2013年12月07日

【サキガケ⇒ジェネレーション!】情報ページ公開中!
御敷先生久しぶり
発売日はカミカゼのちょうど3年後なのね
あく先生はかなり楽しみ


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バナー 

2013年11月11日

ちいさな彼女の小夜曲クリア記念。
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住廼江町駅はどうみても江ノ電の江ノ島駅。
つうことでこの辺が聖地と当たりをつけて探索することに。

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通学路は腰越海岸付近。この辺りはよく聖地として取り上げられるので割りと見覚えのある風景。江ノ島も見える。
手前の電柱が邪魔なのと、車線の幅と交通量から写真にはもう少し角度が足りなく、あと一歩という気がしますがご容赦。

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岬。汐音が落ちたとこですね。名前は分からないけど藤沢市側の漁協の西側の岬から撮影。実際には柵などの安全策を講じてあります。

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猫浜駅。名前や本作の設定からは猫浜駅は横浜駅をイメージしてるんだろうと思ったけど、実際は池袋駅だった。しかも左右反転させるという凝りよう。(なんだか池袋だとクリアな感じには遠い気がしてちいかのの世界観には少々ミスマッチ感なのは個人的には否めない)

前作でもそうだったけどfengさんは聖地を分散させる傾向にあるんですかね?次回作の聖地は神戸ですが、「西」の上また分散されてるとなると、その特定は難しそうだなぁ・・・。


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聖地巡礼 

2012年10月10日

ラブクエの聖地がどう見ても吉祥寺で近所に住んでるしぱっと行ってきた。
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駅前
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吉祥寺駅北口サンロード付近。ここはさくらッセにも使われた

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東急通り
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ちょっと写真が雑なので多分追記します。


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2012年05月02日

お誕生日おめでとう湊!
毎年恒例のイベントだけれど、今年は特にAAとかcomic1で湊タペストリーとかでfeaturingされていて、より一層湊を大切にしたいというか
誰かの誕生日なのにそれが凄く嬉しい。これが愛してるって、慈しむってことなのかな
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スポンジから手作りです><喜んでくれると良いなぁ
湊「に、兄さん!私のために・・・ありがとうございます!今年もまた兄さんに祝ってもらえて、私、とっても、とっても嬉しいです・・・」
やったね^^
湊「そ、その・・・兄さん、私の事も・・・////」
湊「可愛がってください・・・ね?」

大好きだよ><
湊「はい・・・私も兄さんが大好きです!」



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誕生会 

2012年04月28日

俺の彼女のウラオモテの聖地を巡礼してきた。
メーカーが地域密着型で、溝の口に事務所があって、更に僕が川崎市出身という事も手伝って特定は比較的容易だった。
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どう見ても溝の口です本当に(ry
NOCTYがMICTYになってるのかw

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ポレポレ通り。浜銀の看板が反射しちゃってるけど
↓ポレポレ
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※ののうらには関係ありません

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美容院がIKEMENになってるw

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梶が谷駅。本作中には鍛冶ヶ谷、と文字を変えて出てきますね。逆光ですいません。

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公園。特徴のある遊具なので他の作品にも登場する事が結構あります。サンレッドとか。

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多摩川沿いの遊歩道へ架かる歩道橋。これだけ溝の口からは少し離れています。

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溝口神社

今回は地元と言う事もあって大豊作。アリエスさんは舞台が徐々に西に寄ってっているので次回作は宮崎台かなwあそこも駅前が綺麗で舞台に向いてるし。
あと海の背景は江ノ島だと言う事はすぐ分かったけど今日は時間的に余裕がなくて行けなかった。行く機会があれば追記したいです。


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聖地巡礼 

2012年03月06日

C81で無料配布した、大後悔時代の大航海日誌に掲載した、「エロゲーの構成要素の考察」という評論を数人の友人に見せたところ、結構纏まっている、という評価を頂けたので調子に乗ってブログにうpする事にした。
尤も、このブログでも既に何回かエロゲーについてのレビューをしているので、私がどのような観点から評価を行っているのか、その礎となる考えであるので、載せる事についてはあながち間違いとは言えないが(ならもっと早く、むしろ一番最初に載せとけよ、って話ですよねー)。
長文になるが、しっかりと書いたので目を通して頂けるのなら僥倖である。

表題:エロゲーの構成要素の考察

エロゲーを構成する要素には、ジャンル、キャラクター、グラフィック、シナリオ、演出、設定がある。今回はそのそれぞれの要素について詳しく見ていくと共に、個人的にエロゲーに今後求めていく事柄を記載した。暫しの間お付き合い頂きたい。

ジャンル
ジャンルとして最も受け入れられやすいのは学園モノだ。理由は当然自分の経験に重ねる事が可能だからだ。最近では純粋な学園モノはめっきり減り、その学園モノを下敷きに何かを+αした作品が目立つ。例えばそれは伝奇や魔法要素であるが、それらの要素を享受出来るか否かが、我々がその作品を楽しめるかという事に直結する。これらの要素を端的に言い表すなら、それは現実に起こり得ない、という事だ。
後述するが、シナリオというものは、主人公に自身を投影する、即ち疑似体験する事で自分とシンクロを得る。無論主人公と自身とは別個の存在であるものの、それでも主人公の名前が変更可である点[1]や立ち絵やイベント絵で主人公の顔を描かない点[2]、主人公のボイスは無い点等、須らく主人公≒ユーザー自身という構図を採っている。しかしそこでシナリオの展開が自分の理解を超えてしまうと、主人公と自分の間に乖離が生じ、そこからリアリティが失われていく。リアリティこそが疑似体験の本質なのだから、興も醒めようものだ。
夢を見てもそれを忘れるのは何故か。それは実際に自分が体験していないからだと言われる。伝奇要素に況や学生が身を置く等という事はよもや現実には起こり得ない。魔法という枠組みこそ既知であるが、我々はそれを把握出来ない。なぜならそれは我々が自分で生み出したものではなく、フィクションを提供する第三者によって植え付けられた「与えられた概念」に過ぎないからだ。つまり、これらの要素を提供する側が支配的である。前述の言葉を言い換えれば、シナリオにはインタラクティブである事が求められる。しかし、このような要素を不用意に持ち込めば、ユーザーはシナリオの一方的な受動に終始する事になるだろう。懸念されるべきは、シナリオ上不可思議な点は全て曖昧のままに済ます事が可能である点で、辛辣ながらそれは手抜きであると言わざるを得ない。
私は非現実的要素の付加に対して否定しない。必要なのは、いかに違和感を少なくこれらの要素をシナリオに溶け込ませるか、である。この事を念頭に置いて書かれた作品に対して、第三者機関[3]は高い評価を与える傾向にあるようだ。それは非現実的要素に起因する両者の乖離に対して許容が得られたという証左であり、更にそれがひいてはメーカーのブランド力に繋がる事になるだろう。

キャラクター
ゲームで最も重要なのがこのキャラクターに関する項目である。魅力あるキャラクターを登場させる事が、攻略したい(=プレイしたい)という事に直結するだからだ。
まずメインヒロイン(=攻略出来るキャラクター)の人数についてだが、これは5人が適当であろう。あるいは4人でも良いかもしれない。3人だと少ない、尤も抜きゲーではこの位だが、6人以上だと多い。メインヒロイン数が少ないとゲームが割高感を持ってしまうし、多いとどうしても内容がおざなりになりがちである。
登場キャラクターには必ず特徴付け、即ち「属性」が持たされている。この「属性」に含まれるものには妹、巨乳、ソフトツンデレ等枚挙に暇が無いが、これらは主人公との間柄に関するもの、外見に関するもの、それと性格に関するものの3種類に大別される。簡単に言えば、この大別されたカテゴリーの中からそれぞれの「属性」を組み合わせる事でキャラクターが成立する。縁物の「梅に鶯」「八橋に杜若」というように、この「属性」にも美的な好みとしてよく用いられる組み合わせがある。「幼馴染に巨乳に天然」「教師に放任」等がそれであるが、最近ではある意味伝統的、とも言うべきこの縁物的組み合わせをあまり意識せずにキャラクターが自由に創造される事も多い。
それぞれのメインヒロインはイドとも言うべき確固たる信念、コンプレックス、あるいはトラウマなどを内に秘めている。それらは普段は隠されているが、主人公によって暴かれ、メインヒロインと主人公の間柄はより深いものに変貌する。そしてその後主人公がその信念に感化されたり、ヒロイン自らがトラウマ等を克服したりする事が物語の主な見所である。
メインヒロイン以外にもサブキャラクターとしてキャラクターが登場する。そして、この女性サブキャラクターは一部メインヒロインよりも魅力的である事がままある。この女性キャラクターは本編では攻略出来ない[4]か、出来てもその専用ルートのシナリオはメインヒロインのそれと比べて短い[5]。あるいはその作品のファンディスクが出された時に攻略ヒロインに格上げになる[6]。特殊な例としては、ゲームの特典として攻略が可能になるアップデートパッチを付ける事もあった[7]。一方男性サブキャラクター[8]の場合は概ねテンプレート化されている。つまり「イケメンで、女性に対して貪欲」である。しかし、この男性キャラクターは攻略ヒロインからはぞんざいな扱いであり、恋愛感情を抱かれる事は無い。あるいは登場する女性キャラクターには興味が無いか、既に配偶者がいるという形に落ち着かせている。この場合の男性キャラクターに関連する女性キャラクターは立ち絵が無いような仕様が多い。これには主人公の友人による寝取られを連想させない、という配慮がなされている。

グラフィック
グラフィックについては、私は門外漢なのであまり多くの事は言えない。ただ、原画家の線画とグラフィッカーによる塗りが行われた後の絵をそれぞれ比較すると、同一のキャラクターに対する印象は変わる。「塗り」を施されたキャラクターに関しても、ゲームの原画を担当した原画家が同人で同キャラクターの塗りまで担当した場合と、グラフィッカーが塗った場合とでは、これに関しては、同一のキャラクターでも全く違う別個のキャラクターかのように映る。即ち「塗り」は、キャラクターの印象付けに大きく関与していると言えよう。これが「塗り」の魅力である。

シナリオ
シナリオの大まかな流れとしては共通ルート→専用ルート→エンディングという構成が一般的だ。ここではこれらについて、詳しく見ていきたいと思う。
共通ルートについて
通常、ゲームはこの共通ルートからスタートする。共通ルートは日常パートとも呼ばれ、このゲーム内の世界観にユーザーを引き込む役割を持つ。いかに専用ルートのシナリオが優れていようとも、この共通ルートにユーザーが引き込まれなければ専用ルートとなる前にゲームのプレイを諦められかねない。実際に私も共通ルート感じた違和感で、申し訳ないが途中でプレイを止めてしまった作品もある。従って、この共通ルートでのシナリオ、つまりはキャラクター間でのやり取りについて、いかにユーザーを飽きさせないか、という工夫が求められる。そのためにネットスラングを用いる例が散見される。ネットスラングは内輪ネタに分類される。というのもゲームのユーザーとネットスラングに精通する人々とが大きく共通しているからである。私もシナリオ中にネットスラングが出るとスクリーンショットを撮って楽しんでいるが、ネットスラングは手軽にシナリオにユーモアを提供出来る反面、ネットスラングを知らないユーザーにとっては疎外感が生じるのではないだろうか。理想としてはネットスラングを使わないでシナリオにユーモアを持たせる、いわゆる「ウイットに富んだ」シナリオが良いのだろうが、その役割はゲームではなく、純文学が担うであろう。
共通ルートの作品としての立ち位置は「ヒロインとのフラグ立て」である事は間違いない。中にはこの行為を省略した作品、言うなれば、初めから攻略出来るヒロインが決まっている[9]タイプの物や、あるいは初めに誰を攻略するか1回の選択肢で選べる[10]タイプの物もあるが、ADVと呼ばれる作品の大半はこの共通ルートで任意のヒロインに対してフラグ立てを行う。フラグ立てには大きく分けて、主人公の行動を選択するパターン[11]と、任意のヒロインを選択するパターン[12]に分けられる。前者はゲームのコアである疑似体験性を再現出来るという点がメリットで、実際に初見では専用ルートに移行するまで誰を攻略出来るか(=誰を好きになるか)が不明である点が、実際の恋愛の様で非常にリアリティを感じられる。一方で、その選択肢形態を採用したゲームにおいては登場ヒロイン全てを攻略するのが比較的困難であること、また誰も攻略できずにエンディングを迎える、という意味のバッドエンドを迎える可能性が高くなるという点がデメリットだろうか。後者ではヒロインの攻略が容易であり、バッドエンド率も下げられるが、露骨な選択肢が提示される、という弊害が生じる。
専用ルートについて
共通ルートで任意のヒロインとのフラグが立つと、専用ルートへ移行する。専用ルートでの筋書きは、ヒロインと結ばれるために生じた問題の浮上と解決、結ばれた後のそれがある(尤も、これらが解決される事は想像に難くない)が、これはシナリオ上の起承転結の承転の部分である。シナリオ的には専用ルートでは山場を2つ孕んでいる事になり、且つ、前者より後者の方が問題としては深刻な、つまり大きな山場である。その性格から山場の存在は必須であるが故に、半ば強引に問題が提起されているような感じを受ける。前者を例示すれば、ヒロインが令嬢である為にそのギャップへの懸念とか、ヒロインが妹である事への葛藤とかであるが、概してこれらに共通するのは主人公サイドの問題である。一方で後述の後者の問題はヒロインサイドにある事が多い。当然ながら、そういった感情が露呈されなければ物語の繋がりとして不自然だが、多くのユーザーにとって、これらの前半の山場はいささか食傷気味ではなかろうか。というのも、多くのゲームで似たような主人公の葛藤が見られるからだ。従ってこの部分についてシナリオを書き連ねるのではなく、軽く触れる程度で良いのではないか。これに関連して、HOOKSOFTの「さくらビットマップ」(2010)では、主人公の妹が攻略ヒロインである事に際して、その専用ルート時に主人公は妹に対して特筆すべき葛藤が見受けられなかったという点は見習うべきであろう。ただ、とり違いをしないで頂きたいのは、あくまで「問題」についてのシナリオのウェイトを小さくするというだけで、決して主人公とヒロインの感情を省いてはならない。ユーザーはこの感情を享受したいのだから。
この前半の山場を抜けるとヒロインとのエッチシーンに突入する。これは問題の解決と共にシーンが挿入される事が多い。挿入だけに。エッチシーンで私が言いたい事は、とにかく主人公の顔を書くなという事が第一である。更にヒロインが主人公の名前を呼ぶ事を控えてほしい。これらは端的に言えば「萎える」のだが、これについては演出の項目で詳しい理由を述べる。エッチシーンの種類については、これは個人の性癖に基づく嗜好だから色々と述べるのは不毛だろう。大方のユーザーに受け入れられるようなプレイであれば良いのではなかろうか。それと、よく声優の喘ぎ声の演じ分けについての批評があるが、私に言わせれば数多の作品に出演しているのだからその都度演じ分け云々を求めるのは酷というものではないだろうか。あと、ヒロインが処女か否かについては非常に大きな問題である。今回は省略するが、いずれはこの事について評論したい。ちなみに私はいわゆる「処女厨」だが。
この初めてのエッチシーンからいわゆる「イチャラブパート」に突入する。これをゲームの売りとする作品も多い。ここは正に疑似体験の醍醐味と言えよう。このイチャラブパートに特化した作品がSMEEの「ラブラブル」(2011)である。これはユーザーにヒロインの寝取られを感じさせないように主人公へ対しての演出にとことん配慮した作品である。いわゆる「シリアス展開」というものがなく、「問題」こそ提起されるものの、その深刻さはなく、全編通して穏やかな雰囲気のまま終始する。
さて、エッチシーンについての話だが、イチャラブパート中にも数回挿入される。他方、ビジュアルノベル等ではエンディング前後に挿入される事が多い。イチャラブパートの最後には後半の山場についての伏線が張られ、これをもってイチャラブパートは一旦鳴りを潜める。多くの作品でこの雛型が取られているため、この伏線が気掛かりで怯えながらイチャラブパートをプレイする事となってしまい、少し心苦しい。
続いて後半の山場についてだが、これは今度はヒロインサイドの心の問題である事が多い。所謂前述の「シリアス展開」である。これもある種パターン化されており、特に「学園モノ」に分類される作品ではこの傾向が顕著に見られる。例えばヒロインの才能に注目したスカウトが訪れ、学園を転校するか否かで主人公が「ヒロインのため」と送り出そうと説得を試る、という筋書きのものや、ヒロインとの交際にヒロイン側の親が反対したり、ヒロインの許婚との婚約破棄に向けて争ったりというもの、相手を思い遣り過ぎて起こった主人公とヒロインの気持ちのすれ違いを取り上げたもの等が挙げられる。このようなシナリオの見所の持たせ方は、ある程度の数のゲームをプレイしたユーザーであれば、シリアス展開に入る前に張られた伏線から、今後の展開を比較的容易に想像する事が可能である。このようなシナリオが、何かからのパスティーシュとして用いられているのかどうかは明らかではないが、いずれにしろ様式美と捉えられている。そうは言い条、いかに後半の山場の展開と収束が予想出来ても、一時的でこそあるもののイチャラブパートの終焉には落胆をせざるを得ない。様式美、と割り切ろうともなかなかこの部分は難しいものだ。一方で今後のシナリオに見通しを付けられるので、ある意味では安心出来る、とも言える。逆に言えば、シナリオの山場がこのようなプロットでない場合は予想が出来ないため、シナリオには引き込まれるが、今後の展開に不安が残る。尤も、それこそが正にシナリオライターの狙いなのかもしれないが。これは「現実的な」「学園モノ」以外には強みで、これが近年「学園モノ」+αという形態を取る作品が増えた理由の一員かもしれないが、様式美一辺倒ではない様々な形の後半の山場を作り出す事が可能だ。無論、この後半の山場こそが最大の見せ場なのだろう。だが、やはり現実ではこのような山場を経験する事は考えにくいし、そこに物語の面白みがあるものの、この部分で最も主人公と自身の乖離を感じてしまうのでは、とも思う。個人的には分かりやすくずっとイチャラブパートのままで良いと思うし、その心地良さを味わっていたいのだが、そうするとどこで物語の幕引きをするかが難しくなるので山場を設けざるを得ないのかもしれない。
鵐┘鵐妊ングについて
この山場が無事解決出来れば、エンディングを迎える。かつてはこの山場中に選択肢が設けられている作品もあった[13]。その選択肢で正しい選択肢を選ばなければバッドエンドとなってしまい、物語に対してユーザーが受動ではない姿勢を取れることが、物語により現実味と緊張感をもたらしていた。ただ、最近ではそういう作品はあまり見られなくなり、嘆かわしいばかりである。エンディングでは、ヒロインとのその後が短いながらも描写されており、ハッピーエンドを迎えることが示唆されている。エンディングはハッピーエンドが基本だが、中にはバッドエンドではないものの、ハッピーエンドと呼ぶべきか悩ましいエンディングもある[14]。私はハッピーエンド至上主義ではないので、必ずしも全てのエンディングがハッピーエンドという結末を迎える必要は無いと考えている。勿論キャラクターに萌える所謂「キャラゲー」や、イチャラブを売りにした作品ではハッピーエンドとならなくてはならない。他方、ビジュアルノベル等のシナリオメインの作品では童話の「人魚姫」のように切なさが後を引くという終わり方も悪くない。

演出
作中ではシナリオ以外にもキャラクターの立ち絵を動かしたり、それにSEを付け加えたりする事でキャラクターに臨場感と躍動感を与える。これが演出の役割である。
最近ではキャラクターのボイスが画面中のキャラクターの位置に合わせて再生されるというように、声の指向性にこだわった作品[15]もある。更には「バイノーラル録音」という技術を採用した作品[16]が出てきた。この「バイノーラル録音」に関しては特典、あるいは抱き枕のピロートークCDでその効果を発揮する。余談だが、fengは寝具メーカーの権威であり、抱き枕については見習うべき点が多い。これは今後、抱き枕の考察として詳しく扱いたい。
あと特筆すべきは淫語についてである。淫語は○で1文字伏字にするか、あるいは伏字にせずにそのまま記述しているものがある。前者では○の文字部分をピー音で隠している(意図してか、時にはそれがずれている事もある)のに対し、後者ではピー音が当てられていない。大半のゲームは前者であるが、一部は後者のゲームである[17]。先程ピー音が「当てられる」という表現をしたが、それは正にその通りで、声優が喋った淫語に対し後からピー音を被せている。当然その手間が掛かるし、ユーザーにしてみればピー音があるよりは無いほうが良いに決まっている。恐らく、特に編集が義務付けられている訳ではない筈だから、メーカーとしては編集を行うメリットが無いと思われる。何故行うのか、甚だ疑問である。
最近見られた新しい演出として、射精位置の選択に伴う差分CGの回収をオートで行う仕様[18]が便利だった。これは今後、標準装備として搭載される事が望ましい。
それ以外の演出についてはどの作品を見ても大体同じような演出を楽しめる。即ちそれは演出については既に飽和状態となりつつあるという事を指すが、それは悪い意味ではなく、今までの積み重ねが洗練されているという事実がそこにはある。

設定
先程主人公の表現の中で、最近主人公の名前が変更出来なくなる傾向にある事や主人公の立ち絵やイベント絵で顔を描くメーカーが増えてきた、と述べた。これに付け加えて、更には物語が変わる毎に主人公が別の人物になる[19]という新しいタイプのゲームも近年では見られるようになってきた。この傾向がユーザーの需要の変化が原因なのか、それとも単にそういう事に固執しなくなったのか、理由は定かではないが、これは一種の常識が覆され始めたと言える。
疑似体験、という面から言えば、この様な表現は所謂「寝取られ(NTR)」という言葉で形容され、数年前までは禁忌ですらあった。最近でこそNTRは知名度を得て(それでもNTR表現については注意書きを促す場合が多く、私も受容し難い表現ジャンルの1つである。)それなりに需要もあるようだが、ゲームが自身の投影という形態を取る限り、
・主人公の名前の変更は出来るように・立ち絵、及び顔の描写をしない
・主人公の声は吹き込まない
という事を心掛けよ、と思う。最後の項目はドラマCDで深刻な問題と化しているが、CDが音楽媒体なので声以外に情報を伝達する手段が無いため解決方法は無い。ゲームのアニメ化に至ってはこれらの項目を全て無視しており、純粋に疑似体験性の表現方法としてはNTRそのもので、これはゲームからのユーザーを侮辱した最大の冒涜であり、私はゲームのアニメ化には大反対である。
しかしその一方で、以前某巨大掲示板で「主人公とヒロインのカップル単位で愛でる」という書き込みがあり、こういう見方もあるのかと驚嘆すると共に、そういった需要に対しての何らかの解決方法が見出されればより円満な住み分けが成されると考えられる(皮肉にも、これにはアニメ化が問題解決の糸口と成り得る)。

最後に、私が思うに2007年以前と2008年以降で、エロゲーの存在そのものが大きく変化したように感じられる。初めにこの違和感を覚えたのは、11eyes(2008)であるが、それ以降、ジャンルの項目で述べた非現実的要素を付加した作品が市井に多く出回り始めた。それは裏を返せば、現実に即したという意味での「純粋な」学園モノが数を減らしたという事に他ならない。実際、2007年以前の学園モノは、ある意味予定調和的な、理想を描いたようなストーリーが多かったように思う。違和感の正体は非現実的要素の付加そのものではなく、エロゲーの大衆化に起因するものであった。
かつて、こういったエロゲーに代表されるような所謂「オタク文化」は決して声を大にして言う趣味ではない、という考えが主流であった。それは一般的にもそう考えられていたし、あまつさえ需要側、供給側共にその認識を持っていた筈である。私に限って言えば、この趣味を恥じる事こそないが、今でも余計な口外は避けている。しかし、2005-2006年頃からこういった「オタク文化」に対して脚光が当てられ、それまでの比較的小規模的内輪から徐々に拡大し、「オタク文化」を享受する事への敷居が下がっていった(余談だが、時を同じくして秋葉原の開発も進んでいく)。丁度これに合わせるかのように、供給側も大衆化を進めていった。アニメやライトノベルの乱造とも受け取れる増加、関連グッズの市場拡大等からそれを窺い知る事が出来るが、それは当然ゲームにも波及した。そして、もしかすると、受け入れられる「肥沃な」土壌を培う、その手段として、非現実的要素の付加を採る傾向を強めたのかもしれない。しかしそうした結果、それが更に「肥沃な」土壌の獲得に繋がった事は明らかである。そして連鎖が起きた。そしてそれは今も、一時期よりは減少傾向にあるが、続いている。この連鎖の最初のドミノが倒れたあの時、私はエロゲー業界のパラダイムシフトに立ち会っていたのかもしれない。


脚注
[1],[2] 近年ではこの仕様は見られなくなりつつある。
[3] 萌えゲーアワード等の評価法がこれに相当する。
[4] PULLTOPの「遥かに仰ぎ、麗しの」(2006)
[5] ういんどみるの「魔法とHのカンケイ」(2005)
[6] purplesoftwareの「明日の七海と逢うために」(2008)
[7] HOOKSOFTの「StrawberryNauts」(2011)
[8] ごく一部を除いて主人公以外の男性キャラクター=サブキャラクターである。
[9] ビジュアルノベル系の作品に多い。
[10] ファンディスクや抜きゲータイプの作品に多い。
[11] 選択肢が特定のヒロインと関係がある事がユーザーにとって既知でないという状況である。
[12] 何処にいる「誰」の手伝いをするか等で、ここでは場所を選択するが場所と特定のヒロインが1:1の関係であるため、即ち場所を選択する事がヒロインを選択する事と同値である。
[13] fengの「青空の見える丘」(2006)
[14] CIRCUSの「D.C.供(2006)
[15] すたじお緑茶の「恋色空模様」(2009)
[16] fengの「星空へ架かる橋」(2010)
[17] ブルームハンドルの作品等
[18] Whirlpoolの「Lunaris Fillia」(2011)
[19] minoriの「ef」(2006-)、ハイクオソフトの「さくらさくら」(2009)



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ヲタ的な 

2012年02月23日

SMEEの「同棲ラブラブル」を完クリしたのでレビューを。
というのも今日はつぐみちゃんの誕生日だからだよ!その記念というのもあるよ!もちろん後で追記するよ!ケーキはまだ焼いてないよ!けど材料もレシピも揃えてあるから大丈夫だよ!

さて、SMEE5thの「同棲ラブラブル」は、4th「ラブラブル」の続編として開発された。今作では既に任意のヒロインと恋仲にあり、前作のエンディングからエピローグまでの期間の2人の生活を描いている。そう言った意味ではFDの性格を呈しているが、メーカー側はFDではないとしている。これは単に分類の問題ではあるが、恐らく一般的なFDよりもボリュームを増しているであろう事に起因し、事実その印象を受けた。
言いたい事が沢山あるが、とにかく特筆すべきはこの作品にはキャラクターに対してNTRに関する細密な配慮がなされているのが最大の特徴であろう。昨今の作品は、主人公の名前が変更できない仕様なのがdefaultと化しているが、「ラブラブル」シリーズではその慣例を廃している。その他、登場男性キャラクターについては登場キャラクターについて興味を示さない等の方法で問題を解決させている。しかし、後述するが、何故かさつきルートでは母親の立ち絵が存在し、個人的には残念である。
あとは特徴的な主人公だろうか。とにかく面白い。というより頭がイッているという表現が適当かもしれない。好みは分かれるが、個人的にはこういう主人公は大好き。なんとなく自分に似ているからだろうか、親近感というか、自分がその世界に入り込んでいると思いやすい。

シナリオはゲーム開始時にヒロインを選択し、その後些細(シナリオに関係しないという意味ではない。日常の小さな事柄、という意味)な選択肢が出てくる。が、その選択肢がヒロインとの関係性を左右するcauseとはなり得ないので安心。そして、シリアス色はどのヒロインでも一切無い(←非常に重要。これがゲームの本来あるべき姿)。シナリオの起伏こそあるが、それは大きな問題とはなっていなくて、最後までシリアス色を警戒しないで穏やかな雰囲気のまま楽しめる。
淫語については「子宮」という単語を積極的に用いていた点が良かった。これは前作には見られなかったから、新たに取り入れたと思われる。

さて、それぞれのシナリオの感想等に移ろう。どのルートもひたすらイチャイチャしているので、そこについては割愛。

千夏
サケクマさんフリークについては好みが分かれるところ。因みに僕はちょっとグイグイ来過ぎかな、と思った。最後の皆で食事の下りはよく分かる。僕もガキの頃は親父はあまり家にいなくて一緒に飯食った事はあまり無かったし。

奈々子
シナリオ中でのゲームフリークの設定は、もう少し柔らかいレベルに留めておけば良かったかも。ないがしろにされている感じがして、少し残念だった。最後の自分の夢についての葛藤は、読んでいて自分の中に熱い気持ちが沸き起こった。そこには、周囲の期待や目を気にして、自分のやりたい事に嘘をついている僕がいるからだろう。

さつき
声優の変更が取り沙汰されていたけれども、個人的にはあまり気にならなかった。しかし、所謂「キャラゲー」なのだから声優には拘りを持っても良かったと思う。
あと、母親の立ち絵については出すのは頂けない。前述のように、ここまで徹底してキャラクターのNTRに配慮してきたのに何故?残念と言わざるを得ない。
愛について「他の人と比べる事に意味は無い」という台詞は凄く良かった。

花穂
昔の話の部分で少し涙ぐんでしまった。花穂の思いを知ってしまうと、僕が幸せにしないといけないと思う。

つぐみ
つぐみルートにのみ登場する後輩の沢城舞というキャラクターは、シナリオ的に重要な関連性は無いし、立ち絵を特に設けなくても良いのではないか?と思った。可愛らしいキャラクターな分、彼女の今後を慮るからである。(要はNTRに関連するからである。)
単にイチャイチャだけではなくて、結婚とか将来の事を何度も考えるというのに真剣さが伝わってきた。一番良い話だったと思う。
あと、最後の演出は上手い。胸に温かい何かが残った。

こうして見ると、ヒロインとの将来について、具体的な考えを持っている事がシナリオ上での特徴と言える。一般的な作品では、ややもするとヒロインとのフラグ立て後に起きた問題の解決(所謂僕が「シリアス展開」と呼ぶ展開の事だが)にシナリオで重点が置かれ、このような将来性について語るシーンは薄れがちであるが、今作ではそこを見事に補完していると言えよう。

その他気付いた事
アイキャッチもキャラ毎に違う。
エッチシーンでヒロインがオーガズムを迎えた後はレイプ目になっていて、純愛と、純愛が故にヒロインに欲望をぶつけた事による背徳感を味わえるのが良かった。
そして当然主人公の顔を描かない。分かってるなSMEEさんは。流石やで。

やっぱりシナリオは変にシリアスを投入するのではなくて、問題とも呼べないような、そんなもっとありふれた事柄に対して真摯に向き合う、という内容の方が身に染みると思う。その点でも今作は模範的な作品と呼ぶに相応しい。一般的なFDよりボリュームも多く、ヒロインとのラブラブの密度と時間を共に楽しめる点が本当に心地良い。
発売時期が早いのが惜しまれる(後続の作品への脅威があるため)が、これは今年の一本だろう。
因みに僕のここ数年の「今年の一本」は、
06:青空の見える丘
07:あかね色に染まる坂
08:タユタマ
09:スズノネセブン!
10:恋色空模様
11:カミカゼ☆エクスプローラー!  
11年はラブラブルもあったが・・・発売時期が早いので損してるよなぁ。

あと、
はやくだきまくらだしてくださいおねがいします


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エロゲーレビュー 

2012年01月15日

何が溝の口ってアリエスさんの話ですね。
僕は以前隣の宮前区に住んでたので近いと言えば近い。それでも今は某ぱれっとの事務所から200m位のとこに住んでるから今の方が僕の境遇的には上。上ってなんだ。

で、アリエスさんから新作。
俺の彼女のウラオモテ 180px×180px俺の彼女のウラオモテ 180px×180px
なんか萌えゲーぽくていいね。
兄に恋心を抱いている、これだけで購入するには十分な動機。
あとトップ絵の抱きついてる姿を見たらカンナちゃんもいいかな、とか。

けど、高津区が舞台になってくれないかなぁ。なら特定も簡単に出来そうだし。


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2011年12月24日

今年もクリスマスがやってきた
なんだか今年は色々あって改めて大人である事の辛さを認識させられたと思う
来年は楽しい1年にしたい。ラブラブルのFDも出るしね!楽しみだよこれは

P1010400
ケーキは自分で焼いたんですよ!
湊「兄さん凄いです><」
伊織「相変わらず気合入ってるのね・・・!?」
今年も一緒に居られたら良いなって・・・
湊「そんなの当たり前ですよ!私は兄さん以外ありえません><」
伊織「バカね・・・今年も、来年もずっと一緒なんだから/////」
湊「私だって兄さんとずっと一緒なんですからね?」
湊「兄さんと結婚したいなって・・・思ってます/////」

なんか最近街で女の子とか見ても何とも思わないんだよな。やっぱり大切な人がいるからかな・・・・/////
伊織「もぅ・・・/////私が居ないとダメなんだから!」
湊「兄さん・・・/////」
今日はいっぱい愛し合おうね・・・・?
湊「/////」
湊「愛してます兄さん・・・/////」

伊織「いっぱい可愛がってね・・・?」
伊織「大好きなんだから♡」


すげー幸せだよ俺


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2011年12月21日

ぱれっとの「晴れときどきお天気雨」を完クリしたのでレビューをしようと思う。

以前は色々評価項目を設けて批評していたが、面倒くさいそれぞれの項目に対して書ききるほどの技量が無いので、とりとめもないが徒然と書いていきたいと思う。

「晴れときどきお天気雨」はぱれっとの11th作品として開発された。さくらっせから前作までは、比較的萌えゲー要素の強い(9thのましフォニは特にだが)作品が続いていたが、今作はそれと比較すると萌え要素は抑え気味だと感じた。
ぱれっとのメインラインのにゃおくすコンビだが、くすくす先生は今回も安定。萌え、というよりは可愛らしさという言葉で形容される絵柄を前面に押し出していると言える。一方で、NYAON先生は・・・・これはシナリオについて述べる際に詳細を述べよう。

ぱれっとは暫くメインヒロイン数を4名に固定している嫌いがあるようで、今回も攻略キャラクターは4名。ADVでは若干少なめと言える。続いてそれぞれのヒロインの紹介とそのシナリオを見ていこう。
シナリオは基本的に香奈恵一本道のシナリオで、あまりADVという事を意識していないような作りと言える。途中3回の選択肢があり、それ如何で綾音、水希、なずなの順に専用ルートに分岐する。この選択肢で分岐せずに香奈恵寄りの選択肢を選び続けるとバッドエンドとなる。これは珍しい。(明らかにバッドエンド、と表示される。)他の3名を攻略していれば、その後「お天気雨の章」が開放となって、このシナリオで香奈恵を攻略出来る。
専用ルートに以降した後は、2つ分の章でエンディングとなる。従って、シナリオの長さはシナリオの分岐が早い程短い。
さて、それぞれのシナリオの感想等を簡単に。
綾音
ぼっち他人と壁を作っていた自分の葛藤で身を引いたらまたぼっち壁が出来て辛かったってありがちな話。読む側としてはそれ位なんとなく分かりそうなもんだが。シナリオが短め、と言ったけどシナリオの所謂「山場」は1つしかなく、つまりそれは余程大きな「問題」が根ざしている事に他ならない。これをコアにシナリオが作られており、これは学園モノのプロットとしては珍しいので特筆。
水希
シナリオとしては耐え難い部類かもしれない。まぁエゴだろうか。百歩譲って好意的に解釈すると純粋って事だろうけど、要領悪いと感じた。あと洋食嫌いの設定はやっぱ伏線だけど余り(設定として)これに拘る意味無いような気がした。

この2名のシナリオは基本的なプロットとしてはなずなを巡る、とい構図である。なずなの境遇とかに負い目を感じて彼女達が葛藤を感じて〜というのがこれらのシナリオで起こる主な問題である。

続いてなずな
前2人と比べると存外良かったと思う。妹モノで常套な近親相姦への享受を巡るシナリオだったけど、オチは一風変わってる。内面に潜むエゴとも言うべき感情描写が見て取れるが、やはりシナリオにある程度長さがあるとより精密な感情描写を得られるのだろう、と僕は結論付けた。
最後に香奈恵
[ネタバレ]未来から主人公との子供がやってくる。目的は母親の死を防ぐため、らしいがその手段が・・・。子は鎹、って訳でもなかったけど(春日井だけに)シナリオには子供と自分の幸せを巡るジレンマが描かれていた。WithRibbonとは逆の話と言えば分かりやすいか。最初はそうでもなかったけど、娘が素直になるにつれてやはり父性が(ry

あと特筆するのはカメオ出演?と言えばいいのか、珠美さん。彼女はぱれっと5th作品の「もしらば」から。ちょいちょいもしらばについて匂わせる話とかもしてたし、これはファンとしてはニヤつく演出。
それと今作ではあまりネットスラングやネタをシナリオ中に織り交ぜなかったのも注目だった。同じくにゃおくすラインのぱれっと7thのさくらっせではネタを多様していたのとは対照的である。(これについては小冊子中で、さくらっせではコミカルなシナリオだったのに対し、今作はそれよりもシリアス路線を目指している、と述べていた。)

総じてエロシーンは比較的淡白だった様に思う。もともと、くすくす先生の絵は、エロいというよりは美しいので、これにはその位が相応しいのかもしれない。尤も、この絵柄で濃厚なエロだったらそれはそれで興奮するが。

総評すると萌えの鳴りを潜めた分、シナリオで〜、というような思惑が見て取れる。シナリオは比較的精巧で面白くはあったが、なんとなくどっち付かずな感じになってしまった感は否めない。ぱれっと11thとして大きく宣伝していた割には・・・という感じだった。開発期間も短くなかった訳だから、折角ならもっと作り込んでも良かったのでは無いかと思う。


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