大変長らくお待たせいたしました
新型コロナウイルスの影響もあってなかなか更新できずにおりましたが、現在の西寮生の当てもない日誌を定期?不定期?に更新することになりました!
ざっくりとこの企画をお伝えいたしますと現役西寮生の興味のある話、最近起きた出来事、趣味、野望等々好き勝手に書き散らしてもらうことでどんな人がここ西寮にいるのかを知ってもらいたいってことです~

それでは本編始まります!トップバッターはいつでも清く正しく!伊勢君です~













渋沢栄一と大隈重信の関係から学ぶこと -渋沢栄一大河ドラマ放送の年に想ふ-



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右:渋沢栄一 中央左:大隈重信

出典:https://www.waseda.jp/inst/weekly/assets/uploads/2021/07/waseda_0726_img_3.jpg

 

 こんにちは。和敬塾西寮1年、伊勢早雲(いせ そううん)です。

 突然ですが、このブログを閲覧してくださっている皆様にお伺いします。現在NHKで放送されている大河ドラマの主人公は誰かご存知ですか?そう、渋沢栄一です。渋沢は日本資本主義の父と呼ばれ、彼の肖像が2024年以降発行される新一万円札に描かれることが決定しているなど、現在何かと話題に挙がることの多い人物です。それでは皆様、更にお伺いします。渋沢と和敬塾寮生の多くが通う早稲田大学の創設者、大隈重信には浅からぬ関係があることをご存知でしたか?確かに両者は同時代の人物ですが、渋沢は主に財界・実業界で活躍し、大隈は主に政界で活躍したことをご存知の方ならば、一体何の接点があったのかと思われるかもしれません。そこで今回は、歴史好きな自分、伊勢が、渋沢栄一と大隈重信の関係についてご紹介したいと思います!

 渋沢と大隈の出会いは明治に入ってからのことでした。明治初年、大隈が渋沢を明治政府に招聘したのです。当時渋沢は、幕末以来の主君徳川慶喜の隠棲していた静岡で、商法会議所という団体を設立し、産品の販売及び商人への資金貸付を行っていました。一方、大隈は設立間もない大蔵省の次官を務めていました。しかし、業務の新規性故に大隈はじめ政府関係者は業務遂行に混乱を来していました。そこで、幕末、一橋家・幕府において高い財務管理能力を発揮した渋沢に大隈は注目し、渋沢を明治政府に招聘しました。渋沢は旧幕府の出身でしたが、幕末に幕府と敵対していた薩長土肥出身者主導の新政府は、改革のために渋沢の高い能力を求めました。こうした経緯で、渋沢は明治政府の官吏として民政・財政に関わる業務を担うことになったのです。[i]

 

Eiichi_Shibusawa_young

大蔵省時代の渋沢 出典:

https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/b/b6/Eiichi_Shibusawa_young.jpg

 

 渋沢は民部省や大蔵省で度量衡の統一や紙幣発行業務に携わりました。しかし、渋沢の大蔵省勤務時、大隈との関係に変化が生じます。予算編成をめぐり、歳出拡大を企図した大隈と、歳入の観点から多額の歳出はできないと考えた渋沢や大蔵大輔井上馨が対立し、渋沢は大蔵省を辞すこととなりました。渋沢と大隈の間に意見の隔たりが生じたのです。[ii]

 その後、渋沢は第一国立銀行や大阪紡績会社の設立・経営に関与するなど実業界で活躍しました。一方、大隈は紆余曲折を経つつも2度内閣総理大臣に就任するなど政界で活躍しました。では、完全に両者が袂を分かったというとそうではありません。明治34年、大隈邸が失火により半焼する事故がありました。その時渋沢は大隈に無抵当で多額の資金を貸しています。逆に、渋沢が行った日米民間交流事業を大隈が支援したこともありました。政治的意見の相違により活躍の場を違えた両者でしたが、その後も協力は行われていたのです。[iii]

 渋沢と大隈の関係から現代に生きる私たちは何を学べるでしょうか?自分は、他者との間においてある点に関して意見の相違を抱えたとしても、その他者の人間性や能力に対する信頼さえあれば、一定程度の協働は維持できるということを学べると思います。では、そういった濃く深遠な人間関係を形成できるのはどういった場でしょうか?同年代の男子大学生が多く住まうこの和敬塾がそうした場に相当しうるのではないでしょうか。生い立ちも、大学における専攻も異なる大学生が、自らの生活に関わる問題や社会全体の問題について多様な視点・経験に基づく議論・トライアルを行い、たとえ異なる解を導き出したとしても、議論やトライアルの過程において相手の価値観や世界観、能力に触れる。こうした事例の蓄積は他者の人間性や能力に対する信頼形成を促進するでしょう。他者の人間性や能力を信頼できるようになること、ここに、私たちが社会生活を営む上での知恵が隠されているのではないでしょうか?そして、そうした知恵を得られるよう、未熟な自分は和敬塾での寮生間の議論に励んでいきたいと考えております。また、そうした知恵を得たいという熱い思いを少しでもお持ちの皆様も、和敬塾の活動に更に関心を寄せていただけると幸いです。

 最後になりますが、自分の拙文をご覧いただき誠にありがとうございました。次回のブログも是非ともご覧になっていただけると大変嬉しく思います。それでは、また次号でお会いしましょう。

文責  伊勢早雲、天の声



[i] 東洋経済新報 「渋沢栄一を官僚に導いた大隈重信『驚愕の一言』混迷の明治初期に生かされた渋沢の海外経験」〈https://toyokeizai.net/articles/-/411073(20211114日閲覧)

[ii] 同上

[iii] 真辺 将之「渋沢栄一と大隈重信」早稲田ウィークリー 〈https://www.waseda.jp/inst/weekly/news/2021/09/24/89924/〉 (20211114日閲覧)