月と風とキヨタblogと

尼崎の重症心身しょうがい者の地域生活(入浴・外出)を支え、アートを通じて地域と本人さんを繋げる『NPO法人月と風と』代表キヨタによるブログ。

福祉の現場から

うれしい言葉とは

気がつけばここ3日ほど

介助で本人さんと話す(言語外コミュニケーション)
本人さん宅でおやごさんと話す

といったくりかえしで、気軽にじっくりと長時間
言葉のキャッチボールができてないキヨタです。



テレビ見てもつまんねーし
阪神よえーし
お菓子パクパクしてたら
プクプク太って腰いてーし



という日常でしたのです。

でも今日本人さんのおやごさんに
『キヨタさんがいてよかった。助かってる』

というコトバをいただきました。

素直にうれしかったです。



こういうことを言われるために
この活動をやってるわけではないです。

でも実際言われると元気でますね。



ぼくも色んな思いをちゃんと
言葉で伝えないとなー

お見舞いにいってきた

キヨタヒトユキ32才後厄。
今日はお見舞いに行きました。



去年の11月にぼくがやたらと
夜勤介助に入っていたのを
覚えておらえれるでしょうか?

その数、実に13日夜勤。
全て同じ本人さんに入っていたのです。

筋萎縮性側索硬化症(ALS)
という進行性難病にかかってはった
一人ぐらししてはる本人さん。

そのときは本能的に

「誰かが夜にいないと
 この本人さんの 
 地域での生活は
 終わってしまうのじゃないのか?」

と思っていたのです。



しかし

ぼくらが思っていたよりも
はるかに進行は早く
入院となりました。


落語が好きで
友人思いで

「オレはキヨのこと好きやからな
 新しい仕事がんばれよ。応援してるで」

と言ってくれてた本人さんは今、


ほほがこけて
手がむくんで
歯が抜けていて

声かけに対する明確な反応はなくて・・・

でも
口がね、動いた気がした。
目がね、ぼくを追った気がした。

でもまぶたの筋肉が弱くなってるから
目が閉じないのです。
ずっと薄目あけてはる。



泣くのは違うと思い、
グッとこらえた。

かわいそうな対象じゃないと思い、
グッとこらえた。

どんな状況でも、
生きてる限り、
そばにいたいと思った。

ぼくがやりたいことは単純なことだ。だから



誰だって

生きる価値があって
生きる権利があって
生きる喜びがあって
生きる仲間がいる

そう思ってるから福祉をやっている。
そう思ってもらえるように福祉をやっていく。

ぼくらの音楽

ダメモトで
ケータイのメモリ全員に
月と風とを応援してもらえないかメールしてみた。

法人でやりたいことを
明記した書類を添付して。



すると・・



正直にお願いしてみたのがよかったのか、
意外なほどたくさんの方が
賛同・協力していただけることになり
感謝しております!

すばらしい人に囲まれてるな〜と再確認!

キヨタヒトユキ32才後厄。




今日は16時〜18時半で
音楽療法つきそい介助。

本人さんスゲーめずらしく
テンション低め。

しかし音楽療法の時間になると
ちょっとだけ表情がかわった・・・

それまでの何度となく
ぼくが声かけしたのに・・・

ホントにすきなんだな〜音楽。完敗。



その後20〜21時で入浴介助。

本人さんの弟さんが
高校受験だと聞いてビックリ!

ぼくが知り合ったころは
ポケモン大好きだったのに
今じゃあお年玉で服買ってるらしいっすよ。



CALAJAで・・・
(このヘンが中学生でひと安心)

まなべ

のCMはどれもこれも
なーんかB級ですよねえ。

キヨタヒトユキ32才後厄。




今日は9〜15時で介助。

来月から『NPO法人月と風と』
は本格始動だ。

だからかめのすけでヘルパーすることは
もうほとんどない。

ということは

「介助にはいるのがこれで最後」

というかめのすけの本人さんが
たくさんいてはるということだ。



この本人さんもその一人。

「この駅でバスに乗り換えるのも最後か〜」
「このタクシーに乗るのも最後か〜」
「このみんなと会うのも最後か〜」

といちいち思うもんだから
さみしくて仕方ない。



周りの空気の変化に敏感な本人さんだったから
ぼくは「今日最後やねん」
と一言も言ってませんが
察したのかも。微妙なテンションの変化に。



本人さん最後はとびっきりの笑顔で
別れてくれました。
うれしかったなあ。




その後
のまねっとの方と話す。

ぼくの説明不足が功を奏して
月と風とのことについて
やはりたくさん突っ込まれる。

これまたいちいち反論していたが、

「これはぼくに対して個人的な批判ではなく
 期待してくれてるからこその叱咤激励なのだ」

とハタと気づいた。

ありがとうございました。
おかげでやりたいこと、
注意すべき点がよりハッキリしました。

体調管理=本人さん支援

去年の話になるが、
朝の身支度介助にマスクをしていった。

ちょっとだけ熱っぽかったのだが
介助を休むほどではないと判断し、
大事をとってマスクをしていった。

その後

そこの事業所の代表の方から
おしかりのメールをいただいた。

内容は

「マスクをしていけば
 本人さん親御さんが

 こんな体調悪い人に
 介助してもらって大丈夫かしら?
 うつらないかしら?

 と不安になる。
 それなら遠慮なく介助を休んでほしい」

というもの。確かにその通りでした。
前の職場ではマスクをして介助行ったことも
多々あったので、ついよかれと思ってやってしまった。




月と風とは
現在超少人数のヘルパーで
やっていこうとしてる。

もしカゼをひいてしまったら
どうしたらいいのだろう?

とそのメールをくれた代表の方に聞いてみた。

すると



『体調管理をしっかりして
 カゼをひかないこと』



という返事がきた。
おっしゃるとおりです・・・。

というわけで
体にいいもんを食べ、
運動をし、
ダイエットし、
筋肉をつける。

という自己管理意識が高まったのでした。

これからは体が資本です。
というか体調管理も本人さんの支援のひとつです。

本当に。




代表の方ありがとうございました。

最後の介助

今日は9:00〜17:00で外出介助。

シフト上来月は入ってなく、
2月からはぼくが介助に入れなくなるので
おそらく最後の介助になるであろう本人さん。

最後の外出は

「万博おゆば」へ

西日が湯船にキラキラ反射して
それをみて体全体でニコニコしてる本人さん。

『天使じゃねえかな??』

と本当に思いましたよ。
この魅力をほとんどの人に理解されていない現状はおかしい!
とも。

いや〜癒され具合がハンパねえですよ。


3年間いろんなところにいったな〜

本人さんを抱えようとして
ギックリ腰になったイシバシステムを
急遽ヘルプにいったこともあったし

映画・プラネタリウム・ショッピングモール

紅葉狩りと甲山森林公園にいったときは
ノンステップバスがなくて
45度はあろうかという急斜面を後ろ向きに500mは下ったなあ。
あのときはこわかったなあ。

ありがとう。ありがとう。
本当に魅力タップリすぎて
親御さんと本人さんの顔を思い出すときは
必ず全員笑ってました。



必ずまたいつかどこかで会いましょうね。

クリスマス

今日は8:30〜9:30で身支度介助。
医療的ケアが必要なこの本人さん

ここのところ体調がすぐれないらしく
昨日は解熱の座薬をいれ、
ずーっと寝ていたらしい。



クリスマスにずーっと寝ていたのかあ。



と単純に思う。

本人さんの価値観と
ぼくの価値観は違うとは思うが、

『クリスマス』という
楽しいことがありそなワクワクする気持ちを、
ふわふわ浮き足だった街の雰囲気を、
感じることできたのかなあ?

当然それはご家族もしかりで。
子どもさんの介護もしつつ
クリスマスを祝えたのだろうか??

といろんなことが頭をよぎる。




それでもこの本人さんは
地域で生きていこうとしてはるんやなあ。

昨日のクリスマスイブ
ちょっとでもうかれていた自分を
恥ずかしく思う。




いつかみーんなと一緒に
クリスマスを楽しみましょうね





と病院へ向かう
本人さんの乗った車を見送りながら思った。

白あん

マンションギャラリーってあるじゃない?
あれってすぐとり壊すからだってのはーわかるけど、
あまりに雑なつくりしてるよね?うん。
(語尾上がり気味)

キヨタヒトユキ32才後厄。
32が後厄じゃないってのはし〜ってるって。
(つ〜ぶやきシロー口調)





今日は10〜14時で介助。
本人さんよ・・・
いくら食欲がないからって
昼食が御座候(回転焼き)1コて・・・!
しかし白あんだった!
ナイスチョイス!!(握手&抱擁)



毎日いろんな事業所のヘルパーさんが来て
介助を受けてる本人さん。



しかし一週間の記録をみると
今週外出したのは月曜のみ。

その前は先週木曜に僕との外出でした。
外出といっても、
10分ほど歩いて喫茶店でお茶して、
昼ごはん買ってかえる1時間くらいです。



この一週間で外にいたのが2時間…ありえない。



ぼーっとしてればすぐ過ぎる1時間。

そしてまた本人さんの人生は平均よりも短いです。
だからこそ本人さんにとってはかけがえのない時間。

大切にしないといけない。
本人さんの生活の価値は、
ぼくらのそれとは重みがちがう。

とあらためて思ったのでした。





夜は助成金申請書類作成・・・

ホントに苦手だってば。

コンナイチニチ

キムラヨシノがすっかり芸能界の

『秘密工作員枠』

を確立して久しいですが、
いかがおすごしですか?

キムラヒトユキ32才後厄。



キヨタヒトユキ32後厄。

今日は11:00〜18:00で介助。
研修の方も同行で楽しく。

音楽の好きなこの本人さん。
いつも音楽療法のつきそい介助にいってる方です。

ジャズ喫茶にいくぜ!
と思いきや行ってみたらレゲエ喫茶だった…

あ〜・・・ごめ〜ん・・・

と思うが早いか
あっというまに本人さんノリノリ!



黒人が虐げられてきた悲しい歴史も含めて
ゆれてるな、ありゃあ・・・(完全なる憶測)



研修では本人さんを抱えた新人ヘルパーさんが
後日足を痛めるアクシデント!

いろいろなところに力が入るんだろうなあ。
僕も初めのころはそうだったですからねえ。

ヘルパーの仕事始めて2週間で腰を痛め
『この仕事・・・もう断念するしかない』
と思いましたもん。

ただの筋肉痛だったんですが・・・(笑)






そして18時に帰ってきて
昨日のナベの残りがあったのでパクパク。

久し振りにめちゃイケを見る。
森三中に爆笑。



夜は居宅介護事業所申請書類作成!長いっ!!

ニセンチ

キヨタヒトユキ32才後厄。
今日はややおセンチ


今日は税務保険労基などのことについて監事さんに相談。

『何がわからないかが、わからない』

という末期症状。
でもわかっていかないといけない。
ああやってきた苦手分野。
何とか質問できるまでには
理解していきたいと思います…(涙目)


家に戻り打ち合わせ


夜はトリコロール忘年会

参加人数こそ少なかったものの
新メンバーを一人げっと!

来月は勉強会&ナベです。
わいわいやりたいですねえ。

居酒屋を出て、
ふとJR西ノ宮駅が目に入った。

ついに法人が成立し、
尼崎で活動を始めようとしてる。


西宮が嫌いで尼崎にいったわけじゃない。
仲間がいなかったわけじゃない。
うまいこといった時も
ヘコんでもうだめだと思った時も

フレンテやアクタや
今津・西北界隈はそこにあった。

思い出が走馬灯のように頭をめぐる。
もう尼崎を拠点にやるんだなあ。

ということはイコール
住居も活動範囲も西宮ではないんだよなあ。

西宮の仲間と飲みながらふと思った。
ようやく別れに実感がわいた。



まちに対して?そこに住む人たちに対して?



なんかさみしくなったのです。