2006年10月09日

ねこの靴下

うわあー。
朝起きたら、とりあえず、びっくりしてみる。
びっくりの習慣化。1日1回、びっくりする。
私の健康法。心臓を強くせねば。
あと5分寝るのは難しい。3分くらい経ったかな、
くらいで目を開けるといつもお決まりの感じで、ゆうに15分は経ってる。
へんなの。確実に、いっつもびっくり。

私は一人暮らしをしてる、立派な大人だから、会社には遅れず行かなければ。
目覚まし時計なんてものはないけど。私は時計を1個も持ってない。
だって、なんだか携帯電話というもの1つあれば、どうにかなるもんな。
今日もきちんと、ぎりぎり間に合う時間に準備完了。
現時点で、私の携帯電話は電話じゃなくて、時計。



8時59分。見事。見事だ、我ながら。
9時になると森のくまさんの歌と共に、お仕事が始まる。うちの会社は小さな会社。
従業員7人。毎日せっせと靴下を作っている。
社長は29才の女の子で、すっごいかわいい人、山田リカさん。
私は28才で、一応、デザインを担当してる、斎藤繭子、です。
「まゆこってさ、神経質なのかルーズなのかわかんない、見事なぎりぎりっぷりだよ
ね、ほんと。」リカさん社長はふんわりとした口調で言う。
「ルーズじゃないです、多分。遅刻したことないです、私。神経質でもないですけど・・。」
リカさんにそう言いながら、確かに、神経質もルーズも、ごちゃまぜにしたような私
の性質をこっそり認めたり、した。
「ふふふ、まあ、お仕事でもしますか。」リカさんが眼鏡をかけたら、ここは、会社
の空気になる。靴下というものは、なんてかわいい形をしてるんだろう。
愛嬌のある丸み。てくてくてくてく、という音が聞こえてきそうな。
今日はイチゴシェイクのようなうすいピンクと、チョコレートのような茶色のしまし
ま靴下のしましまの幅を決めかねているところ。つま先と踵は、あったかそうな、
らくだ色にするつもりだ。
うーん、うーん。
パソコンの前で唸ってると、どこからともなく、猫の鳴き声が聞こえてきた。
「・・ねこ?」
隣りの席では、布地担当のそのちゃんが、布の手触りを一生懸命確かめている。
「ねえねえ、そのちゃん。猫の鳴き声しない?」
まったく気にもとめていない様子のそのちゃんに聞いてみると、「まゆこさん、なん
か悩みでもあるんなら、言ってくださいよ。こんなとこに猫がいるわけないし。」
と、私のお気に入りのライムのミントキャンディーを手の平いっぱいにくれた。
「うん、ありがと。」
私のお気に入りなのに、最近ではこの味は、そのちゃんを思い出させる要素になっ
てた。すらりとしたそのちゃんの選ぶ布地が、私のデザインした靴下を200%の
立体にするように、そのちゃんのとる行動は、最後の形の完成図がきれいだ。
と思う時がいっぱいある。そのちゃん、ありがと。
それにしても。
気のせいか・・。でも、聞こえたんだけどなあ。

毎日が、早く、早く、過ぎるようになってる。小さい頃の時間っていうのは、新鮮
なこと、盛りだくさんで、びっくりすることいっぱいで、予測不能でゆっくりと過
ぎていたけれど。
今日も一日、終わろうとしてる。
一日は、靴下を中心にして過ぎていく。
今日の夕ご飯、どうしようかな。外食は好きじゃない。注文するのが、苦手。
みんなでご飯を食べるのも、嫌いじゃないけど好きじゃない。相槌したり、しゃべ
ったりしながら、上手にご飯が食べれるはずがないもの。ぼってりこぼしたり、
なかなか食べられなかったりして、なんだか忙しくなってくる。
ならば。
小野商店でお買い物だ。
おじいさんに、魚を切ってもらおう。大根を買って、大根おろしにしよう。
トマトも買おう。豆腐も買おう。あー、おなかすいたなあ。
平和、だな。今日も、とても。

「ナァー、ナァー」
ん?やっぱりなんだか聞こえてくる。絶対猫の鳴き声だ。
不っ細工な泣き声だなあ、それにしても・・。
今日の私は手編みの毛糸の手提げ鞄を持ってる。
ピカピカ、ピカピカ、その中に、光るものが見える。
あ。携帯鳴ってる、めずらしいなあ。誰だろう?
「ひゃあっ」
私は携帯を手にした途端、びっくりして、落っことす。
かたかたかた・・とそれは小さく跳ね返りながら、止まる。
な、なんだー、今のーっ!
羊みたいなのが鳴いてた!一体画素数どんだけだっ、てくらい鮮明なリアルさで。
私、やっぱ、疲れてる?毎日、毎日、しましま模様ばっか見てるから、頭おかしく
なった?やだ!でも!拾わなくっちゃ!時計だもの、私の唯一の。
しゃがみこんだ私は、「おーい」、と携帯に呼びかけてみたけど、返事はない。
代わりに、メールが届いた時の着信音が鳴って、腰が抜けそうにびっくりした。
恐る恐る拾い上げると、羊の姿はない。封筒のマークが出てる。・・開いてみよっ。

「無題/ボク、鯛造。タイゾウです。よろしくナァー。」

なんじゃこれ?私はよろしくナァー、に拍子抜けして、怖いのが飛んでって、
返事を書いてみた。

「Re/鯛造くんは、羊ですか。」

「Re:Re/ボクはねこです。ナァー」

「Re:Re:Re/毛がくるくるしてる猫って初めて会いました。」

「ふんっ/ボクは天パなんです。ナァー」

ふふふ、あはは。私は久々に、上を向いて、大きな声で、笑った。携帯の画面に
は、鯛造が窮屈そうに、張り付いている。私の携帯は、現時点で、4次元ポケッ
ト。浮き足立って、小野商店へ。おじいさんに魚を切ってもらっていると、リリ
リン、とメールが届く。

「無題/魚の絵文字、5匹送って。あ。とっくりとおちょこの絵も2本送って。」

お酒も飲むのか、羊猫は・・。まったくもう、世話の焼ける奴め。
私はでもなんだか嬉しくなって、鯛造の夕ご飯を、丁寧にメールした。
「ナァー。」
携帯電話らしからぬ音で、鯛造は返事をしてくれた。・・なんか人間みたいな声だし。
へんな奴。
おじいさんに、500円を払って(いつも500円。ありがとう、おじいさん)外にでる。
リリリン、とメールが届く。

「無題/鯛焼きはー、10匹食べれるけどー、5匹にしとくのがー、大人の猫の仕事だよ、ナナナナァー。」

うわっ、酔っ払ってやがる。鯛焼き?絵文字の魚は鯛焼きなのか・・知らなかった。

「Re/早く寝れば。」

「Re:Re/おやすナァー、んごご。」

もう寝てやがる。無害な奴だ。なんて思ったとこで・・ひゃあっ。
携帯に足がはえたっ。くるくるパーマの猫の足!小指くらいしかないし!
ちゃんと2本だし!(後ろ足に違いない。)がに股だし!うー、まったくもう、
なんなんだあー!こまった奴っ。
ん?足が冷たいぞ。猫はこたつで丸くなるー、あ。寒がりなんだ。もう秋だしなあ。
しょうがないな、靴下でも作ってやるか。プロだぞ。まかしとけっ。
私は鯛造の足であろう、小さな足をつっつきながら、猫の靴下の構想を練る。
携帯からはみ出した足の、ぶらんぶらん具合がなんとも可愛くて、
とても大事にしたくなった。
携帯をカーディガンのポケットに入れて、私はウキウキと、家に向かって駈けていく。
うしし、忙しくなるぞっ。ポケットは鯛造の体温であったかくなっていった。
家に帰って、ご飯をのんびり食べて、お風呂に入って、鯛造のミニ足をお湯で洗って
やったりした。猫の靴下のデザイン画を仕上げて、携帯電話ネコ鯛造用に、毛布を
ジョキジョキ切って布団を作った。で、作ってから、別にあったかそうな布ならなん
でも良かったんじゃんって、端っこのなくなった毛布を見て思った。
しまったなあー、なんて。ウトウトと寝る頃には、もう忘れてたけど。
リリリン。ナァーナァー。あ、朝?

「無題/おはよナァー、布団ありがとナァー。」

「Re/足はえてるよ。」

「Re:Re/ほんと?!スース―すると思った・・」

「Re:Re:Re/今日1日、我慢してよ。靴下作ったげる。」

「わあー/きみどりがいい。」

きみどりかあ。いいねー。私はいつもよりテキパキと準備をして、会社に行った。
鯛造をポケットに入れて。朝3匹、昼4匹、鯛焼きを送った以外は、鯛造はとても
おとなしく、ポケットの中にいた。少しあったかいので忘れる事はなかったけど。
帰ってから早速、鯛造の靴下を作った。もちろん、手縫いだ。つま先と踵は緑、
その他はきみどり。小さな小さな鈴も付けた。履かせてあげる。
あ。ちょっと大きいかな。
でも、もともとモコモコしてるし、いいか。
リリリン。

「無題/写メ送って。」

「Re/はい、これ。」

「Re:Re/お、いいナァー」

鯛造が足をばたばたさせるので、鈴がシャンシャンと鳴る。見るからにあったかそう
な姿に、私は、あはは。と満足した。
鯛造の足を見てて、私は、そうだ。と思い立って、小野商店のおじいさんに靴下を作
る事にした。思い立ったら即、行動。得意の編物で。山吹色の毛糸と、茶色の毛糸で。
せっせっせっせ。おそるべし集中力で、3時間。ふうー。お。いいねえ。これ。
またまた大満足の出来栄えで、嬉しくなる。これだから、ものを作るのって好き。
おじいさん用の靴下を、丁寧にラッピングして、ほくほくと、眠った。
次の日、小野商店で買い物をした(やっぱり500円)
私は、おじいさんに靴下を渡した。
「これ、よかったら、どうぞ。」
「お、ほ、ほ、」
おじいさんは顔をしわしわにして、嬉しそうに受け取ってくれた。
「お、ほ、ほ、」
笑いながら店の奥からなにやら包み紙を持ってきて、私に両手で丁寧に渡してくれた。
なんだろう。あったかいぞ。
「ありがとございます。」
私も丁寧に受け取って、お互い手を振ってから、店をでた。
「あー!鯛焼き!」
家に帰って包みを開けると、おいしそうな、太った鯛焼きが10匹も出てきた。
リリリン。

「無題/鯛焼き食べたい。」

「Re/いいけど、鯛造、絵文字専門じゃん。」

「Re:Re/うーん。ドロンパ!」

うわあ!うわあ!もくもくもく。虹色の煙が辺りを包んだ。なんだ、なんだ、なんだー!
とんとん。誰かが肩を叩く。私は恐る恐る振り返る。
「ひゃあ!」
後ろにはくるくる巻き毛の男の子がにいっと人懐っこく笑ってる。
「鯛焼き食べてもいい?まゆこちゃん。」
「い、いいよ。って鯛造なの?」
「うん、そう。ボクだよ。」
鯛造は鯛焼きをもぐもぐ食べながら、
「ボクさ、ドラえもんの弟子なの。今、修行中なの。で、今世紀は人間界で修行。
そんでいってみれば、のび太くん役にまゆこちゃんが選ばれたって事?ま、ルーム
メートって事でだけど。よろしくね。ボク、立派なタイえもんになるから。」
「は?」
なになに?ドラえもん?修行中?立派なタイえもんになる?
のび太役に選ばれただと?意味わかんない!
「いいの、いいの。あんま突っ込まないで。世の中、不可思議な事もたまには
あるんだよ。大体、携帯にねこの足が生えた時点で充分、変だし。今更、ねえ。」
鯛造がやっぱり鈴のきみどり靴下を履いてるので、私は観念して、今更ねえ。
と言って笑ってみた。鯛造、若いね、と聞いたら、ボクの設定、24だよ。と言う。
「ふーん。その鈴の靴下、24の男の子にしちゃかわいすぎるなあ。脱げば?」
私はなんだかこの空気に早くも慣れて、普通に忠告してみた。
「やだ。お気に入りだもん。」
うふふ、あはは。うはは。
鯛造が足をばたばたさせて笑うので、鈴がしゃんしゃんと鳴る。
鯛造、耳がとんがってるけど。
まあ、いっか、なんてことないか。
私は鯛造の手に握られた食べかけの鯛焼きに、思いっきり噛み付いて、
一番おいしいとこを食べてやった。うわー、いいとこ全部!鯛造はそうやって
いいながらも、おいしそうにしっぽ部分を食べてる。
「よろしくっ、鯛造。」
あは、鯛焼きってこんなにおいしかったんだ。
ふふ、なんかしあわせ!

                第1部  E N D

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wat_927 at 18:56│Comments(0)TrackBack(0) 作品 | ねこの靴下

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