融雪作戦 ソーラレイシステム作動!

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 昨日、20センチを超える積雪があった
 わが家の前の道路は日陰なのですぐには雪解けしない。そこでベランダに鏡を設置しお日様の光で雪を融かすことにした。鏡で日光を反射させたくらいで雪がとけるものかって? 大丈夫、ガンダムでは日光を集めたソーラーシステムで小惑星を焼き尽くしていたくらいだから。
 積雪をペカーっと照らして2時間後……

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 何の変化も無いので、諦めて雪かきしました。(笑)

雪中散歩

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 埼玉・東京界隈には珍しい雪降り。暇人の私は、北海道の実家に帰る時にだけ間に合わせで使う防寒靴を履いてカメラ片手に散歩に出る。

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 あちこち真っ白。

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 雪降りに傘をさすのは雪用の服が無いためだけではなくて、水分の多い雪だからということもある。服につくとすぐに溶けて濡れびっしょりと濡れてしまう。自転車に乗るのは危ないね。

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 もっと危ないのは両足を付けて支えにしながら原付を運転すること。この手の蛇行運転バイクにぶつけられたことがある。無理をして事故るのは自業自得だが他人を巻き込まないでおくれ。

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 雪かきに精を出すおじさん。たまの雪降りも大変だけど、これをしょっちゅうやらなければならない雪国の人はさらに大変だよね。

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 子供たちは雪に喜び走り回る。子供はこうでなくちゃ。

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 ありゃ、靴底が剥がれた。安物はだめだね~ 歩きにくいので散歩はこれでお終い。

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 雪はまだまだ積もりそうだ。

あけましておめでとうございます

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新年明けましておめでとうございます。
庶民の生活は苦しくなり、戦争の足音が近づいているような不安のあるまま新しい年を迎えることになりましたが、何とかこの一年を少しでも楽しく意義あるものとしたいと思います。
みなさま今年もどうかよろしくお願いいたします。

カノッチ

年末年始の火災に御注意!

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 忘年会に出かけようと家を出ると、サイレンを鳴らしながら近所に消防車が集結しつつある。
 火事だった。
 師走から年始にかけて忙しく、つい火元への注意が疎かになりやすい。要注意だ。この火災でも犠牲になった方が出たようです。
 皆様もよくよくご用心ください。 

『ブラタモリ室蘭』便乗企画『ブラカノッチ室蘭』

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 タモリさんが色んなところを案内するNHKの人気番組「ブラタモリ」で来たる11月25日に故郷室蘭の回が放送されると知り、沸き立つ私。

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 ちょうど、つい先日里帰りした折に室蘭をぶらついたばかりなので、ブラタモリで室蘭が放送される嬉しさの余り便乗企画を掲載しちゃうよ~ 

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 室蘭を離れて30数年ながら、元・室蘭市立北辰中学校郷土部員のカノッチが室蘭を案内する「ブラタモリ室蘭」放送先取り記念企画「ブラカノッチ室蘭」の巻の始まり始まり~ 

■室蘭ってドコ?
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 室蘭を大ざっばな地図(地図じゃなくてコースターだけど)で示すと、北海道の噴火湾の南端のちょこっと海側に飛び出たところになる。

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 青〇で囲んだ、ココだ。
 この海に飛び出した部分は、太古には7つほどの小島で、島々の間に砂が溜まり砂州のようになって繋がったと何10年前に何かで読んだ気がする。
 室蘭の古い地層からは土器が掘り出されているし(私も勝手に掘ったことがあるが、子供の頃のことなので許してくれ)、数多くのアイヌ伝承やアイヌ語地名が残されていることから、古くからアイヌが住んでいたことは確実だ。室蘭という地名自体もアイヌ語に起源がある。
 いわゆる和人の居住は、明治時代に戊辰戦争に敗れた仙台藩からの移住者が礎となっているとされるが、明治元年(1868年)より69年遡る寛政11年(1799年)の江戸幕府直轄領時代に幕府の命を受けた南部藩により外国からの沿岸警備のために陣屋が設けられている。
 この陣屋は、「東蝦夷地南部藩陣屋跡モロラン陣屋跡」として市内唯一の国指定史跡となっており、今は無き私の母校、室蘭市立武揚小学校校歌にも「朝日差す南部の陣屋~♪」と歌われている。
 陣屋があったということは、明治に先駆けて一定数の和人の居住者があったのだろう。
 明治11年(1878年)には、イギリスの女性旅行家イザベラ・バードが船に乗り室蘭を訪れていることから、和人の手によりすでに港湾設備・宿泊設備がある程度整えられていたのではないかと思われる。
 我が家にあるはずのイザベラ・バードの著書がどこに紛れたのだか見つからなくて正確な記述が不明ながら、「美しい小さな港町」みたいな表現で彼女が室蘭の事を誉めていたと記憶している。
 室蘭を訪れたイギリス人はイザベラ・バードが最初ではなく、3年さかのぼる寛政8年(1796年)にイギリス軍艦プロビデンス号が当時白鳥湾と呼ばれていた室蘭港に入港した上、湾内の測量を行っている。
 先に書いた寛政11年(1799年)の南部藩による陣屋の設置は、プロビデンス号と無関係ではないだろう。活発化する外国船に幕府は相当に神経をとがらせていたんじゃないかな。
 余談ながら、白鳥湾の名の由来は当時の室蘭港が白鳥の飛来地だったことによる。湾内は波が穏やかで白鳥たちにとって居心地が良かったのだろう。残念ながら室蘭港の工業化とともに次第に白鳥達が寄り付かなくなっていったようだ。
 室蘭は活火山に囲まれた土地でもある。先のプロビデンス号の乗員が Volcano Bay と言ったことから名付けられたとも言われている噴火湾に面しているだけあって、火山が近い。

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 噴火湾を挟んで対岸に駒ヶ岳。

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 北には、左から有珠山、昭和新山、羊蹄山の活火山が一望できる。
 写真では距離感がわからないと思うが、市内から昭和新山までが約30キロ、一度実家からランニングで行ってみたが、山が近づくにつれ上り坂になるわけだから、まあ疲れたこと。有珠山までの距離も似たようなもので、蝦夷富士とも呼ばれる羊蹄山まではけっこう遠くて70~80キロある。自転車では行ったことがあるが、徒歩ではキツイ距離だ。これらの山々には人力に頼らない交通機関で行くのが賢明だ。
 室蘭は、地形的には坂の街でもある。山から海底に向かって落ち込んだ地形となっているから必然的に坂が多い。
 室蘭の地名も、小さな下り坂を表す「モ・ルエラン」のアイヌ語が元になっている。明石家さんまと大竹しのぶ主演のコメディ映画「いこかもどろか」(1988年)では、アクシデントのために2人が市内の急坂を車イス二人乗りでジェットコースターのごとく駆け下り最後に大ジャンプで宙に舞うシーンがあった。おぼろげな記憶ではそれ以前にも大竹しのぶはテレビドラマでも室蘭市内の坂を駆け下るシーンを演じていたことがあったような無かったような。
 とにかく坂が多いので、自転車で移動するのは大変だし、坂道発進がへたくそだと(特に冬季は)車の運転もままならない。あ、最近はオートマだから坂道発進は苦にならないのか。
 気候的には太平洋沿いということもあって、北海道の中では温暖な方だ。北海道内陸のように-30度にもなるようなことは無い。

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 しかし海風は強く、ひとたび吹雪けばホワイトアウトの世界。それでも子供たちは雪に負けず元気に通学する。

■室蘭港
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 鉄の街、工業都市として発展した室蘭だが、それも室蘭港があってのこと。この自然が作った良港が街の経済の基礎となる鉄材の原料や製品の出入りを可能とし、かつては道内で算出する石炭の一部も鉄道でこの地へ運ばれ室蘭港から船で道外へと出荷された。
 最多時には道外各地6カ所と結ぶフェリー航路の起点でもあった。2006年を最後にフェリーの運航がなかったが、2018年からは宮古との間に定期航路が開かれる予定だ。

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 また、登別温泉、洞爺湖温泉とも隣接し高速道路を使えば札幌へのアクセスも容易なことから室蘭港は大型クルーズ船の寄港地として人気が高い。
 港の中央を渡る橋は白鳥大橋は東日本最大の吊り橋だ。夜間のライトアップも美しい。

■鉄の街
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 明治時代には、北海道炭礦汽船とイギリスの有力な重工・兵器製造メーカーのヴィッカース社、アームストロング社の3社の共同出資による日本製鋼所室蘭製作所が設立された。
 ここでは戦艦長門・陸奥の40センチ主砲の砲身や戦艦大和の装甲版が作られ、現代は、原子炉圧力容器ではロシア圏を除く世界シェア100%を押さえる比肩するものの無い企業となっている。その製造を支えるのは、世界でもここだけにしかない600トン超の製鋼技術と、世界最大級1万4000トンプレス機の存在だ。
 同社に続き、北炭輪西製鉄所(現・新日鐵住金室蘭製鐵所)が設立され、鉄の街として発展してきた。高度成長時代には公害問題にもなった工場群の煙だが、煙突から出る煙は現在は随分とたおやかになった。
 軍事工場でもあったが故、室蘭の工場地帯は太平洋戦争末期には米海軍による艦砲射撃を受けた。少なからぬ犠牲者が出たことを忘れてはならないが、工場関係者が古タイヤを燃やして煙幕にしようとしたことろ、なかなか燃え出さずに艦砲射撃の開始より遅れて煙を出し始めたことが却って功を奏し、艦砲射撃により火災を発生させ工場に大きなダメージを与えたと勘違いした米軍が早々に引き上げたために、工場群の被害はさほどでもなかったと記した文献もある。
 艦砲射撃はとっても怖かったと、私の母は80歳になった今でもその恐ろしさを語る。
 終戦後から高度経済成長時代の室蘭を牽引し、そして高度成長の終焉を迎え長く苦しい不況を迎えるものの、地域経済を支え続けてきたのはこれらを筆頭とする工場群だった。

■工場夜景
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 近年、各地の工場夜景が観光資源として注目を集める中、室蘭の工場群も人気を博す。
 工場夜景ブームの前から、市民からの寄付で街のシンボル測量山のテレビ塔群のライトアップを続けてきた夜景を愛する歴史を持っている。

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 港に停泊する船舶も美しい夜景の一端を担っている。

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 しかし、その輝きにも陰りが。

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 白銀に輝く煙突を所有する、JXTGは、2019年3月末で室蘭製造所での石油製品、石油化学製品の生産を停止し物流拠点へ転換すると発表した。煙突のライトアップはどうなってしまうのだろうか。

■祭り
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 室蘭八幡宮ができたのは明治2年(1869年)。皇太子時代の大正天皇・昭和天皇がそれぞれ植樹されたなど由緒ある神社だ。
 毎年8月に行われる例大祭は、かつては大いに賑わった。騎馬武者を含む数100メートルの長さに及んだのではと思われる武者行列が見物だった。

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 それが現在では、人口の減少に伴う氏子の高齢化・少子化に逆らえず、担ぎ手のない神輿をトラックの荷台に乗せる行列に代わってしまった。
 八幡神社が祭るのは、戦の神また鍛冶の神とも言われる。軍需・鉄鋼業で伸びてきたかつての室蘭の鎮守に相応しい神社だったのだろう。現在の例大祭の姿からは敗戦、鉄鋼業の衰退とともに八幡神社も衰退したというようにもとれる。
 またかつてはいくつもの町会に小さな稲荷神社があり、それぞれに例大祭があり夜宮が開かれていたが、氏子の減少と共に現在では取り壊されてしまった神社も少なくないようだ。
 しかし、祭りの火が消えてしまったのかと言えばそうではない。
 毎年7月に行われる「むろらん港まつり」は、終戦後の昭和22年(1947年)第1回復興むろらん港まつりに始まり、今年で71回目を迎えた。

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 3日間に及ぶ港まつりは、室蘭港で盛大に花火を打ち上げる「納涼花火大会」、「室蘭ねりこみ」と呼ばれる市民踊り、神輿、山車の行列。約20組700人が演舞する「よさこいソーラン」からなる、市民パワーが盛り上がる室蘭最大のイベントだ。第1回から続く復興の精神は未だ健在。いや、ますます盛んなりだ。

■室蘭水族館
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 北海道で最も古い水族館が室蘭水族館だ。1953年(昭和28年)の開園以来、市民に親しまれてきた。私も何10回足を運んだか分からない。が、観光資源としての整備は今一つ。私が大富豪なら間違いなく室蘭水族館に巨額の投資を行うな。

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 ちなみに室蘭水族館は、現在は冬季休業中だ。また春に会いましょう。

■室蘭市青少年科学館
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 かつては子供たちに人気のスポットだったが、建物・展示品の老朽化で随分とさびれてしまった。大きなバナナの木がシンボルだった大温室が無い! と思ったら老朽化のために取り壊されていた。

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 枠の一部だけが残るかつての温室がなんとも寂し気だ。

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 懐かしい! 鉄球がジェットコースターのように動き回る展示物。見飽きないんだよねコレが。

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 設備は随分と陳腐化しちゃったんだけど、ボランティアの人たちが子供たちの科学的興味をサポートしてくれるのは、私が子供の頃は無かった。素晴らしいことだと思う。
 PCB廃棄物受け入れに伴う国の交付金を整備財源に充て、青少年科学館を改築する計画が進んでいるらしいがどうなるだろうか。
※追加情報
 室蘭在住のブロガー、スティーヴィー・よんだー さんからの情報によると、青少年科学館は2020年度に環境科学館・図書館(仮称)として図書館との複合施設として生まれ変わる予定だそうです。

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 青少年科学館の隣には展示されている蒸気機関車D51は鉄道マニアにも一見の価値あり。

■悩める商店街
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 地方都市の多くが悩むシャッター商店街がここにも。かつては街の中心商業地だった浜町商店街は元はアーケード街だった。アーケードが完成した時は素晴らしい商店街になったと子供心に感激したものだったが、その維持費さえ出せないようになり取り壊されてしまった。作家の椎名誠氏にゴーストタウンと称され商店主たちが大いに怒ったという、その商店街がここだ。
 たしかにシャッターが下りすぎだが、この日たまたまだったんじゃないかな。

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 別の日にはイベントと連動して大漁旗が商店街に翻っていた。とは言え人通りが皆無なのもまた事実。

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 中心街から少し離れたところにあったかつての老舗が今はこの通り。閉店後老朽化が進み、崩壊の危険があるために店の前の歩道が封鎖されている。これではゴーストタウンと呼びたくもなる。
 しかし市全域がこうだという訳では無く、現在の中心的商業地の中島地区にはヤマダ電機やドン・キホーテ、イオンなどの大型店も出展しており賑わいをそれなりに保っている。

■室蘭焼鳥・室蘭カレーラーメン,気を吐く飲食店
 産業の衰退、人口の減少から商業的にじり貧が続く室蘭だが、現状打開に向け気を吐く飲食店もある。
 未だ頑張る老舗もあれば、室蘭焼鳥や室蘭カレーラーメンが少しずつ知名度を高めてきている。

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 三代目が伝統の天丼で勝負する「天勝」は室蘭を代表する老舗飲食店の一つだ。

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 室蘭焼鳥は、ネギ間のネギに玉ねぎを使い、薬味に芥子を用いることだ。私など、東京で焼き鳥を初めて食べた時に東京の焼き鳥は変わっているな~ と思ったが、変わっているのは室蘭の焼き鳥の方だった。ちなみに鳥豚の区別なく焼き鳥と呼ぶ。焼鳥・焼き豚(またはもつ焼き)と区別して呼ぶ東京とはその辺りを含めて文化が異なる。
 そもそもは戦前に軍需で豚革需要が高まったことから室蘭で養豚が盛んになり、皮・肉の余り物の内臓肉の地産地消が室蘭焼鳥へと発展していったと言われているが、当時たくさんいた工場労働者の間で気軽に入れる店として焼鳥屋が好まれたんじゃないかなって思う。
 子供の頃、我が家は父親の給料日ごとに焼鳥屋に連れて行ってもらったが、店はいつも工場労働者らしき人々で一杯だった。
 市の人口減とともに焼き鳥店が少なくなっていくのは世の習いとは言え、現在でも市内に50軒以上の焼鳥屋があり、日本三大やきとりの街に数えられる焼鳥の街でもある。

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 最近では、こお店札幌の「瑠瑠」のように室蘭以外にも室蘭焼鳥の看板を揚げる店も登場している。

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 昔からの味のみにこだわらず、道内シェア100%を誇るウズラの卵生産者「室蘭ウズラ園」の卵を殻ごと串に刺したウズラの卵焼きも人気を博している。室蘭焼鳥は進化しながら室蘭の外へと進出しているのだ。
 
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 室蘭カレーラーメンの定義は良くわからないが、まあとにかくカレーラーメンだ。各店各様で味が異なる。トンカツを乗せたカツカレーラーメンを提供する店もある。室蘭カレーラーメンは美味い。特に寒い冬に熱々のカレースープは、身体を腹の底から温めてくれる。

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 今年はマルちゃんの東洋水産から「北のあじわい 室蘭カレーラーメン」として商品化もされた。

 新しい菓子もある。
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 「鐵の素」は鉄鉱石、石炭、石灰石の鉄の原材料を模した菓子がセットになっている。

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 室蘭のマスコットキャラクターをかたどった「くじらん焼き」。これもまた鉄の街らしい菓子といえるかも、焼き型は鉄製だからね。
 これら室蘭ブランドの食べ物で商店街に賑わいを取り戻すことはできるか!? がんばれ室蘭!

■異色の喫茶店「ランプ城」
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 風の強い、しかし風光明媚な岬の突端にある異色の喫茶店として、広く道内はもちろんのこと、全国、海外からも訪れる人が多い。調度品が一風変わっていて、昭和の香りとも異世界の香りとも着きかねる一種異様な雰囲気。この店を50年も続ける女主人は、齢80をだいぶ超えているが頭脳明晰で世の中のこと、世の中の動きを良くご存じで、話を伺っているといちいちうなづける。ちなみに女主人、私の小学校の同級生のお母さんだ。先日お邪魔した時もとてもお元気だった。私と同級生だった娘さんは、遠い地に住んでいるけど今じゃ孫もいるって、うひょ~ 時の流れを感じる。

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 時を感じると言えば、この店でずっと使い続けているルンペンストーブと言い、400円でスープ、サラダ、ワイングラスに入ったチョコ付きのチャーハンの値段といい、この店は昭和そのままだ。
 ランプ城には、伝説的に景気の良かった時代、不遇の時代、そして密かな人気店としての今までの浮き沈みの永い歴史がある。諦めずに永く頑張ってきたからということもあるが、この店には、この先の室蘭浮上のヒントがあるのかもしれない。辛抱しているうちに世の中ぐるっと一周して価値観が変わって再び評価が高まるみたいな、そんな気がする。

■追直漁港
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 追直(おいなおし)漁港。長い年月をかけた埋め立て・拡張工事で近代的な漁港となった。漁業基地としてその投資額に見合った働きを将来に渡りできるといいな。
 昔、中浜と呼ばれていた浜は、私にとっては愛犬と散歩したりガラス片を拾って遊んだ場所だった。またカモメやウミネコの営巣地でもあった。追直漁港の埋め立て拡張と共に自然の海岸を殆ど失ってしまったことは残念だ。
 
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 童心に帰ってわずかに残った自然の浜に打ち上げられたガラス片を拾ってみる。ちょっと楽しかった。

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 追直漁港にあるニラス岩。アイヌの物語によると、この岩は元は2人の女神だったが男日照りのためにレズってしまい、大神の怒りに触れ岩に変えられてしまったとされている。アイヌのご先祖は想像力豊かだったんだな~

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 漁港があるということは新鮮で美味しい魚介類が容易に手に入り、したがって魚料理が美味い。室蘭に帰る度に魚の美味さに感動する。弟の嫁さんは漁師の娘で、魚の扱いが上手。彼女の作る魚料理は殊更美味い!
 室蘭に住んでいる時はごく普通の事で何の感想も無かったのだが、東京に住むようになり感じたのが、「東京の魚は何て不味いんだ!」ということだった。今ではそれにもすっかり慣れてしまったが、それだけ室蘭の魚は新鮮で美味かったのだ。ちなみに室蘭育ちの姪っ子が現在東京の大学で学んでいるのだが、私が30数年前に持った感想と同じく、「東京の魚は食べられない。」と嘆いている。

■ローカル線で行く秘境駅
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 秘境駅として有名な小幌駅は室蘭本線にある。上の写真の崎守駅を含めローカル線各駅停車で秘境駅までのんびり辿るのも楽しいだろう。

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 赤字に悩むローカル線だが、旅をする分には空いていて楽だ。

■地球岬と美しい自然
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 北海道の自然100選や新日本観光地100選で1位を獲得した海を一望できる岬。
 高い断崖があるために自殺の名所でもあった。
 初日の出の人気スポットで、天気の良い日には稀なことだが下北半島が見えることもあるという。
 個人的には、中学校のマラソン大会の折り返し地点や小学校の遠足地としても記憶に残る。
 地球岬の写真はこれまでいくつも撮っているはずなのだが、良い写真が見つからず解像度が低くて失礼。

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 金屏風・銀屏風を始めとする美しい海岸線も室蘭の自然の特徴だ。船から見るのが良いので、イルカ・ホエールウオッチング船に乗った際に海岸線を眺めるのも良いだろう。
 最近は世界的に数を減らしてしまったトドだが、私が子供の頃は室蘭に群れでやってきて、人気の少ない海岸で過ごしたりもしていた。今はその姿を見ることも稀だと思うが、イルカは良く見られるそう。イワシが豊漁の時はクジラがイワシを負って室蘭の近くまで来るためにクジラが良く目撃されるという。ちなみに今年はイワシが豊漁と聞いたぞ。

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 室蘭岳、測量山では山遊びができる。子供の頃はヤマブドウやコクワ、フキ、タケノコを随分採ったなあ。

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 海に囲まれた街だからもちろん磯遊びもできる。潮だまりで小魚やカニを追うのも楽しい。

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 イタンキ浜は、サーフィンに適した良い波が来るんだってよ。
 工業化のために白鳥が姿を消し、蛍が姿を消した室蘭だけど、今も残る豊かな自然を未来に継承して行きたいよね。
 人の営みと自然との調和の中に幸せを生み出していける街になって欲しいな。

 のりと勢いでこの企画を進めたものの、埼玉在住の身で室蘭関係の資料はみな実家に置きっぱなしで、手持ちの写真と記憶とインターネットの助けで構成するのは思ったより難しかった~ 数万点に及ぶ無造作に撮りためた写真の中から室蘭関連の写真を選び出すのが一番骨が折れた。中には誤った記述や偏りのある個人的感想が含まれているかもしれないけど、どうかお許しください。
 この記事を目にした皆さんが室蘭をブラつきたい気持ちになってくれたら最高です。いや、こんな拙い記事ではその気になれないだろうけど、11月25日放送のブラタモリを見ればきっとその気になるはず。
 なので、室蘭にはもっともっと紹介すべきところがあるけれど、あとはブラタモリ「室蘭」にお任せします。


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 愛する郷土・室蘭の人達がずうっと幸せに暮らせますように!

故郷のブロガー スティーヴィー・よんだーさんと会う

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 両親に顔を見せに、久しぶりに故郷の北海道室蘭市に帰った。
 その旨を、室蘭在住のブロガー、『My Diary-ひ・と・り・ご・と-』の書き手であるスティーヴィー・よんだーさんにお伝えすると、会いたいというお返事が返ってきた。実は私もお会いしたかったのだが、遠慮して帰るとだけ伝えたのだった。
 よんだーさんとのブログ上でのお付き合いはもう何年にもなる。最初は故郷のブロガーさんということで注目していたのだが、ブログ上でのお付き合いが深まるにつれて、同じ高校の1年先輩だということが分かった。それで、いつかはお会いしたいと常々思っていた方だった。
 当時、交流のあった記憶は無かったが、同じ学校にいたのだから顔くらいは覚えのある方かもしれないと期待していた。
 実際に顔を合わせてみると、これが全然思い出せない。
 今は面影も変わってしまっているけど、高校時代の顔を見れば分かるかもしれないと思い、高校の卒業アルバムをリクエストさせていただいていたのだが、当時の写真を拝見しても、やっぱり記憶は蘇らない。
 どうやら学校内の出の縄張りが違っていたらしい。私はずっと学校の図書館を縄張りとしていた。ミュージシャンのよんだーさんは学内よりもむしろ外部で音楽活動をしていることが多かったらしいので、当時の私たちは2年間同じ高校に通いながら、廊下ですれ違うくらいがせいぜいだったようだ。
 でも当時の高校の話をすると当たり前だけど共通の話題は多かった。
 それに私と仲の良かった1年先輩のうちの1人は、よんだーさんと同じクラス、もう1人は同じ部に所属していたことが分かった。
 それでその場から2人にメールしてみると、2人ともよんだーさんのことを良く覚えていた。そのことで話がさらに盛り上がった。
 よんだーさんと同じクラスだった先輩に現在のよんだーさんのお写真を送り、そっちからも現在の写真を送ればとの一文を添えたところ、「自分のなんか送れるか~い( ̄▽ ̄)」との女心を感じさせる返事によんだーさんが笑みをこぼす。
 当時、学校中を揺るがした大事件への関与を全力で否定するよんだーさん(笑)とか、名物先生の話題とかに腹を抱えて笑う。
 実際にお会いしたよんだーさんは、彼がブログ上に書く、優しくふくよかで気遣いのある文章そのまま、カメラのレンズを通して鳥獣に向ける温かい目線そのままの方だった。
 気遣いと言えば、まさに気遣いの人で、私の家族にと地元の新銘菓「室蘭工業大学公認 鉄の素」やお会いする場所となった焼鳥店の焼き鳥をお土産に持たせてくれるは、留めに店の支払いまでしていただいて、すっかりご馳走になってしまった~
 こんな歓待を受けて良いものだろうかとわたしゃ大感激! 
 故郷の過去から行く末の話、高校生時代の話で大いに話を沸かせる一夜となった。
 とても楽しかった。
 よんだーさん、また是非お会いいたしましょう!

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写真を撮ってくれた店員さんに配慮し、店のロゴ入りの袋を見やすく拡げるよんだーさんは、まさに気遣いの人でした。
※プライバシーに配慮してよんだーさんのご尊顔は伏せさせていただきます。私の描いた下手くそな似顔絵でごめんなさい。

ランプ城

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 北海道は室蘭市の新名所とか隠れ家とか評判になっている不思議な雰囲気の喫茶店として道内で密かなブームを呼んでいるというランプ城を訪れた。
 実はこの店の事は40数年前から知っている。
 なぜなら少年時代、この店と約100メートルの所に住んでいたから。そしてこの店の娘とは小学校のクラスメイトだったから。

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 記事冒頭の写真の風景が窓から見える家で私は少年時代の半分くらいを過ごした。その家から突端の岬へ向かうとあったはずの、良く遊び場にしていた小さな神社はすでに無かった。そしてその高台から見える海は巨大なコンクリートの堤防に囲まれすっかり変貌していた。けれどランプ城は昔と変わらない独特の佇まいでそこにあった。

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 海風が強い。
 店の前に女性が立っていた。みかんのひと房のような形の目とふっくらした頬のラインが小学校のクラスメイトだったあの娘の面影があった。女性に向かって?付きでその名を呼んでみると、「私は妹です。」と返ってきた。店に招き入れてくれる。
 「いらっしゃい。」
 ランプ城店内に客の姿は無く、女主人が1人カウンターの中で椅子に腰掛けていた。やはりみかんのひと房のような目とふっくらした頬のラインは母から娘へと伝わったものだと知った。

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 調度品が独特の不思議な雰囲気を醸し出している。夜に照明を落とせば不気味に感じるだろうから、実写映画版「妖怪人間ベム」でこの店が使われたのもうなづける。

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 料理を注文する、オムライス。
 美味しそう、そして実際に美味しい。ふわっつとした卵、少し甘酸っぱいケチャップを控えめに使ったライス。どこか懐かしい味が郷愁と昔の記憶を呼び起こす。
 カウンターの後ろの壁にはくぐり戸があった。40数年前、”同級生の家”へ遊びに来て同じ建物の居住部分からくぐり戸をくぐってこのカウンターの中から店の中を見せてもらったことを思い出した。
 その事を話すと、「あらまあ懐かしいわね、あの娘は結婚して遠いところに住んでいるからもう10何年も会ってないけど、元気でやってるよ。」と教えてくれた。
 そこからは、鉄の街として室蘭が好況に沸いていた時代には、キャバレーの閉店時間になってから客が連れ立ってタクシーでこの店へやってきて連日連夜の満員御礼だった話。一時閉店を含むその後の辛かった時代の話。子供時代の話。昔の室蘭の話。「この店と同じストーブうちにもありましたよ。」「店の中は50年以上ひとつも変えてないんだよ。」などと次から次へと湧いて出て、あっという間に時間が過ぎた。ずいぶん長いことお邪魔してしまった。お客が一組やってきたことでやっと踏ん切りがついて席を立つ。
 「きっとまたきます、ご馳走様でした。」
 そう言ってランプ城を出てから早くも3年近い月日が過ぎてしまった。今もお元気でらっしゃるだろうか。きっとまた行きます。

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