前回、社史が企業活動の社会的文脈を裏付けるキーになることと、特にパーパスや理念といった価値創造のゴールを伝えるために極めて重要なものとなり得ることをお伝えいたしました。今回は、昨年1月に社会価値創造本部を設置し、創業150年を前にグローバルに価値創造し続ける資生堂にスポットを当て、その社史や歴史からDNAを紐解いてみたいと思います。というのも、資生堂が「営利目的を超越するパーパスを持っている」、「社史が果たしている役割が大きい」、そして「文化重視の経営を貫いている」特筆すべき企業だと思われるからです。

資生堂は、女性役員比率が45%と突出し、国連と連携した女性のエンパワーメント活動、気候変動の影響を開示するためのTCFDにも賛同を表明、容器の脱プラスチックへの取り組みも進めるなど、100年先を見据えて先進的な経営をしています。また、WEB開示のCSR情報を見る限りでは、課題であった美容職の働きやすさも改善しつつあるようです。このように社会価値と経済価値を調和させようと取り組む経営姿勢の源はどこにあるのでしょうか。

1.資生堂のDNAに見る「人」重視の経営

ミッションに「世界で最も信頼されるビューティーカンパニーへ」を掲げる資生堂は、それを実現する6つのDNAを提示しています。ダイバーシティや、サイエンス&アート、品質、おもてなしなど、資生堂を割支える重要なテーマが並びますが、最初に記されているのは ”PEOPLE FIRST” です。これはお客様のみならずすべてのステークホルダーへの感謝と尊重を意味しています。

このステークホルダー重視の企業姿勢は、その歴史に深く根差していることが『資生堂百年史』を読むとわかります。百年史の冒頭には「資生堂の五大主義」として「一 品質本位主義」「二 共存共栄主義」「三 消費者主義」「四 堅実主義」「五 徳義尊重主義」が掲げられています。発刊時6代目の社長だった岡内英夫氏は、この経営理念こそが企業を支えてきたと伝え、事実に基づき、広く公共に供するために100年史を発刊したとあります。

百年史を読むと、中でも「一貫して品質主義で廉価主義をとらなかった」という言葉が心に残ります。DNAの品質重視につながりも見出せますが、中でも「共存共栄主義」こそがその根底を成していることが分かります。資生堂はまだ個人経営から脱したばかりの戦前、大資本が資本の論理にものを言わせ、乱売戦で中小の競合をつぶして独占的地位を築いた後、値上げで独占的利益を得る手法を目の当たりにします。資生堂はこの顧客をないがしろにした資本の論理に対抗すべく、「資生堂連鎖店制度」いわゆるチェーンストアシステムを作り出しました。資生堂は大資本の理論で顧客、メーカー、卸売など誰も幸せにならない状況に対抗するべく、「共存共栄主義」を信念として戦ったのでした。問屋も巻き込み、適正利潤を設定したのみならず、従業員にその理念を徹底し、その後小売店、消費者への教育などへ広げていきました。このように、現在の資生堂の企業理念には、その歴史を通して裏付けられるストーリーがあるのです。

2.「文化」を尊ぶ資生堂

資生堂の企業活動、あるいはその信念を特徴づけるものに、「文化を育てる」姿勢が挙げられます。資生堂の中期戦略サステナビリティの重点項目のひとつに「アート&ヘリテージ」が掲げられていますが、資生堂は文化芸術支援に極めて積極的であり、日本最古のギャラリーである資生堂ギャラリーや、静岡にある資生堂アートハウス、資生堂企業史料館など、多くの施設を運営し、一般開放しています。さらには、経営哲学や経験知を広く社会に共有するためのアーカイブの構築まで行っており、「文化を育てる」取り組みが際立っています。

その起源は、初代社長である福原信三氏が、社長になる前に文化の都ともいえるパリでカフェー文化に触れ、芸術家たちと語り合い、文化・芸術の重要性を感得したことに始まると考えられます。資生堂の文化・アートへの感性が時代を超えて受け継がれていることを象徴するように、そのロゴは1928年に確立されて以来、ベースはほとんど変わっていません。

しかし、文化は経済的合理性と対極にあるといっても過言ではありません。CSRでもSDGsでも「文化」についての言及は限られています。それくらい一見人の役に立たないものととらえられてしまいがちです。それでも資生堂が文化を重視するのはなぜでしょうか。