January 25, 2020

オカルト:ギター用エフェクターの電源ケーブルも換えると音が変わる

 以前にオーディオ機器用の電源ケーブルを換える実験をして個人的にはかなり不本意ながら音質が変わり、その変わり方も好ましい方向へ変わったということがあった。

 で、楽器用エフェクターの電源ケーブルでもこの手の話が色々とあって、しばらく見送っていたのだけれど、いよいよ我慢できなくなって(苦笑)、オヤイデ製の「コンパクトエフェクター用 ハイクオリティー DCパワーケーブル DC-3398 LL」というものに手を出してしまった。

 で、結果としては不本意ながらやっぱり好ましい方向に音質に影響があった。なんというか個人的には負けた感がすごい(笑)。

 音質について言葉で表現するのはとても困難ながら、オヤイデ製のケーブルを使うといわゆる「抜け」が良くなる。まー、こういうのは信じたくない人は絶対信じたくない類の表現だよね…。なので信じたくない人は与太話でガセの類と切り捨ててくれるとうれしい(笑)。

 個人的には、世間一般で広く言われているアナログ歪み系ペダル(ファズとかオーバードライブとか)は確かに効果があると感じる。しかし一番驚いたのはデジタルディレイ系への効果で、ヌケが良くなるというか、ディレイ音の伸びが良くなるというか、雑味が無くなるのが顕著で、響きがすごく綺麗になったのがショックだった。こうなるともう止まらないというか、試験的に1本買ってみるのでは終わらず、追加で3本ほど注文してしまった。決して安くない投資だけれど、これは価値があると判断した。

 電源ケーブルは怖い………(笑)。


オヤイデ コンパクトエフェクター用ハイクオリティDCパワーケーブル(0.3m) oyaide neo DC-3398 LL/0.3
オヤイデ

精密導体“102 SSC"は、現在BLACKMAMBA-α V2をはじめ、オヤイデ/NEOともに 主要製品で採用されている導体で、ハイからローまですっきりとした表現が特徴です。

この"102 SSC"導体を、耐圧300V、耐熱150℃のアメリカのUL規格AWM style3398に準拠、許容電流10Aの"3398"のAWG18サイズ(0.75sq)を贅沢に 使用してつくられた、エフェクター用のDCパワーケーブルが、「DC-3398 LL」です。

多くのエフェクターは9-18V/100-250mAですので、「DC-3398 LL」のスペックの高さは 一目瞭然。効果として、お手持ちのエフェクターの音抜け、解像度が向上、天井が一段高 くなる音場表現が期待できます。

また「DC-3398 LL」の特徴であるツイスト構造は、耐ノイズ性能と音抜けの良さの両立を 可能にしています。
  
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September 06, 2019

映画「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」を観た(ネタバレあり)

 クエンティン・タランティーノ監督作「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド(原題:Once Upon a Time In Hollywood)」を観た。

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 タランティーノの作品を映画館で観るのは「レザボア・ドッグス(原題:Reservoir Dogs)」以来なのでなんと26年ぶり(笑)。実はタランティーノ作品は他もテレビ放映時に途中から途中までみたいな感じでほとんどちゃんと観たことないし、「キル・ビル」になるとそういう機会も全く無いままで今に至っている。今回はなぜか予告編をYouTubeで観てこの作品は映画館で観たいなと思ったのだけど、まさに魔が差したというべきか……。

 それにしても映画の邦題でこういうカタカナ表記をされてしまうと日本人の多くはタイトルが何を意味しているかあまり直感的に理解できないけれど、「Once Upon a Time〜」となれば英語ネイティブな連中にとってはタイトルを目にするだけですぐにネタバレというか「あー、要するにおとぎ話なのね」と察しがつくのだろう。Once Upon a Timeは日本語に意訳すれば「むかしむかし〜」となる訳だから。

 そういうお約束ありきで観るのと、全く判らないで観るのでは映画の面白さも随分違うだろうと思うし、そういう意味ではタランティーノの映画はいつも日本人には解釈が難しいものが多いような気がする。実際、この映画が終わった後に若い観客が「なんだかよく判らなかったけれど、これアメリカ人なら面白いのかな?」という感想を漏らしていて、おそらくはシャロン・テート殺人事件のことも全然知らないのだろうなと思ったりもした。残念ながらこの映画は日本では若い頃に欧米サブカルかぶれだった今は老人向けの娯楽作でしかないのだろう。

 個人的にグッと来たのは、ブラッド・ピット演じるクリフ・ブースがくたびれた青いフォルクスワーゲン・カルマンギアのカブリオレに乗っていたところ。要するに彼は金が無いということを表現していた訳で、カルマンギアというのは金持ちでなくてもかろうじて手に入るスポーツカーで、昔は日本でも普通に街中で走っているのをよく見かけた。当然、日本でもカルマンギアに乗ってるのはそんなに金は無いけれどできれば外車のクーペに乗りたいみたいな車好きが乗っていた訳で、国産の本気のスポーツカーよりは格安で中古を手に入れることができたりした。今となっては懐かしい老人の思い出話でしかないけれど(笑)。

 あとはリック・ダルトンを演じるレオナルド・ディカプリオの演技がやはり秀逸だった。悪い奴じゃないけれどわがままでパッとしないオッサンみたいな感じで、こういう複雑な癖のある人物を演じさせるとディカプリオは本当に上手い。なんというかディカプリオ本人が本当にこういう人柄で映画全編に渡って下手くそな芝居を演じ続けているように見えてくる。彼の芝居を初めて見たのは「ギルバート・グレイプ」だったけれど、後になって知るまで彼は本当に智恵遅れの役者が起用されているものだとばかり思ったほどで、ああいう特殊な演技を演技と思わせないのには圧倒される。

 音楽的なネタとしては、ビートルズの「Helter Skelter」が使われず、代わりにヴァニラ・ファッジの名カバー演奏「You Keep Me Hangin' On」が使われたのはとても印象深かった。タランティーノはあえてこの曲にすることでおとぎ話として物語を終わらせることに成功していると思う。あの忌まわしい事件を知っている人々に対してはちょっとした目くらましみたいな趣向だけれど、それは同時にとてもやさしい思いやりでもあった気がする。あそこでHelter Skelterがかかっていたら残酷すぎるだろう。

 エンドロールのくだらないシーケンスで観客を笑わせて劇場を後にさせる演出も含めて、タランティーノの過去への様々な思いが詰まった映画だったと思う。まさにタイトル通りおとぎ話に相応しい作品。




レザボア・ドッグス スペシャル・エディション(初回限定特別価格版) [DVD]
ジェネオン エンタテインメント

クエンティン・タランティーノの才能を世に知らしめたバイオレンスアクション。宝石店襲撃に失敗した強盗たちの確執を描く。ハーヴェイ・カイテルら個性派俳優が共演し、銃撃戦のカメラワークが話題を呼んだ。(製品紹介文より)
  
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August 31, 2019

ヘッドホン「SONY MDR-M1ST」を使ってみての感想

 長年家で使ってきたヘッドホンが経年変化でかなり痛んでしまった(プラ部分が劣化してベトベトになったり、合成皮革部分がボロボロになったり…)ので、そろそろなんとかしないとなと感じてからずいぶん長く時間が経ってしまった。ちょうどそんなタイミングで、ソニーから新しいスタジオ用モニターヘッドホンが出るという話を耳にした。しかし、世間で人気がある従来モデルの「MDR-CD900ST」が個人的に全く好きになれないので、あれの後継機種だとするときっと自分はダメだなと決めつけていた。

 MDR-CD900STが好きじゃない理由は、昔スタジオ仕事でヘッドホンでモニター作業しなければならない時に出てくるのが大抵これで、ミュージシャンではない自分にとってそう状況というのは大抵トラブルが発生している場合か、もしくはコーラス要員やハンドクラップ要員が足りなくて駆り出されるときでしかなくて正直良い思い出がない。しかもMDR-CD900STの音質特性が全体にガチガチでとくに高音成分のヌケが良い作りになっていて、やや過敏気味の自分の耳には拷問に近いものがあって正直使いたくないヘッドホンの筆頭だったりした。もっともMDR-CD900STが好まれるのはそういう音だからというのはあるのだけど、あれを普段のリスニング用に好んで使っている人の耳はヤバイんじゃないかと密かに思ったりはしている……。

 で、そんなこともあって、ソニーの新作モデル「MDR-M1ST」もスタジオ用だということでそっち系なんだろうと予想していたら、ソニー曰く「約4年半もの歳月をかけて磨き上げられた音質は、中域の骨太感と、全体の音が俯瞰できる音像を両立。音楽で重要な中域へのフォーカスをしつつ、低音域や高音域もしっかり聴こえます」とあるし、当面は旧モデルとなるMDR-CD900STも並行して継続販売するということで、どうやらMDR-M1STとMDR-CD900STは用途や特性が微妙に違うらしいことが判った。

 ということで俄然気になって、MDR-M1STの発売日の翌日にヨドバシカメラへ出かけてみたらラッキーなことに店頭に現物があり試聴できたので、いつものようにiPhoneの音源を色々聴いてみた。

 店頭試聴でまず問題となったのは、MDR-M1STのプラグは標準プラグ仕様ということでこのままではiPhone(SE)のミニプラグジャックに刺さらない。店にたずねたところ変換プラグを貸してくれたのでこれで対応することに。気のせいレベルかもしれないけれど、変換プラグを介しての接続となる分いくらかの音質劣化は想定しなければならないのかもなと思いつつ、いつもこの手の試聴で利用する音源をいくつか聴いてまず感じたのは、ヨドバシの店内がうるさいということ(笑)。いくらMDR-M1STが密閉式ヘッドホンといえど、ちょっとシビアな試聴には厳しい。なんというか普段聴き慣れた音源がいまいち良い感じで聞こえてこないのが気になった。しかしまさかBGMガンガンの店内放送を止めてもらう訳にもいかないので、仕方がないのでMDR-M1STと同じような価格帯の他のヘッドホンをいくつかピックアップして、とても試聴環境として最適ではない条件下でそれぞれがどう違って聞こえるのかを比べてみた。

 面白いことに、他のヘッドホンでは音源の特定の帯域が強調されるような印象のある中で、MDR-M1STは比較的上から下の帯域まで均等に鳴っている感じがした。つまり、MDR-M1ST以外のヘッドホンは特定の音域がきれいに聞こえるような演出が施されている一方で、MDR-M1STはフラットでボーカルが聞こえやすいとか、ベースがブリブリ派手に鳴るといったことが無かった。つまり、いわゆるスタジオモニターライクな鳴り方なんだろうと解釈できる。ちょっと不安ではあったけれどおそらくMDR-M1STの音は自分の嗜好に合ってそうだということで思い切って購入を決意。

 家に持ち帰ってからは、MacBookにオーディオインタフェースを接続してハイレゾ音源やCDをリップした非圧縮音源で色々試聴してみたけれど、耳に痛くないけれどヌケが良く、いわゆる解像度の明瞭なモニター的再生を楽しむことができた。スタジオ内での楽器演奏時のモニター用途としては従来のMDR-CD900STの方を好む人が少なくないだろうけれど、一旦MDR-M1STに慣れてしまえばMDR-CD900STに戻りたいと思う人はあまり多くないかもと思ったり。

 MDR-M1STが一般的なリスニング用途に適しているかといえば、おそらくはもう少し緩い音場感でボーカルなどにフォーカスが集まった演出をしているヘッドホンの方が気持ち良いだろうと想像するけれど、ヘッドホンミックスみたいな作業用途にはかなり使いやすい製品だと思う。全体の音場感を把握するのが楽で、低音成分も判りやすいし、それなりに長時間モニターしていても嫌にならないのは素晴らしいと感じた。

 今のところ個人的に一つだけ不満があるとすると、どうやら自分の耳は普通の人よりもやや大きいようで、イヤパッドがあと少しだけ厚めなら快適さがさらに向上しそうかなと想像するのだけど、イヤパッドの微妙な作りの違いが音質に大きく影響するのは避けられないので、とりあえずはこのままで使い続けてみるのが良いのだろう。


ソニー・ミュージックソリューションズ ハイレゾ対応スタジオ用モニターヘッドホンSONY MDR-M1ST
ソニー・ミュージックソリューションズ

ソニーとソニー・ミュージックスタジオが共同開発したスタジオモニターヘッドホン。プロフェッショナル向け音響製品を生産しているソニー・太陽株式会社にて製造。プロ用製品で培われた品質管理のもと、熟練作業者により手作業で一つ一つ丁寧に造られ、厳しい検査を経て出荷されます。(製品紹介文より)
  
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August 11, 2019

トランスペアレントな歪みペダルは自分に必要なかった話

 エレキギターを弾く者ならいつかははまる沼の一つが歪み系のエフェクター。とくに「トランスペアレントな歪みペダル」という厄介な代物があって、これは一体何なんだろうかと考える人は多いんじゃないだろうか。

 つまらないオチとしては単なる楽器メーカー業界の作りだしたマーケティング用語というのもあって、これはアメリカの名だたるエフェクタービルダー達も認めるところがあって、なおかつそれでも「トランスペアレントな歪みペダル」を求めるギタリストは今も少なくないみたいな状況でもあるみたいな面倒くさい状況は変わらない。

 自分も何かあるんじゃないかとずっと気にしているのだけれど、先日、「トランスペアレントな歪みペダル」の代名詞とも言える某オーバードライブペダルが中古で店頭にあるのを見つけ試奏する機会があった。で、確かに世間で言われるようにこのペダルはとてもトランスペアレントな歪みと言える音をしていた。ちょっとビックリするぐらいにギターとアンプのクリーンな音からそのまま歪んでいくような趣を再現してくれていて、その正確なトーンの感じはちょっと感動ものだった。

 ただし、その正確無比でトランスペアレントな歪みが自分の求めていたものかといえば、全然違った。

 試奏した条件は、どちらかというと初心者向けの低価格モデルのストラト、アンプはJC-120というとてもオーソドックスな組み合わせ。で、これでクリーンに鳴らしてもつまらないわけだけど、そこにトランスペアレントな歪みペダルを足しても、味けの無い歪んだ音が綺麗に出るだけ。要するに、トランスペアレントな歪みペダルは、ギターとアンプの素の音のままで少しずつ歪んだ状態を上手に再現してくれるので、特にアンプの音が面白くなければ、そのまま面白くない歪んだ音になるということ。これでアンプの素の音が味わいのあるものであれば、そのまま味わいのある歪んだ音になるのだろうことも想像できた。

 良いアンプがあればトランスペアレントな歪みペダルはかなり使いでのある道具になりそうだけど、自分は普段JCみたいなアンプを使う機会が多いので、そこでちょっとした演出をして味わい深い歪みを作りだしてくれるエフェクターが欲しい訳だから、そういう用途にトランスペアレントな歪みペダルは全然向いていないということを学習できた。

 歪み系のエフェクターはかなり個人の嗜好に左右されるし、どんなに他人が評価していても自分には全然面白くないことがよくあるので、とても面倒くさい。まさに沼だなと改めて痛感したという話。

 自分が愛用してる歪み系ペダルの基本はXoticのAC Boosterなんだけれど、これも他の人からすると全然面白くない代物である可能性はかなり高そうだし、そういう意味では他人から歪み系ペダルのことで何かたずねられても答えようがないなと思ったり……。


Xotic AC Booster 【国内正規品】
Xotic

「BOOSTERと言うカテゴリーを見つめ直しどんなAMP,GUITARの特性もスポイルする事無くBOOSTする」を理念に開発したのがAC BOOSTERです。楽器のキャラクター・においを変える事なく素直にGAIN UPします。(製品紹介文より)
  
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June 08, 2019

グレッグ・プラト著・奥田祐士訳「ヨット・ロック」を読んだ

 しばらく前にツイッターで「ヨット・ロック」という音楽ジャンル(?)が話題になっていたので、その話題のきっかけの一つになった本を読んでみた。



 どうやらヨット・ロックというのは、1980年前後に流行った米国産ポップミュージックの一部がそうしたジャンルに当てはまるらしい。当時の自分が感情的に一番忌み嫌った類の音楽でもあるし、要するにテレビ番組「ベストヒットUSA」(2003年から再開されたやつじゃなくて80年代に放送されていたほう)で取り上げられていた類の音楽。

 今となってはなぜあれほど嫌っていたのかよく判らないし実に不毛な偏見でしかなかったけれど、まぁ当時の自分の価値観とは相容れない音楽だったということ。それにしても、どうやらヨット・ロックの最高峰の一つであるらしいイーグルスとか今はすごく好きだし、人の好き嫌いなんて全然当てにならないものだと思う(笑)。

 この本は、当時の音楽シーンで活躍した様々なミュージシャンの回想などを中心に、ヨット・ロックとは何なのかということについて色々な側面から掘り下げていて、80年代の米国産ポップミュージック好きならかなり楽しめる内容になっている。で、個人的に一番受けたのはケニー・ロギンスの次の発言。

いつもいうんだけど、ぼくは世界一の仕事をしてると思う——なにしろ職場に出かけると、最高にかわいい娘たちが立ち上がって踊り出すんだ! ステージに立つと毎回のように、最後にはいちばんかわいい娘たちがステージ前に来て踊っている。そんな仕事がほかにあるかい? 大好きだ。

 いやはや、スーパースター様は羨ましいかぎり。80年代の音楽業界は相当にイケイケな状況だったようで、当然のようにクスリもセックスもやり放題だったという話も色々出てくる。ただし、本書の中に出てくる話の多くはどちらかというとミュージシャンシップについて真面目に語るような感じで、皆本当に音楽が好きなんだなという雰囲気が溢れているのが印象的でもあった。  
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April 22, 2019

どうでもいい話:エフェクターは実際に試してから買うのが理想だよねという話

 世間的にとても評判が良くて今となっては入手がやや困難と言われる類のエフェクターの復刻版が出て、値段的にはちょっと高いけれど無理すればなんとかなるという感じだったので、思わず試奏もせずに注文して手に入れたエフェクターがあった。

 で、実際にギターとアンプの間につないで使ってみると自分の演奏スタイルに全然合わない音のありようで途方に暮れることに。でも、エレキギター界隈では国内外を問わずで名器と言われるものだったので、きっと良いものに違いないと思い込んで無理して使うこと2年あまり。

 結局自分とは相性が合わないという結論を出して中古買い取りに出したけれど、もっと早く決断するべきだったなと……。

 楽器はエフェクターに限らず実際に自分で弾いて耳で聴いて試してみないとダメだなと改めて痛感。

 エフェクターぐらいだと通販とかでポンと買ってしまうことある。数千円程度なら失敗しても諦めはつくとして、さすがに数万円レベルだとかなり厳しい。なかなか試奏できないものもあるけれど、やっぱりこまめに楽器屋に通って色々試しておくしかないのかな。とくに歪み系ペダルは他人が聴いたら違いが全く判らないような微妙な違いでも、演奏する側にとっては我慢できないほどに大きな違いになり得るので要注意だと思う。

 まー、お金持ちの人はガンガン買って、ガンガン売るみたいなことしてるけれど、そういうのはちょっと自分は真似できない(笑)。  
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March 15, 2019

麻薬取締法違反で逮捕された人物の参加する作品が社会から排除されるシステムについて思うこと

 電気グルーヴのメンバーであるピエール瀧が麻薬取締法違反で逮捕されたことを契機に、彼が参加していた音楽作品や映画・ドラマ作品の販売・放映が差し止めされ、そうした状況に異議を唱える声が一部で高まっている。

 自分としても個人的な感覚としては、そうした作品が社会から排除されるようなあり方には違和感を覚える一方で、たかが商業娯楽作品でしかないのだから販売・配給・放送する権利者・経営者がどうするかは、自分達のレピュティションやリスクを天秤にかけてどうするか判断するのが当然の商売の自由だろうとも思ってしまう側面はある。

 で、この問題は商業アート作品の流通をどうするか云々という問題だけに限定して考えるべきではない話だとも感じる。

 日本の社会では、犯罪者を断罪する際になぜか犯罪者本人だけでなく、その親族や知己についても同じように非難をぶつけ反省することを強要する行為が当然のこととして許容される傾向があり、メディアはそうした社会の需要を受けて犯罪者とその関係者を消費するための各種コンテンツを提供することに非常に熱心だ。さらに最悪なことに被害者についてもこうした晒し行為は嬉々として行われる。このような社会的背景がある以上、犯罪者が関係した表現行為や作品についても(たとえば音楽作品であったりドラマ作品が当てはまるわけだけれど)、なんらかの謝意が示されなければ納得できないと感じる人々が社会に多数存在しているとしてもなんら不思議なことではないし、結局はしばらくの間そうした人々の目や耳にに触れない形で隠蔽されることで場をしのぐのが慣例となっていく。

 また、幸か不幸か日本の学校教育の場では、なんらかの不祥事があった場合に集団の全体責任を問うような形で決着とすることが好まれるようなケースも多々あるように感じるし、そうしたやり方が自然であると学習した者は、当然その後も実社会において何か問題があれば全体責任を問うことでしか納得できなくなる可能性は高いのではないだろうか。

 こういう社会的背景をすべて認識した上で、社会のあり方を変えていこうという話であれば自分は大いに共感できるのだけれど、単に犯罪者の関わった作品が販売停止になったり放送中止になるのは納得できないという文句を言うだけであれば、たかが音楽、たかがドラマのことなんてどうでもいいという投げやりな気持ちになってしまう。

 もしレコード業界あたりで今回の件を受けて何らかの社会的な問題提起をしたいというような良心が少しでもあるのなら、とりあえずは国内外を問わずこれまでに法的問題を起こしたことがある全アーティストの作品販売を取りやめてみて社会に是非を問うぐらいのことをしてみるのはどうだろうか。もちろんそんなやり方は頭おかしいし誰も賛成しないとは思うけれど。  
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February 02, 2019

原雄一「宿命 警察庁長官狙撃事件捜査第一課元刑事の23年」を読んだ

 発刊当初に機会を逸したままだった本。今になってようやく読了。



 今さらではあるけれどとんでもない話。日本の警察組織における特定の人々の面子がどんな事実よりも優るという結末は読む前から知っていたとはいえ、こうして当事者の一人が詳細に記した文章を目の当たりにするとかなりの衝撃だった。

 今もこれと似たような「関係者の面子が事実よりも優る」という事態は日本だけではなく洋の東西を問わず様々な社会のいたるところで起きているのだろうけれど、これが人間の業というものなのだろうか。

 残念ながらこの本に書かれていることがテレビ番組や映画のような誰にでも判りやすい形で広く日本社会に知られる機会は今後おそらくやってこないだろうから、このまま一冊の本として図書館や個人の書棚の中に置かれそのまま少しずつ忘れ去られていくのだろう。  
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December 16, 2018

鈴木智彦「サカナとヤクザ — 暴力団の巨大資金源『密漁ビジネス』を追う」を読んだ

 とんでもない怪作。



 鰻にまつわる「黒い」話は色々と漏れ聞こえるのを耳にしたり目にしたりしてきたけれど、漁業そのものがこれほどまでに「ヤバイ世界」だったという現実には驚くばかり。もはや鰻だけではなく、それ以外の海産物も食べるときにはとても心穏やかではいられそうにないし、寿司や刺身なんかを食う機会があれば下腹のあたりにモヤッとしたものを感じながら食べるしかなくなってしまったような気がする。

 自分はカタギだと自認する日本人なら是非本書を読むべきと思うけれど、結果として日本にはカタギと言えるような人はどこにもいないことになるのかも……。

 本書の著者、鈴木智彦氏のインタビューがWebにあってそちらもすごく面白いのでおすすめ。

「タバコと同じく将来絶滅する」 暴力団を見届けるライター鈴木智彦の覚悟
  
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December 03, 2018

吉田豪「吉田豪と15人の女たち」を読んだ

なんとなく気になっていた本。読んでみたらその濃い内容にかなり驚いた。



自分は70年代の終わり頃からテレビを全く見ないでずっと生きてきたので、この本に出てくる15人のアイドルについてはほぼ誰のことも知らない。どうにか名前ぐらいは知っているアイドルも数人いるけれど単に名前を知っているというだけで、具体的にどういう活動をしているのかは皆目見当がつかないほどによく判っていない。

おそらくそれぞれのアイドルのことをよく知っていればもっと深く読めたのだろうけれど、そういう予備知識が全くなくても人の生き様みたいなものをうかがい知ることができて面白かった。仕事をして生きていくということは誰にとっても大変なことなんだなと改めて思い知らされた気がする。  
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