2009年02月27日

ホンモノの愛

最近、なんとなく思うこと。
愛って、ホント人それぞれ。

何が真実の愛で、何が偽りの愛かなんて、
いったい誰が、どんな基準で決めるのか。
誰も決められないんじゃないか。

わたしが愛を知らないのなら、
アレはホンモノ、アレはウソッコなんて、言えようわけもないし。
そもそも、本当に愛を知らないのかすら、定かじゃないわけで。

JWの愛だって、愛のひとつかもね。
子どもを束縛し、親の思う道を歩かそうとする愛もあれば、
放任、放置したり、子どもがやりたいことを好きにさせるのも愛。

そう。
憎しみだって愛なんだから。
虐待だって、DVだって、愛かもしれない。

わたしは、ひねくれモノで、素直じゃなくて。
人を怒らすのは、得意技。
ついでに、屈折したマゾヒスト。
歪んだ愛しか知らなくても、不思議じゃない。

親との距離のとり方がわからない。
子どもの愛し方がわからない。
怒ったり、泣いたり、狂ったり。

さて。
どうやって愛すれば良いのだろう。

自分が子どもを愛しているかどうかなんて、
わたしには決して、わからない。

ただ。
ひとつだけわかることがある。

わたしの行くとこ、どこでもついてきて、
抱っこして目が合うと、最高にうれしそうな笑みをうかべる。
幸せに満ち溢れた笑顔をみせてくれる。
そうして、わたしがどんなに感情的に怒っても、
「お母さん好きよ」って言ってくれる。

この子どもたちの愛は、ホンモノだって。


wasurena_so at 18:38|PermalinkComments(5)TrackBack(0)最近の思い 

2008年09月02日

夏休みの思い出

夏休み・・・っていっても、
未就園児3人抱えた主婦には、全く関係ない話ですが。(笑)
学校はじまったら、近所の子どもたちが、少しは静かになるかな?

子どもの頃の話。
夏休みと言えば・・・野外奉仕活動ですよね。(ぇ?!違う?!)
母が、正規開拓をずーーっとしていましたので、
子どもたちも、当然つき合わされるわけで、
正規開拓者なみの奉仕活動をしておりました。

本当に小さい頃は、ある意味ハイキング気分でした。
当時は子どもが多かったので、奉仕の風景は、さながら子ども会。
ベビーカーも車椅子も、妊婦や老人も当たり前でした。
まわりの人にはいったいどうみられてたんでしょうねぇ。
今じゃ、なかなか見られない光景です。(^^;

そのうち、わたしも証言させられるようになり、
しかも、自分で考えて証言させられるようになってからは、
どうやって話そうか・・・と、考えるのが、苦痛でした。
それはそれ、模範的なJWの子どもでしたから、
奉仕を楽しんでいる風に振舞っていましたけど。(笑)

レクレーションなるものもありました。
いわゆる、子どもたちの「交わり」です。
世との交わりを制限され、テレビ等の娯楽も制限されてますから、
同じJWの子どもたちとの交わりは、それなりに楽しかった。

内容は、ちょっとした球技や、ゲームをしたり、
聖書カルタとか、聖書クイズ。(笑)

そういえば、毎年、夏の恒例、特別奉仕活動があったなぁ。
一日2便の、市内の離島に、船で行って、
午前中は伝道。(民家が少ないので、すぐ終わる。)
そうして午後は、海水浴。

・・・イヤね。
なんとなく思い出したので、書いてみました。(^^;

wasurena_so at 15:02|PermalinkComments(0)TrackBack(0)過去のこと 

2008年08月23日

聖書のボランティア

・・・って何だよ。(笑)

盆の数日、なんだかやたらとJWの訪問があった。
1週間のうちに3回くらい。

なんだか多いなぁ。と思ったけど、何かあったのか?
夏の特別強化活動か?
それとも、普段もきてるけど、うちが留守してるだけなのか?

ピンポーン。
こんにちは。○○と申します。
聖書のボランティア活動で・・・

あー。申し訳ありません。今忙しくて・・・。(事実)

って、言ったら、30分後にまたきた。
うちは、子どもたち(3人)を車に乗せているところで。

あー。すみません。今から出かけるところなんです。(事実)

その数日後に、また来て、一度はわたし、一度はダンナが対応した。
同じ人かどうかはわからないけど。

パンフレットか何かおいていこうかと言いかけたみたいだったけど、
これまた、恐ろしくばたばたしていた時間帯で、ダンナもいたので。

あーーー。ごめんなさい。手が離せませんっ!!(事実)

って、ドアホンごしに叫んで終了。(^^;;

最近のJWさんは、お断りすると、さらに粘ることは一切なく、
すんなりと、回れ右してお帰りになられるが。

断り文句で言ってるわけじゃなく、本当に、忙しいんだよなぁ。
もうちょっと暇な時に来てくれたらなぁ。
ちっとは相手してあげる(最近のJWの話を聞いてみたい)のにねぇ。

・・・って、我が家はいつが暇なのか、考えてみた。

暇な時間。ないじゃん。(ぉぃ)
わたしが座ってるのは、授乳中か、子どもを抱いているときか。
そして、わたしが座ると見るや、すぐに双子がよってきて、まとわりつき、
授乳してようが、パソコン触ってようが、となりで喋り(叫び)続けるし。
ひとりが離れると、まってましたとばかり、もうひとりがやってくるし。

このところ自分が座ってお茶飲む暇もないくらい、忙しいんですけど。

午後に、子どもらが昼寝している間だけ、少しは静かだけど。
その間に、片付け、赤ちゃんの沐浴、晩御飯の下準備・・・
やることは山のようにあるし。

ピンポーンと、チャイムがなると、
子どもらが起きて、大泣きしはじめるので、
話をきくどころじゃなくなるんだよなぁ。

子どもの相手で手一杯で、JWの(ほかの宗教でもセールスでも)相手なんて、
してる余裕ないんだよねぇ。

ぇ?
忙しいと書いて、心が亡ぶと言われますか?(爆)

wasurena_so at 06:09|PermalinkComments(0)TrackBack(0)日常のこと 

2008年08月21日

JWと学会員と。

盆のこと。
大叔父(祖母の弟)が小学生の孫と一緒に、祖母のところに遊びにきました。

大叔父とは、数年前、危篤となった大叔母(祖母の妹)を見舞いに行き、
結局、看取ることとなった際の交流が縁で、付き合いがはじまり、
時々、こちらに遊びにきた際には、連絡をいただいているのです。

今回も、遊びに来とるよ〜と、連絡を頂き、
祖母宅の近くのショッピングセンターで落ち合ったわけです。

祖母宅に同居の叔父(祖母の息子)が、ショッピングセンターに案内。
3人で、ボーリング&ゲームセンターで遊んでいたところに、
わたし達家族も合流し、一緒に食事をしたのですが。

食事中、雑談する大叔父と叔父(大叔父から見ると甥)を見ていて、
あることに気づき、ついつい、にやにやしてしまった奴です。<ワタシ

大叔父は熱心な学会員。
叔父は熱心なJW。(爆)
(ちなみに祖母は神仏は信じていません。)

めっちゃおもしろい取り合わせ〜(笑)と。
笑いをこらえるのに苦労したわけです。

もちろん、誰も宗教の話などしませんよ〜
どちらもお互いの宗教について知っているはずですが。

・・・って、そこでどうしてわたしが面白がってるのかって・・・
わっかんないんだろうなぁ。。。普通の人には。(w

wasurena_so at 15:33|PermalinkComments(0)TrackBack(0)日常のこと 

2007年11月09日

鞭の記憶

同じ年頃の、JW2世の子どもたちなら、
ほとんど、経験しているであろう・・・鞭。

ぇ?
少なくとも、わたしの身のまわりではそうだったよ。
子どものいるお宅で、その家の「鞭」見せられたこともあったし。
母も研究生にすすめてたし、
子どもたち自身、集会で、注解してたよねぇ。
「懲らしめの鞭です。」って。(w

さてさて、我が家の鞭事情ですが。
前にも書いたけど、非常に残念なことに、
わたしには、鞭を受けている最中の記憶が無い。

だから、実のところ、
鞭の回数とか、何が痛かったかどうかとか、
そのあたりのことは、ほとんど覚えてないんだ。(^^;;;

だから、覚えてることだけね。

鞭される理由は、
「親の言うことをきかなかった」
「集会や奉仕に望む態度がふさわしく無かった」
「嘘をついた」
「悪いことをした」
・・・って感じかなぁ。

わたしは長女で、弟達の手本となるべきとされていたから、
弟達に比べると、鞭をされる頻度は少なかったと思う。

だけど、わたしは弱っちかったから、
鞭が怖くて、とっさに、嘘ついたりした。
嘘がばれると、鞭が倍以上に増えて、大変なんだけど。
ばれなければ、ばれないで、罪悪感でいっぱいになって、苦しかった。

怖くて、覚悟が決められなくて、いつも10カウントされていた。
「早く来ないと鞭が増えますよ。10、9、8・・・」って。

道具は、モノだったら何でもよかった。と思うんだけど、
ベルトとか、ものさしとか、靴べらとか、
身近にある、そんな道具が多かったように記憶してる。

もちろん生尻ね。
下着は自分でおろして、
母親が叩きやすい格好に、スタンバイしなきゃいけなかった。

痛みの記憶は、残念ながら無いんだけど。
(痛くなかったというわけではないからね。)
わたしが動いたり、親の手元が狂って、
太ももとかに鞭があたると、ひどく痛くて、痣が残ったのと。
時々(っていうか結構頻繁に)、
ベルトのバックルがあたって、痣が残っていたのは、覚えている。

父親も祖母も、JWには反対してたけど、
戦時中生まれで、体罰容認(当然)の中で育ってきてるから、
鞭には、賛成していた。

最後に鞭をされた記憶は、
中学生になって、問題ばかり起こしてた頃、
でも、その頃には、反抗期真っ只中だったから。(笑)

鞭されてたまるかと逃げ回って、
未信者の父親まで、一緒になって追っかけられて、捕まえられて、
下着下ろされそうになって、抵抗して暴れまわって、
叩かれながら逃げて、階段転げ落ちて・・・それでも逃げて。(笑)

いったい何のプレイなんだか。(^^;;;

wasurena_so at 11:01|PermalinkComments(6)TrackBack(0)過去のこと 

2007年11月05日

ちょっと違った視点から。母のこと

母親のこと。
これまで、わたしら子ども達からの視点でしか、書いてないからね。
子どもの心を傷つける、ずいぶん酷い母親だ。と、
思われた方が多いのではないかと思うけど、
ちょっと視点を変えてみると、様々な面が見えてくる。

母も、ひとりの傷ついた子どもだった。
親からの愛を求め、夫からの愛を求め、エホバからの愛を求めた。
自分なりに勉強して、良いもの、正しいものを捜し求め、
良いと思ったこと、正しいと思ったことに、積極的に取り組んだ。
家事も、育児も、JWの活動も、完璧にこなそうと努力していた。
子どもたちが幼いうちは、それなりにうまくいっているように見えた。

母は模範的なJWの姉妹だったと思う。
多少、がんばりすぎるところはあったものの、
”義に過ぎる”部分は、大いにあったものの、
組織の教えを大変熱心に学んでおり、忠実に仕えていたと思う。

長い間、正規開拓者として、熱心に伝道活動を行っていた。
時間をいれなければという気持ちも、多少はあったと思うが、
自分が正しいと信じた教えを、ひとりでも多くの人に伝えなければ、
という、心からの熱意にあふれての行動だったと、思う。
たくさんの研究生を、バプテスマまで導いてきた。

4人の子育て経験を生かして、子育てに悩む母親の相談にのっていたし、
JWだから、困っている人がいれば助け合うのが当然。と思っており、
自らも、積極的に、困っている人に手をさしのべていた。
他人にも、同じような姿勢を期待するのが、少し困り者ではあったが。

母は、子どもたちの前では、本音でずけずけとモノを言ったが、
職業、国籍、病気や障害、様々な事情を抱える、様々な人々のことを、
全く違いを感じさせない、同じような態度、口調で、話した。
差別や偏見を感じさせる行動をとることは、皆無だった。

「JWなのに、冷たい人が多い。」と口癖のように言っていた。
会衆内には、心を病んだ人たちが多かった。
うつ病の姉妹、そのほかにも病気を抱える姉妹も多かったし、
大事故にあって、回復困難といわれていた兄弟が、リハビリの末、
ようやく回復の兆しが見えてきて、演台にも立たれるようになってきた、
そんな矢先に、突然自殺されてしまい、悲嘆にくれる奥さん姉妹など。

そのような助けを求めている人々に対し、霊的に弱った成員に対し、
ほかの人々の助けや気配りややさしさが、あまりに少ないことに、憤慨し、
自分は、少しでも助けになろうと、せいいっぱい行動していた。

手紙や電話で、困ったことがあったら、いつでも相談して、と伝え続け、
相談の電話には、いつでも何時間でもできる限り、つきあってあげていた。

後に、自分も心を病むことになるわけだが、
その時も、同じように苦しむ仲間ということで、
自分にして欲しいことを、他の人にも、し続けていた。
自分にして欲しいことが、他の人の求めるものとは限らないわけだが。(^^;
自分が心を病んでからは、いっそう、
「JWは冷たい」という印象を、強くしたようだ。

母は、家族に対する態度と、外に対する態度が、まるっきり違っていて、
それまで子どもたちに、怖い口調で話していた母親が、
電話や来客の応対には、ころっと変わって、やさしい口調で話した。
(弟たちと、顔を見合わせて、苦笑していた。)

心を病みはじめてからも、外への顔と、身内への顔は使い分けていて、
家族に対しては、感情的で、短気で、好き勝手なことを言っていたが、
他人に対しては、不満を持っても、それを顔に出すようなことはなかった。

が、後に、事故にあった後は、
脳挫傷の後遺症からか、(高次脳機能障害だと考えているが、)
それまで理性で抑えていた、感情の制御ができなくなってしまったようだ。
他人に対しても、それまで家族にみせていたような、
身勝手なわがままな発言を繰り返すようになって、
JWの仲間達は、皆、母から離れていった。

事故に会う前も、身勝手な態度に散々振り回され慣れていて、
母が事故にあって脳損傷となった時、高次脳機能障害について勉強し、
職業上も、同様の障害を持つ人に対応する機会の多かった、わたしでさえ、
我慢できないというか、目に余るほどの、酷い態度だから。
状況のわからない他人が、耐えられないというのは、よくわかるが。

同じように、事故で障害を負ったり、
高齢になって認知症になったり、同様の病気の為に、
人格障害を負って、JWらしからぬ性格になってしまう、兄弟姉妹って、
少なからず、いるはずだと思うのだけれど。
周囲のJWの皆さん、どのように対応されているのだろうか。

うちの母の場合、家族からしてみたら、もともと・・・なんだけど。
他人からみると、全く違ったヒトになってしまったわけだしね。(^^;

別に、母を擁護するつもりは無いけれど。
誰も皆、自分が大事だし、
表面に出す出さないは別として、自己中心的な面を持っている。
完璧なヒトなんて、どこにもいないし。

わたしだって、いつだって間違えてばかりだし、
これまでも、これからだって、迷いながら生きていくと思う。

だから、母のこと。
親としては、決して受け入れられない部分もあるけれど。
人としては、否定したくないなぁって、思っているわけなのです。


wasurena_so at 13:21|PermalinkComments(3)TrackBack(0)家族のこと 

2007年11月03日

親を見切る

なんだかちょっと、重たくなってしまったかな。(^^;;
今は、そんなに真剣に悩んでいるわけではないのだけれどね。

親との関係は、わたしの永遠のテーマというか、
どんなに幸せな時でも、思い出すと、ふっと寂しくなる、
心の陰りというか。

こうやって、今ここに生きている幸せを考えると、
贅沢すぎる悩みなんだろうな。たぶん。(笑)


「親を見切る」ということ。
親子関係に悩む子どもにとっては、本当に大切なことだと思う。
わたしは、この言葉に、本当に助けられた。

先日の記事で、紹介した本のひとつ
「新 凍りついた瞳」の中で、
親との関係に傷つきながらも、いつまでも親にこだわり続け、
親の住処のすぐ近くで、犯罪を繰り返す少年に対し、
「自立援助ホーム」で、親代わりとなって援助を行う箕島が語った言葉。

親を見切る、って、どういうことかわかるかい?

見切るというのはね、見限るということではないんだ。
親がどういう人なのか、自分のことをどう思っているのかを、
辛いけれどしっかり見つめようということなんだ。

信じている人に裏切られたり、騙されたり、傷つけられたら苦しいだろう。
もちろん、親なんだから好きなのは当然だけど。
でも、その親がどういう人なのか、自分のことをどう思っているのかは、
きみの年になったら、もうちゃんと知っておいたほうがいい。


〜 椎名篤子 著「新 凍りついた瞳」(原作)より引用 〜


あぁ、そうか。と、はっとさせられる内容で。

いつまでも、親にこだわり続けて、
やさしさや愛情を求め続けても、
良い関係を保つことを期待しても、
それが報われるとは限らない。
(むしろうまくいかずに、傷を深めてしまう。)

子どもにとって、親は大切な存在だからこそ、
親がどんな人なのか、きちんと見定めて、
現実をきちっと見つめて、自分の親との関係を理解して、
お互いが、あまり傷つかずにすむ、適当な距離のとり方を、
考えないといけないのだろうなぁ。と。

ふうっと考えさせられたわけです。

頭で理解しても、現実には、これがなかなか難しいんだけどね。
期待しすぎちゃ、ダメダメ。(笑)


wasurena_so at 13:15|PermalinkComments(0)TrackBack(0)最近の思い 

2007年11月02日

離婚騒動の顛末

いつだったか。
「父と母が離婚する」という話になったことがあった。

母は、病を武器に、傍若無人っぷりを発揮していて、
父は、ほとんど家には戻らず、会社に寝泊りする。
そんな関係が、しばらく続いていた。

最初、その話を聞いた時、
「ぇ?!JW的に、それ(離婚)ってアリなの?」と思ったのは確かだが、
とっくにJWを離れたわたしが、どうこう言うことではなかった。

母の父に対する不満を聞くと、
これはうまくいくはずが無いと思う。

母は子どものように、父からの無償の愛を求めていた。
受容、共感、傾聴・・・。ありのままの自分を受け入れて欲しかったのだ。
子どもたちに完璧を求めたように、父にも完璧を求めていた。

対する父は、戦時中生まれの、昔ながらの男性。
対面(人目)を気にすることもあり、表面的にはとてもやさしかったが、
母の気持ちを理解して、受容することはなかった。

父親でなくても、母親の求める完璧さには、
誰も応えることなどできないのではないかと思う。
そんな完璧な男がいたら、お目にかかってみたいわ。(笑)

そもそも、自分ができないことを人に求めるなよ。と思うのだが。
自分は、できている。と思っているところが、痛いところで。(--;;

愛情が冷めているのは、傍目にも明らかなわけだが、
どうやら母親から、別れたいと言っているようで、
父親は、したいなら勝手にしろ。という態度らしい。

・・・っていうか、
冷静に考えたら、離婚して困るのは、明らかだと思うのだが。
専業主婦で、稼ぎも無いし、心を病んで、まともな状態じゃないし。
第一、アンタJWでしょ。ほんとに離婚していいのか?って。
一時の感情の爆発かもしれないけど、
何考えているのか、わけわかんないよ。(^^;;;

ともかく、家族会議をするから・・・と召集され、実家に赴いた。

先に弟達が来ていて、
弟達は、まぁ勝手にすればいいんじゃない。
とっくに限界だったんじゃないの。って、見解。

わたしの意見を求められたから、
わたしは、慎重に、本当に慎重に、言葉を選んで、

わたしは、お父さん、お母さん、ふたりの子どもだからね。
どちらも心から大切に思っているし、
だから、こうやって不満をぶつけあっているのを見るのは辛い。
離婚する、しないは、別にして、ふたりとも幸せになって欲しいからね。
どうしたらいいんだろうね。

・・・と、その時、感じていたわたしの気持ちを、
誰も責めることが無いように、
そして少しでも、建設的に考えてもらえるように、
わたしなりに、一生懸命、話したつもりだったのだけれど。

それが、母親の逆鱗に触れることになった。
母の気持ちを理解せず、父の味方をしたのが許せない。というのだ。
そんなつもりは、ほんのかけらもなかった。
どんな親であっても、大切な親だからね。というわたしの思いが、
母親だけでなく、父親にも向けられていたのが、我慢できなかったようだ。

「おまえなんか知らない。」「出て行け!」
「お父さんの味方をするようなヤツはいらん。」
から、はじまって、思いつく限りの罵詈雑言を浴びせられ、
とどまることを知らない非難と、中傷の言葉に、
わたしはいたたまれず、泣きながら、家を出ていった。

わたしのせいいっぱいの思いが、
何ひとつ、母親には通じなかったのが、悲しくてたまらなかった。
激しい無力感に襲われ、絶望的な気分になった。

真ん中の弟は、
その時のわたしと母のやり取りを見て、
「こんな親は、もう知らん」と、
親に見切りをつける、決断をしたそうだ。

結果的に、弟は親との関係を断ち、
その、きっかけを作ったわたしは、
すぐにその時のことを、許してしまったわけで。
(っていうか、気にしてたら、きりが無いんだよねぇ。)
ちょっと複雑な心境だったりもする。


wasurena_so at 10:56|PermalinkComments(5)TrackBack(0)過去のこと 

2007年11月01日

親との距離

親と子の関係って、本当に難しい。
JW1世親と、2世子どもなら、なおさら、
個人差はあるだろうけど、複雑な思いを抱えてる人多いのだろうな。と。
「セレモド日記」10月29日の記事読んで、いろいろ思ったこと。

わたしには、親に対する思慕の念というものが、基本的に欠けている。
ということは、以前にも書いたように思うけれど。
普通の親子の関係、親子愛というのが、わたしにはわからない。

もちろん親は大切だし、大事にしなければと思っている。
親がわたし達子どもを、愛していることも、(頭では)理解している。
愛そうと思いながら、愛し方がわからなかったのだろうことも。
自分が親になってみて、一生懸命育ててくれた親の気持ちがわかるから、
感謝する思いは、いっそう強く感じている。

だけど、それでも、親に対して、
受け入れがたい気持ちを持っているのは、紛れも無い事実で。
わたしが心を開くことは、たぶん決して無い。

そうして、そんな自分に対して、
自分は冷たい人間なんだ。何か欠けているヤツなんだ。と、
悩み、深い悲しみを抱いてきたのも、確かだ。

母親は心を病んでから、
「今になって、あなた達の気持ちがよくわかる。」とか、
「わたしが、一番、子どもたちの気持ちを理解している。」とか、
時には、「愛している」「抱きしめてあげる」とか、言うようになった。
そんな内容の詩を書いて、わたしたちに読ませたり、皆に見せてたから、
第三者からは、「良いお母さんねぇ。」なんて言われることもあった。

その時の、わたしの心の中の苦しみといったら!!!
絶叫したい、泣き叫びたい、激しい怒りと悲しみと、
どこにも持って行きようのない思いに、パニックになりそうになって、
自分を抑えるために、心を閉ざすのに必死だった。
当たり障りの無い言葉でやり過ごし、平静を装うのに、必死だった。
文章を無理やり読まされる時など、吐き気がしそうだった。

もし、わたしが感情を爆発させたとしても、
気を使いながら、ほんの少し本音をぼそっと、もらしたとしても、
母親は全く、わたしの言葉を聴く耳など持っていないし、
感情的になって、更に傷つく言葉を浴びせられるか、
落ち込んで自虐的になって、病状を悪化させるか、
たいがいはその両方で、
絶対によいほうに転ばないのは、目に見えているからね。

第一、わかってなんて欲しく無い。
あなたには絶対に理解して欲しく無い。
わたしに触れないでちょうだい。
あなたの気持ちを受け入れたくないの。

激しく噴出する怒りと同時に、
そんな自然の情愛さえも受け入れることのできない自分に対して、
悲しみと、深い喪失感を感じるばかりで。

何度か、謝ってきたこともあったけど。
それは、わたしの反応を期待した謝罪で、
わたしが思うような反応をしないと、激怒された。

謝罪なんて、要らない。
そのくらいなら、過去のことはすっきり忘れて、幸せになって欲しい。

子どもを産んで、子育てしていて強く思うことがある。
親の幸せは、子どもの幸せ。
子どもの幸せは、親の幸せ。
子育てなんて、へたくそでも不十分でもいい。
親が幸せで、いつも笑顔でいたら、それだけで子どもは幸せなんだ。
子どもの幸せが、子どもの笑顔を見ることが、親の最高の幸せなんだって。

だから、親の幸せそうな姿、笑顔が見たくて、心を配ってきた。
それは今だって変わらないよ。
過去のことを悔いて、苦しんでいる表情よりも、
明るく幸せに生きている、心からの笑顔が見れたら。
わたしはそれだけでいいのに。

うちの親とわたしの関係は、
表面的にはそれなりにうまくいっているように見えると思う。
だけど、それは、わたしなりに見つけた、親との距離のとり方。

会うときには、(ダンナと一緒に行くなど)誰かと一緒に会う。
2人きりになる状況を作らないように、気をつけてきた。
頭を仕事モードに切り替えて、できるだけ他人な気分で会うとか。(w
傷つきながら、あれこれ試行錯誤してやってきた。

病に倒れ、長く病院生活を送り、孤独な母親に対し、
既に、まともな会話も難しくなってしまった母親に対し、
これ以上、何かを期待したり、求めたりする気は全く無い。

ダンナの家族も、母の病状を心配しているし、
親戚や、これまでの知人との付き合いも、あるしね。
完全に拒否するのは、得策では無いという打算と。(笑)
わたしは精神的にとても弱くて、不安定で、心配性で、
親を拒否して、関係を断ってしまうことに対して、
わたしの心が持たない。平安を保てない。と判断しただけのこと。

適当に顔を出し(孫の顔を見せ)、
その場限りではあるが、気遣いの言葉をかけ、
さしさわりのない日常会話をして、
母親の無神経な言葉は、左から右にささっと流して、
(父親からの)福祉に関する相談には、できる限り乗り、
少しでもマシな状況で、介護が行われるように助言をする。

そうして、何よりも、自分の今の幸せを大切に。
自分自身の自然な笑顔が、消えてしまわないようにすること。

これから先のことなどわからないけれど、
これが、今のわたしのせいいっぱい。


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2007年10月31日

情報の力:JWの情報統制

JWの中にいるときには、(出てからもしばらくは)
情報統制されているなんて、思っていなかった。

物理的に、外部から遮断されたりして、
強制的に、情報を絶たれたわけではないからね。

(JWの)協会の出版物には、一般の出版物の引用や、
世の偉人たちの言葉が、たくさん載っていた。
ほかのキリスト教教会の書籍の引用もあったし、
新世界訳聖書以外の聖書も、(ある程度)認めていて、
聖書研究の際は、新世界訳聖書の使用にこだわらず、
研究生の持っている(別の訳の)聖書を用いても良いと言われていた。
他の宗教を信じる人と話すためには、
相手の宗教のことを知らなければいけないと、言われてもいた。

だから、JWは、
自分達と見解の異なる、世の情報に通じていて、
ほかの見方をする人々にも、寛容だ。と、
錯覚させられていた。

ある一面だけとらえて言えば、これは真実かもしれない。

JWの教理をある程度整えて、信じ込ませ、信者を増やし、
世からの迫害に対しても、ある程度、対応させるためには、
世の中のいろいろな文献や、資料を調査して、
心理学や社会学、宗教学も研究していかないと、いけないだろうから。

これだけ大きな宗教として、成り立っているところを見ると、
統治体や上層部は、世の情報に通じているのだろう。

だけど、一般のヒラ信者は、
巧妙に仕掛けられた、組織の罠に、はまってしまうと、
外の情報から、どんどん遠ざかっていくことになる。

滅びに至る「世」から離れているように、と。
JW外の人間関係が少なくなっていき、
情報はすぐそばにあるのだけれど、
それに手を伸ばすことを、ためらうようになる。

週に3回の集会、個人研究、家族研究による反復学習。
宣べ伝える業に参加し、他人にそれを語ることで、
信仰は、さらに強化される。
誰だって、自分が偽りを伝え歩いているとは、考えたくないから、
自分は、真実を宣べ伝えているのだ。って、思いたいから、
JWを(=自分を)否定される情報は、聞きたくなくなってくる。
そもそも、JWの活動に忙しくて、情報収集どころではないわね。

ましてや、2世、3世の子ども達のおかれた環境となると、
情報統制、そのものだったりもする。(^^;

少なくとも幼い子どものうちは、親の監護下にあるわけで。
情報は、親によって容易に、コントロールされるからなぁ・・・。(^^;
誰だって、自分の親は大切だし、好きだから、
親の信じるものは信じたいと、(最初は)素直に思うだろうし。

JW外の友達もできにくい上、
いじめられたりしたら、JW外の世界が否定的に見えるし、
本もテレビもネットも制限されたら、世間知らずにもなる。

・・・・・うっ。
書いていて、悲しくなってきた。(自爆)

本当はね。
子ども達には、たくさんの情報に触れてほしいのね。
いろんな立場の、いろんな人に出会ってほしい。
いろいろな文化や、価値観に出会って、
そうして、みんな違うけど、そのままでいいんだって、
みんな愛しい、たったひとつの貴重な存在なんだって、
心から感じてほしい。

JWの教理の矛盾とか、そんなのは(わたしには)どうでもいい。
信じがたいことを信じるのが信仰なんだから、
細かい矛盾をついて、JWの全てを否定しようとは思わないけれど、

ただ、子ども達の心だけは縛らないで欲しい。
心が自由になるためには、
たくさんの自由な情報が必要なんだって、
そう思うから。

JWに限らずね。
あなたの信教の自由も尊重したいから。
子ども達の心の自由も尊重して欲しいんだ。


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