倒れた者に斬りつけられるかもしれない。

東軍流十七代宗家、タイ捨流の免許皆伝として古流剣術を稽古し、真剣を実際に扱い、歴史学の分野においても、『日本武術・武道大事典』を編纂するなど、武術と刀剣との関わりを深く研究・理解してきた著者が、刀剣のおこり・発達、武人・文人に関するさまざまなエピソードを披瀝する類書なき新書である。

顔を正面にすえたまま、鞘口をみないで、鋒で手や指、腕を傷つけないように、どうすれば納刀できるのか。

時代劇の場数をふんでいない役者の場合は、鞘に納める途中から映す。チャリン、と音をさせて。

すこしキャリアの積んだ役者ならば、左手の親指と人差し指をつかって鋒を手挟み、棟=峰(刃の反対側の部分)が手前になるように、鞘口から刀身を入れていく。

これならば、前を向いていてもできる。

ただ、本当に修行した手練れは、刀身を汗のついた指でさわったりはしない。後の手入れが、日本刀は大変なのだ。

指で挟まずに鞘口に峰の部分をあて、静かに感覚で中へ入れていくのだが、これができる使い手はきわめて少ない。

つまり、剣豪・佐々木小次郎の「物干竿」と呼ばれる刀――あの長い刀を肩にしょって、抜くことはできないし、ましてや、納めることは不可能であった。

いつも思う。日本伝来の古武術と日本刀は実によく似た宿命を負っている、と。

■戦場でもほとんど役に立たない
“一朝ことあるときのために”――武術は日々、鍛錬されるのだが、今の世の中にはまずもって、身辺に迫るあやうい事態など、そうそう出くわすものではない。

実践のなかで技を使えば、逮捕され、相手の治療費を請求される。日本刀も同じだ。第一、腰に刀を差して歩けば、それだけでつかまってしまう。

というよりも、この日本独特の武器=日本刀は、一度として戦場で主要の武器になったことはなかった。

圧倒的殺傷性をもつのが弓(のちには鉄砲)で、これが戦場全体の60%となる。それに次いだのは薙刀(のち槍)で20%、では次にこそ刀が来るかと思えば、残念ながら3位は投石であった。

日本刀の戦場における殺傷率は、10%にもとどいていない。切腹や斬首のイメージが強いから、よほど活躍したように思われてきたのだろうが……。

江戸時代、弓や鉄砲はむろん、槍までもが往来を規制され、刀も定寸が定められた。つまり、泰平の時代の日本刀は、日本刀と対決するだけで良く、異種の武器を想定する必要がなくなってしまう。

しかも、一度鞘走れば最後は、斬られなくとも切腹に追い込まれるのが、江戸時代の無言の合意であった(仇討ちは別)。
だから、普段は誰も、日本刀を抜かなかった。無礼討ち=斬り捨て御免、は絵空事でしかなかったのである。

では、この日本刀に神が宿り、日本人の魂などという大それたイメージが定着したのはなぜ、であったのだろうか。すべては歴史の変遷の中に、具体的な答えがあった。

その答えをうけて結論めかしていえば、日本刀は刀身の美しさを、もとの持ち主、刀匠をしのびつつ、時代を思い浮かべながら鑑賞するのが、一番無難で正しい接し方なのかもしれない。

文/加来耕三(歴史家・作家)

日本刀が戦場で「主要な武器」になったことは一度もない! 殺傷率は「投石」以下 知られざる意外な真実 (現代ビジネス) - Yahoo!ニュース 7月24日(日)11時31分配信
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20160724-00049214-gendaibiz-soci

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