4ca745de.JPGロシアでは通常アンナをアーニャと呼称する。これをアーシャ(Ася)と呼ばせ、小説のタイトルにしたのは、トゥルゲーネフ。1858年のことであった。

ヒロインのアーシャは、中流貴族の17歳の少女。アーシャという呼び方にこだわりを持ったチト変わった娘。主人公の私に出逢ってから彼女は急に変化を見せ始める。彼はアーシャが自分に夢中になっていることは氣づいていた。次第に物思いにふけって自分を避けるようになったアーシャから手紙が来る。そして、手紙で指定された場所に彼は行く。

アーシャは、怯えるような声で言った。

Я люблю Вас (ヤー リュブリュ ヴァス)「愛しています」

Я люблю Тебя (ヤー リュブリュー テビャー)ではないのはもちろんだが、当時は日本もロシアも女性から男性に「愛しています」と迫るようなことはなかったであろう。だからこのシーンは画期的であった。アーシャは覚悟してこの言葉を発しているのが伝わってくる。この捨て身の一言に、主人公の私は怯んでしまい、言葉を返すことができない。

この小説を1896年(明治29年)に翻訳して世に出したのは、二葉亭四迷であった。明治の頃、「愛」という言葉は汎用されていなかった。その意味するところが読者に伝わらないと二日二晩考え抜いた末に訳出した日本語が、

『(わたしはもう)死んでも可(い)いわ…』

であった。

愛という言葉を使わずに愛を伝えることができた瞬間であった。

二葉亭四迷は、原題の「アーシャ」では何のことか伝わらないので、作者の意図を汲んで「片戀(片恋)」と日本題をつけた。

後年、この作品を改訳したロシア文学者・米川正夫氏は『片恋・ファウスト』(新潮文庫)のあとがきで次のように述べている。

『片恋』は原名を『アーシャ』という。なぜ私がこの改題をあえてしたかと云うと、今から55年前、二葉亭四迷が『片恋』の題のもとに、当時としては驚嘆すべき名訳を発表したからである。私は、その訳業に心酔し、さながらライン・ワインの如き芳醇な香りを覚えた。少年だった私は、とくに氣に入った文章をそらで口ずさんだ程だ。その思い出が貴いために、敢えて原名を避けて、この題を冠したゆえんである。

このように述べた米川氏は、Я люблю Вас (ヤー リュブリュ ヴァス)を

『(わたしは)あなたのものよ…』

と訳されていらっしゃる。

愛が氾濫する今日の日本のわたしたちには、
この「死んでも可いわ」「あなたのものよ」
Я люблю Васという言葉の重圧を知る必要があるかもしれない。

アーシャのように全人格・全人生をかけて言う大切な言葉を
安易に振り回してはいないだろうか。

閑話休題(ソレハサテオキ)。

今朝は、久々に名言を3つお楽しみください。

The secret of being miserable is to have leisure to bother about whether you are happy or not.
みじめになる秘訣は、暇を持て余して自分が幸せかどうかを考えることである
George Bernard Shaw(バーナード・ショウ)

Courage is grace under pressure.
勇氣とは、重圧下での氣品のことである
Ernest Hemingway(アーネスト・ヘミングウェイ)

人生に挑み、本当に生きるには、
瞬間瞬間に新しく生まれ変わって運命を開くのだ。
それには心身ともに無一物、無条件で生きなければならない。

岡本太郎

こころ晴れやかに週末をお過ごしください。

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