私は旅が好きであり、これまで大都市から秘境まで、世界15か国ほどを訪れました。しかし、今になっても飛行機がどうして飛ぶのか毎回不思議であり、揺れる度に恐れおののき、着陸の度にブレーキを早くかけてほしいと願います。

特に、新婚旅行でケニアに行く前には、『沈まぬ太陽』を読まないようにして飛行機の恐怖を増幅させぬよう努めました。


不祥事や事故の時にこそ見える真価

『沈まぬ太陽』は故山崎豊子氏が膨大な取材の元類まれなる構成力と批判力を結集してまとめ上げた壮大な小説で、日本航空の労働組合分裂や経営の腐敗、墜落事故などを扱ったものです。(一応フィクションではあるようですが、実在した人物と事実を元としています)

私は特に日本航空に詳しくないですし、経営の内容も大して知りませんが、このような腐敗が「在り得る」ことに驚愕を禁じえず、「絶対権力は絶対に腐敗する"absolute power corrupts absolutely"」と言う言葉を思い出すのです。権力とも労働組合とも無縁の私ですので、このようなことは思いもつかず、「コーポレートガバナンス」と「労働組合とのコミュニケーション」と言うものがいかに重要かを噛みしめる次第です。

1980年代の一連の「経営判断ミス」により、バブル後に経営不振に陥った日本航空は、その後徐々に回復を見せたものの、リーマンショック後に再度経営危機に陥り会社更生法を申請、上場廃止となり債権者や株主に多大な損失を与え、どん底に落ちてしまいました。この時、それまで発行していたCSRレポートを取りやめたことは、私にとってショックな出来事でありました。こういうときにこそ説明責任を果たすためのツールが必要であるはずだからです。

東京電力もそうですが、CSR優良と考えられていた企業がひとたび経営不振に陥ると何事もなかったかのように報告を辞めてしまうのは残念でなりません。2010年にメキシコ湾で大規模海洋汚染を引き起こしたBPとは対照的であり、CSRの本気度や企業姿勢は危機の際にこそ発揮されると言う事をまざまざと見せつけられました。雪印乳業では2000年と2002年の2つの事件を企業理念と沿革に刻むとともに、10年たった昨年のCSRレポートの特集でもトップが最初に想いを語っています。JR西日本では「企業考動報告書」として、2005年の事故とそこからの反省を今でも真摯に説明しています。事故自体は許されるものではありませんが、その後どのように対応するかが如実に現れるのがCSR報告書だと思います。


復活したJALと統合報告

日本航空は、あの稲盛和夫氏が会長としてリーダーシップを発揮し2年で再生し再上場を果たし「統合報告」という形でCSR報告を再度始めました。稲盛会長は奇しくも『沈まぬ太陽』で強力に改革を果たそうとして成しえなかった国見会長を髣髴とさせる誠実なコミュニケーションと、強力なリーダーシップで日本航空を復活に導きました。そして、この統合報告書こそ、その集大成と言えるだと感じているのです!(やや興奮してまいりました)

経営責任者の真摯な業績内容や課題についてのメッセージ、生産性だけでなく、安全性についても極めて重視されているという姿勢の数値を伴った報告、小規模な事故やトラブル(ヒヤリハット)についても明示して対策を伝える誠実さ、そして職制を超えた従業員の想いをつなげる現場力・・・2009年のCSR報告で報告されていたテーマを統合報告にも取り入れつつ継続性を持たせながらも、JALが生まれ変わったのではないかと言う期待を感じるものあり、私はそのレポートを家に持ち帰って夕飯の時妻に力強く訴えかけたのです。

このレポートの真骨頂は真っ白な背景に真っ赤なJALのロゴだけ中央に配置されているシンプルながら印象的な表紙です。生まれ変わったとは言え、いいことも悪いことも含めて育ってきたブランドを、ただそれを総力で大切にしていくのだという気概がにじみ出ている報告内容を象徴していました。(もっとも、私はよく想像力がありすぎるとか、ロマンチストだとか言われるのですが)

http://www.jal.com/ja/csr/report/pdf/index_2013.pdf

尚、『沈まぬ太陽』の著者である山崎豊子氏は、このレポートを読んで安心したのか、その数か月後に亡くなりました。


今後の課題

労働組合については、イデオロギーの対立が先鋭化したかつてのような過激なものは日本においては見られなくなりましたが、経営陣に対等に意見を言える団体交渉権は憲法でも認められている権利であり、資本主義が健全に機能するためには重要な仕組みではないかと思います。特に労働者の権利が頻繁に脅かされている新興国などでは経営陣もより慎重かつ公正に取り組むべき事項となるはずです。しかしながら、CSRレポートにはあまり詳しくそのコミュニケーションの状況が記されていないことがほとんどです。企業にとってはあまり触れたくない部分で実際ここを詳細まで記述する企業はなかなか見つかりませんが、ステークホルダーにとっては重要度の高い情報に違いはありません。

日本航空の場合は特に大きなステークホルダーとしても経営課題としても労働組合が挙げられるはずですが、CSRレポートではこの部分には触れられていません(リスク情報の最後に一文あるのみ)。どれだけ素晴らしい企業も従業員全員が一致団結するというのはまずあり得ない話ではありますが、企業の方向性を従業員全員で共有しロイヤリティを上げられるれるか、あるいはコミュニケーションが破たんしストライキやサボタージュが起きるかは、収益にも直結する大きな経営課題でもであります。現場主義や従業員を重視する経営姿勢は十分に感じられますが、特に日本航空については労働組合についての説明責任は避けては通れないのではないでしょうか。

ますます競争も激化する中、今後のJALの取り組みから目が離せません。


次の旅行ではJALに乗ってみたい、乗ってみようかな、できれば。いつかは・・・