月と風とキヨタblogと

尼崎の重症心身しょうがい者の地域生活(入浴・外出)を支え、アートを通じて地域と本人さんを繋げる『NPO法人月と風と』代表キヨタによるブログ。

ベストなできばえ

お見舞いにいってきた

キヨタヒトユキ32才後厄。
今日はお見舞いに行きました。



去年の11月にぼくがやたらと
夜勤介助に入っていたのを
覚えておらえれるでしょうか?

その数、実に13日夜勤。
全て同じ本人さんに入っていたのです。

筋萎縮性側索硬化症(ALS)
という進行性難病にかかってはった
一人ぐらししてはる本人さん。

そのときは本能的に

「誰かが夜にいないと
 この本人さんの 
 地域での生活は
 終わってしまうのじゃないのか?」

と思っていたのです。



しかし

ぼくらが思っていたよりも
はるかに進行は早く
入院となりました。


落語が好きで
友人思いで

「オレはキヨのこと好きやからな
 新しい仕事がんばれよ。応援してるで」

と言ってくれてた本人さんは今、


ほほがこけて
手がむくんで
歯が抜けていて

声かけに対する明確な反応はなくて・・・

でも
口がね、動いた気がした。
目がね、ぼくを追った気がした。

でもまぶたの筋肉が弱くなってるから
目が閉じないのです。
ずっと薄目あけてはる。



泣くのは違うと思い、
グッとこらえた。

かわいそうな対象じゃないと思い、
グッとこらえた。

どんな状況でも、
生きてる限り、
そばにいたいと思った。

ぼくがやりたいことは単純なことだ。だから



誰だって

生きる価値があって
生きる権利があって
生きる喜びがあって
生きる仲間がいる

そう思ってるから福祉をやっている。
そう思ってもらえるように福祉をやっていく。

硫黄島からの手紙

キヨタヒトユキ32歳後厄。
気づけばもう夜中1時・・・。




今日は12時半〜19時で介助。
三宮で映画を見ました。


硫黄島からの手紙




死んでも戦地を守れ。
祖国のために。

退却するなどという
そんな恥さらしなことを
するくらいなら自決しろ

と中村獅童が言う。



生きること=恥



と言われたら

ぼくが福祉というものを通じて
一番価値をおいてるものはどうなるのか??

男たちの生き様
なんてものを描きたかったのだろうが
ぜんぜんかっこよくない。

進行性の難病を患いながらも
地域でぼくらと生きている本人さんの方が
何億倍も感動する。

弱音を全く吐くことなく

恐怖や
葛藤や
やるせなさや
運命

と戦い続けていた本人さんの方が絶対に強い。




個人の正義と国家の正義


どちらが大事かは
いわずもがなだ。

知的しょうがいお持ちの本人さんは
自分の正義で動いている。
だから輝いてる。
だからたまに他人に・自分に迷惑かける。
それでもなお一緒にいて楽しい。

それが宇宙の真理だとすら思う。

ぼくらの活動は
個人の存在に対する無条件の肯定だ。

それは国家の正義を押し付けるという
「戦争」に反対することと容易にむすびつく。


迫力はあった。
渡辺謙はいい芝居する。
しかしつまらなかった。


ぼくが知ってる本人さんの放つ
迫力には遠く及ばない。




そして今日はこの本人さんの
介助に入るのはおそらく最後。

3年以上おせわになりました。

もの静かな本人さん。

でも確実に話は聞いていて
心の中では感情がうずまいている。

それは音楽療法を通じて知った



「聞いてもらってる」

という確証があるだけに
心おきなく感謝と
これからの活動に関する決意を
聞き上手な本人さんに伝えた。

ぜったい伝わってます。
あの本人さんには。

1.17

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今日は震災の日です。

5:46に三宮東遊園で黙祷してきました。

お祈りにくる人も2年前の半分だとか。
こうやって忘れていくんやなあと痛感。


2005年1月17日の日記


このときはぼくはNPO法人かめのすけで
スタッフやってました。

このとき募金を手伝ったCS神戸さんには
月と風との立ち上げに
多大な協力をいただきました。

12年あれば建物や道路なんかは
元通りになるもんですね。
人間すげえなあ。

でもそこから生まれた
感情や気持ちや風景は
忘れないですよねえ。

市民レベルの助け合い、
地域とのつながりの重要性は存続させたい。

そのためにも
月と風との果たすべき役割や存在意義は
大きいなあと思った。


あの日からボランティア精神が生まれた。
NPOが法律になった。
そしてぼくがここにいる。




情けは人のためならず



この気持ちを忘れずいきたいものです。

写真がヨコですいません。

忘れられないこと

d789c5d3.jpg熊本名産ジャンボ梨〜!


これはわが火の国熊本の名産

荒尾のジャンボ梨ですっ!

まあ大阪に来て初めて食べたんですけどね・・・
熊本いるときは高くて食べれませ〜ん!

てか

名産だったのかどうかも疑わしい・・・

しかしうまいから結果オーライです!
本当に甘くて最高。

そーいえば

水分が多かったり、柔らかかったり、
しかし硬めの食べ物
(ナシやナッツ入りのケーキなど)

は、本人さんにとっては食べにくいらしい。
全員ではないですが、そういう人もいるらしい。



僕らは空気や液体や固形物を
食道と気管へうまいことふりわけてるのですが

その機能がうまくいかないと
そうなるのでしょうねえ。


キヨタヒトユキ31才厄年。





今日は9〜10時で身支度介助。

西宮の本人さんです。

この本人さん僕の顔をよく忘れるらしく
いつも行くと

『・・・誰?』

て顔をされる。今日もしかり。

しかし身支度終えて、
出かけるころには

『またね〜』

なんて手をふってくれる。

次回会うのは来月かなあ・・・
ほぼ確実に忘れてるだろうなあ・・・





そーいや先日

3年以上前に働いてた
神戸しあわせの村の入所施設
(衣食住仕事を全て集団生活で行うトコロ)
に行ったとき、

僕がポリ袋を作る班の

「指導員」
  ↑
(福祉の勉強しかしてないのに・・・えらそーやわあ)

だったとき一緒に働いてた女の本人さんに
実に3年ぶりに会った。

その本人さんは本当に何でもよくわすれる。
てかテキトー。

本人さん「キヨタさん昨日阪神勝ったね〜」
キヨタ 「えー?負けましたよ〜」
本人さん「・・・負けたね〜(突然ションボリ)」

てな具合。


その本人さんが3年ぶりに僕を見るなり

「あら〜!キヨタさーん!
 まだ西宮で働いてるん?」

と言ってくれた。
僕の顔と名前と住んでた場所まで覚えてくれてた。

この本人さんの人生の中に
僕がまだいたことが
本当に本当にうれしくて
泣きそうになった。

本人さん、僕も絶対忘れませんよ。

フロ

0037cc36.jpgよるだよ〜


てことで最後は
19時から入浴介助です。

久し振りに会う本人さんだったので、
とても楽しかった!!

阪神の話でもりあがる!!

『さっきまで疲れ果ててたのに
 キヨタさんが来はったら
 ものすごくテンション高くなったね〜』

とお母さんが言うてはった。

光栄なことでございます。

正直僕も心の底から楽しかったですしねえ。



入浴中本人さんが真剣な顔しながら

『キヨタさーん、事業所立ち上げて
 もし僕の家に介助にこなくなっても
 友だちでいてもらえますか?』

とか言ってくれたので

『あたりまえやーん!
 ヘルパーとか時間とかお金とか
 気にせずこれからも一緒に遊ぼうぜえ!』

こういうことを
本人さんに言えたことがうれしかった。




今日は

「本人さんとお金が間にはいらない時間」
「自分の頭を整理できた机上の時間」
「本人さんとこれからも一緒に過ごそうと思えた時間」

があって

とても色々と心の動く
しかも理論によって頭も動いた
いい1日でした〜

そのぬくもりに用がある

新しき日本語ロックを君に語りかける~サンボマスター初期のライブ映像集~(UMD Video)

NPO法人『月と風と』設立において

僕は迷ってました。
そして弱ってました。
しかしふっきれました。
新しく動く力が湧きました。

それはこのDVDでサンボ山口の
こんなMCでのセリフを聞いたから。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


あなた方ね、

笑ってね、

泣いてね、

怒ったりなんかしてね、

それでいいんですよ。

あなた方を肯定するために俺はロックやってんの。

だいたいね、

あなた方はね、

1秒たりとも生まれてこのかた間違ったことないのよ。

俺はね、

誰になんと言われたって

あなた方を全肯定するのなんかね、

ひとつもびびってないよ、そんなの。

俺たちはね、

傷なんて1秒も舐めあってなくてね。

なぜならね、

あなた方の過去なんて俺は何も知らないのだから。

ロックだからってねえ、

キレイごと言ったっていいんですよ。

そのためにみなさん来てるんでしょ?そうでしょ??!!

明日に向かってね、

あなた方とね、

認め合ってね、

わかちあってね。

それでいけばいいんですよーっ!!!!

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




遺伝性の筋萎縮性側索硬化症(ALS)
という難病になった本人さんがいます。
段々と筋肉が弱っていき、力が入らなくなっていくのです。

その本人さんは飲食店を経営してはって、
今は自宅で一人暮らしをしてはります。

夕食介助などで、
僕らがその本人さん宅に行くと
「若い子=ハラが減っている」
というリリーフランキーのオカン的発想で

たくさんのおいしい料理をふるまってくれます。

といってもその本人さんはもう調理はできないので
お昼間に他の事業所のおばちゃんヘルパーさんが
本人さんの指示のレシピのもと
おいしい料理を作ってくれてます。



ここで
「それはヘルパーの仕事を逸脱してるのではないか!?」

とか思う人はもう読まないでください。

そんな「プロでしょ!」 「仕事でしょ!」
みたいなしょーもない話を書いてるわけではないのです。




その本人さんは日に日に弱っていきます。

先月できていたことができなくなっています。

今までできてたことができなくなる

人の手を借りなければいけなくなる

力が入らなくなる

料理ができなくなる

それがどれだけつらいか。




その過程を見るのもつらいです。

ナゼ進行性の病気なんかあるのか?
ナゼうつ病なんてあるのか?
ナゼ人と人が殺しあうのか?

様々な現実を憎いと思います。うらみます。




しかしその本人さんは車イスからベッドに移るとき
僕らが抱えてベッドに行きます。

本人さん『迷惑かけてごめんな』
キヨタ 『いえいえそんな』

と言ったあと

その本人さんは必ず言います





『ハラいっぱい食ったか?』





自分がこの本人さんの状況になったとき

仕事できてる若造ヘルパーに

こんなコトバが、心遣いができるだろうか?

こんな人のために

今自分には何ができるだろうか?



そもそも自分は、誰のために何がしたかったのだろうか?



最初に書いたサンボマスターのセリフの
『ロック』を
『福祉』に変えて言いたかったのではないか?

そんな自分でいようと
そんな社会を作ろうと思っていたのではないか?



あまりに理想すぎる正論すぎるコトバ・願い・祈り

それを実現させるために動く。

それが僕がやりたいことなのです。

ことばはともだち

キヨタヒトユキ31才厄年。

タ、タイガースのことは聞かないで!!
山本昌め〜
あいつ趣味のラジコンレースうますぎやねんっ!!
(東海大会4位の実績)





今日フェスティバルゲート4Fにある


『ココルーム』
http://www.kanayo-net.com/cocoroom/


というアートスペースに行ってきた。


『ことばち
 〜障害を持つ人たちと作る作品ワークショップ〜』
http://www.kanayo-net.com/cocoroom/kotobati/index.html


というものがあったので
月と風とでやるものの
ヒントにならないかなあと思ったのだ。

要は本人さんたちがバンド組んで
11月の本番に備えての練習を見学。




ギターを弾くように教えるもなかなか弾かない人。

自分で叩いたドラムの音に自分で驚いてしまって、
スピーカーから流れる音の音量に驚いてしまって、
楽器を弾けなくなってしまう人。

機嫌よくギターを弾いていたと思いきや
疲れてしまって全く動かなくなってしまう人。




本人に促してはいるものの
一緒にやってるミュージシャンも
なんとも困ってる様子だった。

当然本人さんたちも困惑は隠せず。

でも

○この人は何の音が好きだろう?
○どうやったらもっとよくなるかしら?
○オレここに居ても居心地が悪いなあ・・・

楽器をやる側も教える側も
一緒になって困っている。

でもそれでいいと思うんですよねえ。
それこそが面白いと思うんです。




しょうがい者との音楽イベントが
うまくいかなくったって全然いい。

だから失敗を恐れていない。

ていうか「失敗って何?」って感じ。

結果本人さんのよさが出せなかったら仕方ない。




そんな潔さを感じました。
まあそりゃあうまくいくほうがいいとは思いますが。





本人さんと
一緒に困って
一緒に転んで
一緒に笑う





って、こういうことなのかもなあ。

そしてまさにそういうことを
本人さんたちとやっていきたいんですよねえ。

下北サンデーズ

ドラマ『下北サンデーズ』
低視聴率で一回早く打ち切り…
今日で最終回でした。
小劇団を舞台としたこのドラマ。
昔を思い出して懐かしく見てました。

そこで心に残ったセリフ。




才能とは 99%の努力と 1%のひらめき

努力とは 99%の継続と 1%の葛藤

継続とは 99%の愛情と 1%の輝き

愛情とは 99%の愚かさと1%の希望




周りから見るとメリットが少なくて、
愚かにすら思えることも、
愛情持って継続していけば才能になる!

いいセリフだなあ。
願わくば上戸彩の芝居がもっとうまかったらよかった〜

キヨタヒトユキ31才厄年。



今日は10〜14時で介助。

しかし雨だったので、
本人さんとしぶしぶ家で過ごす。
いつも月イチ4時間だけしか会わない本人さんので、
自分が介助に入ってる前後をどう過ごしてるのか、



体調は、

ご家族は、

身体機能に変化は、

本人さんの新しいニーズは何か?



などわからないことだらけ。
しかもかめのすけを辞めたので、
ケース会議にも当然出席してないので、
スタッフから情報が入ってこない。

なかなかにいいケアするのは難しいのです…

自分で自分の状況を説明するのが難しい本人さん。
その支援のためには密な情報共有が必要だと感じました。

本人さんとの楽しさ

あ、そーいやここ3ヶ月ほど
めちゃイケ見てない。

ま、いーか・・・

キヨタです・・・
バラエティを見のがしても
悔しくなくなったのは人生初とです・・・








今日は10〜17時で外出介助。
この本人さんには男性女性一人づつがつくのです。

今日は扇町関西テレビ近くのキッズプラザへ!

と思いきや




・・・天気が悪いのと、この本人さん確かこども嫌いだよな・・・

・・・騒がしいところ大の苦手だよな・・・

・・・でも梅田なんてそりゃ人多くて騒がしいよな・・・

・・・しかも雨をさけて地下街で楽しむのは結構限られるよな・・・

・・・しかもしかも地下街にたくさんの人が逃げてくるわな・・・




どうしよう????

考えたあげく
『オフィス街なら日曜は静かでいいんじゃねえ!?』

とい名案が!
地下鉄四つ橋線の「肥後橋」という地味なところに

『the earth cafe』

というおされなカフェがあるのです。
4年以上前

「肥後橋とかいうレアな場所にですら、
こんなカンジいい場所知ってる俺ってどうよ?」

と女の子を連れてきたのですが
もうかーなり有名になってしまいました・・・
栄枯盛衰!!
そこでランチ。

本人さん外の風景に夢中。
ナゼ?ただの観葉植物なのに!
しかし時折楽しそうにしたり。

本人さん笑うとこちらも笑顔

その原因が自分の存在や
自分が連れて行った場所、
食べたものとは直接関係なくても





笑顔の人にはこっちも笑顔、これ必然。
介助してるとなーんかね、
自分というものに対する考えが


人間って生き物なんだな〜

とか

人間ってけっこ単純だな〜

とか

人間ってみんなけっこ純粋よな〜

とか

人間ってものを信じても、好きになってもいいかもな〜

とかまで思ってしまうんです!!
あっという間に人間賛歌、存在の全肯定にまで達してしまうのです!!

だから本人さんと関わるのは楽しいんですよ!!

だって全ての人間を肯定できる自分になれるから。





・・・俺だけ??

Only is not Lonely!

糸井重里のコラムでいいこと書いてました
ちなみにこのフレーズ
きれーに、さーっぱりと
フライヤーにいただきました!

以下コラム




「はやいはなしが、
 俺がイモを食ったら、おまえが屁をするか?」
というのは、「フーテンの寅さん」の名セリフだけれど、
「俺がイモを食ったら、おまえが屁をするかも?」と、
人間は考え違いをしやすいものだ。
だからこそ、寅さんが、わざわざ
わかりやすく言ってくれるのだ。

ま、そんなにくそ真面目にいうのもヘンだけれど、
この寅さんのセリフというものを、
ぼくは、

「人間はそれぞれが本人である」

と訳しているような気がする。
人それぞれ、いろんな解釈があるのだろうけれどね。

とにもかくにも、本人にしかわからないことだらけなのだ。
どんなに親しいともだちが失恋したとしても、
その切なさ、その悲しさは、本人のようにはわからない。
「自分のことのように悲しい」とか、
「自分のことのようにうれしい」というけれど、
それは本人の悲しさ、本人のうれしさとは別のものだ。

もっと極端な例が、死である。
生きている人は、死んだ人の気持ちにはなれない。
ま、死んだ人に気持ちがある、というのもヘンだけど。
死んだ人のことを想って、何日泣いたところで、
だんだんと涙は枯れてくるし、食事もするようになる。
やがて、その死んだ人の存在しない世界で、
生きていくことを理解するようになる。
そういうものだし、そういうふうにできている。

人と人とはわかりあえない、と、
乱暴に言いたいわけではない。
同じじゃない、ということを忘れたくないということだ。

誰も、たがいに本人にはなれない、という事実を、
謙虚に認め合って生きることが、
とても大事なのだと思うのだ。


花粉症の知り合いを、「つらそうね」と思いやる。
優勝の美酒に酔うスポーツ選手のよろこびに共に笑う。
途方に暮れる幼子の心を想像して、おろおろする。
すべて、人間だからできる想像力のおかげだ。
これがあるから、生きることがずいぶん助けられる。

でも、と、フーテンの寅さんは、あえて言いたいのだ。
「ぜんぶを想像できたと思うなよ」と、
「それは思い上がりだよ」と、言っているのだ。
本人は、ひとりしかいない。
その本人のことを、
わかったような気になっている別の本人は、
これまたさらに別の本人とは別の人間だ。

人と人とは、ほんとうにはわかりあえない、
と知る謙虚さがあって、はじめて、
たがいに親切になれるんだと思う。

Only is not Lonely.

みんなが本人として、生きる。
みんながほんとうは他人を理解しえないと知る。
だからこそ、親切は生まれる。