2020年09月14日

レコードの売り上げがCDを上回る!

9月11日のAFPニュースによると、アメリカで今年上半期の売り上げは

   レコード 約246億円
   CD    約138億円

となったそうだ。

レコード

これはCDがレコードに負けたというより、かつて音楽メディアの中心だったCDがストリーミング(ネット配信)サービスに押されてどんどん衰退し、マニアックなマーケットとして一定の規模があったレコードより小さくなったということ。ちなみに同時期のストリーミングの売り上げは約5094億円と圧倒的。

CDの売り上げが減少しているとは、ずいぶんと前から言われていることだが、まさかレコードに抜かれるとはビックリ。SNSでのやりとりに取って代わられてメールが衰退し、郵便のほうが多くなったというようなイメージである。

一方で日本レコード協会の統計によると、日本での2019年の売り上げは、

   レコード    約21億円
   CD       約1495億円
   ストリーミング 約706億円

とアメリカとはまったく状況が異なる。世界的にCDが衰退していく中で日本はそうでもないとは聞いていたが数字を確認したのは初めてで、こんなに違うとは思わなかった。

3媒体を合計して比率で表すと

    アメリカ
      レコード      4%
      CD         3%
      ストリーミング    93%

    日本
      レコード      1%
      CD         67%
      ストリーミング    32%

国によってこんなに構造が違うマーケットも珍しいかな。アイドルの握手券商法がどの程度影響しているのか興味があるが、そういったデータはネットで見つからなかった。


理由はともかく日本はまだまだCDが主流といえるが、それでも売り上げが大きく下がっていることに変わりはない。シングル、アルバム含めた国内のCD売り上げのピークは1998年の5879億円。それが昨年の2019年には1495億円と20年間で1/4まで減少している。

これをCD不況と業界では称しているけれど、まず言葉遣いが間違っている。不況というのは好況と循環するものだが、CDの場合は衰退するだけだろう。まあそんな揚げ足取りはさておいて、CD不況の原因は「エンタメ・コンテンツの多様化」「レンタルや中古市場の存在」「違法コピーの横行」「ストリーミングサービスの発展」など色々と分析されている。しかし大事なことを忘れているんじゃないか。CDが売れないのは

     パッケージのセロファンを剥がしにくいから(^^ゞ

である。どうしてあんなに剥がしにくいのか。メーカーの人間は自分でCDを買ったことがあるのかと毎回ムカつく。たまに剥がしやすいように切り取りテープが巻かれているものがあるが、そのテープの端が浮いておらずつまめなかったり、テープが途中でCDケースから外れてしまったり役に立たない場合がほとんどである。

考えてもみてくれ。幼い頃、生まれて初めてキャラメルの箱を開けるときに、セロファンの剥がし方で苦労したことがあるか? なのにどうしてCDのセロファンは21世紀になっても簡単に剥がせないのだ(怒)

どうせ改良されないだろうから、セロファンを剥がしやすくすればCDの売り上げは回復すると無責任に宣言しておこう(^^ゞ

wassho at 21:21|PermalinkComments(0) 音楽、オーディオ | 社会、政治、経済

2020年09月13日

宝塚音楽学校の不文律とマキャベリ

タカラジェンヌを養成する宝塚音楽学校が、長年に渡って受け継がれてきた伝統や不文律を廃止したというニュースが一昨日に流れていた。

1

             引用:https://news.yahoo.co.jp/articles/
                879073b2432ccdaa6fb8780a58fd05f5eb4fcb8d

宝塚音楽学校は「各種学校」に分類される2年制の学校。廃止された伝統や不文律のほとんどは1年生と2年生の上下関係に由来するもの。その厳しさは昔から軍隊並みと評されるほど。ちなみに1年生は予科生で2年生が本科生と呼ばれている。そのネーミングだけでも推して知るべしな校風である。

上の記事にある「阪急電車への挨拶」というのを説明しておくと、宝塚音楽学校は阪急電鉄の沿線にある→電車には上級生が乗っているかもしれない→だから電車が通るのを見かけたら挨拶する、具体的には電車に向かって頭を下げるという意味。コンニチワー!と叫ぶわけじゃないよ。

廃止されたかどうかはわからないが、他にも宝塚ルールというのは色々とあって、

  道路は2列縦隊で歩く。
2

  廊下は私語厳禁。曲がるときは壁に沿って直角に曲がる。
  予科生は授業が始まる前の「午前6時から8時まで」学校を「毎日」掃除する。
  本科生のいうことは絶対!
  寮では音を立ててはならない。電子レンジはチンと鳴る前に扉を開ける。

  学校から駅に向かう道路は高い場所と低い場所を通っているものがあり、
  予科生は本科生を見下ろさないように低い方の道路を歩く。
3

とかを聞いたことがある。

こういう無意味な校則や礼儀作法とかの類いには「ケッ」と思うほうなんだけれど、宝塚の場合は学校とはいえかなり特殊なところだし、ここまで突き抜けているのは貴重でお笑いの域に達しているから続けて欲しかった気もする。しかし10年ほど前にはこういう校風も影響したと思われる「いじめ事件」で裁判も起きているから、見直しは必要だったのだろう。

それにしても記事にある「眉間にしわを寄せて口角を下げる予科顔」ってどんな顔? 是非見てみたい。試しに自分でやってみたが、口角は上げることはできても下げるのは難しくて、変顔にしかならなかった(^^ゞ



ところで、このような話を聞くと「何事も妥当性があって始まるが、やがてそれは妥当性を超えて一人歩きするし、妥当性がなくなっても続く」という言葉が思い浮かぶ。先輩に挨拶をすることは常識の範囲内なら妥当性があるとしても、電車にまで頭を下げるのは妥当性を通り越している。

この言葉のネタ元はマキャベリの「すべての行為は正義から始まる」で、以前にもブログにしたことがある。しかし今回、改めてマキャベリの語録を調べてみると、この言葉が見当たらなかった。記憶違いだったのかなあ。もうかれこれ30年くらいマキャベリの言葉だと思ってきたから、今さら別人の言葉だったら困るなあ。かつては企業改革のプロジェクトなどで、よく引用していたこともあったから面目丸つぶれである(/o\)

それはさておき、この言葉を気に入っているのは世の中のアホなことのほとんどが、これに当てはまると思うから。それなりに広まり定着していることで、最初からアホだった事例はあまりない。ただし、そのメカニズムがわかったからといってアホなことを改善できるかは別の話なのが難しいところ。

実はしばらく前にある映画を見て、この言葉を思い出していた。それをブログにしようと思いつつ、内容が過激になりそうなのでどう書こうかとグズグズしているうちに宝塚のニュースが先に飛び込んできたといういきさつ。次に「〇〇〇とマキャベリ」というタイトルを見たら思い出してちょうだい。

なお気にする人はいないだろうからマキャベリの言葉で押し通す予定(^^ゞ

wassho at 10:31|PermalinkComments(0) ノンジャンル 

2020年09月11日

雨と晴れの境目

これは本日に大阪で撮られたニュース写真。タイトルは「ゲリラ豪雨をもたらす巨大雨柱」となっていた。

雨柱

なかなか見られない光景だと思うが、どうして雨柱の全体を写真に捉えなかったのだろう。右側がどこまで続いているのか気になるじゃないか(^^ゞ


この写真では雨が降っているところと、降っていないところが雨柱によってきれいに分かれている。ところで普通の雨でも降っているところと、いないところの境目はあるはず。もっとも境目付近で雨量は徐々に少なくなるから気づきにくい。だから境目を目撃したことのある人はほとんどいないと思う。

でも私はある(自慢)。


それは中学校の時。私は水泳部だった。校庭の隅にプールがあり、その隣には屋外のバスケットコートがあった。夏休みに練習していると、たまに「水泳部〜、頼むう〜」とバスケ部員がプールとコートの境にあるフェンスまでやってくるので、プールの水をバケツで掻き出してかけてやったものである。

ある日、カンカン照りの快晴だったのが突然に雲行きが怪しくなった。しばらくするとゴォーと大きな雨音が聞こえだした。しかし雨は降っていない。??と思ってプールの外を見ると、雨は校舎のあたりに降っていた。そしてゆっくり校庭のほうに雨雲が移動し、しばらくしてプールも土砂降りになった。いわゆる夕立レベルの雨の強さ。

しかし雨はプールを横切っていったが、プールとバスケットコートの境にあるフェンスのところで止まった。そして2〜3分もしないうちに雨は上がり、すぐにカンカン照りに戻った。

   ナンデヤネン!
   水がいるのはコッチや!

と嘆くバスケ部員(^^ゞ

校庭を見ると雨が降ったところと降らなかったところで、一直線に色分けされていた。顧問の先生が「こんなことは滅多にない」といっていたのを覚えている。実際その通りで、あれから50年近く経ったけれど、雨と晴れの境目を体験したのは今のところあれが最初で最後である。

しかしこういうのは確率の問題だから、今のようにゲリラ豪雨が日常茶飯事になってくると体験する人も増えてくるかな。待ちきれない人はゲリラ豪雨に遭ったら、境目を目指して走りましょう(^^ゞ

wassho at 23:13|PermalinkComments(0) 生活、日常 

2020年09月10日

カレーシチュー

先日のこと、何の脈絡もなく「小学校の給食にカレーシチューというメニューがあった」ことを思い出した。どうしてそんなことを突然に閃くかな。いつもながら脳の働きは不思議である。

けっこう頻繁に登場したメニューだった記憶がある。けれどもカレーシチューがどんな味だったかが思い出せない。カレー味なのは確かだとして、具体的にどうカレーで、どうシチューだったんだろう。味が思い出せないくらいだから、それが好きだったのかどうかも不明である。好きじゃなかったから思い出せないのかな。

しかし味は思い出せないくせに、頭の中がカレーシチューで一杯になってしまったた。考えてみるとカレーシチューとは、世の中で給食にしか存在しない不思議なメニューである。レストランで食べられるところはないし、ルーやレトルトとしても売られていない。

とりあえずスーパーでレトルトのカレーとビーフシチューを買った。両方を温めてボウル皿に入れて混ぜる。思ったよりおいしかったが、給食の味がこれじゃなかったことは確かである。もちろんそれは想定していたこと。しかしその時は、何でもいいからカレーシチューを食べないと気が済まなかったのである(^^ゞ

給食


改めて調べてみると「懐かしのカレーシチュー」と手作りレシピがいろいろと公開されていた。どうやら給食でもカレーシチューはもう提供されていないらしい。埼玉県鶴ヶ島市の学校給食センターのホームページによると、

    現在の給食ではあまり出されることのないカレーシチューですが、
    1976年以前の給食では、コッペパンやソフト麺との組み合わせで出される
    ことがあったメニューです。

とある。

現在の給食は米飯を出すのでカレーは普通にカレーライス。コッペパンやソフト麺が主流の時代は、もう少しサラッと調理する必要があり「ポトフの仕上げにカレールーも使って味付けしたカレーシチュー」が主流だったようである。調べているうちに何となく味の記憶もよみがえってきた。

それにしても給食の時間って楽しかったなあ。冷静に考えればどうってことのない献立なのに、友達がたくさんいて、将来に夢や希望があればメシは旨いということか。食べているものは今のほうが断然レベルが上なのに、あんな体験がもうできないのは寂しいね。


ところで私が小学生の頃に、
まだソフト麺はなかったというと歳がばれる(^^ゞ

wassho at 22:44|PermalinkComments(0) 生活、日常 

2020年09月09日

アイスコーヒーのブレンド

2018年は9月24日に「ほぼ3ヶ月ぶりにホットコーヒーを淹れた」ことをブログにしている。夏が暑すぎてホットのコーヒーは3ヶ月間ほど飲んでいなかったという話。それで本年2020年は本日に久しぶりのホットコーヒー。だいたい2ヶ月ぶりかな。今年も暑かったけれど、超絶猛暑の記憶が未だに残っている2018年よりはマシだったということか。身体は正直なものである。

と思ったら東京の7月と8月の平均気温は、

       7月  8月
  2018年 28.3度 28.1度
  2019年 24.1度 28.4度
  2020年 24.3度 29.1度

と8月に限れば今年と去年のほうが2018年より高い。2018年は7月の気温がやたら高いから、8月になった頃にはもうヘロヘロだったのかな。もっとも気温の平均値だけでは正確なところは語れないので、やっぱりここは1ヶ月早くホットコーヒーを飲んだという身体の感覚を信じることにしよう。

コーヒー豆


ところでこの夏はアイスコーヒーをたくさん作った。淹れる回数が多いということは、それだけ創意工夫する機会も増えるということ。それで発見したゴールデンレシピを。

私の淹れるアイスコーヒーは水出しである。水出しコーヒーは味はいいが香りに乏しいという難点がある。でもアイスコーヒーは冷やすときに香りも飛ぶので、たくさん作るのに手間の掛からない水出しにしている。

作り方は極めてシンプル。豆を挽いてお茶パックや出汁パックと呼ばれる紙の袋に詰め、冷水ポットに沈めておくだけ。そのまま冷蔵庫に入れて6〜7時間で出来上がる。だから創意工夫といっても、できることは豆の分量の加減くらいしかない。

あれこれ試して私がベストだと思ったのは、水2リッターに対してコーヒーメジャーに軽く山盛り8杯分の豆を挽くこと。もっともこれは魔法瓶構造のタンブラーやマグカップを使って氷を入れないで、つまり氷で薄まらずに飲むという前提だし、そもそもが水代わりにガブガブ飲むアイスコーヒーとしてのことだから、人によって好みは違うだろう。

それでポイントは8杯の豆のうち2杯はアイスコーヒー用でない普通のホットコーヒー用の豆を使うこと。比率でいうなら3対1。これでとてもクリアな味わいのアイスコーヒーが出来上がる。いわゆるブレンドの妙。もっともこれは創意工夫というより、暑いのでホットコーヒーは淹れない〜その豆が古くなってしまうとモッタイナイいう倹約精神から生まれたものであるが。


だから是非お試しをというレベルのものじゃない。
何の手間も掛からずに好みの味になって、ちょっとうれしかったというお話。

wassho at 21:58|PermalinkComments(0) 生活、日常 

2020年09月04日

オールドロックをiMacで

春頃にはAmazonミュージックで昔懐かしいAORをよく聴いていた。一通り聴き終わった後はまたクラシック中心の生活に戻ったが、お盆の前くらいにAmazonミュージックのことを思い出し、今度は以前に紹介した「ロックの名盤435選」というサイトを参考にしながら古いロックをよく聴いている。

led-zeppelin


パソコンはDAC(デジタル・アナログ・コンバーター)という機器を介してオーディオアンプにつながっており、つまりパソコンで再生してもオーディオのスピーカーが鳴るようになっている。

ところが先日、そのDACが故障した。その場合はオーディオではなくパソコンのスピーカーから音が出ることになる。音質的にはかなり劣る。マッタクモーと思いつつ、しばらく聴いているうちに、そのチープな音質がオールドロックには意外と似合っていることに気づく。

正確に表現するなら、似合っているといっても適しているわけではない。オールドロックといえども、できるだけ高音質で再生すべきである。ただしオールドロックを聴く→懐かしい雰囲気を味わう→パソコンの音質が昔のラジカセやカーステに近い、という意味でイイ感じに楽しめるということ。

使っているパソコンは現行型のiMacで、パソコンの中ではそこそこ音がいい部類だとされている。ただしiMacは低音が過剰気味で、しかも締まりがない音質なので私は評価していなかった。しかし、それがラジカセやカーステのショボイ音質をなんとかしようと低音を目盛り一杯ブーストしていた時代の音質に近いのである。まさに塞翁が馬。


さて先に書いたDACの故障。電源が入らなかったのだが、調べてみると故障ではなく電源アダプターからの電線が抜けていただけだった。再び差し込んで一件落着。

しかしである。それを差し込むところは、かなりキツキツで、どうか考えても勝手に抜けるような作りではないのである。もちろんDACを動かしたりもしていない。

    誰かが抜いたとしか考えられないーーー

もう9月だけれど、まだまだ夜も暑いので怪談話でした(^^ゞ


wassho at 23:47|PermalinkComments(0) 音楽、オーディオ 

2020年09月03日

パパ活と遊女の不思議

売春を援助交際という言葉で置き換えるようになったのが30年前の1990年頃から。最初は女子高生の売春を意味したが、やがてプロ以外の売春を広く指す言葉になったように思う。そして5年ほど前から広まってきたのがパパ活という言葉。愛人契約的なニュアンスを含めて使われ出した経緯があるものの、今では援助交際すなわち売春とほぼ同義語と考えていいだろう。

援助交際やパパ活などの表現が生まれるのは、売春という言葉を避けたいからである。この言葉を置き換えてイメージを変えるのは日本語の伝統文化みたいなもので、例えば結婚式で「切る」は忌み言葉だからケーキには「入刀」されることになっている。

そして売春と言いたくないのは、もちろんそれが悪いこととされ法律的にも違法だから。もっとも売春を身体を使う職業として考えた場合、歌ったり踊ったりするのと、あるいはスポーツ選手と何が違うのかは興味深いテーマなのだが、今回の趣旨からは外れるので触れないでおく。

というわけで、とりあえず売春は悪いことであり、それを援助交際やパパ活と言い換えようが、売春という行為が大っぴらに認められることはないし、言葉としても人前で発するのは憚られる後ろめたさがついて回る。

歌麿遊女


しかしである。
これが遊女という言葉になると、そういった売春のネガティブ感がまったく消えてしまうのが不思議なところ。言うまでもなく遊女は江戸時代の売春婦のこと。明治になって呼び名が娼婦になり太平洋戦争前後から売春婦という名前に変わった(と何となく思っている)。

浮世絵には遊女を描いたものがたくさんある。というか芝居や遊郭といった「浮かれた世」を題材に始まったから浮世絵である。遊郭の遊女もピンキリで、浮世絵に描かれるのは高級な遊女であったようだが、売春を生業にしていたことに変わりない。

そして普段なら二言目には女性蔑視だ、セクハラだと叫びそうな人であっても、浮世絵の遊女については「売春婦を描いた作品」であることはスルーして、遊女の艶やかな美しさなどとアートとして楽しんでいるのである。遊女という言葉を使うことの抵抗感も皆無である。

これがもし「パパ活女子」というタイトルの絵があるなら、どんなに美しい作品でもそうはならない。遊女もパパ活もやることは一緒なのにね(^^ゞ


どうして遊女という単語には後ろめたさがないのか。当時は合法的存在だったのは事実だとしても、それだけではないように思える。遠い昔に使われた言葉だから、貴族や武士と同じように概念としてしか捉えらず生身の感情が湧いてこないからか。あるいは「遊」という文字の楽しさや軽やかさに売春のイメージがマスキングされるせいか。

浮世絵に描かれている女性って遊女が多いなあと気がついた数年前から、考えているテーマだけれど、未だ納得できる仮説を得られていない。そしてテーマがテーマだけに、あまり人とも議論できず(^^ゞ

wassho at 21:17|PermalinkComments(0) 社会、政治、経済 | 美術展

2020年08月30日

桃の種を植えてみた

8月22日に、まだわずかに残っていた柿の新芽?はご臨終を確認。
これで柿は全滅となったΩ\ζ゜)チーン
DSCF8140


6月21日植えてから2ヶ月以上経っても発芽のきざしのなかったアメリカン・チェリーを掘り起こしてみた。

4粒植えたのに、
DSCF8024

種らしきものが確認できたのは、これひとつだけ。
DSCF8144

指で強くつまむと崩れてしまった。ということは、どれも腐ってしまったようである。種なし柿の種のように虫に食われた様子はなかった。来年は和種のサクランボで挑戦しようか。でも食べるのはアメリカン・チェリーのほうが好きなんだよなあ(^^ゞ


リンゴは8月22日に書いたブログから変化なし。
基本的に不調(/o\)



さて
気を取り直して「食べカスの種を植えてガーデニング!」の第4弾の実施である。
今回は桃。

桃は芯のところを避けてカットするか、芯を残してかぶりつくから、相当長く生きているけれど種を見たのは生まれて初めての経験。けっこう大きいのにビックリした。
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ちょっと気がかりなのは、種の1つがこんなふうに口が開いて中が半分くらい空洞なこと。こんなので大丈夫か?
DSCF8137

まあしかし、捨てるはずの種なんだからとお気楽に種まき。土は培養土、赤玉、バーミキュライトを1/3ずつほどでマゼマゼ。
DSCF8145


発芽しますように。


wassho at 16:58|PermalinkComments(0)   *チューリップ以外 

2020年08月27日

クルマ爆弾と狙撃のナゾ

刑事や兵士がドアを蹴破って室内に突入するシーンを、海外の映画やドラマではよく見るが、日本のでは見たことがないという話を以前に書いた。調べてみたら欧米のドアは内側に開くのに対して、日本のドアは外側に開くからという理由でツマラなかったが。


それ以外にアクション系の映画やドラマを見て疑問に思っていることがいくつかあって、まずはクルマ爆弾。殺したい相手のクルマに爆弾を仕掛けておいて、その相手が乗り込んでエンジンをかけたら爆発するというヤツ。海外モノでは割とポピュラーな暗殺手段である。

これも日本の映画やドラマではあまり見たことがない。しかし、よく考えると爆弾を仕込む場所としてクルマを使ったり、爆弾を積んだクルマで自爆テロというのは現実の海外ニュースでよくあるものの、エンジンをかけたら爆発したというのは聞いた記憶がない。

このエンジン連動式の爆弾というのは、映画やドラマだけの空想の産物なのかな?

殺し屋

そして暗殺といえば狙撃である。近くからピストルで撃つのは銃撃で、遠くからライフルで狙うのが狙撃ね。ゴルゴ13は2000メートル先のターゲットを狙撃できるらしいが、実際の世界記録は2017年にカナダの狙撃手がイスラム国の戦闘員を狙撃した3540メートルとのこと。ゴルゴよりスゴい奴がいるんだとビックリ。それにしても3540メートルって渋谷駅から新宿駅を超えてまだ先なんだけれど。そんな遠くから狙われたら絶対に気づかないわ。

さて戦場や乱射事件は別として、ケネディ大統領以外にライフル狙撃で暗殺されたという事例はざっと検索した程度では見つからなかった。意外と狙撃による暗殺というのも映画やドラマの中でしか起こっていないのかもしれない。

ちなみに日本では、1995年に國松警察庁長官が撃たれたことが狙撃事件と呼ばれている。しかし距離は20メートルほどだし、使われたのも拳銃だから狙撃と表現するのは微妙かな。


ところで、このブログを書くために、爆弾や狙撃という物騒な単語であれこれ検索して調べた。もしかしたら政府の「秘密国民監視システム」に引っ掛かって要注意人物にリストアップされたかもしれない。

もしそうだとしたら、このブログを最後まで読んだあなたもきっと(^^ゞ

wassho at 21:59|PermalinkComments(0) ノンジャンル | 映画、ドラマ、文学

2020年08月26日

我々は宇宙人だのルーツは信長の時代に?

宇宙人

ノドを手で叩きながら

   ワ・レ・ワ・レは〜

といえば、まるで上の句と下の句の組み合わせのように

   宇宙人だ〜

とつなげるのが、いつの頃からかお約束になった。

このちっとも自己紹介になっていないフレーズ(^^ゞ のルーツをネットで調べると、1957年(昭和32年)のSF映画「地球防衛軍」だとするものが多い。しかし台詞の内容は違うので、あの声を震わせるようなしゃべり方で最初に宇宙人を表現したということのようである。

記憶をたどっても「我々は宇宙人だ」というフレーズが一般的になったのは、もっとずっと後のことだ。オリジナルは不明。しかし子供の頃から、宇宙人の声はああいう感じのものが多かったと思う。「地球防衛軍」のスタイルが、後の映画やテレビに引き継がれていったのかもしれない。


もっとも宇宙人の声で誰もが思い出すのは、扇風機の前で声を出したときの震え方・響き方だろう。幼い頃はあれで夏の始まりを感じたものである。「地球防衛軍」の宇宙人が扇風機を参考にしたかどうかは定かではないが、宇宙人の声=扇風機といっても、それほど反論はないはず。

その扇風機は大正時代に家庭に広まったらしいので、
宇宙人の声のルーツは大正時代にということになる。


しかし先日、テレビで衝撃的な映像を見てしまった。

浜松ではお盆に遠州大念仏という独特の風習があって、
初盆を迎える家にお盆隊?が出向いて、
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庭先で踊りながら太鼓を叩いたり、
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念仏に節をつけて歌ったりする。
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マンションの人はどうするのだろう? 一戸建てでも相当広い家じゃないと無理かな。

それはともかく注目は最後の写真。暑いからウチワを使っているように見えるが、お盆のイベントの真っ最中、つまり先祖の霊を迎えている時にそんな失礼なことはしない。なんとこれは、ウチワで扇いで念仏を歌う声を震わせているとのこと。

   扇風機よりも以前に、日本ではウチワで宇宙人の声を作っていたのだ!

ちなみにこの遠州大念仏は、家康が信玄にコテンパンにヤラレタ「三方ヶ原の戦い」で戦死した人を弔うために始まったとされる。だから、まだ信長の時代である。

というわけで宇宙人の声のルーツは予想外に古かったという
どうでもいい内容のブログでした(^^ゞ

しかし、ここで疑問。
ウチワで声が震えるか?

やってみた。
多少は震えるけれど、扇風機の宇宙人にはほど遠い。
そりゃそうだという、つまらないオチでゴメンm(_ _)m

wassho at 23:38|PermalinkComments(0) ノンジャンル 

2020年08月25日

ヤエーなんて知らなかった

ほとんどの人にとってヤエーを知らなくても何の差し障りもないし、それを知ったところで周りの人との会話のネタにもならない程度の話であることを最初に断っておこう。

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   あれっ、それでも読むの?
   あんたも物好きだねえ(^^ゞ


では書きますか。

高校生の頃、バイクに乗っていて他のバイクとすれ違うとピースサインを交わす風習があった。バイクに乗るもの同士の連帯感という大げさなものではなく、そうすることがお約束で特に何も意識することなくピースしていた。


大学生になってバイクに乗らなくなり、1980年代にその風習は廃れたと聞いていた。2011年の2月から2018年の3月まで再びバイクに乗っていたが、ピースしてくるライダーなんて基本的にいなかった。

しかし、ごくごく稀にピースサインをされたり、あるいは手を振られることがなくはなかった。あまりに珍しい体験だったので、そのことをブログに書いたくらいである。

さてもうバイクは降りてしまったが、先日に知ったのは、ライダー同士が挨拶する風習は細々とは続いており、それが「ヤエー」と呼ばれていること。

   ヤエー?
   なんじゃそれ?

種明かしをすると、ピースサインをするときにイエーイと声を出すことがあるよね。イエーイは英語で書くと Yeah! 。誰かがそのスペルを Yaeh! と間違えて、つまりヤエーと書いて、それが面白がられてヤエーという名称が広まったらしい。2003年の「2ちゃんねる」での投稿がきっかけという説もある。


やっぱり読むんじゃなかったなかったでしょ(^^ゞ

バイクイラスト


wassho at 23:20|PermalinkComments(0)   *バイク関連 

2020年08月23日

夏にあきらめない

昨日はグラジオラスについて、倒れまくって手の施しようがないし、100株ほど発芽したものの既に半分以上が枯れたり抜けたりしていて、だからもう1輪だけでも花が咲いてくれればいいや程度の「夏にあきらめて」な気持ちであることを書いた。

しかし一晩たって、せっかく植えたのだからナントカしようと気が変わる。具体的には100株なら無理でも、株数が減ってきた今なら支柱で支えることもできるかなと。

幸い本日は午前中に大雨洪水警報も出た超豪雨が1時間ほどあり、そのせいか晴れた午後も気温は26〜27度と涼しかった。というか涼しかったからガーデニング作業をするやる気が出たのであるが。

ただし園芸用の支柱は数本しかない。ベンジャミンを挿し木で増やしたときに支柱代わりに使った菜箸が10本ほど。それと普通の割り箸。手持ちの資材はその程度。それでもできるところまで、とりあえずやってみるかと。


1本の支柱で2株を支える工夫。
DSCF8119


菜箸や割り箸などで株の下側で支えても、思ったよりは上手く立ってくれる。
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昨日と較べれば、ちょっとはサマになってきたかな。

  <昨日>
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  <本日>
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支柱を買ってきて、もうちょっとガンバルつもり。

wassho at 20:34|PermalinkComments(0)   *チューリップ以外 

2020年08月22日

夏にあきらめて

「夏をあきらめて」は1982年に発表されたサザンオールスターズの曲。世間一般的には研ナオコのヒット曲として知られているかな。その歌詞に出てくるパシフィックホテルは、80年代後半まで茅ヶ崎に会ったリゾートホテル。何度か入ったことがある。あの夏の恋をあきらめなかったら、その後はどうなっていたかな?−−−とかホザいてみたい(^^ゞ


さて夏の恋ではなく夏のベランダが絶不調である(/o\)

株が倒れまくって手の施しようがないことを8月9日に書いたグラジオラス。もちろん状況が改善するはずもなく、あれから2週間経った本日の様子。
DSCF8102


茶色く枯れてきたものも多くなったので、それを抜いて数えると、まだ緑色のうちに根本から自然に抜けたものも含めて全部で59本になった(涙)
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115球を植えて100球ほどが発芽していたので、現時点で半滅以上である。
ところどころスッカラカンになってしまった。
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本日の全景。花茎はまだなく葉のみである。8月9日には「10株でも花を付けてくれれば御の字」と書いたが、今は「ひとつだけでもいいから」という願うような気持ち。
DSCF8114


▢▢▢▢▢
リンゴも不調である。6粒の種をまいて4つ発芽し1つが枯れたが、基本的に順調だったことは5月10日に書いた。それ以前の記録はページの最後にあるタグのリンゴをクリックしてちょうだい。他の品種も同じく。

これは、そろそろもう少し大きな鉢に植え替えようかなと思っていた7月5日の写真。
DSCF8041


ところが7月26日にハダニが発生しているのを発見(怒)
DSCF8073

写真をクリックして拡大すれば、うすい膜のようなものが見えると思う。これは2013年にヒマワリに発生したのと同じものと思う。

そしてハダニが原因かどうかは不明だが3株のうち1株が枯れる。
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ハダニは丁寧に洗い流し、それ以降は発生していない。しかし見つけたときにはかなり養分を吸い取られていたのか、しばらくしたら萎れ始め、これは8月9日の撮影。
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本日8月22日の様子。
おそらく秋風を感じることはできないだろう(悲)
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リンゴはもう1株残っているが、コイツは全然大きくなっていない。
eDSCF8104




▢▢▢▢▢
柿はリンゴより早くダメになった。
7月5日には元気がなくなっており、
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8月9日にはかなり進行。
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そして本日8月22日。
左側は完全に枯れた状態。右側は一番上に新芽のようなものが出ているが、ここからの復活はない気がする(諦)
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▢▢▢▢▢
6月21日に植えたアメリカン・チェリーは2ヶ月経っても沈黙を保ったまま。
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夏をではなく、
夏にいろいろとあきらめるガーデニングになってしまって残念。

wassho at 17:23|PermalinkComments(0)   *チューリップ以外 

2020年08月20日

ゴジラとティラノサウルス その2

ゴジラのデザインはティラノサウルスをモデルにしたといわれる。もちろん制作者の公式な見解ではない。しかしティラノサウルスは地球史上最強のイメージだからゴジラにふさわしいし、何となく昔からそうなんだと思ってきた。
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写真は1954年(昭和29年)の初代ゴジラ。全体的にはティラノサウルスだが、腕はイグアナドン背びれはステゴザウルスを模したという説もある。イグアナドンを持ってきたのはティラノサウルスの腕があまりに貧弱だからだろう。ステゴザウルスはもちろん背中に迫力を出すため。
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問題はイグアナドンとステゴザウルスはそもそも4足歩行であり、ティラノサウルスは2足歩行でも、身体を水平まで倒して頭と尾でバランスを取るような不思議な形態をしていること。つまりゴジラとは姿勢がまったく異なる。もちろんゴジラは架空の怪獣なので、どうデフォルメしてもいいのだが(/_')/ソレハコッチニオイトイテ。


しかしティラノサウルスのことを調べてわかったのは、1990年代になるまでは直立に近い形で立っていると学術的に考えられていたこと。そういえば子供の頃に見たティラノサウルスはこの姿だったことを思い出す。だから1950年代生まれのゴジラはティラノサウルスがモデルでも直立に立っていたのだ。

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1979年(昭和54年)に発売された図鑑のティラノサウルスは立ち姿で描かれている。
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1980年代に発売されていたプラモデルも。
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1993年に発売されたプラモデルから身体が水平に。
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恐竜は巨大なので、脚と尾の3点で身体を支えるのが合理的と以前は考えられてきた。しかし1990年にティラノサウルスの全身骨格化石が発掘される。その骨格をよく調べた結果、身体は水平だったという学説が優位になったらしい。それ以来、ティラノサウルスに限らず2本脚で立つ恐竜はすべてそういう姿勢ということになっている。

つまり現在の2本脚系の恐竜は、子供の頃に見ていたものとは姿が違うということ。その頃に見ていた恐竜を覚えているわけじゃないとしても、鎌倉幕府がイイクニツクロウの1192年じゃないと今は教えられているのを知った時と同じような気分。思い出を否定されてちょっと戸惑う。

しかし、前回に書いたように身体を水平にして動き回るティラノサウルスを見て違和感を覚えるのは、視覚的バランスだけの問題じゃなくて、ひょっとしたら子供の頃の印象と違っていたからかもしれない。覚えてはいなくても脳のどこかにイメージが残っていたのかな。


こちらは2016年公開のシン・ゴジラ。やっぱりゴジラはこの姿勢じゃないと。よく見ると初代ゴジラと較べて腕がずいぶんと小さく、ティラノサウルスに近い形になっている。
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恐竜はもはやこういう姿では描かれないので、ゴジラのこの姿勢は「ゴジラ立ち」と呼ばれている。それどころか「ゴジラ立ちしていた時代のティラノサウルスのイラスト」なんて、どっちがオリジナルかわからない表現もされているらしい。

ところで初代ゴジラの頃に、現在と同じようにティラノサウルスの姿勢は水平という学説だったとしても、やはりゴジラはゴジラ立ちでデザインされたはずである。

だって人が中に入らないといけなかったから(^^ゞ


おしまい

wassho at 22:20|PermalinkComments(0) ノンジャンル 

2020年08月19日

ゴジラとティラノサウルス

たいていの男の子は恐竜が好きで、子供の頃は私もそうだった。しかし、よく考えたら恐竜なんて教科書に載っているわけでもないのに、どうしてあたかも常識のように誰もが知っていたのだろう。怪獣だったらテレビでやっていたが。

1993年に公開されたジュラシックパークは、そのリアルなCGが画期的だったし、当時はDNAから恐竜を再生するという設定にとてもインパクトがあった。1970年代に日本沈没というSF小説と映画があって、地下のマントル流の異変が日本列島を沈めるというストーリーが妙に本当ぽく感じられたのと同じかな。中高年以上じゃないとわからない話でゴメン。

動く恐竜を見たのはジュラシックパークが最初だったかもしれない。けれども今やテレビの科学番組でも現実と区別がつかないようなCGは当たり前になっている。そして、そういう番組で動き回っている恐竜を見ると、いつもあることに違和感を覚える。それはずっと疑問に思っているテーマでもあり、今年は夏休みがコロナで暇だったのでちょっと調べてみた。


本題に入る前に、恐竜というのはまず鳥盤類と竜盤類に分かれる。意味がよくわからないのだが、両者は骨盤の向きが違うらしい。そして竜盤類はさらに竜脚形類と獣脚類に分かれる。文字から推察すると脚の形で分けているみたい。

竜脚形類は4本足で首が長い。だいたいが大型で草食が多い。これはブラキオサウルス。頭から尾の先までは約25メートルだからプールが動いているようなもの。頭の高さも16メートルで5階建てほどもある。
1ブラキオサウルス


獣脚類は2本足。肉食で獰猛。その代表は地球史上で最強といわれるティラノサウルス。恐竜で常に人気ナンバー1なのは、ライオンと同じく強いイメージだからかな。体長は13メートルとされる。参考までに大型の観光バスが12メートル程度。
2-1ティラノサウルス


それで違和感を覚えるのは、ティラノサウルスなどの獣脚類恐竜の身体のバランスがとても悪いこと。イラストだとそうでもないが、これが歩いたり走ったりしているのを見ると、よくそんな身体の形で転ばないものだと思ってしまう。

とりあえず動画で確認してみて。



真横からのイラスト。
2-2

身体の真ん中に脚があって頭と尾でバランスを取るようになっているのは理解できるが、どう考えても体勢的に苦しいはず。腹筋と背筋で相当にがんばらないといけないだろう。なぜそんな形になった? そしてティラノサウルスの腕はどうしてまるで退化したかのように小さいのだ? 長さは75センチほどで人間の腕よりわずかに長い程度である。 進化の過程でどこか間違えたのか。

そういうのが夏休みの自由研究のテーマだったが、結論からいうとネットで少し調べた程度では、たいしたことは何もわからなかった。腕が小さいのはそれなりに関心を持たれているようだが、小さくても強力だったというものから、人間と腕相撲をしたら負ける程度の筋力しかないまで学説もさまざま。

というわけで長年の疑問に対しては何も成果がなかったものの、調べている途中で面白いことを発見した。


ーーーそれは次回に


余談になるがティラノサウルスの短い腕を見ると、
いつも写楽の浮世絵を思い出す(^^ゞ
4写楽



※ブラキオサウルの写真引用
https://www.gibe-on.info/entry/brachiosaurus/
※ティラノサウルスの写真引用
https://japan.cnet.com/article/35134901/ 

wassho at 20:24|PermalinkComments(0) ノンジャンル 

2020年08月18日

ベテルギウスにお願い

ペルセウス座流星群が最盛期を迎えると1週間ほど前に話題になっていた。しかし自宅近くで見られるものでもないから夜空を見上げることもなし。だいたい都会生まれの都会育ちなので星空には縁がない。天の川すら見たことがない。天の川なんて七夕とセットで語られるから、40歳近くになるまで七夕の頃にだけ現れる天体現象だと思っていたくらいである。

そんな話をすると、子供の頃は見えたんじゃないですかと年寄り扱いされることがある。若ゾーよ、わしらの子供の頃は公害で空はもっと汚かったのじゃぞ←とナゾの老人言葉(^^ゞ


さて天文学界隈で最近話題になっていることがある。それはベテルギウスというオリオン座にある星が近々爆発するのではないかということ。ベテルギウスは太陽の1000倍ほどの大きさがあり、太陽の位置に置けば木星あたりまでを飲み込む巨大な星。

そいつが爆発するとどうなるか。
爆発の1時間後には肉眼でもはっきりと夜空の異変を確認でき、
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3時間後には満月の100倍の明るさとなる。
(CGでレインボーブリッジの右上に月が描かれている)
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昼間でもこの明るさで、それが約3ヶ月間続く。
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まさに人類始まって以来の大イベント。歴史的には1054年にも同じような星の爆発があり、新古今和歌集を編纂した藤原定家の明月記にも記載があるという。もっともその時の爆発は金星くらいの明るさだったらしい。

それでベテルギウスが近々に爆発するのではないかという「近々」とはいつ頃かというとーーー10万年以内とのこと。ナンジャソレと思うが宇宙が誕生した140億年前からのことを扱うのが天文学だから、10万年というのは「近々」という感覚。ちなみに140億年を14年に置き換えると、10万年は1万年分の1だから53分以内になる。そう考えると「近々」かな。

しかし2019年の終わり頃から、ベテルギウスの明るさに大きな変化が観測されたので、ひょっとして本当に近々じゃないかと騒がれ出した。だから上に貼ったようなCGも作られているわけ。その後の観測で明るさの変化は爆発とは関係ないという説もあるが、天文学のことはよくわからない。


  見たいなあ〜 見たいなあ〜
  なんとかしてよベテルギウス。
  別に今晩じゃなくてもいいからさ。
  そうそう、コロナが治まった頃に爆発してくれれば、救世主扱いで
  メチャ盛り上がると思うよ。

10万年以内ということは今年に爆発する確率は10万分の1である。
でも宝くじの1等に当たる確率は1000万分の1だから、それと較べれば100倍も高い。
期待しているぜベテルギウス!

wassho at 08:20|PermalinkComments(0) ノンジャンル 

2020年08月15日

レクイエムでBON

お盆に先祖の霊が帰ってくるなんてことはもちろん、死後についての宗教的な諸々のことはモーソーの産物、あるいはそれに乗じたマーケティング戦略としか思っていない。だからあの世なんて信じちゃいないのだけれど、亡くなった人達を悼むことの意義までを否定しているわけじゃない。

それでかれこれ20年くらいになる私の風習は

   お盆の前後のどこか1日に
   朝から晩までレクイエムをかけて
   亡くなった人達に思いをはせる

こと。

時期としては仏教と関係ないから別にいつでもいいのだが、お盆で世間的にそういう雰囲気になってくるし、その頃は休みの場合も多いからという理由。すっかり忘れて秋頃になることもたまにある(^^ゞ


レクイエムというのはクラシック音楽のジャンルのひとつ。キリスト教には11月2日に「死者の日:万霊節」というのがあって、死者が天国に入れるように祈る式典が行われるらしい。その時に使うのがレクイエム。昔は鎮魂曲や鎮魂歌ともいったが、それは誤訳だということでレクイエムとそのまま使うことが多くなった。葬式の時にも流すものなのかどうかは知らない。

もっともレクイエムをかけるのは、キリスト式に悼むのではなく単なるBGMとして。レクイエムは合唱付きの構成になっており、なんと歌っているのかはまったくわからなくても、それっぽい雰囲気は演出してくれる。モーツァルト、ヴェルディ、フォーレのが3大レクイエムとされるが、私はブラームスの「ドイツレクイエム」がわりと好きかな。バッハのマタイやヨハネの受難曲を加えることもある。


そして世間のお盆と一番違うのは思いをはせる対象。身内はもちろんとして、基本的には知っている人すべて。まだ忘れていませんよという挨拶のつもり。あの世を信じていないのだから、どこに挨拶しているのだという話になるが、あの世はこの世で生きている人間のためにあるのだと思っている。

そしてついでにといっては失礼だけれど、お盆は終戦の時期でもあるので戦争で亡くなった人達も。もうこうなると冥福を祈るという宗教的なものと変わらないが。まあ何かと矛盾した行動を取るのが人間というものである(^^ゞ


レクイエムはほぼ1日中かけているが、亡くなった人のことを丸一日考えているわけではもちろんない。折に触れてというところ。それで今年は2015年に亡くなった友人のことを特に思い出す。心臓が悪く医者にはオリンピックまでがんばりましょうと言われていたのだが−−−。そのオリンピックもコロナのせいでなくなり、つくづく世の中とはわからないものだと思ったりの8月15日である。
朝顔


wassho at 12:36|PermalinkComments(0) 生活、日常 

2020年08月11日

誰がなんといおうと8月なら暑中見舞い

しきたりに従えば「立秋」に入るまでが暑中見合い、それ以降が残暑見舞いである。それで「立秋」とはいつかというと2020年は8月7日から22日まで。したがって暑中見舞いの締め切りは8月6日ということになる。(旧暦ベースなので日付は年によって1日程度前後する)

しかし春夏秋冬に明確な定義はなくとも、8月7日から秋ということは断じてない。それどころか立秋の期間は夏真っ盛りである。そして9月になっても暑い日が続く。気象庁の分類によれば

   猛暑日 最高気温35度以上
   真夏日 最高気温30度以上
   夏日  最高気温25度以上

東京の9月のデータを過去3年で見ると

   2017年 猛暑日0日  真夏日3日  夏日17日  合計20日
   2018年 猛暑日0日  真夏日8日  夏日12日  合計20日
   2019年 猛暑日2日  真夏日10日  夏日15日  合計27日

つまり9月は1ヶ月の2/3以上が夏の気温であり、夏と呼ぶべき期間であることがわかる。だから8月なら暑中見舞い、9月になったら残暑見舞いにすべしというのが私の考え。そのほうが日本語の意味に正確であると、実に暑苦しい主張を長年続けている(^^ゞ


参考まで立秋というのは「二十四節気」という1年を24等分した季節の考え方による。これは紀元前に中国で発案されたもの。大陸とでは気候風土が違うし、それから2000年以上も経過して地球環境も大きく変わった。現在の日本において二十四節気の区分はほとんど迷信レベル。

例えば立秋と対になり春が始まるとされる立春は、2020年だと2月4日からになる。つまり1年でもっとも寒い時期となる。うっかり2月4日に「春ですね」とか、8月7日に「秋になりました」なんていうと頭がおかしいと思われかねない。だから「暦の上では」と前置きを付けることになっている。

しかし「まったく実際の気候にそぐわず何の意味もありませんが」と同義語の前置きを付けてまで二十四節気を引用するヤカラの気が知れない。教養がある雰囲気を出せると勘違いしているのかな。万葉集や源氏物語とはジャンルが違うのに。


さて立秋に入って5日目となる本日の東京は37.3度と、この夏一番の最高気温を記録した猛暑日。全国では3地点で40度を超えた。だから心置きなく(^^ゞ

       暑中お見舞い申し上げます。

       コロナのせいで、
       今までの人生で一番おとなしく夏を過ごしております(/o\)

       皆々様もご自愛下さいませ。

例年と同じく暑中見舞いはUnsplashから夏らしい写真を拝借。

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wassho at 22:53|PermalinkComments(0) ノンジャンル 

2020年08月10日

スイカにレモン汁

スイカに塩をかけると、そのしょっぱさが甘みを引き立てる。子供の頃はそうやって食べていた時期もあったが、いつの間にかかけなくなった。品種改良によって、そんなことをしなくても充分に甘くなったからかな。ぜんざいに塩というのも聞くが、あれって最初から塩を入れて作るものなの? 少なくとも私はぜんざいに塩を振りかけたことはない。


さて昨年の秋頃にスイカにレモン汁をかけるという食べ方を知った。何となく興味を引かれ、ようやく季節が巡って本日にメデタク実現。

食べる前はどんな味になるのか想像が難しいけれど、
食べてみるとスイカにレモン汁をかければ、こうなるよねと、わかりやすい味になった。

つまり食べたことにない人に説明は難しいのだが。レモンの酸っぱさと、スイカのざくっとした食感が合わさって何となくトロピカルな味になるというか。スイカとは別の果物を食べている感じである。

それでレモン汁をかけると圧倒的においしいかというとそうでもない。スイカを何切れか食べるときに、味の変化を楽しむには面白いといったところ。当たり前だけれど、レモン汁をかけ過ぎるとスっぱいよ (^^ゞ

でも試してみて損はないと思う。
コロナの夏をあれこれ楽しみましょう!
スイカ


wassho at 23:28|PermalinkComments(0) 生活、日常 

2020年08月09日

グラジオラスは無理っぽいーーー

6月19日に球根を植えたら1週間も経たないうちに発芽したグラジオラス。
その後もグングン育ち、7月のうちは調子がよかったのだがーーー。


7月5日
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7月12日
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7月26日
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しかし7月の終わりあたりから倒れるものが多くなってきた。
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倒れたものは土を寄せたりして球根の向きを変えて角度を修正している。
しかし、こういうふうに折れ目がついてしまうと、それも不可能に。
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また茎を触るとスッと根本から抜けてしまうものもあって、
本日現在でもう10本は抜けた(涙)
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8月2日
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本日8月9日
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ほぼ毎朝、倒れた茎の修正をしてきたが
もう無理(/o\)
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数日前から枯れる株まであらわれた。
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グラジオラスは背丈が高いので支柱を立てろと解説してあるものが多い。115球の1本ずつに支柱を立てるのは不可能なので、プランターの何カ所かに支柱を立ててロープを巡らせ、ベランダのフェンスとで囲うようにして対処するつもりだった。そのエリアの中で傾く株はあるだろうけれど、少々は仕方ないかなと。またベランダのフェンスから離れた場所にある、その手が使えないプランターには背丈の低いバンビーノ種を植えた。

しかしこんなに背丈の低いうちから、ほとんど倒れるように傾くとは思っていなかった。また写真でもわかるようにグラジオラスの葉は薄くヒョロヒョロで少しの風で倒れたり折れてしまう。ちょっと想定外。

現在のところ生えているのは葉だけで、この後つぼみがつく花茎が出てくるはず。花茎が出たら株の強度は増すのかな。そうしたらまた対処のしようもあるのだが。
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とりあえず現在は半分諦めの境地。
115球植えて100球ほど発芽したが、10株でも花を付けてくれれば御の字程度の気持ち。

グラジオラスは意外に手強かったと打ちひしがれる2020年の夏(^^ゞ

wassho at 10:12|PermalinkComments(0)   *チューリップ以外 

2020年08月08日

ラングレーまで11.17km

訳のわからないタイトルではあるが、アメリカのホワイトハウスからバージニア州のラングレーまでの直線距離が11.17kmという意味である。そして、その

   「バージニア州ラングレー」

アクション系の映画が好きなら、そこにCIAの本部があることを知っている人は少なくないかと思う。永田町とか霞ヶ関の地名が代名詞として使われるように、ラングレーといえばCIAを意味する。そして、この建物も映画の中によく登場する。

1CIA

そういうジャンルの映画が好みの私にはお馴染みのCIA本部なのであるが、昔から不思議に思っていることがあった。それは

   どうしてワシントンではなく、
   こんな人里離れたところにあるのだ。

ということ。ちなみにこちらがもっと広い範囲を撮ったもの。どう考えても主要官庁が存在するような場所じゃない。

2CIA

ひょっとしたら敵から攻撃される可能性がある秘密基地?のようなものだから、ワシントンから遠い場所にあるのかーーーというのが映画的モーソーでの推察だった。もちろんそんなに深く考えていたわけじゃないが。


ところが先日見た映画に衝撃のシーンが。

   主人公はCIA職員でワシントンの街中に住んでいる。
   そしてCIA本部まで自転車で通勤していた!

どんなドンデン返しよりもビックリするストーリーだった(^^ゞ それでバージニア州ラングレーってどこ?とGoogleマップで調べてみると、ホワイトハウスからCIA本部までが直線距離で11.17kmしかないことに再度のビックリ。

3 11.17km

これは東京だと国会議事堂から杉並区の高井戸までと同じ距離である。それであの森の中なんて日本では想像がつかない。なお念のために書いておくと自転車はママチャリじゃなくてスポーツタイプね。これくらいの距離ならフィットネスを兼ねて自転車通勤している人は日本にもいるだろう。

4高井戸


CIAが人里離れたところにあると思っていたのは、その緑あふれる風景と共に地名がワシントンではなくバージニア州だったことも影響している。どこにあるのかも知らなかったが、なんとなく田舎のイメージ。でも首都ワシントンD.C.はメリーランド州とバージニア州の州境に位置しているのだった。

5バージニア

アメリカに50ある州の名前はすべて聞き覚えがあっても、白地図で場所を示せるのは10もないかもしれない。あなたはいくつできる?

6白地図

ついでにアメリカ東海岸の主要都市。ニューヨークからワシントンまでは約300kmで、これは東京からだと名古屋と琵琶湖の中間くらいまでに当たる。

7東海岸


ところで最初の地図に記したように国防総省のペンタゴンとホワイトハウスが近いのにも驚いた。直線距離で約2km。これは日本の国会議事堂からだと銀座まで程度の距離である。ペンタゴンも風景写真はこんな感じだから、もっと郊外にあるものだとばかり思っていた。

8ペンタゴン

ちなみにこのペンタゴンは世界最大のオフィスビルだとされている。1フロアの面積が11.7ヘクタールで東京ドーム2.5個分。それの5階建て。どんだけ広いネン。



それがどうしたという内容のブログだが、
まあ夏休みの自由勉強ということで。

wassho at 19:46|PermalinkComments(0) ノンジャンル | 映画、ドラマ、文学

2020年08月05日

インターホン修理の顛末 その2

金曜日、約束の午後5時にアイホンのサービスマン氏から「少し遅れたが今から向かう、30分ほどで到着する」と電話があり、マンションの玄関から電話があったのが5時44分。つまり44分の遅刻だが、まあそれくらいは仕方ないでしょう。

インターホンって、普段はその存在すら意識していないが故障すると不便なもの。オートロックだと、玄関まで降りていかなくてはならないのでなおさら。
オートロック

ちなみにアイホンというのは名古屋に本拠がある、インターホンの老舗でありパナソニックとシェアを二分するトップメーカー。もはや代名詞になっているピンポーンという呼び出し音はアイホンが始めたらしい。

同社は1954年から「アイホン」を商標登録しているので、日本ではAppleのiPhoneが商標として認められなかった。そこで両者が協議してアイホンがiPhoneを商標登録してAppleに貸し出すという方法をとっている。iPhoneの説明にはどこかに「iPhoneの商標は、アイホン株式会社のライセンスにもとづき使用されています」という但し書きがあるはず。そして、その使用料は年間1億円といわれている。濡れ手に粟とはまさにこのこと。実にうらやましいかぎり。


さて東京電力のサービスマン氏は作業服にヘルメット姿だったが、アイホンはワイシャツにスラックスという普通のビジネスウエアだった。電柱に登る可能性もある東京電力とは作業範囲が違うか。それでもサービスマン氏の腰には工具を刺しておくベルトが。なぜかたまにあれが欲しくなるときがある(^^ゞ

インターホンのパネルを外して、数カ所をテスターで測って1〜2分後に「ヒューズが飛んでいますね」とサービスマン氏。それはちょっと意外だった。

ヒューズというのは電気が規定以上に流れたときに飛ぶもの。故障したのは電力メーターの異常で電圧が下がったときなのに。電力メーターの故障の最初に電圧が上がっていたのか。しかし電力メーターに増幅機能はないし、もしそうでもブレーカーが飛んでカットするはず。まあよくわからないことが起きるのが世の中の常である。

他に故障している箇所もあるかもしれないが、まずはヒューズを交換ということになった。結果、それだけでインターホンは作動し、自室の玄関との通話、マンション玄関との通話とオートロックの解除も問題なかったので修理は完了。作業時間は30分ほどだったかな。


ついでに「電力メーターが故障した その4」で書いたオートロックを開くことのできる暗証番号のことを尋ねてみた。やはり検針などの作業用の暗証番号はあるとのこと。複数を設定できるらしい。また何が違うのかを聞き忘れたが住民用の暗証番号もある。ただそれを住民に教えているマンションはほとんどないだろうとの弁。もっともそれを知っていたところで、鍵をなくした場合は部屋には入れないからあまり役に立たないが。



話はまったく変わるけれどマンションの玄関ではなくホテルの部屋のオートロック。私は今まで2回ほど「やらかした」ことがある。しかも海外で(/o\) だから言うのじゃないけど、マンションのオートロックに防犯上の意味はあるが、ホテルのオートロックはたいして利便性が向上するわけでもなく、何のためにあるのかよくわからない。あんなものは全世界で禁止して欲しい!

あのクリスティアーノ・ロナウドもやらかしている(^^ゞ
そういう設定のCMだけど。



おしまい

wassho at 23:16|PermalinkComments(0) 生活、日常 

2020年08月04日

インターホン修理の顛末

7月23日から5回にわたって書いたのは、電力メーターが故障して電圧が下がったときのときの話。その2回目と4回目で触れたように電圧の変動によってインターホンが故障した。

東京電力がマンション管理会社に連絡して、そのどちらかから修理についての連絡が入るというのが東京電力のサービスマン氏の説明だった。しかし1週間経っても音沙汰なかったのでマンション管理会社に連絡することに。

東急住宅リース連絡センターに電話すると「こちらの連絡センターに東京電力との記録はないが、本社と協議しているかもしれないので調べて返事する」という回答。もう営業時間終了間際だったので、返事は明日になるとの断りを受ける。

翌日早くに連絡がある。インターホンのメーカーに連絡して修理に向かわせるとのこと。連絡遅延の原因がどこにあるのかは敢えて問いたださなかった。こんなことは滅多に起きないので、それを知ってもたいして役に立たないと思ったから。

その時に尋ねられたのはインターホンがアイホン製かパナソニック製のどちらかということ。管理会社ならそれくらい把握しておけと思うが。実は故障するまでどこのインターホンかなんて知らなかった。故障したときにシゲシゲと眺めたのでアイホン製と知っていたしだい。管理会社を通じて修理を依頼するマンション住まいの人は、インターホンのメーカーを確認しておきましょう。

電話オペレーター


1時間後にアイホンから電話が来る。このレスポンスはナカナカの早さ。これがノーマルなのか、あるいは東急住宅リースから対応が遅れた案件だから急いでくれと頼まれたのか。

電話してきたのはオペレーターのような感じの女性で、まず型番を尋ねられた。VH-RMと書いてあると答える。電話の向こうで説明書を探しているような音。どうも見つけられないらしい。12年前に建ったマンションだと言ったのだが、あまり助けにならなかったらしく、なんとかVH-RMに近い機種の説明書を見つけた様子。しかし「ドコソコにナントカというボタンはありますか?」「ありません」というような会話が2回ほど続く。

そしてパネルの左側面中央に電源スイッチがあるとオペーレーターからの説明。電力メーター故障の4回目に書いたように、インターホンには電源スイッチはないと思っていたからビックリ。スイッチがないというのは私の判断ではなく、東京電力のサービスマン氏がそういっていたので疑いもしなかった。修理の対応はよかったのに、実はいい加減なヤツだったのかアイツ?

インターフォンは壁の左際近くに設置されており、普段はパネルの左側面は見えない。それでパネル左側面をのぞき込んでみると、中央に電源スイッチのようなものはなかった。しかし上部に何か切り込みが。そこを押してパネルを外すためのもののように見えたが、彼女によるとそれは電源スイッチのカバーらしい。押しても指でずらしても動かなかったが、ツメで引っかけるとカバーが開いた。

当然スイッチはオンの状態。それをオフにしてオンに戻してを2〜3回繰り返したが変化なし。ということでようやく故障だと確定される。

修理は最短で4日後の土曜日になると言われた。しかし遅い時間でもいいのでと申し入れて、金曜日の午後5時に来てもらうことになった。こういうときはあまり欲張らないのが交渉のコツ。先方もある程度は余裕を見ている可能性はある。ただし「明日に来い」とゴネて、スケジュール調整の可能性があったとしても、OKしたら最初に返答した立場がなくなるから受け入れられる可能性は低い。何事も腹八分目が大事。まあとにかくこの週は土日の都合が悪かったので話がまとまってよかった。


ーーー続く

wassho at 23:11|PermalinkComments(0) 生活、日常 

2020年08月02日

お寺の敷地が広いのは

たいていの寺はそれなりに広いし、
そこそこの寺なら大きな庭もあって相当に広い。
京都や奈良あたりで有名な寺ならメッチャ広い。

そのことに誰も疑問をいだかないけれど、
子供の頃はそれが不思議だった。
お経を上げるだけなのに、今的な表現をするなら、どうしてこんなに無駄に広いのかと。

そして社会科の知識を多少は得た後に導いた結論は、昔は仏教の力が強かったので、広い敷地を手にすることができたというもの。これは寺を神社に置き換えても同じ。

また東京で広い敷地を持つ施設や公園などは江戸時代の大名屋敷跡地のところが多い。それを知ったのは中学か高校になってから。大名屋敷なんて権力そのものなので、子供の頃に考えついた「寺が広いのは仏教の力が強かったから説」を思い出して、やっぱりそうだったんだと納得していた。

寺

が、しかし
前回のブログで「奈良時代の人口は300万人だった!?」を書いたときに気づく。

有名な=広い寺は平安時代や鎌倉時代に創建されたものが多い。
それで当時の日本の人口は

   平安時代初期で550万人
   鎌倉時代初期で680万人

しかいない。現在の人口1億2600万人と比較すると、それぞれ4%と5%である。5%といえば1/20ということ。つまり土地なんていくらでも余っていた。ちょと理屈が強引になるが、あなたの家も今の20倍の広さにすることができたといえば感覚的にイメージできるだろうか。

ついでに江戸時代初期の総人口は1200万人。しかし当時の江戸はまだ大阪や京都より人が少なく、幕府を開いた1603年頃の人口は15万人、1700年で80万人とされる。参勤交代が1636年からで、その頃に大名屋敷も建てられたとして、15万人と80万人の中間を取って47.5万人としよう。現在の東京23区の人口は957万人だから、当時の人口は47.5÷957=鎌倉時代と同じく現在の5%となる。


宗教や政治的な権力があったから、広い面積を確保できたいうのは間違っていないと思う。しかし土地は余っていたので、別に強引な地上げをしたのではなさそうとwassho学説を変更しなければ。また現在は坪や平方メートルで考えるけれど、大昔は土地の広さを捉える感覚が違っていたのかもしれない。田畑の単位は反(約1,000平米)や町(約10,000平米)なので、それくらいで土地を数えていたのだろう。


ところで20倍も必要ないけど、
5倍くらいは広いところに住みたいなあ(^^ゞ

wassho at 19:27|PermalinkComments(0) ノンジャンル 

2020年07月31日

奈良時代の人口は300万人だった!?

先日、コロナの話題から派生したような企画内容のテレビ番組があり、古来から日本ではさまざまな疫病=感染症に見舞われてきたことを紹介していた。

その中で興味深かったのが

   奈良時代に疱瘡(ほうそ:天然痘のこと)が蔓延し、
   100万人が亡くなった。
   これは当時の人口の1/3に当たる。

という解説。

   えっ! 100万人で1/3ということは
   奈良時代の人口って、たったの300万人?

番組制作者からは「ソッチカイ!」と突っ込まれそうだが(^^ゞ
奈良時代イラスト

現在の日本の人口は約1億2600万人。もちろん昔はそれより少ないことは常識的にわかるとしても、たったの300万人にビックリしたというか、そんな遠い昔の人口なんて考えたこともなかったことに虚を突かれた感じ。

それで少し調べてみた。もちろん正確な統計は明治になってから。江戸時代以前は推測というか学説になるが、いろいろ研究しての結果だから、それなりに近い数字なんだろうと思う。

情報ソースによって数字は異なるので、エイヤッと要約すると

  縄文時代:26万人

    縄文時代は1万3000年という長い期間。始まった頃は2万人、最盛期で26万人に
    達したとされる。たったそれだけの集団が作った土器や土偶が今も残っているのは
    感慨深いなあ。

    ただし縄文晩期には気候変動による寒冷化で8万人まで減少。
    8万人って最盛期の1/3以下で、日本人滅亡の危機が迫っていたレベルじゃないか。

  弥生時代:約1000年間で8万人から60万人まで増加。稲作が始まったおかげ。
  古墳時代:具体的な数字を見つけられず。

  奈良時代:450万人

    テレビの300万人とは数字が違うが、天然痘で亡くなったのは150万人という説も
    あり、それなら人口の1/3という比率は同じになる。いずれにせよ仰天の死亡率。

  平安時代初期:550万人 
  平安時代末期:680万人
  鎌倉時代初期:760万人
  室町時代初期:820万人

  江戸時代初期:1200万人
  江戸時代中期:3100万人
  明治時代:初期3300万人〜終期5000万人
  終戦(1945年):7200万人


だから何だという数字ではある。しかし明治の始めは人口が今の1/3。ゆったり暮らせたろうなとか〜1000万人を超えたのは戦国時代。集団で合戦しているイメージがあるが今の1/10なら人集めが大変だったかもとか〜平安時代でも今の1/20かあ。そんなに人が少なければ暗闇に妖怪・魑魅魍魎が潜んでいると思うのも無理はないか〜など、あれこれモーソーが膨らんで楽しい。歴史の授業でも教えるべきだ。もっとも3000万人を超えた江戸中期以降はともかく、この国で1000万人以下の人しかいなかった状況は、どうにも具体的にイメージしづらいが。


2004年内閣府少子化白書のグラフでマクロ的に見ると、戦国時代が終わるまで日本の人口はなだらかに推移し、そして江戸時代になって爆発的に増えている。ただし江戸時代中頃からは停滞が始まり、ふたたび増加に転じるのは明治になってから。
人口グラフ1


ただし現在は少子化の世の中である。
同じように数字を並べると

  1967年(昭和42年):1億人突破 
  1974年(昭和49年):人口維持に必要とされる出生率2.08を下回る
  2008年(平成20年):1億2808万人でピークに達し、以降は減少に転じる
  2058年:1億人を割り込む予定

そしてこちらは2015年厚生労働白書からのグラフ。
あと40年で終戦直後、80年で明治維新の頃の人口となる(/o\)
もっとも、これは移民を取らないという前提でのシミュレーションであるが。
人口グラフ2

ところで少子化が問題になっているのは誰でも知っていると思うけれど、こういった具体的なイメージを持っている人は、ほとんどいないんじゃないかな?

それはさておき、あと80年かあ〜
その頃の日本をこの目で見たいが難しいだろうなあ(^^ゞ

wassho at 19:25|PermalinkComments(0) ノンジャンル 

2020年07月29日

カビの生えたお菓子を食べてしまった(>_<)

たまにスーパーやコンビニで目についたお菓子を衝動買いすることがある。その時は「あっ、これ食べたい」と思って買うのだけれど、家に着いた頃にはそんな気持ちがすっかりなくなっているから、まさに衝動買いの典型である。もちろん捨てはしないが、それを食べるのはしばらく先のことになる。


先日もそんな衝動買いをセブンイレブンでしてしまった。期間限定商品だったのか、もう店頭にはないし公式ホームページにも載っていなかった。写真はネットで拾ってきたものだが、多分これだったように思う。
抹茶わらび餅1

これはわらび餅である、つまり生菓子である。パッケージに「要冷蔵」と書かれている。でも抹茶の写真に惹かれて衝動買いしただけだから、まったくそんなことは気にしていなかった。そして例によって自宅に持ち帰った頃には興味もなくなり、いつものようにリビングの片隅に放置(/o\)

思い出してみると、これはパフェなどを売っている冷蔵庫陳列棚で売られていた。しかし、その陳列棚の上部は冷蔵庫ではなくクッキーなども並べられている。それと要冷蔵のお菓子って中身が透けて見えるパッケージものが多いから、それらのことが影響して冷蔵庫で保存する意識を持たなかったのかもしれない。


正確には覚えていないが、多分5日間は常温で、すなわち真夏の高温多湿な室内に置きっぱなしになっていた気がする。そして運命の日がやってきたのは4連休初日の7月23日の深夜、そろそろ24日になろうとする頃。

その時はテレビでAmazonプライムのビデオを見ていた。こういう場合はビデオというのかな? まあとにかく映画を見ていた。それで小腹が空いて抹茶味のお菓子があったことを思い出す。

もともと夜は照明をあまり明るくしないで過ごすことが多い。じっくり映画を見るときはテレビの上の小さなダウンライト2つだけでかなり部屋は暗い。これがカビに気がつかなかった第1の要因。

ソファに抹茶わらび餅を持ってきて、テレビを見たままパッケージを破り、テレビを見たまま内蓋を開け、中に入っていた楊枝で1つ食べた。つまりお菓子にはほとんど目をやらないで口に入れた。これが痛恨となる第2の要因である。
抹茶わらび餅2

別にヘンな味はしなかった。思ったより甘くないかなと思った程度。映画に気をとられていたので何を食べたのかの認識もあまりなかった。残りのわらび餅の入っている容器をソファに置き、そのまま映画を見続けた。

10分ほど経って、2つめを食べようと容器を見た。残りの3つのうち、2つが白と緑(暗いので緑色には見えていなかったが)に分かれたツートンになっており、1つには白い円のような模様がわらび餅の表面に見えた。変わったわらび餅だなと思いながら、容器を手元に引き寄せて初めて

    白いカビが生えている!! 

ことに気がついた(>_<)

白くて細い短い繊維が立って密集しているようなカビだった。ビックリしてすぐ捨てたので写真は撮っていない。さきほどネットで調べてみたが似たような画像は見つからなかった。

とりあえず映画鑑賞は中断。
さてどうする?

ノドに指を突っ込んで吐き出そうか。
辛そうだし、そんなことをしたことはないので躊躇する。
しかしそれ以外に方法は思いつかない。

だが結局、小さなわらび餅の表面の最大で5割程度にカビが生えていたとして、たいした分量じゃないし、口にしたときに違和感もなかったし、10分以上たって吐き気もしないからーーーという根拠があるようなないような理由で何もしないことにした(^^ゞ

その後に1時間ほど映画を見たが特に何も起きず。翌朝も体調に変化なく快便。ほぼ6日が経過した現在もピンピンしているから影響はなかったのだろう。ネットでざっと調べただけで鵜呑みにはできないが、少々のカビを食べても胃酸で死滅するから大丈夫らしい。もちろんカビの生えた食物は他も傷んでいるから食べるべきではない。


今後はお菓子を衝動買いしても、要冷蔵かどうか確認することを教訓としよう。そういえば幼い頃はバアちゃんに「ながら食いをしちゃダメ」といわれたことを思い出した。年寄りのいうことはよく聞いておくものである。

wassho at 20:57|PermalinkComments(0) 生活、日常 

2020年07月28日

電力メーターが故障した その5 2015年製のスマートメーター

故障した電力メーターが2015年製だとサービスマン氏との会話で判明したのは「その3」で書いた通り。

ブログを書くときに電力メーターについて少し調べてみると気になる記事を見つけた。

  不具合発生のスマートメーター、東京電力が取替作業を完了
  スマートジャパン 2020年4月15日
  https://www.itmedia.co.jp/smartjapan/articles/2004/15/news127.html

  東京電力、不具合発生のメーター取り替え完了を報告 約9万台に影響
  環境ビジネスオンライン 2020年4月16日
  https://www.kankyo-business.jp/news/024796.php


これらの記事によると、2015年3〜12月と2016年8月〜9月に製造された東光東芝メーターシステムズ製のスマートメーター(電力メーター)に欠陥があったので、メーカーが東京電力パワーグリッド(東京電力の送電部門)に取り替えを申し入れ、2020年4月13日に9万7000台の作業完了を発表したとある。別の記事によると交換が発表されたのは2018年12月26日だから、完了までに1年と3ヶ月半を要したことになる。

スマートメーターというのは従来のアナログ電力メーターに替わるデジタルの電力メーターで、情報を送信できるので検針の必要がなく、またスマート家電と連動してより簡単に電気を「見える化」できるらしい。詳しくは調べていないが、ユーザーすなわち一般市民としては特に知っておく必要もないだろう。

新旧メーター

ただしスマートメーターは電力小売り自由化とも関連しており、東京電力はその設置が大幅に遅れ「大失態」と報じられたこともある。

  東京電力が大失態、スマートメーターの設置に大幅な遅れ   
  スマートジャパン 2016年3月4日
  https://www.itmedia.co.jp/smartjapan/articles/1603/04/news090.html


こちらが欠陥商品だった東光東芝メーターシステムズのスマートメーター。故障した自宅のメーターの写真は撮っていないが、S15という文字があったことは記憶に残っている。

欠陥メーター

自宅のメーター故障で考えられる可能性は

1)
欠陥メーターだった。この場合は東京電力の交換作業から漏れていたことになる。「大失態」の記事を読むと東京電力のずさんさがわかるし、そういう社風・体質が交換作業でも引き継がれていた可能性は高い。

ちなみに「スマートメーター交換業務」でネット検索すると当時の「交換スタッフのバイト・パート募集」の広告が残っていて多数ヒットする。研修は受けるようだが、未経験者でも応募可能とある。中にはテキトウなヤツもいただろう。


2)自宅のメーターは2015年製でも対象となる3〜12月に製造された欠陥商品ではなかった。通年で製造されているとするならば、その確率は2/12=1/6=16.6%。う〜ん、微妙なところ。

でも結局、その正常な商品も故障したことになる。まあ4回も故障したテレビも東芝製だから別に慣れているけど(^^ゞ


スマートジャパンと環境ビジネスオンラインの記事では東京電力についてのみ書かれているが、当時の報道を見ると中部電力でも同じメーターが設置されたとされている。

また発火した事例や、それに関する隠蔽工作を指摘する記事もある。

  スマートメーターの発火事故が続発する「根深い事情」
  ダイヤモンド・オンライン 2019年3月12日
  https://diamond.jp/articles/-/196561


というわけで東京電力と中部電力の管内に住んでいるなら、とりあえず上に貼った写真を参考に電力メーターを確認したほうがいいかも。


おしまい


追記:ここで取り上げた参考記事の消滅に備えて「スマートメーターの発火事故が続発する根深い事情」以外の記事を「続きを読む」のページに引用しておく。ただし引用したのはテキスト部分のみで図説などは貼り付けていない。続きを読む

wassho at 18:17|PermalinkComments(0) 生活、日常 

2020年07月27日

電力メーターが故障した その4

今回の電力メーターの故障状況を時系列で並べるとこんな感じ。
ただしあくまで私の推測。

1)
まず故障直後に急激な電圧低下を引き起こした。100ボルトで動作するパソコンは95ボルト以下になると落ちるらしいが、おそらくもっと下がっただろう。なぜなら故障直後にキッチンの照明を付けると普段の1/3程度の明るさだったから。ただし明るさと電圧は正比例ではないと思う。

2)
その後、電圧は徐々に回復あるいは急激に大きく低下したのは一瞬だけだったかも知れない。故障から30分後くらいにパソコンを付けてみたら起動した。動作にも異常なし。ということは95ボルト以上は出ている。ただし照明は95/100の明るさではまったくなかったのが、明るさと電圧が正比例でないことの根拠。

またこの時点でサーキュレーター(扇風機の一種)は極めて弱くしか回らなかった。消費電力を確認すると60ワットとたいした数字じゃないのに不思議。

3)
その後さらに電圧が回復してくるのは前回に書いた通り。東京電力のサービスマン氏が来たのは故障発生から2時間後。その時にはサーキュレーターも通常通り回っていた。ただし洗面所や風呂場の電球は、故障直後とあまり変わらない明るさだったのがナゾ。



さて電力メーターを交換した後に室内の確認作業をしたら、インターホンのパイロットランプが消えていることを発見。サービスマン氏に告げると、まずブレーカーのパネルを外し個別スイッチに検電棒のようなものを突っ込んでチェックしていた。そこに異常がないことを確認してインターホンのパネルを確認。今まで気にもしていなかったがインターホンには電源のオンオフスイッチというものがない。

結論は電圧低下で故障したということ。サービスマン氏によるとインターフォンはオートロックの操作、火災やガス漏れの警報器も兼ねていて「割と繊細な機器」らしい。それで電力メーターの故障は東京電力の責任→それによって起きたインターフォンの故障も東京電力の責任ということになり、東京電力からマンションの管理会社に連絡して、そのどちらかから修理についての連絡が私にあるという説明だった。(パソコンが壊れたら弁償してくれたのかな?)

サービスマン氏が帰って1時間後くらいに彼から電話が掛かってきた。内容はマンションの管理人は常駐かどうかということ。毎日はいないと思うと答えると、明日もう一度電力メーターを確認したいということなので、午前中なら在宅していると答える。

翌日午前10時くらいにサービスマン氏から電話。玄関まで降りてオートロックを開けないとと思ったが、もう中に入っているという。

うすうす気づいていたが、電力や水道の検針の人達はマンション管理会社から暗証番号か何かを知らされてオートロックを開けるのだと思う。引っ越しの時も大手運送会社だとオートロックのドアを開きぱなしにして荷物を運んでいる。あれも暗証番号で操作しているのだと思う。そういう暗証番号って定期的に変更しているのかな。していることを前提にはできないと考えるべきだろう。

つまりオートロックは、ある程度以上の情報収集力を持った相手には無防備ということ。まあそんなプロフェッショナルに狙われていないから別にいいけど(^^ゞ

サービスマン氏は電力メーターの作動確認に来ただけのようで、10分ほどしたら作業終了しましたと電話があり、この日は顔を合わすこともなし。


それで現在の問題は、あれから1週間以上経つのに未だにインターホンの修理連絡がどこからもないこと。前回、故障の連絡をして2時間で問題が解決して、日本っていい国だなあと書いたけれど、全然ダメじゃん(/o\)
インターホン


それと電力メーターのことをネットで調べていたら、少し気になる情報を見つけた。


ーーー続く

wassho at 23:12|PermalinkComments(2) 生活、日常 

2020年07月25日

電力メーターが故障した その3

インターホンが故障してオートロックを部屋から解除できないので、玄関まで東電のサービスマン氏を迎えに行く。マスクにフェイスシールドというコロナ装備だった。

30歳代くらいでナカナカのイケメンに思えた。しかしマスクをしてヘルメットも被っているから目元だけでは正確にはわからず。話はそれるけれど、最近は街でキレイな女性を見かけても、この人は本当に美しいのか、あるいは後ろ姿美人のようなマスク美人なのかなどと想像してしまう(^^ゞ

エレベーターで私の部屋の階まで上がる。エレベータの扉が開くと電力メーターの音が飛び込んでくる。ただし東電に連絡した1時間前と較べると音は少し小さくなっている。また部屋の照明などの明るさも、この時点で少し回復していた。

メーターボックスの扉の前まで行く。下側にある水道メーターは扉になっていて開閉できるのに、上にある電力メーターはのぞき窓があるだけでパネルははめ殺しである(パネルをとるにはネジを外す必要がある)。どうしてなんだろう。それとこの中にガスのメーターはない。今まで気にしたこともなかったが、どこにあるのかな?


結論から言うと電力メーターを交換して不具合は治まった。
その過程でわかったことが3つ。

1)大きな音の原因

前回に書いたように電流・磁界の関係で電力メーターが振動しているのだけれど、その電力メーターはメーターボックス内の壁ではなく、ボックスの中に間仕切りとして設置された薄い鉄板に固定されていた。電力メーターの振動がその鉄板を震わせて増幅され大きな音になっていたというメカニズム。コンクリートの壁に固定されていたら、こんな音はしないとサービスマン氏。まあその音のおかげで、素人の私が原因は電力メーターと早期に特定できたわけであるが。


2)電力メーターからは、2系統に分けられてブレーカーにつながっている

電力メーターの不具合で電圧が下がっているとして、暗くなった照明と明るさの変わらない照明があるのが謎だった。サービスマン氏の説明を聞いてわかったのは、電力メーターからは2系統に分かれてブレーカーにつながっているということ。故障したのは1系統で、そうでない系統につながっていた照明やコンセントには影響なかったということ。ブレーカーの全体を操作するスイッチは1つしかないから、ブレーカー以前に電線が分かれているとは思っていなかった。


3)電力メーターは知らないうちに交換されている

こんな会話で判明したのは

   サービスマン「電力メーターの故障です」
   私     「老朽化ですかね」 
   サービスマン「いえ、普通の故障です」
   私     「新築で入居してから12年くらいだから」
   サービスマン「このメーターは2015年製ですね」

電力メーターの交換には電気を止める必要はなく、集合住宅の場合には事前に通知することなく交換されている場合があるということ。でも今回はブレーカーを切ってから電力メーターを交換した。その理由を聞き忘れてモヤモヤしている(^^ゞ
ブレーカー


メーターを交換して、ブレーカーや照明の明るさなどを点検して作業に要したのは1時間弱くらい。最初にマンションの管理会社に連絡して時間を無駄にしたが、東京電力に電話したら1時間から2時間以内に係員を向かわせると言われ、その言葉通りに1時間後にサービスマン氏がやってきて、1時間で修理が終わった。

つまり故障して東京電力に電話して2時間で問題解決。
これってけっこうスゴくない?
日本っていい国だなあとちょっと感激した。


ただしまだ、すべてが一件落着にはなっていない。


ーーー続く

wassho at 17:57|PermalinkComments(0) 生活、日常 

2020年07月24日

電力メーターが故障した その2

電力メーター

廊下に出て、どうやら電力メーターに不具合が生じていることまではわかった。
しかし、どうして電力メーターなどから音がするのだ?

そこで昔の電力メーターは銅線を巻いたコイルのようなものが見えていたことを思い出す。コイルに電流を流せば磁界が生じる。磁界にはN極とS極があって引き合ったり反発したりする。電流の流れ方がおかしくなり、その引き合ったり反発したりする作用が超短い周期で発生し、つまり振動になり、それがメーター全体を震わせて音が鳴っているのだろうか。今の電力メーターはデジタルでコイルがあるのかどうか知らないけれど、コイルがなくても電流が流れれば同じく磁界は生じるから、原因は似たようなところだろう。

その推理が正しいかどうかは別として、とりあえず回ってもいない換気扇から大きな音がしているのが超常現象でないことだとわかって安心した(^^ゞ


部屋に戻ってプレーカーを切ってみる。原因が電力メーターにあるのなら関係ないはずだが、ひょっとしたらリセットされるかと期待して。残念ながら効果はなかった。


次は修理の依頼。
このマンションの管理会社は東急系列である。1階にある掲示板によると

  専有部(室内)の設備故障に関する問い合わせ先:東急住宅リース連絡センター
  共有部の設備異常に関する問い合わせ先:東急ビルメンテナンス

となっている。電力メーターは廊下にあっても、あれが専有なのか共用なのかはちょっと微妙なところ。でも漏水・停電等は東急ビルメンテナンスへという別の張り紙もあったので、そちらに連絡することにした。

スマホの履歴で時刻を確認すると

14時12分
東急ビルメンテナンスに連絡して状況を説明。担当が席を外しているので15分ほどで折り返すといわれる。

14時31分
東急ビルメンテナンスから電話。再度、状況を話す。〇〇〇(よく聞き取れなかった)と相談して連絡するといわれる。

15時00分
東急住宅リース連絡センターより電話がくる。やはりこちらの担当だったのか。また状況を説明する。内容を確認するので、そのまま待ってくれといわれる。話し口調からして、電話をしてきたのはオペレーターだと思われる。

1分ほど待ってオペレーターが戻り、電力メーターのトラブルのようなので東京電力に直接連絡して欲しいといわれる。

何となくたらい回し感があって気分を害したが、しかし、それももっともなことだと思い、わかったと返事する。なお東急ビルメンテナンスと東急住宅リース連絡センターの対応の感じは悪くなかった。


15時11分
東京電力のカスタマーセンターに電話する。4回目となる状況説明。もう立石に水のごとくスラスラ喋れる(^^ゞ

60分から120分以内に係員を向かわせるという返事。ずいぶんとピンポイントな設定の返事だと驚く。

16時15分
電話を終了してほぼ1時間後、東電の修理担当者から、今マンションの玄関にいると電話がある。なぜそこから電話してくる?

そういえばカスタマーセンターに連絡した時に「廊下に設置してある電力メーターの修理をするが、状況確認の必要がある場合、部屋の中に立ち入ってもいいか?」とわざわざ尋ねられたことを思い出す。プライバシー関連のことは何かと慎重なご時世になって、それで東電はピンポンする前に電話で許可を取るのか?と一瞬思ったがーーー

実はその時点でインターホンが故障していて、それでの電話だった。電圧が下がった時に電源が切れてしまったらしい。オートロックを解除できるかと言われて試してみたが反応せず(インターホンのパネルでオートロックも操作する)。

というわけで玄関までお迎えに行く。


ーーー続く

wassho at 17:20|PermalinkComments(0) 生活、日常 

2020年07月23日

電力メーターが故障した

先日の昼間に自宅で仕事をしていると、突然パソコンの電源が切れて画面が真っ暗になった。まあそういうことは、あり得ないことじゃない。しかし、この時はパソコンが切れたと同時にキッチンの換気扇が唸りだした。換気扇は回っていなかったし、普通に換気扇が回る音がウォーンだとすれば、ヴァーンという音で、しかも強モードの2倍くらいの音量。

   ポルターガイストの怪奇現象か!
   出たな妖怪(^^ゞ

とりあえず換気扇を確認しようと思い、キッチンに入り照明のスイッチを入れる。

   電球が暗い?

感覚的には普段の半分程度の明るさしかない。ブレーカーが落ちて電球が点灯しないならわかるけれど、暗いってどういうこと?

それで、他の照明を付けてみた。あちこちのコンセントから電源を取っている電気スタンドのランプは暗かった。廊下、トイレ、洗面所も暗い。不思議なことにリビングと寝室のメインの照明は暗くなかった。

テレビのスイッチを入れるとついた。テレビとパソコンは別のコンセントから電源を取っている。パソコンとコンセントが共通の、デスクの下に置いてあるサーキュレーター(扇風機みたいなもの)も止まっていたので、テレビ側のコンセントにつないでみた。ファンは回ったが、かなり弱々しく風を起こせるレベルじゃない。


どうも電圧が下がっているようだ。しかしいわゆる停電とかブレーカーが飛んだりして電気が来なくなる経験はあるが、電圧が下がるなんて話は聞いたことがない。それに電源系統(配線別)によって、どうして差があるのだ。さらに回ってもいない換気扇からなぜ大きな音がしているのだ!

状況の理解がまったくできなかったが、一旦ブレーカーをオンオフしてみようと考える。ブレーカーは玄関脇にある。それで玄関に行くと扉の向こうから何か音が聞こえている。わっ! ひょっとして火事とか?と慌てて玄関ドアを開けるとガァーというものすごい騒音が響いている。

廊下に出てみると音はこの扉の奥から聞こえていた。
IMG_2517

この中には電力メーターや水道メーターが収められている。つまり電力メーターが唸っていたということ。さらにメーターの奥にはいろんな配管も通っているので(扉上部の網目から何本かのパイプが見える)、電力メータの音がその配管を伝わって換気扇のダクトで反響していると思われた。

とりあえず音についての謎は解けたが。


ーーー続く

wassho at 18:21|PermalinkComments(0) 生活、日常 

2020年07月20日

明後日から東京オリンピックのはずだった

ほとんど話題にもなっていないが、コロナがなければ、明後日の7月22日が東京オリンピックの開会式だった。いよいよ始まるぞと、本日はワクワクする週明けを迎えられたはず。


今のところ1年間の延期ということになっている。しかし開催できるのかな。現在、日本政府はコロナ対策として129カ国を入国拒否対象地域に指定している。東京オリンピックの参加国と地域は206ということだが、それは選手が数名の極めて小さな国や地域なども含んでの数字なので、もし明後日からなら海外の選手のほとんどは来日できない状況である。

それが1年経ったら、何事もなかったようにハッピーに集まれるのか?私にはわからないというか、コロナがいつ治まるかなんて、現時点で世界中の専門家の誰にもわからない。


グラフはYahoo!の「新型コロナウイルス感染症まとめ」のページから引用した全世界での感染者数の推移。明らかに増加中。楽観的に今がピークと考えて、グラフが現在までと逆の曲線を描いてこれから減少していくとすれば、2月20日から今日まで5ヶ月だから、5ヶ月先の年末に治まるという計算になる。しかし今がピークということに何の根拠もないので、そんなシミュレーションはただの与太話。
コロナグラフ

感染と発症は別だし、毎シーズン約1万人が亡くなるインフルエンザに対して、昨日時点で985人の死者数(国内の数字)のコロナウイルスには過剰反応じゃないかという疑問はずっと持っている。しかしそれを言ったところで、今さら世の中の流れが変わるわけじゃなし。それに私も過剰反応が身に染みついてしまったので、すっかり安心にならないとオリンピックを楽しむ気にはなれない。

コロナウイルスは、そんなに恐ろしい感染症じゃないとは思うが、問題は治療薬がまだないこと。現在の患者には似たような症状に効くクスリで対処している状況。だから「すっかり安心できる」というのは治療薬が開発されることを意味する。それさえあればコロナになってもインフルエンザ程度、あるいはもっと軽い病気にかかったレベルの出来事になるはず。

それでその治療薬はいつできるのか。
残念ながら1年以内に量産できるというニュースはない。
アカンヤン(/o\)


規模を縮小する、無観客で実施する、スタジアムに入れる観客を大幅に制限するなどの方策はあるかも知れない。でもそんなオリンピックに意味はあるか?楽しめるか?盛り上がるか?という気がする。

1年延期した2021年オリンピックの開催最終判断は来年の3月に行うらしい。さきほどのシミュレーションの理屈でいうなら、それには9月の初旬にピークから下降する局面に入っていなければならない。来年の今頃「一時はどうなるかと思ったけれど、コロナってどこかへ行っちゃったね(^_^) 」となっていればいいのだが。


さて現在、東京の次は2024年のパリと2028年のロサンゼルスまで開催地が決まっている。けれどもリスクを賭けて1年後の開催を目指すより、すっきりと4年延期して東京2024年、パリ2028年、ロサンゼルス2032年で調整した方がいいように思えてきた。いくら何でも4年あれば治療薬はできているだろうから。もちろんこれは、そんな交渉が可能かどうかはまったくわからない立場での考えである。でも2021年が中止で、改めて2032年に立候補するなんてことになったらイヤだなあ。


思えば、ここからケチがついていたようなと逆恨み(^^ゞ
Olympics_logo




▢▢▢▢▢▢▢▢
後日追記(訂正)
2020年7月22日ではなく24日から開幕の誤りでしたm(_ _)m
ウィキペディアの誤った記述を参考にしたのが原因です。
オリンピック日程wiki

こんな投稿をしたこともあるのに面目ない(/o\)


wassho at 18:14|PermalinkComments(0) ノンジャンル 

2020年07月15日

モナリザは美人だった!?

誰でもが知っているモナリザ。名画中の名画であり人類の至宝ということになっている。しかし教養を疑われたら困るから口にしたことはないけれど、昔からこれがいい絵だと思ったことは一度もない。唯一無二の強烈な存在感があることは認める。絵からオーラが出ている感じさえする。でもそれと眺めていたいかというのは別の話。平たくいえば趣味に合わない。私が大事にしている「酔える」絵でもない。
1モナリザ

ところで本物のモナリザを見たことはないが、書籍や雑誌あるいはネットの画像で見るモナリザは全体に黄色がかっている。ほとんどがそうだから、本物もそうなのだろう。

レオナルド・ダ・ヴィンチがモナリザを描いたのは1503年から1506年(1519年に亡くなるまで加筆修正を続けたという説もある)だから、ざっと500年前で日本では戦国時代が始まった頃の作品。いわゆる汚れに関しては充分にクリーニングされているらしいので、黄色っぽいのは変色したのだろうか。しかしダ・ヴィンチの他の作品やルネサンス時代の他の画家の作品で、人物がこんなに黄色いということはないから、これは黄色く描いたのだろうか。少し調べてみたが、そんなことは美術界で話題になっていないようで理由はわからず。

ところでデジカメが出始めた頃、あるいは携帯電話にデジカメが搭載された頃、明るさが足らない場所で人物を撮ると黄色が強くなることが多かった。それをよく画像ソフトで補正したものである。

というわけでモナリザにも(^^ゞ
私には、この方が自然な色合いに思える。
2モナリザ肌色補正


思うにモナリザが好きになれない一番の理由は、描かれている人物に魅力を感じないからだ。よく見れば整った顔立ちで気品も感じる。しかし黄色い顔をして眉毛もないから、子供の頃に初めて見た時は何となく薄気味悪かった。その印象を今も引きずっているのかも知れない。しかし、どうして眉毛がないのだ? 江戸時代の既婚女性のような眉毛を剃り落とす風習はルネサンスのヨーロッパになかったはずなのに。
眉引き













さてそういうわけでモナリザには関心がなかったのだが、先日ネットで面白いものを見つけた。それはAIを使って名画のモデルに命を吹き込もうという試み。それでモナリザがこんなふうに。メッチャかわいいやん! やっぱりモナリザはいい絵だなあ(^^ゞ
3AI stuff


動画ではモナリザの他にボッティチェッリの「ヴィーナスの誕生」、フェルメールの「真珠の耳飾りの少女」、レンブラントの「夜警」なども見られる。前半はほとんど言葉だけの解説で、モナリザが登場するのは開始1分30秒あたりから。フェルメールのデキはイマイチかも。


この動画で現代風になったモナリザを見て、2012年の展覧会で知った「アイルワースのモナリザ」を思い出した。この絵はダ・ヴィンチがモナリザを描く10年程前に、同じモデルで制作したという説もある。その真贋ははっきりしないが、AIモナリザはアイルワースにそっくりである。
4アイルワース

AIで「何をどうして」モナリザの顔を再現したのか動画では説明されていない。説明されたら理解できるというものでもないが。今回のものはエンジニアのちょっとしたお遊びだろうが、これからはAIを利用して資料の断片から歴史を読み解くことができるようになる予感がして興味深い。


ところでAI動画ではモナリザが笑顔を振りまいている。ダ・ヴィンチの描いたモナリザの表情は「謎めいた微笑み」などとよくいわれる。でもあまりに控えめなのでビミョー過ぎるかな。先ほど絵の黄色っぽさを補正した時に、フォトショップ・エレメンツ(画像ソフト)に「顔立ちを調整」という項目を見つけたので試してみた。左側が調整済みのモナリザ。クリックして拡大した方がわかりやすい。
5モナリザ顔修正

スマホの写真系アプリのように劇的には変化しないが、

    唇の形を笑顔にして
    目を少し大きく
    アゴをわずかにシャープにして
    額も気持ち狭くしてみた

ちょっとは愛想のいいモナリザになったかな?


プロが画像ソフトを使って(表情ではなく)質感をレタッチ(補正・調整)したのがこちら。ずいぶんと生々しいモナリザに仕上がっている。ダ・ヴィンチの描いたモナリザはどこか存在感が希薄で、それが女神的な雰囲気にもつながっている。でもレタッチされたものを見ると、この描かれた人物の実在を強く感じる。それと顔の形はほとんど変えていないのにオリジナルよりずっと美人だ。まあスッピンと化粧した顔の違いともいえるが(^^ゞ
6フォトショップ

動画で制作の様子を見ることができる。
ダ・ヴィンチが見たら好奇心を抑えられず、あの世から蘇ってきそうな内容である。


古典的な名画をリアルに再現するというのは意外と面白い。この前、超写実絵画の展覧会を見てきたくらいだから、私の好みに合うのだろう。もっといろいろな作品を見たいものである。特にラファエロで誰か試してくれるとうれしい。

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2020年07月14日

緋牡丹のピンクがご臨終(>_<)

5月の初旬に植え替えをした時から、ピンク色の緋牡丹は元気がなく色が悪かった。もとに戻ることを願っていたのだが、2日前の7月12日にご臨終を確認。残念。


昨年の12月にオレンジ色と一緒に世田谷のボロ市で買ってきた。
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その1年前に買った赤と黄色と4色揃い踏みの写真。3月1日撮影。
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5月4日。ショッキングピンクに近かったのに、かなり色が薄くなる。(写真の右端)
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5月17日。傷んでいる部分があるのを発見。
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6月21日。痛みが倍くらいに広がってきた。
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7月5日。傷んでいるのじゃなくて、その部分はもう死んでいるような状態。
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7月12日。一気に全体に広まってご臨終。
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せっかくまとめて4本を寄せ植えにしたのに(/o\) 他の緋牡丹に異常はないから、育て方ではなくピンクの個体が弱かったのだと考えている。しかし5月の末に多肉植物の「魅惑の月」が枯れたのに続いてだからショック。

実は緋牡丹というサボテンは色のついた丸い部分だけで、茎のように見える緑の部分は三角柱とかいう別のサボテン。緋牡丹は葉緑素を持たないので光合成ができず=成長できないので、他のサボテンに接ぎ木して育てられる。だったら野生ではどうなっているのか疑問なのだが、とにかくそういうことになっている。とりあえず三角柱は無事のようなので、しばらくはそのままで様子を見ることにしよう。まったく面白みのない形ではあるが。

wassho at 21:38|PermalinkComments(0)   *チューリップ以外 

2020年07月10日

コロナに補償という言葉遣い

前回に引き続いて、このところ耳に引っ掛かる言葉遣いはコロナウイルス関連。
ただし「自粛を要請する」じゃない。

自粛は自ら控えることで、それを他者に要請するという表現は論理的に100%おかしい。自粛という単語および自粛の要請という表現が一般に使われ出したのは、昭和天皇の崩御前後からで、当時はその議論がかなりあったと記憶している。

あれから30数年経って、コロナウイルスでまた自粛の要請という表現が使われている。しかしその表現の是非について、とやかく言う向きはほとんどないように思える。これは言葉とは変化するもの・それに慣れるものというより、忖度社会がより一層進んだからだと解釈している。法律を作って罰則を設ければオオゴトになるから、ちょっと意味はおかしいけれど自粛の要請でいいんじゃないと多くの人が思っているのだろう。あるいはそれが通るほど社会のナアナア化が進んだと言い換えられるかも知れない。

言葉遣いより、そちらの方がよほど問題だと思う。しかしそうした空気は私にも伝染するわけで、何となく気にならないというかスルーしてしまっているというか。それがいいのかどうか自分でもよくわからない。

コロナマスク

さてコロナウイルス関連で気になっているのは「政府が補償」という言葉遣いである。ごく当たり前のように使われている。しかし補償とは償(つぐな)って補うこと。そして償うというのは悪いことをしたり損害を与えた側がする行為である。

政府がコロナウイルスを作ったりまき散らしたわけじゃないのだから償う立場にはない。だから政府が補償するという言葉遣いはまったくおかしい。もちろん経済対策を否定しているのではなくて、政府が支給するお金は支援とか援助などの言葉であるべきという意見。

実際には政府が企業や個人に支払っているお金は、支援金や給付金という名前がついていて補償金とはなっていない。それなのにどうして政府が補償、自粛の補償などというのだろうか。しかもこれはコロナウイルスに限った使われ方なのである。地震や台風で被災者を救済する時に補償とはいわない。コロナウイルスだけ補償という言葉遣いなのかが不思議。

なお世界各国で同じような対策を行っているから、どういう単語を使っているか興味があるのだが、面倒なのでまだ調べていないーーー


ところで「政府が補償」という表現については言葉遣いとしての違和感だけでなく、その声高な主張の一部に「あさましいなあ」とか「情けないなあ」と感じているのも事実。そんなタカリ社会になって大丈夫かとか、ジイちゃんバアちゃんは戦争の補償なんかもらってないゾというのが頭の片隅にある。

その気持ちはまだうまく整理できていない。だから、それは置いておいて、私もありがたく10万円の申請をすることにします。もっとクレや!(^^ゞ

wassho at 06:35|PermalinkComments(0) ノンジャンル 

2020年07月07日

ゲームに課金するという言葉遣い

ときどき世間での言葉遣いに違和感を覚える時がある。もっとも言葉は時代と共に変化していくもの。現時点で国語学者などが明確に誤りと指摘するケースがあったとしても、多くの人が使い続ければ、やがてそれが「正しい日本語」になる。

だから違和感があったとしても、それに反発してもあまり意味はないし、そんな言葉遣いの間違いを指摘するのもジジ臭くてイヤなんだけれど、まあとりあえず書いておこう。

スマホゲーム

私はゲームをしないので詳しくないのだが、スマホなどのゲームでは

   無料でも遊べる
   有料のアイテムを買えば、プレイヤーがパワーアップされてもっと楽しく遊べる

という仕組みになっているものが多いようだ。

そして、その有料アイテムを購入することをゲームに「課金する・課金した」と表現する人が多い。それに違和感ありありなのである。


課金の課というのは「される」もので「する」ものではない。税金を払うことを「税金を課税した」とは言わないと例えればわかりやすいと思う。課税は取り立てることで、税金を払うのは「納税した」である。

文法的には100%誤りだと思うのだが、多くの人が使っているので、最近は辞書でも「近年は支払うという意味でも用いられることがある」と注釈を付けているものもある。

「課金する・課金した」という表現が広まった理由は、課税に対する納税のように対になる単語がなかったからだとされる。よく似た事例で引き合いに出されるのが「募金」。募はつのる・集めるという運営側の概念だから、お金を払うのに「募金する・募金した」という表現はおかしい。しかしこれも対となる言葉がない。あえていうなら「寄付」になるが、何となくそぐわない。それで「募金する・募金した」と誰かが言い始め、それが広まって一般的になったとされる。今では赤い羽根に募金してきたと言っても「何、その日本語?」と咎められることはまずないだろう。

だから「課金する・課金した」もいずれ耳に馴染むようになる。でもそれまでが厄介だなあ。ムカつくというのが腹が立つ意味での非常に強い罵り表現だったのが、とても軽い意味でも使われ出した頃、その言葉を聞く度に軽くビクッとしたのを思い出す。ところでムカつくの定義が変わったのはいつ頃だったっけ? まったく記憶が消えたというか現代のムカつくに頭の中がすっかり置き換えられている。旧時代のムカつくのニュアンスも既にはっきりと思い出せない。

このように新しい言葉遣いなんて、とっとと慣れるに越したことはないのだ。しかし実はもうひとつとても違和感をいだいている言葉がある。それは最近よく使われるコロナ関連。


ーーー続く


(補足1)
課金の意味が転用したのは、課税・納税のように対になる単語がないからという説は、一見説得力があるように思える。しかし「課金する・課金した」という表現が使われるのは主にゲーム料金、そこから派生してせいぜい携帯電話料金までである。家賃を課金してきたなどとはいわない。そのあたりにこの言葉遣いが発生したメカニズムが潜んでいるように思える。誰か賢い人に掘り下げて欲しい。

(補足2)
「課金する・課金した」と言う表現が始まったのが2003年頃、広まったのは2013年頃かららしい。私はゲームをしないので耳にしたのは数年前から。だからゲームをする人には、何を今さらという話かも知れない。

wassho at 18:25|PermalinkComments(0) ノンジャンル 

2020年07月02日

超写実絵画の襲来 ホキ美術館所蔵 その4

いわゆる静物画は昔から超写実的なものが多くある。私が認識している範囲では、17世紀のオランダ絵画(フェルメールと同時代)や、その少し前のフランドル絵画と呼ばれていた頃からそういう手法はあったと思う。はじめてグラスが透明に描かれている絵を見た時はビックリしたものである。

それで青木敏郎の絵を見た時、そのオランダ絵画を思い出し、超写実絵画には油絵の雰囲気を残したものと、そうでないものに分かれることに気がついた。

ところで超写実絵画には

   写真をキャンバスに投影して写し取る←→写真は参考にするが投影はしない
   エアブラシで描く←→筆や鉛筆などで描く

などに手法が分かれるらしい。写真を投影して、それをなぞってエアブラシで描くのをスーパーリアリズム、そうでないのを写実絵画あるいは超写実絵画と区別するようでもあるが、あまり詳しく調べていない。何となく曖昧なところもあるし、だいたい同じ意味を日本語と英語で使い分けているだけだからネーミングとしても成立していない。

それはさておき、この展覧会の作品は鉛筆画を除きすべて筆で描かれたもの。それなにの「油絵の雰囲気を残したものと、そうでないものに分かれる」のは技法として何が違うのだろう。それと17世紀から人物画でも精細に描いたものはあるが、静物画と異なり、今日の超写実絵画の人物画とはリアリティのレベルが違う。当時とは何が違う? 道具や材料はそう変わらないと思うが、そのあたりがナゾ。


「レモンのコンフィチュール、芍薬、染付と白地の焼き物」 青木敏郎 2013年

この展覧会の中にあっては古典絵画かと思えるくらいであって、本物そっくりで頭がクラッとくることはない。でもこれはこれで実に味わいがあるというか酔えるというか。そういう意味で「絵って何?」といろいろと考えさせられた作品でもある。

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なおコンフィチュールとはジャムみたいなもの。ただし、ここで描かれているのはあまり煮込まないで形を残した砂糖菓子のようである。ただこれが、やたらギラギラとしていて色も悪く、今はもう見なくなった「汚い食堂の店先にある、クオリティが低くて安っぽい食品サンプル(ロウでできたヤツね)」のように見えて仕方なかった。この絵の時代設定は不明だが、昔のコンフィチュールはそうだったの? とりあえずマズそう(^^ゞ


「あかいはな」 五味文彦 2010年

リアリティでなら断然こちらのほうが優れている。しかしテクニックには感嘆しても、絵としての味わいは皆無。人物画だと6月26日に紹介した「綾〇〇〇的な」や「信じてる」のようにリアリティがある一線を越えると「特別な何か」を感じるのに、静物画では写真にしか見えないのが不思議。

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続いて紹介するのはクリエイティブ賞。
展覧会とは関係なく私が勝手に選定したもの。


「飛行計画 ー詩は聞こえたか−」 五味文彦 2012年

コラージュは雑誌のグラビアページやポスターなどを材料にして作る。つまり写真の貼り合わせ。それをまるで写真のような超写実技法で、写真なしで再現するという試みが面白い。シャレがわかっているで賞でもいいかな。

よく見ればコラージュでは不可能な表現もあったりして芸が細かい。ただしタイトルの意味はさっぱりわからないが。

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「夢の箱」 島村信之 2017年

見た瞬間に「ヤラレタ!」と思った作品。クワガタの標本を絵にするという発想が素晴らしい。また横幅2メートルちょっとある大きな作品で、大きなクワガタだと体長50センチほどのサイズで描かれていて迫力も充分。そんなクワガタにもし出くわしたら、死んだふりするかも(^^ゞ

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似たようなものだけれどアイデア賞を3点。


「UTSUSEMI」 五味文彦 2014年

動物の柔らかい毛並み、鳥の羽の滑らかさ、食器の硬質な感じーーー超写実絵画のテクニック見本として面白いかと。画家のドヤ顔が目に浮かぶようだが。

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「聖なるもの THE-IV」 野田弘志 2013年

写真は構図やテクニックよりも被写体が9割大事というのが、ここ数年カメラを持って出かけることが多くなった私の感想。絵もそうなんだと思う。

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「いにしえの王は語る」 五味文彦 2018年

どんな木なの想像が膨らむが、この部分を切り取ったのが画家の感性。写真も漠然と撮っていてはダメだな。それと写真にもタイトルを付けたら作品ぽくなるかな(^^ゞ

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次は残念だ賞。この絵が残念なことはまったくなくて、残念なのは鉛筆画がこの作品しか展示されていなかったこと。鉛筆の超写実絵画は一種独特の浮遊感が感じられるものが多くて好きなのに。

「横たわる男」 磯江 毅 200-2002年

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展示されていたのは70点弱で、ややこぢんまりしたスケール。ただこの手の作品は見ていると息が詰まるというと大げさだが、少し緊張感が強いられるので、これくらいの作品数が適切かも知れない。写真以上に写実的な描写に何の意味があるのかについては意見は分かれるかも知れない。しかし100メートルを9秒台で走ったって、冷静に考えれば「だからどうした」ともいえるわけで、私は単純にワーッ、すげえ!と楽しみたい。


おしまい

wassho at 23:36|PermalinkComments(0) 美術展 

2020年07月01日

超写実絵画の襲来 ホキ美術館所蔵 その3

前回の投稿で紹介したのは人物画。
今回は風景画を中心に。

しかし、これがまったくクラッとこなかった。
それが自分に対して不思議。


雄大な風景や、スナップ的に景色を切り取ったものに何も感ぜずーーー

「摩周湖・夏天」 野田弘志 1999年

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「気配ー春」 大畑稔浩 2015年

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「ひまわり畑」 藤原秀一 2006年

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描かれているのが人工物だと、さらに何も感ぜずーーー

「SHAFT TOWER(赤平)」 石黒賢一郎 2010年

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「階段 Stairwell」 廣戸絵美 208-2009年

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これなら別に写真でいいじゃないかとすら思えたりーーー

「瀬戸内海風景ー川尻港」 大畑稔浩 2003年

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「ナローカナルのボート乗り場」 原雅幸 2007年

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とりあえずテンション下がりまくり(/o\)
2017年の平塚での展覧会では犬塚勉の「梅雨の晴れ間」、水野暁の「The Volcano−大地と距離について/浅間山」といった超写実風景画を見て舞い上がっていたのに。

何が違うんだろうと考える。写実の精緻さで今回が劣っているということはない。平塚以来、この手の絵は見ていないから飽きたということでもない。というわけで原因不明。3年経って感性が老化した可能性には触れたくない(^^ゞ

というわけで、私が超写実絵画に求める

  本物以上に本物そっくりなのに、
  本物じゃないことを知っていることから来る混乱で
  頭がクラッとして、そこに不思議な快感を覚える

という楽しみは風景画からは得られなかったものの「スゴいな〜」「どうやって描いているの」「描いているとき息してるのかなあ」といった超写実テクニックに対する驚嘆は十分すぎるほどに味わえたから、それほど不満はない。


ーーー続く

wassho at 22:25|PermalinkComments(0) 美術展 

2020年06月28日

もう発芽していたグラジオラス

球根を植えたのが9日前の6月19日。一部のプランターは土が足らなかったので、土を新たに買ってきた最初の水やりをしたのがその翌日。

それでほぼ1週間ぶりとなる本日、水やりをしようかとベランダに出てみると、グラジオラスがボコボコ発芽していてビックリ。
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DSCF8033

4日前の24日にベランダに出た時には発芽していなかった。もっともこんなに早く発芽するとは思っていなかったから、プランターをよく見たわけではないので、発芽直後の小さな芽なら見逃していたのかも知れない。ちなみにチューリップなら植え付けてから発芽までに1ヶ月半から2ヶ月ほどかかる。


こうやって大きさを比較してみると、大きいのは発芽3〜4日経っているような気がする。
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数えたら発芽は40芽。
植えたのは115球だから現在35%の発芽率。品種による偏りはないみたいだ。

いつもとは違って初発芽は見逃したものの、ともかく発芽してメデタシ\(^o^)/

wassho at 21:23|PermalinkComments(0)   *チューリップ以外 

2020年06月26日

超写実絵画の襲来 ホキ美術館所蔵 その2

以前にも書いたように私が超写実的絵画が好きなのは、それを眺めると

  本物以上に本物そっくりなのに、
  本物じゃないことを知っていることから来る混乱で
  頭がクラッとして、そこに不思議な快感を覚える

からである。もっとも写真やCGで頭がクラッとすることはないから、人が手で描いたものなのにという感嘆が心の底にあるのだと思う。


それはさておき、
今回の展覧会で頭がクラッときたベスト2をまず発表。

第2位

「綾〇〇〇的な」 石黒賢一郎 2014年

022

これ絵でっせ、絵。あ・ぶ・ら・え!
筆に絵の具つけて塗ってまんねん。
ビックリしすぎて関西弁になる(^^ゞ  

クラッとするという意味がわかってもらえたかな?
タイトルの綾〇〇〇は、もちろんエヴァンゲリオンの綾波レイのこと。この猫耳はエヴァグッズでよく見かける。綾波レイを伏せ字にするのは著作権とかの関係だろうか?



第1位

「信じてる」 三重野 慶 2016年

063

ひょっとしたらこの作品は、今から一生忘れないかも知れない。
まるで息づかいまで聞こえてきそうなほどリアル。
クラッとを通り越して気絶寸前。



ベスト2という中途半端な選出になったのは、リアルさという点でこの2つが群を抜いていたから。こういう絵を見てクラッとする快感を求めてやって来たのである。だから目的を果たせてよかったのであるが、ここで少々問題が。

人物画は他にもたくさん展示されている。それらは

   リアルさではベスト2の作品より劣る
   しかし絵全体の佇まいや雰囲気では勝るものもある

ということ。
それらをいい絵だなあと思っても、超写実絵画の展覧会だという意識があるから、どこか物足りなさも同時に感じてしまう。もちろん通常の観点でいえば、これらも超写実的なことに変わりないのであるが。


「5:55」 生島 浩 2007-2010年

017


「未来」 森本草介 2011年

001


「籐寝椅子」 島村信之 2007年

037


「レッスン」 島村信之 2008年

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「存在の在処」 石黒賢一郎 2001-2011年

この人物のリアルさは1位2位に次ぐ出来映え。背景にいろいろ描き込まれていて情報量が多いので、リアルさの総量でいえば1位2位をしのいでいる。しかしクラッと度合いはそれらと較べてかなり低い。オッサンがリアルでそれがどうしたという感じ。

どうやら自分もオッサンのくせに、オッサンにあまり価値を認めていないようだ。というわけで人物より壁の汚れとか、黒板に書かれたチョークも文字などにやたら目を奪われた作品。

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お口直しに(^^ゞ

「聖なるもの THE-I」 野田弘志 2009年

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この絵の超写実的な描写はかなり優秀なのだけれど、黒いドレスが油絵の具でテカテカ光っていて「本物らしさ」が損なわれて残念だった作品。照明の当て方が悪かったのかな?


「夏至を待つ日」 大矢英雄 2013年

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リアリティはそれほど追求していないと思う。しかし何となく雰囲気よし。



技術点と芸術点をどう分配するかと、まるでフィギュアスケートの審査員になったような気持ちでの作品鑑賞となった。


ーーー続く

wassho at 23:22|PermalinkComments(0) 美術展 

2020年06月24日

超写実絵画の襲来 ホキ美術館所蔵

バナー

写実絵画あるいは超写実絵画、またはスーパーリアリズムと呼ばれる絵画のジャンルがある。一言でいえば、まるで写真かと思うほどに精緻に描いた絵のこと。もしブログをパソコンで見ているなら、上のバナーをクリックして拡大すれば、だいたいの感じはつかめるかと。

2017年には湘南の平塚市美術館で「リアル(写実)のゆくえ」という展覧会を見てきた。そんなところまで出かけたくらいだから、私はけっこう写実絵画のファンである。何が好きなのかについては、こちらに少し書いた

千葉にホキ美術館という、その写実絵画を専門にした美術館がある。設立は2010年で、私がその存在を知ったのは2015年くらいだったかな。そのうちバイクでツーリングがてら訪れようと思っていたが、なかなか果たせず。そして2018年3月にはバイクを手放してしまい。もちろん電車でも行けるが、千葉でも少し奥まったところにあるので、なかなか腰が上がらずにいた。

そうこうしていると昨年の秋に「10月25日の集中豪雨で被害を受けたため、無期限の休館」というニュースが(>_<) ナッテコッタイ! 詳しい状況はわからなかったが、作品が損傷したのではなさそうなのでひと安心。それでも、ますます訪問が遠のいた。

と、思っていたら渋谷の東急Bunkamuraで「超写実絵画の襲来 ホキ美術館所蔵」という展覧会が開かれることになった。休館中に他の美術館に作品を貸し出しての開催かと思う。期間は今年の3月18日〜2020年5月11日だった。前売り券も買って楽しみにしていた。

しかし、今度はコロナ襲来(/o\)
正確には覚えていないが、小池都知事が不要不急の外出自粛を求めた3月25日の次の日あたりから4月7日までがまず休館になり、結局その後も5月11日まで休館が延長、つまり展覧会が中止になった。

ショボーンとなっていたら、6月11日から29日まで特別展として展覧会を再開するとの知らせが来た。内容はまったく同じようである。おそらく5月11日以降も作品は東急Bunkamuraに置いたままだったのじゃないかな。

そんなこんなで、何度目の正直かわからないけれど、本日に念願かなって写実絵画の展覧会を見てきたしだい。



渋谷のスクランブル交差点、午後3時半頃。平日のこの時間帯としてはコロナ前の1/2〜1/3の人出かな。昔と違って渋谷にはそんなに行かないので、あまり自信なし。でも渋谷らしい混雑感がまったくないのは確か。
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東急Bunkamuraに行くのにセンター街を通る必要はないが、
なんとなく雰囲気を見ておきたくて。
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センター街の外側に出て坂を上がると見えてくるのが東急百貨店本店。渋谷駅にあった東横店は今年の3月に閉店してしまった。
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本店の前の道を少し進むと隣にBunkamuraの入り口。
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Bunkamura(文化村)はコンサートホール、劇場、映画館、美術館などがある複合文化施設。地下1階にあるザ・ミュージアムと呼ばれる美術館にはエスカレーターで降りる。
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コロナ対策でまず体温測定。
非接触の体温計で人が計測するのではなく、カメラのようなものの前に立つだけ。

36.5度で無事クリア。
しかし記念にと思ってiPhoneで撮影しようとすると37.7度に!
iPhoneが熱を持っていたのかな。
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次に「連絡先記入用紙」に名前や電話番号を書かされる。
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その後にチケットを買って、展示室の入り口でその用紙を渡す仕組み。また人が多い場合は入場制限を行うとのこと。この時は制限なし。まあ、そんなに人気のあるジャンルの展覧会じゃないから。

しかし、こんな面倒なことがいつまで続くのだろうが。Bunkamuraでは美術館でチケットが買えるが、国立西洋美術館や東京都美術館などではチケットを事前購入しなければいけないシステムになっている。現地で当日チケットは発売していない。

開催されないよりはマシともいえるが、美術展覧会のような無言のイベントに制限は無意味ともいえる。コロナについては被害の最小化を目指すのではなく、医療崩壊が起こらない程度にコントロールすべきという考えを持っている。しかし、なかなかそういうことを主張しづらい社会的風潮。電車に乗っていると全員マスクをしている。だったら私はマスクを外してもいいはずと思っても、そんな勇気もなく(^^ゞ

展覧会の感想は次回からに。


ーーー続く

wassho at 23:36|PermalinkComments(0) 美術展 

2020年06月23日

今度はアメリカン・チェリーの種まきに挑戦

昨日に書いたように、6月21日に種なし柿の種(おかしな表現だが、種なし柿を食べたら出てきた種)が発芽しないので、ポットをほじくってみたら白い2ミリくらいの虫に食い荒らされて、種の中身がなくなっていた。そんな害虫被害は想定外だったが、発芽自体はもうあきらめていたので、次の種を用意していた。


それがアメリカン・チェリー。この食べたてのホヤホヤの4粒の種を、柿の種(こう書くと違うものに思えてしまうが)を取り出したポットに植えた。
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種食い虫がいたポットなので、少し心配はしたが、棒で土をほじくっても虫はいないようだったし、だいたいこの「食べた果物の種を植えるガーデニング」は半分シャレでやっているので、まあいいかと。


ところで、そこら中に桜の木があるのに、それにサクランボがなっているのは見たことがない。調べてみたら、サクランボがなるのと花を観賞するのとでは、同じ桜でも種類が違うようだ。実を付けるほうの桜は桜桃(おうとう)と、なぜか桃の字を付けて区別する。実桜(みざくら)ともいう。もっとも花の桜も小さくて黒っぽいから目立たないが、実はなっているらしい。ただし食べられる味ではないとのこと。明日にでも桜の木を観察してみようと思う。


さてサクランボには和物とアメリカン・チェリーがある。私は断然アメリカン・チェリーが好き。和物は酸っぱすぎる。もっとも、いわゆる高級サクランボは食べたことがないのだが。

そのアメリカン・チェリーはアメリカからの輸入物である。ということはアメリカには桜桃の桜はたくさんあるということ。初代大統領のワシントン(1732〜1799)が父親の桜の木を折った話は有名であるが、それは桜桃だったのかな。少し調べたがよくわからなかった。

花のほうの桜は1912年に日本からワシントン(地名)へ贈られたものが、立派な桜並木になって毎年桜祭りが開催されるほど。でもアメリカでワシントン以外で花見をしている話は聞いたことがないから、やはりアメリカの桜は桜桃なんじゃないかなと思っている。
ワシントン桜


私のアメリカン・チェリーが芽を吹いて育ったら、じっくり調べることにしよう。

wassho at 20:45|PermalinkComments(0)   *チューリップ以外 

2020年06月22日

種なし柿の種を虫に食われていた

5月30日に柿の成長の様子をブログに書いた。

その後も順調で、最初に発芽した芽は種の皮が外れ、
もうひとつも近いうちに外れそうである。
DSCF8011


ただしこれは「種あり柿」を植えたポット。
「種なし柿」のほうは沈黙を守ったまま(/o\)
DSCF8016


もう無理だろうということで種を掘り出してみた。
1つは貝が開いたように口を開けている。
DSCF8018


開いていなかった方も、触ってみると力を入れることなく2つに割れた。
種の中に中身がない状態である。
DSCF8020


そしてどちらの種も内部にごく小さな白い虫がいた。体長は2ミリくらいで、かなりチョロチョロ動き回る。余りに小さくて鮮明な姿を写真に撮れなかったが、クリックで拡大すれば虫の形くらいは確認できる。
DSCF8022

こいつらが柿の種の内部を食い荒らしたのだろうか。だとしたら、どうして種あり柿は被害がなかった? それに土の中に元から潜んでいたのか、それとも匂いでも嗅ぎつけて、どこかからやってきて土の中に潜り込んだのか? 何かとナゾ

少し調べてみたが、似たような事例を見つけられず。
気が向いたらそのうちじっくり調べてみよう。

なお撮影はすべて6月21日。

wassho at 23:37|PermalinkComments(0)   *チューリップ以外 

2020年06月19日

グラジオラスの植え付け

すっかり忘れていて6月もそろそろ後半になってしまったが、前回に書いたように、ようやく本日に植え付け。作業は午後4時頃から。


土は基本的にチューリップのものをそのまま利用する使い回し。グラジオラスは「じゃがいもの作れるところなら育つ」といわれるくらい痩せ地でも育つらしいから。

まず、チューリップを抜いた後はプランターに入ったままになっていた土を、半分くらい取り除いて別のバケツに移す。そのプランターに残った土の上に炭化鶏糞を薄く振りかける。プランター当たり手でひと握りの半分ほど。

その上に新しい培養土。プランター当たりふた握り分をほど撒いたら、手持ちの培養土がなくなってしまった。ちょっと足りないと思ったので、その上に腐葉土を追加。こちらは握り3つ分。

ということで今回は階層的に土を足しただけでマゼマゼはなし。
腐葉土の上に球根を置いていく。


普通球のグラジオラス60球は65型のプランターに6球×2列で各12球を植え付け。チューリップなら23球入れているから、かなり余裕を見た配置。

6色あるので

   赤白黄桃緑紫     赤白黄桃緑紫
   赤白黄桃緑紫     紫緑桃黄白赤

と同じ色を2列揃えたのと、逆方向から並べたパターンを作り、またスタートする色の順番を変えたりして合計5プランター。

バンビーノ35球は同じ色を3つずつ並べ、全体的には適当に配置して65型を3プランター。ラッフル20球は丸形のプランターに10球根ずつの2プランター。
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ラッフルは少し詰め込みすぎた。同じサイズの丸形プランターがもう1つあるから、3プランターにしてもいいのだが、チューリップの時と違って、この季節はベランダには観葉植物がたくさんあるので、できるだけプランターの数を少なくしたかった。

というわけでラッフルは球根3つを間引き。(間引きとはいわないか)
右側はもう1つ減らしたほうがいいかも。
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この後、バケツに移していた土を球根の上に被せる。
ただしチューリップを植えた時はプランターに満タンまで入れた土は、チューリップを引き抜いた時に球根にひっついて9割くらいに減っている。それをふたたび満タンにするので少し足りなくなる。結局ラッフルを植えた丸形プランターに被せる土がなくなってしまった。
(深さを稼ぐためウォータースペースを設けないのが私の流儀)

土を買いに行くのはもう面倒なので、
ラッフルには明日まで裸で過ごしてもらうことにした(^^ゞ


特に意味は無いけれど、プランターに並べた球根を超ローアングルで。
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wassho at 19:34|PermalinkComments(0)   *チューリップ以外 

2020年06月16日

次のガーデニングはグラジオラス

今年はチューリップの生育がよかったのがうれしくて、チューリップの後に植える花をつい買ってしまったことは以前に書いた。

それがグラジオラス。

注文は4月2日に国華園で。
国華園にしては珍しく1週間くらいで球根が届いた。

グラジオラスにしたのに深い意味はない。チューリップを片付ける5月中旬以降に植え付けられて、次にチューリップを植える11月下旬までに咲き終わる花の中で、何となく賑やかで楽しそうだったから。なお昨年はユリを育てたが、あれはチューリップと同時期に植え付ける。

購入したのは以下の3セット。

「普通球6色60球セット」 1,399円
6色セット


「ラッフルセット 5種20球」 1399円
ラッフル


「 バンビーノ福袋 35球 (3〜4品種見計らい)」 869円
バンビーノ


グラジオラスは子供の頃に実家で咲いていた記憶があるが、まったく知識なし。品種は直感で選んだ。普通球はその名の通り普通のグラジオラスで、ラッフルは花びらがフリルのようになるゴージャスタイプ。バンビーノは背丈の低い品種。

グラジオラスで少し躊躇したのは背丈の高さ。バンビーノでも50〜70cm、それ以外は80〜120cmとカタログにある。ネットで調べると、倒れないように支柱を立てろとか書いてある。そんな面倒なことはできないのですべてバンビーノにしたかったのだが、国華園には上に書いた品種しかなくて。

でも昨年のユリは80〜120cmで倒れることはなったので、今回も何とかなるんじゃないかと。全部で115球あるから、すべてに支柱は立てられないけれど、まとめてロープを這わせるなど、出たとこ勝負で臨機応変に対応するつもり。


ところでグラジオラスは球根を植えてから3ヶ月で開花するらしい。それで5月に植えると8月に咲くことになるが、真夏だと高温で花の色が汚くなるので、5月を避けて3〜4月か6月に植えろと球根に同封されていた説明書に書いてあった。

それで6月になったら植えるつもりが、すっかり忘れていた。実は球根は玄関に置いてあるのだが、4月からそこにあるので見慣れて存在感がなくなってしまい(^^ゞ

とりあえずこの2〜3日中に時間を作って植えるつもり。





wassho at 23:41|PermalinkComments(0)   *チューリップ以外 

2020年06月10日

テレビメーカーにお願い

ブラウン管の時は部屋のコーナーに斜めにテレビを置いていた。
いわゆる薄型大型テレビになってからはソファの正面に移動した。
現在、多くの家庭でテレビは座る場所と正対した位置にあると思う。

それで無理を承知のお願い。

テレビがついていない時、あるいは映し出される映像が暗いシーンの時に、テレビを見ている自分の姿が映り込む。これをなんとかして欲しい。

この季節、部屋の中ではパンツとTシャツだけである。
そんな自分を見たくない(^^ゞ

TV


wassho at 20:29|PermalinkComments(0) 生活、日常 

2020年06月08日

サンスベリアの植え替え

2年前の2018年、秋の終わりの11月6日

  夏にサンスベリアの葉が増えすぎてプランターがギュウギュウなので、
  株分けしないといけないが、もうすぐ休眠期だから、
  それは次の春に実施する。

ということをブログに書いた。これはその時の写真。
no title


そのつもりだったのだが、春になって、そろそろ室内からベランダに移そうかと思っていた4月の頭に、半分くらいの葉の根本が腐ったようになって折れるという事態に(/o\)

原因は不明。たまにそういうことは起きるが、あんなにたくさんの葉が折れたのは初めて。何が悪かったのだろう。

葉が減ってしまったので、2019年春の株分けは中止。


2020年の現在も、葉の数に対するプランター容積は余裕があるが、ごそっと抜けた株もあるので、プランターの中での位置のバランスが悪くなってしまった。
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それに以前にも書いたように、虫がついているわけでもないのに、
葉に穴が開いたり、ギザギザになったりと痛んだものが目立ってきた。
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というわけで株分けで増やすのではなく、痛んだものを取り除く「株減らし」を目的とした植え替えをした。作業は昨日6月7日。

3つのプランターから抜いたサンスベリア。
葉は重ねて並べたので、この見た目の2倍くらいの分量がある。
とても色艶がいいのに、どうして葉が痛むのかナゾ。
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株をバラしてみると、こんなに大きな穴が開いているものもあった。
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ショウガみたいなサンスベリアの根。
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痛んだ葉をを取り除くと残ったのは1/3くらい。土はチューリップ用に買った残り物で、培養土5割、腐葉土2.5割、赤玉2.5割くらいで新規にブレンド。
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左のプランターは葉の両側に縦のラインが入っている。
これがサンスベリアのオリジナルの姿。

サンスベリアは葉を切って土に挿しておくと、新しい葉が出て増やすことができる。ただしその場合は、なぜか縦のラインが出ずにオリジナルと違う模様の葉になる。それが真ん中のプランター。一番右のプランターにはラインありと、なしをミックスして植えてみた。


葉に穴が開いたりギザギザになる原因がわからないので、
対策のしようもないのだが、とりあえず元気にキレイに育って欲しい。

wassho at 23:14|PermalinkComments(0)   *チューリップ以外 

2020年06月05日

テロップのフォント「て」と「T」

少し前にパソコンのフォントで「」の長さが、
やたら長いものがあるという話を書いた。
no title

こういう文字デザインのフォントが現れたのは30年以上前で、当時から違和感をいだいていたのだが、世間でそう感じる人はほとんどいないようで、それが話題となった事例は見たことがない。

しかし、今回のテーマはそこそこ関心を集めているようだ。
それはテレビのテロップで「て」が「T」のように見えるフォントが多用されている件。

テロップ

画像は https://gooddayslabo.net/technology/kurokane-font から引用。


これはフォントワークスという会社の「くろかねEB」というフォント。
かなり目立ち系のデザインだが、「て」以外は普通に読める。

1

2

しかし、なぜか「て」だけが極端にデフォルメされている。

3

4

全体的にいいデザインのフォントなのに、「て」だけがヘンな形なのはどうしてだろう。そしてこういうデザインのフォントがあってもいいと思うが、文章を読ませることを目的としたテロップにこのフォントを使うことは不適切かと思う。だから私が批判したいのは、このフォントのデザイナーじゃなくてテレビ局のほうかな。

(読ませることを目的にの反対は、例えばTシャツなんかに入れる文字)


数年前から、やたらこの「くろかねEB」が多用されて、もう慣れたともいえるけれど、未だに見る度に違和感があるから、やはり何とかならないかと思う。

ちなみにこのフォントの「」は。

5

もし「て」を修正するなら「」も一緒にね(^^ゞ




※「くろかねEB」を使用した文字列については https://fontplus.jp を利用。

wassho at 06:39|PermalinkComments(0) ノンジャンル 

2020年06月02日

Wikipedia:ウィキペディアを鵜呑みにしてはいけない 続き

Wikipedia


さて、なぜかシノケンのことを突然に思い出した後、確認のためにネットでシノケンを検索した。それでウィキペディアのページを見てビックリ。

テレビでよくCMを流している会社にしては、持ち株会社の株式会社シノケングループについての簡単な情報しかなかった。それはいいとして、ページのどこにも耐震強度偽装事件のことが触れられていないのである。国会で証人喚問まで行われた出来事だったのにである。

そして改めてページをよく読んでみるとおかしなことに気がついた。
どうも文章が宣伝ぽい。(最後の2行ほどを読めばわかる)

   (以下、引用 2020年6月2日現在)
    お客様の生涯にわたって寄り添う「『ライフサポート』のシノケン」として、
    アパートメント経営のご提案から、保険や保証サービス、エネルギー供給、
    また、急速に進む高齢化や労働力人口の減少など次々にやって来る新たな
    社会課題への対応として、介護や教育等、様々なライフサポート関連事業を
    拡大させる等、ビジネストランスフォーメーションを進めています。
   (引用終わり)


ウィキペディアは誰でも執筆や編集ができるネットの百科事典のようなもの。極めてオープンな存在であり、いわば良心によって成り立っているともいえる。しかし良心とは踏みにじられやすいものでもある。ウィキペディアは自分のことを書いたり宣伝をしてはいけないルールになっているが、シノケンのページはおそらくそれに近い。

もっとも対立する意見のあるテーマにおいて、ウィキペディアでサポーターとアンチが入り乱れて編集合戦を繰り広げているのは知られているところ。見たことはないが「炎上」もあるらしい。

ところでウィキペディアでは、ページの右上にある「履歴表示」から編集の経緯を見ることができる。シノケングループの履歴を確認すると、現在は「Ttt222」なる執筆者が多くを書いている。そして2018年2月13日の版までは耐震偽装事件の項目があったが、Ttt222が登場した2018年2月25日以降は、その項目が削除されていることがわかった。


それ以上は調べず。この件についてさらに深入りするつもりもない。ウィキペディアを鵜呑みにしてはいけないとよくいわれるけれど、実際にこんないい加減な情報を見たのは初めてだったので、ブログにしてみたしだい。論文の引用にウィキペディアは認めない大学あるいは大学教授も多いらしい。

そういえば以前に上田薫という高齢の画家がまだ存命なのに、ウィキペディアでは死んだことになっているという記事を書いた。2017年7月のこと。さっき調べたらウィキペディアのページはそのままで、昨年1月にはインタビュー記事が新聞に掲載されていた(^^ゞ



ウィキペディアを信用するなといっているのではない。大抵のページは信用できるし、よくまとまっていて重宝する。ただし鵜呑みにしてはいけないというご忠告。他にもいくつか当たって総合的に判断しましょう。

もっともネットで得られる情報はコピペが繰り返されたものが多く、大元の情報が間違っていれば、すべての情報が間違っている場合がある。また世の中には特に根拠はないのに、何度も繰り返されるうちに「事実」になってしまっているような情報もある。そのことを書くと長くなるのでまた別の機会に。


ついでにトコトン調べたい時に便利な情報ツールを。

<Googleスカラー> https://scholar.google.co.jp

  論文の検索サービス。PDFになっているものは読むことができる。
  スカラーとは学者とか学生などの意味。スカラシップのスカラね。

<Googleブックス> https://books.google.co.jp/

  検索したキーワードを含むページのある書籍をリストアップできる。
  また一部だけれど、そのページを読むことも可能。



ところで話を耐震強度偽装事件に戻すと、ウィキペディアでそれは構造計算書偽造問題という項目のページになる。不思議なことにそこでは姉歯建築士のことがA建築士と書かれているのである。今さら匿名にしてどうする? しかも関連した人物の名前もヒューザー社長などと個人名はなく会社肩書きでしか書かれていない。

また2005年11月29日の国会参考人招致では「ヒューザー社長、イーホームズ社長、木村建設社長、同社元東京支店長」と記されていて、なぜか同日に招致されたシノケンの名前がない。

何とも不可解。もう過去の事件なのに、まだ何かうごめいているのかな?
もしこの記事が消えたら買収されたと思って下さい(^^ゞ


おしまい

wassho at 23:47|PermalinkComments(0) ノンジャンル 

2020年06月01日

Wikipedia:ウィキペディアを鵜呑みにしてはいけない

シノケンという会社をご存じだろうか。いわゆるアパート・マンション経営、すなわち投資用不動産の販売会社である。全国レベルのことはわからないが、首都圏ではこんなCMがよく流れているので見たことがある人は多いと思う。

   「人生100年時代だってよ」
   「定年後、何したい?」
   「やりたいこと一杯あるなあ、時間は一杯あるしなあ」

   「定年後40年…」
   「あ、足りるかな… お金…」

   「何から始める?」
   「資産作り」「えっ?」「えっ?」
シノケン


ストーリーがあっていいCMだと思う。他にもいくつかのバリエーションがあって、メインキャストはずっと佐々木蔵之介。放送が始まったのは2016年からのようだ。

それでこのCMを初めて見た時「シノケンって名前、どこかで聞いたことあるよなあ」と思った。しかし具体的には思い出せず。どこかでシノケンというあだ名の人に会って、それと混同しているのかな程度の気持ちで気にもしていなかったし、もう5年も経ってそんなことすらすっかり忘れていた。

それが先日、何の前触れもなく突然思い出した。別にこのCMを見ている時ではない。具体的にはボーッと道を歩いている時にである。何度かブログにも書いたが、どうして気にもしていないことが突然よみがえってくるのか、脳の働きってナゾである。


さてシノケンという名前に聞き覚えがあったのは、そんなあだ名の人がいたのではなく、この会社のことを知っていたからである。なぜなら2005年に大騒動となった耐震強度偽装事件でシノケンも取り沙汰されたから。

  姉歯秀次1級建築士 これで思い出した?
姉歯

  ヒューザーの小嶋進社長 これで思い出した?
ヒューザー

この事件で姉歯建築士は、ヒューザー、木村建設、シノケンから耐震強度を落とすように圧力を受けたと主張し、シノケンの篠原英明社長も国会に参考人として呼ばれている。だから聞き覚えがあったのだ。


なお耐震強度偽装事件のことは今回のテーマではない。
シノケンのことすら直接的には関係ない。


ーーー続く

wassho at 22:38|PermalinkComments(0) ノンジャンル