ガスト探偵の脳内資料中(仮)

ぼくのかんがえたさいきょうのわざをかくことくらいしかやることねぇ。

 どこかで爆音が鳴り響く。

 珍しい事ではない。ごくごく普通の環境音だ。誰も気には留めず下を向いて歩いている。

 上を向いて歩く人間などここでは見当たらない。

 廃都唯一の政府公認大交通機関である旧式の駅は、今日も大勢の人間が窓口に詰めかけ長蛇の列をなしている。

 列に並ぶ人間は布切れを纏い、体を小さく振るわせ、目の精魂は皆尽き果てている。

 並んでいる者の中には一昨日から待ち続ける者もいる。誰1人列を乱す事なく、文句一つ漏らす事なく、ガスマスクを着用した武装警察の指示に大人しく従い、淡々と自分の番を待ち続ける。彼らがそこまで従順にして並ぶ理由は、この都から抜け出すためだ。

 月政府を含め現存公認政府における法が一切非公認に適用されないこの地は、 力のない女子供や老人には墓場のような場所である。好き好んで居たい者など誰もいない。

 順々に列の先頭が呼ばれる中、2人の親子が窓口の前に出た。

「病弱な母のために医療制度の充実した医療要塞トチギに移住申請を」

「移住許可書を」

 うら若き娘はバックから折り畳まれた紙を差し出した。

 移住のためには都の管理局から許可書を貰い、それが公式な書類だと認められて初めて列車に乗り、都と決別する事ができる。

 上から下までじっくりと書類を読み通し、都長の印鑑が本物であるかICリーダーを照らす。それでようやく違法性が皆無だと確認すると、担当員は書類に移住許可印を押した。

「行け」

「ありがとうございます」

 娘は老いた母の手を引き駅の改札へと向かうが、改札の前で武装した警官に止められた。

「通してください。許可は降りています」

「それはこちらも了承しているが、許可は母にのみ降りている」

「待ってください。老体の母の移動中や移住後の書類などの手続きに私の引率が必要です」

 娘は許可書を警官に見せつけたが、頑に警官は動こうとしなかった。

「駄目だ、それは認められぬ。法上、廃都から他都への移住理由にそれは該当しない」

 融通の利かないやり取りに娘は焦っていた。今日この日まで準備してきた事が全て無駄になる。これ以上このクソみたいな場所にいては生きている価値がない。

 もうまもなく今日の第一便が発車する時刻になる。

 ここまで来て後には退けなかった。

「キサマも移住したければ、それ専用のきょか、うお!!?」

 娘はタラタラと説教らしく述べる警官に母を押し当てバランスを崩させた。突然の事で対応に遅れた好きで改札を飛び越え列車へと足を急がせる。 

 乗車率200%を超える車両に乗ってさえしまえば捜索は困難である。

 都を出てしまえば法に守られ殺される事はまずない。

 もう少し。手の届くところまで来ている。

 こんな場所でクソみたいな場所で死ぬなんてまっぴらゴメンだ。

 例え苦しい生活を強いられても、美しいものを見て死にたい。

 それがもう目の前まで来て。

 そこでグラリと視線が下を向いた。

 娘は何が起きたか理解できないまま冷たいコンクリートに叩き付けられた。

 全てを見ていた列の者たちから悲鳴の声が上がりどよめき立つ。

 娘は死んだ。

 背後から後頭部、そして眉間へと弾は抜ける様に放たれた。

 ダラダラと赤い血が駅のホームを染めていくが、すぐさま数人の警察が黒いビニールで女性を運び出し、まだ新鮮な血は拭われていく。

『ピンポンパンポーン。ただいま不法脱都者の処理のため受付を停止しています。第一便発車後すぐさま再開いたいます。皆様には大変ご迷惑を御掛け致します。なお、アキハバラ武装警察における不法脱都者の現対応と致しましたは……』

 人が一人死んだというのに恐ろしく素早い対応である。

 惨状を目の当たりにし列を抜けていく者がいるが、彼らもまた不法脱都者なのだ。こうも警戒されては違法許可書が通りにくくなりそうなため、また別日にと戦略的撤退をしているだけだ。

 再び列の整理に業務へと戻り、先ほどと何ら変わらぬ風景が戻る。

「ありゃりゃ、あいつ失敗してんの」

 それを目の当たりにしていた柊麗は手元の銃を磨きながら言う。

「でもまぁ自業自得かな。あいつ移住するために母親をワザと弱らせてんの。ヤバい薬とか食事とか与えてさ」

「それはバチも当たりますね」

 同じ様に見ていた鞠もそんな感想を述べて手元のコーヒーを一口啜った。

 明らかにインスタントの味がするコーヒーだが時間を潰すために何も注文しないのは気が引けた。

 意気揚々に店を出た後、鞠と柊麗は騒ぎの中心には行かずに喫茶店へと向かった。

 すれ違う人間誰もが本日の騒ぎの中心人物について口々漏らし、聞き耳を立てる中相当な手練で30人相手一斉でも敵わないほどだと言う。

 実際数はもっと少ないだろうが、そんな相手に最低2人で相打つ覚悟はない。

 弱ったところを叩く。

 それが鞠と柊麗の合理的な意見の一致だった。  

 男には守るべきものがあった。

 命に代えがたいほど愛おしく、唯一無二の帰る場所。

 若くして父を亡くした彼は、自分こそが家族を守るのだと思っていた。

 財力も、権力も彼の手には無かったが、腕力だけは並以上だった。誇れるような力ではなかったが、それが彼の武器であり、守る手段でもあった。
 
 己の力に邁進したことは一度もなかった。誰かを傷つける力ではなく、誰かを守るための力。そう言い聞かせて切磋琢磨し、いつかはこの力を必要としない日が来ると思っていた。

 時には強大な敵とも戦った。弱者を 甚振 いたぶ る者を見過ごせなかった。無念の涙を掬う手を差し伸べた。彼にはそれだけの技量と勇気を身に付けていた。

 そのための仲間もいた。時には殴り合うことで分かり合った。仲間との愛に友情に囲まれ、男は正しく成長し、波瀾万丈でありながら平穏な日々が近づいていると思っていた。

 決して驕らず、多くを望まず、慎ましいながらも日々を、と夢見ていた。

 その願いは叶っただろう。人類が月を目指すまでは。

 男は灰色の街の真ん中を歩き続け、姿を隠す事なく怯える様子もない。好きこのんで堂々と出歩くような輩がいるはずもなく、ビル群の影の中から覗くように数人が目で追っている。

 薄汚れたマントを頭から被った長身の瞳は、薄く街と同じ色を宿し揺れる。到底笑みなど知らぬような閉ざされた口。

 舌を出してカモを舐めとる目線は、ひしひしと彼に浴びせられた。

 『 伊呂波 いろは 組』を始め、様々な組織が男の首を狙っていた。数時間前からアキハバラの各所にある〝取引所〟を襲い、甚大な被害が生み出されている報告を受け、廃都の殺意は全てその男に向けられた。

 危険なバランスが平和を保つアキハバラにとって、この騒動は数ヶ月振りの〝問題〟になっている。
 
 現にこのケジメを誰が付けるのか、組織のボスたちが闇より深いアンダーグラウンドで集まり、緊迫した話し合いが続いている。
 
 それほどに街は危ういバランスにある。末端である輩は手柄を上げるため、報酬を得るため、恩を売るため、様々な思惑を抱きながら男をどう始末するか考えている。

 幸いにも人数は多い。戦いにおいての人数差とは圧倒的な戦力になる。素人は一人もいない。己の手を血に染め、地獄への切符を手にした者しかここにはいない。

 もはや獲物の首は取ったも同然。

 誰が考えても奇跡が起こるか、相手が悪魔で無い限り命はないと考えていた。

 ここは廃都アキハバラ。

 夢や希望を語るには場違いな街だと、誰もがわきまえ男へ襲いかかった。


 
 
 
  

 

 

  

 人生が上手くいかないと、世界中の誰かが思っている。
 
 思い描いていた通りにならず、思わず悪態をつくのは人間の性か、それとも愚かさか。

 悲劇の前には誰もがヒロインかもしれないが、彼らはさらなる下の者を見つけ、そこで心を癒すしかない。挫折を糧にできる人間は多くはない。怒りや憎悪は攻撃へと変わり、傷を残さずにはいられない。

 それはこの廃都アキハバラの住民も例外ではない。 

 結局の所、残虐的で高潔たる幹部候補の無花果イチジク は牛丼屋が閉店しており、閉ざされたシャッターを何度も蹴り飛ばすことで心を癒していた。

 彼女がハマったものは潰れるか、無くなる。それは都市伝説めいた噂として街に流れていた。コンビニから特定のアイスや、飲み物、雑誌に載るようなトレンディなお店も例外ではない。

  マリ はその噂を初めて目の当たりに下が、昨夜のジュースの事を考え、少しだけ彼女に同情した。

 食べられないと思うと、余計に腹の虫が勢いづくのは人の純粋な欲望であり、シャッターが凹むほど蹴り続けた無花果と鞠は線路沿いにある雑居ビルを目指した。

「ヘイラッシャ、ってお前たちかよ」

「うるせぇ。こちとら客だぞ」

 見栄えのしない雑居ビルの三階、無花果たち行きつけの中華料理店『 ロウ 』は相変わらずだった。相変わらず油で床はべた付き、客はいないのに蔓延した紫煙の香りが充満し、旧時代の箱形テレビが中央政府の格式だけの会議を流している。  

 二人を向かい入れた赤髪の、後ろに伸びた一本の三つ編みが目立つ、エプロン姿の少女が無花果に悪態づく。

「とりあえず朝食っぽいの頼むわ。鞠は何か食いたいのあるか?」

「特にないです」

二人の注文を聞いてエプロン姿の少女、 柊麗 シュンレイ は背を向けて厨房へとは入っていった。ここには彼女以外の従業員はいない。彼女一人でこの店を切り盛りしているが、寂れた様子を見るに、あまり繁盛していないのは誰でも分かる。

 厨房では小気味の良い油の音が聞こえる中、鞠と無花果は会話も無しに流れ続けるニュースに目をやった。無花果が映像を見えているかは怪しいが、そのことにいちいち鞠は疑問を持たない。

「治安強化ねぇ。当然ここも対象なんだろうけど、こっちの事情も知らず勝手に月の連中が掻き乱すなってねぇ。鞠はどう思うよ?」

「私は難しい話分からないです」

 二人は目はテレビを見つめたまま会話を続ける。

「月に行けば無花果の包帯も取れるんですか?」

「あ?」

 鞠の唐突な質問に口を開けて答える無花果。しばらく考える素振りをして、顎を何度か右手で撫でながら、鞠に向かって答える。

「治るかもしれないが、治れないかもしれない。私のコレは特殊でよ、月の 超高度発達 アルティマテクノロジー でも難しい領域なんじゃねぇかな」

 表情を変えない鞠に無花果は笑って答えた。
 前に一度だけ鞠は彼女の包帯をしている理由を尋ねた。その時は昔強盗に押し入れられたとき、目と鼻もろとも斬りつけられた傷を隠すためだと言っていた。その強盗はその後どうなったか聞くと、無花果は怪しく微笑んで、食っちまった、といつもの調子でヘラヘラと答えていたが、鞠は冗談のように聞こえなかった。

 真相を確かめる術はないが、無花果と向かい合った者は消えるという噂もある。一切合切、二度と誰の目にも触れなくなると。

「月でもどこへでも行って、これ以上店を潰さないでくれると私は助かるけどね」

「元から寂れた四流中華店じゃねぇかよ。大繁盛したら一等地に店を構えさせてやるよ」

「麻婆丼……」

 厨房から料理を運んできた柊麗は無花果といつもの罵り合いをしながら、テーブルに料理を置いていく。香辛料のたっぷり効いた、山椒増し増しの麻婆丼が鞠の鼻を刺激する。

「しかも朝からヘビーなものだしやがって」

「文句があるなら食べなくて結構」

「クソ不味い飯だが、捨てるのは神と信条への冒涜だからな」

「なんだとコノ野郎!!」

「辛い、柊麗辛過ぎだよ」

 騒々しい朝食の始まりだ。あまりの辛さに舌が悶えるが、不思議と次の一口を運んでしまう辛さはクセがありながら病み付きになる。黙々と食べる二人に、柊麗は何品か料理を提供する。どれも朝食べるには重い餃子やレバニラ炒めだ。テーブルにそれらが乗るたびに、無花果は罵倒の言葉を浴びせるが、箸は肉や餃子を掴む。

 腹を満たした二人は濾過されたジャスミン茶を飲みながら柊麗と円卓を囲む。皿の上にあった物は綺麗サッパリ消えた。聞こえる音はテレビから流れる改ざんされたニュースだけだ。

 沈黙を破るように旧時代のアイドルソングが鳴り響く。明るい未来に中指を立てるような曲は、無花果のポケットにあるケータイから鳴り響くものだった。

 鞠と柊麗は何も言わずテレビを眺め、鬱陶しそうに無花果はケータイを耳に当てる。

「はい、ああこれはこれはボス」

 席を立ち上がり無花果は厨房へと消えた。その間もテレビではニュースが流れ続けるが、残された二人とも話半分理解していない。中央政府の増税や、反社会派閥の強化取締や、惑星横断船の補強計画など彼女らの生活に1ミリも関係ないのだと考えている。

「あのよ、鞠」

「なんでしょ、柊麗」

「明日世界が滅ぶなら何が食べたい」

「そうだなー。 羊紀園 ヨウキエン のフルーツタルト」

「そこはウチって言ってくれよ」

「ああ、ゴメン」

 また沈黙が続く。厨房では無花果がケータイで何やら秘密めいた話をしている。会話の内容は鞠にも柊麗にも察しがついていた。無花果がボスと呼ぶのは『伊呂波組』の幹部、 黒白 コハク しかいない。同じ街に住む鞠は一度だけ姿を見た事がある。

 この荒廃とした重苦しい街には似合わないほど、美しく高貴な人間だと鞠の嗅覚は感じ取った。

 そのボスから直々に、末端ではなく幹部候補である無花果に直接電話が入るということは、ロクでもない事に限る。それを知ってか、二人の口数は少ない。

 流れ続けるテレビの内容は相変わらず代わり映えのしない内容だが、突如画面が切り替わり、メガネをかけた男性アナウンサーが早口で何かを告げる。

 臨時ニュースの文字と遠くで爆発音が聞こえたが、何も動じず二人はジャスミン茶を啜った。

「面倒だ、面倒な事になった」

 ケータイ床に投げ捨てながら、無花果は厨房から戻ってきた。

「ざまみろってんだよ」

「うるせぇ」

 無花果は床に深く腰をかけると、ジャスミン茶を一気に煽り、ポケットから煙草を取り出した。煙草は火をつけずとも先端が赤く灯る。電子煙草だ。

 旧時代の嗜好品の代用品として流通していたが、無花果の持つ物は特別性で、本来の嗜好品とほぼ変わらない味わいを再現する事ができる。規制制限の厳しい今、無花果の吐き出す煙はそうそう安いものではない。

「南地区で襲撃だとさ。全くこんな日に面倒を起こしてくれる」

「お前はいつだって面倒嫌いじゃないか」

「ああそうさ。面倒な事は嫌いだ。楽しくないし、面白くもない。心が躍らないし、足も弾まない。そんな気持ちに私をさせる輩は、どうなるか身をもって知ってもらわないとな」

 肺から深く煙を吐き出た無花果は無言のままで、再び沈黙が舞い降りた。

 先ほどとは違い、空気だけは殺気立っている。

 テレビの中では家族が笑い合う穏やかなドラマが流れている。

 それ以外には誰も目さえも笑っていない。

 最初に柊麗が立ち上がり厨房へと姿を消した。

 無花果がもう一度煙を吐き出す。
 
 鞠は体を大きく反り返す。

 厨房から戻ってきた柊麗は左手に拳銃を持ち、右手には肉切り包丁をぶら下げていた。右手の物騒な物を鞠に向かって投げると、刃は空中で回転しながら物騒に舞う。

 無言のまま立ち上がった鞠はそれを左手で柄の部分を掴み、何度か手元で握り方を確認し馴染む持ち方を探した。

 店から出る二人を無花果は無言で見送り、柊麗は銃をスライドさせる

「鞠、柊麗。街を汚す残念な奴には粛正が必要だ。残忍非道に振る舞ってやれ」

 放たれた獣たちの目は鋭く、頭の中は驚くほど冴えていた。彼女らの考える事は単純明快にして、直截簡明にその手にした凶器で現れた与太者を駆除することだけだ。

「あぁ、今日もいい空だ」

 鞠は重苦しい空を見上げながら、しっかりと鈍く光る刃を握った。 
  

 
   
  

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