下町の製本屋さんのブログ -渡邉製本株式会社-

荒川区東日暮里の書籍製本会社 渡邉製本株式会社のブログです。
社長のほかに、社長の奥さんやスタッフもどんどん参戦します。

荒川区東日暮里の書籍製本会社 渡邉製本株式会社のブログです。
製本に関する技術的なトピックスや特殊製本事例を綴っていきます。
オリジナル製品「BOOK NOTE」の情報もお知らせします。

毎日毎日これでもか、という程聞いている言葉と思いますが
今年は本当に厳しい暑さですね。

さて、そんな夏のイベント

池袋 LOFTで開催されます『カミメマーケット』に参加させていただきます。

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カミメの「カミ」はpaperの紙です。
紙まわりのさまざまなモノを集めた楽しいマーケットになりそうです。

なかなか出会えないグッズも沢山ありそうですよ!

渡邉製本のBOOK NOTEもラインナップの一角にあります。
よろしければのぞいてみてくださいね。

カミメマーケットは

8月13日(月曜日)~26日(日曜日)

東京・池袋LOFT 10階 ロフトマーケット
で開催です。


デパートでお買い物をしながら避暑もありかもしれません。


記事担当:A


まずは告知から

前回のブログ でお伝えしていましたBOOK NOTEの A5サイズ、
予定より早くに環境が整いましたのでオンラインストアでの販売を開始いたしました。

取扱い店舗さまでも続々入荷が始まっています。
ご注文いただき、後は発送する段階にありますので、ご利用のお店によってはもう少しお待ち下さいますようお願いします。

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2度目のISOT

7月4日〜6日 東京ビッグサイトで開催された「第29回 文具・紙製品店 ISOT」に出展しました。
去年に続いて2度目の参加です。
今年渡邉製本のブースで大活躍してくれたのは

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『もっ手る君』です。
余りに良く出来ているので、「誰の手から型をとったの?」と尋ねられるのですが、
こちらは粘土で成形したものです。
芸大彫刻家卒、テレビ局の美術さんだった人が作ってくれました。
ペンも二つ折にしたBOOK NOTEも、どこも留めずに持ってくれています。
うーん、さすがのクォリティ!

吹き出しの「ここがすごい!ってナニが?」
とブース正面にまわっていただいて

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じっくり手に取っていただいたり
試し書きをしていただいたり。

自社製品の他にも請け負って制作した事例としていくつか製本の見本を展示して
こちらも興味深く見ていただく事ができました。

バイヤーさんはもちろん、ツィッターのフォロワーさんと初めてお会いしたり、
他社さんと交流できたりするのもこうした展示会の楽しいところです。

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台湾から参加していた企業さんがくるっと360度開く付箋を出展していたので、
一緒に私のBOOK NOTEと並べて記念撮影させてもらいました。

願わくばもっと販売網が拡がって、皆さまに手に取ってBOOK NOTEを見ってもらえますよう。
引き続きがんばります。


記事担当;A







いつもご愛顧いただいているBOOK NOTEに、かねてからデザイナーさんや
クリエイターさんからご要望の多かったA5サイズが登場します。   

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2018年7月4日(水)~6日(金)東京ビッグサイトで開催の『第29回 国際文具・紙製品展 ISOT』で初お目見えです。

A5サイズはひろげるとコピー用紙くらいの大きさになる訳です。
180度フルフラットに開くのでスキャンやコピーもし易いですよ。

基本的な仕様は従来のB6サイズと同様
190ページ
本文用紙はOKフールスのクリーム  無地と5ミリ方眼
表紙カラーは ルージュレッド、デニムブルー、フォレストグリーン、ウォームブラック


価格は2,900円(税抜)です。

渡邉製本オンラインストアからのご購入は7月20日を予定しています。
もちろん、名入れ箔押しやカスタムカットでA5スリムサイズのようなお好みの大きさに
することも可能です。

布クロスの存在感が一層感じられるA5サイズも、携帯に便利で小回りの利くB6サイズ同様
よろしくお願いします。

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記事担当;A

東京で下町の代表みたいな顔を見せるのが浅草ですが、浅草がある台東区(たいとうく/昔の人はだいとうく、と濁点を付けて呼んでいました。ちなみに秋葉原はアキバハラ)、その南側はものづくりの街として最近では御徒町(おかちまち)と蔵前をくっつけて『カチクラ』などと呼ばれています。


そしてこのエリアは会社が創業から現在の社屋に引っ越すまで有った場所であり、その社屋の2階が住まいだった私の育った所でもあります。


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平成30年5月25日から27日まで地域活性イベントである
近辺のものづくりや卸し業の会社やクリエー ターと人との交流の場
『第10回 モノマチ』が開催されたので訪れてみました。
生まれ育った街をぐるりと歩き回るうちに今から約半世紀になろうとしている昭和の中頃の頃が色々と
思い出されてきたので、記してみます。


国技館と温泉の蔵前


今は国技館といえば両国ですが、以前は蔵前にありました。
昭和天皇は相撲がお好きだったので、しばしば足を運ばれたようです。
どこから情報がはいるのか、「今日は天覧試合だ」という日には皇居から蔵前通りを通って
国技館に行かれるので、ちょうどロールスロイスが通る頃を見計らって近所の人達が通りで待ちます。
祭りでお神輿が来るのを待つくらいの人出はあったように思います。
私も何度か親に連れられて行ったことがあるけれど、ロールスの中のお顔を見た記憶はありません。

そして国技館の側に『蔵前温泉」という入浴施設がありました。
東京も深く掘削すれば温泉が出るそうです。天然温泉で癒されに行くというのは疲れることがいっぱいある大人の発想です。
子供には真っ黒な泉質でヌルヌルしてどことなく薄暗い雰囲気は不気味でした。


今や「東京のブルックリン」などと呼称されるこの地域。
私はブルックリンに行ったことがないのでピンと来ませんが、川がある東側の地区には最近個性的でおしゃれっぽいお店が沢山増えています。


賑わっていた商店街



小さい会社や職人町にはお惣菜を売るお店が沢山あります。
昔のおかみさんは雇っている人のお昼ご飯を作ったり、自分も仕事を手伝ったりと忙しいのです。


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鳥越本通り商店街(通称:おかず横丁)
「ものまち」の日はフードトラックが止まっていて
久しぶりの賑わいだった様子。


この商店街は前掛けをしめておつかい籠を持った母と良く行きました。
お茶屋さんの店頭にはお茶っぱを焙じる機械みたいなのがグルグルまわっていて、それはそれは良い香り。
ずっと香っていたいようです。
魚屋は夏場大きな樽に上に行ったり下に行ったりするドジョウがいました。
柳川だって家庭料理です。

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この煮豆や佃煮を売る店はまだ健在です。
以前と変わらないのはここくらいになってしまいました。


もうひとつの大きな「佐竹商店街」は日本で二番目に古いのだそうです。(ZINE;「台東モノマチです!」 による)
だいぶ早いうちからアーケードを備えていて、ほかの商店街が参考にしたらしいです。
こちらは荒もの、洋服、布団、傘、などの日用品を商っているお店が多く、食べ物もパン、煎餅などで
野菜や魚、肉などを扱う鳥越商店街とは住み分けが出来ていました。
現在はアーケードがあって使い易いのか、テレビドラマの撮影に良く使われています。


小学校


江戸時代からごちゃごちゃと人が住んでいた場所はやたらと小学校が多いものです。
このエリアだけでも、二長町、竹町、西町、小島と4つもあり、子供の数に比べて学校が多いので昭和40年代には既に各学年2クラスでした。
『ドラえもん』に出てくるような土管が積んである空き地は無く、みっちり家がたっていたので放課後に遊ぶのは公園か小学校の校庭解放です。


旧小島小学校は現在では『台東デザイナーズビレッジ』として活用されています。
人口減少を食い止める行政の対策でクリエイター、デザイナーを街に呼び、新たなものづくりの現場として
活気を呼び戻そうとしている訳です。


時は流れる  

私が大人になるにつれ、この辺りは空洞化が進んで人口が減っていきました。
沢山あった小学校は1クラスがやっとになり、閉校したり合併したり。
歴史が乗った旧町名は私が小学生になる頃には○○何丁目、という味気ない住所になり、かろうじて小学校にその名を留めるのみだったのですが、それも失われてしまいました。

住み込みで働いていた人の手近な娯楽の場で『ゴジラ対モスラ』やグループ・サウンズの映画を観に行った街中の映画館も大分前にマンションになりました。

街の変化を決定づけたのはバブル期です。
友達の家の商店も消え、小さな会社も引っ越したりして無くなっていきました。
かくいう我が社もこの時期に工場拡張のために現在地に越しています。
周囲に会社や職人がいなくなったので商店街はシャッター通りに。
やがてバブルも崩壊してみっちり家が建っていた所にポツリポツリと空き地ができていきます。

思えば私が幼い頃は「人間の手わざ」を見るともなしに見ていたものです。
小学校の頃帰り道で眺めた畳屋さんが太くて長い畳針で畳を縫っていくさま、大工さんがカンナをシューっと引くとスルスルと出てくる木屑。
母親にくっついて商店街にいくと、魚屋さんが魚をさばいていたり、肉屋さんのウィンドウの向こうではものすごいスピードで餃子を包んでいたり。

今でそんなものもなかなか目にする事はなくなってしまったけれど、家賃が高騰した東京の西側からデザイナーやクリエイターがこちらに移ってきました。
材料を売っているお店が多いのも便利なようです。
そしてショップの向こうでは新たなモノづくりの現場を伺うことができるようになりました。

新旧入り混じってあるモノマチ。
イベントがますます賑わいを見せますように。

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記事担当:A














昭和30年5月25日は広辞苑が世に出た日だという事です。 

うちにも古い広辞苑が有ります。

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今回のブログはこちらに関する個人的な思い出話です。


今から数十年前、私が子供だった頃は出版社の社員さんや重役さんと製本業者が家族ぐるみでお付き合いするのは割と普通の事だったのではないかと記憶しています。
会社の用事でこちらにいらっしゃるのはもちろん、我が家でお酒を飲んでいかれる事もありました。

辞書を下さった方はいつも細身の身体に三揃のスーツ、金縁めがね、時間を見るときは懐中時計
というような下町のおじさんたちとはまた雰囲気を異にする山の手の紳士でした。
祖父は外ではなく家でもてなしたい人でしたので、祖母と母は酒肴の用意にいつも大わらわ。
その家の子供たち(私ときょうだい)も三つ指ついて挨拶しに行きました。
そんなふうですから、いつも会社にくるときには「お子さん達に」といってお菓子などを持ってきてくれます。
舶来もののチョコレートを少し、とか。
「ヨックモック」を始めて食べたのもこの方のおもたせだった記憶があります。

写真の新村 出編集の広辞苑は大学入学祝いです。
萬年筆や時計などが一般的なお祝いの品だった時代に、珍しいプレゼントだったかもしれません。
でも、知的な人柄が現れたものでとても嬉しかったものです。


分厚いので持ち歩く事はもちろんありませんし、本棚から引っ張り出すのも大変。
でも、いざという時には頼りになります。
その後卒論を書く時に大活躍してくれました。

最近では漢字を忘れた時には電子辞書はおろか、携帯で簡単に済ませるのですが、
文章を推敲したり、言葉の使い方を吟味する時にはやはり広辞苑を使います。

自社製品のホームページのテキストはスタッフ全員で頭をひねって考え、直しを繰り返しましたが、
ここでも語句の使い方が間違っていないか確かめるのに大活躍でした。

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空押しで「第二版補訂版」とあります。

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印刷会社、製本会社が載っているのは普通ですが、用紙やクロスの会社まで。
用紙は特別誂えなのでしょうね。

もうひとつ辞書で思い出しました。
中学の国語の先生が「辞書は長く使うものだから、壊れないように最初は真中を一度開いてから語句を探すように」と教えてくれたので、今でもそうやっています。
本当は辞書はそんなに簡単に壊れない製本になっていますけれど。
ものを慈しんで大事にするのを教わりました。

記事担当;A



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