41P0PQ2BH2L



1: みつを ★ 2018/02/28(水) 09:19:59.63 ID:CAP_USER9

2018年02月28日 06時00分
江戸幕府の天領だった日田の豪商、広瀬久兵衛(1790~1871)が、1811(文化8)年に長崎・対馬を訪れた最後の「朝鮮通信使」を接待した際の日記4冊が日田市豆田町の広瀬資料館で展示されている。久兵衛の日記には日本語の朝鮮語訳を書いたとみられる記述もあり、同館は「懸命に他国の文化を学ぼうとする好奇心旺盛な久兵衛の姿が感じられる」としている。6月末ごろまで。


(略)
 

日記は、いずれも大人の手のひらほどの大きさ。日田から対馬へ向かう行程や通信使を迎えるための打ち合わせ内容などが記されている。このうち「朝鮮言」と書かれたページには、「火 プリ」「子供 ハイドリ」「飯 パブ」など日本語の下に朝鮮語とみられるカタカナが書き込まれている。同館の園田大(ひろし)学芸員は「この日記を辞書代わりに通信使と交流したのではないか」とみる。久兵衛が通信使から土産にもらった朝鮮団扇(うちわ)も公開している。

園田学芸員は「通信使との交流を通じて他国の文化を学んだことが、後の土木事業などの大事業にもつながったと思う。展示を通して日韓交流を見つめ直す機会にしてほしい」と話している。


全文は
https://www.nishinippon.co.jp/sp/nnp/oita/article/397559/ 



朝鮮通信使を接待した広瀬久兵衛の日記
no title

広瀬久兵衛の肖像画(広瀬資料館提供)
no title

続きを読む