考古

【歴史/考古】元の時代の地層、故宮で初発見 研究所長「近年の故宮考古学調査における画期的な発見」




1: 紅あずま ★ 投稿日:2016/05/11(水) 09:51:29.02 ID:CAP
元の時代の地層、故宮で初発見


http://jp.xinhuanet.com/2016-05/09/c_135344069.htm
故宮博物院は5日、画期的な発見を含む多くの考古学調査結果を発表した。
広州日報が伝えた。

故宮研究院考古研究所の李季所長は、故宮考古学調査の新たな成果として、次のように紹介した。

このたび、初めて元の時代の地層が見つかった。
これは故宮 隆宗門の西で発見されたもので、近年の故宮考古学調査における画期的な発見だ。
その層間関係は年代の新しい順で
(1)清代中期の煉瓦(れんが)敷きの地面および煉瓦製の排水口
(2)明代後期の壁、門道の基礎、煉瓦敷きの地面、煉瓦製の石柱の基礎。明代初期の建築物の基礎
(3)最下層の突き固めた土による基礎 となっている。
最下層は層間関係から判断し、同遺跡の最も早い堆積物と判断される。
その年代は元と見られ、故宮考古学調査の初の重要な発見となった。

http://jp.xinhuanet.com/2016-05/09/c_135344069_2.htm
李氏によると、この重畳関係がはっきりしている元 明 清代遺跡は、故宮の「三畳層」とも呼べ、重畳型都市の考古学調査の実践の成功例と言える。
今回の発見は、故宮発展の歴史における節目となり、紫禁城の元 明 清の三王朝と北京の中軸線の移り変わり、紫禁城の歴史、中国古代建築史に対して、極めて重要な意義を持つ。
故宮は皇族の遺跡、元 明 清の中心地帯であり、唯一の価値を持つ。
隆宗門から東の「三畳層」も唯一の価値を持つ、学術研究 保護 展示の重要な遺跡だ。
これには「平面の故宮」を「立体の故宮」に向かわせる重大な意義がある。

また故宮考古研究所は考古学調査により、宮廷御用達の磁器の破片が捨てられた穴を初めて明らかにした。
この紫禁城の南西の角にある南大庫磁器埋蔵坑は、皇帝が御用達の磁器を生産から使用の最後まで独占していたことを、考古学的に証明した。
また、宮廷エリア内から発掘された頭骨碗(カパーラ)は、文献に記録されているこの法器の、破損 倉庫保管後の行き先を明らかにした。

故宮考古研究所はさらに、景徳鎮陶磁考古研究所などと共同で、比較的整った正徳宮窯釉上彩の半製品の堆積物を発見し、一部の釉薬の顔料と原材料を発見した。
これは景徳鎮御窯の考古学調査における初の例であり、明の釉薬製作技術の研究に極めて貴重な実物資料をもたらした。(人民網日本語版)
 

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弥生時代のすずりを発見 国内最古級 日本の文字文化、伊都国(福岡県糸島市)が発祥か

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1: クロスヒールホールド(宮城県)@\(^o^)/ 2016/03/01(火) 19:37:25.06 ID:3qHM4XEU0●.net BE:601381941-PLT(13121) ポイント特典

九州北部で最古級すずり片 文字文化、伊都国からか

古代中国の歴史書「魏志倭人伝」に登場する「伊都国」の都だったとされる福岡県糸島市の
三雲・井原遺跡で、弥生時代(紀元前4世紀~紀元後3世紀)のものとみられる国内最古級の
すずりの破片1個が出土した。同市教育委員会が1日、発表した。

弥生時代のすずり発掘は国内2例目。市教委は「魏志倭人伝は伊都国で文書が取り扱われていたと
記しており、裏付けにつながる」として、日本の文字文化が伊都国から始まった可能性を示す史料と
位置付けている。

破片は長さ6センチ、幅4.3センチ、厚さ6ミリ。実際に使用されたようなすり減りがあり、市教委は
墨が使われた跡がないか詳しく調べる。当時のすずりは板状で、水と粉末や粒状の墨を乗せ、
取っ手を付けた薄い正方形状の「研石」ですりつぶしていたという。

昨年12月、弥生~古墳時代の人々が不要になった土器を捨てたとみられるくぼ地を調査して見つかった。
ここでは中国・前漢が朝鮮半島支配のために設けた「楽浪郡」製の弥生後期とみられる土器が
多数見つかっているため、市教委はすずりも同時期の1~2世紀ごろに楽浪郡で作られたとみている。

福岡県糸島市の三雲・井原遺跡で出土した国内最古級のすずりの破片

http://www.sankei.com/photo/story/news/160301/sty1603010010-n1.html

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【話題】古代エジプトの棺に3000年前の指紋 英研究チームが公表(※画像あり)

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1: あずささん ★ 2016/02/23(火) 17:33:18.62 ID:CAP_USER*.net
英ケンブリッジのフィッツウィリアム美術館が所蔵する古代エジプトの棺(ひつぎ)のふたに、
約3000年前の指紋がついていたことが分かった。棺を作った職人の指紋とみられる。

棺は紀元前1000年頃に作られた。二重構造になっていて、指紋は内棺のふたについていた。
同美術館のエジプト学者がCNNに語ったところによると、当時の職人がうっかりニスの乾く前に
触れてしまったとみられる。指紋は2005年に見つかったが、これまで発表されていなかった。

棺は、エジプトの古代都市テーベの神殿で重要な地位に就いていた神官のものとみられる。
同美術館の研究チームがX線装置や、近くの病院にあるコンピュータ断層撮影(CTスキャン)
装置を使って構造を詳しく調べた。

美術館の保存部門責任者によると、内棺は多数の木片を組み合わせた構造。当時は木材が
貴重だったとみられ、木片同士を組み合わせるほぞ穴などの跡から、古い棺の材料を再利用
したことがうかがえる。

同美術館では今月23日から、エジプトの棺が過去4000年間でどう変化したかを振り返る展覧会が
開かれ、この棺も出展される。キュレーターによると、エジプト人の死後の世界へのこだわりを
感じさせる、興味深い展覧会になりそうだ。

ソース/CNN
http://www.cnn.co.jp/fringe/35078330.html

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【国際】4千年前の遺跡で、輝く水晶の円筒印章出土 トルコ




1: ひろし ★ 2015/12/27(日) 21:22:54.81 ID:CAP_USER*.net
トルコ中部にあるカマン・カレホユック遺跡から27日までに、約4千年前の円筒印章が見つかった。
紫色の水晶製で保存状態は良好。中近東文化センター(東京都三鷹市)付属のアナトリア考古学研究所(トルコ中部カマン、大村幸弘所長)が明らかにした。

大村所長は「光り輝く美しい円筒印章は珍しい」と指摘し、出土場所の近くから建築遺構などが見つかる可能性があるという。

印章は古代メソポタミア(現在のイラク周辺)から来たアッシリア商人が居住していた時代(紀元前20~前18世紀)のもの。
長さ2・4センチ、幅1・4センチで、地表から約3メートル下の地層から見つかった。ラマと呼ばれる守護神の像が刻まれており、
縁に角状の突起がある三角帽をかぶっているなど像の特徴から、印章が使用された年代を特定した。

 古代トルコのヒッタイト帝国(紀元前14~前12世紀)以前に高度な文明社会があったことがあらためて裏付けられた。(共同)

http://www.sankei.com/world/news/151227/wor1512270032-n1.html
画像:http://www.sankei.com/world/photos/151227/wor1512270032-p1.html

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【考古学】古代ギリシャの「失われた島」を発見、エーゲ海 アテナイとスパルタの歴史的な大戦に巻き込まれた伝説の島

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1: もろ禿HINE! ★@\(^o^)/ 投稿日:2015/11/26(木) 07:42:40.31 ID:CAP
古代ギリシャの「失われた島」を発見、エーゲ海 | ナショナルジオグラフィック日本版サイト
 

エーゲ海東部で調査を行っていた考古学者と地球物理学者の国際チームが、これまで所在が不明だった、かつて古代都市ケインがあった島を発見した。

古代ギリシャの歴史家クセノフォンが文献に記したこの島は、ペロポネソス戦争末期の紀元前406年、アテナイ軍がスパルタ軍を破ったアルギヌサイの戦いが行われた場所の
すぐ近くにあったことで知られる。

現在はギャリップ諸島と呼ばれているアルギヌサイの島々は、トルコの海岸の沖わずか数百メートルほどの位置に浮かんでいる。古代の文献では3つの島からなるとされているが、
これまでは3番目の島がどこにあるのかがわかっていなかった。

研究チームが、現在は半島となっている土地を掘削して得た地層サンプルを調べたところ、そこがかつては島であったことが確かめられた。中世末期以前のどこかの時点で、
島と本土との間に陸地が形成されたものとみられる。16世紀のオスマン帝国の地図では、この島がすでに半島の一部となっていることがわかっている。

おそらくは島と本土の間を隔てる狭い海峡に、本土にあった畑が侵食されたり地震によって土が流れ出て堆積していったのだろう。

トルコ、イスタンブールにあるドイツ考古学研究所のフェーリクス・ピルソン氏によると、研究チームはこの先、放射性炭素年代測定法を使って地層の年代を特定し、こうした
作用がどのように進んだのかをより詳細に調べる予定だという。(参考記事:「ベルリンとアテネ 二つの欧州」)

さらに現場付近の海中ではヘレニムズ時代(紀元前323年~紀元前31年)に造られた港跡も発見されており、この半島がかつて島だったことを裏付けている。


続きは
http://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/15/112500336/
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