November 20, 2009
November 13, 2009
[音楽]
ライ・クーダー&ニック・ロウのコンサートを観た
日本公演最終日の11月11日に渋谷オーチャードホールというなんだか場違いのところで、ライ・クーダー&ニック・ロウのコンサートを観た。
チケット代が1万2000円と、今じゃ当たり前なのかもしれないけれど、自分的にはちょっと値段が高くて躊躇したけれど、もうライ・クーダーも歳だし、まともなライブ演奏を体験できるのもこれが最後かもしれないと思うと、行かない訳にはいかなかった。
で、オープニングアクトが終わり、いよいよと期待を込めて観ていると、知らない老人二人がニコニコしながら舞台へ歩いてくるではないか。いやはや、これは衝撃的だった。ライ・クーダーとニック・ロウの二人、街中で出会っても、さらには楽器屋あたりで彼らが楽器を試奏しているのを目撃しても、絶対にただの楽器が上手な変な爺さんぐらいにしか思わないほど、自分が知っている彼らの面影が無かった…。
で、演奏が始まってみると、さすがに達者ではあるのだけれど、自分が知っている往年の彼らからするとやはり緩い感じで、まぁこんなものなのかなと思った。
しかし、3曲目になって、ライ・クーダーが小さなラップスチールのような見かけの黒いギター(MCではプラスチック製なので照明が強いと熱で溶けてしまうとジョークを言っていた)を取り上げ、スライドプレーを始めた途端、鳥肌が立つような興奮を覚えた。やはり、彼の演奏はスゴイ。この「Vigilante Man」を目の当たりで聴けただけで、もう十分に満足だった。
あとは最後の方になって、「Across The Borderline」がまた出色の出来。これはちょっと泣けた。それに、アンコールでニック・ロウが「What's So Funny 'Bout Peace Love And Understanding?」を歌ってくれたのはうれしかった。
ただ、全体を通しては、やはりオーチャードホールで連続3日目という疲れもあったのだろうか、曲の出来にやや波があったように思えた。ニック・ロウは前半は声が出ておらず調子が悪いのかなと思っていたら、後半になってから良い感じになっていたし…。
バンド構成は、基本的にギター、ベース、ドラムの3ピースで至ってシンプル。調べてみたら欧州公演ではアコーディオンも参加していたようなので、できればそれぐらいの彩りは欲しかったかも。ちょっと残念。
でも、コーラスのお姉さんの一人がスタイル良くて、服も好みの感じで可愛かったので、それで良しかな(笑)。
チケット代が1万2000円と、今じゃ当たり前なのかもしれないけれど、自分的にはちょっと値段が高くて躊躇したけれど、もうライ・クーダーも歳だし、まともなライブ演奏を体験できるのもこれが最後かもしれないと思うと、行かない訳にはいかなかった。
で、オープニングアクトが終わり、いよいよと期待を込めて観ていると、知らない老人二人がニコニコしながら舞台へ歩いてくるではないか。いやはや、これは衝撃的だった。ライ・クーダーとニック・ロウの二人、街中で出会っても、さらには楽器屋あたりで彼らが楽器を試奏しているのを目撃しても、絶対にただの楽器が上手な変な爺さんぐらいにしか思わないほど、自分が知っている彼らの面影が無かった…。
で、演奏が始まってみると、さすがに達者ではあるのだけれど、自分が知っている往年の彼らからするとやはり緩い感じで、まぁこんなものなのかなと思った。
しかし、3曲目になって、ライ・クーダーが小さなラップスチールのような見かけの黒いギター(MCではプラスチック製なので照明が強いと熱で溶けてしまうとジョークを言っていた)を取り上げ、スライドプレーを始めた途端、鳥肌が立つような興奮を覚えた。やはり、彼の演奏はスゴイ。この「Vigilante Man」を目の当たりで聴けただけで、もう十分に満足だった。
あとは最後の方になって、「Across The Borderline」がまた出色の出来。これはちょっと泣けた。それに、アンコールでニック・ロウが「What's So Funny 'Bout Peace Love And Understanding?」を歌ってくれたのはうれしかった。
ただ、全体を通しては、やはりオーチャードホールで連続3日目という疲れもあったのだろうか、曲の出来にやや波があったように思えた。ニック・ロウは前半は声が出ておらず調子が悪いのかなと思っていたら、後半になってから良い感じになっていたし…。
バンド構成は、基本的にギター、ベース、ドラムの3ピースで至ってシンプル。調べてみたら欧州公演ではアコーディオンも参加していたようなので、できればそれぐらいの彩りは欲しかったかも。ちょっと残念。
でも、コーラスのお姉さんの一人がスタイル良くて、服も好みの感じで可愛かったので、それで良しかな(笑)。
November 08, 2009
[ガラクタ]
MacBookのトラックパッドを再び交換した
MacBookのトラックパッドのクリック動作不良に耐えられなくなり、「MacBookのユーザー体験が最低になりつつある件」などというエントリーを書いたりしていたのだけれど、やはりそのまま我慢していても不毛なので、AppleCareに電話して相談した。
結局、修理するしかないということになり、最寄りのApple StoreのGenius Barを予約してもらい出かける。
相変わらず休日のGenius Barは混んでいてカオスだ。もはや文句を言う気にもならない(笑)。
今回のGenius Bar担当者は、なかなか良い感じで、この手のトラブルについても熟知しており、直ぐにパーツ交換の手配をサクサクと行ってくれた。毎回こういう応対をしてもらえれば、少しぐらい混んでいても許せるというものだ。
いろいろ話して判明したのは、やはりユニボディモデルのトラックパッドは、途中でパーツが変わっているらしいということ。きっと少なくない数のトラックパッドで不具合があったのに違いない。なにせ、自分の前の順番で相談していた人もまさに同じトラックパッドの動作不良だったぐらいだから(笑)。もっとも、Appleとしてはそのことを公式には認めていない。そのあたりがなんかねぇ……。
もし、ユニボディ採用のMacBookやMacBook Proユーザーで、トラックパッドのクリック動作に不具合を抱えているようならば、躊躇せずに保証期間内にパーツ交換を依頼するのがお薦めだと思う。
とりあえず、2回目のトラックパッド交換を済ませた我が家のMacBookは今のところ順調。
当ブログでの関連エントリー
・MacBookのユーザー体験が最低になりつつある件
・MacBook (Late 2008) のトラックパッドがまた調子悪い
・MacBook (Late 2008) でトラックパッドに不具合>交換修理
結局、修理するしかないということになり、最寄りのApple StoreのGenius Barを予約してもらい出かける。
相変わらず休日のGenius Barは混んでいてカオスだ。もはや文句を言う気にもならない(笑)。
今回のGenius Bar担当者は、なかなか良い感じで、この手のトラブルについても熟知しており、直ぐにパーツ交換の手配をサクサクと行ってくれた。毎回こういう応対をしてもらえれば、少しぐらい混んでいても許せるというものだ。
いろいろ話して判明したのは、やはりユニボディモデルのトラックパッドは、途中でパーツが変わっているらしいということ。きっと少なくない数のトラックパッドで不具合があったのに違いない。なにせ、自分の前の順番で相談していた人もまさに同じトラックパッドの動作不良だったぐらいだから(笑)。もっとも、Appleとしてはそのことを公式には認めていない。そのあたりがなんかねぇ……。
もし、ユニボディ採用のMacBookやMacBook Proユーザーで、トラックパッドのクリック動作に不具合を抱えているようならば、躊躇せずに保証期間内にパーツ交換を依頼するのがお薦めだと思う。
とりあえず、2回目のトラックパッド交換を済ませた我が家のMacBookは今のところ順調。
当ブログでの関連エントリー
・MacBookのユーザー体験が最低になりつつある件
・MacBook (Late 2008) のトラックパッドがまた調子悪い
・MacBook (Late 2008) でトラックパッドに不具合>交換修理
November 06, 2009
映画「This Is It」を観た(BlogPet)
wmsの「映画「This Is It」を観た」のまねしてかいてみるね
あまりにも多くの一人が始まるときたとはオリジナルの勝負所みたいな経験だろうか嫌いか嫌いかということは思えないことに気に残念!
「オール・ザット・ジャズ」という往年のだけれど…)?
本当のエゴやジレンマ、アーティストの人として疑似体験できているはず!!
*このエントリは、ブログペットの「わんこ」が書きました。
あまりにも多くの一人が始まるときたとはオリジナルの勝負所みたいな経験だろうか嫌いか嫌いかということは思えないことに気に残念!
「オール・ザット・ジャズ」という往年のだけれど…)?
本当のエゴやジレンマ、アーティストの人として疑似体験できているはず!!
*このエントリは、ブログペットの「わんこ」が書きました。
November 05, 2009
[映画・ビデオ・テレビ][音楽]
映画「This Is It」を観た
あまりにも多くの人が高い評価をしているので、さすがに気になって映画「This Is It」を観に行った。
正直、自分はマイケル・ジャクソンの熱心なファンではないし、実はそれほど期待もしていなかったのだけれど、映画が始まるとほぼ同時に感動してしまい、その後は口をあんぐり開けて見入ってしまうようなありさまだった。そして、映画の途中、何度も拍手したい衝動に駆られてしまった(ま、そんなことを日本の映画館でしたりすると変人以外の何者でもないので、グッと堪えはしたけれど…)。
まさにショービズの裏側をリアルに見せてくれる映画であり、ちょっと趣は違うけれど「オール・ザット・ジャズ」という往年のミュージカル映画を思い出した。あの作品も、ショーを作り上げる過程を通して見せることで、アーティストのエゴやジレンマ、そして死を描くというものだった。
それにしても、この映画に映し出されるシーンは、あくまでも単なるリハーサルな訳で、やはりそれなりに流しているはずだ。本当の観客を前にした時の勝負所みたいな120%を出しきる状況ではない。それだけに、詮無いこととはいえ、もし「本番」があればどうだったのだろうかという思いは絶えないし、非常に残念。
もっとも、逆に言えば、リハーサルにおける素のマイケル・ジャクソンの姿を、関係者の一人として疑似体験できてしまうのは、非常に貴重な経験だろう。もし彼が今も生きていれば、この映画の中で映されるシーンの多くは、おそらく我々の目に触れることは絶対に無かったはず。特に、イヤーモニターに不慣れで歌えないことを主張するようなシーンは、完璧主義の彼が公開を許したとは思えない。
個人的には、Jackson 5のメドレーシーンで「I'll Be There」はやはりグッときた。あとは、大好きな「Dance and Shout」がダンスシーンだけで歌が無かったのはガックリ。「Beat It」のエンディングの演出でマイケルが、ジミ・ヘンドリックスのモンタレーポップフェスティバルの有名なギターを燃やすシーンをネタにしていたのであろうことにはニヤリとしてしまった。
それにしても、この映画を観終わって考えたのは、本当にマイケル・ジャクソンはこのとてつもないショーの本番を最初から最後まで演り通すことが出来たのだろうかということ。もはや永久に誰もその疑問に答えることは出来ないのだけれど、おそらくキング・オブ・ポップたる彼ならば、それは可能だったのだろう。
最後に、マイケル・ジャクソンを好きか嫌いかは関係なく、少しでもエンターテインメント産業に関わる仕事をしている者であれば、これは必見の映画だし、できれば映画館のスクリーンで観るべきだと思う。
正直、自分はマイケル・ジャクソンの熱心なファンではないし、実はそれほど期待もしていなかったのだけれど、映画が始まるとほぼ同時に感動してしまい、その後は口をあんぐり開けて見入ってしまうようなありさまだった。そして、映画の途中、何度も拍手したい衝動に駆られてしまった(ま、そんなことを日本の映画館でしたりすると変人以外の何者でもないので、グッと堪えはしたけれど…)。
まさにショービズの裏側をリアルに見せてくれる映画であり、ちょっと趣は違うけれど「オール・ザット・ジャズ」という往年のミュージカル映画を思い出した。あの作品も、ショーを作り上げる過程を通して見せることで、アーティストのエゴやジレンマ、そして死を描くというものだった。
それにしても、この映画に映し出されるシーンは、あくまでも単なるリハーサルな訳で、やはりそれなりに流しているはずだ。本当の観客を前にした時の勝負所みたいな120%を出しきる状況ではない。それだけに、詮無いこととはいえ、もし「本番」があればどうだったのだろうかという思いは絶えないし、非常に残念。
もっとも、逆に言えば、リハーサルにおける素のマイケル・ジャクソンの姿を、関係者の一人として疑似体験できてしまうのは、非常に貴重な経験だろう。もし彼が今も生きていれば、この映画の中で映されるシーンの多くは、おそらく我々の目に触れることは絶対に無かったはず。特に、イヤーモニターに不慣れで歌えないことを主張するようなシーンは、完璧主義の彼が公開を許したとは思えない。
個人的には、Jackson 5のメドレーシーンで「I'll Be There」はやはりグッときた。あとは、大好きな「Dance and Shout」がダンスシーンだけで歌が無かったのはガックリ。「Beat It」のエンディングの演出でマイケルが、ジミ・ヘンドリックスのモンタレーポップフェスティバルの有名なギターを燃やすシーンをネタにしていたのであろうことにはニヤリとしてしまった。
それにしても、この映画を観終わって考えたのは、本当にマイケル・ジャクソンはこのとてつもないショーの本番を最初から最後まで演り通すことが出来たのだろうかということ。もはや永久に誰もその疑問に答えることは出来ないのだけれど、おそらくキング・オブ・ポップたる彼ならば、それは可能だったのだろう。
最後に、マイケル・ジャクソンを好きか嫌いかは関係なく、少しでもエンターテインメント産業に関わる仕事をしている者であれば、これは必見の映画だし、できれば映画館のスクリーンで観るべきだと思う。
![]() | オフ・ザ・ウォール(紙ジャケット仕様) SMJ 2009/07/08 やはり個人的にはこのアルバムが一番好きだ。それにしても、今や日本盤以外はオリジナルの顔が見えるジャケットで無くなってしまったがの非常に残念。 |
October 30, 2009
映画「かいじゅうたちのいるところ」を観た
幸運にも試写会に参加できる機会があったので、日本では来年1月に公開予定の映画「かいじゅうたちのいるところ(原題:Where the Wild Things Are)」を観てきた。(現時点でYouTube上に公開されているオフィシャルトレーラーはこちら)
原作はモーリス・センダックによる子供向け絵本で世界的なベストセラー。それを、デイヴ・エッガースとスパイク・ジョーンズが共同で脚本化し、スパイク・ジョーンズが監督して映画化したもの。
原作を全く知らず、予備知識も一切無いままに観たのだけれど、鑑賞後の素直な感想を一言で表すと「なんとも言いようのない嫌な自分の再発見をありがとう」という感じだろうか……。
映像自体は、ロケ地であるオーストラリアのビクトリア州ならではの緑と砂漠と海と青空が独特の空気感を醸しだし、パペットやCGで構築された風景と混ぜ合わされることで、不思議なアニミズムの趣を表現することに成功していると思う。
しかし、物語はひたすら感情の赴くままに行動する、まさに子供ならではの身勝手さを純粋抽出したような主人公マックスが、かいじゅう達の住む島で、やはり自分の感情を上手くコントロールできないかいじゅうキャロルと出会い、愛憎劇を繰り広げるというもので、自分としては観ていて何か神経を逆なでされるような、落ち着かないものを感じた。
ハイライトとなる最後の別離シーンにしても、かいじゅうたちの心模様を慮れば、思わず目頭が熱くなる展開ではあるけれど、その涙の味はあまりにも複雑で、自分としてはできれば味わいたくなかったという、爽やかさとは対極にあるものだった。
なんというか、上映時間の1時間41分がそのまま、自分の中にこっそりと隠している、いくら歳をとっても大人になりきれない未熟な精神部分、まさに自分でも止めたいのに止められない不条理な破壊衝動みたいなものを、そっくりそのまま抉り出し、そのどす黒くなった塊を映画館のスクリーン上にぶちまけて大きく投影したものを見せ続けられているような、そんな居心地の悪い時間だった。
別の例えで言えば、心理学のクラスでワークショップに参加して、各人が自身のダークサイドを皆の前で暴露しあい、最後は輪になって手をつなぎながら皆で泣くみたいな状況と説明すると、判る人は判るのかも……。そう、この映画、まさに心理学のクラスで教材として使うのにはすごく適していると思う。
もちろん、エンディングまでたどり着けば、そこにはまさに「愛」を感じる部分もあって、自分の大切な人(達)に会いたくなるような、そういう心への作用がこの映画にはあるだろうことも否定しない。ただ、なんだかちょっとそういう考え方は、あまりにも都合が良くてズルイような気がしてしまうのだ。特に、あの島に残されたかいじゅうたちのことを考えれば。
この映画、原作の絵本とは異なり、完全な大人向けの作品だと思う。そして、間違っても、恋人同士で一緒に観に行ってはいけない。できれば、たった一人で、じっと我慢して観るべき作品。そして全てを観終わって映画館を出た瞬間に、一番好きな人(恋人でも家族でも誰でもいい)に電話をかけて、今から会いたいという気持ちを伝えるのが良いだろう。この「かいじゅうたちのいるところ」は、そういう孤独と自省と、そして家族の愛の暖かさを確認するための映画なのだ。
自分の場合は、孤独と自省の後に、何の見返りも求めずただ黙って微笑みながら迎え入れてくれるような家族がもはやこの世には誰一人としていないということを思い出し、ちょっとばかり寂しい気持ちになって家路についた。
原作はモーリス・センダックによる子供向け絵本で世界的なベストセラー。それを、デイヴ・エッガースとスパイク・ジョーンズが共同で脚本化し、スパイク・ジョーンズが監督して映画化したもの。
原作を全く知らず、予備知識も一切無いままに観たのだけれど、鑑賞後の素直な感想を一言で表すと「なんとも言いようのない嫌な自分の再発見をありがとう」という感じだろうか……。
映像自体は、ロケ地であるオーストラリアのビクトリア州ならではの緑と砂漠と海と青空が独特の空気感を醸しだし、パペットやCGで構築された風景と混ぜ合わされることで、不思議なアニミズムの趣を表現することに成功していると思う。
しかし、物語はひたすら感情の赴くままに行動する、まさに子供ならではの身勝手さを純粋抽出したような主人公マックスが、かいじゅう達の住む島で、やはり自分の感情を上手くコントロールできないかいじゅうキャロルと出会い、愛憎劇を繰り広げるというもので、自分としては観ていて何か神経を逆なでされるような、落ち着かないものを感じた。
ハイライトとなる最後の別離シーンにしても、かいじゅうたちの心模様を慮れば、思わず目頭が熱くなる展開ではあるけれど、その涙の味はあまりにも複雑で、自分としてはできれば味わいたくなかったという、爽やかさとは対極にあるものだった。
なんというか、上映時間の1時間41分がそのまま、自分の中にこっそりと隠している、いくら歳をとっても大人になりきれない未熟な精神部分、まさに自分でも止めたいのに止められない不条理な破壊衝動みたいなものを、そっくりそのまま抉り出し、そのどす黒くなった塊を映画館のスクリーン上にぶちまけて大きく投影したものを見せ続けられているような、そんな居心地の悪い時間だった。
別の例えで言えば、心理学のクラスでワークショップに参加して、各人が自身のダークサイドを皆の前で暴露しあい、最後は輪になって手をつなぎながら皆で泣くみたいな状況と説明すると、判る人は判るのかも……。そう、この映画、まさに心理学のクラスで教材として使うのにはすごく適していると思う。
もちろん、エンディングまでたどり着けば、そこにはまさに「愛」を感じる部分もあって、自分の大切な人(達)に会いたくなるような、そういう心への作用がこの映画にはあるだろうことも否定しない。ただ、なんだかちょっとそういう考え方は、あまりにも都合が良くてズルイような気がしてしまうのだ。特に、あの島に残されたかいじゅうたちのことを考えれば。
この映画、原作の絵本とは異なり、完全な大人向けの作品だと思う。そして、間違っても、恋人同士で一緒に観に行ってはいけない。できれば、たった一人で、じっと我慢して観るべき作品。そして全てを観終わって映画館を出た瞬間に、一番好きな人(恋人でも家族でも誰でもいい)に電話をかけて、今から会いたいという気持ちを伝えるのが良いだろう。この「かいじゅうたちのいるところ」は、そういう孤独と自省と、そして家族の愛の暖かさを確認するための映画なのだ。
自分の場合は、孤独と自省の後に、何の見返りも求めずただ黙って微笑みながら迎え入れてくれるような家族がもはやこの世には誰一人としていないということを思い出し、ちょっとばかり寂しい気持ちになって家路についた。
![]() | かいじゅうたちのいるところ じんぐう てるお 冨山房 1975/01 書評などを読むかぎり、原作は映画に比べるとずっとシンプルでストレートな話のようだ。 |
October 23, 2009
October 19, 2009
[ガラクタ]
MacBookのユーザー体験が最低になりつつある件
正常にクリックできなくなるというトラックパッドの不具合から以前に一度パーツを交換し、その後再び同じような症状が出始めたのだが、もはやその不具合が耐えられないような症状になってきた。
しかし、おそらくこの程度の不具合ではAppleは不具合とは認めないのだろう。なぜなら、普通の感覚ではあり得ないほどに強い力でクリックすれば、なんとかクリックできてしまうからだ。しかし、「普通の感覚ではあり得ないほどに強い力」と表現したように、そんな強い力でクリックし続けていたのでは、数分の作業だけで指が疲れてしまう。話にならない。
Webのリンクをクリックする際は一度のクリックで反応しないので何度も押しなおした挙げ句、勝手に違うリンクへ飛んでしまう。スライダー形式で設定するUIではそのスライダーを思ったところへ細かく動かすのが難しい。テキスト編集は所定の範囲を選択するのさえも面倒。
MacBookで何か作業をするのが、非常に鬱陶しく、最低な体験となりつつある今日この頃……。
なお、このような不具合がうちのマシン固有の問題でないことは明かであり、本国Appleのユーザーサポートにあるディスカッションでも「Topic : Official *Trackpad Click Not Always Registered* Thread」というスレッドがある。
しかし、おそらくこの程度の不具合ではAppleは不具合とは認めないのだろう。なぜなら、普通の感覚ではあり得ないほどに強い力でクリックすれば、なんとかクリックできてしまうからだ。しかし、「普通の感覚ではあり得ないほどに強い力」と表現したように、そんな強い力でクリックし続けていたのでは、数分の作業だけで指が疲れてしまう。話にならない。
Webのリンクをクリックする際は一度のクリックで反応しないので何度も押しなおした挙げ句、勝手に違うリンクへ飛んでしまう。スライダー形式で設定するUIではそのスライダーを思ったところへ細かく動かすのが難しい。テキスト編集は所定の範囲を選択するのさえも面倒。
MacBookで何か作業をするのが、非常に鬱陶しく、最低な体験となりつつある今日この頃……。
なお、このような不具合がうちのマシン固有の問題でないことは明かであり、本国Appleのユーザーサポートにあるディスカッションでも「Topic : Official *Trackpad Click Not Always Registered* Thread」というスレッドがある。


