日経ビジネス2017年3月20日号 98〜101ページより
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メモは取らない
 林がある時、オーダーしたのは協力工場にトヨタ生産方式を導入するための同伴出張だった。ふたりは岐阜にある協力工場に行き、初日は協力工場の製造課長が案内してくれた。
 林は現場で気づいたことをその場で指摘していく。友山がメモしようとすると林は「メモなんて取っても意味がない」とたしなめた。
 林によれば大野も鈴村も現場でメモを取らなかった。頭の中に映像として記憶し、カイゼン後の現場と照合して、さらなる改善点を指摘していく。メモを取って満足し、とことん考え抜くことを疎かにするな、という戒めがそこに込められている。
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 「生産調査室に5年いましたけれど、その間、まさしく堪え難きを耐え、忍び難きを忍びという生活でした。林さんやその下のコワい課長は僕がいる間にたまに進捗をチェックに来るわけです。そして、できていない部分を見つけると、『友山〜、バカ者〜』と大声で怒鳴って、かぶっていた帽子をすっ飛ばす。すっ飛ばしながら、殴るわけですけれど…。いまではもうそんなことはできませんけれどね。
 僕のことは猛烈に怒鳴りまくるけれど、協力工場の人には絶対に怒らない。協力工場の人は僕が怒られるのをいたたまれずに見ているわけです。そうすると、林さんが帰った後、『友山さん、大丈夫でしたか』と声をかけてくる。
 怒られたことで、僕が働きやすくなるんですよ。あの頃、職場の先輩だった豊田(章男)社長だって、まったく同じ扱いでした。同じようにひとりで取り残されて、同じように怒られていた。でも、あれがあったから一人前になった。ひとりで行かされて、ひとりで考えさせられて。
 生産調査室にいた頃は毎日のように夜中まで宿舎の部屋で協力工場のラインで撮ったビデオを分析していたのですが、寝る前には必ず転職雑誌を読み込んでました。『こんな会社、絶対にやめてやる。ここにいたら、いつか殺される』って。そればかり考えていた。
 ただし、協力工場に仕組みを導入して、生産性が上がると、現場の人たちがものすごく喜ぶ。あの笑顔がなんとも言えない。それを繰り返しているうちに、いつの間にか仕事が面白くなって、転職雑誌を買うのはやめました」

現場のにおい
 彼が言ったように、トヨタ生産方式を伝えて、結果が出ることが生産調査室の人間の喜びだった。給料が上がるわけでもないし、うまくいっても誰も褒めてくれない。これまた大野以来の伝統で、「帰ってきました」と報告したら、上役は「次はあそこだ」と伝えるだけだ。
 だから、生産調査室の人間のモチベーションとは、もちろん、目的は原価低減だったけれど、相手の喜ぶ顔が見たいというその一心だったのである。単純と言えば単純だけれど、単純な喜びが彼らを動かす原動力だった。
 一緒になってワイシャツを汚し、汗を拭きながら指導するから、現場の人間は「こいつの言うとおりにやってみよう」となる。現場の作業者は現場のにおい、現場の空気を身にまとっている指導員の言うことしか聞かない。
 友山は「すべて現場で覚えた」と語る。
 「南八さんもコワい課長も絶対、教えてくれないんですよ。『友山、自分の頭で考えろ』。でも、その意味が生調(生産調査室)に来て3年たった頃、腑に落ちました」
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 また、現場に行ってみて、実感することがいくつもある。たとえばよく誤解されるのですが、トヨタ生産方式が必要とするのは多能工です。万能工ではありません。多能工とは隣り合う工程の作業ができる人のこと。万能工は、何でもできなきゃいけないけれど、それは求めていない。
 こういうことは理論で学んでもわからない。実体験です。さらに、僕はアメリカでも指導したことがあるけれど、向こうにはユニオンがあるから隣り合う工程の作業をやってもらうにしろ、理論武装をして、ユニオンにプレゼンテーションをしなくてはならない。それを繰り返していくうちに、だんだんわかってくるわけです」
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 なんといっても生産性の向上はトヨタ生産方式が目指すところだ。そして、生産性には3つある。設備生産性、材料生産性、労働生産性の3つである。
 このなかで、材料および設備は、いい物があれば買ってくればいい。どの会社でもすぐに生産性を向上させることができる。ところが、労働生産性は一朝一夕には真似できない。
 トヨタの創業者、豊田喜一郎はジャスト・イン・タイムという言葉を用いて労働生産性の向上を指し示した。「トヨタ生産方式の目的は生産性向上」とよく書いてある。しかし、真の意味は労働生産性を上げるシステムのことだ。